朝から体がだるく、不機嫌な顔をしてパソコンの画面を覗きこんでいた。
 体調が悪いと言っても寝不足なだけで心身ともに異常は特に無い。

「懐かしい曲だな、どれ」

 とあるコミュニティー動画サイトへアクセスし目に飛び込んできたタイトルがあまりにも懐かしくて思わずクリックする。
 高校時代に、まだMIDIが流行していてMP3なんて重くてダウンロードが出来なかった当時の回線。そんな時によく聞いていたMIDIの原曲を発見した。
 日曜日と言う事もありサイトへのアクセスが集中しているのが分かる、重くて中々接続が出来ない状態が続いている。ようやく動画が流れ、懐かしい音楽がスピーカーから流れ出した。

「相変わらずいい曲だ、これがギャルゲーの曲とは到底思え無いよな……当時は良く分からなかったけど」

 パソコンの隣に置いてあるコップに無糖の珈琲を注いで窓を開ける、十月の前半だと言うのにとても寒く吹きこんで来た風が半分寝ぼけていた俺の目を様させる。

「おー……寒いな」

 部屋の空気を入れ替えるつもりで開けた窓を半分だけにして再び椅子に座る、いれた珈琲に手を伸ばして少しだけ啜った。

「良く聞いてたなこの曲、MDウォークマンに入れて永遠と聞いてたっけ」

 若干音量を下げて朝のBGMにする、枕元からタバコを取り出して口に加えた。目の前に置いてあるオイルライターで火をつけて一呼吸置いてから煙を灰に通す。

「たまらねぇ……この一服が極上にたまらねぇ」

 見事なまでにオッサンになっている自分に少し笑った、当時からすれば今の自分なんて到底想像できるものではなかった。想像できて二年か三年、それぐらいの自分を想像するのが精一杯だったあの頃に聞いていた曲に青春を重ねてみた。

 まるで何年も何年も聞き続けた曲のようにスピーカーからメロディーが流れる、それが日課で当り前の用にさえ感じる事が出来る。それほど懐かしく聞き入ってた曲だと分かる。
 あれから幾年、仕事を始めてからは仲間と遊ぶことも無くがむしゃらに働いて過ごしてきた日々。気が付けばもう十月、今年も残すところ僅かとなっていた。

 高校時代は毎日が長く感じて、授業が終わった後の部活が楽しくて仕方なかった。だが楽しい時間ってのはやはり短く感じるもので、俺も例外ではなかった。
 もちろん仲間と一緒に遊んだ時間も短く感じた、一緒に祭りに行ったりプールへ出かけたり。時には自転車に跨って何人も列を作って遊びに出かけた事もいい思い出。今では車で近場より遠くへと出かける様になり、一人でドライブすることもしばしば。

 そんな時に懐かしい曲をかけては昔を思い出したりもしていた、山育ちの俺としては海が好きで堪らなく。必ずドライブは海へと出かける。海を横目に見ながら永遠と伸びる道路を走るのが堪らなく好きだ。
 今年も何度それをしては昔を思い出して仲間の顔を浮かべた事か、楽しかったあの日あの時あの時間。今ももちろん面白くて比較する事なんて出来る事では無い。
 それでも昔の楽しかった時間は色あせることなく思い出として残っていて、時々こうして思い出しては懐かしむ。人それぞれでどうやって思い出すかは分からないけど俺は音楽で思い出す事が多い。

 出来れば、もう一度あいつ等にあって遊びたい。今だからこそ一緒に酒を飲もう。そう思う。
 そんな事を思いながら空を見上げて布団を干す。今夜はフカフカの布団に包まれて寝よう、お日様の匂いと暖かさを残した布団に包まれて、妙に冷える夜を暖かくして寝る事にした。
 夕方頃から振り始めた雨は、次第に強さを増して雷雨へと変わってきた。
時折土の匂いを部屋に運んでは消え、また少しひんやりとした北風が部屋の中を通り抜ける。
タバコの匂いを書き消すほど強い土の香りは高校時代、部活の帰り道を思い出させてくれる。
 記憶として新しいのは何時もの下校メンバーと一緒に坂道を自転車で走っている時に振り出した夕立、季節柄Yシャツのみの僕達は雨に濡れると透けて肌が少しだけ浮かび上がる。当時はまったく気にしなかった事でも今となっては到底出来る事じゃない。
 同じくして古い記憶、僕と帰り道が同じの女子が二人、一列に並んで走っていた。既に三人とも程よく濡れていてシャツが透けて見えた。

