前回のあらすじ
人間らしい空腹感や、なかなか釣れず焦れるウルウなどがお楽しみいただける回でした。
嘘は言っていない。
いやあ、美味しかったですねえ、お昼ご飯。
たまにはこういう、手の込んでない塩焼きみたいなのもいいものですね。
と言うか最近手の込んだものばかり食べてたような気がします。トルンペートのご飯は美味しいので文句はないんですけれど、近頃野営とか野外での食事少ないので、冒険屋として大丈夫かなと少し不安です。
都市型の冒険屋としては間違ってないんでしょうけれど、旅型の冒険屋を目指す私としてはちょっと問題です。
まあそれはそれとしてご馳走様でした。ウールソさんが大量に釣ってくれたおかげで夕餉まで持ちそうです。
「私も釣ったんだけど」
「普通の釣竿でよく釣れましたよね」
「一匹だけだけど」
「私はああいう風にじっとしてるの落ち着かないので」
「リリオ殿は毛針の方がよろしいかもしれませんなあ」
さて、そんな風にお昼ご飯を終えて小休止に入った私たちですが、トルンペートは勤勉なことで、薪が足りないかもしれないので取ってくると席を立ち、ウルウも釣りで体が強張ったから歩いてくるとそれについていきました。
じゃあ私もと立ち上がろうとすると、あんたは鍋見ときなさいと火の番を命ぜられてしまいました。うにゅう。でも美味しいご飯のためには仕方がありません。
火は強すぎず、弱すぎず、コトコトとじっくり煮込みます。水が減れば足してやり、肉の具合を竹串で刺して確かめます。
角猪の肉は、普通の猪の肉よりも大分かたいです。しかし本当にじっくり焚いてやると、これが恐ろしくとろっとろに柔らかくなってくれるのです。《黄金の林檎亭》の角猪が懐かしいですねえ。
今日のお鍋はあれほどまでに手の込んだことはしませんが、それでも美味しいお鍋になる予定です。
私がそうしてそわそわと火の番をしていると、ウールソさんがのっそりと鍋を挟んで向かい側に腰を下ろしました。
「すこし、お話してもよろしいかな」
「え? ええ、はい、構いません」
「では作麼生」
んん、聞いたことあります。
神官の使う掛け声ですね。
「説破!」
「うむ、うむ。ではお尋ねし申すが、何故にリリオ殿は冒険屋を目指されるのか。作麼生」
「ん、説破。もともとは母に憧れてでした」
「メザーガ殿の従兄妹であらせられるという」
「そう、その人です。母はもともと南部で冒険屋をやっていたそうです。それが依頼で辺境までやってきて、父との大恋愛の末に結婚したのだとか」
「その母君に憧れて」
「ええ。長い冬の間、母はよく私を抱き上げて、冒険屋だった頃のお話や、また旅の間に見聞きした様々な冒険や旅のお話を聞かせてくれました。それが幼心に染みわたっていったんでしょうねえ。今や私もすっかり冒険屋馬鹿です」
「それが他人を巻き添えにしての事であってもですかな」
「え?」
「実際、リリオ殿は仕事で仕えているトルンペート殿を巻き添えにし、道中出会っただけのウルウ殿もその旅の巻き添えにしようとしておられる。リリオ殿の旅は他人を巻き添えにしても良いというほどのものでありますかな」
作麼生、と低い声が胸に響きます。
巻き添え。
今までそのような考え方をしたことはありませんでした。
私にとって旅というものはずっと待ち望んでいたものでした。辛くて、しんどくて、もう疲れたって思うときは何度もありました。でもやめたいと思ったことはありませんでした。
私にとって冒険屋とは夢であり、憧れであり、それ以上に地に足のついた現実でした。
私にとって冒険屋を目指すことは当然の事であり、冒険屋として生きていくことは他に選ぶものなどない確たる進路だと思ってきました。
しかし私についてきてくれる二人はどうでしょう。
トルンペートはもともと私のお目付け役として付いてきてくれたものです。
私はトルンペートの事を姉として慕い、トルンペートも私を妹としてかわいがってくれます。
しかし厳然たる事実としてトルンペートはドラコバーネ家に仕える武装女中であり、それはつまり当主である父に仕えるということであります。
