『この星で、最後の愛を語る。』~The Phantom World War~


「――で、どうやって剣老院の家まで行くつもりだレイ」

 レイが戻って来てから二時間半、アジトの広間に集められたFOS軍のメンバーとその客人。レイ、アデル、ガズル、ギズー、ミト、ミラ、ファリック。以上七名が各々出発する準備を整えて集まっている。アデルだけかなりの重量だと目で分かる程の大きな荷物を抱えている。

「ごめんアデル、その荷物は何?」
「あ? アリス姉さんに頼まれた色んなものだよ。それで、どうやって行くんだ?」

 重そうに両手に袋を持ち、背中のバックパックもパンパンなアデルは直ぐにでも荷物を置きたそうな顔をしている。レイもこれには困った表情で苦笑いを一つ。振り向いてドアに向かうとゆっくろと開けた。そこには馬車が一台止まっていた。

「こいつで行く、先生がギルドに何やら注文をしていたみたいで荷台はまだ空いてるんだ。それに便乗させてもらう」
「……馬はいなかったんじゃなかったのかよ、おい?」

 口元を引きつかせて今度はギズーが口を動かした。

「馬単体は居ないよ、でも馬車なら居るから考えがあるって言ったんだよギズー」
「口の減らねぇ野郎だなお前も」

 そう悪態をついて一足先に外へと向かうギズー、つられてガズルとアデルも一緒に外へと出る。ミトがキョトンとした様子でそれを見ていたが、クスっと笑い声が漏れた。

「仲いいのねキミ達」
「まぁね」

 右手で口元を軽く押さえて笑っているミトに対してレイも笑みを零した、それを馬車に乗り込んだギズーが横目で睨みつけながら舌打ちを一つする。今度はアデルがそれを見てため息を付く。もっと仲良くは出来ないもんかと頭を抱えてギズーに問いかける。

「なぁギズー、何でお前はそうあいつらに突っかかるんだ?」
「別に……ただ面白くねぇだけだよ」
「面白くないってお前なぁ、あきらめろ。レイは元々あんな性格だし今更変わらねぇよ」

 アデルの言うとおり、レイ自身は少しだけ自分の性格が変わったと思っているようだがそれは間違いである。共に過ごしてきたアデルには分かる、レイの優しい心と他人を思いやる気持ちを。
 だがそれは時として厄介ごとに巻き込まれる、ギズーが懸念しているのはまさにそれだろう。

「良いかアデル、お前らはどうか知らねぇが俺はまだ認めてねぇからなっ」
「その言い方だと俺まで認めてるように聞こえるぞ?」

 アデルのバックパックを背中に回してそれに寄りかかりながらあくびをしているガズルが反応した、予想外の反応にアデルがまた困惑し始める。

「お前まで何言ってんだよ」
「別に気に入らねぇとか認めてるとかそういう話じゃないけど、ウマが合わないだよあの貧乳とは」
「あー……そういえばずっと突っかかってるなお前ら」

 単純に買い言葉に売り言葉じゃないのかとアデルは野暮なことを言おうとして直ぐにそれを引っ込めた。ガズルの性格からすればそれを言えばきっと馬車内でまた互いに罵り合う言葉の戦争が始まるだろうと直感していた。いや、きっと始まるだろうとこの時点で嫌な予感が脳裏に浮かび、ガズルと少しだけ距離を取った。またミトが物を投げてきた時に巻き添えを食らうのは隣に居るアデル本人だからである。

