父親のコネで一度は就職が決まったが、美紀はそれを蹴って派遣会社の面接に行った。小さな事務所の一角で、美紀の履歴書を二度見した担当者は、申し訳なさそうな顔をして「ちょっとしたテスト」の用紙を取り出した。
「大卒の人には失礼かもしれないけど」
 簡単な漢字の書き取りに、簡単なパズルの問題だった。美紀にはこれになんの意味があるのかわからなかったが真面目にこなした。

 翌日には派遣先企業の面接に連れていかれた。そこで美紀の面接をしてくれたのが工藤だった。やっぱり履歴書を二度見して、美紀の顔を眺めた。
「遂に学卒が来たか、ほんとに就職難だなって思った」
 後になってそう話していた。

 勝手に仕事を決めてきた美紀に父親は当然激怒した。火のように怒っても、今まで手を上げられたことはなかった。さすがに今度は殴られるかもしれない。冷えた頭の片隅で考えた。だが母と弟が美紀を庇ってくれた。
「もう大人なのだから自分で決めたいと思うのは当然じゃないですか」
「働くんだからいいだろ。怒ることないじゃないか」

 父親はここで初めて、自らが孤立した存在であることを悟ったようだった。いざ反旗を翻されたら何もできない御山の大将なのだ。ぶるぶるとこぶしを震わせ青筋を立てやがて「勝手にしろ」と吐き捨てた。

 そうしてしばらくは誰とも口もきかずにいたが、頃合いを見計らった弟が勉強のことを聞きに行くと、何やら嬉しそうに答えていた。男の子は優しいなあと思った。美紀はいまだに父と仲良くする気にはなれない。




 勤務を始めた作業現場では、美紀は自分がいかに短気かを思い知った。手先の器用さが求められる作業で、思うようにできなかった。教えてくれた女性社員は簡単そうにこなすのに、美紀にはできない。
「やってるうちに開眼する瞬間が来るから」
 吉田は笑ってそんなふうに教えてくれたが、美紀にはそれが理解できない。何事も頭で考えてから進む自分には、そもそも工場勤務は合っていないのでは。

「そんなことないよ。誰にだってできる仕事だもの」
 そう励まされたことが負けず嫌いの美紀に火をつけた。それなら自分にできないはずはない。一心不乱に集中すると、吉田の言う「開眼」が訪れた。なんだ、こんなことだったのか。一気にあらゆる回路が繋がった気がした。
「ね? だから言ったでしょ?」
「はい」

 わかってみれば器用なだけなら良いというわけでもない。効率よく作業するためにはやっぱり頭も使わなければならない。吉田はそれがものすごかった。また彼女のすごいところは、どんな作業もできるということ。