「カスガイさん、何やってるの?」
フォークを銜えたまま尋ねるクレアに春日井は笑う。
「子どもたちに遊んでもらってます」
「ふうん……」
クレアの探るような視線を感じたが、由香奈は俯いたまま目を上げられなかった。
「あれ、知り合い?」
黄色いエプロンの女性まで加わって由香奈はますます肩を縮める。
「同じマンションの子たち」
「ああ、叔父さんの」
ぱちぱち瞬きしてから、黄色いエプロンの女性は朗らかに言った。
「春日井くんのお茶はこっちに運ぶ?」
「え……」
戸惑って春日井はクレアと由香奈を見る。由香奈はフォークを手にしてホットケーキを見つめたまま、ぴくりとも動けない。仕方なさそうにクレアが頷いた。
「いいですよ、一緒します?」
「うん……」
春日井は流れについていけてないようだ。それでも黄色のエプロンの女性が彼の分の紅茶を持ってきたから、クレアの隣に腰を下ろした。
「ごゆっくりどうぞ」
また言う女性をクレアはじとっと見上げる。彼女は微笑んで子どもたちのテーブルへと行ってしまった。
「えと、ふたりともここに来てくれてたの?」
「あたしは初めて。由香奈は?」
「あ……二回目です」
ようやく少しだけ顔を上げて由香奈は答える。
「そうなんだ、ありがと」
「お礼を言われるようなこと?」
真顔でクレアが言って、春日井も真率な顔になる。
「うーん……。でも、ありがとう」
クレアは肩を竦め、フォークでホットケーキをつつきながら話題を変えた。
「カスガイさんていくつ?」
「二十一だよ。三年生」
「へーえ、ここ、年齢が並ぶのか」
クレアはフォークで春日井と自分と由香奈を順々に示す。
「どうして今頃引っ越してきたの?」
そういえばそうだ。由香奈ももそもそと残りのホットケーキを口に運びながら聞き耳を立てる。
「前から部屋を借りたいって思ってたんだよ。実家はここから少し遠くてさ、今まで二時間かけて通学してたんだから。この間やっと部屋が空いたって叔父さんが知らせてくれて。助かったーと思ったよ。もう速攻荷物運んで」
「何しろ家賃が激安だもんね」
「そうそう」
「親戚割は?」
「そんなのあの人がしてくれる思う?」
ぼやく口調はあくまで微笑ましい程度のものだ。叔父と甥で仲が良いのだろうな、と由香奈は思う。
「ボランティア精神は血筋?」
クレアは少し意地悪な質問をする。それに対して、春日井はまた真顔になった。
「……ああ。今まで気づかなかったけど、そうかも。叔父さんの影響は、あるかも」
どこまでも素直な春日井の反応にクレアも再び肩を竦めて由香奈を見る。由香奈はまたぱっと視線を下げた。
帰りがけ、由香奈とクレアは申し合わせたわけではないけれど、五百円ずつピンクのブタの貯金箱に入れた。
「ありがとうございます」
お辞儀をする黄色いエプロンの女性の向こうで、子どもたちの相手をしながら春日井が手を振る。まわりの子どもたちの中に、先日怒った母親に引っ張られて帰っていった男の子の顔を見つけ、由香奈はほっとする。そんな由香奈に黄色いエプロンの女性はにっこりと微笑んだ。
「また来てね」
店からかなり遠ざかってから、クレアが由香奈に言った。
「あの店員さん、クセモノだね」
「え……」
由香奈は意味がわからず目をぱちぱちしてしまう。
「うん……わかんないなら、いいよ」
クレアはこの後、学校の仲間と買い物に行く約束があるというので、駅前で別れた。由香奈はひとりでマンションに帰る。
エントランスに入り、掲示板に向かう。馬車の上から憂いを帯びた眼差しが投げかけられる。
クレアの口から貴婦人という単語が飛び出したとき、由香奈はこの絵の女性を思い出した。貴婦人て、きっとこんな感じの人のことだ。こんなふうには由香奈はとてもなれない。ミチルさんの宿題は、クリアできそうにない。
カタンと物音がして我に返り、由香奈は管理人室の方を見る。小窓の向こうで藤堂が新聞を広げている。
(そうだった)
由香奈は小窓に近づく。それを見た藤堂が立ち上がって小窓を開けてくれる。
「あの、ケーキ……ありがとうございました」
「……ああ」
「……」
由香奈は目線を下げて、質問を口に出そうかどうか迷う。
(あれも仕事のうちですか?)
