体を捻ってレイは東の空を見上げた、遠くに巨大な積乱雲がゆっくりと形成されていくのが見えた。程なくして雨が降るだろうとレイも直感した。
「すごいねアレ」
「雷雨になるかもってさ。で、なんでここだけこんなに涼しいんだ?」
「いや、僕も今気づいたんだ。法術で周囲の温度調整してたのに急に寒くなったから何かとおもって」
アデルがそれを聞いてため息をついた、彼の体は今は涼しそうにしているが先ほどまではうだるほどの暑さに晒されていた為にまだ汗が引ききっていない。レイも上半身裸なアデルの姿を見てよほど暑かったのだろうと察する。
「そんなに暑かったの向こうって」
「向こうというかそこら中暑いよ、でも何でここだけこんなに涼しいんだろうな? 風が通るって言ってもやけに涼しいぞ」
アデルが言うのも間違いじゃない、確かに開けた場所で風の流れは良いだろう。しかしそれは向こうで監視任務にあたっていた時もそうだったが、風は涼しくなく熱風に近い物があった。それでも体感温度だけは下げてくれるからまだマシなのだろうけどここは異常だった。
ゆっくりとレイが立ち上がって周囲を見渡す、特に何も以上は見られない。アデルも同じように見渡したがこちらも何かを発見することは無かった。
「なんだか気味わりぃな、メルが化けて出てんじゃねぇか?」
「ハハハ、まさかそんな」
二人がそんな冗談交じりな会話をしているその時、状況は瞬間的に変化した。
突然強大なエーテル反応を感じ取った二人は瞬間的に戦闘態勢を取る、レイは幻聖石を握りしめていつでも霊剣を具現化できるようにし、アデルは腰にぶら下げている剣を鞘から引き抜いた。
「何、この感じ」
「分からねぇ、でも俺でも感じることが出来るぞ。今まで感じた事の無いエーテル量だ」
レイはもう一つ幻聖石を取り出してそれを具現化させる、出てきたのは小型のシフトパーソルだった。それを空に向けてう引き金を引くと光り輝く球が発射された。信号弾である、何か異常を感じた時に他のメンバーに知らせる為に各自が常備している。打ち上げられた弾丸は空中で弾けると太陽より明るい光へと変わった。
「この反応、一体どこから?」
「位置までは特定できないな、もう少し反応が強くなればわかるんだろうけどな」
もう一度二人は周囲を見渡す、だが先ほどと特に変わりはなく何かが起きている様子は見受けられない。
気のせいとは流すことが出来ない程の反応に二人は次第に焦り始める。もしもこれが帝国側が仕掛けてきた事であれば彼等にとって大きな脅威になることは間違いないからである。そうこうしているうちに信号弾を見たギズーとガズルもメルの墓の前に走ってきた。
「どうした!」
ガズルが叫びながら辺りを見渡す、しかし彼もまた何か異変が起きてるとは確認できなかった。
「突然異常なエーテル反応が出たんだ、僕とアデルでそれの発生源を特定しようとしてるんだけどその場所が分からない。もう少し大きくなれば分かるんだけ――」
そこでレイの言葉が止まった、アデルがレイの表情を見た時それは姿を現した。彼らの上空だ、二人は同時に空を見上げるとそこには真っ黒な球体が徐々に形を大きく変えて現れる。
「ガズル何した!?」
「俺じゃねぇ!」
ギズーが真っ先にガズルを疑ったのは言うまでもない、その球体は彼が作り出す重力球によく似ているものだったからだ。しかしガズルは真っ先にそれを否定した。
レイとアデルもこれがガズルの重力球でないことを直ぐに理解する、彼が放つ重力球とは全く異質なエーテルだったからだ。目視で確認するに球体の大きさは半径五メートルほどの大きさで彼等四人のはるか上空に陣取っているかのように見えた。
「何だアレ」
ガズルは持っていた双眼鏡でその真っ黒な球体を見た、するとその球体の中心部分にどこかの風景だろうか? 見た事の無い建造物らしきものが幾つか見える、小さくて分かりづらいが双眼鏡でようやくわかる程度にしか見えない。
