世界は今、少年の可愛いお尻に託された ~便意を我慢できたら宇宙最強!? クソ真面目転生者の肛門活躍記~

 ベンは下腹部をさすりながらうずくまったが、マーラのことであれば無視もできない。括約筋に喝を入れ、よろよろと立ち上がると、はぁはぁと荒い息をしながら魔法使いの後を追った。

 しばらく歩くと広場があり、丸太が積み上げられている。奥には石材がゴロゴロとしていて、資材置き場として使われているようだ。リリリリとにぎやかに虫たちが合唱をしている。

 魔法使いはくるっと振り返り、月夜に目をキラっと光らせて言った。

「マーラがね、行方不明なのよ。あんた何か知らない?」

 ベンは戸惑った。彼女はまじめな人だ。いきなりいなくなるとは考えにくい。事件にでも巻き込まれていたら大変なことである。しかし、彼女とはダンジョン以来話もしていない。

「それは気になりますね。でも、知りませんよ。なんで僕に?」

「あんた、マーラに目をかけてもらってたからね。連絡が来たら教えて」

 魔法使いはベンの身体を舐めるように視線を這わせながら言った。

「分かったよ」

 ベンは気持ち悪く思い、一歩下がりながら適当に返事をした。

 勇者が負けたことで勇者パーティも崩壊しつつあるということだろうか。ざまぁと思うところもあるが、それがマーラを悩ませてしまっていたとしたら申し訳ないなと思った。

 だが、考え事は良くない。

 ぐぅ、ぎゅるぎゅるぎゅる――――!

 胃腸が暴れ始め、ポロン! と『×100』の表示が出る。

「そんだけですか? じゃあ帰ります」

 そう言って(きびす)を返すと、魔法使いは後ろからベンをすっとハグした。

 へ?

 エキゾチックな大人の女性の香りがふんわりとベンを包んだ。

「これからが本番よ。あなた、なぜ、あんなに強くなったの?」

 豊満な二つのふくらみを押し付けながら、耳元で魔法使いはささやく。

「秘密です。なんであなたに言わなきゃならないんですか!」

 ベンは必死に魔法使いの腕を振りほどく。

「あなたの薬の小瓶は全部いただいちゃったわ。もう強くなれないでしょ? クフフフ」

 嫌な声で笑う魔法使い。一体何がやりたいのかベンは困惑した。

 言われてみれば予備の小瓶は三つ。確かにさっき勇者が全部飲んでしまっていた。

「お前が盗んだんだな!」

 ベンは下腹部を押さえながら怒った。

「その強さの秘密、調べて来いと言われてるの。でも、別に言わなくてもいいのよ、死体から聞くから」

 そう言うと魔法使いは月の光にキラリと輝く小さな針を出し、ベンの首筋にピン! と飛ばして刺した。

 ぐわっ!

 痛烈な痛みにベンは気を取られ、肛門の守りが手薄となる。

 ピュッ、ピュルッ!

 ピロン! と鳴って『×1000』の文字が浮かんでいる。

 今までにない決壊にベンは青い顔をしながら、針を抜いた手でそのまま魔法使いを撃つ。

 魔法使いは素早く避けたがベンの千倍の攻撃は鋭く、かすっただけでビキニスーツがパンとはじけ飛んだ。

 月明かりに白く美しい裸体を晒す魔法使い。

 一瞬焦ったベンだったが、その豊満な胸の乳首のところにはギョロリとした目があり、お腹には巨大な口が牙を晒していた。

 はぁ!?

 凍りつくベン。魔法使いはなんと魔物だったのだ。勇者はいままで魔物と一緒にダンジョンを攻略していたということになる。つまり魔法使いは魔王軍のスパイだったのだ。

 その時、さらにいっそう大きく腸がうねった。

 くふぅ……。

 激しい便意にガクッとひざをつくベン。

「あらら、バレちゃった。でも、あなたに打ち込んだ毒は象でも倒せる猛毒。残念だったわね。ここで死んでいきなさい。クフフフフ」

 魔法使いは淡く紫色に輝く魔法シールドを展開し、その中でお腹の大きな口を揺らしながら笑う。

 しかし、ベンは止まらない。毒耐性も千倍なのだ。象はたおせてもベンはたおせない。

 ベンは腹を押さえ、何とか括約筋に喝を入れ、脂汗をたらたらと垂らしながらピョコピョコと内またで駆け出し、魔法使いとの距離を詰める。

「死にぞこないが何をするつもり?」

 余裕な顔であざける魔法使い。

「便意独尊!」

 ベンはこぶしに気合を込めると、叫びながら魔法使い向けてありったけのパワーで撃ちぬいた。

 千倍の破壊力は全てをぶち壊す。

 魔法シールドは爆散し、そのまま魔法使いのみぞおちをぶち抜いた。

 ゴフゥ――――!

 魔法使いはものすごい勢いで吹き飛ばされ、野積みの丸太に直撃し、まるでボウリングのピンのように丸太を夜空に高くかっ飛ばす。そして、野積みの石の山にめり込んで止まった。

 はぁはぁはぁ……。

 荒い息をしながら、ピョコピョコと近づくベン。

「小僧、なんてパワーなのよ……。こんなの……人の力じゃない。化け物め……」

 魔法使いはお腹の大穴から青い血をダラダラと流しながら言った。

「化け物ってひどいな。お前の方が化け物じゃないか。スパイなんかしてどうするつもりだったんだ?」

 魔法使いの身体は徐々に薄く透けていく。そして、最期にニヤリと笑うと、

「私は魔王軍四天王のナアマ……。『ベンという少年を(たお)せ』って伝令を飛ばしたの。お前はもう逃げられないわ、クフフフ……」

 と、言いながら消えていった。

 後には紫色に輝く魔石がコロコロと転がる。

 キー! キー! キー!

 不気味な鳴き声がして、ベンが夜空を見上げると、無数のコウモリが暗黒の森の方へと飛び去って行くのが見えた。

 昨日までFランクの荷物持ちだった少年は、あっという間に人類最強として騎士団の顧問になり、魔王軍の中枢からターゲットにされるハメになってしまった。

 どうしてこうなった?

 物陰で用を足しながらベンは、この数奇な運命をどう解釈したものかわからず深いため息をついた。

 しばらく鳴きやんでいた虫たちが、またリリリリとにぎやかに響き始める。

















12. 接待ダンジョン

 しばらくベンは騎士団顧問としての準備に追われた。宮殿の近くに部屋を借り、制服を作り、メンバーにあいさつし、任命式で正式に顧問となった。

 もちろん、騎士団と言えば街の精鋭ぞろいである。皆ビシッと背筋を伸ばし、筋骨隆々として、子供の頃から延々と振ってきた剣さばきも見事だ。それに対し、ベンは剣もまともに扱えないヒョロっとした小僧である。訳わからない呪文で勇者に勝ったからと言って、入団を許していいのかという不満は皆持っていた。特に、ベネデッタに気に入られているというのが許しがたい様子である。騎士団のアイドル的存在ベネデッタが、あんな小僧を目にかけているなど許しがたかったのだ。

 社会人経験の長いベンもそのくらいは分かっている。分かってはいるが、ベンのスキルはおいそれと見せられるものでもない。そこは折を見て少しずつ理解して行ってもらうよりほかない。そもそも自分は商人になりたかったのだ。

 帰りがけに警護班の班長に呼び止められる。

「顧問! これ、指令書。読んでおいて」

「え? 何?」

「いいから、読めばわかるから!」

 不機嫌を隠そうともせず、仏頂面で封筒を突き出す。

「あ、ありがとう」

「あなたには何も期待してないので、ただ、後をついてきてくれるだけでいいです」

 吐き捨てるようにそう言うと、班長はカツカツとブーツのヒールを鳴らしながら去っていった。

「ふぅ、初日から大変だぞこりゃ」

 若いっていいなぁと思うところもあるが、前途多難な状況に思わずため息が漏れる。

 指令書には、明朝に西の城門集合で、ベネデッタの親戚のベッティーナのダンジョン攻略の警護をせよと書いてあった。

 はぁ!?

 ベンは目が点になる。なぜ貴族様がダンジョンになど潜るのか?

 しかし、何度読み直してもそうとしか読めなかった。ベンは大きく息をつく。

 ただ、班長は『何もするな』って言っていたし、後をついていけばいいだけだろう。お貴族様の後をついていくだけの簡単なお仕事です!

 ベンは深く考えることは止め、下剤やポーションなどダンジョンに潜るアイテムの買い出しに出かけた。


        ◇


 翌朝、まだ朝霧も残る早朝の街を、あくびしながらベンは西門へと歩く。朝露に濡れた石だたみにオレンジ色の朝日が反射し、街は美しく輝いている。

 西門が見えてくると、女の子が手を振っている。あれがベッティーナ……、ということだろうか? 隣にはもう班長がいてビシッと立っている。

 近づいてみると、ベネデッタが仮面舞踏会につけるような変なアイマスクして嬉しそうに手を振っている。

「あれ? ベネデッタさん、どうしたんですか? そんな仮面して」

 ベンが聞くと、ベネデッタは途端に怒り出し、

「我はベネデッタではないのだ! ベッティーナ!」

 と、言って口をとがらせて横を向いてしまった。

 訳が分からず班長の方を見ると、人差し指を一本立てて口に当て『シーッ』というしぐさをしている。

 どうやらベッティーナというのはベネデッタのお忍び用のコードネームらしい。貴族様はいろいろ自由が無くて大変そうだ。ベンは大きく息をつき、

「これはベッティーナ様、大変に失礼いたしました。本日はよろしくお願いいたします」

 と、言いながらひざまずいた。

 するとベネデッタはニヤッと笑い、

「分かればよいのだ! それではシュッパーツ!」

 と、楽しそうにダンジョンへ向けて歩き出した。


        ◇


 不機嫌な班長から道すがら聞いた情報を総合すると、ベネデッタは月に一回くらいこうやってお忍びで魔物狩りをするらしい。一応王家の血筋なので魔法の才能はあるものの経験には乏しく、駆け出し冒険者レベルということだった。

 今日も三階辺りを一周して帰ってくる予定だそうだ。であるならば本当に出番などないだろう。ベンとしても下剤を飲むようなことは避けたかったので都合がいい。

 ふぁ~あ。

 麦畑をわたる風が、朝日にオレンジ色に輝くウェーブを作り、ベンはその平和な美しい景色を見ながら伸びをする。

 こんな簡単なお仕事で高給もらえるなら実は天国かもしれない。数日前まで飢え死にを心配していた事がまるで嘘のようである。ベンは運気が向いてきたとニコニコしながら気持ちよい風に吹かれた。


       ◇


「ベン君! 見ててよ!」

 ベネデッタはそう言うと、エレガントに魔法の杖を掲げ、呪文を詠唱し始める。

 背筋をピンと伸ばし、目をつぶりながらブツブツとつぶやくベネデッタは薄く金色の光をまとい、気品のある美しさをたたえていた。

 そして、目をカッと見開くと、

「ホーリーレイ!」

 と、叫んで杖を振り下ろした。

 ダンジョン内に閃光が走り、聖なる黄金の光の奔流(ほんりゅう)がダンジョンの奥へと打ち込まれていく。

 グギャー! グアー!

 ダンジョン内をうろうろしていた骸骨の魔物、スケルトンが次々と倒れ、消えていった。

 パチパチパチ!

「ベッティーナ様、凄い! お見事です」

 班長はまるで接待ゴルフのようにほめまくった。

「ナイスショットー」

 ベンは拍手をしながらやる気のない声で、異世界人には分からない掛け声をかける。

「ふふん! 我だって少しはやるのだ!」

 ベネデッタは得意げに胸を張った。









13. 堕ちていく下剤

 ベネデッタに活躍させては拍手する。そんなことを繰り返しながら三階へと降りていく。

 戦闘は基本、班長が前衛をやり、ベネデッタが後衛をやっている。ベンは後ろから襲われないようにするただの護衛だった。

 とはいえ、こんな低層階で後ろから襲ってくる魔物などいないわけで、楽しそうに魔法を操るベネデッタを眺めながら、ベンは子守をするおじさんの気持ちで見守っていた。


        ◇


 そろそろお昼なので、あくびを噛み殺しながら撤退の声を待っていると、ベネデッタが部屋のドアを開けた。すると、奥には宝箱がいかにもという感じで置いてある。

「あっ! 宝箱発見なのだ!」

 小走りに宝箱に駆けだすベネデッタ。

「あっ! 走っちゃダメです!」

 班長が急いで後を追い、ベンも仕方なくついていく。

 直後、カチッ! という音が部屋に響き、床がパカッと開いた。落とし穴だったのだ。

「キャ――――!」「うわぁ!」「ひぃ!」

 漆黒の底なしの穴が一行を飲みこんでいく。

 班長は険しい表情でポケットから魔法スクロールを出すと一気に破った。

 スクロールからは金色の光がぶわぁっと噴き出し、三人をふんわりと包んでいく。その金色の光に支えられるように、落ちる速度が徐々にゆっくりとなっていった。

「ゴ、ゴメンなのだ……」

 しおれるベネデッタ。

「ダンジョンは絶対走らないでくださいね!」

 班長は目を三角にして厳しく言った。班長がベネデッタに怒るなんてよほどのことである。

「これ……、どこまで行くんですかね?」

 ベンはどこまでも続く漆黒の闇をのぞきこみながら班長に聞く。

 班長は下の方をじーっと見つめ、渋い顔で、

「こんな長い落とし穴は初めてです。三、四十階……、もっと行くかもしれません」

 と言って、首を振った。

「えっ! そんな?」

 ベネデッタは青い顔をする。中堅冒険者パーティの限界が四十階と言われている。そこから先では一般には生還が絶望的だった。

 ベンは大きく息をつくとリュックを下ろし、下剤を取り出そうとする。

 その時だった。

「ベン君! 助けて!」

 そう言って、ベネデッタがいきなりベンに抱き着いてきた。

「うわぁ!」

 その拍子にリュックはベンの手を離れ、真っ逆さまに落ちていく。この場を切り抜ける唯一の希望、下剤はあっという間に漆黒の闇の中へと消えていった。

 あぁぁぁぁ……。

 茫然自失(ぼうぜんじしつ)となるベン。便意が無ければただの小僧。ベネデッタより弱いのだ。彼女を守ることなんて到底できない。

 ベネデッタは申し訳なさそうにベンを見るが、ベンには余裕がない。

 頭を抱えて必死に考える。

 何かないか? 便意を呼べるもの!

 しかし、そんな都合のいいものある訳がない。班長達にも持ち物を聞いたが、下剤など持ってるはずがない。

 絶体絶命である。ダンジョンの深層で戦力は実質班長だけ。とても生還できない。

 くあぁぁぁ……。

 万事休す。落ちた荷物を見つけられるかどうか、一行の命運はその一点にかかっていた。


         ◇


 やがて一行はフロアに降り立つ。

 そこは草原だった。

 澄み通る青空には白い雲が浮かび、草原にはさわやかな風が走り、小川は陽の光を浴びてキラキラと光っていた。奥にはうっそうとした森が広がり、ダンジョンでなければ気持ちいい高原の風景である。

「こ、これは……」

 ベンは絶句する。地中の洞窟の奥底にこんな草原が広がっているなんて、想像もしていなかったのだ。

「これは……、六十階台だな」

 班長が悲壮な顔をして言う。

「六十!?」

 ベネデッタは目を真ん丸くして驚いた。

 上級冒険者でも危険と言われる領域に来てしまったことに、一行は押し黙る。

「ベン君! 大丈夫よね?」

 ベネデッタはベンの手を取ってすがるように言うが、下剤のない今、ベンはただの小僧だった。

「荷物が見つからないと何とも……」

 そう、渋い顔をして返すしかなかった。

 しかし、草原の草は胸の高さ近くまで生い茂り、この中を荷物なんて探せそうになかった。

 であるならば、下剤の効果のある野草でもムシャムシャ食べればいいのではないか、とも思ったが、ススキみたいな薬効などなさそうな植物ばかりで、いくら食べても効果は期待できそうになかった。

 危険なダンジョンの深層で生き残る手段はもはや便意しかない。しかし、その便意を呼ぶ方法が無い現実にベンは奥歯をギリッと鳴らした。











14. 一万倍の約束

 あまり使いたくない手だったが、この際なりふり構っていられない。ベンは少し離れて空に向かって叫ぶ。

「シアン様! お願いです! 出てきてくださーい!」

 すると、ポン! という音とともにぬいぐるみのシアンが現れる。

 シアンは楽しそうにクルクルッと回ると、

「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン! やっぱり便意が欲しくなったでしょ?」

 と、ドヤ顔で言った。

 ベンはそのドヤ顔が悔しくてキュッと口を真一文字に結んだが、今は便意に頼らざるを得ない。

「お、お願いします!」

 ベンは頭下げて頼む。

「じゃあ一万倍出してね?」

 シアンは悪い顔でニヤッと笑って言った。

「い、一万倍!?」

 ベンは固まった。千倍でもあんなに苦しかったのに一万倍とか、このクソ女神はなんて無慈悲なことを言うのだろうか?

「嫌なの?」

「い、いや、一万は耐えられないですよ」

「やってみなきゃ分かんないでしょ?」
 シアンはプクッとほっぺたを膨らまして言う。

「やらなくてもそのくらい分かるんです!」

 ベンは目をギュッとつぶり、声を荒げて言った。

 すると、ズシーン! ズシーン! と地面の揺れる音が近づいてくる。音の方を見ると、森の奥で何かが動いている。目を凝らすとこずえの上に巨大な一つ目がニョキっと現れた。

 班長は真っ青になって、

「サ、サイクロプス!? 逃げましょう!」

 と、ベネデッタの手を引く。

 一行はダッシュで走り出した。

 サイクロプスは一つ目がギョロリとしたAクラスの魔物である。身長は十メートルを超え、筋骨隆々の躯体から繰り出されるパンチは全てを砕いてしまう。

 今のこのパーティではサイクロプスは止められない。班長ですら足止めも無理だろう。

 絶望が一行を包む。

「くぅ、一万倍かぁ……」

 ベンは走りながら顔を歪ませて言った。

「ほらほら、急がないと全滅だゾ! きゃははは!」

 シアンはとても嬉しそうにベンの耳元で笑い、ベンはギリッと奥歯を鳴らす。

 ズシン! ズシン! という音が地面を揺らしながら近づいてくる。もはや猶予はなかった。

「分かりました。一万倍出してみますからお願いします!」

 ベンはギュッと目をつぶると、あきらめて叫んだ。

 すると、シアンはニコニコしながらベンに耳打ちをした。

「はぁ!? マジですか?」

「マジマジ! ほら、急いで急いで!」

 くぅぅぅ……。

 ベンは泣きそうな顔をしながら二人を先に行かせ、木陰でズボンをおろした。そして水筒の細くなってる飲み口をお尻に差し込んで、まるで浣腸(かんちょう)のように一気に水を流し込む。

 おうふ!

 下腹部に入ってくる冷たい大量の水。それはベンの便意を一気に解放した。

 ポロン! 『×10』
 
 そして、最後の力を振り絞り、残りの水も全部流し込む。

 ポロン! 『×100』

「お、いいねいいね!」

 シアンは嬉しそうに言う。

 ぐはっ!

 ベンは鬼のような形相で水筒を引き抜く。

 冷たい水が腸を刺激し、

 ぐるぐる、ぎゅぅぅぅ――――。

 と、猛烈な勢いで暴れ始める。

 くぅぅぅ……。

 ベンは奥歯をギリッと鳴らし、何とか便意を手なずけようと必死に括約筋を絞った。

 そうこうしているうちにも、サイクロプスは巨人とは思えぬすさまじい速度で班長とベネデッタを猛追し、追いついてしまっていた。

「ほら、頑張れ、頑張れ!」

 シアンは無責任に煽る。

 くっ!

 ベンは歯を食いしばった。ただ、使命感だけが彼を動かす。ベンは朦朧としながら、完全に逝ってしまった目でサイクロプスを追った。

 サイクロプスは二人を瞬殺する勢いでパンチを繰り出してくる。極めてマズい状態だった。

「急が……なきゃ……」

 ベンは苦痛に顔をゆがめながらピョコピョコと走っていく。

 班長は盾でサイクロプスのパンチを受け止めたが吹き飛ばされ、ベネデッタは神聖魔法を放つもののほとんど効いていなかった。

 二人は絶望し、サイクロプスはニヤリと笑う。

「あの小僧どこ行ったんだ! 役立たずめ!」

 班長は悪態をつき、ベネデッタはベソをかきながら叫んだ。

「きっと助けてくれるのだ! ベンくーん!」

 サイクロプスは一メートルはあろうかという巨大なこぶしを、思いっきり振りかぶる。その高さは五階建てビル位に達するだろうか。そして、一気にすさまじいパンチを撃ちおろす。

「いやぁ――――!」「ひぃぃぃ!」

 二人がもうダメだと思った瞬間、サイクロプスの足が吹っ飛ばされ、あおむけに無様に転がった。

 地響きが派手に響いて、土埃が舞う。

「えっ……?」「あ、あれ……」

 不思議に思った二人は、土埃の向こうに少年がピョコピョコと動いているのを見つけた。

「ベンくーん!」

 ベネデッタは手を振る。

 ポロン! 『×1000』

「キタ、キター!」

 シアンはクルクルっと楽しそうに回った。

 ベンは脂汗を流しながらサイクロプスの頭に近づくと、

「便意独尊!」
 
 と、叫びながら思いっきり頭部をパンチで撃ちぬく。

 グギャァァ!

 まるで豆腐みたいに頭部が吹っ飛び、やがて魔石を残しながら消えていった。

 班長はその様子を見てゾッとし、凍りつく。サイクロプスの体躯は金剛不壊(ふえ)と呼ばれ、剣で斬りつけても刃こぼれしてしまうくらいの硬度を誇っている。パンチなどで傷をつけられるようなものじゃない。それをベンはパンチ一発で粉砕したのだ。

 もはや人間技ではない。

 班長は呆然としながら首を振り、見てはいけないものを見てしまったような後悔にとらわれた。あのパンチが自分たちに向けられたら即死である。騎士団全員で束になってもこの少年には勝てない。なるほど、騎士団顧問というのは正しかった。班長は自らの無礼な言動を心から反省し、冷や汗をたらりと流した。









15. 伝説の真龍

「ベンくーん!」

 ベネデッタはベンに走り寄るが、ベンにはもう全く余裕がなかった。強引に流し込んだ水が腸内でさっきからグルグルとすさまじい音を立て、肛門を襲っているのだ。もはや一刻の猶予もない。

「失礼!」

 ベンは脂汗を流しながら一言そう言うと、ベネデッタを小脇に抱え、次いで班長も抱え、ピョコピョコと走り出した。出口はシアンが教えてくれる。

 走ると言っても千倍のパワーの走りである。あっという間に時速百キロを超え、飛ぶように草原を一直線に駆け抜けていった。

 その圧倒的な速度に二人は圧倒されて言葉を失う。ベンの超人的パワーは明らかに人の領域を超えているのだ。ただ、大人しく運ばれるしかなかった。

 途中オーガやゴーレムみたいなAクラスモンスターが行く手をふさぐ。しかし、ベンは止まりもせずにただ膝蹴りで一蹴し、楽しそうに飛んでいくシアンの後をひたすら追っていく。

 しばらく行くと湖があり、その湖畔に小さな三角屋根の建物が見えてきた。どうやら、ここらしい。

 漏れる、漏れる、漏れる……。

 ベンは建物の入り口で二人を下ろし、急いでドアを開ける。

 奥に下り階段が見えた。ビンゴ!