「仕事のうちだからな」
先回りしたように言われてしまい、その淡々とした口ぶりに由香奈は思わず吹き出してしまった。
「どうして笑う?」
「あ……ごめんなさい。わからないけど……」
本当に。どうして笑ってしまったのか。慌てて口元を押さえて藤堂を見上げる。本人は気づいているのかいないのか、藤堂も微かに口元をほころばせていた。
どちらがどう言い出したわけではないけれど、由香奈もクレアも予定のない夜にはフラワーで夕食を食べるようになった。
「家で食べるのはカップラーメンばかりだし」
由香奈もバイトの賄以外では似たようなものだ。朝にはいつもマーガリンも付けない生の食パンをかじっている。
「女子力低すぎ」
園美さん――黄色いエプロンの女性――は呆れた顔をしつつ、お代は財布と相談してでいいんだからね、と言ってくれた。
「ふたりみたいな若い女の子が座っててくれるだけで、効果は計り知れないんだから」
朗らかに笑っておやつを持ってくる園美さんに鼻白むクレアの周りでは、女の子たちが小物づくりをしている。
「クレアさん、このパーツどうかな?」
「うん、合うと思うよ。センスいいね」
由香奈は感心しながら、ビーズのブレスレットやレジンのペンダントヘッドができあがっていくのを見守る。午後五時をまわると、公園で遊んでいた男の子たちが戻ってくる。
「先に宿題やっちゃえよー」
春日井がそう声をかけながら、算数の宿題を見てやったりする。由香奈のところにもドリルを持って質問に来る子がいる。出入りするようになってすぐ、春日井と同じように子どもたちの相手をしてくれるおねえさんとして認定されたようだ。
そうやって自分から距離を縮めてくる子もいれば、未だ話をしたことのない子もいる。人懐っこい常連の子たちよりも、たまにやって来てつまらなそうにしている子の方が要注意なのだろうな、と由香奈は思う。
お客が誰もいないときには、スタッフたちが活発に議論していることもあった。
「そもそもここは、食事を作ってもらえない子たちのための場所でしょう。もっとピンポイントでアプローチしてかないとダメなんじゃないかな」
「でも、それはデリケートな問題だから。民生委員に任せたほうが……」
「それじゃ何も変わらないじゃん」
園美さんのほかに中心となる女性メンバーがふたりいて、よく言い争っていた。それに対して園美さんの方針は明確らしい。
「とにかく宣伝。地域に認知させること」
「俺もそれに賛成」
公園で子どもたちを見守りながら、春日井もきっぱり言っていた。
「とにかくここに、子どもが無料で食事できて、一緒に来た親同士話ができて、家に一人でいるよりも子どもたちが楽しくすごせる、大人だって普通に食事することがボランティアになる、そういう場所があることを知ってもらうことが大事で、知ってるのと知らないとでは全然違う」
バイト前に少しだけ公園に立ち寄った由香奈は、春日井の言葉に聞き入る。それはそうだと思った。情報は大切だ。大川さんが教えてくれたから、藤堂のマンションで暮らせているように。
何より、子どもだった自分の身近にもフラワーのような場所があったなら、と考えてしまう。そうだとして、自分は足を向けなかったかもしれない。それでも、そういう場所があるのだと知っているのといないのとでは、大きく違ったと思う。
「園美さんはあれでけっこう辛辣でさ、世の中でいちばんの罪は、無知と無関心だって」
「…………」
「でも、人の善意に対しては楽天的でさ。それもそうだよね、食材を寄付したり援助してくれる人たちのおかげで、食堂が成り立ってるんだもん」
「うん……」
「他人の善意を当てにすることは恥ずかしいことじゃないし、助けられた方が助けることもある。そうやって、上手く回っていけばいいのにな」
「うん」
