『この星で、最後の愛を語る。』~The Phantom World War~

 一足遅れてレイがその姿を見て思わず噴き出した、しかしアデルの動きがピタっと止まると一同は焦ってアデルの元へと近寄り数人がかりでアデルを引き抜いた。まるで畑から野菜を引き抜くように。

「大丈夫か?」

 魚の様に口を開閉させて何かを言わんとしてるのはガズルには分かった。きっとその他のメンバーにも伝わっているものだと。しかしアデルは何も言葉を発しなかった。未だに体を痙攣させて何かを訴えようとしているだけだった。それを察してガズルは右手でアデルの腹部を一発殴った。

「ぷはっ!」

 口から少量の泥が吐き出される、もがいている途中で息苦しくなり口を開けてしまったのだろう。その時に泥が流れ込み喉を詰まらせていたと推測する。それを瞬時に理解したガズルの鋭さにはレイ達も舌を巻く気持ちだ。長年アデルと一緒に居たガズルだからこそ分かる事なのかもしれない。

「助かったぜガズル、流石俺の右腕――」

 そこまで言ってアデルはもう一度苦悶の表情を浮かべる、彼の腹部にはもう一度ガズルの拳が突き刺さっていた。

「右腕は過去の話だ、今は親友(ダチ)と呼べって言ってんだろ」

 照れくさそうにそう言った。


「じゃぁ、始めるよ」

 全員がグランレイクの泉の手前に集まるとレイはエーテルを練りだした。次第に足元から冷気が流れ出すとそれが一気に辺りを凍り付かせていく。目を閉じて集中すると泉が見る見るうちに凍り付いていく。氷雪剣聖結界(ヴォーパルインストール)で体内のエーテルをさらに飛躍的に増幅させると右手に集中させる。

絶対零度(アブソリュート・ゼロ)

 グランレイクに右手を入れるとそこからまっすぐに氷が伸びていく。レイの体からはこの時期では味わえないほどの冷気を感じさせてくれる、それ程の法術であった。
 後ろで見ていたミラはその技に思わず目を疑ってしまった、まさか自分よりこれ程の法術を使える人間が居るのかと目を丸くして驚いた。
 ミラ以上にミトも驚いた、自分から出した案ではあったが本当に実現するとは思わなかったからだ。失敗すれば三キロ程度泳いで渡れば良いと考えて居た彼女は今目の前で起きている事象に開いた口が塞がらない。それを横目にギズーとガズルが見慣れた光景だと多少なり呆れている。

「相変わらずだな剣聖結界(インストール)ってのは」

 ガズルが口笛を吹いて呟いた、左手にはアデルの足が握られている。先ほどの一発で気絶しているアデルを。

「グランレイク全体を氷漬けなんてのは無茶だが、五メートル程の幅なら対岸までたどり着くだろうさ。これまでのレイの法術からすれば多分行けるさ」

 同じく目の前で起きている異常な光景にギズーもそう確信していた、これも一会に普段の努力の賜物である。先の事件よりレイは普段より常にエーテルをコントロールする事に力を入れていた。この暑い夏ですら常に冷気を放出し外気温を調節、さらには体温調整までやってのける程の法術使いに成長していたのだ。変わって剣の腕は現状アデルの方が一枚上手ではあるが。

 次第にレイの体から冷気が薄れつつあることを一同は感じる。エーテル切れを起こす寸前まで絞り出しているレイの表情に初めて苦悶が見えた。今まで法術を使ってこれ程消耗したことは無い、先の事件ですらここまでの消費は無かった。それほど異常な作業であることをレイ以外の全員が感じていた。特にガズルとギズーは。

「――ここまでかな、きっと対岸まで届いてない。これ以上は僕のエーテルが持たないよ」
「十分だ、対岸まで届いてなくてもある程度までは行ってるだろうさ。確認してみるか」

