私の存在を、私は知らなかった

 ――雪みたいに白い、ふわふわした大きな雲から、私たちのいる小さな世界をそっと見ている――そんな夢を見た気がする。




 なにかが頭に当たった感覚がしたので、私はゆっくりと目を開けた。

 今日も学校だな……。ふとそんなことを思う。

 ――ん? なんかやけに外が明るい? 太陽が照りつけるように強いような。気のせいかな……。

 ゆっくりと体を起こす。そういえば、いつもより体が軽い。けっこう寝たのだろうか。

「えっ」

 私がデジタル時計を見た瞬間、心臓が破裂するくらいに心拍数が速くなった。思わずそれを掴み、2度見してしまう。

『12:00』

 デジタル時計には確かにそう表示されていた。えっ? もうお昼の12時!? 学校、とっくに始まってるじゃん! これでは遅刻は決定だ。

 たしかに昨日は遅く寝たような気がするけど、あまり記憶がない。頭の中に何かが詰まってるような感じ。でも、お昼まで寝てるってことは人生で一度もなかった。親は私が起きるよりいつも早く家を出るので、このデジタル時計の目覚まし機能が私の頼りなのに。

 だけど鳴ったんだろうか? わからない。ものすごく疲れていて気が付かなかったんだろうか。

 私の高校まではここから市内に行かなくてはいけないため、電車とバスを乗り継いで1時間半くらいかかる。今から行くとだいたい学校に着くのは午後2時頃。でも、私の街は電車とバスの本数が田舎だから少ないのでそれも考えるともっとかかるだろう。だから着くのは6時限目になると思う。たしか、今日の6時限目はレクをやるんだっけ……。それでなんでもバスケットという椅子取りゲームをやるんだ。授業はないから行かなくてもいいかもしれないけど、やっぱ顔は少し出しておこうかな。

「なにか、いつもと違う」

 思わずそう独り言を呟いてしまう。誰もいない空間に私の言った言葉が広がる。なにが違うのかはわからない。

 ――いてっ。

 急に誰かから強く頭を殴られた――いや、叩かれたような感じがする。そして頭から同じクラスの央士《えいし》君のことがすっと自然に出てくる。

 央士くん、私――寄居絵奈(よりいえな)が片思いしている人。

 なんで今でてきたんだろう。

 央士くん???

 私???

 バスは丁度いい時間に乗れたからよかったけど、スマホで調べてみると電車は運悪く30分くらい待つみたいだ。

 バスに乗り、駅まで着いた。

 周りには今風の住宅街が広がっていて、コンビニなどのお店も立ち並ぶが、駅舎だけやけに昭和感があり、周りの景色とあってない。ここだけ『ザ・秘境』という感じだ。ホームと待合室くらいしかないこの箱のような小さな駅舎で30分も待つのか。少しきついな。この富士山から湧き出るみたいに新鮮な空気を吸っていれば自然と時間が経過するだろうか。

「そうだ、少しお腹に入れておこう」

 なぜだかあまりお腹は空いていなかったけれど、何かしら口にしておいた方がいいかなと思い、カバンにいつも入れてあるキットカットを駅舎にある待合室(といっても椅子ぐらいしかないけど)で食べた。ただ、それを食べ終わるとすることがなくなった。

 食べてから10分くらい経った頃、駅舎に私と同じくらいの年齢の男の人がまるで亀みたいにゆっくりとしたスピードで入ってくる。それになんか落ち着きがない感じだ。忘れ物でもしたんだろうか。それとも人を待っているのだろうか。

「あの、どうしたんですか?」

 私は人見知りな方だけど、気になってしまったので、立ち上がって声を掛けてみた。

「あ、えっと……いや、その……」

 その人は言葉がまとまってなく、よく聞き取れない。まるで故障しかけたロボットみたいだ。

「あの」

「はいっ!」

 急にそう言われたので思わず大きな声になってしまう。何? なに?

「あなたは私と同じ高校生ですか?」

「はい、高1ですけど」

 私と同じということは多分この人も高校生なんだろう。でも、この人は私服――それにオシャレしてるから何か特別なことでもあるんだろうか。

「あの、お話聞いてもらってもいいですか?」

 お、は、な、し……?