ふと思う。園美さんが派手な黄色のエプロンを身に着けて街を歩くのも、わざと目立って道行く人に関心を持ってもらうためなのかな。春日井にそう尋ねようと顔を上げた由香奈めがけて、男の子が走り寄ってきた。
「ゆかなー!」
ガードする間もなく、両手でブラウスの胸にタッチされた。びきっと場の空気が凍りつく中で、当の本人はすぐに目を丸くした。
「あれ? やわらかくない」
かわいい手をもにゅもにゅさせるが、指がひっかからないようだ。さすがはプロテクター。
「こら! セクハラだぞ、それは!」
春日井の剣幕に男の子は仲間たちの方へ逃げていく。
「大丈夫だから……」
そのまま追いかけようとする春日井を由香奈は止める。こんなことでひどくしかってしまうほうが問題だ。そう思ったのだが。
「良くないよね? 由香奈ちゃん、怒らないとダメだよね?」
そんな、怒るようなことではない。子どもに触られたくらい。そう思って中途半端な笑みを浮かべる由香奈の方をしかるように春日井は目を吊り上げる。
「ダメなものはダメだし、嫌なことは嫌って言わなきゃ」
「……はい」
本気で怒られているのを感じ、しゅんとして由香奈は項垂れる。
「べ、別に。由香奈ちゃんに怒ったわけじゃないんだけど……」
そうして変な空気感のまま、バイトに行くため由香奈は彼と別れた。
「ゆかなん、算数教えて」
女の子にいきなり呼ばれたときには驚いた。
「え……」
おかっぱ頭の目の綺麗な女の子は、固まる由香奈をきょとんと見上げている。
「いきなり失礼でしょ。由香奈さんて呼びなさい」
見かねた園美さんが間に入ってくれると、女の子は肩をすぼめて悲しそうな上目遣いになった。
「ダメ?」
由香奈は考える間もなくぶんぶん首を振る。
「ダメじゃない。い、いいよ……」
「やった。ゆかなん、ここの角度ってどうすればわかるの?」
算数のテスト直しらしい。赤でバツの付いた問題を指している。
「えーとね……」
それから女の子たちからは「ゆかなん」と呼ばれるようになった。クレアは「クレアさん」なのに、とは考えないことにする。あだ名で呼ばれるなんて初めてで、自分が子どもに戻ったような心地になった。
そのうち、商店街のハロウィンのイベントに合わせ、フラワーの店頭に露店を出そうという話になった。目の前の交差点を利用させてもらえればテーブルをセッティングして大々的にやれそうだ、と。
「それでね、由香奈ちゃんに手伝ってもらいたいの」
園美さんに頼まれ、由香奈は戸惑った。これまでは、あくまで食堂のお客さんだったけれど、本格的に手伝うとなると、それはもうボランティアスタッフということになる。
ボランティア? 自分が? 反応できずにいる由香奈をクレアが助けてくれた。
「由香奈は接客やりたくないんだものね」
「そうなの?」
目を見開いた後、園美さんは残念そうな顔つきになる。
「由香奈ちゃんに、ウェイトレスさんやってもらいたいのだけどな」
「……」
由香奈はやっぱり何も言えない。とりあえず、その場は返事を保留にして解放してもらえた。
日没後のエントランスは橙色のライトが点いて、昼間より明るかったりする。その灯りの下で、由香奈はポスターの女性と向かい合う。いつもは冷たく見える眼差しが、少しだけ暖かいように感じる。
「おかしいよね……」
ぽつりと声を落とす。
「私が、ボランティアとかって」
あんなことをしてるのに。項垂れていると、脇から声がした。
「関係ないだろう」
管理人室の扉の前で。由香奈の方は見ずに藤堂が淡々と言う。
「その人間がこれまでやってきたことと、これからやろうとしていること。それはまったく別の問題だ」
「……」
そうだろうか。由香奈にはそんなふうにすっきり考えられない。ただ、否定されなかったことは嬉しい。由香奈はしきりに瞬きしながら、頷くように頭を下げた。
「なにこれ。萎える」
学生課職員の児島は由香奈の胸元を見て真顔でつぶやいた。
