「えっと、彼女は、きれいなものが好きです」

 きれいなもの? きれいなものか。どこかいいとこないかな……。思わず人が幸せになるような。誰もが綺麗と思えるもの、大切にしたいと思えるもの。

「あっ!」

 急に開かなかった箱が開いたように私はいい場所を思いついた。

「この近くに――えっと、バスで20分くらい行ったところに綺麗な滝があるんですが、そことかはどうですか?」

 この駅からも出ているバスで20分くらい行ったところに水が作り出す美しい絵に描いたような自然の景色が見える場所――滝がある。

「私の思い出の場所でもあるんです」

「思い出?」

 その人は興味深そうにそう聞いてきた。私の思い出の場所――滝について。

「実は、私にも好きな人がいるんです。まあ……片思いですけどね。で、今年の4月にその人と同じ班になって、遠足に行ったんです。私はこの辺に住んでるので、遠足がこの辺に決まった時は少し落胆しました」

「……」

 私の少し前の記憶が蘇ってくる。美しい以上の記憶が。あの時の記憶が。忘れたくない記憶が。

「遠足でその滝にも行きました。恥ずかしながらこの近所なのに初めて行ったんですけど、すごく美しくて、写真を撮ったり、滝の近くの水に触れたりするのが楽しくて。その、私の好きな人がこの滝を選んでくれたんです。そして班の人たちをその場所で面白いこととか言って楽しませてくれました。初めてその人は本当の楽しいに出会わせてくれました。その後も彼は私に楽しいを与えてくれたんです」

 初めて本当の楽しいに出会わせてくれたのが央士くん。君が私に贈り物をしてくれた。本当の楽しいはここにあったんだって思わせてくれた。たぶんそれはこの世界に隠されたたった1つのダイヤモンドを探すより何倍も、何十倍も難しかっただろう。

「そうなんですね。素敵ですね」

 少し好きな人について話すのは勇気がいるけど、今日はそんなのはいらなくて自然と話してしまう。

「はい。他にも例えば先生にある講演会の感想を言うように彼に言ったときに、彼はなぜだか今日の朝、お母さんが焦がした目玉焼きの話をしました。それで皆で笑ったんですよね。他にもたくさん……。私にだけ向けられた楽しいではないけど、私を自然と楽しくしてくれました。だから自然とその人が好きになってしまったんです。私はそんな彼と少し話す機会もあってその日々が楽しいんです」

 私は彼とで逢うまでの人生はただ生きればいい、自分を大切にしていけばいい、友達を大切にすればいい。それなりに勉強できればいい、運動できればいいそんなことを思ってあまり楽しさは感じてこなかった。でも、彼が私に与えてくれた、楽しいを。

「求めてるものは意外と近くにあったんですね」

 そう、近くにあった。私たちはつい遠くのものを求めてしまう。制限がない限り。だから、例えば日本に疫病が入ってきて自分の近くのものしかつかめない時には人は近くにも大切なものがあったと感じるんだろう。

「その通りでした。よく、視野を広くしなさいとかあるけど、たまには視野を狭くするのも大切かもしれません。だから私ができるアドバイスが他にあるなら、完璧なデートより想いのこもったデートのほうが私は嬉しいです!」

 なんか上から目線のアドバイスになった感じはあるけれど、この男の人には何かが刺さったようだ。何か感じてるように見えた。

「あ、じゃあ、本当にありがとうございました。もうすぐ来るみたいです」

 その男の人はスマホの着信がなった後、それを確認し、そう言った。LINEでもうすぐくるよという系のメッセージが来たんだろう。

 その人のことを応援したくなる。うまくいきますように。

 恋が、実るといいな。

 歩いていく男の人は初めて会ったときと全然違う人に見えた。堂々とした後ろ姿。

 私の番か。自分もそうしないと無責任だもんな。

 私も央士くんとの恋を自分でつかみ取りたい。

 今から行くよ。