「何か、出てくるぞ?」
双眼鏡越しにソレを見ていたガズルが続いて言葉を出す、その言葉の直後、何かがゆっくりと球体から出てくるのがガズルの目にははっきりと映っていた。まるで人間の様な姿である、次第にそれはズルズルと球体から生み出されるように出てくるとゆっくりと落下をはじめ、直ぐに止まった。そう、空中に滞空してるように止まった。
「人だ、人が出てくるぞ」
一人目が完全に出てきた、続いて二人目も同じように出てくる。三人目の足だろうか?それが見えた瞬間一人目の人影は一気に落下してきた。
「え、何アレ……何だぁ!?」
レイの目にもそれははっきりと映っていた、落下してくる速度は加速し見る見るうちに崖の方に落ちていくのが分かった。そこで彼の体は反射的に動いたのだろう、すぐさま走り出すと崖ギリギリの処で両手を広げて受け止める体制を取った。続いて二人目も同じようにして落下を始めた。
「アデル、そっちは任せた!」
「お、おう?」
呼ばれたアデルは一瞬だけ戸惑ったが、すぐさま彼も走り出してレイと同じ体制を取った。今度はメルの墓石の少し先の処が落下地点と予想される。
「三人目も落ちてくるぞ、俺が行く!」
持っていた双眼鏡をギズーに渡すとガズルも走り出した。
そしてアデルのすぐ横でまたも同じ体制を取って受け止める準備を整える。最初に落ちてきた人間を崖ギリギリの処で受け止めたレイ、落下衝撃を防ぐため法術を使って風を操り三人の上空に簡単な上昇気流を作り出した、それに落ちて来た人間が一度ふわりと浮かぶび、速度を緩めて腕の中に落ちてきた。
「……女の子?」
レイが受け止めたのは小さな女の子だった。幼い顔立ちから察するにきっと自分と同じぐらいの年齢だろう。ピンク色の髪の毛をしている。気を失っているのか意識はなかった。
「こっちは餓鬼だ」
アデルが受け止めたのは黒髪の少年だった、赤いジャンパーを着ていて同じく気を失っている。そしてガズルが受け止めたのも同じく少年だった、こちらは緑色のジャンパーを着ている。
黒い球体がしだい収縮して小さくなり、最後には完全に姿を消した。落ちてきたのは三人の少年少女、いずれも意識を失っていてぐったりとしているが、外傷は特になかった。レイ達はそれぞれ顔を見合わせてこの状況を分析する。突如現れた黒い物体、そこから出てきた三人の少年少女。突然の事で四人は軽いパニックになる。
「どうなってんだこれ」
少女を抱きかかえたままどうしていいのか分からずにレイが呟く、アデルとガズルもまた訳が分からずに少年達を抱きかかえている。この三人が一体何者なのか、どうしてあの球体から出てきたのか。何も分からないまま彼等はメルが眠る山頂に立ち尽くしていた。それが結果として彼らに不幸が降りかかる。
「え?」「あ?」「は?」
崖のほぼ先端に位置していたレイの足元が急に崩れる、正しく言えばメルの墓石から少し先が一斉に崩れだした。一度に複数人の体重がのしかかり、さらに落下時の衝撃を緩和出来ていたが三人の子供の体重が掛かり重量の許容を超えてしまっていた。
レイ達三人はそのまま崩れた勢いで崖下へと落ちていく、それぞれが大声を出しながら崖下の森へと落下していった。それを後ろで見ていたギズーは恐る恐る覗き込み、
「あー……面倒臭ぇな」
懐から煙草を取り出して火をつけ、三人が落ちていくのを静かに見守った。
崖から落ちたレイ達はそのまま勢いよく下の森へと落ちた、その先が森で運が良かったのは言うまでもない。木の枝がクッションの役割を果たし落下時の衝撃を押さえてくれていた。レイは落下時の衝撃でも抱きかかえた少女を放さずにいたが、残りのアデルとガズルは落下時に放してしまった。結果少年達は何本かの枝にぶつかり、最後には顔から地面に落下した。
「あ、やべ……」
