【なろうで100万PV突破!】次期聖女として育てられて来ましたが、異父妹の出現で全てが終わりました。史上最高の聖女を追放した代償は高くつきます!

「やれるものならやってごらん! ただし、何が起こっても、私は知りません!」



「最初からそのつもりです」



「そう。だったら早くお行きなさい」



 私はフィリップと共に、この場を立ち去ろうとした。



「フィリップ殿下!」



 私たちが背を向けるや否や、母がフィリップを呼び止めた。



「いくら夫婦であっても、これはマリアの問題。手出しは無用です!  殿下の身にもしものことがあれば、それこそ外交問題に発展し兼ねませんから――」



「はい……マリアが決めたことです。私は彼女の決断を最後まで見守ります」



 そう母に向かって答えるフィリップの目は、どこか冷ややかだった。









「私にできるのはここまでです」



「結婚早々、このようなことになってしまい、申し訳ありません」



「あなたの無事を祈っています」



 私は、具体的なことを何一つフィリップに話していなかった。だから、フィリップは私が何をやるのか全く知らない。それなのに、私を信じて送り出してくれた。



 







 私が馬車から降り立ったその場所は、宮殿から町を繋ぐ道だった。



 遠くに、宮殿を目指して歩いてくる一団の姿が見える。このまま私が歩みを進めて行けば、近いうちに私たちは顔を突き合わせることになる。









 私はゆっくりと、地面を踏みしめるように一歩一歩進んでいった。



 はるか遠くにいると思っていた一団であったが、実際に歩いてみるとあっという間だった。



 そして、とうとう私たちは対峙した。

 反対方向からたった一人で歩いてきた私を見て、人々は不思議そうな表情を浮かべていた。



 それはそうだろう。明らかに異質な出で立ちの女が、たった一人でやってきたのだ。



 しばしの間、お互い、無言のまま向き合っていたが、先頭に立っていた一人の良い身なりをした男が、私の前にやってきて、



「もしかして、あなたは……マリア様ですか?」



 と尋ねてきた。



「はい……」



 私は小さく頷いた。この男には見覚えがあった。確か、法律家で国民議会の議員だ。名前はトーマスと言ったか……、どうやらトーマスがこの一団のリーダーらしい。



「マリア様だって? 聖女の娘が何の用だ!」



 どこからか怒声が飛んできた。



 人々の、私に向けられている視線が、一気に悪意を帯びたものになった。



 私は身の危険を感じ、無意識のうちに身構えていた。









「その人に手を出しちゃ駄目! その人が薬をくれたんだから」



 聞き覚えのある声がして、声がした方を見ると、人垣をかきわけてやってくる女性の姿があった。



「ロザリー!」



 私が、思わずロザリーの元へ走り寄ろうとすると、



「マリア様!」



 と今度は逆方向から複数名の声が挙がった。声の主は、以前宮殿にいた使用人たちであった。









「話だけでも聞いてあげようじゃないか」



 ロザリーは、トーマスに、私とのことを説明した。



 私と一緒に農園で働いていたこと、そして、私が配った薬のおかげで、何人もの命が救われたこと……。



「なるほど。あなたは我々の敵ではなさそうだ」



 トーマスは余程人望があるらしい。トーマスが私を敵ではないと認めた瞬間、人々の私を見る目が変わった。









「ひょっとして……マリア様が聖女になられるのですか? マリア様が聖女になられるのなら、私たちはまたお側で働きたいと思っています!」



 今度は元使用人たちが発言した。それは、思ってもみない言葉だった。



「私は……」
「私は……。私は、聖女が不要かどうかは、国民のみなさんが決めれば良いと思っています」



 静まり返った場に、私の声は遠くまで響いた。



 少しの間をおいて、



「マリア様! 何てことを……!」



 元使用人たちは、涙を流しながら、膝から崩れ落ちた。



「どうしてそう思われるのですか?」



 トーマスが私に問うた。



「はい。今の聖女――私の母は、国民の敬愛を完全に失っています。残念なことですが、今後、母が国民からの信頼を回復することはできないでしょう」



 場がざわつき始めたが、私はそのまま続けた。



「聖女は普通の人間です。奇跡を起こすことはできませんし、魔法を使うこともできません。単なる信仰の対象でしかありません」



 ざわめきがさらに大きくなった。



「ほう。これは興味深い。次期聖女としてお育ちになったあなたが、聖女を否定するかのようなことをおっしゃるとは。詳しくお聞かせ願えませんか?」



「私にとって、宮殿での生活が全てでした。聖女が祈りを捧げることで国全体が幸せになると本気で思っていましたし、自分が将来聖女になることに何の疑問も抱いていませんでした。



 しかし、一歩宮殿の外に出てみて初めて気が付きました。私は銀の匙をくわえて生まれてきたのだと……!」
「私はみなさんが学校にも行けず、毎日わずかな日当で細々と暮らしていることも知りませんでした。



 それで私は思ったのです。聖女がいても、国民の暮らしは一向に良くなっていない。国民を幸せにすることもできず、国民からの敬愛も得られない聖女など不要だと……!」



 感情的にならないように気を付けていたつもりだったが、最後の方は涙声になってしまっていた。



「あなたはそれでよろしいのですか?」



「はい……みなさんにお任せしたいと思います。でも、一つだけお願いがあります。武力は決して使わず、話し合いで決めてください……」



「わかりました。お約束します」



 トーマスは私に、国民会議を開くことを約束してくれた。









 約束通り、国民議会が開かれた。



 母には、国民議会の開会を猛反対されるかと思っていたが、意外にもそれはなかった。恐らく、自分の地位は揺るがないと、絶対的な自信を持っているのだろう。



 正直言って、私にもどうなることか全く想像がつかなかった――今日まで続いてきた<聖女>という伝統を、国民は捨てることができるのだろうかと。
 私はある決意をもって、この場所を訪れていた。