 だがその時、天井から閃光が放たれた。

 グハァ!

 ベンは天井に潜んでいたハーピーの攻撃をまともに受け、服が焦げた。千倍の防御力では身体は傷一つつかないものの、デリケートな下腹部にはこたえた。

 ビュッ、ビュルッ!

 たまらず肛門が一部決壊。オムツ代わりに仕込んでおいたタオルに生暖かい液体が染みていく。

 ポロン! 『×10000』

 ついに限界突破の一万倍に達してしまった。

「キタ――――! きゃははは!」

 シアンは大喜びである。

 ベンは奥歯をギリッと鳴らすと、

「エアスラッシュ!」

 と、叫んで初級風魔法を放った。初級とは言え一万倍の威力である、それぞれが普通の百倍くらいの威力を持った風の刃が数百発天井に向って放たれる。それはまるで竜巻が直撃したかのような衝撃でハーピーを襲う。

 キュワァァァ!

 断末魔の叫びが響き、ハーピーは屋根ごと粉々に吹き飛んでしまった。

 くふぅ……。

 ガクッとひざをつくベン。もう肛門は限界だ。しかし、まだこの先、ボスを(たお)さない限り外には出られないのだ。それまではこの便意を温存するしかない。休憩してもう一発水筒注入というのはもう耐えられそうになかった。

「ベン君……」

 ベネデッタはその尋常ではないベンの辛そうな様子に、思わず駆け寄って後ろからハグをする。しかし、それは下腹部を締め付けて逆効果だった。

 グハァ!

 思わず叫んでしまうベン。

 ビュッビュとまた少し決壊してしまう。

「ごめんなさい、わたくしそんなつもりじゃ……」

 オロオロするベネデッタ。

「だ、大丈夫。ちょっと待っててください」

 ベンは必死に肛門のコントロールを取り戻そうと大きく深呼吸を繰り返し、般若心経をつぶやきながら精神統一に全力を注ぐ。

 ベネデッタは心配そうな顔をしながら、癒しの神聖魔法をそっとかけたのだった。

 ベンの全身が淡く金色に光輝き、光の微粒子が舞い上がる火の粉のようにチラチラと辺りを照らす。

 ベンは激痛の走る下腹部をそっとなでながら、少しずつ癒されていくのを感じていた。


        ◇


「ありがとうございます。行きましょう」

 便意の波が少し収まると、ベンは立ち上がり、前かがみでピョコピョコと階段を降りていく。次の波が来たらきっと耐えられない。時間との勝負だった。

 そこには高さ十メートルはあろうかという巨大な扉があり、随所に金の細工が施され、冒険者の覚悟を試しているかのように静かにたたずんでいる。

 ベンはバン! と、扉を無造作にぶち開けて、中に突入して行った。

 すると、天井の高い巨大な大広間には中央に何やら小山のようなものがそびえている。そして、部屋の周囲の魔法ランプがポツポツと煌めき始め、部屋の様子を浮かび上がらせていった。

 ひっ! ひぃ!

 班長が思わずしりもちをついて叫ぶ。

 ランプが照らした小山、それはなんと漆黒の鱗に覆われた巨大なドラゴンだったのだ。それもこのドラゴンは鱗のとげも立派に伸びた真龍、もしかしたら神話の時代から生き延びている伝説の龍かもしれなかった。

「ダメです! ダメ! あれは我々の手に負えるものじゃない!」

 班長はドラゴンの圧倒的な存在感に気おされ、真っ青になって叫ぶ。

 確かにドラゴンというのはもはや災厄であり、一般的な攻撃は全く通じず、過去には一個師団が相対して多数の犠牲者を出しながらようやく仕留めることができた、というくらい破格の存在なのだ。

 しかし、ベンにとってはもはや一刻の猶予もなかった。

 早くも波が来てしまい、過去最悪レベルに腸は暴れまわり、グルグルギューとすさまじい叫びをあげている。

 持って十秒、それ以上は暴発か人格崩壊か、そのくらい追い込まれていた。


 ドラゴンは侵入者に気が付き、巨大な翼をバサバサと揺らし、マイクロバスくらいはあろうかという巨大な首をもたげ、クワッと大きく口を開けた。そして、圧倒的なエネルギーの奔流が喉奥に集まっていく。

「ブレスが来る! 逃げろー!」

 班長はベネデッタを抱えて逃げ出す。

 しかし、ベンは、構うことなく一気に飛び上がると、そのまま手刀でドラゴンのクビを全力で切り裂いた。一万倍の宇宙最強のエネルギーがベンの指先から閃光となってほとばしり、鮮烈なレーザービームのように、すべてをはじき返すはずのドラゴンの鱗をあっさりと焼き切ったのだった。

 グギャァァァ!

 ドラゴンブレスのために集めたエネルギーは行き場を失い、喉元で大爆発を起こす。

 ズン!

 大広間は閃光に包まれ、地震のように揺れた。ドラゴンの首は黒焦げとなって吹き飛び、壁に跳ね返され床に転がっていく。

 だが、ベンはそんな事には目もくれず、出口までピョンとひと飛びし、扉をぶち破って消えていった。

 班長もベネデッタも、その圧倒的な戦闘力に呆然とし、言葉を失う。ドラゴンを瞬殺したすさまじい戦闘力はもはや神の領域である。

 二人は黒焦げとなって熱を放つおぞましいドラゴンの首を眺め、どうしたらいいのか分からず、顔を見合わせる。そして、手を組んで神の御業に祈った。


       ◇


「きゃははは! やったね、一万倍だよ!」

 用を足して恍惚としているベンにシアンは上機嫌に話しかける。

 ベンはチラッとシアンを見ると、首を振り、何も言わなかった。

「どうしたの? 真龍も瞬殺。神に近づいたんだよ?」

 ノリの悪いベンをシアンは不思議に思い、首をかしげる。

「僕は! 静かに暮らしたいだけなの! 何なんですかこの糞スキル!? いつか死にますよ!」

 ベンは憤然と抗議した。

「大いなる力は大いなる責任を伴うからね! しかたないね! きゃははは!」

「だから変えてって言ってるでしょ? もうやだ!」

 ベンは両手で顔を覆う。

「んー、でも今、魔王が君にしかできない世界を救うプラン考えてるんだって」

「へ? 魔王? なんで僕を巻き込むんですか? 止めてくださいよ!」

「だってそのスキル宇宙最強なんだもん」

 そう言うとシアンは嬉しそうにくるっと回った。

「なんと言われたって絶対協力なんてしません! あなたの言うとおりになんて絶対! ぜ――――ったい、なりませんよ!」

 ベンは毅然(きぜん)として言い切った。

 すると、シアンはちょっと悪い顔をして言う。

「上手く行ったらベネデッタちゃんと……、結婚できるのになぁ……」

「えっ!? け、結婚?」

 ベンは全く想像もしなかった話に言葉を失い、口をポカンと開け、間抜けな顔を晒した。

「だって世界を救ったベン君なら断る理由なんてないからねぇ」

 嬉しそうに話すシアン。

「え? 本当に? いや、でも……」

「魔王のプランに乗る気になった?」

 ベンは困惑した。これ以上シアンの言いなりになるのはゴメンだ。でも、世界を救って公爵令嬢と結婚、それは確かにありえない話ではない。前世では彼女を作る暇もなくブラック企業で過労死してしまったが、あんな美しいおとぎ話に出てくるような可憐な少女と結婚の芽があるというのは全くの想定外だった。

 ベンは大きく息をつくとシアンをチラッと見上げ、小声で返事をする。

「……。話は聞くだけ、聞いてみてもいいです。でも、話あるならお前の方から来い、って伝えといてください」

「うんうん、分かったよ」

 シアンは『チョロすぎ』とでも言いたげな、にやけ顔でうなずいた。

「それから、このスキル修正してくださいよ。苦しすぎます」

「え――――! スキルの修正なんてできないよ。それ、絶妙なバランスの上で作った芸術品なんだゾ」

「でも、苦しすぎて死んじゃいます!」

「うーん。……。じゃこうしよう!」

 そう言ってシアンはベンの可愛いお尻をサラッとなでる。するとお尻はピカッと黄金色に光輝いた。

 へ?

「これで君の括約筋は+100%。十万倍にも耐えられるゾ!」

「いやちょっと! そういうんじゃなくて……」

「じゃ、次は十万倍! 頑張って! きゃははは!」

 シアンは笑いながらすうっと消えていった。

 ベンはそっと自分のおしりを触ってみる。すると確かに今までと違うずっしりとした確かな筋肉を感じる。ただ、漏れにくくなっただけで苦痛は変わらない。むしろ今まで以上に耐えられる分だけ苦痛は増す予感しかない。

「なんだよもぅ……」

 ベンは宙を仰ぎ、頭を抱えた。










17. ベン男爵

「ベン君! すごいのだ!」

 ダンジョンの入り口まで戻るとベネデッタが駆け寄ってきて抱き着いてきた。甘く華やかな香りがベンを包む。

「ベ、ベッティーナ様、ハグなど恐れ多いですよ」

「何言ってるのだ! 君は命の恩人なのだ!」

 何度も絶望を一撃で葬り去ってくれたベンは、もはやベネデッタの中では『運命の人』が確定していた。

「君にはいつも助けてもらってばかりなのだ……」

 うっとりとしながら、ベネデッタはベンのスベスベのほっぺに頬ずりをした。

「えっ? いつも?」

 ベンは少し意地悪に聞く。

「あ、いや、ベネデッタの件合わせてなのだ」

 ベネデッタはほほを赤くしながらうつむいた。

「顧問! お見事でした! ドラゴンを瞬殺とは史上初めての偉業。自分は猛烈に感激しております!」

 班長はビシッと敬礼しながら言った。

「あはは、たまたまだよ。いつもはできない」

「いやいや、ご謙遜(けんそん)を。自分は今まで顧問に大変に失礼を働いておりました。深く反省し、これからは真摯(しんし)にご指導を(たまわ)りたく存じます」

 と、深く頭を下げる。

「あ、そう? 指導なんてできないけど、騎士団の連中には言っておいてよ。結構苦労してる奴だって」

「く、苦労ですか? 分かりました。ただ、これを見せたら誰しも黙ると思いますよ」

 そう言いながら、キラキラと黄金の輝きを放つ大きな珠を見せた。

「何これ?」

「ドラゴンの魔石ですよ。これは国宝認定間違いなしですよ」

 班長は嬉しそうに言った。

「ああ、そう……」

 ベンは魔石の価値が分からず、適当に流したが、後で聞くとドラゴンの魔石はそれこそ小さな領地が丸々買えてしまうくらい高価なものだそうだ。


       ◇


 ベネデッタを宮殿に届け、自室でゴロンと寝っ転がり、うつらうつらしていると班長がドアを叩いた。

 目をこすりながらドアを開けると、班長がキラキラとした目をしながら嬉しそうに言う。

「顧問! 今宵式典が催されることになりました!」

「式典? 何の? ふぁ~あ……」

 また面倒な話を持って来られ、ベンはウンザリしながら聞いた。

「顧問のドラゴン討伐ですよ! これは歴史に残る偉業ですからね、公爵様も大喜びで、すぐに式典をとおっしゃってます」

「あぁ、そうなの? でも、僕眠いんだよね。代わりにやっておいてよ」

 そう言いながらベンはドアを閉じようとする。便意を我慢して表彰なんて、バレたら恥ずかしくて生きていられない。

 すると、班長は靴でガシッとドアを止め、

「何言ってるんですか! ドラゴンスレイヤーが参加しないなんてありえないです! 爵位も下賜(かし)されるはずです。これで顧問も貴族ですよ!」

 と、熱を込めて力説する。

「しゃ、爵位!? なんでそんなことに……」

「いいからすぐ来てください!」

 班長は渋るベンを引っ張り出した。


       ◇


 大広間には貴族、文官などの要人が集まり、式典の開催を待っている。

 セバスチャンに段取りを叩きこまれたベンは、宝物を収める重厚な木箱を持たされ、赤じゅうたんの真ん中に連れてこられた。

 ベンの入場に会場はざわめき、出席者たちはベンを()めるように見ながらひそひそと何かを話している。

 ベンはやる事なす事、どんどん面倒なことにしかならない現実にウンザリしながら、それでもビシッと背筋を伸ばし、真面目にこなしていた。この異常にクソ真面目なところは何とかしたいと思うのだが、他に生き方を知らないのだ。

 ベンは自分の不器用さに大きくため息をつく。


 パパパパーン!

 ラッパが鳴り、公爵が入場する。

 公爵は壇上中央に進むと、大きな声で叫んだ。

「今日は我がトゥチューラにとって歴史的な日となった! なんと、我が騎士団顧問、ベン殿により、ドラゴンが討ち取られたのだ!」

 ウォーー! パチパチパチ!

 盛り上がる会場。

「ベンよ、ドラゴンの魔石をここに」

 公爵の声に合わせ、ベンはうやうやしく公爵の前まで進むとひざまずき、木箱の(ふた)を開けた。黄金に輝く珠が姿を現し、辺りをほんのりと照らす。

 おぉぉぉ! あれが……!

 会場からどよめきが起こる。ドラゴンの魔石などほとんどの人は見たこともなかったのだ。

「こちらにございます」

 ベンは練習通りに木箱を公爵の前に差し出した。

「おぉ、見事だ。ベン殿、何か褒美(ほうび)を取らすぞ、何なりと言ってみよ!」

「いえ、魔物の討伐は騎士団の仕事。褒美など恐れ多い事です」

 ベンは棒読みのセリフで答える。

「そうか、欲のないことだ。では、その方、ベンに男爵の爵位を授けよう」

「ははぁ、ありがたき事、深く感謝申し上げます。こ、今後とも……えーと……、なんだっけ……そうだ、トゥチューラの繁栄に尽くします」

 公爵はとちってしまったベンに苦笑すると、

「うむ、期待しておるぞ!」

 と、言って肩をポンと叩く。

「ははぁ!」

 こうして式典は無事終了し、会食へと移っていった。









18. 女神への挑戦

 しかし、会食会場にはテーブルが一つ、公爵以外にはベネデッタと班長が呼ばれるだけだった。それに脇にはなぜか書記が二人、公爵の後ろにはセバスチャンが控えていた。

 メイドたちが慣れた手つきで皿をサーブしていく

「今日はいきなりだったから簡素な食事で申し訳ない。ベン殿の活躍にカンパーイ!」

 公爵は心なしか硬い表情でそう言うと会食をスタートした。

 前菜には豚のパテにラタトゥイユ。美しい盛り付けである。

 ベンは慣れない高級料理に気が引けながらも、お腹は空いていたのでパクパクと食べていった。

「で、ベン君。なぜ……、そのぉ……、そんなに強いのかね?」

 公爵が切り出し、セバスチャンと書記に心なしか緊張が走ったように見えた。

 なるほど、これは実質取り調べなのだ。ドラゴンを瞬殺できるほどの力はもはや国の軍事力を超えている。事と次第によってはベンの力は国の在り方自体を変えかねない。

 ある程度はカミングアウトした方がいいと思い、ベンは水をゴクリと飲むと、覚悟を決めて言った。

「あー、とあるスキルを女神さまより頂戴しましてですね……」

「め、女神さま! やはり君は女神さまと親交があるのかね?」

 公爵は焦りを隠さず、食い気味に聞いてくる。

「親交というか……、たまに向こうが勝手にやってくるんですよ」

「女神さまが会いに来る? それは……、何をしに?」

「あれ、何しに来てるんですかね? 僕もよく分かってないです」

 ここでメインディッシュがサーブされる。濃密なはちみつのソースがかかった牛のシャトーブリアンのステーキだった。

 転生する前ですら食べられなかった逸品にベンは思わず手が伸びる。

 公爵はゴクリと唾をのみ、やはりベンは熾天使(セラフ)かも知れない、と青い顔で言葉を失う。

 女神というのは王侯貴族だって会ったことがある人などいないのだ。大聖女が会ったことがあるという話を伝え聞くくらいで、その存在は謎に包まれている。なのに、この少年には何度も会いに来て、なおかつ用件はよく分からないとごまかされた。公爵は冷汗をタラリと流した。

 すると、セバスチャンが公爵にそっと近づき、耳元で何かをつぶやいた。

 公爵はうなずき、軽く咳ばらいをすると言った。

「女神さまは何を君に言うんだね?」

「あー、『すごい力出たね』とか、今日は『魔王が何か頼みたいことがあるから聞いてやってくれ』って言ってました」

 ベンはシャトーブリアンの洗練された肉汁に気を取られ、公爵の焦りに気づかずに答える。

「魔王!?」

 公爵は思わずフォークを落としてしまう。皿に当たったフォークはチーン! といい音を立ててじゅうたんに転がった。

 人類最大の脅威であり、魔物の頂点、魔王。女神がその願いをベンに聞いてくれと言っている。それはとんでもない話だった。文字通りに受け取れば、女神はベンに魔王の手助けをして人類を滅ぼさせようとしているということになる。

「そ、それで……。君は受けたのかね?」

 公爵は額に脂汗を浮かべながら、祈るような気持ちで聞いた。もし、YESだったらこの若きドラゴンスレイヤーとの絶望的な戦闘になってしまうのだ。

「え? 『頼みごとがあるなら魔王からこっちに出向け』って言ってやりました。あっ、もちろん、魔王軍に協力なんてしませんよ」

 ベンはまさか公爵がそこまで追い込まれているとは知らず、ちぎったパンを頬張りながら答えた。

「ちょ、ちょっとまって! それは魔王がトゥチューラに来るって事じゃないか!?」

 公爵は真っ青になって叫ぶ。

「あれ? マズかったですか?」

「ベンくーん!」

 公爵はそう言って頭を抱える。

 すると、セバスチャンがスススっとベンの後ろに忍び寄り、耳元で言った。

「この街には魔王軍本体を迎え撃てる兵力が無いのです。申し訳ないのですが、会合は離れた場所でお願いできないでしょうか?」

「あ、そ、そうですか」

 ベンは迂闊(うかつ)に魔王を呼んでしまったことを反省し、急いでキャンセルしようと思った。

「シアン様ー、キャンセル希望ですー」

 ベンは天井に向かって叫んだ。

 ポン! という音がしてぬいぐるみのシアンが現れる。

 シアンは大きく伸びをして、そして、ふぁ~あとあくびをすると羽をパタパタさせながらベンのところに降りてきた。

「あー、シアン様、魔王には自分から会いに行きます。呼ぶのキャンセルで」

「はいはい、分かったよ。きゃははは!」

 シアンは嬉しそうにそう言うと、好奇心旺盛に室内を見回す。壁には大きな油絵の風景画が、奥には壺が飾られ、天井には壮麗な天井画が描かれていた。シアンは天井をチラッと見ると、ツーっと天井まで飛んでいって興味深そうに天井画を眺める。

「ベン君、これが……女神さまかね?」

 公爵は威厳のかけらもない可愛いぬいぐるみを見て唖然とする。伝え聞く話では女神とは優美なお姿で、見たものはその神々しい美しさに感極まって涙を流すほどだったそうだが、目の前を飛んでいるのはただのぬいぐるみなのだ。また、気に入らない者を建物ごと焼き払ったという話も聞いたことがあるがそんな雰囲気でもない。

「女神さまですよ。もちろんちゃんとした女神さまとして出てくることもあるんですが、今日は分身みたいですね」

 と、その時だった。魔法ローブを着た宮殿魔法使いが五、六人ダダダっとなだれ込んできて、

「不法侵入の魔物発見! 直ちに拘束します!」

 と、叫ぶと、拘束魔法で紫色に光るロープを次々とシアンに向けて放ち、シアンをぐるぐる巻きにしていった。













19. 美少女のプレゼント

「いやダメ! これ、女神さまだから!」

 と、ベンは立ち上がって叫んだが、

「こんな女神などいない!」

 と、取り付くしまも無く、さらにシアンをきつく締めあげていった。

 しばらくもがいていたシアンだったが、

「僕と力比べするつもり?」

 と、悪い顔になってニヤッと笑う。そして全身から激烈な閃光を放ち、室内を光で埋め尽くした。

「きゃははは!」

 拘束魔法のロープは吹き飛び、自由になったシアンだったが、それでも止まらずにさらに輝きを増しながらエネルギーを解放していく。バリバリバリ! っと激しく放電しながら激光を放ち、もはや目も開けていられない。

 ベンはあわてて、

「ここは危険です! 逃げましょう!」

 そう言ってベネデッタの手を取って逃げ出した。

 公爵たちも急いで後を追う。

 一行が中庭にまで逃げ出してきた直後、宮殿全体に閃光が走り、屋根が轟音を立てて吹き飛んだ。

「きゃははは!」

 シアンの楽しそうな声が辺り一帯に響き渡る。それは女神というよりは魔神のようなおぞましい響きをはらんでいた。

「あわわわわ……」

 公爵はひざから崩れ落ち、言葉を失う。

 美しく飾られた自慢の白亜の宮殿、それが今、吹き飛んで炎を上げている。高々と夜空に吹き上がる炎はまるで幻獣のように躍動しながら全てを焼き尽くしていく。舞い上がった火の粉は夜空をバックにチラチラと降り注ぎ、まるで花火のように辺りを美しく彩った。

「あーあ、だから止めろって言ったのに……」

 ベンは額に手を当て、宙を仰ぐ。

 宮殿魔術師たちはボロボロになりながらも、水魔法を使って必死に消火活動をするが、火の手はなかなか衰えない。結局、壮大な宮殿は三分の一ほどを焼失し、公爵たちは後始末に追われることになった。


         ◇


 翌日、公爵と宰相、各方面のブレーンたちは緊急招集され、ベンについて話し合う。

 ドラゴン瞬殺レベルの人間離れした力を女神から授けられた少年ベンの登場。そして、女神がベンに魔王への助力を依頼したこと。これらはトゥチューラの存亡、ひいては人類の在り方にかかわる大問題であった。

 そして、降臨した女神の分身を宮殿魔術師が刺激して、宮殿を吹き飛ばされてしまったこと。これもまた頭痛い問題だった。

「ベンなど毒を盛って殺してしまえ!」

 宰相は威勢よく叫んだ。出席者はその通りだと内心思いつつも、さすがに女神が注目しているベンに危害を加えることは危険である。女神が本気になったらトゥチューラなんて一瞬で火の海にされてしまうのだ。

「いや、気持ちは分かるよ。ベン君のいない時代に戻りたい。それはみんなの思うところだ。だが、彼はもう出てきてしまった。消すのは危険だ」

 公爵の意見に宰相含め、みんな渋い顔でうなずかざるを得なかった。

 一番紛糾したのは魔王への助力の件である。『魔王が頼みたいこと』とは何か? なぜ女神は魔王の肩を持つのか? ベンに一体何をやらそうとしているのか?