エルメアを固定していたベルトが枝に引っかかり宙にぶら下がっているアデルが自分の真下で首から上が地面に埋もれている少年をみて申し訳なさそうに言った。同じくガズルに抱きかかえられていた少年も赤いジャンパーの少年と同じように顔が地面に埋まっていた。足が枝と枝に挟まって動けないでいるガズルもまた宙にぶら下がる状態でプラプラと揺れている。
「何やってんだお前ら」
そこにギズーが降りてきた、剣を崖に何度か突き刺しながら落下速度を殺しながらこちらへ降りてきた。地面に着地すると首を地面に突っ込んでいる少年二人を残念なものを見る目で見つめる。そしてため息をついてガズルを挟んでいる枝をシフトパーソルで撃ち抜いた。
さかさまで落下するガズルだったが途中の枝を掴んで体制を立て直し、そして着地する。
そして埋まっている二人の足をそれぞれ掴んで勢いよく地面から引っこ抜いた。
「お? お前ら大丈夫か?」
引っこ抜かれた二人はそれぞれ落下した衝撃からか意識を取り戻していた、だが目が覚めた時真っ暗な空間と酸素の無い世界で苦しんでいたのだろう。意識はあるもののぼんやりとしている感じだった。
「あ……ありがとう、ございます」
赤いジャンパーの少年が何とか言葉を発することが出来た。隣の少年は未だ苦しんでいる様子だ。ゆっくりと二人の体を地面に降ろして一息つかせる。二人は咽ながらも辺りを見渡して状況を判断しようと必死になっている。この様子であれば特別何か深刻なダメージがあるわけでもなさそうだ。
「おーい、俺も降ろしてくれよギズー」
「ベルトを撃ち抜けってのか? そんなことするぐらいならテメェでその枝どうにかしろ」
アデルが木の上からギズーに助けを求めた。が、面倒そうにその申し出を却下したギズー、断られたアデルも「それもそうだ」と頷いて剣を抜くと枝を切り落とした。しかし彼の場合その下に枝は無く、体の向きを変える前に正面から地面へと落下して顔面を強打する。それも固い土の場所だったのだろう、落ちた場所はへこみもせずクッションの役割もせず落下時の衝撃をそのままアデルへと返した。落ちた瞬間激痛と共に声にならない叫び声を出して地面でジタバタしていた。
「あの、どなたか存じませんが助けて頂いて本当に有難うございます」
赤いジャンパーの少年がやっと落ち着いて感謝の言葉を述べた、そして隣で未だにパニックになってる少年の背中を叩いて落ち着かせる。そんな二人の後ろにレイがやっと降りてきて抱きかかえていた少女を一度ガズルに渡す、自分のジャンパーを脱いでそれを少女の体にかぶせてもう一度抱きかかえる。
「君達、何で空から落ちてきたんだ?」
未だに意識を失っている少女を抱きかかえたままレイは少年二人に問いかける、その言葉に赤いジャンパーの少年は振り向き抱きかかえられている少女を見て声を上げた。
「姉さん!」
「姉さん? この子君のお姉さんなのかい?」
気を失っている少女の顔をもう一度レイが見てそう答えた、彼女もまた意識を失っているだけで外傷は特にみられない。その事を少年に伝えると安堵した様子で胸を下した、ホッとした少年はもう一度レイの顔を見て礼を言う。
「はい、僕の姉です。――あの、助けて頂いて本当に有難う御座います!」
「そうか、とりあえず怪我が無くてよかったよ。此処じゃ何だ、僕達の拠点に行こうか。そこならお医者さんも居るしゆっくり休めるだろう」
レイがもう一度抱きかかえている女性に目線を落として提案した、彼らが一体何者でどこから来たのか、また何故空から降ってきたのか。考えれば考える程謎は深まるばかりで聞きたいことも山ほどある状況ではあった。しかし、この女性は未だに目を覚ましていない。その事を気遣ってかレイは自分たちのアジトへと一度戻ることを提案したのだ。だがそれにギズーが噛みつく。
「待てよレイ、こんなどこの馬の骨とも分からねぇ奴ら連れてくってのかよ」
「そうだよギズー、これがどんな状況かは分からないけど一度アジトに戻ろう。色々と聞きたいこともあるし何より治療が優先じゃないか?」