私の冒険屋稼業に付き合ってくれるのは、父から与えられたお目付け役の任を全うするためであり、本当はいっしょに辺境に帰って欲しいとそう思っているのかもしれません。
ウルウはどうでしょうか。
ウルウの旅の目的を、本当のところ、私は知りません。
ウルウはきっと一人でも何でもできて、一人でもこの世界を歩き回れることでしょう。
それでも私についてきてくれるのは、私がウルウの知らない世界の案内役としてちょうどよいという、ただそれだけの事です。ウルウは言いました。美しいものを見たいと。君がそうであるならば、そうであるうちはいっしょにいてもいいと。
ウルウが案内役を必要としている以上に、私が望んで旅についてきてもらっているのでした。
私の旅は、二人を巻き添えにしてもいと思えるほどのものなのでしょうか。
なんて。
答えは決まっています。
「説破! 二人がついてきてくれるのは嬉しいことです。でも私は二人に無理強いしたことはありません。二人がついてきてくれるのは二人の事情や二人の意志からであって、私なんかの巻き添えではありません。私が旅を続ける上で一緒にいてくれたらどんなにか心強いことかと思います。でも、もしも二人が望まないのであれば、私は一人でも旅を続けるでしょう」
それはきっとどこまでも寂しくて、心折れるほどにつらい別れでしょう。
けれど、それでも、だけれども、私は冒険屋になると心に決めたのでした。
だってそこには、きっと美しいものがあるのだと、そう信じられたから。
「ふむ、ふむ。成程。左様ですか」
ウールソさんはじっとわたしを見つめて、それから熊のように恐ろしい目を細めました。
「では、御父上やメザーガ殿はどうか」
「父や、メザーガですか?」
「御父上はもちろん、メザーガ殿もリリオ殿のご家族と言ってよい。この二人はどちらも、リリオ殿が冒険屋になることをよしとされていない」
「それは……そうですけれど」
「メザーガ殿は単に危険であるからこれをよしとしておられない。成程、これはリリオ殿も承服しかねるものでしょう。しかし一方で御父上はどうか」
「父が、何か?」
「聞けばリリオ殿は辺境の出。辺境と言えば臥竜山脈より沸きいずる悪竜どもを押しとどめるもののふたちの土地」
「その通りです」
それは誇らしく、気高く、名誉なことだと思います。
「御父上からすれば、リリオ殿がその辺境から旅立つということは、悪竜どもを切る刃が一本足りなくなるということではあるまいか」
「む、ん……それは」
「作麼生」
これもまた、考えていない事でした。
父の偉大さや、兄の優秀さ、また頼れる人々に任せっきりで、では自分が欠けた後はどうなるのかということを考えてはいませんでした。
私はまだまだ未熟な身です。それでも、大具足裾払の剣を一振り託された剣士が一人、護りの柵から抜け出るということはどれだけの損失でしょうか。
父は私にそのようなことは言いませんでした。
言わずとも理解してくれているとそう思っていたのでしょうか。
いえ、あるいはそれは無言の後押しだったのかもしれません。表立って応援することはできない。しかし娘の夢のためならば情けないことなど言えぬと、そういう覚悟の上での後押しだったのかもしれません。
そういった今まで考えてもいなかったことを思うに至っても、しかし不思議と私の中の覚悟はこれっぽっちも変わることがありませんでした。
一人で、あるいはトルンペートと二人で旅をしている時であったら、この武僧の問いかけに詰まり、故郷へと帰る道も考えたかもしれません。竜たちと戦う日々を選んだかもしれません。
しかし、今の私にはそれでも冒険屋として旅に出たい、もう一つの理由ができていたのでした。
「説破。それでも私は旅に出ます」
「フムン」
「だって……ウルウに格好いい所見せたいですもん」
「は、ははははは、は。成程。成程」
ウールソさんは高らかに笑って、膝を打ちました。
「成程。同じ情でも、家族の情ではこの情には勝てませんなあ」