 この部分の解釈は無数あり、しかし、どれも決定打に欠いていた。ただ、唯一言えるのはベンを魔王軍側に奪われてはならない、というものだった。どこまでも人間側についていてもらわない限り人類の敗北は必至だ。何しろ人類最強の勇者もベンの前には瞬殺だったのだ。ベンが魔王側についたとたん、人類は魔王軍に蹂躙されてしまう。

 結局、彼らは夜まで激論を交わし、太陽政策で行くことにした。『北風と太陽』の太陽、つまり、ベンに取り入ってトゥチューラのために動きたくなるようにしよう、というものだった。

 その頃ベンは、街の重鎮たちが自分のことで紛糾していることなんて思いもよらず、渋い顔をしながら自室で水筒の加工をしていた。お尻に注入しやすい形状に工夫が必要なのである。そんなことやりたくなかったが、一万倍を出した水筒の便意増強効果はてきめんであり、何かの時のために用意しておきたかったのだ。


        ◇


「ベン男爵! こちらが新しいお屋敷ですよ!」

 セバスチャンに連れられて、ベンは宮殿にほど近い離宮に来ていた。庭園にはバラが咲き乱れ、大理石で作られた三階建ての美しい建物がそびえ、まるでおとぎ話に出てくるような宮殿だった。

「え? ここが僕の新しい家ですか?」

 ベンは戸惑った。先日ワンルームに移ってきて、それでも十分だと思っていたのにいきなりこの宮殿をくれるというのだ。そもそもこんなでかい宮殿に人なんて暮らせるものなのだろうか?

「ベッドルームが十室、図書室もございます。さあお入りになって」

 セバスチャンはそう言って、重厚な玄関のドアを洗練された手つきで開けていく。

 中は大理石をふんだんに使った壮麗なエントランスとなっており、赤じゅうたんが二階へ向かう優美な階段へと続いている。そして、その脇には十数人のメイドがずらっと並んで立っており、

「おかえりなさいませ、ご主人様!」

 と、一斉に唱和しながらうやうやしくお辞儀をした。

 は?

 ベンはあまりのことに凍りつく。

 家をくれるというからついて来たら、たくさんの美少女が用意されていた。いったいこれはどういう事だろうか?









20. 官製ハーレム

 紺色のワンピースに真っ白のエプロン、そして、頭には白いカチューシャをつけた彼女たちはにこやかな笑顔でベンにほほ笑んでいる。

 歳の頃はみんな十五歳前後であろうか、気品があり、美形ぞろいで、ベンは圧倒された。

「彼女たちはベン男爵の専属メイドですよ。何なりとお申し付けください。それと……」

 そう言うと、セバスチャンはベンの耳元で小声で、

「彼女たちはお手付きを期待しております。どなたでも夜にお部屋に呼んで大丈夫ですよ」

 と、言ってニコッと笑った。

「お、お手付き……」

 ベンは唖然とする。こんな可愛い女の子たちを自由にできる。それはまさにハーレムだった。確かに彼女たちのベンを見る目はどことなく熱を帯びているように見えなくもない。

「ダメだダメ!」

 ベンは首をブンブンと振り、

「いや、何なんですか、この好待遇? ただの男爵にここまでなんて話聞いたことないですよ?」

 ベンはセバスチャンに迫る。

「ベン男爵、あなたの持つお力はもうこのレベルなのです。女神さまから力を授かり、ドラゴンを瞬殺し、魔王から声をかけられる。もう、人類の未来を左右する要人なのです。このくらい大したことではありません。日替わりで彼女たちを楽しまれてください」

 ベンは言葉を失った。もちろんハーレムは男の夢だ。でもこんなあてがわれたようなハーレムなど興ざめなのだ。

 しかし、要らないと飛び出したら、きっと問題はもっと大きくなってしまうだろう。これは誰かの思い付きなんかではなく、トゥチューラの政策だろうことは容易に想像がつく。政策に反する行動はややこしい問題を生んでしまうだろう。ベンは頭が痛くなってきた。

「いいお話ですよ、(うらや)ましいです」

 セバスチャンは本心そのままといった調子で諭す。

 ベンは大きく息をつくと、うんうんとうなずき、

「分かった。この屋敷もメイドもいただいた。おい君! 僕の部屋まで案内してくれるかな?」

 と、手近なメイドに声をかけた。

 金髪をきれいに編み込んだ可愛いメイドはピョコピョコと近づいてくると、

「かしこまりました♡」

 と嬉しそうに満面に笑みを浮かべながら、頭を下げる。

 心なしか他のメイドたちの目に殺気が走ったように感じられ、ベンは背筋に冷たいものが流れた。女の戦いがもう始まっているのだ。

「心行くまでお楽しみくださいませ」

 セバスチャンはうやうやしく頭を下げた。


         ◇


 ベンは荷物を置いた後、一通り屋敷の中を案内してもらい、食堂にみんなを集めた。

 メイドたちはキラキラとした目でベンを見つめている。

「みんなありがとう。これからこの屋敷でみんなにはお世話になります。でも、僕はまだ子供です。堅苦しいことは無しに、楽しくできたらいいなと思います」

 パチパチパチ!

 メイドたちは嬉しそうに拍手をする。

「それから、エッチなことはこの屋敷では禁止だからね」

 ベンはくぎを刺した。

 すると、彼女たちはざわざわとなって露骨にいやそうな表情を見せる。

 なんと、みんなやる気満々なのだ。

「ちょ、ちょっとまって! 君たちなんて言われてきたの?」

 すると、みんな押し黙ってしまった。

 ベンはさっき案内してもらったメイドを近くに呼んで、聞き出す。

夜伽(よとぎ)に呼ばれたら金貨十枚という契約なんです」

 ベンは思わず宙を仰ぐ。

 呼ばれたら百万円、毎日呼ばれたら月に三千万円。それは必死になるに決まっている。この街の重鎮たちはいったいどうしてしまったのだろうか? ベンはこの狂った屋敷を何とかしないと大変なことになると青くなった。

 ベンは胸に手を当て、何回か深呼吸を繰り返して心を落ち着けると、女たちを見回しながら話す。

「じゃあこうしよう。みんなと仲良くしてよく働いた子にはご褒美として、夜に呼んだことにします。それでいいかな?」

 すると、女の子たちはパッと明るい表情になって嬉しそうに笑った。そして、

「あっ、ご主人様! ネクタイが曲がってます!」「ご主人様、御髪(おぐし)が跳ねてます!」「爪が伸びてるみたいです。今切りますね!」

 と、我先にベンに迫っては次々とアピールを開始する。

「うわ、ちょ、ちょっとまって!」

 ベンは若い女の子たちの甘酸っぱい匂いに包まれて、くらくらしながら前途多難な新生活を憂えた。


      ◇


 夕食後、自室で別途に寝転がりうつらうつらしていると廊下に人の気配がする。

 ベンはため息をつくと抜き足差し足でドアのところまで行って、バッとドアを開けた。

 きゃぁ! バタバタバタ!

 女の子たちが部屋になだれ込んでくる。

「夜は三階の廊下は立ち入り禁止! いいね?」

 ベンはそう言って女の子達を追い出した。

 油断もすきも無い……。

 ベンはウンザリしながら窓際に行くと、何の気なしに月を見上げた。

 すると、そこにはメイド服が揺れている。

 はぁ!?

 なんと女の子が窓の外に張り付いているではないか!

 クラクラするベン。

 ここは三階だぞ。なんで居るんだよ!

 目をギュッとつぶって頭を抱えながら、ベンは面倒ごとばかりどんどん増えていく自らの運命を呪った。

 それでも落ちたら死んでしまう。

 ベンは大きく息をつくと、驚かさないようにそっと隣の窓を開け、

「そこのメイドさん、ちょっとおいで」

 と、言って手招きをした。

 するとまるで忍者みたいにメイドはするすると窓枠に降り立ち、嬉しそうに入ってくる。赤毛をきれいに編み込み、笑顔の可愛い女の子だった。

「私、選んでもらえたんですね!」

 女の子は手を組んでキラキラとした笑顔を浮かべる。

「残念ながら君は失格! 命がけのアプローチは今後反則とする!」

 ベンは毅然(きぜん)とした態度で言い放った。

「そ、そんなぁ……。私、まだ処女なんです。病気もありません。しっかりご奉仕します!」

 女の子は必死にアピールするが、そんなアピールはベンには重いだけだった。

「いいから、今日は営業終了。早く出て行って!」

「は、母が病気なんです! クスリを買わないと死んでしまうんです!」

 女の子はベンの手を取ってすがってくる。

 一体なぜこんなことになってしまったのかわからず、ベンは思わず宙を仰いだ。自分がエッチをすると人助けになる。エッチってそういうモノだっただろうか?

 ベンはクラクラする頭を両手で支え、大きくため息をついて言った。

「お母さんの件は残念だが、それを僕に言われても……」

 すると、女子は急にベンに抱き着き、

「私ってそんなに魅力……ないですか?」

 そう言ってウルウルとした瞳でベンを見つめる。

 甘酸っぱくやわらかな女の子の香りがふんわりとベンを包み、ベンは目を白黒させた。

 そして女の子は器用にシュルシュルとメイド服のひもをほどき、脱ぎ始める。

「ストップ! スト――――ップ!!」

 ベンはそう叫ぶと、女の子をドアまで引っ張っていって追い出す。

「えー! ちょっとだけ! ちょっとだけですからぁ!」

 そう言ってすがる彼女の手を振り切って、

「今日はこれまで! 明日、ちゃんと話をしよう」

 そう言ってドアをバタンと閉めた。

 はぁぁぁ……。

 ベンはよろよろとベッドまで歩くと倒れ込み、海よりも深いため息をついた。

 異世界でハーレム。それは男の夢だと思っていたが、実際になってみるとそんな楽しい話では全然なかった。金のために女の子たちは必死になり、行為をしたら計算され、街の予算から彼女たちに支払われる。

 そして、大真面目な会議の席で、

『ベンの慰安費が今月は多いのではないか?』『いやいやもっとヤってもらわないと』『この子を気に入ったようですな』

 などとプライベートが議論されてしまうのだろう。最悪だ。

 もちろん、あんなに可愛い女の子とイチャイチャできるならいいじゃないか、という考え方もあるが、『母の薬のために抱かれているんだこの娘は』ということを考えてしまったら、もう楽しむことなんてできなくなってしまう。

 あぁ、なんて不器用なんだろう……。

 その晩、ベンは薄暗い天井を見つめながら何度もため息をつき、眠れない夜を過ごした。


      ◇


 翌朝、目が覚めると、もうすでに陽はのぼり、レースのカーテンには燦燦(さんさん)と光が差し、明るく輝いていた。

 ふかふかで巨大なベッド。先日までドミトリーのせんべい布団で寝ていたので、こんなフカフカなベッドは居心地が悪い。

 ふぁ~ぁ……。

 ベンは寝ぼけ眼をこすり、トイレに行こうと立ち上がる。

 ベッド変えてもらおうかなぁ……。

 ドアを開けた。

「ご主人様、おはようございます!」
「ご主人様、おはようございます!」
「ご主人様、おはようございます!」
「ご主人様、おはようございます!」
「ご主人様、おはようございます!」
「ご主人様、おはようございます!」

 なんと、メイドたちがずらっと並んで頭を下げている。

 ベンは固まった。

 彼女たちはずっとここで背筋を伸ばしながら自分の起床を待っていたのだ。きっと何時間も。一体この地獄はどこまで続いているのだろうか?

「お、おはよう」

 ベンはうんざりしながらそう言うと、トイレへと歩き出した。

 するとなぜか全員ついてくる。

「ちょ、ちょっとまって! 君たちなんでついてくるの?」

「ご主人様のお(しも)のお世話も私たちの仕事ですので」

 メイドはニコッと笑って答える。

「大丈夫! トイレは一人でやる。いいね? 君たちは食堂に行ってなさい」

 ベンはそう言ってメイドたちを追い払い、急いでトイレに駆け込む。

 便器に腰かけたベンは、まるでロダンの『考える人』のように苦悩の表情を浮かべながら、このとんでもない新生活を憂えた。
















22. 魔物の津波

 自宅では気が休まらないので早めに宮殿に出勤するベン。

 宮殿はまだ焼け跡が残り、痛々しいが、夜通し復旧作業が進んでいるようで、日々少しずつ綺麗になっている。

「それにしてもあのメイドたちどうしようかな? ベネデッタさんに知られたら軽蔑されるよなぁ……」

 ベンがつぶやいていると、

「あら? あたくしが何ですって?」

 そう言ってベネデッタが後ろからいきなりベンの腕をつかんだ。

「うわぁ! お、おはようございます。いや、ベネデッタさんを失望させないようにしないとなって、思ってまして……はい」

 ベンは目を白黒させ、冷や汗を流しながらごまかす。

「あら、ベン君は私の命の恩人、失望なんていたしませんわ」

 そう言って碧眼をキラキラと輝かせながら最高の笑顔を見せる。

 ベンはドキッとしながら、

「そ、そうですか。そ、それは良かった」

 と言って、頬を赤らめた。

 その時、向こうから手を振りながら誰かが駆けてくる。

「顧問! 大変です!」

 それは班長だった。班長は青い顔しながらダッシュでやってきて、悲痛な面持ちで言う。

「魔物が約一万匹、トゥチューラを目指しているという報告がありました」

「一万!?」

 ベンは青くなった。トゥチューラの兵は数千人しかいない。一万はトゥチューラの存亡にかかわる事態だった。今から王都に救援依頼を送っても到着までには何日もかかるだろう。自分たちで一万の魔物の軍勢を対処しなくてはならなくなった。

「ベン君どうしよう!?」

 ベネデッタが眉間にしわを寄せて不安げにベンを見る。その美しい(あお)い瞳にはうっすらと涙が浮かび、ベンの心は大きく揺さぶられた。

 ベンにしてみたら逃げるのが最善である。命がけで戦うメリットなどない。ひとり身の気楽な身分だから、他の街に移住してしまえばいい。

 でも……。彼女を見捨てて逃げる? 本当に?

 ベンは首をブンブンと振り、大きく息をついた。

 そして、覚悟を決め、

「大丈夫、任せてください」

 と、ニッコリと笑って見せた。

 前世でもこうやってトラブルの度に最前線で対応して命を削り、結果過労死してしまったわけだが、それは今世でも変わらない。お人好しでクソ真面目。でも、ベンはそれでいいと思った。こんな素敵な女の子に頼られて、それでも見捨てて逃げるような人生には何の価値もないのだ。

 とはいうものの、一万の軍勢には一万倍の【便意ブースト】では足りないだろう。ベンは未知の領域、十万倍を目指さねばならなくなってしまった。

 そして、それがもたらす苦痛を想像し、気が遠くなって思わず宙を仰いだ。


       ◇


 城壁の上に立ってみると、一面の麦畑の揺らめく陽炎の向こうに無数の黒い点がうごめいて、こちらに迫っていた。なるほどあれが魔物に違いない。

 あんな津波のような暴力がこの街を洗ったら滅亡は必至だった。

 兵士たちはたくさんの石を城壁の上に運び上げているが、顔色は悪い。城門に群がってくる魔物を上から石を投げて倒していくという作戦らしいが、さすがにこれでは一万には耐えられない。

 もちろん、弓兵も魔法使いもいるが、数百ならともかく、一万という数字は圧倒的な力をもって兵士たちの心を蝕んでいく。

 兵士たちは口々に不安をささやきあっており、士気は地に落ち、状況は非常にまずい。


 やがて魔物たちは、城門近くの麦畑に集結し、

 ギャウギャウ! グギャァァァ!

 と、口々に奇怪な叫び声をあげ、威圧してくる。

 そして、骸骨の馬(スケルトンホース)に乗った巨体の魔人がカッポカッポとゴブリンたちを蹴散らしながら先頭に出てきた。

 何をするのだろうかとベン達も、城壁の兵達も固唾を飲んで様子を見守る。

 すると、魔人は大声を張り上げた。

「おい! 人間ども! 我は魔王軍四天王が一人【フルカス】! ベンとやらをだせ!」

 ベンは思わず天を仰いだ。

 あの魔法使い、四天王のナアマの伝言を聞いてやってきたのだろう。あの時、瞬殺できなかったことが悔やまれる。

 ベンは大きく深呼吸をすると、不安げなベネデッタの肩をポンポンと叩き、

「ちょっと準備してくる。瞬殺してやるから安心していいよ」

 と、ニコッと笑った。

 ただ、そうは言ったものの十万倍は未知の領域。ベン自身自信はなかった。ただ、今はこう言い切る以外道が無いのだ。

 その時だった、

「ハーッハッハッハー! ベンなど待たずとも、この勇者が相手してやろう!」

 と、勇者の声が響き渡った。

 ベンに倒されて人気急降下の勇者としては信頼回復の好機だったのだ。フルカスさえ倒せば英雄の座を取り戻せる。勇者は必死だった。






23. 絶対に負けられない戦い

 見下ろすと、勇者とタンク役が馬に乗ってカッポカッポと魔人の方を目指し、悠然と進行しているのが見える。

「おぉぉ、勇者様だ!」「勇者様が来てくれたぞ――――!」

 一気に沸き立つ兵士たち。

 それは絶望的な状況に差した一筋の光明だった。


「勇者? お前がベンの代わりになどなる訳ないだろう」

 魔人はあざける。

「ほざけ! 貴様など聖剣のサビにしてくれる!」

 そう言うと、勇者は聖剣をスラリと抜き、空に掲げてフンと気合を入れる。刀身には幻獣模様の真紅の煌めきがブワッと浮かび上がった。

 うぉぉぉぉ! 勇者様――――!

 兵士たちはこぶしを突き上げ、一気に盛り上がる。

 しかし、フルカスはバカにしたように鼻で笑うと、

「聖剣は見事だが、貴様には過ぎたものだ」

 そう言って、空中に黒いもやもやの球を浮かべると、それを勇者に投げつけた。

 黒い球はゆるい放物線を描きながら勇者に迫る。

「うわっ! なんだそりゃ!?」

 勇者は球を聖剣で一刀両断に切り裂くが、手ごたえ無く、球はそのまま勇者の顔面を直撃する。

 ぶわっ!

 まるで泥団子を食らったように、球のかけらは勇者の全身にへばりついた。そして、モゾモゾと、動き始める。なんと、球は毛虫の魔物の集合体だったのだ。

「ひ、ひぃ! な、何だこれは!?」

 あわてて払い落そうとする勇者だったが、毛虫の数は膨大だ。どんなに払い落としても払い落としきれない。

 やがてモゾモゾと多くの毛虫が勇者のプレートアーマーの隙間からどんどんと中へと入っていってしまう。

「ふひゃひゃひゃ! くすぐったい! やめろ! ひぃ!」

 勇者はあがくが、侵入されてしまった毛虫にはなすすべがない。

 やがて毛虫は下着を食い尽くし、プレートアーマーの金具を食いちぎっていく。

 プレートアーマーはついにはバラバラになって、ガコン! と音を立てて地面に散らばっていった。

 馬上には素っ裸の勇者だけが残される。

 勇者は口をパクパクさせ、無様に縮みあがった。

「がーっはっはっは! 随分貧相な身体だな」

 フルカスは笑い、一万の魔物の群れも、

 ゲハゲハゲハ! グギャァァ! ギャッギャッギャッ!

 と、大声で笑い始める。

「次は毛虫たちにお前の身体を食い荒らすように指令してやろうか?」

 フルカスはニヤニヤしながら言った。

 勇者は真っ赤になって、

「くぅ! 卑怯者! おぼえてろぉ!」

 と、捨て台詞を残して逃げ出してしまった。

「口ほどにもない。クハハハハ!」

 フルカスはあざ笑う。

 一万匹の魔物たちも、

 ギャッギャッギャー! フゴッフゴッ!

 と、口々に奇怪な笑い声をたてながら愉快そうに笑った。

 人類最強のはずの勇者が刃を交えることもできず、あっさりと敗退してしまった。城壁の上の兵たちは皆真っ青な顔をしてお互いの顔を見つめ合う。

 切り札であるところの騎士団顧問のベンという少年は、本当にあんな魔人に勝てるのだろうか? 勝てたとして、残り一万の魔物はどうするのか?

 どう考えても勝算のない戦いに、兵たちは逃げたくてたまらなくなるのを必死にこらえていた。

 ベンは勇者の敗退を見て静かにうなずくと天幕に入る。もはやこの街に住む十万人の命運は自分の便意にかかっているのだ。

 ベンは大きく息をつくと覚悟を決め、水筒をお尻にあてがった。


       ◇


「お待ちどうさま……」

 ベンはよろよろしながら天幕から戻る。新型の水筒二本で一気に高めた便意はすでに一万倍に達していた。

 しかし、一万では足りない。もう一声、十万に達さねばならなかった。

 ぐぅ、ぎゅるぎゅるぎゅる――――!

 ベンの腸は猛り狂いながら肛門を攻めてくる。

 ぐふぅ……。

 ベンは顔を歪め(ひざ)をつく。一気に水筒二本はヤバすぎる。かつてない猛烈な便意にベンの肛門は崩壊寸前だった。

 しかし、トゥチューラの街の人たちの命がかかっているのだ。絶対暴発などできない。

 ベンは脂汗を垂らしながら必死に括約筋に喝を入れ、何とか腸が落ち着くのを待った。

「ベン君、だいじょうぶですの?」

 ベネデッタは声をかけるが、ベンはギュッと目をつぶって奥歯をかみしめるばかりで返事ができなかった。

 漏れる……、漏れる……。

 顔をゆがめ、激しい便意と戦っているベンにベネデッタは神聖魔法をかけた。

 ベンの身体はほのかに黄金の光を纏い、少しだけ苦痛を和らげてくれる。

 しかしどんなに待っても十万倍の表示は来なかった。このままではトゥチューラの陥落は必至だ。

「おい! 早くベンを出せ! 出さなきゃその城壁ぶち抜いて皆殺しにするぞ!」

 魔人は煽ってくる。

 くぅぅぅ……。

 ベンは覚悟を決め、ポケットから下剤を出した。

 ただでさえ限界近いのにさらに下剤。それはまさに自殺行為である。

 だが、多くの人の命には代えられない。ベンは目をつぶって一気飲みをした。

 ゴホッゴホッ!

 強烈な悪臭が口の中に広がり、思わずむせてしまう。

 やがてやってくる強烈な便意の第二弾。

 水筒の水でパンパンになった腸に下剤がパワーを与え、ここぞとばかりに絞り出しにかかる。

 ぐぉぉぉぉ。

 ベンは四つん這いになって、必死に便意に耐えた。

 漏れる……、漏れる……、漏れる……、漏れる……。

 ここがトゥチューラの存亡をかけた勝負どころ。絶対に負けられない戦いが今、ベンの肛門で繰り広げられていたのだ。

 そんなことを全く理解できない周囲の人たちは、狂ってしまいそうになるベンに何もできず、オロオロとしながら、ただ見守るばかりだった。











24. 大いなる代償

 ポロン! 『×100000』。

 ついにやってきた、前人未到の十万倍。

 しかしベンの肛門は暴発寸前だった。

 痛い……、痛い……、痛い……。

ほんの些細な衝撃でもバーストしてしまう極限の状態で必死に耐えるベン。

 やがて少しだけ腸が落ち着き、そのすきにユラリと立ち上がると、真っ青な顔で魔物たちの方によろよろと腕を伸ばす。

「ファ、ファイヤーボール……」

 ベンはボソッとつぶやいた。

 ベネデッタは耳を疑う。ファイヤーボールとは子供が練習に使う初級魔法で、魔物を(たお)すのに使えるようなものじゃなかったのだ。

 しかし、いきなり数十メートルの超巨大な円が魔物に向けて描かれ、不気味に赤く光り輝いた。

 えっ?