「嫌がるのを無理矢理も良いけど、ここまでガード固いと、どうでもいいわ」
ミチルさんのプロテクターは完璧だ。ほっとして由香奈はブラウスのボタンを嵌め直す。
「君がしてほしいなら舐めるけど」
「……っ」
由香奈はものすごい勢いで首を横に振って、相談室のパイプ椅子の上で体を縮こませる。
「で、ボランティアね。いいと思うよ。偽善者ぶって点数稼ぎかって嫌う輩もいるけど、人にどう見られるか気にして動かないよりずっといい。ボランティアの経験をアピールする学生はそれだけ多いから、どれだけ自分が活動に貢献できたかを推せないと意味ないよ」
なるほど、と由香奈は素直に頷く。やるからには頑張らないと。
「大丈夫? ほんとにやるの? ウェイトレス」
クレアは心配してくれたけど、由香奈は決意を込めてこくりと頷く。
「相手は子どもだし……それならなんとか」
健気な由香奈の言葉に、園美さんがにこおっと笑うのをクレアはじとっと見上げる。
「そしたらね、当日にはぜひ可愛い格好でお願いしたいな。メイドさんに近い感じで」
園美さんの要望を聞いたとたんに、ざーっと由香奈の顔が強張る。
「メイドさん……」
「由香奈、メイド服持ってなかったっけ?」
クレアが言ったが、すぐ直後に余計なことだったというふうに眉をしかめた。
「ごめん、捨てるって言ってたよね」
「……ううん、まだある」
由香奈は力なく首を横に振る。服に罪はない、そう言ったのはクレアだ。それでなんとなく捨てにくくなってしまった。持っていたからって使うこともないと思ってたけど。
「あるの? それなら衣装代助かるわあ」
衣装って、そもそも給仕するだけならエプロン一枚ですむのじゃないだろうか。やっぱりやるなんて言わなきゃ良かった。由香奈は鼻の頭に汗を浮かべて膝の上で手を握る。
「でもあれ、胸元とか、丈とか……」
「じゃあさ、いつも着てるみたいなハイネックのブラウスの上から着ればいいんじゃない?」
なんでもないことのようにクレアが提案する。
「丈はそんなに気になる? 直せるようならあたしやるから、一度見せて」
さっきまで心配してくれてたのに、やるとなったらクレアも一直線のようだ。自分を手伝ってくれようとしているのだ、もうごねたりはできない。
「うん」
由香奈は、覚悟を決めた。
オープンカフェ開催の当日は、由香奈は生きた心地がしなかった。衣装自体はブラウスを重ね着して厚手のタイツを着用することで露出は気にならなくなったけれど、予想外の客層と人数に倒れそうになった。
子どもと一緒にやって来る家族連れは予想の範囲内だったが、意外にも若いカップルや男性グループ、ふらりと利用する単身男性が多かった。
後でクレアが教えてくれた。商店街の入り口のアニメショップで同じ日にイベントをやっていて、そこから流れてくる客が多かったらしい。
「そういうことか」
クレアがぼそっとつぶやいていたけれど、由香奈にはなんのことだかわからない。歩行者天国の交差点に設置した客席に注文を取りに行き、オーダーのドリンクを運ぶ。それだけでいっぱいいっぱいだった。
「目的は売り上げではなく宣伝だからね」
と園美さんがオープンカフェのメニューをドリンクに絞ってくれて良かったと思う。
店内では、クレアが水溶性マニキュアを使ってネイル屋さんごっこを始め、順番待ちの女の子たちが行列になっていた。春日井と彼の学友による大学受験体験発表には、親たちが聞き入っていた。
一方由香奈は、ひたすら外で右往左往していた。
「ゆかなん、カワイイ」
常連の女の子たちが話しかけてくれた気もするが、よく覚えていない。目が回った状態でひたすら動き続け、気がつくと夕方になっていた。
「いやあ、由香奈ちゃんお疲れ!」
「はい……。あの、もう訳がわからず、うまくできたか……」
「良かった! 良かったよ、狙い通り! ドジっ子メイドさんを地でいってくれて最高。グッジョブ!」