 ゆっくりと立ち上がるレイの体はふらついていた、すぐさまギズーがレイの体を支えて肩を貸した。次にガズルが確認をすると言ってレイ達の前へと歩いていく。氷の上に立つとしっかり固まっていることを確認して。

「そぉぉら! 行ってこい!」

 アデルを投げ飛ばした。
 何度か氷にバウンドした後ツルツルと滑っていくアデルは勢いを殺さずにどんどんと先に進んでいく。それを確認したガズルが皆の後ろにある丸太を担いで氷の上に置く。それに彼等は二人ずつ乗っかるとガズルが右足に重力球を作り出して思いっきり蹴り飛ばす。

「まず一発目!」

 最初に乗り込んだのはミラとファリックだ。蹴り飛ばされた丸太は氷の上を凄まじいスピードで滑っていく、乗っている二人は最初こそ恐怖を感じたが次第に楽しくなってきたのか丸太の上ではしゃぎ出す。

「――ったく、遊んでるんじゃねぇっての。次、ギズーとレイ」

 因みにこの丸太だが、グランレイクの周辺に生えている木をレイが伐採したものである。初めは何に使うのかと思っていたレイだが、目の前を滑っていく丸太を見て顔を青ざめた。

「ね、ねぇギズー。僕は走っていくから大丈夫だよ?」
「あ? 今にも倒れそうになるまで消耗したお前がそんな事出来る訳ねぇだろ? ほら、さっさと乗った!」
「いやいやいや、それでも僕は――」

 全てを言い切る前にギズーが無理やり丸太に座らせる、そして自分もレイの後ろに座るとガズルに合図を送った。

「いいぞ、やってくれ」
「ちょっと!? ギズー! 待って降ろし――」

 また全てを言い終える前にガズルが二人の乗る丸太を蹴り飛ばした。先ほどと同様に勢いよく氷の上を滑っていく。流石に二台もあの威力で蹴り飛ばしているとなると氷に僅かながらヒビが入り始める。きっと次の丸太でこの氷は割れるだろうとガズルは推測する。

「それで、私達はどうやって行くの?」

 最後にガズルと二人になったミトは腕を組んで疑問を口にした、これまでは丸太をガズルが蹴り飛ばして進んでいたのだが、二人が乗るとなるとどの様に進むのかと想像できないでいた。

「お前と二人ってのが気に入らねぇが、まぁ見てろ」

 最後の丸太を氷の上に置く、ミトが首を傾げながら丸太に座るとガズルがロープを投げてきた。

「それを丸太に結んでくれ、そしたら合図をくれれば良い」

 言われるがままにロープを丸太に括り付けてきつく結んだ。
 同時に結んだことをガズルに告げると歯を食いしばって丸太を見つめる。この時点でミトはまさかと思っていただろう、渡されたロープの先はガズルが握っている。いや、流石にそんな事はしないだろうと。

「行くぞぉ!」

 ミトの予想は的中した、躊躇なく丸太を蹴り飛ばすと体にグンと加速が掛かる。それと同時に丸太が氷の上を滑り出してガズルの握るロープのたるみが無くなってピーンと張り詰めた。同時にガズルの体が宙に浮く、いや、正しくは引っ張られて放り出されたというのが正しい。

「あんた本当に馬鹿ね!」
「だって手っ取り早くやるならこうするのが早いだろう!」

 そんなやり取りをしている間にガズルの体が落ちてくる。ミトは顔と一緒に目線も動いてガズルにそれを知らせようとするが、ガズルはロープにしがみつくので精一杯のようだった。自分でもどんどん落下していることは気づいているが現状の態勢ではこのまま氷に激突し、引きずられる事も脳裏をよぎった。だが現実はその通りに動く。

「っ!」

 腹から落下し右手でロープを何とかつかみズルズルと引きずられる結果となる。ミトは絶句しながらもあまりにも予想通りの落ち方と悶絶に笑いが出てしまう。ガズルには申し訳ないと思いながらもどんどん笑いが込み上げ、止まらなくなる。