 周りの人は何が起こったのか分からなかった。

 やがて円の内側には六(ぼう)星が描かれ、ルーン文字が精緻に書き加えられ、さらに小さな円が数十個、円の中に描かれ、そこにも六芒星とルーン文字が書き込まれていった。

 いまだかつて誰も見たことのない魔法陣だった。その圧倒的なスケールの魔法陣から灼熱の巨大な球がゴゴゴゴと腹に響く重低音を放ちながら生み出されていく。

 魔物も兵たちも一体何が起こったのか分からなかったが、極めてヤバい事態が進行しているのではないかと皆、青ざめた顔で冷や汗を浮かべていた。

「に、逃げろ――――!!」

 フルカスは真っ青な顔をして叫ぶと、スケルトンホースに鞭を入れてゴブリンを踏みつぶしながら一目散に逃げだしていった。

 直後、巨大な炎の球は激しい閃光を放つとパウッ! という衝撃音とともに吹っ飛んでいく。そして、逃げ惑う魔物たちの群れの真ん中で炸裂した。

 天と地は激しい光と熱線に覆われ、直後、衝撃波が辺り一帯を襲った。

 城壁は倒れんばかりに揺れて(やぐら)の屋根が吹き飛び、街道の木々は蒸発していく。

 うわぁぁぁ! ひぃぃぃ!

 兵士たちは皆倒れ込み、まるでこの世の終わりのような圧倒的なエネルギーの奔流(ほんりゅう)に恐怖で動けなくなった。

 やがて、巨大な灼熱のキノコ雲が辺りに熱を放ちながら上空へと舞い上がっていく。その禍々しいさまは、まるでこの世の終わりかのようであった。

 熱線で蒸発した麦畑には巨大なクレーターが出現し、魔物など、一匹も残っていない。ただ、荒涼とした死の大地が広がるばかりだった。

 高く舞い上がるオレンジ色に輝くキノコ雲を見上げながら、兵士たちは魔物よりはるかに恐ろしい圧倒的な暴力に、恐怖でガタガタと震える。ベンの破壊力は人間や魔物とは異次元の領域に達しており、神話に伝わる神の営みそのものだった。

 騎士団顧問の少年ベン、その名は圧倒的恐怖の象徴として兵士たちの胸に刻み込まれたのだった。

 ベネデッタもベンのすさまじい魔法に圧倒されていたが、横でベンが倒れてとんでもない事になっているのに気が付いた。

 ブピュッ! ビュルビュルビュ――――。

 ベンは意識を失い痙攣(けいれん)しながら肛門から異様な音を上げていた。それはまるで先日の勇者の姿を思い出させる。

「ベン君! ベン君!」

 ベネデッタは声をかけるが、ベンは反応しない。

「救護班! 救護班、急いで!」

 ベネデッタは叫び、ベンは毛布にくるまれ、担架で運ばれていった。


         ◇


「あ、あれ? ここは……」

 ベンが目覚めると清潔な真っ白い天井が見えた。

 そして横を見ると、ベッドの脇にはキラキラとしたブロンドの髪に透き通るような美しい寝顔……、ベネデッタだった。ベンの手を握り、うつらうつらしている。

 えっ!? これはいったいどういうこと?

 ベンは焦って記憶を掘りおこす。確か魔物の群れに向けてファイヤーボールを放ったような……。そこから先の記憶がない。

 えっ!? まさか!?

 ベンは急いで自分のお尻をチェックする。乾いた高級なシルクの手触り。誰かに着替えさせられていた。これは暴発を処理されたということを意味している。

 やっちまった……、うぁぁぁ……。

 ベンは頭を抱え、毛布の中で丸くなった。

 今まで、どんな時でも最後まで死守した肛門。しかし今回ついに突破されてしまったのだ。

 ベンはその底知れない敗北感に気が遠くなっていく。

「あ、気が付かれましたの?」

 ベネデッタが起きてニコッと笑った。

「はっ、はい! こ、ここは……どこですか?」

 ベンは急いで体を起こし、冷汗を流しながら聞いた。

「ここは宮殿の救護室ですわ。城壁でベン君、倒れちゃったからここに運ばせましたの。それで……、シアン様からすべて聞きましたわ」

「えっ!? 全てって……もしかして……」

 ベンは真っ青になる。便意を我慢して強くなるなんて、絶対女の子には知られたくなったのだ。

「そんな辛い目に遭っていたなんて、あたくし、全然知らなくて……。ごめんなさい。トゥチューラのために……、ありがとう」

 ベネデッタはそう言ってギュッとベンの手を握った。

 その言葉にベンの中で何かが(せき)を切ったようにあふれ出し、思わず泣き崩れた。

 ひぐっ! うぅぅぅ……。

 ベンの目から大粒の涙がぽたぽたと落ちた。

 ベネデッタはそんなベンを心配そうにハグし、

「辛かったですのね」

 と、言いながら優しくベンの頭をなでた。

 ベンはうなずき、今までの苦しい便意との戦い、理解されない孤独で凍り付いてしまっていた心がゆっくりと溶けていくのを感じていた。

 ふんわりと立ち上る優しい甘い香りに包まれ、ベンは温かいもの満たされていく。

 思い返せば前世のブラック企業で延々と深夜まで激務をこなし、文字通り命を削っていたのだが、感謝されたことも謝られたこともなかった。どこか『自分なんてどうせ』と卑屈に思い、低い自己評価でそんな状況を受け入れてしまっていたのだ。しかし、そんな状況が続けば、心が硬直化してしまう。ベンの心は死にそうになりながら、ずっとこれを待っていたのかもしれない。

 ベネデッタの思いやりのこもった一言は、前世から続くベンの心の奥底のひずみを優しくゆっくりと癒し、ベンはとめどなく湧いてくる涙でトラウマを洗い流していった。

 前世と合わせたら三十代のベンからしたらベネデッタは子供なのだが、今のベンには年齢などもはやどうでも良くなっていた。

 ポトポトと自らの服に落ちる涙を、ベネデッタは厭うこともなく、ほほ笑みながら優しくベンの背中をなで続ける。それはまるで聖女のもたらす無限の愛のようであった。














25. 天空の城

 ベンが落ち着くと、ベネデッタは宝石に彩られた煌びやかなカギをベンに渡して言った。

「シアン様からこれ預かりましたの」

 えっ?

 ベンはその豪華で重厚なカギを眺め、首をかしげた。

「魔王城のカギだそうですわ」

「ま、魔王城!?」

 ベンは目を丸くしてカギに見入る。魔王城なんておとぎ話に出てくるファンタジーな存在だとばかり思っていたのに、実在していたのだ。

 ベンはその豪奢なカギの精巧な作りに、ただ事ではない凄みを感じ、思わず息をのんだ。

「魔王がベン君に会いたいそうなんですわ。でも……、無理して会わなくても良いのですよ。ベン君があんなにつらい思いをしてみんなを救う必要なんて、無いと思いますわ」

 ベネデッタは心配そうにベンを見つめながら言った。

 ベンはキラキラと煌めきを放つカギを眺めながら考える。先日シアンは言っていた。この星が消滅の危機にあり、自分なら解決できると。きっとその話なのだろう。

 この世界が滅ぶ運命ならそれでいいんじゃないか、そんなの一般人の自分には関係ない。

 シアンの自分勝手な進め方に、ふと、そんな思いも頭をよぎる。

 顔を上げると、ベネデッタは眉を寄せ、伏し目がちにベンを見ていた。その碧い瞳にはうっすらと涙が浮かび、ベンをいたわる気持ちが伝わってくる。

 ベンはそんなベネデッタを見て、ズキッと心の奥に鈍い痛みが走った。自分の意地とかこだわりがこの女の子の命を奪うことになってしまったら、悔やんでも悔やみきれない。世界なんてどうでもいいが、この娘は守らないといけないのだ。

 自分にできる事があるのならやるべきだろう。そもそもこの命はシアンに転生させてもらったのだ。ムカつくおちゃらけた女神ではあるが恩はある。

 ベンはふぅっと大きく息をつくと、

「行くよ。まず話を聞いてみよう」

 と、ニコッと笑って言った。

 すると、ベネデッタは今にも泣きだしそうな表情をして、ゆっくりとうなずいた。


      ◇


「うわぁ! 凄い景色だ!」

 翌朝、ベンはベネデッタの持ってきた魔法のじゅうたんに乗せてもらい、一気にトゥチューラの上空へと飛び上がっていった。

「うふふ、我が家に伝わる秘宝ですの。魔石を燃料にどこまでも飛んでいってくれますのよ」

 ベネデッタは自慢気にそう言いながらさらに高度を上げていく。

 宮殿は見る見るうちに小さくなり、トゥチューラの街全体が一望できる。そこには美しい水路が縦横に走り、朝日を浴びてキラキラと輝いていた。

 魔王城の在りかはカギが教えてくれる。ひもに吊るしたカギは、コンパスのように常に一方向を指し続けていた。

 ベネデッタはそれを見ながらじゅうたんを操作し、軽やかに飛んでいく。暗黒の森をどんどん奥へと進み、丘を越え、小山を越え、稜線を越えていった。

「いやぁ、これはすごいや!」

 ベンはワクワクしながらどんどん後ろへ飛び去って行く風景を楽しむ。

 ベネデッタは風にバタつくブロンドの髪を手で押さえながら、キラキラした目ではしゃぐベンを愛おしそうに見つめた。

 やがて、遠くに岩山の連なる様子が見えてくる。その異質な見慣れない風景にベンは眉をひそめ、運命の時が迫ってくるのを感じた。

 すると、急に濃霧がたち込め、真っ白で何も見えなくなった。

「うわぁ、なんですの、これは……」

 ベネデッタは困惑し、じゅうたんの速度を落とす。急に発生した明らかに異常な濃霧。自然現象というよりは誰かによって生み出された臭いがする。

 ベンはカギの動きをジッと見定めた。すると、変な動きをしているのに気が付く。

「あ、ここは迷路ですね」

「えっ? どういうことですの?」

「この濃霧の中では進む方向を勝手に曲げられてしまうみたいです。なので、ゆっくりとカギの指す方向へ行きましょう」

「わ、分かりましたわ」

 ベネデッタはカギの方向をみながらそろそろと進み、カギが回るとその方向へ舵を取った。

 濃霧の向こう側からは時折不気味な影が迫っては消えていく。その度にベンは下剤の瓶を握りしめ、冷や汗を流した。何らかのセキュリティ機能ということだろうが、実に心臓に悪い。


 急にぱぁっと視界が開けた。

 穏やかな青空のもと、中国の水墨画のような高い岩山がポツポツとそびえる美しい景色が広がっている。そしてその中に、巨大な城がそびえていた。よく見ると、城は宙に浮かぶ小島の上に建っている。

 うわぁ……。すごいですわ……。

 二人はそのファンタジーな世界に息をのむ。

 城は中世ヨーロッパのお城の形をしており、天を衝く尖塔が見事だったが、驚くべきことに城全体はガラスで作られているのだ。漆黒の石を構造材として、全体を青い優美な曲面のガラスが覆い、随所(ずいしょ)にガラスが羽を伸ばすかのような装飾が優雅に施されている。そして、ガラスにはまるで水面で波紋が広がっていくような優美な光のアートが展開され、お城全体がまるで花火大会みたいな雰囲気をまとった芸術作品となっていた。

 その、モダンで圧倒的な存在感に二人は言葉を失う。

 魔王城なんて魔物の総本山であり、汚いドラキュラの城みたいなものがあるのかと思っていたら、極めて未来的な現代アートのような美しい建造物なのだ。

 ベンは魔王との会合が想像を超えたものになるだろう予感に、鳥肌がゾワっと立っていくのを感じていた。
 美しいガラスの彫刻が多数施されたファサード前に静かに着陸した二人は、顔を見合わせ、ゆっくりとうなずきあう。

 二人は玄関へと歩いていく。ガラスづくりなので中は丸見えである。どうやら広いロビーになっているようで、誰もおらず、危険性はなさそうだった。

 玄関の前まで行くと、巨大なガラス戸がシューッと自動的に開く。そして、広大なロビーの全貌(ぜんぼう)が露わになる。それはまるで外資系金融会社のオフィスのエントランスのようなおしゃれな風情で、二人は思わず足を止めた。

 大理石でできた床、中央にそびえるガラスづくりの現代アート、皮張りの高級ソファー。その全てがこの星のクオリティをはるかに超えている。

「こ、これは……、す、すごいですわ……」

 ベネデッタは見たこともない、その洗練されたインテリアに圧倒される。

 もちろん、トゥチューラの宮殿だって豪奢で上質な作りだったが、魔王城は華美な装飾を廃した先にある凄みのあるアートになっており、この国の文化とは一線を画していた。

 魔王って何者なんだろう?

 ベンは眉をひそめ、ガラスの現代アートが静かに光を放つのを眺める。

 コツコツコツ……。

 靴音の方を見ると、タキシードを着込んだヤギの魔人が歩いてやってくる。首には蝶ネクタイまでしている。

 そして、うやうやしく頭を下げながら言った。

「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

 二人は怪訝そうな顔で見つめあったが、ヤギの所作には洗練されたものがあり、敵意はなさそうだった。うなずきあい、ついていく。

 ヤギの案内した先はシースルーの巨大なシャトルエレベーターだった。こんな立派なエレベーター、日本でも見たことが無い。二人は恐る恐る乗りこんでいく。

 扉が閉まってスゥっと上品に上昇を始める。うららかな日差しが差し込み、外には幻想的な岩山が並んでいるのが見えた。この風景を含め、魔王城はアートとして一つの作品に仕立てられたのだろう。

 エレベーターなんて初めて乗ったベネデッタが、不安そうな顔をしてベンの手を握ってくる。ベンはニコッと笑顔を見せて彼女の手を握り返し、優しくうなずいた。


 チーン!

 最上階につくと、

「こちらにどうぞ」

 と、ヤギに赤じゅうたんの上を案内され、しばらく城内を歩く。

 廊下の随所には難解な現代アートが配され、二人は神妙な面持ちでそれらを見ながら歩いた。

 ヤギは重厚な木製の扉の前に止まると、コンコンとノックをして、

「こちらでございます」

 と、扉を開く。

 そこは日差しの差し込む明るいオフィスのようなフロアだった。

「えっ!? ここですの?」

 ベネデッタは驚いて目を丸くする。

 ウッドパネルの床に観葉植物、上質な会議テーブルにキャビネット、そして天井からぶら下がる雲のような優しい光の照明、全てがおしゃれで洗練された空間だった。

 見回すと、奥の方にまるで証券トレーダーのように大画面をたくさん並べて画面をにらんでいる太った男がいた。

「え? あれが魔王?」

 ベンはベネデッタと顔を見合わせ首をかしげた。

 魔物の頂点に立つ魔王が、なぜ証券トレーダーみたいなことをやっているのか全く理解できない。

 恐る恐る近づいていくと、男は椅子をくるっと回して振り返った。そしてにこやかに、

「やぁいらっしゃい。悪いね、こんなところまで来てもらって」

 と、にこやかに笑う。丸い眼鏡をした人懐っこそうな魔王は、手にはコーラのデカいペットボトルを握っている。

「コ、コーラ!?」

 ベンは仰天した。それは前世では毎日のように飲んでいた懐かしの炭酸飲料。それがなぜこの世界にあるのだろうか?

「あ、コーラ飲みたい? そこの冷蔵庫にあるから飲んでいいよ」

 そう言って魔王は指さしながらコーラをラッパ飲みした。

 ベンは速足で巨大な銀色の業務用冷蔵庫まで行ってドアを開けた。中にはコーラがずらりと並び、冷蔵庫には厨房用機器メーカー『HOSHIZAKI』のロゴが入っている。

 ベンは唖然とした。異世界に転生してすっかり異世界になじんだというのに、目の前に広がるのは日本そのものだった。

 トゥチューラでの暮らしは、良くも悪くも刺激のない田舎暮らしである。秒単位でスマホから流れ出す刺激情報の洪水を浴び続ける日本での暮らしと比べたら、いたってのどかなものだ。しかし、今この目の前にあるHOSHIZAKIの冷蔵庫は、日本での刺激あふれる暮らしの記憶を呼び起こし、ベンは思わずブルっと震えた。

「これは何ですの?」

 ベネデッタが追いかけてきて聞く。

 しかし、ベンは回答に(きゅう)した。ちゃんと説明しようとすると、自分が転生者であることも言わないとならない。それは言ってしまっていいものだろうか?

 ベンは大きく息をつくと、

「とあるところで飲まれている炭酸飲料だよ。飲んでみる?」

 そうごまかしながら一本彼女に渡す。

「炭酸……? うわっ! 冷たい」

 ベネデッタはその冷たさに驚き、そして、初めて見たペットボトルに開け方も分からず、困惑しきっていた。






27. 目覚めるベン

 二人は重厚な革張りのソファーに案内された。新鮮な革のいい匂いがふわっと上がり、座り心地も上々だった。

 ベンはコーラをグッと傾ける。

 シュワーー! と口の中に広がる炭酸、スパイシーなフレイバーが鼻に抜け、舌に広がる甘味……。ベンは思わず目をつぶり、その懐かしの味をゆっくりと味わった。そう、これ、これなのだ。日本での暮らしがフラッシュバックし、思わず目頭が熱くなる。

 最後はブラック企業に潰されてしまったが、日本でのラノベ、アニメ、ジャンクフード、それはベンの身体の一部となっているのだ。

 久しぶりに出会えたジャンクな味にベンは言葉を失い、ただその味覚に呼び覚まされる日本での暮らしを懐かしく思い出していった。

 ゴホッゴホッ!

 隣でベネデッタがせき込んでいる。

「あ、無理して飲まなくていいですよ。ジャンクな飲み物なのでお口に合わないかと」

 するとベネデッタは渋い顔をしながらコーラをテーブルに戻した。

「はははっ、いきなりコーラは難しかったかな?」

 魔王がやってきて向かいにズシンと座った。なつかしい【笑い男】の青く丸いマークのプリントされたTシャツをラフにはおり、ジーンズをはいている。

「あなたが魔物の頂点、魔王……なんですか?」

 ベンは困惑しながらも切り出した。

 すると、魔王は愉快そうに笑って言った。

「いかにも魔王だが、頂点って言うのは違うな。魔物の管理者だよ」

「管理者……?」

 ベンは何を言われたのか分からなかった。

「見てみるかい?」

 そう言うと、魔王は巨大な画面を空中に展開した。そこには広大な地図と無数の赤い点が映っている。そして、魔王は両手で地図を拡大していき、

「この点が魔物なんだよね」

 と言いながら、そのうちの一つの点をタップした。
 
 するといきなり画面は森の中の映像となり、真ん中にゴブリンがうろついている。周りにはウインドウが開き、各種パラメーターが並んでいた。その画面は日本にいた時に遊んでいたVRMMOのゲーム画面そのものに見える。

「まるで……、ゲームですね……」

 ベンは眉をひそめながら言った。

「うんまぁ仕組みは一緒だね」

 そう言いながら魔王はゴブリンのパラメーターをいじっていく。すると、ゴブリンはどんどん大きくなり、ボン! と音がして筋骨隆々としたホブゴブリンへと進化した。

 ベンは唖然とした。魔物はこうやって管理されていたのだ。なぜ魔物は倒すと消えて魔石になってしまうのだろう、とずっと不思議に思っていたが、ついに謎が解けた。魔物はいわばNPCなのだ。コンピューターシステムが生み出したキャラクターであり、生き物ではないのだ。

 だが、ここでベンは背筋にゾクッと冷たいものが走るのを感じた。NPCが居るということは、この世界は造られた世界なのではないだろうか? 言わばこの世界全体がVRMMOのようなコンピューターによって創られた世界……。

 バカな……。

 ベンは急いで自分の手のひらを見てみた。細かく刻まれたしわ、そしてそれを縫うように展開される指紋の筋、その奥の青や赤の微細な血管。それらは指が動くたびにしなやかに変形し様相を変えていく。こんな芸当ができるVRMMOなんてありえない。ベンはグッとこぶしを握った。

 しかし、ここで嫌なことを思い出す。自分は一度死んでいたのだ。死んだ者が生き返る、それは明らかに自然の摂理(せつり)から逸脱(いつだつ)した行為である。つまり、自分自身そのものが自然の法則を破っている証拠になってしまっているのだ。ベンはその事実に愕然(がくぜん)となった。

「どうした、ベン君? もう目覚めてしまったかな?」

 魔王はニヤッと笑って言う。

 ベンはうつろな目で首を振り、そして頭を抱えた。

「まぁ、目覚めたかどうかなんてどうでもいい。それより今日はお願いがあってね……」

 そう言いながら、空中を裂き、空間の裂け目からガジェットを取り出すとガン! とテーブルの上に置いた。

 それは金属の輪にプラスチックのアームがニョキっと生えたような代物だった。

「何ですかこれ?」

 ベンはそれを持ち上げてみる。金属の輪は腕時計のベルトのように一か所ガチャっと外せるようになっていた。

「それ、履いてみてくれる?」

 魔王は意味不明なことを言って、コーラをゴクゴクと飲んだ。

 はぁっ!?

 言われて初めて気が付いたが、これは言わばふんどしみたいな物だったのだ。

「ここにボタンがあってね、いざと言う時にここを押すとプラスチックノズルの先から肛門内へ薬剤が噴射されて、一気に便意が高まるという……」

 魔王が説明を始めたが、ベンは頭に血が上ってガン! とガジェットを机に叩きつけた。

「嫌ですよ! なんでこんなもん履かなきゃならないんですか!」

 顔を真っ赤にして怒るベン。

「あー、ゴメンゴメン。話を端折(はしょ)りすぎたな……。そうだ! 今晩恵比寿で焼肉の会食があるんだけど来る?」

 魔王はニコニコしながらとんでもない事を言った。もう久しく聞いていない単語【恵比寿】、【焼肉】にベンは耳を疑った。







28. スクランブル交差点

「え、恵比寿って……、東京の?」

「そうそう、君にとっては懐かしいだろ?」

 ベンは言葉を失った。

 転生してもう長い。日本へ戻るなんてことはとっくにあきらめていた。自分はトゥチューラで新たな人生を築いていくのだ、とばかり考えていたが、会食で気軽に誘われてしまった。それも恵比寿で焼肉なんて転生前でもなかなか行けなかった所である。

 ベンは手を震わせながら言った。

「そ、そ、そ、それは……ぜひ……」

「その交換条件としてこれ履いてきて欲しいんだよね。背景はその時に説明するからさ」

「え? 履くんですか……?」

 ベンはもう一度ガジェットを持ち上げてしげしげと眺める。こんな人体実験みたいなことに協力するなんてまっぴらゴメンではあるが……、恵比寿の焼肉であれば仕方ないだろうか?

 悩んでいると魔王は追い打ちをかけてくる。

「松坂牛のトモサンカク、その店の看板メニューだよ。どう?」

 トモサンカク!

 ベンはその一言で陥落した。サシの綺麗に入った希少部位。それも松坂牛ならトロットロに違いない。思わず唾が湧いてくる。

 便意を高める方法は複数持っておいた方がいいのは、ダンジョンで痛感したことでもある。こんなガジェットに頼るのは気分いいものではないが、魔王に悪意がある訳ではなさそうだ。ここはありがたくいただいておいてトモサンカクを食べた方がいい。

「分かりました。トモサンカクなら履きますよ」

 ベンはそう言って、ややひきつった顔で笑った。


       ◇


「うわぁ! 何なんですのこれは?」

 渋谷のスクランブル交差点に転送されたベネデッタは、目を真ん丸に見開き、ベンにしがみついて聞いた。

 四方八方から多量の群衆が押し寄せ、ベネデッタのそばをすり抜けていく。目の前には巨大なスクリーンがアイドルの煌びやかなライブを流し、後ろでは山手線や埼京線が次々とガ――――! という轟音を上げながら鉄橋を通過していく。

 ベンにとっては懐かしい東京の雑踏だ。

 戻ってきたぞ! 東京!