「……このお人よし目。おいテメェ、せめて名前ぐらい名乗ったらどうだ?」
レイの申し出に納得が行かないのか、はたまた見ず知らずの人間を自分たちのアジトへと案内するのを嫌ったのか不機嫌な表情で捨て吐いた、そして未だ名前を名乗らないこの少年達にイライラしていたのも確かだ。
「すみません、ボクはミラ、『ミラ・メーベ』と言います。こっちのツンツン頭は『ファリック・ベクアドルド』。それと姉の『ミト・メーベ』です、ところで……」
赤いジャンパーの少年がそれぞれの名前を告げる、ミラは意識を取り戻してからずっとモヤモヤとしている事を告げようと口を動かし、その言葉にレイ達四人は唖然とした。
「名前は憶えているのですが……ボク達は一体何者なんでしょうか?」
一時間かけて山を下り、メリアタウンの拠点へ到着したのと同時に外の天気は雷雨へと姿を変えた。真っ黒な雲が空全体を覆い激しい光を伴って大粒の雨が降る。うだる様な暑さだった外は雨によって幾分か気温が下がり少しだけ快適になる。だが湿度がグンと跳ね上がり今度は蒸し暑さが町全体を包み込んでいた。
アジトに到着した彼らを出迎えたプリムラがお客さんを連れて帰ってきた彼らにため息をついている、事情を聴き奥の応急処置用の部屋をあてがい彼等を休ませることにした。
「記憶喪失ってやつか?」
落下の衝撃で顔面を強打していたアデルがプリムラから氷を受け取り患部を冷やしながら言う、今彼らが居るのはアジトのロビー、それぞれが椅子に座ったり壁に寄りかかったりして休憩をしていた。
「名前だけ憶えていてそれ以外忘れてるって都合がよすぎると思わねぇか? 俺は断固反対だ、即刻追い返した方が良い」
腕を組みながら壁に寄りかかっているギズーが言う、確かにこの内戦の最中見知らぬ人間をアジトに引き入れる事自体が愚策ともいえるのは分かっている。だがレイは首を横に振った。
「危険なのは分かってるけど、多分、帝国の差し金じゃないと思う」
「その証拠は?」
椅子の背もたれに両腕を乗せ、さらにそこへ顎を乗せてくつろぐガズルが問う、そこにプリムラが四人にコーヒーを入れて持ってきた。彼らはそれぞれ受け取ると一口飲み一息つく。
「俺も帝国のモンじゃねぇと思う、多分レイはこう言いたいんだ。空に突如現れたアレがまず理解不能、で、俺とレイは法術剣士だから分かるがあんなの見た事も聞いたことも無い、おやっさんからあんな法術があるなんて教わってねぇしそもそもあんなエレメント感じた事もねぇよ。仮に帝国が新しく開発した術だっていうなら俺達が感じ取ったあのエレメントの正体が分からない」
淡々と説明を続けるアデルにレイが賛同する。
そう、この二人がこう断言するのはそのエレメントにある。
世界に存在するフィフスエレメント、それはこの世の全てでありそれ以上の存在は確認されていない。かのカルナックでさえ感じることも対話することも出来ない新たなエレメントなど現在においては全くの未知であった。
「でもよ、仮に帝国がその……未知のエレメントだっけ? それを発見したっていうならどうだ?」
コーヒーカップをアデルに向けて突き出しながら首を傾げるガズル、それに対してレイが首を横に振って答える。
「エレメントってのは発見したり出来るもんじゃないんだ、術の開発ならともかくエレメントを発見もしくは開発するなんて聞いたことも無い、あるとすればそれは――」
近くの椅子に腰かけてて一口コーヒーをすすってガズルを見る、アデルも同様に顔を冷やしている氷を退かしてガズルを見た。
「ガズル、君のその重力を操る力。それだけが現代において未知のエレメントって言っても過言じゃない、最初アデルが君に何をしたって言ったの覚えてるだろ? あれ、正直僕もそう思った。得体の知れないエレメントだったけどどことなく似ているんだ、でもあの膨大なエーテル量をガズルが持ち合わせていないのは知って――」
「レイ、遠回しに言わなくていい。結論だけ教えろ、結局何だ?」