「ぷ……あはははははははは! お腹痛いっ」

 よく腹筋が崩壊すると聞くがきっとこの事なのか、笑い声がガズルの耳元に届くと自分が置かれている状況の恥ずかしさと強打した痛さが同時に彼を責め立てる。だが彼の不運はまだ終わらない。

「いてぇっ!」

 もう一度ガズルに衝撃が襲う。体に重しがかかったような感覚を覚えるとロープを握る右腕に激痛が走った。それと同時に右足首に違和感を感じた。

「ガーズールー――!」

 一番先に投げ飛ばしたアデルがガズルの右足をつかんでいた。
 滑っている途中で目を覚ました彼は現状を把握するためにつるつると滑る氷の上で何とか立ち上がり、周囲を見渡している最中。ミラとファリックが乗った丸太に轢かれる。
 ふわりと宙に弾き飛ばされたアデルはもう一度氷に真っ逆さまに落ちる。ふらつきながらも頭を右手で抑えて立ち上がるが、レイとギズーが乗った丸太に再び轢かれる。

 三度宙に浮き、顔から落ちた。そして最後の二人が乗った丸太が近づいてくるのが見えると今度は――三度轢かれる。だが今度は丸太が激突する衝撃に耐えて見せた。先頭にしがみつくが二度轢かれたダメージが思いのほか大きく直ぐに力尽きる。徐々に丸太の重心からズレ始めるとついに投げ出される。
 彼はこの時こう思った。「俺が一体何をしたんだ」と。一度走馬燈が彼の脳裏をよぎり目に映る全てのものがスローモーションで流れるのを彼は感じた。同時に目の前でガズルが泣きそうな顔をしてロープにしがみ付いてるのが見えた。
 意識が朦朧とし始める中、ガズルの姿をとらえたアデルは最後の力を振り絞って手を伸ばす。そして奇跡的にもガズルの右足を掴むことに成功した。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ! 出たぁぁぁぁぁ!」

 ガズルは見た、真っ黒で顔中血だらけのお化けを。それが自身の親友であり、これまで幾多の山場を共に乗り越えてきた仲間だと気づいたのは、対岸に到着した時だった。

 照りつける日差しが容赦なく旅人の体力を奪う、砂漠と荒野の中間に位置する唯一のオアシスであり、旅人の拠点としても使われる小さな酒場町(ケープバレー)は今日も多くの旅人を受け入れていた。
 一年前、この地で暴れていた盗賊団は三人の少年により全滅させられた。それ以来この地を騒がせる荒くれ者はいなくなり本当の意味でのオアシスとなっていた。この辺りは帝国の手も薄く騒がしい日常という物は一ヵ月に一日あるかどうかとなっていた。その一番の功績者が現在の剣聖レイ・フォワードである。

 彼が剣聖の称号をカルナックより受け継いだ一報はこの町にも届いてた。それはそれは大々的に祝われたそうだ、またそれと同時に世界各地へと報道された反帝国組織の結成、これもまたこの町にも轟いている。彼等は自分たちが思っているほど以上に世界にその名を行き渡らせていた。
 これには当の本人たちも驚いていただろう、何せ彼らは自分たちがやりたいようにやっているだけで、決して世界平和の為と言う訳ではなかった。強いて言うのであれば帝国の思い通りに事が進むことが何より気に入らなかった。ただそれだけだったのだ。

 それが今では世界中の救世主のような扱いをされている地域さえある。それは中央大陸南部の貿易都市、そして彼らの拠点であるメリアタウンである。
 そして、当然のように帝国からは危険人物としてリストアップされている。これは言うまでもないだろう。
 半年前に帝国の主力部隊でもあった特殊部隊を壊滅、当時の剣帝序列筆頭のレイヴン・イフリートとその上官であり、先代の剣聖カルナック・コンチェルトの友人兼ライバルであったエレヴァファル・アグリメントの両名を失う事となった。それは帝国の戦力の半分を失うにも等しい。彼等は文字通りの一騎当千であった。
 現在帝国に残る勢力は一般歩兵と銃兵、各地に散開している部隊と遊撃師団のみ。
 この中にもう一人、一騎当千と呼ばれる軍人がいる。それがカルナックを裏切った最後の一人である。カルナック曰くエレヴァファル以上に対峙したくない相手だという。

