【なろうで100万PV突破!】次期聖女として育てられて来ましたが、異父妹の出現で全てが終わりました。史上最高の聖女を追放した代償は高くつきます!

「こんにちは。久しぶりね」



「えっ……? ああっ、あんたは!」



 聖女の宮殿に向かう途中、私は、農場で働いていた時に訪れていた町に立ち寄った。そして、そこで探していた人物を見つけ出し、声をかけた。



「お元気そうで良かったわ、ロザリー」



「どうしたの? そんな恰好をして。最初、誰だかわからなかった!」



 ロザリーは私の服装をまじまじと見つけた。



「その格好、何だか聖女様みたい……って、え? あれ? その紋章……まさか本当に……」



「ええ……、正確に言うと、ちょっと違うのだけれども……」



 何だか照れくささを感じ、私は小さな声で返事をした。



 ロザリーは驚きで口をあんぐりと開けていたいが、すぐに真顔に戻った。



「……で、聖女様が一体、何の用?」



 ロザリーの声色は冷たかった。それもそのはず、ロザリーは聖女に良い感情を抱いていない。だからこそロザリーに確かめたかったのだ。



「流行り病はどう……?」



「どうもこうもないよ! 農場の仲間ももう何人も……今も苦しんでいる仲間もいる……」



 涙で声を詰まらせながら、ロザリーは言った。



「薬は? 薬を飲んでいないの?」



「薬? そんなもの高くて買えやしない!」



 私は、国民全員に行き渡る量の薬を作り、それを全部フィリップに持って行ってもらった。



 馬車の中で控えているフィリップに確認してみたが、全て母に渡したとのことだった。



 私はてっきり、国民全員に無償で渡しているものとばかり思っていたし、そうしてくれることを願っていた。



 しかし、母には私の思いは通じなかったようだ。むしろ、母は完全に聖女としての有り様を失くしている。



「これを飲ませてあげて」



「薬?」



「そう。流行り病の薬よ」



 最悪の事態に備え、予備の薬を持ってきて良かった。



 だが、その最悪の事態に直面してしまった私は、母に対して完全に失望したのであった。
「この薬を持っていって下さい。そして、もし、流行り病で苦しんでいる人がいたら、飲ませてあげてください!」



 私は、ロザリーだけではなく、周囲にいた人々にも声をかけた。



 しかし、誰も私に声をかけてこない。それどころか、遠巻きに私を眺めている。



 聖女の関係者である私を見る人々の視線は、冷たい。



 物を投げつけられたり、罵声を浴びせられたりはしなかったが、誰も私に近づいて来る気配はなかった。だが、私はいつの間にか人々に取り囲まれていた。



 しばらくはお互い無言の状態が続いた。



 すると、私の足元に一枚の紙切れが投げ込まれた。まるで私に<見ろ>と言っているようだ。



「……」



 私はしゃがみ込んで紙切れを拾い、目を通した。



 それは風刺画だった。



 国民に重荷を背負わせ、贅沢をしている母と、追い出された父と私が描かれている。



 私は、聖女と国民の関係が絶望的であると思い知らされた。



 



 



 なかなか人々との距離を縮められない私の様子を見兼ねたフィリップが、馬車から降りて来た。



 フィリップは、自分の身分を明かし、怪しい薬ではないこと、自分もこの薬を飲んで命が助かったと説明した。最後に、みんなの前で薬を一粒飲んでみせた。



 すると、遠巻きに見ていた人たちが一斉に、薬を求めて押し寄せ、薬はあっという間になくなった。
「先ほどはどうもありがとうございました。助かりました」



 馬車の中で私はフィリップに礼を述べた。



「いえ……それより、あなたの方こそ大丈夫ですか?」



 フィリップは、逆に私を気遣った。



「正直言うと、あそこまでひどい状況になっているとは予想外でした……」



 私が母の元に戻ることで、状況が今よりはましになるかとほのかな期待を抱いていたが、それは間違いだったらしい。



「あなたにお見せしようかどうか迷っていたのですが……やはりお見せすることにします」



 そう言ってフィリップは私に、紙の束を渡した――その表紙には、<調査報告>と書かれていた。









 調査報告には、フィリップが言っていた母の<お振舞い>についての詳細が書かれていた。



 母は完全に現在の夫とカタリナの言いなりになっており、欲しがる物をすべて買い与えているという。そして、さらに困ったことに、現夫の親族を呼び寄せ、彼らを要職に就け、法外な報酬を支払っているとのことだった。