人間らしい空腹感や、なかなか釣れず焦れるウルウなどがお楽しみいただける回でした。
嘘は言っていない。
いやあ、美味しかったですねえ、お昼ご飯。
たまにはこういう、手の込んでない塩焼きみたいなのもいいものですね。
と言うか最近手の込んだものばかり食べてたような気がします。トルンペートのご飯は美味しいので文句はないんですけれど、近頃野営とか野外での食事少ないので、冒険屋として大丈夫かなと少し不安です。
都市型の冒険屋としては間違ってないんでしょうけれど、旅型の冒険屋を目指す私としてはちょっと問題です。
まあそれはそれとしてご馳走様でした。ウールソさんが大量に釣ってくれたおかげで夕餉まで持ちそうです。
「私も釣ったんだけど」
「普通の釣竿でよく釣れましたよね」
「一匹だけだけど」
「私はああいう風にじっとしてるの落ち着かないので」
「リリオ殿は毛針の方がよろしいかもしれませんなあ」
さて、そんな風にお昼ご飯を終えて小休止に入った私たちですが、トルンペートは勤勉なことで、薪が足りないかもしれないので取ってくると席を立ち、ウルウも釣りで体が強張ったから歩いてくるとそれについていきました。
じゃあ私もと立ち上がろうとすると、あんたは鍋見ときなさいと火の番を命ぜられてしまいました。うにゅう。でも美味しいご飯のためには仕方がありません。
火は強すぎず、弱すぎず、コトコトとじっくり煮込みます。水が減れば足してやり、肉の具合を竹串で刺して確かめます。
角猪の肉は、普通の猪の肉よりも大分かたいです。しかし本当にじっくり焚いてやると、これが恐ろしくとろっとろに柔らかくなってくれるのです。《黄金の林檎亭》の角猪が懐かしいですねえ。
今日のお鍋はあれほどまでに手の込んだことはしませんが、それでも美味しいお鍋になる予定です。
私がそうしてそわそわと火の番をしていると、ウールソさんがのっそりと鍋を挟んで向かい側に腰を下ろしました。
「すこし、お話してもよろしいかな」
「え? ええ、はい、構いません」
「では作麼生」
んん、聞いたことあります。
神官の使う掛け声ですね。
「説破!」
「うむ、うむ。ではお尋ねし申すが、何故にリリオ殿は冒険屋を目指されるのか。作麼生」
「ん、説破。もともとは母に憧れてでした」
「メザーガ殿の従兄妹であらせられるという」
「そう、その人です。母はもともと南部で冒険屋をやっていたそうです。それが依頼で辺境までやってきて、父との大恋愛の末に結婚したのだとか」
「その母君に憧れて」
「ええ。長い冬の間、母はよく私を抱き上げて、冒険屋だった頃のお話や、また旅の間に見聞きした様々な冒険や旅のお話を聞かせてくれました。それが幼心に染みわたっていったんでしょうねえ。今や私もすっかり冒険屋馬鹿です」
「それが他人を巻き添えにしての事であってもですかな」
「え?」
「実際、リリオ殿は仕事で仕えているトルンペート殿を巻き添えにし、道中出会っただけのウルウ殿もその旅の巻き添えにしようとしておられる。リリオ殿の旅は他人を巻き添えにしても良いというほどのものでありますかな」
作麼生、と低い声が胸に響きます。
巻き添え。
今までそのような考え方をしたことはありませんでした。
私にとって旅というものはずっと待ち望んでいたものでした。辛くて、しんどくて、もう疲れたって思うときは何度もありました。でもやめたいと思ったことはありませんでした。
私にとって冒険屋とは夢であり、憧れであり、それ以上に地に足のついた現実でした。
私にとって冒険屋を目指すことは当然の事であり、冒険屋として生きていくことは他に選ぶものなどない確たる進路だと思ってきました。
しかし私についてきてくれる二人はどうでしょう。
トルンペートはもともと私のお目付け役として付いてきてくれたものです。
私はトルンペートの事を姉として慕い、トルンペートも私を妹としてかわいがってくれます。
しかし厳然たる事実としてトルンペートはドラコバーネ家に仕える武装女中であり、それはつまり当主である父に仕えるということであります。