 ベンはギュッとこぶしを握り、にぎやかな街の音に胸が熱くなるのを感じる。

 ただ、見慣れないものもある。なんと、超高層ビルが何本もそびえているではないか。いつの間にこんなビルができていたのだろうか?

 やがて赤信号となり、歩行者がいなくなると今度はバスやトラック、タクシーが突っ込んでくる。

 パッパ――――!

 きゃぁ!

「こっちこっち!」

 ベンは急いでベネデッタの手を引いて歩道へと引き上げる。

 ゴォォォ――――。

 上空をボーイングの旅客機が轟音を上げながら羽田への着陸態勢を取って通過していった。そして、目の前をホストクラブの宣伝をするデコレーショントラックが爆音を上げながら通過している。

 ベネデッタは固まってしまう。幌馬車がカッポカッポと石畳の道を歩くような景色しか見てこなかったベネデッタにとって渋谷の景色は刺激が強すぎた。

「ははは、ビックリしたかな? これが日本だよ」

 ベンはにこやかに言った。

「なんだかとんでもない……街ですわ……。なぜベン君はご存じなの?」

 ベネデッタは眉間にしわを寄せながら聞く。

「それはまたゆっくり話します。まずは……何か美味しいものでも食べましょう!」

 そう言ってベンはベネデッタの手を引きながら歩きだした。

 魔王からは、
『会食までまだ時間あるから渋谷でもブラブラするといい』

 そう言われて、最新型のスマホをもらっている。これで電子決済もできるそうだからベネデッタと渋谷を満喫してやろうと思う。

 適当に喫茶店に入り、ベンはコーヒー、ベネデッタはパフェを頼んだ。

 パステル色の店内は若い人でいっぱいであり、甘酸っぱい匂いに満ちている。

 そう、渋谷ってこういう街だったよなぁ、と、ベンはなつかしさについ目を細めてしまう。


       ◇


 その頃、はるかかなた宇宙で動きがあった。

「んん? この小僧か?」

 小太りの中年男は空中に開いた画面に渋谷のベンを表示し、ジッとのぞきこむ。

 男の後ろの巨大な窓には満天の星々がまたたき、下の方には巨大な(あお)い惑星が広がっている。その碧い水平線が巨大な弧を描き、そこからはくっきりとした天の川が立ち上っていた。

「ステータスはただの一般人……、むしろ貧弱じゃな。こんな小僧使って魔王は何をやるつもりかのう……。ちょっとお手並み拝見してやるか。グフフフフ」

 男はいやらしい笑みを浮かべ、画面をパシパシと叩いていった。













29. ヒュドラ

 ベネデッタのところに運ばれてきたパフェには、虹色の綿菓子が渦を巻きながら立ち上っていて、横にロリポップが刺さっている。その極彩色の見た目にベネデッタは言葉を失う。

「あははは、なんだこれ」

 ベンは思わず笑ってしまう。トゥチューラでは絶対に見られないぶっ飛んだスイーツに、ベンは日本っていいなと改めて思った。

 ベネデッタは恐る恐るフォークで綿菓子を口に入れ、その見た目とは違った優しい甘みに笑みを浮かべる。

 百面相のように表情をコロコロ変えながらパフェと格闘するベネデッタ。ベンはそんな彼女を見つめ、癒されながらコーヒーをすすった。

 トゥチューラにはコーヒーなんてないので、久しぶりの苦みにベンはちょっとくらくらしながら、それでも懐かしの味に思わずにんまりとしてしまう。

「ベン君は、この星の人なんですの?」

 パフェを半分くらいやっつけたベネデッタが上目遣いに聞いてくる。

 ベンはコーヒーをすすり、ベネデッタの美しい碧眼を見つめるとゆっくりとうなずいた。

 ベネデッタはふぅ、と大きく息をつくと、

「ベン君は稀人(まれびと)でしたのね……」

 そう言ってうつむいた。

「黙っていてごめんなさい。シアン様に転生させてもらったんです」

 ベネデッタは長いスプーンでサクサクとパフェをつつき、しばらく考え事をする。

 そして、一口アイスを堪能すると、いたずらっ子の目をしてベンを見つめ、ニコッと笑って言った。

「わたくし、ここで暮らすことにしましたわ」

 ベンは何を言ってるのか分からず、ポカンとしてベネデッタを見つめる。

「ここ、日本でしたっけ? 活気があって、いろんな文化にあふれ、最高ですわ。もうトゥチューラになんて戻れませんわ」

 ベネデッタはそう言って店内を見回し、先進的なファッションに身を包んだ若者たちの楽しそうな様子をうっとりと眺めた。

「ちょ、ちょっと待ってください! 公爵令嬢が日本で暮らす……んですか?」

「あら? だめかしら? お父様もベン君と一緒なら認めて下さるわ」

 ベネデッタは訳分からないことを言って、パフェをまたサクサクとつついた。

 ベンは言葉を失った。一緒に日本で暮らすってどういう事だろうか? なぜ、公爵は自分と一緒なら許すのだろうか?

 ん――――?

 ベンは疑問が頭をぐるぐると回って、首を傾げたまま固まる。

 その時だった、

 ズーン!

 腹の底に響くような衝撃音が渋谷一帯を襲った。

 驚いて窓の外を見ると、建設中の超高層ビルの上で何か巨大なものがうごめいている。よく見るとそれは大蛇の首のようなものだった。その首が九本ほど、獲物を探すかのようにウネウネ動きながら渋谷の街を見下ろしていた。首は一つの巨大な胴体に繋がっており、全長はゆうに百メートルはありそうだ。

「あれは何ですの? イベントかしら」

 ベネデッタは緊張感もなく楽しそうに聞いてくる。しかし、日本にあんな魔物などいない。

「違う、緊急事態だ。逃げよう!」

 そう言って、立ち上がった時だった。

 ポン! と音がしてぬいぐるみのシアンが出てくる。

「ベン君! お願いがあるんだけどぉ」

 と、シアンはおねだり声で、ベンの前で手を合わせた。

「嫌です! さぁ、逃げましょう!」

 そう言ってベネデッタの手を引いた。

 すると、シアンは標的を変え、

「ベネデッタちゃん、日本に住みたいよねぇ?」

 と、ベネデッタに声をかける。

「えっ!? いいんですか?」

 パアッと明るい表情をするベネデッタ。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! まさかあの化け物倒すのが条件とかじゃないですよね?」

「星の間の移住なんて普通は認められないんだよ?」

 シアンは悪い顔でニヤッと笑って言う。

「なぜ、僕なんですか? シアン様が倒せばいいじゃないですか、女神なんだから瞬殺できるでしょ?」

「んー、今、僕の本体は木星で交戦中なんだな。面倒だから木星ごと蒸発させちゃおうかと思ってるんだけど……」

 シアンはそう言って小首をかしげた。

 ベンは意味不明のことを言われて言葉を失う。木星を蒸発させるようなエネルギー量なら、太陽系そのものが吹っ飛びかねないのではないだろうか?

 その時だった、

 ギュワォォォォ!

 化け物の頭九個が全部ベン達の方を向いて雄たけびを上げる。その重低音は渋谷全体を揺らし、そのすさまじい威圧感に皆、パニックになって走り出した。

「どうやらお目当ては君のようだゾ」

 シアンはニヤッと笑う。その瞳には、子供が新しい遊びを見つけた時のようなワクワク感があふれていた。











30. YES! 百億円!

「えっ!? なんで僕なんですか?」

「悪い奴に見つかったという事かな。そいつ倒したら日本への移住認めるから頑張って」

 シアンは羽をパタパタさせながら嬉しそうに言う。

「え――――、嫌ですよ。日本で暮らすってのも楽じゃないし、絶対やりません!」

 ベンは毅然として断った。ベネデッタは来たいというが、日本に来たら一般人だ。どうやって暮らしていくつもりなのか?

「百億円」

 シアンはニコッと笑って言った。

「は? 百億……?」

「日本移住時には支度金として百億あげるよ。きゃははは!」

「マ、マジですか……」

 ベンは言葉を失った。百億もあれば大きな家を買って一生のんびり暮らせる。いや、ハワイにパリにニューヨークにあちこちに別荘買って毎日豪遊。そして、マチュピチュにピラミッド、南極に観光に行けちゃうぞ。夢のようじゃないか。

 便意を我慢するだけでそんな夢のような生活しちゃっていいのだろうか?

 YES! 百億! 百億!

 ベンは思わずガッツポーズをする。頭の中には札束のイメージがグルグルと巡った。

「や、やります! やらせてください!」

 ベンはパタパタと羽をはばたかせて浮いているシアンの可愛い手を、指先でキュッとつまんで言った。ベンの目には【¥】マークが浮かんでいた。

「うんうん、じゃ、その腰のところのボタン押して」

 シアンは魔王が作ったガジェットを使えと言う。

「わ、わかりました……。これかな?」

 ベンは金属のベルトのところに丸くへこんでいるところのボタンをポチっと押し込んだ。

 バシュッ!

 プラスチックノズルから何かが噴射され、まるで強すぎるウォシュレットのように何かが肛門を越えて入ってきた。

 ふぐっ……。

 ベンは腰が引け、目を白黒させてその異様な感覚に戸惑う。

 ぐー、ぎゅるぎゅるぎゅ――――。

 直後襲ってくる強烈な便意。それは水筒浣腸などとはくらべものにならない強烈で鮮烈な便意だった。

 ぐはぁ……。

 ポロン! ポロン! ポロン! と電子音が続き、一気に『×1000』まで表示が駆けあがる。

 激しい便意に耐えられず、思わず床にへたり込んでしまうベン。

「あれ? 千倍止まりかぁ……」

 シアンは不満げに首をかしげると、ベンのベルトのところまでパタパタと飛び、ボタンをポチっと押し込んだ。

 バシュッ!

 再度強烈な噴射がベンの肛門を襲う。

 ぐわぁぁぁ!!

 悶絶するベン。

「な、何すんだこのクソ女神!!」

 ベンは床でもだえ苦しみながら悪態をつく。

 ポロン! と電子音がして、『×10000』の表示になった。

「うん、これならあの【ヒュドラ】に勝てるねっ」

 シアンは満足げに言うが、ベンは床で脂汗を垂らしながら失神寸前である。

 漏れる……、漏れる……、くぅぅぅ……。

「ベン君!」

 ベネデッタは駆け寄って介抱する。そして、手を組んで祈り、神聖魔法で何とか苦痛を和らげていく。

 シアンはもだえ苦しむベンを見ながら、

「これじゃヒュドラと戦えないなぁ」

 と、腕を組んで首をかしげる。

「ちょ、ちょっとトイレ……」

 ベンはよろよろと立ち上がる。

「ダメだよ! 出しちゃったらヒュドラどうすんのさ! 百億円は払えないよ!」

「こんなんで闘えるわけないだろ!」

 ベンは下腹部を押さえて怒る。

「うーん、困ったなぁ……」

 シアンは眉をひそめ考え込む。

 そして何か閃いて、ポン! 手を打つと、

「よし、じゃあ戦わなくていいよ。僕が何とかするから言うとおりにして」

 と言って悪い顔で笑った。

「分かった、何でもいいから早くして!」

 ベンは脂汗を垂らしながら答える。

「まず、飛行魔法をインストールしてあげよう。出血大サービスだよっ!」

 と、いいながら、シアンはベンの身体を青く光らせた。

「これで空も自由自在に飛べるはずさ」

「え? 飛べる?」

「そう。行きたい方向に意識を向けるだけで飛べるんだゾ」

 そう言いながらシアンはベンの身体を空中に浮かべ、テラスの外へと運んでいく。

「ど、どこに行くの?」

 フワフワと運ばれて焦るベン。

 シアンはロープを出すとベンの腰の金属ベルトに結び、そして、端を金属の手すりに結んだ。

「はい、ヒュドラ向けて浮いて――――」

「いや、ちょっとそれどころじゃない……」

 お腹を押さえて苦悶の表情を浮かべるベン。

 するとシアンはニヤッと笑い、

「ひゃく・おく・えん! ひゃく・おく・えん!」

 と、耳元で囃し立てた。

 くぅぅぅ……。

 ベンは歯を食いしばる。

 そうだ。百億円! 日本でFIREな暮らしを手に入れるのだ。便意ごときに負けてはいられない!

 ベンはお腹を押さえながら行きたい方向をイメージしてみた。

 身体がグンと引っ張られ、ロープがピンと張った。

「お、いいねいいね! あー、もうちょっと右!」

 シアンは片目をつぶりながら飛ぶ方向を指示していく。

「こ、こう……?」

 ベンは何をやらされているのかよく分からなかったが、言うとおりに飛行魔法を調整していった。

「いいねいいね! じゃ、全力だして、一万倍だよ!」

 は、はぁ……?

 ベンは何度か深呼吸を繰り返すと、飛行魔法に意識を集中していった。ロープはものすごい力で引っ張られてビキビキっと音を立てている。

 やがて手すりが引っこ抜けそうになるくらい飛行魔法のエネルギーがたまると、シアンは、

「じゃぁこぶしを伸ばしてー」

 と、言った。

 金属ベルトが下腹部に食い込んでいくのに必死に耐えながら、

「こ、こうですか?」

 と、息も絶え絶えにベンは答えた。

「いいねいいねー! では、いってらっしゃーい! きゃははは!」

 シアンは嬉しそうにロープを手刀でぶった切った。

 へ?

 一万倍の飛行魔法はまるで砲弾のようにベンの身体を吹っ飛ばした。

 ベンの身体はあっという間に音速を超え、ドン! という衝撃波を渋谷の街に放ちながら一直線にヒュドラを目指す。

 え?

 何が起こったのか分からないベン。目の前では渋谷のビル街が目にもとまらぬ速さで飛んでいく。

 直後、ズン! という衝撃音を放ちながらベンの身体はヒュドラの本体深く突き刺さり、ヒュドラの身体は大爆発を起こしながら大きな首をボトボトと渋谷の街に振りまいた。

 それはまるでレールガンだった。極超音速で吹っ飛んでいったベンはヒュドラの鉄壁な鱗の装甲をいとも簡単に突き破り、一瞬で勝負をつけたのだった。

「命中! きゃははは!」

 シアンは嬉しそうに腹を抱えて笑い、ベネデッタは唖然としてただ渋谷の街に振りまかれていくヒュドラの肉片の雨を眺めていた。


        ◇


「ま、まさか……、そんな……」

 爆散していくヒュドラを見ながら、中年男は口をポカンと開けて力なくつぶやいた。

 ヒュドラは男の自信作だった。九つの首から放つ毒霧やファイヤーブレスの攻撃力は何万人も簡単に殺せるはずだったし、圧倒的な防御力を誇る完璧な鱗は自衛隊の砲弾にすら耐えられる性能だった。それは芸術品とも呼べる出来栄えなのだ。それが何もできずに瞬殺されるなどまさに想定外。男はガックリしながら飛び散っていく肉片をただ茫然と眺めていた。

「チクショウ!」

 男はそう叫ぶと画面をパシパシ叩き、ベン達の行動をリプレイさせる。そして、ベンが怪しい動きをしたのを見つける。

「この金属ベルトのガジェット……、これは」

 ベンの異常なパワーがガジェットにあることに気が付いた男は、ガジェットのデータを特殊なツールで解析し、指先でアゴを撫でながら画面を食い入るように見つめた。

 そしてニヤリと笑うと、

「これならコピーできるぞ。魔王め、変なガジェット作りやがって! 目にもの見せてくれるわ!」

 そう言って、ガジェットの大量生産を部下に指示したのだった。


        ◇


「ちょっと、いい加減にしてくださいよ!」

 恵比寿の焼き肉屋で、シアンを前にベンは青筋たてて怒っていた。

 シアンは耳に指を差し込み、おどけた表情で聞こえないふりをしている。参加している日本のスタッフたちもシアンのいたずらには慣れっこなのだろうか、誰も気にも留めず、別の話題で盛り上がっている。

「まぁまぁ、百億円もらえるんだろ? いい話じゃないか」

 魔王はベンの肩をポンポンと叩き、苦笑いしながらなだめた。

「人のこと砲弾にしてるんですよこの人! 人権蹂躙ですよ!」

 憤懣(ふんまん)やるかたないベンは叫んだ。

「大体ですよ、僕の名前が『ベン』って何ですか? 誰ですかこれつけたの? 悪意を感じますよ」

 ベンはバンバン! とテーブルを叩いて抗議した。

「名前は……、シアン様が……」

 魔王は渋い顔してそう言いながらシアンを見た。

「やっぱりあんたか! 女神なんだからもっと慈愛をこめたネーミングにすべきじゃないんですか? 何ですか『ベン』って『便』じゃないですか!」

 ベンは真っ赤になりながらシアンを指さして、日ごろのうっ憤をぶつけるように怒った。

 すると、店員が個室のドアを開けて叫ぶ。

「失礼しまーす! 松坂牛のトモサンカク、二十人前お持ちしましたー!」

 そして、たっぷりとサシの入った霜降り肉が山盛りの大皿をドン! と、置いた。

「キタ――――!」

 絶叫するシアン。

「あ、ちょ、ちょっと、まだ話し終わってないですよ!」

 ベンは抗議するが、みんなもう肉のとりこになって一斉に取り合いが始まってしまう。

「ちょっと! 取りすぎですよ!」「そうですよ一人二枚ですからね!」「こんなのは早い者勝ちなのだ! ウシシシ」「ダメ――――!」

 もはや誰もベンの言うことなど聞いていない。ベンは大きく息をつくと、肩をすくめ、首を振った。

「ベン君、取っておきましたわよ」

 ベネデッタはニコッと笑ってベンを見る。

 ベンは苦笑いをすると金網に並べ、ため息をついた。

 そして、まだレアなピンクの肉をタレにつけ、一気にほお張る。

 うほぉ……。

 甘く芳醇な肉汁が口の中にジュワッと広がり、舌の上で柔らかな肉が溶けていく。

 くはぁ……。

 ベンは久しぶりに口にした和牛の甘味に脳髄がしびれていくのを感じた。

 これだよ、これ……。

 しばらくベンは目をつぶって余韻を楽しむ。

 百億円あったらこれが好きなだけ食べられる。なんという夢の暮らし。

 ベンは気を取り直して二枚目に手を伸ばした。






32. 世界を救うバグ技

「で、いつ百億円くれるんですか?」

 ベンは特上カルビをほお張りながらシアンに聞いた。

「んー、悪い奴倒したらね。えーと一週間後だっけ?」

 シアンは魔王に振る。

 ビールをピッチャーでがぶ飲みしていた魔王は、すっかり真っ赤になった顔で、

「え? 決起集会ですか? そうです。来週の火曜日の夜ですね」

 と言って、ゲフッ、と大きなゲップをした。

「決起集会に悪い奴が来るから、そいつ倒して百億円ですね?」

 ベンはシアンに確認する。

「そうそう、失敗するとあの星無くなるから頼んだよ」

 シアンはそう言ってビールのピッチャーを傾けた。

「は? 無くなる?」

 ベンは耳を疑った。自分がミスったらトゥチューラの人達もみんな死んでしまうというのだ。

「ちょ、ちょっと、嫌ですよそんなの! シアンさんやってくださいよ、女神なんだから!」

「んー、僕もそうしたいんだけどね、奴ら巧妙でね、僕とか魔王とか管理者(アドミニストレーター)権限持ってる人が近づくと、何かで検知してるっぽくて出てこないんだよ」

 シアンは肩をひそめる。

「そ、そんな……」

「で、宇宙最強の一般人の登場ってわけだよ」

 真っ赤になった魔王がバンバンとベンの背中を叩く。

 ベンは渋い顔をして首を振り、責任の重さと便意の苦痛の予感でガックリと肩を落とした。


       ◇


「あのぅ……」

 ベネデッタが恐る恐る切り出す。

「どうしたの? おトイレ?」

 シアンはすっかり酔っぱらって、顔を真っ赤にしながら楽しそうに聞いた。

「皆さんが何をおっしゃってるのか全然分からないのですが……」

 シアンはうんうんとうなずくと、

「この世界は情報でできてるんだよ」

「情報……?」

 シアンはパチンと指を鳴らすと、ベンの身体が微細な【1】と【0】の数字の集合体に変化した。数字は時折高速に変わりながらもベンの身体の形を精密に再現している。

 ひぃっ!

 驚くベネデッタ。空中に浮かんだ砂鉄のような小さな1、0の数字の粒が無数に集まってベンの身体を構成し、まるで現代アートのように見える。しかし、それらはしなやかに動き、変化する前と変わらず焼肉をつまみ、タレをつけて食べていた。

 え? あれ?

 ベンが異変に気付く。

「な、何するんですか!」

 ベンはシアンに怒る。しかし、数字の粒でできた人形が湯気を立てて怒っても何の迫力もない。

「きゃははは! これが本当の姿なんだよ」

 シアンは楽しそうに笑い、ベネデッタは唖然としていた。ベンは数字になってしまった自分の手のひらを見つめ、ウンザリとした様子で首を振る。

 そう、日本も異世界もこの世界のものは全てデータでできている。それはまるでVRMMOのようなバーチャル空間ゲームのように、コンピューターで計算された像があたかも現実のように感じられているだけなのだった。

 もちろん、ゲームと日本では精度が全く違う。地球を実現するには十五ヨタフロップスにおよぶ莫大な計算パワーが必要であり、それは海王星の中に設置された全長一キロメートルに及ぶ光コンピューターによって実現されている。そしてこのコンピューターが約一万個あり、そのうちの一つが地球であり、また、別の一つがトゥチューラを形づくっていたのだった。

 このコンピュータシステムを構築するのには六十万年かかっているが、それは宇宙の歴史の百三十八億年に比べたら微々たるものといえる。

 これらのことをシアンは丁寧にベネデッタに説明していった。

「な、なんだかよく分かりませんわ。でも、星が一万個あって、うちの星が危ないという事はよく分かりましたわ」

 ベンは納得は行かないものの、異世界転生させてもらったり、数字の身体にされてしまっては認めざるを得なかった。

「それで、星ごとに管理者が居るんですね?」

 ベンは数字の身体のままシアンに聞いた。

「そうそう、トゥチューラの星の管理者(アドミニストレーター)が魔王なんだ」

 魔王はニカッと笑ってビールをグッと空け、内情を話し始めた。


 魔王たちの話を総合すると、一万個の地球たちはオリジナリティのある文化文明を創り出すために運営され、各星には管理者(アドミニストレーター)がいて、文化文明の発達を管理している。ただ、どうしても競争が発生するため、中には他の管理者(アドミニストレーター)の星に悪質な嫌がらせをして星の成長を止め、星の廃棄を狙う人もいるらしい。

 そして今回、魔王の管理する星に悪質な干渉が起こっていて、このままだと管理局(セントラル)から星の廃棄処理命令が下されてしまうそうだ。

「一体どんな攻撃を受けているんですか?」

 ベンはナムルをつまみながら聞く。

「純潔教だよ。新興宗教が信者を急速に増やしてテロ組織化してしまってるんだ」

「純潔教!? あの男嫌いの……」

「そうそう、『処女こそ至高である』という教義のいかれたテロ組織だよ」

 魔王は肩をすくめ首を振る。

「で、彼女たちがテロを計画してるって……ことですか?」

「そうなんだよ、総決起集会を開き、一気に街の人たちを皆殺しにして生贄(いけにえ)にするみたいだ」

「はぁ!?」

 処女信仰で無差別殺人を企てる、それはとてもマトモな人の考える事ではない。ベンは背筋が凍りついた。

「で、ベン君にはその総決起集会に潜入して、テロ集団の教祖を討ってほしいんだ。教祖は管理者(アドミニストレーター)権限を持っているからベン君にしか頼めないんだ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 管理者(アドミニストレーター)権限を持っている教祖って無敵じゃないんですか? 一般人の僕じゃ勝てませんよ」

 すると、横からシアンが嬉しそうに言う。

「ところが勝てちゃうんだな! 【便意ブースト】は神殺しのチートスキル。攻撃力が十万倍を超えると、システムの想定外の強さになるんで管理者(アドミニストレーター)でもダメージを受けちゃうんだ。まぁ、バグなんだけど」

「バグ技……」

 ベンは渋い顔でシアンを見る。

「つまりベン君しか教祖はたおせない。あの星の命運はベン君が握ってるんだよ」

 そう言ってシアンは嬉しそうにピッチャーを傾けた。

「いやいやいや、そもそも僕は男ですよ? 集会に入れないじゃないですか!」

 すると、魔王はニヤッと笑って言う。

「いや、君は目鼻立ち整っているし、女装が似合うと思うんだよね」

「じょ、女装!?」

 ベンは言葉を失った。

 女装してテロリストの決起集会に潜入して管理者(アドミニストレーター)の教祖を討つ。どう考えても無理ゲーだった。そして失敗すると星ごと滅ぼされる。それは気の遠くなるほどの重責だった。

「大丈夫だって! 上手く行くよ! きゃははは!」

 シアンは酔っぱらって楽しそうに笑っている。

 他人事だと思って好き勝手なことを言ってるシアンに、ベンはムッとして叫んだ。

「ちゃんと考えてくださいよ! あなた女神なんだから!」

「女神だから何?」

 シアンは平然と返す。その美しい瞳には挑発するような色が浮かんでいる。

 え……?