「ん……」

 ふと激しく振りだした雨で俯いていた顔を上げるとそこにはブラウスから透けて白い下着のようなものが見えた。当時片思いだった人の下着が確かに見えた。

「やば……」

 咄嗟に速度を上げてその子の前に出る、追い抜かれた子は何で抜かれたのかと不思議に

「皐月~、空力抵抗とかそんなの無いんだから。ましてや前に出たところで私に掛かる雨も変わらないよ~」

 そんな事を言って居た。

「いや、前に出たのは……」

 そこで言葉に詰まった、素直に言えるわけが無いその後に続く台詞。ましてや同じ学校の同じ部活の片思いの女性に対して……いえるはずが無い。下着が透けて見えるぞなんて。

「何ー? よく聞こえない」
「何でも無い、雨も強くなってきたし早い所帰ろうか」
「ふふふ、皐月! 良いもの見たね!」

 ようやく気が付いたのか、一番後ろを走っていた女子がニヤニヤと笑いながらそんな野次を飛ばしてきたのを覚えてる。少しこわばった顔で後ろを振りかえり「それ以上言うな!」と胸の中で叫んだ。




「おや?」

 そんな事を思い出しているとき携帯電話が鳴った、ディスプレイを見ると懐かしい人の名前が出ていた。野次を飛ばしてきた当時の女の子だった。

「もしもし?」
「あ、皐月? 久し振り~、元気にしてた?」
「元気じゃなかったら電話に出ない、どうした?」

 ちょっと懐かしい声に戸惑いながら電話腰に笑った、右手でタバコを取り出して咥える。左手で電話を持っているので再度右手でライターを取り出して火をつける。

「まだタバコ吸ってるの?」
「あぁ」
「良い加減タバコなんて止めたら? 健康に悪いよ?」

 その言葉を聴いたのはとても久しかった、同じ台詞を昔好きだった女から言われたのを思い出してまた笑った。

「同じ事を前に言われた、でももう良いんだ。今更止められないよ」
「もう……肺がんになっても知らないよ?」
「今日は随分と食い下がるな、それで用件は?」
「あ、そうだった。実はね?」


 タバコと雨と雷、僕には良い想い出が無い。
 今を思えば、何でタバコなんて吸い出したのだろう。時々考えてはとある女性の顔が頭を過ぎる。別に忘れてた訳じゃない、それでも忘れようとして、忘れられないあの日。
 淋しさで一杯だった僕を励ましてくれた友人達、今では何処にいるのかも分からない彼等。その一人とはもう連絡も取れない。
 時間と言うのは昔の事を忘れさせてくれるのと同時に辛い事を思い出させてくれる。それはきっと、この雨のせい何だと思う。
 雨と雷とタバコの匂い、それが昔の青春と仲間達、大切な人の事を思い出させてくれる年に一度の梅雨。