園美さんはぐっと親指を立ててウィンクした。盛況ぶりにネジがゆるんだのか言動がおかしかったが、疲れ切った由香奈には気にする余裕はなかった。
帰りがけ、スタッフさんが撮影した画像をスマホに送ってもらった。子どもの小さな手の爪に真剣にマニキュアを塗っているクレアや、強張った笑顔で接客している由香奈。いつ撮ってもらったのか記憶にないが、由香奈に懐いてくれている女の子たちと並んで納まっている写真もある。
不思議だと思った。あんなに嫌な思いをしたメイド服が、子どもたちの笑顔と一緒に記念のようになっている。服に罪はない。クレアの言う通りだ。
クレアとふたりでマンションに帰ると、エレベーターホールで、手伝いに来てくれた友人を送って先にフラワーを後にしていた春日井と会った。
「お疲れ。今日の功労賞は由香奈ちゃんにだね」
「ほんとほんと」
「そんな……。クレアがいろいろ手伝ってくれたから、やれたんだし」
私なんか、と続けようとしたのを、クレアに肩を抱かれて遮られる。
「またまたー。カワイイこと言うんだから!」
「ほんと。今日来た奴らも、かわいいかわいいって……」
エレベーターの到着音がして、春日井の声はかき消された。
四階の通路、三人の中でいちばん手前の由香奈の部屋の前で挨拶を交わす。
「じゃあ、ゆっくり休んで」
ぽんと、春日井の大きな手が、由香奈の頭の上に乗る。すぐにぱっと離れる。
「ごめん、つい」
「いえ……」
春日井の手が触れた頭を押さえながら由香奈は俯く。なんだか、子どもたちにしているのと同じように頭を撫でられてしまった。でも、なんの気なしに触れてもらえたことは、嬉しかった。
「たまには学生らしく、レジャーに行ってきたら」
園美さんが学生三人にぶどう狩り農園の入場券をくれたのは、イベントから三日後のことだった。
「このあいだ頑張ってくれたし。あ、交通費は自腹でお願いね」
そう断りを入れるだけあって、この農園に行くとなったら足代の方がかかってしまいそうだ。
「果物狩りってけっこうお金取られるものね。タダなら行ってみたいけど。由香奈、ぶどう狩りってしたことある?」
クレアの質問に由香奈は首を横に振る。
「叔父さんにクルマ借りようか」
春日井が提案し、藤堂に相談してくれた。それで混雑する土日を避け、平日に日帰りレジャーに出かけることが決まった。
「私の休講の日に合わせてもらって良かったの?」
「いいの、いいの。平日に遊べるのは大学生の特権ですよね」
さばさばしたクレアの物言いに春日井は苦笑する。
「俺も、ちょうど一コマしか入ってなかったから」
するする話が進んで行く一方で、由香奈はとても緊張していた。同世代の友人とドライブなんて初めてだ。そもそも行楽に出かけた記憶がここ十年ほどない。
一緒に行くのがクレアと春日井なのだから嫌な気持ちになることはないだろうし、果物は好きだけど口にする機会があまりないから楽しみだ。そう思っていたのに。
「二階の中村さん。知ってる?」
朗らかに笑う春日井の隣にとても嬉しそうな顔をして中村が立っているのを見たとき、由香奈はくらりと眩暈がした。
「挨拶くらいはしたことありますよね?」
無難に答えるクレアの後ろで由香奈は無言を通した。
「運転手で付き合ってくれるって」
「ですか。カスガイさん一人で長距離運転はキツイもんね。入場券はグループで五人までだし、ガソリン代の割り勘分減るし」
淡々とつらつら述べた後、クレアが尋ねた。
「ふたり、いつ仲良くなったんですか?」
「んー、いつって……」
「そっちこそ、いつこんなに仲良くなったの?」
言いかけた春日井を遮って、中村は他の三人に順々に視線を向ける。
「……」
「そんな話メンドクサイだけでしょ」
「……そうですね」
クレアは素直に引き下がり、四人は藤堂のマイカーに乗り込んだ。