 ベンはハタと考えこむ。魔王が管理者(アドミニストレーター)だとしたら女神とは何なのだろうか?

「女神ってこう、慈愛に満ちて世界を良くしようとする神様……じゃないんですか?」

「きゃははは! 僕は楽しい事しかしないよ」

 シアンは嬉しそうにそう言って、ピッチャーをグッと空けた。

 言葉を失うベンに、魔王が肩をポンポンと叩きながら、

「シアン様は人知を超えた超常的存在だよ。我々人間の尺度で考えちゃダメさ。フハハハ」

 と、楽しそうに笑った。

「人知を超えてるなら、もっといいやり方考えましょうよ」

 ベンはムッとして言った。

 するとシアンはうなずいて、

「いや、僕もね、いろいろやってみたんだよ。いろんな転生者に【便意ブースト】つけたりね。でもみんなダメ。千倍も出ないんだから」

 そう言って、首を振った。

「え? 千倍出せたのって僕だけですか?」

「そうだよ。君は凄い素質があるんだゾ」

 そう言ってシアンはニヤッと笑った。

 しかし、そんなことを言われても何も嬉しくない。

 ベンは大きく息をついて首を振った。

 すると、ベネデッタがそっとベンの手を握る。

 え?

 見ると、口を真一文字にキュッと結び、うつむいている。

「ど、どうしたの?」

 ベネデッタは大きく息をついて、顔を上げると決意のこもった目で、

「あたくしがやりますわ!」

 と、宣言した。

 いきなりの公爵令嬢の提案に皆あっけにとられたが、ベネデッタの美しい碧眼にはキラキラと揺るがぬ決意がたたえられていた。








33. 令嬢の試練

「え? ちょ、ちょっとどういう……ことですか?」

 恐る恐る聞くベン。

 すると、ベネデッタはガタっと立ち上がり、こぶしをギュッと握ると、

「テロリスト制圧はトゥチューラを預かる公爵家の仕事ですわ。あたくしは公爵家の一員として教祖を討伐させていただきますわ!」

 と、宙を見上げながら言い切った。

「よっ! 公爵令嬢!」「やっちゃえ!」「頑張れー!」

 酔っぱらった日本のスタッフは赤い顔で拍手をしながら盛り上げる。

 しかし、ベン達にはとてもうまくいくとは思えなかった。

「あー、御令嬢には難しいと……思います……よ?」

 魔王は言葉を選びながら言う。

「べ、便意に耐えるだけでよろしいのですよね? 耐える事ならあたくし、自信がありましてよ」

 ベネデッタは胸を張って得意げに言う。

 顔を見合わせるシアンと魔王。

「じゃあ、一度やってみる?」

 シアンはニコッと笑うと、肉の皿をのけて金属ベルトのガジェットをガンとテーブルに置いた。

「えっ!? い、今ですの?」

「だって本番は来週だからね。善は急げだよ!」

 シアンは嬉しそうにそう言うと、ビールを飲んで「ぷはぁ」と幸せそうな顔を見せた。


      ◇


 研修用の異空間に来た一行。そこは見渡す限り白い世界で、どこまでも白い床が広がり、真っ白な空が広がっている。

 シアンは仮設トイレを設置し、ベネデッタに中に入るのを勧めたが、

「ベン君はトイレなんて使いませんでしたわ!」

 と、言って断った。

 シアンは一計を案じてすりガラスのパーティションを用意すると、その向こうにベネデッタを立たせた。

「パーティションもいりませんわ!」

 ベネデッタは毅然(きぜん)と言い放ったが、

「万が一事故が起こるとまずいからね、一応ね」

 と、シアンはなだめる。そして、

「はい、ここはテロリストの総決起集会の会場デース。イメージしてー」

 と、両手を高く掲げながら楽しそうに言った。

「イ、イメージしましたわ」

「教祖がやってきマース。教祖は『トゥチューラの連中を神の元へ送るのだー! 純潔教に栄光をー!』と叫んでマース」

「ひ、ひどい連中ですわ!」

「怒りたまったね?」

「溜まりましたわ!」

 パーティションの向こうでぐっと両こぶしに力をこめるベネデッタ。

「便意に負けちゃダメだよ」

「負けることなどあり得ませんわ!」

 ベネデッタは憤然(ふんぜん)と言う。

「本当?」

「公爵家令嬢として誓いますわ、わたくし、便意なんかには絶対負けません!」

 力強い声がパーティションの向こうで響く。

「OK! スイッチオン!」

 ベネデッタは何度か大きく深呼吸をすると、力強くガジェットのボタンを押し込んだ。

 ガチッ!

 ブシュッ!

 と、嫌な音がして、ベネデッタの可愛いお尻に薬剤が噴霧された。

 ふぎょっ……。

 生まれて初めての感覚に変な声が出るベネデッタ。

 直後、ポロン! ポロン! ポロン! と電子音が続き、一気に『×1000』まで表示が駆けあがる。

 ふぐぅぅぅ!

 声にならない声があがり、バタンとベネデッタは倒れてしまう。

「あーあ……」

 シアンはそう言うと、すばやくベンの前に立った。そして、両手でベンの耳を押さえると、響き渡る壮絶な排泄(はいせつ)音が聞こえなくなるまで音痴な歌を歌っていた。

 ベンは状況を察し、何も言わずただ目を閉じて時を待った。なるほど、普通の人には耐えられないのだ。やはり自分がやるしか道はない。

 ベンはこぶしをギュッと握り、そして大きく息をついた。


       ◇


 トゥチューラの人気(ひとけ)のない裏通りに転送してもらった二人。宮殿への道すがら、ベネデッタはずっとうつむいて無口だった。

 ベンはベネデッタの美しい顔が暗く沈むのを、ただ見てることしかできなかった。生まれてきてからというもの、あそこまでの屈辱はないだろう。かける言葉も見つからず、ただ静かに歩いた。


 別れ際、ベネデッタがつぶやく。

「ベン君の凄さが身にしみてわかりましたわ」

 ベンは苦笑し、答える。

「まぁ、向き不向きがあるんじゃないかな」

「便意に耐えるだけ、ただそれだけのことがこんなに辛く、苦しかったなんて……。ごめんなさい」

 肩を落とすベネデッタ。

「大丈夫、トゥチューラは僕が守ります。教祖を討って日本で楽しく暮らしましょう」

 ベンはニッコリと笑って励ます。

 ベネデッタはうっすらと涙を浮かべた目でゆっくりとうなずいた。











34. メイドの適性検査装置

 それから一週間、ベンは毎日便意に耐える練習を繰り返した。十万倍を出すとどうしてもすぐに意識を失ってしまうので、何とか意識を失わない方法はないかと一人トイレに籠って試行錯誤を繰り返す。

 何しろ十万倍で教祖を討たない限りこの星は滅んでしまうのだ。その重責に押しつぶされそうになりながら孤独に便意と戦っていた。

 屋敷のメイドたちはその奇行を見て不思議そうに首をかしげる。

 トイレで気を失い、しばらくしてげっそりした顔で出てきたベンに、赤毛のメイドが聞いた。

「ご主人様何をされているんですか? そろそろお部屋に呼ぶ娘を決めてください」

 メイドは不満そうに頬をぷっくりとふくらませている。

「あー、そうだったな……」

 彼女たちを抱くような余裕はないが、確かにそろそろ誰かを指名してあげないと不満が爆発してしまう。

 ベンはしばらく思案し、ニヤッと笑うと、大浴場にメイドたちを集めた。


       ◇


「そろそろ部屋に呼ぶ娘を決めたいと思う。希望者はこれをつけなさい」

 ベンはそう言って、魔王から借りてきた金属ベルトのガジェットを台に山盛りに載せた。

「これは……、何ですか?」

 赤毛のメイドは不思議そうに金属ベルトをしげしげと眺めた。目鼻立ちの整った美しい顔に怪訝そうな色が浮かぶ。ベンはチクリと胸が痛んだが、一晩百万円の栄誉と引き換えの試練は甘くはないのだ。

「これは適性検査装置だ。この適性検査に合格した者は毎日部屋に呼んでやろう。ただし、結構つらい試験だ。よく考えて決めなさい」

 ベンがそう言うと、メイドたちは先を争って金属ベルトを奪い合うように手にしていく。若く美しい娘たちが便意促進器に群がる姿はひどく滑稽で、この世界の理不尽を思わせた。

 使い方を教え、いよいよ適性を検査する。これは嫌がらせではなく、もし、耐えられる娘がいるなら一緒に集会についてきてほしかったのだ。彼女たちの異常な執念ならもしかしたら耐えられるのかもしれない。

「ボタンを押して一分間便意に耐えられたら合格だ。用意はいいか?」

 ベンはそう言ってみんなを見回した。

「ふふふ、すごい特殊なプレイですね。一分なら余裕ですよ! 今晩は私と二人きりですからね!」

 赤毛のメイドは嬉しそうに笑う。

「私も便意ぐらい耐えられます! もし、たくさん合格したらどうなるんですか?」

 他のメイドが不安そうに聞いてくる。

「一分は長いぞー。そんなことは心配せずに耐えてみせなさい。ちなみに僕は余裕だからね」

 ベンはニコッと笑って言った。

「一分ぐらい余裕だわ!」「ようやく夢が叶うわ!」

 メイドたちは合格する気満々である。

 ベンはそんなメイドたちを見渡すと、

「ハイ! では、ボタンに手をかけてー! 三、二、一、GO!」

 と、叫んだ。

 メイドたちはベンを挑戦的なまなざしで見ながら、一斉にボタンを押し込んだ。

 ガチッ! ガチッ! ガチッ!

 ふぐぅ……。くぅ……。ひゃぁ……。

 あちこちから声にならない声が上がる。

 直後、真っ青な顔をしてバタバタと倒れていくメイドたち。

 あれほど自信満々だったのに、誰一人耐えられなかったのだ。

 大浴場には壮絶な排泄音が響き渡った。

 ベンは急いで耳をふさぎ、目をつぶって「アーメン」と祈る。

 彼女たちのガッツに期待したのだが、残念ながら適性者は現れなかった。

 大浴場には汚物にまみれてビクンビクンと痙攣(けいれん)をする女の子たちが死屍累々(ししるいるい)となって横たわる。

 ベンは掃除洗濯は自分がやってあげるしかないな、とため息をつき、肩を落とした。


        ◇


 その頃、窓の外に巨大な碧い星、海王星を見渡せる衛星軌道の宇宙ステーションで、小太りの中年男が若いブロンドの女性と打ち合わせをしていた。

「いよいよだな。計画は順調かね」

 中年男はドカッと革張りの椅子にふんぞり返り、ケミカルの金属パイプを吸いながら女性をチラッと見た。

「順調でございます、ボトヴィッド様」

「うむうむ。計画が上手く行くよう、ワシの方で秘密兵器を用意してやったぞ」

 そう言うとボトヴィッドと呼ばれた中年男は指先で空間を切り裂き、倉庫に積まれた金属ベルトのガジェットの山を見せる。そして、ニヤリと笑うと、一つ取り出し、女性に渡した。

「こ、これは何ですか?」

 女性はいぶかしそうに金属ベルトとプラスチックノズルを子細に眺める。

「まず、この映像を見たまえ」

 そう言うと、ベンがヒュドラを瞬殺した時の映像を空中に再生した。

「ベ、ベン君……」

 女性は驚いて目を丸くする。

「なんだ、この小僧のことを知っとるのか?」

「え、ええまぁ……。しかしこの強さは?」

「この小僧はこの金属ベルトでとんでもない強さを発揮しておった。戦闘員全員分用意してやったから装着させなさい」

 ドヤ顔のボトヴィッド。

「いやしかし……こんなベルトがパワーを生むとは考えにくいのですが……」

「なんだ! お前はワシの見立てにケチをつけるのか!?」

 ボトヴィッドはひどい剣幕で怒る。

「い、いやそのようなことは……」

「そのベルトのボタンを押した瞬間、攻撃力がグンと上がったのだ。そのベルトが魔王側の切り札であるのは間違いない。ワシらは量産で対抗じゃ!」

 悪い顔でニヤッと笑うボトヴィッドに、女性は渋い顔をしながら答えた。

「わ、わかりました。戦闘員全員に着用させます」

「よろしい。では吉報を待っているぞ」

 ボトヴィッドはニヤリと笑い、席を立つ。

「お、お待ちください。街の人全員を生贄に捧げたら星をいただける、というお約束は守っていただけるのですよね?」

 女性は眉をひそめ、ボトヴィッドをすがるように見る。

「ふん! 俺を信じろ。生贄さえ用意してくれれば約束通り管理局(セントラル)に提案しよう。女性だけの星というのはいまだに例がない。通る公算は高いだろう」

「ありがたき幸せにございます」

 女性はうやうやしく頭を下げた。

 こうして多くの人の思惑を載せ、総決起集会の日がやってくる――――。














35. 美しき少年

「いよいよだね、頼んだゾ!」

 シアンはベンにファンデーションを塗りながら楽しそうに言った。

 ベンは生まれて初めての女装に渋い顔をしながら、ただマネキンのようにシアンに身をゆだねていた。

 シアンは最後に茶髪のウイッグをスポッとかぶせると、

「んー、これでヨシ! 可愛いゾ! きゃははは!」

 と、満足げに笑った。

 手鏡を見たベンは、そこに可愛い子がいてちょっとドキッとしてしまう。

 純潔教の青いローブを身にまとい、胸パッドを仕込んだブラジャーをつけ、ベンは見事に小柄な可愛い女性になったのだ。

「こ、これが……、僕?」

 思わず新たな性癖の扉を開きかけ、ベンはブンブンと首を振って雑念を飛ばす。

「ベン君、ささやかだけど、役に立つかもしれない魔法を開発しておいたよ。手を出して」

 魔王はベンに笑いかける。

「え? 魔法……ですか?」

 魔王はベンの手を取り、手のひらに青く輝く小さな魔法陣を浮かべた。

「これで誰かのおしりを触ると便意を押し付けることができるんだ」

「え? 僕の便意が消えるって……ことですか?」

「そうそう。便意って言うのは脳が『排便しろー!』って必死に腸を動かす脳の働きだからね。これを相手に移転できるのさ。クフフフ」

 魔王は楽しそうに言った。

「はぁ……」

「間違えてボタン押しちゃったりしたときに、一回だけリセットできるって感じかな? 使えそうだったら使って」

「あ、ありがとうございます」

 ベンは手のひらでキラキラと光の微粒子を放っている魔法陣を見ながら、誰に押し付けたらいいのか、いまいち使いどころがイメージできず、首を傾げた。


「はい、これが招待状。場所は街はずれの教会だよ」

 魔王は茶封筒をベンに渡す。

 話によると約一万人の信者が集合するらしいが、小ぢんまりとした教会には一万人も入れない。集会用に異空間を作り、そこに教祖が登場するだろうとのことだった。そして、異空間は閉じられてしまうと外からは干渉できなくなる。つまり、ベン一人で一万人の信者の中、教祖を討たねばならない。

「いやぁ、どう考えても上手く行かないですよ」

 そう言ってベンは泣きそうな顔で首を振る。

「十万倍を出せば君は宇宙最強、一万人に囲まれてても関係ないさ」

 魔王は肩を叩きながら元気づけるが、ベンの表情は暗い。

「十万倍では意識を保ち続けられませんでした」

 そう言ってベンは肩を落とし、深くため息をついた。長い茶髪がサラサラと流れる。

 魔王は気乗りしないベンをジッと見つめて言った。

「教祖が出てきたらすぐに十万倍になって一気に勝負をつけよう。教祖さえ倒してくれれば異空間は崩壊を始めるだろう。そうしたら後は俺たちが何とかする」

 ふぅ……。

 ベンは大きく息をつくと、静かに首を振る。

 すると、シアンはベンの背中をパンパンと叩き、

「ほら、もうすぐ百億円だゾ! 百億円! きゃははは!」

 と、楽しそうに笑った。

「もう! 他人事だと思って!」

 ベンはジト目でシアンを見る。今はもう金の問題じゃないのだ。そんなのは全てが終わってから言って欲しい。

「あ、そうそう、百万倍は出しちゃダメだゾ? 確実に脳みそぶっこわれるから」

 シアンは急に真面目な顔をして忠告する。

「十万倍で気を失うので大丈夫です!」

 ベンはムッとしながらそう答えた。

「あのぉ……」

 ベネデッタが横から声をかけてくる。

「ど、どうしたんですか?」

「あたくしも、集会に参加させていただけないかしら?」

 ベネデッタは伏し目がちにそう言った。

「ダ、ダメですよ。命の保証ができません」

「あたくしのことは守らなくていいですわ。どっちみちベン君が失敗したらあたくし達は殺されるんですのよ?」

 ベンは言葉に詰まった。そう、自分がミスればトゥチューラの人達含めてこの星の人たちは全滅なのだ。改めてその重責に押しつぶされそうになる。

「実はあたくし、あの後毎日特訓したんですのよ」

 ベネデッタはニコッと笑っていう。

「特訓?」

「そうですわ。トイレに籠って何度もボタンを押したんですの。そしてついに千倍に耐えられるようになりましたわ!」

 ベネデッタは少し誇らしげにそう言って胸を張った。

 シアンはそれを聞いて、

「千倍出せたの!? すごーい!」

 と、ベネデッタの手を取ってブンブンと振った。

「いや、でも千倍止まりなんですわ」

「それでもすごいよ!」

 ベンはそのベネデッタの根性に目頭が熱くなる思いがした。便意を我慢するというのは本当に苦しい。胃腸がねじれんばかりに暴れまわり、それを括約筋一つで押さえつけ続けるのだ。その苦痛は筆舌に尽くしがたいものがある。

 そんな苦痛に耐え、失敗して暴発する事を繰り返す。そんな地獄の修業はやったものではないと分からない、自己の尊厳にかかわる凄惨な色がにじんでいる。

 その話を聞いてはもうベネデッタの好きにさせるしかなかった。

「いいですよ、行きましょう。一緒に教祖を討ちましょう!」

 ベンは自然と湧いてくる涙を手のひらで拭うと、ベネデッタに優しくハグをする。

 ベネデッタも嬉しそうにそれを受け入れた。
 青いローブ姿の二人は教会までやってきた。

 すでに陽は落ち、こじんまりとした三角屋根の建物には煌々(こうこう)と明りが灯り、暮れなずむ街の景色の中で人目を引いている。

 入口にはすでに大勢の純潔教の信者が行列を作り、ベンもベネデッタと共に最後尾についた。

 ベンは男だということがバレないように、辺りを気にしながらそっとフードを深くかぶりなおす。

 前に並んでいる女の子は友達と一緒に来たようで、楽しげにガールズトークをしながら順番を待っていた。

 これから街の人たちを虐殺するテロリストのはずなのに、なぜこんなに楽しげなのかベンには理解できない。この軽いノリで次々と人々を殺していくのだろうか?

 彼らが自分を襲って来るのなら自分は殺すしかない。しかし、ためらうことなくそんなことができるものだろうか? 社会の理不尽さ、狂った現実にベンは押しつぶされそうになる。

 女の子たちは楽しそうに笑い声をあげ、ベンは深くため息を漏らして首を振った。


 やがて二人の番がやってくる。

 シアンに髪の色と目の色を変えてもらったベネデッタが、おずおずと招待状を受付嬢に渡す。ブロンド碧眼は茶髪黒目になってしまったが、それでも気品ある美しさは変わらなかった。

 受付嬢は、チラッとベネデッタの顔を見て、招待状の番号を確認し、

「はい、9436番! お名前は?」

 と、いいながらシートに何かを書き込んでいる。

 えっ?

 名前を聞かれるなんて聞いていなかったベネデッタは、引きつった顔でベンと目を合わせる。

 しかし、ベンもそんなことは聞いていないからどう答えたらいいか分からない。この招待状を捏造(ねつぞう)したときに使った名前、それが何かだなんて分かりようもなかった。

 ベンは顔面蒼白になってブンブンと首を振る。二人は極めてヤバい事態に追い込まれた。

 すると、ベネデッタは意を決して、

「シアンです」

 と、目をつぶったまま言い切る。

「えーと、シアンちゃんね。ハイ、OK!」

 そう言ってベネデッタにネックストラップを渡した。

 なんという洞察力と度胸。ベンは目を丸くしてベネデッタが通過していくのを眺めていた。

 しかし、自分は何と答えたらいいのか?

 【ベン】は明らかに男の名前だから違う。だとしたら何だろうか?

 魔王が登録しそうな女の名前……。

 全く分からない!

「はい、9435番! お名前は?」

 受付嬢が聞いてくるが、答えようがない。ベンは目をギュッとつぶり、途方に暮れる。

 名前が違うということになれば明らかに不審者だ。警備の者が呼ばれ、ここでドンパチが始まってしまう。

 そうなると、もう二度と集会潜入などできなくなり、テロの阻止の難度はグッと上がってしまう。

 くぅぅぅ……。

 万事休す。

 ベンは大きく息をつき、意を決すると金属ベルトのボタンに手をかけた。

 騒がれたらすかさずボタンを押し、入り口をダッシュで突破し、一気に会場に突入。そして、教祖を見つけ次第もう一回ボタンを押して瞬殺する……。

 できるのかそんなこと?