「ところでよ、いくら馬車だからってどのくらいで到着するんだ? あまり長い事乗ってると腰痛そうだし嫌だぞ俺は」

 帽子を取って羽飾りの位置を治して被りなおす。徒歩で丸二日の距離を馬車でどの程度で付くのか疑問に思ったアデルがぽつりと呟き即座にガズルとギズーが首を傾げる。

「それぐらい計算できねぇのか?」「それぐらい計算できねぇのか?」

 二人同時に同じ言葉を発した。




 出発して二時間、時刻はまもなく正午を迎えるだろう。日差しが彼等の真上まで登り容赦なく照らしている。気温も上昇を続け昨日記録した過去最高気温を上回っただろう、馬車の中で揺られている彼等の額にも汗がにじんでいる。一人を除いて。
 言うまでもないレイである、一人だけ法術で体温を調節し涼しい顔をしている。それを憎たらしく見つめるのがアデルだ。隣で帽子で仰いでいるガズルとシフトパーソルの整備をするギズーも暑そうにしているがアデルほどではなかった。

「レイ……こっちにも冷気送ってくれよ」

 しびれを切らしたアデルがついにぼやいた。

「そんなこと言ったって結構展開してるよ? 座る場所が悪いんじゃないの?」

 アデルが座っている位置は馬車の中でも先頭、残りはレイを中心に座っている為均等に冷気が放出されているがアデルにだけその冷気が届いていない状況である。正確には冷気が出てる所はアデルからしたら風下に当たる位置なのだ。決してレイが自分だけ涼しくなれば良いやと思っている訳はない、どちらかと言えば気遣ってエーテルをコントロールしている位であった。

「じゃぁ誰か俺と場所交代してくれよ、ここ地味に日差しも当たって暑いんだよっ!」
「そんなところに座るテメェが悪い」

 バッサリとギズーが切り捨てた。
 ガックリと肩を落としたアデルは右手に握る水筒を口元に持って行くと中に入っている水を一気に飲み干した。日光に当たっていたせいか程よく温い。

「ぬるっ! 踏んだり蹴ったりだよ畜生!」

 口元を拭って少しだけ座る位置を変更する、ちょうど日陰の中に入るスペースを見つけてはそこへと移動し、馬車が方向転換する度に日光を避ける様に動き始めた。

「ところで、ちょっと良いかしら?」

 レイの右側に座っているミトが急に口を開いた、レイの風下でかつ隣に座っている彼女はとても涼しい顔をしている。先ほどまでは少し汗をかいていたがアデルの一言でレイがコントロールギアを上げた事により今まで以上にひんやりとした風を受ける様になっていた。

「まだ時間かかるのなら、いくつか知りたいことがあるんだけど」
「何だよ貧乳」
「ひ……まぁ良いわ、いい加減あなたの言葉に一々イラつくのも疲れたわ。――この世界の情勢について聞きたいんだけど教えてくれる?」

 握りしめた右手を左手で押さえながらゆっくりと戻していく、ガズルもその右手を見てビクっとしたが胸を撫でおろす。反射神経とでも言うべきか? ミトが口を開けばガズルが突っかかる光景をこの馬車に乗ってから何度見てきただろうか、数えるのも馬鹿馬鹿しい位である。

「世界情勢って、具体的にどんなことが知りたいの?」

 二人の様子を交互に目で追って何度目かの苦笑いをした後レイが質問をする。

「そうね……例えば貴方達がいう帝国って何? どんな事してるの?」

 ミトが聞きたい事、それは世界情勢と言うより武力均衡であった。
 初日の騒動で何度か出てきた帝国というキーワードがずっと気になっていたようだ。それについて今度はガズルが答える。

「帝国、正しくは武装国家スティンツァ帝国。現皇帝の『マッド・ガルボ』よりずっと昔から何年も何年もこの中央大陸を統治と言う名の武力支配してる組織だ。その歴史は古く千年以上とも二千年とも言われている。詳しくは帝国の幹部のみ知ると言ったところだな」

 どんな物にも歴史はある、だがこの帝国はその歴史がいくらかあやふやな点が存在していた。起源が一体何年前なのか、創設者は何と言う人物だったのか。どんな目的で作られたのか。これが何故不明なのか?
 帝国幹部ですらその歴史をきちんと把握しているものは居ないだろう、古すぎる歴史の中に何があったのかは想像もつかない。もう一つの理由としてカルナックが挙げられた。