「いいですけど……」

 反応するまで少し時間がかかってしまった。電車の出発まではまだ15分以上あるし、断る理由もなかったので私はそう言った。

「あの、恋のアドバイスしていただけないでしょうか!?」

 さっきよりも何倍もはっきりした口調で男の人は私に向かってそう言ったあと、その人は頭を深く下げた。えっ? 私が恋のアドバイス!? どういうこと!? 

 私の心の中が一瞬空っぽになる。

 駅舎に生ぬるい風が入る。

「あの、私、別に、彼氏がいるわけでも……。顔もかわいいって感じでもないですし……」

 私に彼氏がいるわけでもないんですけど……。それに顔だって別にかわいい方には入らないと思うんですけど……。私のクラスにいけば、うさぎみたいに抱きしめたくなる私よりかわいい女子がたくさんいますから。

「いや、彼氏がいるとかじゃなくて……聞いてほしくて。あの、余計かもしれませんけど、貴方、自らかわいくないって言うのは自分に厳しすぎますよ」

「えっ?」

 この人の目からして私を好きとかそういうので、『自らかわいくないって言うのは自分に厳しすぎますよ』と言ったんじゃないだろうけれど、男の人からそう言われると冬にあつあつの焼き芋を食べたときに体に広がる熱のようなものを感じる。

「顔以外も愛せるのが、僕にとっての好きだと思いますし」

 私は別に自分の顔がかわいいとか思ってなかったから、その私の好きな人――央士くんに告白しようなんて思わなかった。いや、思えなくて、私以外で央士くんが好きな人に告白してほしいいなって思ってた。でも、そんな考え方がこの男の人の言葉で、積み上げた積み木を崩したときのように、私の頭から一瞬にして崩れる。

「じゃあ、私でよければ」

 私はこの人に少し救われたような気持ちがして、だからこの人の役にたちたいと思い、少しためらいながらも話を聞くことにした。

 その人は失礼しますと言ったあと、私の隣りに座った。私も再び座る。

「あの、今日、僕は、学校が振替休日で休みなんで、これから彼女――といってもまだ相手はただの友達としか思ってないかもですけど……」

 その人は庭にきれいな花が咲いたときのように嬉しそうに、でも少し恥ずかしそうに私の方を向いて話した。

「その人とデートみたいなのに行くんです。でも、恥ずかしながらどこに行くかはまだ決まってなくて……。なんか悩んでも答えが出なくて。で、この辺りでどこがいいと思いますか? 1つでいいんで一緒に考えてくれると嬉しいです」

 考えないでいくのもそれはそれで面白いデートにはなりそうだけど、でも、この人にとってデート場所が決まってないのは雨の降りそうな日に傘を忘れたときのように不安なんだろう。

「そうですね……。その方はどういうとこが好きなんですか?」

 私はまず情報がほしいと思い、その彼女がどういうものが好きなのか聞いてみる。

「えっと、私はその方の温かい心が好きです」

 その人は断定するように『です』を使った。あっ、そうじゃなくて……。

「そうじゃなくて……。あの、その方の好きなものとか、場所です」

「あー、すいません、デートの時間が近づいて緊張して」

 私の質問の仕方も少し悪かったかもしれないけど、本当に緊張してるみたいだ。見た目からだけでなく、声の感じや話してる内容からもそう窺える。まあ、私がそういう立場だったらそうなってしまうんだろうけど。

「いえいえ、ゆっくりで大丈夫です」

 そういうとその人は少し落ち着きを取り戻した。

「えっと、彼女は、きれいなものが好きです」

 きれいなもの? きれいなものか。どこかいいとこないかな……。思わず人が幸せになるような。誰もが綺麗と思えるもの、大切にしたいと思えるもの。

「あっ!」

 急に開かなかった箱が開いたように私はいい場所を思いついた。

「この近くに――えっと、バスで20分くらい行ったところに綺麗な滝があるんですが、そことかはどうですか?」

 この駅からも出ているバスで20分くらい行ったところに水が作り出す美しい絵に描いたような自然の景色が見える場所――滝がある。

「私の思い出の場所でもあるんです」

「思い出?」

 その人は興味深そうにそう聞いてきた。私の思い出の場所――滝について。

「実は、私にも好きな人がいるんです。まあ……片思いですけどね。で、今年の4月にその人と同じ班になって、遠足に行ったんです。私はこの辺に住んでるので、遠足がこの辺に決まった時は少し落胆しました」