 ドクンドクンと激しく打つ心臓の音が聞こえてくる。

「早く、名前!」
 
 受付嬢はイライラした声をあげる。

 よし、勝負だ。

 ベンは大きく息をつき、覚悟を決め、受付嬢をじっと見据えると。

「魔王です」

 と、言ってニヤッと笑った。潜入する受付で【魔王】を自称するとは余程のお馬鹿だが、もう女の子の名前なんて一つも思い浮かばなかったのだ。

 すると、受付嬢は

「ハイハイ、マオちゃんね。ハイ、OK!」

 そう言ってストラップをベンに渡した。

 え?

 これから殺し殺される凄惨なシーンを覚悟してたベンは肩透かしを食らい、目を真ん丸に見開いて固まる。

「早く受け取って!」

 受付嬢はキッとベンをにらみ、ベンはキツネにつままれたように呆然としながらそっとストラップを受け取った。

 正解が【魔王(まお)】とか、あの人はいったい何を考えているのだろうか? ベンは無駄に気疲れてしまった重い足取りでベネデッタの後を追った。


       ◇


 ベンは会場内に入り、コンサート会場のような観客席に座ると、

「ちょっと、魔王たち何なんですかね? 情報はしっかり伝えるのが社会人の基本じゃないんですかね?」

 と、小声でベネデッタに愚痴を言う。

「きっと名前のチェックがあるなんて思ってなかったのですわ」

 ベネデッタはなだめるように返した。

 ベンは肩をすくめ、渋い顔で首を振った。

 見回すと大きなステージに広い観客席。もう七割くらいは席が埋まっているだろうか? あの小さな教会の中がこうなっているだなんて明らかに異常である。やはり管理者権限を使った異空間なのだろう。一度閉じられたらもう教祖を倒すまで逃げられないし、助けも期待できない。

 見渡す限り全ての女の子が敵なのである。ベンは改めて強烈なアウェイにいることを感じ、胃がキリキリと痛んだ。

 そんな様子を見ながらベネデッタは、

「これが終わったら日本ですわ。大きなお屋敷を買って一緒に暮らすっていかがかしら?」

 そう言ってニコッと笑った。緊張をほぐそうとしているのだろう。

 ただ、ベネデッタがイメージしているのは離宮のような屋敷なのだろうが、日本にはそんなのは売ってない。

 建てるか? 百億で? どんな成金だろうか?

 そんなことを考えてベンは思わずクスッと笑ってしまった。

「あら、お嫌ですこと?」

 ベネデッタは口をとがらせる。

「あ、いやいや、楽しみになってきました。ベネデッタさん好みの素敵なお屋敷を建てましょう」

 ベンはニコッと笑ってそう言った。

 ベネデッタはほほを赤く染め、うなずく。

 と、その時、急に照明が落とされ、ステージの女性にスポットライトが当たった。いよいよ運命の時がやってきたのだ。









37. ヴァージナスフィメール

 ステージ上の女性は黒髪を長く伸ばし、目つきの鋭いいかにもやり手の女性だった。彼女は観客席をぐるっと睥睨(へいげい)する。そして、Vサインをした右手を高々と掲げると、

「ヴァージナスフィメール!」

 と、恐ろしい形相で叫んだ。

 ガタガタガタ!

 観客席の信者たちはいっせいに起立し、同じくVサインを掲げながら、

「ヴァージナスフィメール!」

 と叫ぶ。

 二人は焦って急いで立ち上がって真似をするが、改めてカルト宗教の意味不明な狂気に圧倒される。

「司会進行は副教祖であるわたくしヴィーナス・オーラが務めさせていただきます」

 ステージの女性はそう言って頭を下げた。

 そして、重厚なパイプオルガンが素晴らしい音色で賛美歌を演奏し始めた。信者たちはビシッと背筋を伸ばし、見事な歌声でのびやかに熱唱する。一万人が心を一つに合わせ、圧倒的な声量で会場を包んだ。

 ベンは必死に口パクで真似をするが、周囲のエネルギッシュな歌声にとてもついていけない。冷や汗を流しながらただ、歌い終わるのを待った。

 演奏が終わると、静けさが戻ってくる。それは一万人いるとは思えない静けさだった。その異常に統率の取れた信者たちにベンは背筋が寒くなる。なるほど、テロを起こすにはこのレベルの高い士気と忠誠心が要求されるのだ。それを実現した教祖とはどんな人なのだろうか? そんな教祖をこれから自分は討てるのだろうか? ドクンドクンと激しい鼓動が聞こえ、冷汗が流れていく。

 運命の時が近づいてきた。ベンは金属ベルトのボタンに手をかけ、ステージを見下ろす。

 手のひらには汗がびっしょりである。

 ブォォォォゥ。

 パイプオルガンが二曲目の演奏に入った。

 また、信者たちは熱唱を始める。

 ベンは渋い顔でベネデッタと顔を見合わせ、また口パクで演奏の終了を待った。

 結局五曲も歌が続き、ベン達は口パクだけで疲れ果ててしまう。

 また次も歌なんじゃないかとウンザリしながらステージを見ていると、副教祖がVサインを高々と掲げ、話し始める。

「皆さん、今日は我が純潔教にとって待ち焦がれた約束の日です。純潔を守り続けた我々に神が新たな世界をご用意してくれています。それには街の人々を神の元へ届けねばなりません。皆さんの手で一人ずつ、送っていきましょう! さぁ行きましょう! ヴァージナスフィメール!」

「ヴァージナスフィメール!」「ヴァージナスフィメール!」「ヴァージナスフィメール!」

 信者たちは感無量といった感じで声を張り上げた。

 なるほど、彼らは街の人を殺そうとは思っていないのだ。街の人の幸せのために神の元へ送ろうとしている。それは彼らにとっては善行なのだ。

 ベンはこんなとんでもない洗脳を行った教祖に激しい怒りを覚えた。やはり、教祖は討たねばならない、信者の彼女たちのためにも!

「それでは、我らがマザー、ヴィーナス・ラーマにご登壇いただきます!」

 副教祖がそう言うと、

「キャ――――!」「うわぁぁぁ」「ラーマ様ぁ!」

 と、会場が歓喜の渦に包まれた。

 ある者は涙をこぼし、ある者は過呼吸で今にも倒れそうである。

 その狂気ともいうべき熱狂にベンは圧倒される。この熱狂の中で教祖を討つなんて、できるのだろうか?

 しかし、やるしかない。トゥチューラのため、この星のため、そして、自分の未来のため。

 ベンは冷や汗を流しながら、ガチッと金属ベルトのボタンを押した。

 ぐふぅ……。

 何度やっても慣れない噴霧が肛門を直撃し、ベンは顔をゆがめた。

 ピロン! ピロン! ピロン! 表示は『×1000』まで一気に駆け上る。

 隣でベネデッタもボタンを押したようだ。美しい顔を苦痛にゆがめながら必死に便意に耐えている。

 やがて一人の女性がステージに現れる。

 ベンは荒い息をしながら二発目のボタンに手をかける。いよいよ教祖と対決だ。

 事前に打ち合わせしていた通り、二発目のボタンを押したらベネデッタに神聖魔法をかけてもらい、意識をしっかりとさせる。そして、飛行魔法で一気に教祖に飛びかかって右パンチで殴り倒す。教祖の意識を飛ばせばシアン様たちがやってきて全てを解決してくれる……。できるのか本当に?

 ベンは便意に耐えながら必死に何度も飛びかかるイメージを繰り返す。

 スポットライトが彼女を照らし出す。美しいブロンドの髪に鮮やかなルビー色の瞳、神々しい美貌を放つ女性だった。








38. 懐かしの教祖

 うぉぉぉぉ!

 まるで地鳴りのような歓声が会場を包んだ。

 しかし、ベンは固まり、動けなくなる。

「マ、マーラ……さん? な、なぜ……」

 そう、教祖は見まごう事なきマーラだった。勇者パーティで唯一ベンに気を配ってくれた憧れの存在。優しくて素晴らしいスキルを持っていたヒーラー。なぜこんなところで教祖なんてやっているのか?

 マーラは熱狂のるつぼと化した会場を見回し、ニッコリと笑うと、高々とVサインを掲げた。

 直後、紫の光がVサインから放たれ、会場全体に紫にキラキラ光る微粒子を振りまいた。

 信者はみなうっとりとしてその微粒子を浴び、恍惚(こうこつ)とした表情を浮かべながら立っていることができなくなり、次々とぐったりとしながら席に沈んでいった。

 ベンは腹痛に耐えながら必死に考え、ついに理由に気が付いた。マーラも四天王の魔法使いと同じだったのだ。この計画を進める上で、勇者が得た女神からの加護は危険な不確定要素だった。だからその加護内容の調査のためにパーティに加わっていたのだ。

 そんな裏があったとも知らず、ただのほほんとマーラの優しさに惹かれていた自分が情けなく、ガックリとした。

 ベンはふと周りを見て、信者が全員座っているのに気がついた。

 あっ!

 焦って座ろうとしたベンをマーラは見逃さなかった。

「べ、ベン君……」

 マーラは渋谷でとんでもない強さを見せたベンの姿を思い出し、顔をこわばらせ、焦る。

「あ、いや、これは、そのぅ……」

 ベンはこの想定外の事態に混乱した。ただでさえ腹が痛くて頭が回らないのだ、何を言ったらいいかなんてさっぱり分からない。

「男よ! 男が紛れ込んでるわ!」

 マーラはベンを指さし、必死の形相で叫んだ。

「キャ――――!」「お、男!?」「ひぃぃぃ!」

 ベンの周りから信者は逃げ出し、会場は大混乱に陥る。

「第一種非常事態を宣言します! 総員戦闘配備! アクセラレーターON!」

 マーラはVサインを高々と掲げ、叫ぶ。

 すると、信者たちは全員ローブをたくし上げ、金属ベルトのボタンを押した。

 は?

 ベンは目を疑った。

 彼女たちが押しているのは魔王の下剤噴射ガジェットだった。いったいなぜ? 何のために?

 女の子たちのお尻に次々と噴射される薬剤。それは彼女たちに言いようのない感覚を呼び覚まし、

 ふぐっ! くぉぉ! ひぐぅ!

 と、口々に声にならない声を上げた。

 直後、バタバタと倒れる女の子たち。そして、響き渡る排泄音。

 一万人の女の子たちが壮絶な排泄音をたてながら床に倒れ痙攣(けいれん)している。まさに地獄絵図だった。

 オーマイガッ!

 そのあまりの凄惨さにベンは頭を抱え、叫ぶ。

 会場内は一気に壮絶な悪臭に包まれ、まるで下水が逆流したトイレのような、息をするにもはばかられる状況になってしまった。

「ベン! お前一体何をした!」

 鼻をつまみながら鬼のような形相でマーラが叫ぶ。

 何をしたというより、『何やってんのあんたたち?』と言わせてほしいベンであった。

「死ねい!」

 マーラはそう叫ぶと金色に輝くエネルギー弾を次々と空中に浮かべ、ものすごい速さでベンに向けて撃ってきた。

 おわぁ!

 ベンはすかさず空中に飛んで逃げる。エネルギー弾はベンの座っていた椅子に次々と着弾し、激しい衝撃が会場全体を揺らす。

 もうこうなってはマーラを(たお)すしかない。ベンはベルトのボタンをガチッと押し込んだ。

 ふぐっ!

 二発目のボタンはもろ刃の剣である。

 ぐぅ、ぎゅるぎゅるぎゅ――――!

 暴れまわる腸に肛門は決壊寸前となった。

 くはぁ!

 腹を抱え、ゆらゆらと飛ぶベン。今にも落ちそうである。

 ポロン! ポロン! と『×100000』の表示が出るが、意識をすべて括約筋に奪われてもう何もできない。

 その時だった。

「ベン君! 受け取って!」

 会場の隅からベネデッタが千倍にブーストされた神聖魔法の癒しの光を放った。

 おぉ、おぉぉぉぉ……。

 ベンは空中をふわふわと漂いながら黄金色に輝く。腹痛は相変わらずではあるが、意識がはっきりしてくるのを感じた。

 それはベネデッタが必死に練習して勝ち得た千倍のスキル。ベンはその熱い思いに感謝し、グッとサムアップして見せた。そして、ステージを見下ろす。

 マーラは何やら恐ろし気な紫色の光る円盤を無数に浮かべ、鬼の形相でベンをにらんでいた。

「小僧が! まさかお前が立ちはだかるとは……。死ねぃ!」

 マーラはそう叫ぶと円盤を一斉にベンに向けて放った。

 鮮やかな紫に輝く円盤はそれぞれ複雑な軌道を描きながらベンに向けて襲いかかる。

 くぅ!

 円盤は巧みにベンを取り囲むように飛来し、ベンは忌々しそうににらんだ。

「あぁっ! ベン君!」

 悲痛なベネデッタの叫びが響き、直後、円盤はベンのあたりで大爆発を起こした。

 ズン!

 衝撃が会場を揺らし、爆煙があがる。

 いやぁぁぁ!

 ベネデッタの悲鳴が響き渡った。

「はーっはっはっは! 口ほどにもない」

 マーラが勝利を確信した時だった、マーラの真後ろにベンは現れ、腕でグッとマーラの首を締めあげた。













39. 美しき非情

 ぐほぉ!

 動けなくなるマーラ。

 ステータス十万倍の飛行魔法を持つベンにとって、目にもとまらぬ速さで移動する事くらい朝飯前だったのだ。もはやベンにとっての敵は自分の便意くらいだった。

「ま、まさかあなたが黒幕とは……。なぜこんなことをやったんですか?」

 まるでプロレス技のチョークスリーパーのように、がっちりと決めながらベンは聞いた。

「くっ! 管理者権限をなめるんじゃないわよ!」

 そう言ってマーラは自分の身体を黄金色に光らせ、何か技を使った。

 しかし、ベンは構わずに首をギュッと締め上げる。

 ぐぉぉぉぉ!

 マーラは真っ青な顔になり、たまらず、ベンの腕をタンタンタンとタップした。

 ベンはそれを見て少し緩める。

「ぐぐぐ……。あんた一般人でしょ? なぜ、私に勝てるのよ?」

「女神がね。あなたに勝てるスキルをくれたんです」

「くっ、女神か……、チクショウ……」

 マーラはガクッと力を抜き、観念したようだった。ふんわりと懐かしいマーラの匂いが立ち上ってきて、ベンは首を振り、静かにため息をついた。

「なんでこんなことをしたんですか? そんなに男が憎かったんですか?」

 ベンは腹痛に顔をゆがめながら聞いた。

「いや、別に? そりゃ変な男が次々と言いよって来るのはウザかったけど、憎む程じゃないわ。それなりに楽しくやってたしね」

 マーラは自嘲気味に言った。

「じゃあ、なぜ?」

「男を憎んでる女って多いのよ。『男のいない世界を作ろう!』って冗談半分で言ったら何だかみんなが集まってきたの。お布施もガンガン集まるしね。それで、こりゃいいやって規模を大きくしていったの」

 すると、駆けつけてきたベネデッタは、

「あなたは女性の敵ですわ!」

 と、目を三角にして怒った。

「あら、公爵令嬢。この小僧に()れちゃったの?」

「えぇ、そうよ。世界を守るために献身的に努力するお方に惚れない女などいませんわ!」

 ベネデッタはさも当たり前かのように言い切る。

 え……?

 いきなりの告白にベンはドギマギして真っ赤になった。

「ははっ! そりゃ良かったわ。勇者に比べたら……、余程まともな男だって分かってたわ」

 マーラは視線を落とす。

 ベンは咳ばらいをすると、

「黒幕が居るんだろ?」

 と、聞いた。

「ふふん。そうね、調子に乗って信者集めてたら隣の星の管理者(アドミニストレーター)が声をかけてきたの。自由にできる世界が欲しくないか? ってね」

「ボトヴィッドって奴か?」

「ふーん、女神はみんなお見通しね」

 マーラは肩をすくめた。

「証拠を出せるか?」

「証拠なら幾らでもあげるわ。私自身、やりすぎだとは思ってたのよ」

「じゃあ、今すぐ出せ」

 マーラはふぅと大きく息をつくと、

「こんな拘束された状態じゃ出せないわ。まずは離して」

 ベンはベネデッタと目を合わせる。

 するとベネデッタは、マーラの装着している金属ベルトをつかんで言った。

「変なことしたら押させていただきますわ」

「あらあら怖い事」

 マーラはおどけてそう言った。

 ベンは首を押さえていた腕を緩め、

「早く証拠を出せ!」

 と、迫った。

「はいはい、そんな焦らないで」

 マーラは首をぐるりぐるりと回し、大きく息をつくと、指先で空間を切り裂き、中に手を突っ込んだ。

 そして、何かのチップを取り出すと、ベネデッタに渡した。

 ベネデッタはニコッと笑い、

「ありがたく頂戴しますわ」

 そう言いながら、ガチッガチッと金属ベルトのボタンを連打した。

 へっ!? あっ!?

 驚く二人。

 マーラは、ふぐぅ……、という声にならない声を上げ、倒れ込む。

「うちの街を壊そうとした罪は重いんですのよ」

 そう言ってベネデッタは嬉しそうに笑った。

 その美しい笑みの後ろにある芯の強さ、情け容赦ない行動力にベンはゾッとして、この人を怒らせてはならないと心に誓った。

 マーラは壮絶な排泄音をまき散らしながら、ビクンビクンと痙攣し、目を()いて口からは泡を吹いている。もはや廃人同然だった。

 その時だった。

「あっ! 危ない!」

 ベネデッタがベンをかばうように覆いかぶさるように押し倒した。

 直後、激しい閃光が走り、何かがベネデッタの臀部を直撃した。

 ふぐぅ!

 防御力千倍のため、深刻なケガには至らなかったものの、千倍の便意にギリギリ耐えてきたベネデッタの関門が限界を超えてしまう。

 いやぁぁぁぁ! うぁぁぁ……。

 凄惨な排泄音が響き渡り、ベネデッタは意識を失ってしまった。

「ベ、ベネデッタぁぁ!」

 ベンはいきなり訪れた悲劇に呆然とする。

「グワッハッハッハ! 小僧! 好き勝手やってくれたなぁ!」

 ステージに小太りの中年男が着地する。栗色のジャケットにベストを着込み、レザーキャップをかぶってステッキをくるりと回した。
















40. ベンの覚悟

「お前は……ボトヴィッド?」

 ベンは立ち上がり、男をにらんだ。今回の黒幕、倒すべき男がついに目の前に現れたのだ。

「ふん! 小僧にまで名前を知られるとは不覚じゃ。まぁ、今すぐこの世から消してやろう」

 そう言うと、ベンの目の前にワープし、思いっきりステッキでベンの顔面を殴りつけた。

 グフッ!

 ベンはまるで暴走トラックに吹っ飛ばされたように、縦にクルクル回りながら演台を砕いて弾き飛ばし、壁に叩きつけられ、跳ね返ってゴロゴロと転がった。

 十万倍の防御力があるものの、唇が切れ、血が滴る。肛門は少し決壊し、おむつに生暖かい液体流れているのを感じる。

 くぅぅぅ……。

 ベンは苦痛に顔をゆがめよろよろと立ち上がろうとした。

「ほう、まだ生きとるのか! もういっちょ!」

 ボトヴィッドはそう言いながらベンの顎を強烈に蹴り上げた。

 ぐほぉ!

 吹き飛んだベンの身体は壁に跳ね返され、天井に当たり、ステージに叩きつけられて転がる。

 ぐおぉぉぉ……。

 脳震盪(のうしんとう)で目が回ってしまっていて身動きが取れない。

 ピュッピュッ、と肛門を突破されているのを感じ、何とか括約筋で踏ん張り続ける。

 も、漏れる……。

 ベンのステータスは十万倍。強さで言ったら上だが、ボトヴィッドは管理者にしか使えない技、ワープを繰り出してくるので分が悪い。ベンは必死に勝ち筋を探すが、便意に意識を奪われてなかなか策が浮かばない。

 ボトヴィッドは周りを見回しながら、

「さて、この空間ごと葬り去ってしまうとするか……。うんこ臭くてかなわん。ただ、こいつは……」

 そう言うと、気を失っているベネデッタのところへ行き、顎をつかむと、

「うん、上玉じゃな。この女は今晩のお楽しみに使ってやるか、グフフフ」

 と、下卑(げび)た笑いを浮かべた。

 えっ……?

 ベネデッタが穢されてしまう、そんなことはあってはならない。便意に耐えることしかできないこんな自分を、好きだと言ってくれた可憐な美少女。自分はたとえ死んでも彼女は守らねばならない。

 ブチッ! と、ベンの中で何かが切れた音がした。

 もうこの身を捨ててでも彼女を助けねばならない。

 ベンはギリッと奥歯を鳴らすと、ふんっ! と気合を入れ、うぉぉぉぉ! と雄たけびを上げながら金属ベルトのボタンを連打する。

 十万倍で勝てなければ百万倍、それでも勝てなきゃ一千万倍、勝つまで上げていってやる!

 ベンはシアンの忠告を無視し、捨て身の戦法で勝負をかけたのだった。

 ポロン! ポロン! ポロン! 『×100000000』

 ベンの身体は一億倍の異常なパワーで自然に発光し、光り輝く。

 ぐぉぉぉぉ!

 脳髄を貫く強烈な便意。それは半分人格崩壊を引き起こしながらベンを襲った。

 ブピッ! ビュッビュッ!

 肛門からは不穏な音が絶え間なく続いていたが、ベンはユラリと立ち上がる。

 もう思考は崩壊し、何も考えられなくなっていたが、ベンは無意識にボトヴィッドの方を向いた。

「なんじゃ?」

 ベンに気づいたボトヴィッドは、ステッキに光を纏わせ、パリパリと放電させると、

「この死にぞこないが!」

 と、言いながらベンの前にワープをして思いっきりステッキで顔面を殴りつける。

 地響きを伴う爆発音が響き、

 ぐわぁぁ!

 という叫び声が続いた。しかし、叫び声を上げたのはボトヴィッドの方だった。

 ステッキは砕け散り、持っていた手が裂けている。ベンは無表情でぼんやりとその様を見ていた。

「な、なんだ貴様は!」

 ボトヴィッドは苦痛に顔をゆがめながら、距離を取り、管理者権限で手を治していく。

 反撃のチャンスではあったが、ベンは壮絶な便意にとらわれていて動けない。

 ボトヴィッドは指先で空中を切り裂き、異空間につなげると、中からぼうっと青白く光る刀剣を取り出した。

「これは管理者にしか使えない名刀『デュランダル』だ。空間を切り裂き、全てを両断する決戦兵器……、コイツで一刀両断にしてやるっ!」

 ボトヴィッドはそう叫ぶと気合を込め、刀剣を黄金色に光輝かせた。二人の戦うステージはそのまばゆい光で美しく照らし出される。

「今度こそ、死ねぃ!」

 ボトヴィッドはそう叫ぶと剣を振りかぶり、ベンの前にワープすると同時に一気に振り下ろした。

 目にもとまらぬ速さでベンに迫ったデュランダルだったが、ベンは素早く手の甲で払い、パキィィィンといういい音をたてながら刀身を砕いた。

 へっ!?

 驚いたボトヴィッドだったが、次の瞬間、ベンの右ストレートが思い切り顔面にさく裂する。

 一億倍の攻撃力は管理者特権の物理攻撃無効を貫通し、顎の骨を砕きながら吹き飛ばした。

 ゴフゥ!