「もしくは調べれば分かったのかも知れないけど、今は調べようがねぇんだ、十何年前にそいつらの師匠が書庫毎破壊しちまったからな」
「破壊した?」
「そう、帝国じゃ最悪の一夜だったろうな。これから会いに行く人はかつてたった一人でその帝国を破滅寸前まで追い込んだ張本人だ、現人類最強。俺達が束になってかかっても勝てない人だよ」

 その言葉にレイとアデルの背筋がピクっと動いた、今まで汗一つ書いてなかったレイの顔にこの日初めて汗が流れた。アデルはと言うと多汗症とも取れる量をかいている。それを見たミトが立ち上がろうとした。

「え、どうしたの二人とも」

 真っ先に隣に座っているレイに手を差し伸べようとしたところをギズーがそれを阻止した。彼もまたほんの少しだけ汗をかいている。間違っても暑さで出ている訳じゃないことをここに代弁する。

「今はそっとして置け、ただのトラウマだ」
「と……トラウマ?」


 ポーチに入れておいた水筒にレイが手を伸ばし蓋を開ける、口元に水筒を持って行こうとする手がガタガタと揺れているのが誰の目にも分かる程に動揺している。異様な姿を見たミトが何かを察してゆっくりと元の位置に座りなおした。

「気にするな、時々あるんだこいつらは」
「わ、分かったわ……ごめんねレイ。帝国は何となく分かった、他にはどんな勢力があるの?」

 未だに動揺しているレイを横目に質問を続けた。正面を見るとミラとファリックが互いに肩と頭を枕にして眠っているのが見えた。

「他の勢力の話をする前に大陸の話しておこうか」

 ずれていた眼鏡を直して話始めるガズル、最初に話し出したのは現在彼等が居る中央大陸。
 北部と南部で分かれていて彼等が居るのは南部だ、北部は全面的に帝国の支配下にある。北部と南部を隔てる一際大きな山脈があってこれをルーデルス連峰と言う。標高七六七七メートルで麓にはレイの故郷ケルミナが存在していた。そこから数キロ離れたところにカルナックの家が有る。共に標高はそれなりに高い所に位置している。
 北部の中央に帝国の現本部が存在している。カルナックによって壊滅させられた旧本部は現在の南部支部に当たる。
 北部に行くには主に三つの手段があり、一つは船による渡航。一つはもちろん連峰を登りきる事、そして最後の一つが。

「数年前に出来た巨大なトンネルだ、数十キロに及ぶ巨大な一本のトンネルがあってそこに西大陸から取り寄せたって言われる蒸気機関車で移動してるって話だ。俺達はもちろん帝国外の人間がそれを使う事はできねぇけどな」

 続けて東大陸の話を始めた、ケルヴィン領主が納める『イーストアンタイル公国』があり自分達同様に反帝国を掲げる国である事。現領主のケルヴィンとその軍隊の存在。まだ未開の地が幾つか残っている事や帝国に次いでその権力が大きい事。

「それでも、帝国の足元にも及ばなかった。今は俺達が参戦したおかげで劣勢から抜け出したけど別に同盟を組んでるって訳じゃない、互いに利害が一致しているってだけに過ぎない」
「その言い分だと向こうも大概って事なのね……最後の西大陸ってのはどうなの?」
「西大陸は別名があってな、魔大陸って言われてた時代があったんだ」

 そして最後の西大陸、中央や東に住む種族とはまた別に魔法を操ることが出来た魔族が居た。今はもう数が少なく絶滅危惧種にまで指定されている。外見は人間と大差なく、パッと見では全く区別がつかない。
 法術師がその膨大なエーテルを感知してやっと認識できる程度で、正直見分けが付かないのだ。だが彼等が扱う法術とは元をただせば魔法、つまり魔族が使う力を応用した術である。言わば法術の大本、法術師からすれば聖地ともいわれる大陸である。

