バイト前に少しだけ公園に立ち寄った由香奈は、春日井の言葉に聞き入る。それはそうだと思った。情報は大切だ。大川さんが教えてくれたから、藤堂のマンションで暮らせているように。
 何より、子どもだった自分の身近にもフラワーのような場所があったなら、と考えてしまう。そうだとして、自分は足を向けなかったかもしれない。それでも、そういう場所があるのだと知っているのといないのとでは、大きく違ったと思う。

「園美さんはあれでけっこう辛辣でさ、世の中でいちばんの罪は、無知と無関心だって」
「…………」
「でも、人の善意に対しては楽天的でさ。それもそうだよね、食材を寄付したり援助してくれる人たちのおかげで、食堂が成り立ってるんだもん」
「うん……」
「他人の善意を当てにすることは恥ずかしいことじゃないし、助けられた方が助けることもある。そうやって、上手く回っていけばいいのにな」
「うん」

 ふと思う。園美さんが派手な黄色のエプロンを身に着けて街を歩くのも、わざと目立って道行く人に関心を持ってもらうためなのかな。春日井にそう尋ねようと顔を上げた由香奈めがけて、男の子が走り寄ってきた。
「ゆかなー!」
 ガードする間もなく、両手でブラウスの胸にタッチされた。びきっと場の空気が凍りつく中で、当の本人はすぐに目を丸くした。

「あれ? やわらかくない」
 かわいい手をもにゅもにゅさせるが、指がひっかからないようだ。さすがはプロテクター。
「こら! セクハラだぞ、それは!」
 春日井の剣幕に男の子は仲間たちの方へ逃げていく。

「大丈夫だから……」
 そのまま追いかけようとする春日井を由香奈は止める。こんなことでひどくしかってしまうほうが問題だ。そう思ったのだが。
「良くないよね? 由香奈ちゃん、怒らないとダメだよね?」
 そんな、怒るようなことではない。子どもに触られたくらい。そう思って中途半端な笑みを浮かべる由香奈の方をしかるように春日井は目を吊り上げる。

「ダメなものはダメだし、嫌なことは嫌って言わなきゃ」
「……はい」
 本気で怒られているのを感じ、しゅんとして由香奈は項垂れる。
「べ、別に。由香奈ちゃんに怒ったわけじゃないんだけど……」
 そうして変な空気感のまま、バイトに行くため由香奈は彼と別れた。