 私は鉄格子越しに見える白髪の女性の姿を見つめている。



 その女性というのは、私の母だ。



 国民議会の決定で、母は聖女の座から引きずり降ろされ、国民は私を次の聖女に選んだ。



 今、母は鉄格子の中にいる。



 母夫婦と夫の一族、そしてカタリナは、権力を濫用し、国民を苦しめたとされた。



 母の夫とその一族は、国外へ追放されたが、母とカタリナは囚われた。



 なぜなら、母もカタリナも聖女の血を継ぐ者だからである。私は追放でも構わないのではないかと思ったが、トーマスが反対したのだ。



 よからぬ考えを抱く者が、母やカタリナに近づくことを危惧したからである。



 私は異議を唱えることをしなかった。



 思えば母は弱い人間だったのだろう。偉大なる聖女であった祖母の期待に応えられず、聖女として必要最低限のことしか求められなかった。



 そのため、祖母の期待は、全て孫である私に向けられた。私が生まれてからというものの、祖母は私を自分の手元に置き、英才教育を施した。



 運悪くと言うべきか、私には祖母の期待に応えられるだけの資質があった。



 自分からやりたいと言ったわけでもなく、適性もない、聖女という立場を無理やり押し付けられた上、好きでもない男の子を産まされ、さらにその子が母親からの愛情を奪っていた。自分は単なる中継ぎとしての存在でしかない――それが母を歪めていった。



「カタリナ!」



 私の姿を認めると、母は私の前に飛び出してきた。



「……」



 私は無言で母を見つめる。カタリナは母とは別の場所に囚われており、二人はもう二度と会うことはない。



 囚われてからというものの、母は一気に老け込み、老婆のような見た目となった。そして、それと同時に心も壊れていった。



 私だろうが使用人だろうが、年頃の若い女性の姿を見ると、誰かれ構わず〈カタリナ〉と呼びかける。



 最初の内は私も、自分はカタリナではなく、マリアだと訂正をした。しかし、何度言っても直らなかった。



 私は毎日欠かさず母の元を訪れている。今日も母は私の姿を見つけると、



「カタリナ!」



 と呼びかけた。



 そこで私の心は決まった。



「もうここへは来ません。母のことをよろしくお願いします」



 私は看守にそう伝えた。



 母の娘はカタリナだけだったのだ。
 私には前々から考えていたことがある。



 それは、私の薬学に関する知識や技術を、人々に広く伝えることだ。



 流行り病の薬を作っていた時、もっと人手が欲しいと常に思っていた。



 薬学に詳しい者がもっといれば、流行り病の薬はもっと早く、もっとたくさん作れたはずだし、もっとたくさんの人を救えた。



 そのことをフィリップとトーマスに話したところ、トントン拍子に話が進んだ。



 聖女の宮殿の一部を改築し、薬学を教える学校を作ることになり、私も講師の一人として名を連ねることになった。



 そのため私は今、聖女として日々の祭祀をこなしながら、学校の開校に向けて忙しい日々を送っている。



 







「殿下、今まで大変お世話になりました。殿下のおかげでここまで来ることができました」



「そんな水臭い。私たちは夫婦ではないですか」



「そのことですが……殿下、どうぞ離縁して下さいませ……」



「……! なぜそのようなことを言うのです! 私のことが嫌になったのですか?」



「いえ……そういうわけでは……」



 私は言葉を濁した。



 私とフィリップが結婚したのは、私を母の手から守るためである。



 だが今や、その脅威はもうなくなった。



「私たちは仮初の夫婦。目的を果たした今、もう一緒にいる意味がありません。殿下は他の方と幸せになってください……」



「そうですか……あなたはそうお考えかも知れませんが、私は違います。正直に申し上げましょう。私は以前よりあなたをお慕い申し上げておりました」



「あの……私たちは以前どこかで……?」



「ええ。幼い頃、私は父に連れられて、聖女が主催する式典に出席したことがあるのです」



 私には全く記憶がなかった。



「私は、私とたいして年齢が変わらない小さな少女が儀式を行っている姿に、釘付けになりました。彼女はとても神々しく、美しかった。年齢さえ感じさせないほどに。



 そこで私は、父に、『将来、あの少女と結婚したい』と言いました。すると父は、『あの子は聖女になるから無理だ』と。



 そして、その少女が成長した姿で私の前に現れたのです。最初は他人の空似だと思いましたが、徐々に確信に変わり、貴女を父と引き合わせたあと、それは確信に変わりました」









「貴女の境遇を利用して、あのような形で結婚を申し込んだのは、強引だったと思います。でも、私の貴女を思う気持ちに偽りはありません」



「いえ、殿下。殿下を利用していたのは私も同じです。やはり離縁していただいた方が……」



 <離縁>という言葉に私は強く反応した。次から次へと涙が出て止まらなくなっていた。



「どうかされたのですか?」



 子どものように泣きじゃくる私を見て、フィリップが尋ねた。



「わかりません……ただ、殿下とお別れするのかと思ったら急に悲しくなって……」



「そうですか……ならば、離縁するのはやめにしましょう。今日からは、本当の夫婦になれるよう、一緒に歩んでいきましょう」



「はい、殿下」



「これからはフィリップと」



「ええ、フィリップ……」

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