 紙をめくるたびに手の震えが酷くなる。それでも何とか全てに目を通した。



 そんな私の様子を、フィリップは心配そうに見つめ、手の震えを止めるかのようにそっと手を握ってくれた。









 そうこうしているうちに、私たちを乗せた馬車は、聖女の宮殿の敷地内に入っていた。



 血の繋がった母ということもあり、母には散々感情を揺さぶられてきたが、とうとう決着をつけるときが来たようだ。

「フィリップ殿下も遠路はるばるご苦労様でした」



 私とフィリップは、ついに母と対峙した。



 母の言葉の端々には、フィリップを下に見るような態度が垣間見えた。



「さあ、マリア。あなたはもう下がりなさい」



 すると、母の側に仕えていた一人の女性が、私の隣にやってきた。



「どうぞこちらへ……」



 見たことのない顔だった。この女性だけではない。宮殿の敷地内に入ってから、私の知らない顔が増えていた。メアリのように辞めさせられたのか、それとも、自分から辞めたのか……。









「お待ちください。マリアをどこへ連れて行くおつもりですか?」



 フィリップが割って入ってきた。



「どこって……、ここから先は私たちの、我が国の問題です。部外者である殿下には関係のないことです」



 話は終わったと言わんばかりに、母も立ち上がろうとしていた。



「お待ちください」



 フィリップは、再び母を引き留めた。



「私は部外者ではありません。私はマリアの夫です。そして、ゆくゆくマリアは我が国の王妃になる者です」
「夫ですって……!」



 フィリップに向き直った母の顔は、鬼の形相であった。



「ええ、私とマリアは結婚したのです」



 フィリップは、母に対して一歩も引かない。



「結婚? そんなことは一言も聞いていない!」



 母は私たちをキッと睨みつけた。



「はい。本日はそのご報告も兼ねて――」



「聖女であり、母親でもある私の許可も得ず、勝手に決めるなんて! そもそも、親の許可もなく結婚できるわけないでしょう!」



「許可ならここに――」



 怒りのあまり大声で怒鳴り散らしている母に負けじと、フィリップが声を張り上げた。









 フィリップが母に突き付けたのは、<結婚許可証>であった。



「こんなもの……こうしてやる!」



 母が、結婚許可証を二つに裂こうとしたまさにその時、



「おやめください!」



 と何人かの大臣が飛び出し、母の手から結婚許可証を奪い取った。



「返しなさい!」



「それはできません。これは国の正式な書類。破り捨てようものなら外交問題に発展し兼ねません!」



「その通りです。もしその結婚許可証を破棄しようものなら、我が国に対し、敵意ありと看做します!」



 力の差は明らかだ。圧倒的な軍事力を持って攻め込まれたら、この国は終わる。母は力なくその場に崩れ落ち、その場にいた全員が凍り付いたように動かなくなった。



「マリアは私の娘なのよ……母親の私を差し置いて、こんなことが許されるはずがない……」



「お言葉ですが……先にマリアを追放――捨てたのは、貴女では?」
「マリアを追放した時点で、貴女とマリアは親子ではなくなったのです。したがって――」



「だから父親の方から許しをもらったってことね……」



 母は、結婚許可証に書かれている父のサインを、忌々しげに見つめていた。



「話が早くて助かります」



「何て憎たらしい……!」



 勝ち誇った笑みを浮かべるフィリップの姿は、母にとって屈辱的だったに違いない。 



 それにもう母には、私たちの結婚に反対する理由を見つけられなかった。









「大変です! 町で暴動が起きました! 現在、宮殿に向かっています!」



「何ですって……!」



 突然、勢いよく扉が開かれ、私たちは弾かれたように、声がした方向へ視線を向けた。



 恐れていたことが起きてしまった。



「さっさと軍を向かわせなさい!」



 フィリップとのやり取りで、相当、怒りが蓄積していたのだろう。母はかなり苛立っていた。



「あの……」



 報せを持ってきた者が、立ち去ろうとしている母を止めた。



「まだ何かあるの?」



 ますます不機嫌さを増した母に躊躇しながら、



「民衆は、薬をタダで寄越せと口々に叫んでいるそうです……」



 と声を震わせながら伝えた。



「薬……?」



「ええ、何でもある町で薬が無料で配られたようで――」



 そこまで聞いくと、母はものすごい勢いで私の前にやってきて、私の胸倉を掴み、そのまま激しく揺さぶった。



「マリア! お前という子は、余計なことばかりして!」



 フィリップが止めに入ると、母は私を突き飛ばすようにして手を放し、その反動で私は床に叩きつけられた。



「私が暴動を止めに行きます!」



 思わず口を突いて出た言葉だった。
