不機嫌な駆動音を鳴らしながら、車は螺旋状に連なる山道を進んでいた。
そこは岐阜県のとある山間地帯。
山々が人間と同居しているような場所で、僕は自然の風に揺られながら、山の頂上付近に設けられた建物を目指して車を走らせている。
きっかけは、探偵事務所からの数年ぶりの連絡だった。探している人に近しい人物について目撃情報があったという。
情報はそれだけだった。
でも、この数年間情報という情報がなかった。今回の話は僕にとって希望だった。
見込みが無くても良い。人違いであっても構わない。僕はとにかく、自分の眼で見て確かめるべきだと思った。
螺旋状の山道を抜けると、そこには開けた土地が見えた。木々が生い茂る中に、小さな白い建物。
「あれか。」
ついに目的地に到着した。僕は駐車場にて車のサイドブレーキを引く。
自分の手が震えていることにようやく気づいた。
積み重なった重圧が僕を苦しめる。目尻に水がたまったのでそれをハンカチで拭き上げると、施設の入口へと向かった。
受付を済ませて、アポイント先の担当者のもとへと進む。
「あら、遠くから大変だったでしょう。」
黒色のジャケットを着た白衣姿の女性が僕にそんな言葉をかけてくれた。
その人は自らを婦長と名乗った。瀟洒な中年の女性。
「お電話を受けてくれたのは、貴方ですか。」
女性は頷き、僕を別室へと促した。
壁には人間よりも背の高い窓が取り付けられている。そこから差し込む陽光に自然と心が洗われる気分になる。
「お気に召しましたか。」
婦長の女性は恍惚とする僕の顔を見て、微笑む。
「たくさんの不幸を経験した人達、これから不幸と立ち向かわねばならない人達。そんな方々を少しでも長くお支えするのが私達の仕事ですので。建物のレイアウトにも気を配るようにしているのです。」
「ここは終末医療を提供する場です。患者様の多くは余命幾ばくと宣告された方々です。」
死を予告された人々、自分の運命を受け入れられず苦しむ人々。ここはそんな人々が住まう終の場所だ。
「私は患者様に少しでも未来に希望を持って、最後の時を生き抜いて欲しい。仕事を続けて、30年近くになりますけど、その思いは捨てずにやってきました。今では、安楽死を推奨する病院ばかりが増えてしまって、私のような考えを持つ病院は見なくなってしまいましたけどね。」
そう言う婦長は笑っていたけど、言いようのない感情を隠しているような気もした。
ここまで、彼女はどれほどの悲しみと別れを経験したのだろう。僕は想像できない。
「私達は時代に取り残されたんです。もの凄い速さで変わってく時代にとって、私達はいらない存在なのかもしれないと何度も思いました。その度にこの病院に意味はあるのだろうかと問い続けていました。」
「けれど、1年前。とある新人の看護師がピアノを弾いたのです。ここの談話室にある、長く使われなくなったピアノです。」
僕は気づけば前のめりになって、婦長の話を聞いていた。
「驚きました。彼女の奏でる伴奏は、本当に素晴らしいものでした。仕事中の私も心を奪われて、すぐに談話室へと駆け込みました。すると、もっと驚くことが起きていたのです。」
「それは、なんです?」
僕が食い入るように聞く。婦長は口元を隠して優しく笑った。
「山田さんっていう筋ジストロフィーを患った患者様がおりました。症状がだいぶ進行していて、身体の筋肉を動かすことができなかった。いわゆる寝たきりの状態です。」
「彼は驚くことに、車いすの上で頭を上下に揺らしてリズムをとっていたのです。」
「私はこの歳になっても、人の可能性が限りないということに気づかされました。自分がまだ勉強不足だともひどく痛感しました。私達が何年かけて治療しても動かすことができなかった身体。それをあの新人さんの伴奏ひとつでどうにかしてしまったんですから。嬉しいけど、少し悔しかったですよ。」
僕は胸が熱くなるのを感じる。時は経ったという事実は分かっているけど、僕は彼女の面影を重ねてしまう。