「……」

 私の少し前の記憶が蘇ってくる。美しい以上の記憶が。あの時の記憶が。忘れたくない記憶が。

「遠足でその滝にも行きました。恥ずかしながらこの近所なのに初めて行ったんですけど、すごく美しくて、写真を撮ったり、滝の近くの水に触れたりするのが楽しくて。その、私の好きな人がこの滝を選んでくれたんです。そして班の人たちをその場所で面白いこととか言って楽しませてくれました。初めてその人は本当の楽しいに出会わせてくれました。その後も彼は私に楽しいを与えてくれたんです」

 初めて本当の楽しいに出会わせてくれたのが央士くん。君が私に贈り物をしてくれた。本当の楽しいはここにあったんだって思わせてくれた。たぶんそれはこの世界に隠されたたった1つのダイヤモンドを探すより何倍も、何十倍も難しかっただろう。

「そうなんですね。素敵ですね」

 少し好きな人について話すのは勇気がいるけど、今日はそんなのはいらなくて自然と話してしまう。

「はい。他にも例えば先生にある講演会の感想を言うように彼に言ったときに、彼はなぜだか今日の朝、お母さんが焦がした目玉焼きの話をしました。それで皆で笑ったんですよね。他にもたくさん……。私にだけ向けられた楽しいではないけど、私を自然と楽しくしてくれました。だから自然とその人が好きになってしまったんです。私はそんな彼と少し話す機会もあってその日々が楽しいんです」

 私は彼とで逢うまでの人生はただ生きればいい、自分を大切にしていけばいい、友達を大切にすればいい。それなりに勉強できればいい、運動できればいいそんなことを思ってあまり楽しさは感じてこなかった。でも、彼が私に与えてくれた、楽しいを。

「求めてるものは意外と近くにあったんですね」

 そう、近くにあった。私たちはつい遠くのものを求めてしまう。制限がない限り。だから、例えば日本に疫病が入ってきて自分の近くのものしかつかめない時には人は近くにも大切なものがあったと感じるんだろう。

「その通りでした。よく、視野を広くしなさいとかあるけど、たまには視野を狭くするのも大切かもしれません。だから私ができるアドバイスが他にあるなら、完璧なデートより想いのこもったデートのほうが私は嬉しいです!」

 なんか上から目線のアドバイスになった感じはあるけれど、この男の人には何かが刺さったようだ。何か感じてるように見えた。

「あ、じゃあ、本当にありがとうございました。もうすぐ来るみたいです」

 その男の人はスマホの着信がなった後、それを確認し、そう言った。LINEでもうすぐくるよという系のメッセージが来たんだろう。

 その人のことを応援したくなる。うまくいきますように。

 恋が、実るといいな。

 歩いていく男の人は初めて会ったときと全然違う人に見えた。堂々とした後ろ姿。

 私の番か。自分もそうしないと無責任だもんな。

 私も央士くんとの恋を自分でつかみ取りたい。

 今から行くよ。

 いつの間にか駅舎の時計は進んでいた。あの人と話してる間、私の周りの時間は止まってたように感じていたけどそれは嘘だったみたい。時間はいつも通り進んでいた。

 今度は私が恋を実らせる番。君との恋なんて実るのかな。央士くんに避けられないかな。

 時間になり予定通りの電車に乗る。2両しかない短い電車。乗っている人もまばらだ。皆この電車のレトロさには似合わないスマホをいじっている。しかし私はなにもせず外の景色をただ眺めていた。この車窓から見える綺麗な自然を。

 電車は学校の最寄り駅に着き、そこから少し私の街より何倍も栄えているこの地を歩く。

 教室に入るとしんとしていた。ただ空いている窓から風が吹きカーテンを棚引かせているだけ。でも、このクラスの人の匂いが微かに残っている。いい匂い。思わず深呼吸してしまう。

 たぶんレクは体育館でしてるんだろうと思い、体育館に向かう。

 体育館に近づくと聞き慣れた懐かしい声が聞こえてくる。予想通りだ。

 でも、やっぱり皆で楽しんでるのに入るのは失礼かな。だから私はただ見てるだけにしよう。だけど、横から見てもバレてしまうから体育館の2階にある通路の部分(キャットウォークという名前らしい)から見ることにした。

