亜里香はため息をついた。

目の前には「相良」の表札。

「ほんとに入らなきゃいけないの?」

「仕方ないだろ。」

亜里香はもう一度ため息をつき、乱暴にカギを回してドアを開けた。

「亜里香!どこ行ってたの!」

「……」

「何とか言いなさい!それに、南乃花にも謝りなさい!」

亜里香の母親が怒鳴りつけた。

「いやよ!あたしは悪いことなんてしてない!」

亜里香も声を張り上げて応戦する。

「噓おっしゃい!南乃花にこんなことしておいて!」

「そんなのあたしの意思じゃないわ!南乃花があんなこと言うんだもの!

爆発するにきまってるでしょう!」

亜里香は声を張り上げた。

「なにをわけのわからないことを!

それに、母親に向かってなんて生意気な口を利くの、今までそんなことしなかったじゃない!」

亜里香ははじめて、落ち着いた声で言った。

「もうこの家にいる必要がなくなったからよ。」

「おねえちゃん、それどういうこと?」

南乃花が聞く。

「ああ、あんたいたの。」

亜里香は南乃花を冷たい目でみて、雄輝を呼んだ。

「失礼する。私は虎ノ門 雄輝、そしてこちらが秘書の楠本だ。

楠本。」

楠本が進み出て、口を開いた。

「本日は、亜里香様が雄輝様の花嫁となられたことをご報告に参りました。

また、お二人のご意向により、亜里香様はこちらとは縁を切ることになります。

そのための荷物も、取りに参りました次第です。」

亜里香は感心した。来るときに聞いたところだと、

亜里香の予想通り、楠本も亜里香と同い年らしい。

高1が秘書をやるとは、よほどしっかりしていないとできない芸当である。

「花嫁⁉」

「おねえちゃんなんかが?」

またか、と亜里香は思った。おねえちゃんなんか。

南乃花は口癖のようにそれを言う。

「なんだ、亜里香が花嫁だといけないのか。」

不機嫌そうに雄輝が尋ねる。

「そんなの決まってるじゃん!南乃花の方が可愛いもん!」

自意識過剰、という言葉が雄輝の頭に浮かんだ。

「どう考えても亜里香の方が可愛いだろう。

それに、仮にお前の方が可愛いとしても、

亜里香が花嫁じゃない理由なんてないだろう。」

「なんで?テストの点数が悪いってお母さんに怒られるお姉ちゃんよりも、

ちゃんと点数取ってお母さんに褒められるあたしの方がいいでしょう?」

亜里香はあきれてため息をついた。

「あんたは赤点回避しただけで褒められてんじゃん。

あたしは平均取っても怒られる。

しかも、あんたが通ってる学校は、金さえ払えば入れる偏差値40もない学校。

あたしが言ってんのは、ガチで勉強しないとは入れない偏差値65の学校。

どっちの方がバカかなんて、火を見るよりも明らかでしょう?」

亜里香は自分の方が賢いなどとうぬぼれるのは嫌だった。

嫌だったが、南乃花の方が頭がいいと思っているかのような母親の対応にはもううんざりだったのだ。