「貴方もご存じの通り、その人は人間ではありません。でもね、私は人間か人工知能かなんて、正直どうでもいいんです。鍵盤に込められた旋律と思いが私には伝わりました。とても暖かい音でした。きっと、多くの人に愛されてここまで来た。そして、人の痛みが分かる子なんだと確信しました。」
昔日を懐かしむように、遠い目をする婦長。
「誰かを大切に思う気持ち、助けたいという気持ちに人間も人工知能も違いはありませんから。」
婦長は懐かしげな表情で、そう付け加えた。
「彼女がここに来るまでの話を聞かせてくれませんか。」僕が問いかけると、婦長は紅茶を注いで僕に渡す。
「彼女がここに迷い込んだときには、体は傷だらけで服もぼろぼろでした。私は当初、身寄りの無い子か家出した少女であると思いました。まずは暖かい紅茶をいれて、ふわふわの毛布で彼女を包んで、それから話を聞いてみたのです。」
「彼女は自分のことをアンドロイドだと言いました。ですが、過去の記憶も使命もその彼女には残されていませんでした。きっと、とても悲しい経験をしたのだと思います。彼女はそう言う意味で「家出」をした人工知能だったのかもしれません。」
「でも、婦長さんが彼女を引き取ってくれたんですよね。」
僕は温かい紅茶を口に含みながら、一瞥する。
「私はあの子の悲しい瞳が昔の私にそっくりだったことに気がつきました。絶望の中で必死にもがいて苦しむ彼女と昔の私が重なって見えたのです。進化を求め続けるあまり社会が手放してしまったものを私が取り戻そうと思いました。私は救いを求める人々の手を握るためにこの病棟を建てました。私は人を救うためにここにいる。ならば、救いを求める彼女を放っておく理由はありませんでした。」
「使命を失ったはぐれ者の人工知能達は通常、機関に処分されてしまう末路です。だからこそ私は、ここに行き場を失ったアンドロイド達の居場所を作りました。人間の都合で不幸な運命を背負った彼女たちが多くの人間と関わりながら、安らぎを得ることのできる空間です。」
「どんな過酷な運命が道を塞いでも、みんなが前を向いていられるように、私はまだここで看護師として働く彼女たちを見守っていきたいと思っています。」
婦長の言葉が僕の心に響き渡る。
「まあ、私の話なんかどうでもいいでしょう。これから2階で演奏会が始まります。行きましょう。」
そう言って、婦長がゆっくりと立ち上がると、僕に手招きする。
2階へ向かうと、既に演奏会は始まっていた。
そこには車いすに乗る患者達と白い服に身を包んだ看護師。
それに、ピアノを奏でているのも白衣姿の若い女性だった。流れるような黒髪が遠くからも、彼女の清廉さを表している。
演奏は格別だった。絶望へ向かう人を前向きにさせてくれるような、名状しがたい魅力があった。
「どうでした。あの娘、素晴らしい伴奏でしょう。」婦長が隣で嬉しそうに話す。
「ええ、とっても良かったです。」僕は微笑みで返す。
僕と婦長は談話室の最奥に置かれた小さなソファに並んで座っている。
「婦長はピアノは弾かないのですか。」
僕が軽くそう言ったら、婦長は恥ずかしそうな顔をして笑った。
「私は下手なんで。とても聴くに耐えませんもの。」
ふと懐かしさが込み上げて微笑する。
「ところで、あの娘とあなたは一体どんなご関係なのでしょう。最初に知り合いとお聞きしてましたが。」
婦長はふとそんな疑問を投げかけた。
婦長の優しげな言葉は、静かに流れる川の中にいるような心地になる。
「ごめんなさい。婦長さん。僕は嘘をつきました。」
「え? どういうことですか。彼女はあなたの知り合いではないのですか?」婦長は眼を丸くしてそう聞いた。
透き通るようなブルーの瞳。
それは、あの頃の教室で見たときから変わらない。
相変わらず、彼女は綺麗だ。
「婦長さん、僕は貴方に会いに来たんですよ。」
僕が喉を震わせながら答えると婦長は押し黙った。