私の冒険屋稼業に付き合ってくれるのは、父から与えられたお目付け役の任を全うするためであり、本当はいっしょに辺境に帰って欲しいとそう思っているのかもしれません。
ウルウはどうでしょうか。
ウルウの旅の目的を、本当のところ、私は知りません。
ウルウはきっと一人でも何でもできて、一人でもこの世界を歩き回れることでしょう。
それでも私についてきてくれるのは、私がウルウの知らない世界の案内役としてちょうどよいという、ただそれだけの事です。ウルウは言いました。美しいものを見たいと。君がそうであるならば、そうであるうちはいっしょにいてもいいと。
ウルウが案内役を必要としている以上に、私が望んで旅についてきてもらっているのでした。
私の旅は、二人を巻き添えにしてもいと思えるほどのものなのでしょうか。
なんて。
答えは決まっています。
「説破! 二人がついてきてくれるのは嬉しいことです。でも私は二人に無理強いしたことはありません。二人がついてきてくれるのは二人の事情や二人の意志からであって、私なんかの巻き添えではありません。私が旅を続ける上で一緒にいてくれたらどんなにか心強いことかと思います。でも、もしも二人が望まないのであれば、私は一人でも旅を続けるでしょう」
それはきっとどこまでも寂しくて、心折れるほどにつらい別れでしょう。
けれど、それでも、だけれども、私は冒険屋になると心に決めたのでした。
だってそこには、きっと美しいものがあるのだと、そう信じられたから。
「ふむ、ふむ。成程。左様ですか」
ウールソさんはじっとわたしを見つめて、それから熊のように恐ろしい目を細めました。
「では、御父上やメザーガ殿はどうか」
「父や、メザーガですか?」
「御父上はもちろん、メザーガ殿もリリオ殿のご家族と言ってよい。この二人はどちらも、リリオ殿が冒険屋になることをよしとされていない」
「それは……そうですけれど」
「メザーガ殿は単に危険であるからこれをよしとしておられない。成程、これはリリオ殿も承服しかねるものでしょう。しかし一方で御父上はどうか」
「父が、何か?」
「聞けばリリオ殿は辺境の出。辺境と言えば臥竜山脈より沸きいずる悪竜どもを押しとどめるもののふたちの土地」
「その通りです」
それは誇らしく、気高く、名誉なことだと思います。
「御父上からすれば、リリオ殿がその辺境から旅立つということは、悪竜どもを切る刃が一本足りなくなるということではあるまいか」
「む、ん……それは」
「作麼生」
これもまた、考えていない事でした。
父の偉大さや、兄の優秀さ、また頼れる人々に任せっきりで、では自分が欠けた後はどうなるのかということを考えてはいませんでした。
私はまだまだ未熟な身です。それでも、大具足裾払の剣を一振り託された剣士が一人、護りの柵から抜け出るということはどれだけの損失でしょうか。
父は私にそのようなことは言いませんでした。
言わずとも理解してくれているとそう思っていたのでしょうか。
いえ、あるいはそれは無言の後押しだったのかもしれません。表立って応援することはできない。しかし娘の夢のためならば情けないことなど言えぬと、そういう覚悟の上での後押しだったのかもしれません。
そういった今まで考えてもいなかったことを思うに至っても、しかし不思議と私の中の覚悟はこれっぽっちも変わることがありませんでした。
一人で、あるいはトルンペートと二人で旅をしている時であったら、この武僧の問いかけに詰まり、故郷へと帰る道も考えたかもしれません。竜たちと戦う日々を選んだかもしれません。
しかし、今の私にはそれでも冒険屋として旅に出たい、もう一つの理由ができていたのでした。
「説破。それでも私は旅に出ます」
「フムン」
「だって……ウルウに格好いい所見せたいですもん」
「は、ははははは、は。成程。成程」
ウールソさんは高らかに笑って、膝を打ちました。
「成程。同じ情でも、家族の情ではこの情には勝てませんなあ」