「発作がいつ起きてもおかしくない状況です。最悪の場合も考えておいてください」
担当医に告げられ、集中治療室に入って二日が経つ。高嶺先輩は未だ眠ったままだった。壁を隔てた向こう側で、高嶺先輩のご両親は祈るように目を覚ますのを待ち続けている。
倒れたあの日、私もその場にいて回復を待っていたが、香椎先輩に「もう遅いから」と先に帰らされた。ただ祈ることしかできない今、私はこの場に不要だと自覚する反面、このどうしようもない空気から逃れたいと思ってしまったのを見透かされたような気がした。
翌朝になって「容態は安定してきているが油断できない」と香椎先輩の淡々としたメッセージを受けて、夏の蒸し暑さも一瞬で引いた。震える手で返信はできなくて、結局二日経った今も既読スルーしたままだ。
「佐知、今日はでかけるの?」
キッチンで洗い物をしていた母に聞かれ、私は「うん」と短く答える。一度気持ちを整理したほうがいいと、香椎先輩から休むように言われ、アルバイトも店長にしばらくは部活優先にしたいと相談してシフトを休日に入れるよう調整してもらっていることもあって、何も予定のない日は久しぶりだった。といっても、課題をいつもより多くこなして、庭先に咲いた花や遠くに見える風景をスケッチしていれば、一日はあっという間に終わった。なるべく絵から離れようとしていたけど、寝る前に振り返れば、いつもと変わらなかったことに気付いた。
「そう、あまり無理しないでね」
「……ありがとう」
私の両親には先輩たちの病気のことはふせて、最後の部活になるかもしれないから全力でやり遂げたい旨を伝えた。何か言われるかと覚悟していたが、あっさりと承諾されてこっちが拍子抜けしたくらいだ。困惑する私に、二人はそろって「高校受験の時を思い出した」と笑っていた。言われてみれば、二人の前で自分のしたいことを口にしたことがあまりなかった気がする。それが私には首を傾げることでも、両親からしてみたら成長したのだという。
そう、人は変われるのだ。やるべきことが決まっているのなら、自ら変わるべきなのだ。
――決まっていれば、の話だけど。
外に出た途端、全身に生温い風が体にまとわりつく。朝にも関わらず日差しが照らすコンクリートはじりじりと陽炎が揺れている。今日も暑い日になりそうだった。