「えっと、どういうことです?」
きょとんとする顔もなんだか懐かしかった。
皺を刻んだ僕の右手を彼女の左手に添える。
それから、あの頃のようにはにかむように笑ってみせる。
「久しぶりだね、希空さん。」
彼女の瞳が揺れた。
「嘘、リク君……。なの?」
青色の水晶体に僕を捉える彼女。
皺だらけになった顔を見ているけど、その瞳の裏には花火に映える「あの日の僕」がいた。
「いろいろ回り道をした。予定よりも遅くなってしまったけど、君を迎えに来たよ。」
僕の言葉に皺を重ねた希空さんの顔が綻ぶ。
言葉はそれ以上でなかった。希空さんはただただ僕の瞳を真っ直ぐと見つめていた。
「そんな、私はもうリク君の好きな可愛い子じゃないもの。」
「それでも、君は変わらない。僕の大好きな希空さんだよ。」
「もう恋なんてする歳じゃないわ。」
「恋に理由はいらない。そうだろ?」
「本当に、変わらないのね。リク君。」
僕は手を握った。
あの日の夜空の下、君のことを温めることができなかった分、僕は力強く、そして優しく、彼女の手を握った。
希空さんは咄嗟に俯く。
そして、思い切って僕の顔を見ると、その頬には涙が伝った。
「また恋をしてもいいかな、希空。」僕がそう言うと、希空さんは太陽のように微笑みかけた。
「ずっと、待ってたんだから。お帰りなさい、リク。」
長い時間がかかった。世界は変わらなかったかもしれない。
人工知能と人間が同じように生きるにはまだまだ時間がかかるかもしれない。
それでも僕は諦めなかった。
希空さんがどこかで生きていると信じて、僕はひたすら彼女を探し続けた。
そして、奇跡は起こった。希空さんに会えた。
この数十年、君と経験できなかったことがある。
君に伝えられなかった言葉がある。
君に見せたかったものがある。
君と行きたかった場所がある。
これからはじっくりと、少しずつ、時間をかけて一緒にいられたらと思う。
だからもう一度、僕は機械少女《希空》に恋をするんだ。
完
そこは岐阜県のとある山間地帯。
山々が人間と同居しているような場所で、僕は自然の風に揺られながら、山の頂上付近に設けられた建物を目指して車を走らせている。
きっかけは、探偵事務所からの数年ぶりの連絡だった。探している人に近しい人物について目撃情報があったという。
情報はそれだけだった。
でも、この数年間情報という情報がなかった。今回の話は僕にとって希望だった。
見込みが無くても良い。人違いであっても構わない。僕はとにかく、自分の眼で見て確かめるべきだと思った。
螺旋状の山道を抜けると、そこには開けた土地が見えた。木々が生い茂る中に、小さな白い建物。
「あれか。」
ついに目的地に到着した。僕は駐車場にて車のサイドブレーキを引く。
自分の手が震えていることにようやく気づいた。
積み重なった重圧が僕を苦しめる。目尻に水がたまったのでそれをハンカチで拭き上げると、施設の入口へと向かった。
受付を済ませて、アポイント先の担当者のもとへと進む。
「あら、遠くから大変だったでしょう。」
黒色のジャケットを着た白衣姿の女性が僕にそんな言葉をかけてくれた。
その人は自らを婦長と名乗った。瀟洒な中年の女性。
「お電話を受けてくれたのは、貴方ですか。」
女性は頷き、僕を別室へと促した。
壁には人間よりも背の高い窓が取り付けられている。そこから差し込む陽光に自然と心が洗われる気分になる。
「お気に召しましたか。」
婦長の女性は恍惚とする僕の顔を見て、微笑む。
「たくさんの不幸を経験した人達、これから不幸と立ち向かわねばならない人達。そんな方々を少しでも長くお支えするのが私達の仕事ですので。建物のレイアウトにも気を配るようにしているのです。」
「ここは終末医療を提供する場です。患者様の多くは余命幾ばくと宣告された方々です。」
死を予告された人々、自分の運命を受け入れられず苦しむ人々。ここはそんな人々が住まう終の場所だ。