「やれるものならやってごらん! ただし、何が起こっても、私は知りません!」



「最初からそのつもりです」



「そう。だったら早くお行きなさい」



 私はフィリップと共に、この場を立ち去ろうとした。



「フィリップ殿下!」



 私たちが背を向けるや否や、母がフィリップを呼び止めた。



「いくら夫婦であっても、これはマリアの問題。手出しは無用です!  殿下の身にもしものことがあれば、それこそ外交問題に発展し兼ねませんから――」



「はい……マリアが決めたことです。私は彼女の決断を最後まで見守ります」



 そう母に向かって答えるフィリップの目は、どこか冷ややかだった。









「私にできるのはここまでです」



「結婚早々、このようなことになってしまい、申し訳ありません」



「あなたの無事を祈っています」



 私は、具体的なことを何一つフィリップに話していなかった。だから、フィリップは私が何をやるのか全く知らない。それなのに、私を信じて送り出してくれた。



 







 私が馬車から降り立ったその場所は、宮殿から町を繋ぐ道だった。



 遠くに、宮殿を目指して歩いてくる一団の姿が見える。このまま私が歩みを進めて行けば、近いうちに私たちは顔を突き合わせることになる。









 私はゆっくりと、地面を踏みしめるように一歩一歩進んでいった。



 はるか遠くにいると思っていた一団であったが、実際に歩いてみるとあっという間だった。



 そして、とうとう私たちは対峙した。

 反対方向からたった一人で歩いてきた私を見て、人々は不思議そうな表情を浮かべていた。



 それはそうだろう。明らかに異質な出で立ちの女が、たった一人でやってきたのだ。



 しばしの間、お互い、無言のまま向き合っていたが、先頭に立っていた一人の良い身なりをした男が、私の前にやってきて、



「もしかして、あなたは……マリア様ですか?」



 と尋ねてきた。



「はい……」



 私は小さく頷いた。この男には見覚えがあった。確か、法律家で国民議会の議員だ。名前はトーマスと言ったか……、どうやらトーマスがこの一団のリーダーらしい。



「マリア様だって? 聖女の娘が何の用だ!」



 どこからか怒声が飛んできた。



 人々の、私に向けられている視線が、一気に悪意を帯びたものになった。



 私は身の危険を感じ、無意識のうちに身構えていた。









「その人に手を出しちゃ駄目! その人が薬をくれたんだから」



 聞き覚えのある声がして、声がした方を見ると、人垣をかきわけてやってくる女性の姿があった。



「ロザリー!」



 私が、思わずロザリーの元へ走り寄ろうとすると、



「マリア様!」



 と今度は逆方向から複数名の声が挙がった。声の主は、以前宮殿にいた使用人たちであった。









「話だけでも聞いてあげようじゃないか」



 ロザリーは、トーマスに、私とのことを説明した。



 私と一緒に農園で働いていたこと、そして、私が配った薬のおかげで、何人もの命が救われたこと……。



「なるほど。あなたは我々の敵ではなさそうだ」



 トーマスは余程人望があるらしい。トーマスが私を敵ではないと認めた瞬間、人々の私を見る目が変わった。









「ひょっとして……マリア様が聖女になられるのですか? マリア様が聖女になられるのなら、私たちはまたお側で働きたいと思っています!」



 今度は元使用人たちが発言した。それは、思ってもみない言葉だった。



「私は……」
「私は……。私は、聖女が不要かどうかは、国民のみなさんが決めれば良いと思っています」



 静まり返った場に、私の声は遠くまで響いた。



 少しの間をおいて、



「マリア様! 何てことを……!」



 元使用人たちは、涙を流しながら、膝から崩れ落ちた。



「どうしてそう思われるのですか?」



 トーマスが私に問うた。



「はい。今の聖女――私の母は、国民の敬愛を完全に失っています。残念なことですが、今後、母が国民からの信頼を回復することはできないでしょう」



 場がざわつき始めたが、私はそのまま続けた。



「聖女は普通の人間です。奇跡を起こすことはできませんし、魔法を使うこともできません。単なる信仰の対象でしかありません」



 ざわめきがさらに大きくなった。



「ほう。これは興味深い。次期聖女としてお育ちになったあなたが、聖女を否定するかのようなことをおっしゃるとは。詳しくお聞かせ願えませんか?」



「私にとって、宮殿での生活が全てでした。聖女が祈りを捧げることで国全体が幸せになると本気で思っていましたし、自分が将来聖女になることに何の疑問も抱いていませんでした。



 しかし、一歩宮殿の外に出てみて初めて気が付きました。私は銀の匙をくわえて生まれてきたのだと……!」