 クルクルと回転しながら壁に当たり、戻ってきたところを今度は鋭い蹴りで腹を打ちぬいた。

 ぐはぁ!

 再度壁にしたたかに打ちつけられ、跳ね返ってゴロゴロと転がるボトヴィッド。

 無様な姿を見せるボトヴィッドに、

「し、尻を出せ……」

 と、ベンは無表情で命令した。

「え? し、尻?」

 朦朧とするボトヴィッドは何を言われたのか分からなかった。

「これだ!」

 ベンはボトヴィッドのベルトをガシッとつかんで持ち上げ、てのひらでぼうっと青く光る魔法陣をパン! とボトヴィッドの尻に叩き込んだ。

 ぐふぅ!

 その瞬間、ベンの一億倍の便意はボトヴィッドの脳に叩き込まれ、ボトヴィッドは脳髄に流れ込んでくる強烈な便意に意識をすべて持っていかれた。

 ベンがボトヴィッドを床に転がすと、ボトヴィッドは痙攣しながら、

 ブピュッ! ビュルビュルビュル――――!

 と、激しい排泄音を響かせる。そして、ビチビチビチと釣り上げられた魚のようにヤバい動きをする。

 こうして、ベンはついにトゥチューラの星を守ることに成功したのだった。

 しかし、便意を押し付けることに成功したベンではあったが、一億倍の後遺症はベンを確実に蝕んでいた。

 片耳がキーンと激しい耳鳴りを起こし、よく聞こえないベンは耳を押さえながら顔をしかめ、よろよろとベネデッタの方へと歩く。

 鼻血をポタポタと落としながら、なんとかベネデッタの所にやってきたベン。

 そっと上半身を抱き起こし、

「だ、大丈夫?」

 と、声をかける。

 ベネデッタは薄目をそっと開き、

「終わった……んですの?」

 と、か細い声を出した。

 ベンは優しい目でベネデッタを見つめながらうなずいた。

「嬉しい……」

 ベネデッタはそう言ってベンに抱き着くと、唇に軽くキスをした。

 えっ?

 いきなりのことにベンは戸惑った。今までベネデッタには惹かれてはいたものの、精神年齢三十代の自分からしたら少女と親密になるのはどこか後ろめたかったのだ。

 しかし、自分を見て幸せそうな微笑みを浮かべるベネデッタを見て、自分の気持ちをこれ以上ごまかせない事に気が付く。

 命がけで自分を支えてくれたベネデッタ。この美しい少女といつまでもどこまでも一緒にいたい。心の奥からあふれてくるそんな想いに突き動かされて、今度は逆にベンの方から唇を重ねていく。

 ベネデッタはベンを受け入れ、二人は想いを確かめ合った。


        ◇


「きゃははは! ご苦労ちゃん!」

 シアンと魔王が現れ、死闘を繰り広げた二人をねぎらう。

「それにしても……、ひどい悪臭だ……」

 魔王は一万人の女の子たちが排泄物を垂れ流しながら痙攣している阿鼻叫喚の会場を見渡し、鼻をつまんで首を振った。

 その悪臭はまるで下水が逆流したトイレのように強烈だった。

「死闘の……証……ですよ」

 ベンはうつろな目で返す。ベンはむしろこの悪臭を誇りに感じていたのだ。

「うんうん、期待以上だったゾ」

 シアンがねぎらった時だった、

 うぅっ……。

 ベンは急にうめくと、意識を失い、ばたりと倒れ込む。

「キャ――――! ベン君!? ベンくーん!!」

 ベネデッタは必死にベンを揺らすが、ベンは壊れた人形のように何の反応も示さない。便意ブーストで焼かれてしまった脳は、ついに致命的に崩壊してしまったのだ。

「いやぁぁぁ! ベンく――――ん!」

 ベネデッタの悲痛な叫びがステージにこだましていた。


         ◇


 ピッ! ピッ! ピッ!

 電子音がベンの意識に流れこんでくる。

 う……?

 ベンはゆっくりと目を覚ました。見上げるとモスグリーンのカーテンに囲まれた清潔な白い天井が目に入ってくる。

 あれ?

 横を見るとベッドサイドモニタに心電図が表示され、心拍を打つたびにピッ! ピッ! と、音を立てている。

 は?

 ベンはゆっくりと起き上がって違和感に襲われる。なんだか体がずっしりと重いのだ。

「ど、どうしちゃったんだ? ベ、ベネデッタは?」

 その時、カーテンが開いて声がした。

「へっ!?」

 驚く声の方向を見ると、看護師が目を丸くして口を手で押さえている。

 ベンは一体どういうことか分からずただ、ぼーっと看護師を見つめた。

「め、目が覚めたんですか?」

 看護師はありえないことのように聞いてくる。

「え、えぇ……。僕はどの位寝ていたんですか?」

「もう、三年になります」

「三年!?」

 ベンは何が何だか分からず、辺りを見回す。

 すると、カーテンの向こうに洗面台があって鏡があるのに気付いた。

 んん?

 そして、身を乗り出してのぞくと、そこに映っていたのはアラサーの中年男だった。

 はぁっ!?

 ベンは急いでベッドを飛び降り、ふらふらとよろけながら洗面所に歩く。

 急いでのぞきこんだ鏡に映っていたのは、まぎれもない転生前の疲れ切った中年男だったのだ。あの十三歳の可愛い男の子ではもうなかった。

「こ、これは……」

 ベンは言葉を失う。

 シアンに転生させてもらって便意我慢してついに黒幕を倒したのだ。ボトヴィッドの尻を叩いた時の右手の感触は今もありありと思いだせるし、ベネデッタと交わしたキスの舌触りも生々しく残っている。なのになぜ?

 ベンは真っ青になってただ、鏡の中のさえない中年男の顔を見つめていた。

「至急ご両親に連絡しますね」

 看護師はそう言ってパタパタと速足で出ていった。

 ベンは急いで天井に向かって叫んだ。

「シアン様――――! シアン様、お願いです、出てきてください!」

 しかし、病室にはただ静けさが広がるばかり。

「えっ!? なんで、なんで! シアン様ぁぁぁ」

 あれほど望んでいた日本行き、でもこれじゃないのだ。ベネデッタのいない日本に帰ってきて何の意味があるのだろうか?

 ベンはベッドにバタリと崩れ落ち、呆然とただ天井の模様を眺めていた。






42. ピンクの小粒

「いやー、本当に良かった!」

 ベンの父親が肩を叩きながら涙を浮かべてベンを見ながら言った。母親はハンカチを目に当てて肩を揺らしている。

 久しぶりの両親はすっかりと老けてしまって、白髪も目立つようになり、三年の時の重さを感じさせる。

「パパもママも……、ありがとう」

 ベンは引きつった笑顔で返した。

 翌日退院となったベンは父親の運転で実家へと戻っていく。

 過労死で倒れて一回は止まった心臓だったが、必死の救命作業で一命はとりとめていたらしい。しかし、植物状態で三年間寝たきりだったそうだ。

 ベンは車窓を流れる懐かしい風景を見ながら、ぼんやりとトゥチューラの街並みを思い出していた。

「ベネデッタ、どうしてるかな……?」

 ベンはそうつぶやき、自然と湧いてきた涙をポロリとこぼした。

 あ、あれ?

 ベンはあわてて手のひらで涙をぬぐう。自分がこんなにもベネデッタを欲していた事に気が付き、うなだれ、後部座席で隠れるようにハンカチを涙で濡らした。


       ◇


 懐かしい実家の玄関をくぐると、温かい生活の匂いがした。それはベンがずっと親しんでいた香りだった。でも、今はそれを素直に喜べない。

 テーブルについたベンは、お茶を飲みながらダイニングをキョロキョロと見渡した。子供の頃から使っている少し欠けたマグカップ、冷蔵庫に貼られた癖のある字の予定表、全てが懐かしかったが、ベンの胸にはぽっかりと穴が開いていた。

「おい、何か欲しいものはないか?」

 暗い表情をしているベンに、父親は気を使って聞いてくる。

「欲しい……もの?」

 ベンは目をつぶって考える。欲しいもの……、欲しいもの……、でも思い出されるのはベネデッタの温かい優しさだけだった。

 ベンはガックリとうなだれ、ポタポタと涙をこぼす。

「お、おい、どうしたんだ? どこか具合でも悪いのか?」

 父親は心配そうに言う。

 ベンはしばらく動けなかったが、ふと、あることに気が付いた。

「もしかして……」

 ベンはガバっと顔を上げると、バタバタと救急箱のところへ急いだ。

 救急箱を開け、包帯やら解熱剤やらを放り出し、下剤の箱を取り出すとピンクの錠剤をプチプチプチとたくさん手のひらに出していった。

「おい、お前、下剤で何をするんだ? 便秘か?」

 心配する父親をそのままに、ベンは一気に錠剤を飲みこんだ。

「お前! そんな量飲みすぎだ! 何やってるんだよぉ!」

 そう叫ぶ父親に、ベンはニコッと笑ってみせる。

 ベンにはもう便意にすがるしかなかった。シアンを呼んでも出てこない以上、トゥチューラへの道は閉ざされてしまっている。これで何も起こらなかったらトゥチューラでの日々はただの夢と同じなのだ。

 父親は頭を抱え、頭が壊れてしまったらしい息子の将来を憂えた。

 ベンはそんな父親には申し訳ないと思いながら、便意をただ静かに待つ。

 あの世界とつながっているなら、青いウインドウが開くはずだ。異世界は絶対に夢なんかじゃない。自分が便意と戦い、トゥチューラを守り抜いた栄光は妄想なんかじゃないのだ。

 やがて、ベンの胃腸がうねり始める。

 ぐぅーー、ぎゅるぎゅる……。

「来たぞ! 来たぞ!」

 便意が高まる事を喜ぶベンを、父親は眉をひそめ、心配そうに見つめる。

 ベンは手を組み、祈りながらその瞬間を待つ。

 来い、来い、来い、来い……。

 うっ……、漏れる……、漏れる……。

 その時、脳内に電子音が響き渡った。

 ピロン! ピロン! ピロン! 『×1000』

「キタ――――!」

 ベンは絶叫した。

 そう、夢じゃなかったのだ。トゥチューラは本当にあったんだ!

 ベンは強烈な便意にお腹を押さえながらも歓喜に包まれた。

「お、お前、病院へ行こう! いい精神病院を知ってるんだ」

 父親はベンがついに狂ってしまったと思い、オロオロしながら言う。

「ふふっ、大丈夫だよ。ほら見て!」

 そういうと、ベンは飛行魔法でふわりと浮かび上がった。

「はっ!? お、お前、なんだこれは!?」

 いきなり超能力を使うベンに父親は唖然とする。寝たきりからようやく復帰したと思ったら下剤をがぶ飲みして宙に浮いている。父親の頭はパンクし、呆然とただベンを見ていた。

『来て……』

 その時、かすかに誰かの声がベンの脳に響いた。

「えっ!?」

 それはベネデッタの声に聞こえた。

「ねぇ、どこ? どこにいるの?」

 ベンは辺りをキョロキョロと見まわした。

 しかし、声はそれっきり聞こえない。

 くっ!

 ベンは窓から飛び出し、一気に高度を上げていく。

 父親は驚愕し、空高く小さくなっていく息子をただ呆然と見つめていた。


 ベンは住宅地からぐんぐんと高度を上げ、あたりを見まわす。

 声は確かこっちの方向から聞こえたはず……。

 ベンは海の方をジッと見つめた。

 白い雲がぽっかりと浮かぶ澄み通る青空のもと、港湾施設のクレーンの向こうにはキラキラと水面が光って見える。

 すると、向こうの方に不思議な動きをしているものが飛んでいることに気が付いた。

 え?

 その動きは飛行機でもなくヘリコプターでもなく、独特な飛び方をしている。あんな飛び方をするものをベンは一つしか知らなかった。
















43. 限りなくにぎやかな未来

「あれだ!」

 ベンはその物体目指し、全速力で飛ぶ。

 やがて見えてきたのは大きなじゅうたんだった。乗っているのは、金髪の女の子と青い髪の女の子……。

 ベンは思わず熱くなる目頭を押さえ、大声で叫んだ。

「ベネデッタ――――!!」

 金髪の美しい女の子がこちらを見ているが、青い髪の子は寝そべってあくびをしているようだ。

 それはまぎれもないベネデッタとシアンだった。東京にやってきていたのだ。

 ベンは満面に笑みを浮かべ、全速力で風を切って飛ぶ。

 だが、ここでふと自分の姿を思い出す。自分はもうアラサーの中年男なのだ。十三歳の可愛い子供ではもうない。明らかに不審者だった。

 マズい……。

 ベンは急停止し、うなだれる。こんな姿の自分がベネデッタの前に出ていっていいのだろうか?

 どんどん近づいてくるじゅうたん。もう美しいベネデッタの表情まで見て取れる。そう、あの美しい少女と一緒に世界を守ったのだ。でも、どうする?

 ベンはギュッと目をつぶり、ギリッと奥歯を鳴らした。

 失望されたくない……。

 あのベネデッタの優しいまなざしは少年ベンに向けられたものであって、こんなムサい中年のオッサンにではない。例え中身は一緒だと言っても、きっとガッカリされ、疎まれる。

 社畜時代に散々女子社員から向けられていたあの冷徹な視線。それをベネデッタにされたらもう二度と立ち直れない。

 ベンは手がブルブルと震え、冷や汗が浮かんできた。

 に、逃げよう……。

 ベンはくるっと後ろを向く。

 しかし、逃げてどうするのか? また、社畜時代みたいに心に蓋をして他者とのかかわりを避けて生きるのか?

 くぅっ!

 ベンはギュッとこぶしを握る。

 もう自分にはベネデッタ無しの未来なんて考えられなかった。二人で命がけで手に入れたはずの未来、それを捨てる事なんてできない。

 これが真実の姿なのだ。今さら取り繕っても仕方ない。これで嫌われたらそれまで。それにもう辛い苦しみを耐えることは便意で死ぬほどやってきたのだ。

 ベンは覚悟を決めると静かに近づき、じゅうたんの上にそっと着地した。

 案の定、ベネデッタは後ずさりし、おびえながら身構える。

 風がビュウと吹き、ベネデッタのブロンドの髪をバタバタとはためかせた。

 ベンは大きく息をつくと、しっかりとベネデッタを見つめる。そして、ニコッと笑顔を見せて言った。

「ベネデッタ……、僕だよ」

 え?

 凍りつくベネデッタ。

 いきなり知らない中年男に『僕だよ』と、言われても恐怖しかないだろう。

 しかし、中年男のまっすぐな瞳には、ベネデッタに対する底抜けの愛情が映っていた。ベネデッタにとってその瞳は、最期に見せたベンのまなざしそのものだったのだ。

 やがてベネデッタは目に涙を浮かべ、首をゆっくりと振ると、

「ベンくーん!」

 と言って抱き着いてきた。

 十三歳のベンには大きかったベネデッタであったが、今は小さなか弱い女の子である。

 ベンはギュッと抱きしめ、立ち上ってくる甘く華やかな愛しい香りに包まれ、美しいブロンドに頬ずりをする。

 逃げずに踏ん張って手に入れた未来。ベンは今度こそ幸せになる、この娘と一緒に楽しく胸躍る人生を築くのだと固く心に誓った。


      ◇


「スキルの副作用でさぁ、ベン君死んじゃったんだよ。ふぁ~あ」

 シアンは伸びをしながら言う。

「し、死んだ?」

「百万倍以上出しちゃダメって言ってたじゃん。一億はやりすぎたね」

 シアンは肩をすくめ、首を振る。

「それで、昔の身体に戻したんですか」

「そうそう。はいこれ、百億円」

 シアンはそう言って貯金通帳をベンに手渡した。

 中を見ると『¥10,000,000,000』と、十一桁の数字が並んでいる。

「え……? マジ……? ウヒョ――――! やったぁ!」

 ベンはガッツポーズを決め、激闘の賞金を高々と掲げた。

「じゃあ、楽しく暮らしておくれ。僕はこれで……」

 シアンはそう言ってウインクをすると、ピョンと飛びあがり、ドン! と衝撃波を発しながら飛行機雲を残し、宇宙へとすっ飛んでいった。

「ベン君の本当の姿はこういう姿でしたのね」

 ベネデッタはちょっともじもじしながら言った。

「あはは、幻滅した?」

 すると、ベネデッタはそっとベンに近づき、

「その逆ですわ。私、おじさまの方が好みなんですの」

 そう言ってニコッと笑う。

 ベンは優しくベネデッタの髪をなで、引き寄せた。

 そして、優しく抱擁(ほうよう)をする。愛しいベネデッタの体温がじんわりと伝わってきた。

 目を合わせると、(あお)くうるんだ瞳にはおねだりの色が見えた。

 ベンはゆっくりと近づき、ベネデッタは目をつぶる。

 ぐぅ~、ぎゅるぎゅるぎゅ――――!

 最高の瞬間に、ベンの腸が激しく波打った。

 おぅふ……。

 ベンは腰が引け、下腹部に手を当てる。

「ご、ごめん、トイレ行かなきゃ」

 ベンは脂汗を浮かべながら、顔を歪める。

「あらあら、大変ですわ!」

 ベネデッタは急いで神聖魔法をかけ、トイレ探しに急いで東京の空を飛んだ。

「あぁ……、漏れる! 漏れちゃうぅぅ!」

 ベンはピンクの小粒を飲みすぎたことを後悔しながら、前かがみでピョンピョン飛ぶ。

「もうちょっと、もうちょっと我慢なさって!」

「ゴメン! ダメ! もう限界ぃぃぃぃ!」

「あぁっ! ダメ! じゅうたんの上はダメ――――! いやぁぁぁぁ!」

 ベネデッタの悲痛な叫びが響き渡った――――。


 こうしてにぎやかな二人の東京暮らしが始まった。

 二人の新居には度々シアンが出没し、騒動を起こすことになるのだが……、それはまた別の機会に。





登場人物インタビュー

作者「はい! みなさん、最後までお読みいただき、ありがとうございました!」
ベン「ありがとうございました」
ベネデッタ「ありがとうですわ」
作者「えー、最初はどうなることかと思ったこのネタ小説、無事に最後まで行けてホッとしております!」
ベン「いや、ちょっと、この設定ひどすぎなんですけど?」
ベネデッタ「本当ですわ!」
作者「ごめんなさいね。でもエッジの効いたことやらないと生き残れない世界なので……」
ベン「いやもっと別のネタにしましょうよ」
作者「例えば?」
ベン「えっ? キ、キスすると強くなるとか……」
ベネデッタ「あら、どなたとキスするおつもりなんですの?」
 ベネデッタは鋭い視線でベンを見る。

ベン「も、もちろんハニーとだよ」
 ベンはにやけた顔でベネデッタを引き寄せる。

ベネデッタ「うふふっ」
作者「はいはい、お惚気はそのくらいで……。でもキスはいいですね」
ベン「便意よりは綺麗になりますよ、絶対!」
作者「ふむふむ、では次はキスを検討しましょうかねぇ」
ベン「えっ!? 採用ですか? やった!」
作者「まだ候補ですけどね」
ベン「採用したら出してくださいよ」
ベネデッタ「わたくしもぜひ」
作者「えー、あー、うーん。まぁモブでね」
ベン「モブー?」
ベネデッタ「え――――」
作者「前作のヒロインとかもこの作品に出たりしているので、これからも出るチャンスはいくらでもありますよ」
ベン「うーん、なるべく多く出してくださいよ」
ベネデッタ「わたくしもですわ」
作者「まぁ、頭の片隅に置いておきます」
 汗をかく作者。

ベン「結局シアンさんって何者だったんですか?」
ベネデッタ「そう、あたくしも気になってますの」
作者「あれはAIですね」
ベン「へ? AI?」
作者「七年前に東京の田町で開発されたAIなんですよ」
ベン「……。なんで女神なんてやってるんですか?」
作者「この世界って情報でできてるじゃないですか」
ベン「あー、そうですね」
作者「となると、より高速に正確に情報を処理できる存在の方が強くなるんですよね」
ベン「うーん、まぁ、そう言うこともあるかもしれませんね」
作者「で、そのAIが滅茶苦茶高性能で全知全能に近づいたって事かな?」
ベン「それで女神枠……。まぁ確かにちょっとあの破天荒具合は人間離れしてますよね」
ベネデッタ「確かに過激ですわ」
作者「ははは、もう私の小説ほぼ全篇に出てきてあんな調子なんですよね」
 肩をすくめる作者。
ベン「え? そんなに?」
作者「なんなら処女作の一番最初に出てきたキャラが彼女ですからね」
ベン「最初から特別なんですね」
ベネデッタ「すごーい」
作者「自分ではそんな重用するようなキャラじゃないと思ってたんですが、蓋開けてみたら便利に使ってますね」
シアン「そう、僕は便利なんだぞ! きゃははは!」
作者「噂をすれば影……」
シアン「ふふーん、実は作者の脳は僕がいじってるのだ」
作者「は?」
シアン「作品考えているときに裏から『ここで、シアン』『ここでも、シアン』って深層心理に訴えかけてるんだゾ」
 ニヤッと笑うシアン。

作者「な、なんだってー!」
シアン「クフフフ。『次作もシアン』『次作もシアン』」
作者「まさかそんなことをやられていたとは……」
シアン「頼んだよ! それじゃっ!」
 ピョンと飛びあがり、ドン! と衝撃波を放ちながらすっ飛んでいくシアン。

作者「……」
 小さくなっていくシアンを見つめる作者。

ベン「もしかして、シアンさんを次作に出すんですか?」
作者「わかんない」
ベネデッタ「出さないとはおっしゃらないんですのね」
作者「自分で自分のことが分からなくなってきたぞ。本気で操られている可能性が微レ存……」
ベン「じゃあ、そろそろ新キャラを作ったらいいじゃないですか」
ベネデッタ「そうですわ。新キャラ、新キャラ」
作者「うーん、シアンは強烈だから似たようなの作ってもシアンのコピーになっちゃうんですよね」
ベン「もっと強烈なの考えたらいいじゃないですか」
作者「もっと強烈……って?」
ベン「見た人を石にしちゃうような……」
ベネデッタ「それはメデューサですわ」
作者「簡単にキャラ殺されちゃったら物語が続かないので……」
ベン「うーん、見境なくキスしまくるキス魔の女神は?」
作者「わはは、面白いけどストーリーに落としにくいなぁ」
ベネデッタ「目隠ししてるとかはどうですの?」
作者「あー、最近流行ってますね。ちょっともう遅いかなぁ」
ベン「健気(けなげ)な女神はどうですか?」
作者「健気?」
ベン「献身的だけど弱いとか」
ベネデッタ「シアンさんと逆ですね」
作者「あー、真逆キャラねぇ……うーん」
ベン「難しいですか?」
作者「そのままじゃダメだなぁ。まあいいや、また何か考えてみましょう」
ベン「頑張ってください」
作者「さて、そろそろお時間ですが、読者の方に一言お願いします」
ベン「皆さん、応援してくれてありがとうです。今はハニーと幸せに暮らしています。また、機会がありましたら読んでみてくださいねっ!」
ベネデッタ「なにかもう少しエッジの立ったことできればよかったのですが、申し訳ないです。シアンさんみたいになれるように頑張りますわ。今後ともよろしくお願いいたします」
作者「いや、シアン真似しなくていいよ」
 苦笑する作者。

作者「それではまた、次作でお会いしましょう!」
ベン「ありがとうございました!」
ベネデッタ「感謝いたしますわ」

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