「私は患者様に少しでも未来に希望を持って、最後の時を生き抜いて欲しい。仕事を続けて、30年近くになりますけど、その思いは捨てずにやってきました。今では、安楽死を推奨する病院ばかりが増えてしまって、私のような考えを持つ病院は見なくなってしまいましたけどね。」
そう言う婦長は笑っていたけど、言いようのない感情を隠しているような気もした。
ここまで、彼女はどれほどの悲しみと別れを経験したのだろう。僕は想像できない。
「私達は時代に取り残されたんです。もの凄い速さで変わってく時代にとって、私達はいらない存在なのかもしれないと何度も思いました。その度にこの病院に意味はあるのだろうかと問い続けていました。」
「けれど、1年前。とある新人の看護師がピアノを弾いたのです。ここの談話室にある、長く使われなくなったピアノです。」
僕は気づけば前のめりになって、婦長の話を聞いていた。
「驚きました。彼女の奏でる伴奏は、本当に素晴らしいものでした。仕事中の私も心を奪われて、すぐに談話室へと駆け込みました。すると、もっと驚くことが起きていたのです。」
「それは、なんです?」
僕が食い入るように聞く。婦長は口元を隠して優しく笑った。
「山田さんっていう筋ジストロフィーを患った患者様がおりました。症状がだいぶ進行していて、身体の筋肉を動かすことができなかった。いわゆる寝たきりの状態です。」
「彼は驚くことに、車いすの上で頭を上下に揺らしてリズムをとっていたのです。」
「私はこの歳になっても、人の可能性が限りないということに気づかされました。自分がまだ勉強不足だともひどく痛感しました。私達が何年かけて治療しても動かすことができなかった身体。それをあの新人さんの伴奏ひとつでどうにかしてしまったんですから。嬉しいけど、少し悔しかったですよ。」
僕は胸が熱くなるのを感じる。時は経ったという事実は分かっているけど、僕は彼女の面影を重ねてしまう。
「貴方もご存じの通り、その人は人間ではありません。でもね、私は人間か人工知能かなんて、正直どうでもいいんです。鍵盤に込められた旋律と思いが私には伝わりました。とても暖かい音でした。きっと、多くの人に愛されてここまで来た。そして、人の痛みが分かる子なんだと確信しました。」
昔日を懐かしむように、遠い目をする婦長。
「誰かを大切に思う気持ち、助けたいという気持ちに人間も人工知能も違いはありませんから。」
婦長は懐かしげな表情で、そう付け加えた。
「彼女がここに来るまでの話を聞かせてくれませんか。」僕が問いかけると、婦長は紅茶を注いで僕に渡す。
「彼女がここに迷い込んだときには、体は傷だらけで服もぼろぼろでした。私は当初、身寄りの無い子か家出した少女であると思いました。まずは暖かい紅茶をいれて、ふわふわの毛布で彼女を包んで、それから話を聞いてみたのです。」
「彼女は自分のことをアンドロイドだと言いました。ですが、過去の記憶も使命もその彼女には残されていませんでした。きっと、とても悲しい経験をしたのだと思います。彼女はそう言う意味で「家出」をした人工知能だったのかもしれません。」
「でも、婦長さんが彼女を引き取ってくれたんですよね。」
僕は温かい紅茶を口に含みながら、一瞥する。
「私はあの子の悲しい瞳が昔の私にそっくりだったことに気がつきました。絶望の中で必死にもがいて苦しむ彼女と昔の私が重なって見えたのです。進化を求め続けるあまり社会が手放してしまったものを私が取り戻そうと思いました。私は救いを求める人々の手を握るためにこの病棟を建てました。私は人を救うためにここにいる。ならば、救いを求める彼女を放っておく理由はありませんでした。」
「使命を失ったはぐれ者の人工知能達は通常、機関に処分されてしまう末路です。だからこそ私は、ここに行き場を失ったアンドロイド達の居場所を作りました。人間の都合で不幸な運命を背負った彼女たちが多くの人間と関わりながら、安らぎを得ることのできる空間です。」