 私の学校は地域の公民館と体育館が複合されている珍しい形で、2階に行くときも直接1階の体育館に入らずとも2階部分に行けるので、バレずにそこまで行けた。

 だけど上から立って見るのはバレるかもと思いしゃがむ。椅子を並べてできた少し形の崩れた大きな円が見えた。

 私のクラスメートたち。

 なんでもバスケット。何かしらのお題を言って、そのお題に合う人が自分の座っている椅子から動き、他の椅子に座る。そして座れなかった人がお題を出してを繰り返すゲーム。

 前にもこのゲームやったことがあるけどこのクラスはなんでもバスケットが盛り上がるんだよな。

 でも、今日は前よりは盛り上がってない――というか、頑張って盛り上がろうとしていた。なにか自分のいないうちに皆の心を支配してしまうような大きな出来事があったんだろうか。

 なにがあった?

 なに?

 えっ?

「えっと、じゃあ、目玉焼きにはソースより醤油派の人!」

 座れなかったと思われる人が、お題を出す。

 そう、うちのクラスのなんでもバスケットはお題の内容が面白いのが特徴。私は確か前回、1回だけ座れなかったんだけど、そのときは皆のお題のハードルがあまりにも高すぎて思い浮かばず、少し困ってしまったな(結局は「今日、授業で寝た人」にした)。

 目玉焼きのお題でクラスの3分の2くらいの人が一斉に動き出す。私も参加してたら動くかな。何をかけても美味しいけど、やっぱり醤油。

 上から見るとみんなの動く姿がこんなふうに見えるんだ。テレビゲームを操作してるみたいな感じ。

「あ、空いてるよ!」

「えっ? どこどこ?」

「あそこだよ!」 
「あー!」

 まだ座っていなかった2人の勝負みたいだったが、惜しくも座れなかった1人が次のお題を出す。

「じゃあねー、んー」

 そうんなんだよね、このクラスのお題のハードル高いから悩むんだよね。うけを狙う人もいるし。でも、それがいいんだろう。

「成績全部5にしてほしい人!」

「もちろーん!」

「はーい!」

 これはもう「なんでもバスケット」って言ってもいい感じじゃないだろうか(「なんでもバスケット」って言うと全員が動くというルールである)。もちろん一人残らず皆が動いた。皆の位置が一瞬で変わる。

 座れなかったのは私の友達。この子、なんか甘いけど酸っぱい質問を出してきそう。

「誕生日に好きな人からハグのプレゼントが欲しい男子!」

 ほらー、やっぱきた。甘いけど、酸っぱい質問。このクラスは35人で男子は17人だけど、7人くらいが動いた。思ったより多いな、恥ずかしくて動かない人も多いと思ったけど。私は思わず青春だなーと感じてしまう。ハグのプレゼントか。

 でも、男子が意外と同じ場所にまとまって座っていたため、その子はまた座れず2連チャンでお題を出すことになった。きっとまたあんな感じの質問が来るんだろう。やってる側はドキドキだろうな。ここから見ててもドキドキしてるし。でも、見るの楽しい。

「えっー、またー。じゃあ、人が結構いるところで自分の彼氏か彼女に『キスしよ』って言われたらキスする人!」

 さっきよりもあれな質問がきた。どっからその質問、考えてるんだろうか。自分の頭をフル回転させても私にはきっと無理だろうな。少し手汗かいてきた。やってなくても胸がキュンキュンしてる証拠だろう。

 結果は3分の1くらいの人が動いた。そうだよね、これは結構勇気いるもんね。私なら仮にその状況になったとしても恥ずかしくて目も合わせられない気がする。

 私の友達は今回は無事に席に座ることができ、代わりにメガネをかけた男の子――学級委員の人が座れなかったみたいだ。へーこの人はしちゃうんだ。

「じゃあ、時間もあれなので最後ー!」

 担任の先生からそう声がかかる。先生も参加していたみたいで、今は央士くんの隣りに座っている。あ、央士くん!