「……また雷か」

 椅子から立ち上がって窓から身を乗り出して外の様子を確認する。激しく途端を叩く雨は次第に弱まり雷だけが真っ暗な夜を時折照らしていた。

「皆、元気かな」

 呟いたその言葉は雷の音で書き消され、また雨の音だけが真っ暗な夜のなか聞こえていた。


「なぁ、何処に行くんだ?」

 友人を乗せて車を走らせる、彼是三十分は走っているだろうか。目的地も告げずひたすらと田舎の道を走り、友人は助手席で外の風景を見ながらタバコを吸って居た。

「決めてないよ、ちょっとドライブに行きたかっただけだ」
「……ガソリン代、お前持ちな」

 そんな会話を続けて僕はハンドルを握る、目の前をさえぎる山を超えればそこは海に繋がる国道。もう何度走った道か分からない。

「何があった?」

 友人がこうして僕とドライブに出かけるときは必ず何か嫌な事が有った次の日だった。何度も続けて何度も愚痴を聞いて、何度もそれに同意して来た。

「やっぱり分かる?」
「そりゃぁ……何年の付き合いだって思ってるんだよ」

 苦笑いしながら顔をこっちに向けた、一つため息をついてタバコを一本貰った。

「仕事がさ、続かないんだ」
「またか」
「いや、そりゃぁ……俺が飽き性ってのもあるだろうけど今度のは俺悪くないんだぜ?」
「前にも聞いたなその台詞」

 タバコを咥えながらゆっくりとシフトダウンさせる、ヒールアンドトゥで回転数を落し下りのカーブを曲がった。

「上司がいけないんだ上司が、あーでもないこうでもないっていっつも引切り無しに怒鳴りやがってさ」
「そんで?」
「俺は良いと思ってやった事が裏目に出たらしく、上司から怒られたのよ」
「続けて?」
「あまりにもくどいから、止めてきてやった」

 信号が見えてきた、黄色から赤に変わろうとしていたので車をゆっくりとスピードを落し、最後には止まった。

「お前、わかってねぇよ」
「あ?」

 暫くの沈黙が流れ、信号が青に変わったのを確認してギアを一速に入れる。

「怒られるってことはさ、お前の事ちゃんと見てんだよ」
「みてねぇよ、どうせ俺の事なんかどうでもいいんだろうし」

 長く続く直線の道を少しスピードを上げて走らせる、太陽は丁度真上に昇り寒いこの世界を少しだけ暖めてくれる。

「俺がお前の事怒るの何回目だっけか」
「もう十から先は数えてない」
「同じことだよ」

 右手でタバコを口から話して煙を吐いた、白い煙は少しだけ開いた窓から外に逃げる。そしてまたタバコを口に戻して左手でハンドルを握り、右手は窓の付け根にひじを添えて顔を支える。

「どうでもいい奴なんか怒らねぇよ」
「そんなもんか?」
「どうでも良く無いから俺はお前に怒る、その上司もお前の事を立派に育てたいから怒る。どうでもよかったら怒らない、放置されるだろな」
「俺は放置された方が楽だ」
「んじゃぁ、もう俺も怒らない方がいいか?」

 そこでまた沈黙が生まれた、小さな音がスピーカーから流れる音楽だけが車内に広がっていた。

「それも困る」
「世話の焼ける奴だ……」

 そう笑いながら言い、目的地の無いドライブは海へとたどり着いた。
 真冬の海はとても寒くて、どこか気持ち良かった。潮風と一緒に太陽の暖かい光を浴びながら二人は伸びをする。

「次は少し上司の事も考えて見るよ」
「お前は上司の事を考えるより先に俺の事を考えろ」

 二人は笑った、ボンネットに腰を掛けて今度はタバコを二本取り出して二人で分けた。
 休日、部屋の掃除をして居る時に目に入った一本のゲームソフト。
 ホームページを作るきっかけになった一つのゲームソフト、仲間との想い出が沢山詰まっているディスクを手に掃除を一時中断して空気を入れ替えるために窓を少しだけ開けた。

「懐かしいな」

 咥えていたタバコを左手で取り木製の椅子に腰掛ける。タイトルが書かれているディスクの裏を見ると当時遊んで居た頃の傷があった。

「入れ込んだなぁ、よく遊んだもんだ」

 ふと当りを見渡してゲーム機本体を探す、周りに無かったので押入れの扉に手をかけた。スライド式の木製のドアを開けると本体が埃をかぶって雑に置かれていた。

「すげ……これ動くのかな」

 掃除に使っている雑巾で埃を拭い取ると真っ黒な色が綺麗に残っていた。高校時代に親父に買ってもらったこのゲーム機、仲間とRPGや格闘ゲーム、パズルにシューティングゲーム。いろんなゲームで遊んだこの機械はもう二年程弄って居ない。それゆえに懐かしかった。

