担当の作業員が休んだ場合その穴を埋めるのはいつも吉田で、彼女はフロアの全ての作業をこなせるのだった。
 ふわふわとした雰囲気の奥様なのに仕事はものすごくできる。女性としても素敵だし、先輩としても尊敬し憧れた。吉田さんみたいになりたい。

 間もなく少しずつ新しい作業を教えられるようになった。敷居が高いと思われた半田付けをやらされたときには、少し腰が引けた。それこそ職人技が必要なのではないか。
「ポイントを押さえればあとは慣れだから。美紀ちゃんならできるよ」
 他ならぬ吉田さんに教えてもらえるのが嬉しくて、美紀は張り切った。ところが。

「今日は俺が教えるから」
 吉田が有給を取った日、美紀の教育についたのは工藤だった。はっきり言って工藤の教え方は下手だ。圧倒的に言葉が足りない。イライラする。美紀の気持ちは態度に出てしまっていたらしい。
「あ、こいつ短気だなって思った」
 やっぱり後になってそう言われた。

「昨日はごめんね」
 翌日出勤してきた吉田に臨時教師のダメダメっぷりを訴えると、彼女はしようがないなと微笑んだ。
「工藤くんは人に教えるのがうまくないのだよね。頭は切れるのに」

 尊敬する吉田さんが褒めたものだから、美紀はそれから工藤を意識するようになってしまった。観察してみると工藤は実にマイペースな男だった。人前だろうといつだろうと細いフレームの眼鏡がずり落ちてしまいそうなほど大口を開けてあくびをする。「だりいな」が口癖で長い足を投げ出して斜めに椅子に座る。行儀が悪い。髭が濃いらしく三時の休憩時には青々とし始めた顎をかじって煙草を吸っている。そうしながらパックのイチゴミルクを飲んでいるのを見かけたときには、思わず二度見した。なんてわけのわからない人なんだろう。

 黙ってれば知的で大人な印象なのに。印象に反して言葉遣いは汚いしガサツだ。美紀が見下していた高校男子たちをそのまま大人にしたような。それでいて結婚指輪なんか嵌めている。
 多分工藤を観察しながら美紀は顔をしかめていただろうと思う。それなのに見てしまうのはなぜなのか。そんな当然の疑問にすら思い至らないまま、この職場に来て二年がすぎた。

 美紀は半年ごとに順調に昇給して少しずつ時給を上げてもらえた。仕事自体はできるようになれば楽しく、職場の人たちも吉田を始め大人で優しい人ばかりだったから、ここはとても居心地が良かった。

「時給上げてやれって派遣会社に言っといたからさ」
 工藤に偉そうに報告されたときには「は?」と思ったが、事実であるには違いない。美紀を査定するのは工藤なのだから。だからぐっと怒りを抑えて頭を下げておいた。こいつなんか吉田さんがフォローしないと何もできないくせに。