私は渡り廊下を渡って、棟を移った。

 部室棟の一階、廊下の突き当りに私の所属していた部の部室がある。

懐かしく思いながら、廊下から中を少しだけ覗いた。

中央の円卓。

奥の、一番乗りの部員が開ける決まりの窓。

その決まりは、今も変わっていないのだろうか。

そう思いながら、当時の放課後を鮮明に思い出した。


 HR教室を見て、当時の授業を思い出す。

遠足や修学旅行、受験など学年特有の思い出も蘇った。


 HR棟の四階は最上階で、廊下の窓からは校内の敷地が見渡せる。


 私は廊下を歩きながら、窓から体育館やグラウンドを見て学校祭を思い出した。


 懐かしい記憶に思いを馳せていると、部室棟との間の中庭にある桜の気が目についた。

三月独特の膨らんだ蕾で、枝に色が付いている。

その木の下には人影。

「青春だなぁ」

昔も今も、告白スポットは変わっていないらしい。

校内を歩きながら私は、変わってしまったものに翻弄されていた。

例えば、先ほど挨拶をした校長先生は私の在学時の教頭先生だった人だ。

自分も明日からは生徒でも卒業生でもなく、教師へと立場を変える。

そんな中で、変わらない校内配置や鳴上先生の白衣は、変わることへの不安を和らげてくれた。


 そのまま中庭に目を凝らしていると、人影は明るい色の髪をポニーテールにした女子のようだ。

そこへ、黒髪の男子がやって来た。

女子よりも大分身長が高い。

微笑ましく思って、その様子をしばらく眺めていた。


 ――好きと似ている。


 中庭の二人を見ながら、私はふとそんなことを思った。


 あまりにもしっくりと来たので、危うく声に出してしまいそうだった。


 ――今日一日……。


 懐かしい母校を眺めながら、寂しくなった。

久々に会った恩師にも少々疑心暗鬼になる。


 本当に、先生は私のことを覚えていたのだろうか。


 久しいと、思ってくれたのだろうか。


 生徒が先生を覚えるより、先生が覚える生徒の数の方が膨大だ。

私が来年度から仕事仲間になるとわかって、調べただけの可能性だってある。


 そんな考えと、そんな考え方の自分に虚しくなった。


 好きは似ている。

記憶、思い出と共にある「覚えていて欲しい」という想いに。


 積もり積もって、相手より「自分の方が好きだ」と言いたくなる。

思い始める。


 ――比べる物では無いけれど。


 比べてしまう。競ってしまう。

自分の方が大きいと思うその想い。

 
 比べる方法も無いのに――でも、比べられたとして。


 自分より相手の想いが大きいと、嬉しくなる。


 覚えていて欲しかった。自分よりも、強く。


 かけがえが無いと――大切だと、思っていて欲しかった。


 共有した時間、共通の思い出。


 その時、ポケットの携帯が振動した。


 取り出した画面には、黒田幸平(くろだゆきひら)という高校時代の後輩の名前。

「もしもし?」

「お久し振りです、先輩。黒田です」

私は、うんと返す。

そして、今さっきまでのネガティブ思考のせいで、お久し振りですという挨拶に胸が痛む。

「先輩、僕のこと覚えてます?」

勿論だ。文芸部の一つ下の後輩。

しっかり者で、私の次の部長だった。