「えーっと、ケーブルはっと」

 コンセントにさしこむケーブルはすぐ側に置かれていた、これもまた乱雑に扱われている。当時の僕は何を考えてこんな仕舞い方をしたのだろうか。

「後はテレビにつないでっと」

 このテレビも相当昔から有る、一番古い記憶だと中学校一年生の頃まで遡る。もういい加減買い替え時期になるだろうか。今年で十一年目。

「お、動いた」

 見慣れた文字がテレビに映る、ウィンウィンと音を起ててゲーム機がディスクを苦しそうに読み込む。それもそうだろう。埃をかぶって放置された挙句ディスクはそこそこ傷ついている。苦無く読み込む方が怖いほどだった。

「うわぁ、懐かしいな。操作方法どうだっけか」

取り扱い説明書を読もうとして、直ぐに止めた。昔から説明書は読まずにとりあえず感覚で操作して覚える、それが僕のやりかただった。どんなゲームでもそうだった。
 今では先に説明書を読んでから手を付ける、つまらない大人になったもんだとタバコを吸う。
 起動したゲームはRPGだった、どうやら最後の敵の前でセーブされている。画面を見てようやく操作を思い出し、メニュー画面を開く。

「なんだこれ、レベルもう上がらないじゃん」

 極限までプレイされた形跡があった、プレイ時間は既にカウントされずレベルも上限、装備も充実していてレア装備まで持っていた。

「こんなことばっかりしてたから成績悪かったんだな俺」


 苦笑いしながら時計に目をやる。まだ正午を少し回った辺りで掃除も九割終わっていた。懐かしさのあまりコントローラーを操って最後のボスに挑む。ちょっとしたイベントが始まり会話がスタートする、ムービーが流れて戦闘に入った。

「……あれ?」

 戦闘開始数十秒でボスを撃破した、あまりの廃人っぷりに大笑いする。完全クリアすると最後のボスですら物の数十秒で撃破できる事を思い出してエンディングを見る。

「つまらないな、ネットゲーならこんな事は……」

 そこでハッと思い出した、何故このゲーム機をしまったのかを。
 永遠に続くゲーム、オンラインゲーム。クリアする事を前提としないゲームに手を出したのは四年前、仲間からの誘いだった。

「……そうか」

 皆高校を卒業してから各自自分の人生を歩み始めたあの頃、遊ぶ仲間も減ってネットの世界に仲間を求めたあの日、あの時もこんな気分だった。そう思う。
 何年も連絡を取って居ない仲間や地元を離れた仲間。今みんな何をしているのだろうか。
今でも地元に残って時々遊ぶ仲間も、僕の都合と相手の都合が合わず遊ぶ機会も減っていた。だからこそネットゲームに手を出した。
 それを思い出して、唐突に淋しくなった。このゲームのデータがそれを物語っていた。一人で遊ぶには丁度良く、時間を潰すにはあまりにも長い。このプレイ時間が語るものは仲間と一緒に同時プレイした証。エンディングが終わりスタッフロールが流れ始めた時、背景で流れる音楽に涙流す。

「……あぁ、そうだよな。そうなんだな」

 独り言を呟いて俯いた、当時の仲間ともう一度遊びたい。あいつらから貰った事を思い出し、切なく感じ、途轍もなく胸が苦しくなる。

「……掃除、続けるか」

 ゲームの電源を落して押入れにまたしまい込んだ、今度は乱雑にではなく、本体の上にタオルを被せて埃が掛からないようにした。
 拭い取った埃をはたいて、過去の僕の事も一緒に払う。風に運ばれて宙に舞、遠くへと飛ばされて行った。

「何も淋しくは無い、今の俺も楽しいもんだ」

 そう涙を拭ってタバコに火をつけた。

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