「あ、次、央士座れなかったら罰ゲーム決定じゃん。秘密1つ告白ー!」

「やべー」

 央士くんの隣りにいた男子が楽しそうに、いじる感じで央士くんに話しかける。私のいない間にどうやら何回か座れなかったらしい。それで最もその回数が多い人が罰ゲームを受けることになってるんだろう。で、学級委員の子はどんな質問を出すんだろう。

「少しあれなお題になりますけど、最後なので……」

 さっきまでの空気とは変わる。私はなぜだか背筋がピンとなる。あれな質問? 辛い質問? になるんだろうか。皆の表情も急に石みたいになった。えっ?

「う、うん」

 学級委員の子が咳き込む。ん? なに、この感じ。

「――昨日に戻りたい人?」

 これがあれなお題なの? 私にはよくわからなかったけど、ゆっくりと皆が動いた。皆戻りたいの? 確かに昨日の漢字テストはいつもより難しくて点数が皆良くなかった感じだけど、それで戻りたいの? 戻ったら経験できない楽しいこともあるはずだよ?

 よくわからないけれど、全員が席を動く。最後に残ったのは――座れなかったのは央士くんだった。

 最後に残った央士くんが椅子で囲まれた円の真ん中に、重い足取りで進んでいく。央士くんの秘密……少し気になるかも。でも、なぜかさっきよりも寒くなった。急に寒波が来たみたいに冷え込んだ。

「あ、う、うん……」

 どうしたんだろう央士くん。いつもと少し違う。

「俺は、俺は……昨日に戻りたい――」

 戻りたい? そんなに? どうして?

「――皆も知ってるように昨日の夕方、飲酒運転をしていた男が運転するトラックに轢かれて寄居絵奈が死んだ」

 ――えっ、私が死んだ?

 頭が追いつかない。なに、どういうこと?

 私、だってここに……。えっ?

 なんで、これは? なにが……。

「だから昨日に戻って絵奈を救いたい。でも、俺たちには到底できない」

 たしかに私はいつもと違う感じが起きたときからしていた。これは、じゃあ生きている私ではないの?

 昨日は確か――最後に覚えてるのは私の体から出る赤いもの。全身が痛かった自分。辛かった自分。少しだけ昨日の記憶が蘇る。

 私は死んでしまったのか。

 央士くんに告白する前に。

 少し、遅かった。

 でも、どうせ告白したところで彼に断られるなんだろう。だったらもう死んだことを悔やむことをしなくていいんじゃないんだろうか。

 もう、しょうがないからこれ以上考えずに受け入れたほうが早い。

「俺の秘密……」

 央士くんは噛みしめてた。わからなかった、なにを考えてるのか。央士くんが、そして自分自身が。

「――それは、俺は絵奈のことが好きだった」

 えっ? 君が私のことを? この私のことを?

 私も君もお互い好きだった……?

「私も好き……」

 央士くんにはこの声が届いていない。だって本当に小さな声で言ったから。それに――。

 私は泣いていた。

 嬉しかった。君は私のことが好きだったんだね。そして私も……。

「絵奈がいつも何かを頑張る姿に憧れた、好きだったんだ。絵奈に大変な仕事を頼んだときも嫌な顔ひとつせずその仕事を絵奈なりに頑張ってやってくれていた。そんな絵奈が……。その心が整って告白するつもりだった。でも、できなかった」

 私もできなかった。君に告白。もういないから、ここには。

「だから、今、君に告白する」
 
 央士くんが上をまっすぐ見上げた。央士くんには何かが見えているんだろう。

「絵奈、君は僕にとって言葉に表せない存在だ。どうか、心の中で結婚してください。どうか俺の気持ち届いてますように。君にこれが届いてたら俺はもう何もいらない。最後にありがとう、絵奈。君に逢えた人生、どんなことより忘れられないよ」

 私は心の中で、その言葉をいただいた。生きていない私が、その言葉をいただいたよ。

 もちろん。私も君と心の中で結婚したい。

 多分、今言ったことが指輪の代わりなんだろう。

 私が告白したかったよ。でも、君に越された。悔しいな。

 君が先に告白しようが、私が先に告白しようが央士くんが好きというのは変わりない。

 私の前に私にしか見えない光が見えた。ゆっくりと天国に送られてる気がする。さようなら、またね央士くん。私は天国に送られていく。

 どこかでまた会いたい。いや、もう心の中で結婚してるからいつでも会えるのか。

 そうだよね、央士くん。

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