 だが、何故彼等魔族がその膨大なエーテルを生まれ持ち合わせているかは一切分かっていない。突然変異なのかはたまた呪いの類なのか、これもまた帝国の起源以上に遡る話だ。今はもう知る者も居ないだろう。
 西大陸には中央や東大陸にはない文明が存在する、少しだけ進んだ力。水蒸気を使った機関が存在している。蒸気機関は西大陸で生まれ徐々にではあるが中央や東にまでその勢力を伸ばしている。それでも西以外で見かけるのは稀な話である。
 西大陸を統治しているのは半分が帝国で、残りは正直なところ分かっていない。幾つかの部族が集まってできた大きな都市があるとは噂に聞く程度でほぼ帝国の領地化にあると言っても過言ではない。

「じゃぁ、世界の半分以上は帝国が支配してるって事?」
「そうなるな、半分どころか三分の二は帝国の支配下だ。昔は世界制覇なんてこともあったみたいだけど、昔も昔大昔さ。今じゃ文献でそれを知る程度の事で歴史上何があったかは明確には記載されてねぇ。調べようにも分からずじまいって所だ」

 一通りの事はガズルが一人で喋って終わった、レイとアデルはやっと落ち着きを取り戻したのか体の痙攣が徐々に収まり始めた。この二人に刻まれたトラウマは他の面々が予想する以上なのだとこの時初めて知る。普段このような事が起きることも無く、いざ戦闘となればその強さは折り紙付き。剣聖結界(インストール)すらマスターする精神の持ち主であるのにこの動揺っぷり、修行時代に一体何があったのかを聞きたくなるが……それは各々胸に仕舞い込んだ。

「んで、何か思い出したことはあるのか?」

 一通りの話が終わった所をギズーが睨むようにミトを見て質問をする、それにミトは首を横に振った。

「さっぱり、(もや)みたいなのが掛かっててまるで思い出せないし。それ以上何かを思い出そうとすると頭が割れる程痛くなってどうにもならないわね」
「――っち」

 一つ一つの部品を組み合わせてシフトパーソルの手入れを終わらせようとしていたギズーがもう一度横目でミトを睨みつける。するとギズーの目からは微量の殺気が漂い始める。

「なぁミト、俺はテメェが気に入らねぇんだ。いや、テメェらだ。どこの生まれでどこから来たのか、はたまたどんな理由があって俺達の目の前に現れて何をしようとしてるのか。俺にはさっぱり分からねぇ。そんなテメェらを俺達のお人よしは庇うっていうんだから笑っちまうよな? 良いか、もう一度だけ言ってやる。俺はテメェらが気に入らねぇ、できれば今すぐにでも撃ち殺してやりてぇと思ってる位だ。何が楽しくてテメェらのお守をしてやらなくちゃいけねぇんだ。記憶喪失ってのも疑わしいなぁ――」

 ゆっくりと揺れる車内の空気が一瞬だけ張り詰めた。手入れを終えたシフトパーソルにマガジンを装填したギズー、それが原因だった。ゆっくりと自分の顔の前に持ってくると磨かれた自分の獲物を見つめる。鏡の様に綺麗になったシフトパーソルを様々な角度で黙視する。

「ま、まぁ……それをどうにかできないかを先生に相談するんだしさ。ギズーもいい加減――」

 レイが言い終える前にギズーの右手がレイの顔正面に出てきた、その手にはシフトパーソルが握られていてトリガーに人差し指が掛かっている。コックも上がっていて何時でも発射できる状態になっていた。銃口は――ミトに向けられている。
 即座にレイは感じ取った、ギズーから発せられる異常なまでの殺気を。それを見たガズルも止めようと動き出すが後はトリガーを引くだけの状態。どうにかして銃口を蹴り上げるには無理な体制でギズーの手を狙う。

「っ!」

 レイの目にはしっかりと映っていた、ゆっくりと動くギズーの右手人差し指がトリガーを奥へと押し込んでいく。そして目の前で完全にトリガーが引かれると乾いた発砲音がすぐ目の前で鳴り響く。同時に銃口からは弾丸が発射された。