「んで、その最後の一人ってどんな奴よ」

 酒場町に到着した彼等はいつぞや世話になった酒場の一角を借りて休憩をとっていた。アデルは全身打撲を負っていて今はミトの治癒法術にて回復中である。もう一人テーブルに伏せているのが彼らのリーダーであるレイだ。あれだけの極大法術を使った後だ、精神的に疲労困憊であろう。
 地図を開いて今後の進路を模索してるガズルにシフトパーソルの手入れをしていたギズーが口を開いて質問した。

「さぁ、俺も詳しいことは知らねぇんだ。おやっさんの過去話なんてお前らが知ってる位の武勇伝とかその程度だしな」
「なんだよ使えねぇな、お前それでも現存の弟子かよ」
「そんなこと言われたって仕方ねぇよ、聞いても教えてくれないしアリス姉さんも知らないんだ。そもそも『アルファセウス伝記』って本にもなってる位だろ? それを読めば多少なりわかるんじゃないのか? 俺は読んだことねぇけど」

 やっと痛みが引いてきたアデルがミトに礼を言って帽子の位置を直しながら返答した。
 そう、カルナック達が起こした数々の武勇伝は書籍化されて一部では熱狂的なファンが居るほどだ。だが当のカルナックからすれば日記として残しておいた記録がギルドによって勝手に修正と加筆を加えられて出版された書物であり本人としては興味がない。

「でもよ、あのエレヴァファルだって右腕と引き換えにやっとこさ倒せたって相手だろ? そんな化け物と同等かそれ以上って本人が言ってる相手にどうやって太刀打ちするんだ? 俺たちじゃどうやったって勝てないだろ」
「そこなんだよなぁ、おやっさんの右腕がなくなっちまった今じゃ同じ剣の扱いは無理だろうし、いくらエレメンタルマスターって言われるおやっさんでも全盛期に比べれば見劣りはするだろうしなぁ」

 二人がそんな会話を続けているとカウンターからコーヒーができたと声が掛かった。ミラとファリック二人でコーヒーを受け取ると各自に配る。

「オイラはそのカルナックって人がどんな人なのか知らないから何とも言えないけど、とりあえず剣術と法術がものすごく強い人って認識でいいのかな?」
「そうだ、今は剣聖(最強)の称号をレイに譲って隠遁生活……いや、結構前から前線からは身を引いているけど間違いなく現在でも最強の称号はあの人のものだろうな。どうだレイ」
「あぁ、その認識で間違いないよ」

 コーヒーを配り終わったファリックが席について一服したのちに質問をした。先にアデルが答え続いて伏せてるレイが答える。

「残念だけど、僕達じゃまだ先生の域に到達できてないんだよファリック。先のメリアタウン防衛戦だって先生が居れば一人であの機械仕掛けのガーディアンだっけ? あれを破壊してただろうね」
「すごいのねその人、でもそんな人の弟子なんでしょ貴方達」

 代わる代わる質問を続ける自称未来人達、落ち着きを払っているのはミラ一人だった。伏せていたレイが一度伸びをして思いっきり上体を起こして背もたれに寄りかかる。

「弟子というか何というか、なぁ?」
「うん、僕とアデルは正確には弟子というより息子に近いのかもね」

 二人の言っている意味が理解できないミトは首を傾げた。

「僕達二人は孤児なんだ、僕の故郷は帝国によって焼き払われてアデルは天涯孤独。どこ出身で親が誰なのかもわからない。まぁ僕もある意味じゃそうだけどね」
「ある意味?」

 再び首を傾げた。だが今度はギズーとガズルも初耳の情報だったのだろうか顔を上げる。