「どんな過酷な運命が道を塞いでも、みんなが前を向いていられるように、私はまだここで看護師として働く彼女たちを見守っていきたいと思っています。」
婦長の言葉が僕の心に響き渡る。
「まあ、私の話なんかどうでもいいでしょう。これから2階で演奏会が始まります。行きましょう。」
そう言って、婦長がゆっくりと立ち上がると、僕に手招きする。
2階へ向かうと、既に演奏会は始まっていた。
そこには車いすに乗る患者達と白い服に身を包んだ看護師。
それに、ピアノを奏でているのも白衣姿の若い女性だった。流れるような黒髪が遠くからも、彼女の清廉さを表している。
演奏は格別だった。絶望へ向かう人を前向きにさせてくれるような、名状しがたい魅力があった。
「どうでした。あの娘、素晴らしい伴奏でしょう。」婦長が隣で嬉しそうに話す。
「ええ、とっても良かったです。」僕は微笑みで返す。
僕と婦長は談話室の最奥に置かれた小さなソファに並んで座っている。
「婦長はピアノは弾かないのですか。」
僕が軽くそう言ったら、婦長は恥ずかしそうな顔をして笑った。
「私は下手なんで。とても聴くに耐えませんもの。」
ふと懐かしさが込み上げて微笑する。
「ところで、あの娘とあなたは一体どんなご関係なのでしょう。最初に知り合いとお聞きしてましたが。」
婦長はふとそんな疑問を投げかけた。
婦長の優しげな言葉は、静かに流れる川の中にいるような心地になる。
「ごめんなさい。婦長さん。僕は嘘をつきました。」
「え? どういうことですか。彼女はあなたの知り合いではないのですか?」婦長は眼を丸くしてそう聞いた。
透き通るようなブルーの瞳。
それは、あの頃の教室で見たときから変わらない。
相変わらず、彼女は綺麗だ。
「婦長さん、僕は貴方に会いに来たんですよ。」
僕が喉を震わせながら答えると婦長は押し黙った。
「えっと、どういうことです?」
きょとんとする顔もなんだか懐かしかった。
皺を刻んだ僕の右手を彼女の左手に添える。
それから、あの頃のようにはにかむように笑ってみせる。
「久しぶりだね、希空さん。」
彼女の瞳が揺れた。
「嘘、リク君……。なの?」
青色の水晶体に僕を捉える彼女。
皺だらけになった顔を見ているけど、その瞳の裏には花火に映える「あの日の僕」がいた。
「いろいろ回り道をした。予定よりも遅くなってしまったけど、君を迎えに来たよ。」
僕の言葉に皺を重ねた希空さんの顔が綻ぶ。
言葉はそれ以上でなかった。希空さんはただただ僕の瞳を真っ直ぐと見つめていた。
「そんな、私はもうリク君の好きな可愛い子じゃないもの。」
「それでも、君は変わらない。僕の大好きな希空さんだよ。」
「もう恋なんてする歳じゃないわ。」
「恋に理由はいらない。そうだろ?」
「本当に、変わらないのね。リク君。」
僕は手を握った。
あの日の夜空の下、君のことを温めることができなかった分、僕は力強く、そして優しく、彼女の手を握った。
希空さんは咄嗟に俯く。
そして、思い切って僕の顔を見ると、その頬には涙が伝った。
「また恋をしてもいいかな、希空。」僕がそう言うと、希空さんは太陽のように微笑みかけた。
「ずっと、待ってたんだから。お帰りなさい、リク。」
長い時間がかかった。世界は変わらなかったかもしれない。
人工知能と人間が同じように生きるにはまだまだ時間がかかるかもしれない。
それでも僕は諦めなかった。
希空さんがどこかで生きていると信じて、僕はひたすら彼女を探し続けた。
そして、奇跡は起こった。希空さんに会えた。
この数十年、君と経験できなかったことがある。
君に伝えられなかった言葉がある。
君に見せたかったものがある。
君と行きたかった場所がある。
これからはじっくりと、少しずつ、時間をかけて一緒にいられたらと思う。
だからもう一度、僕は機械少女《希空》に恋をするんだ。
完