美桜が一歳を迎えた。
 世界一可愛い我が子は、どうやら天才だったようだ。
 誕生日を境に美桜は突然歩くようになり、また途切れ途切れではあるが、言葉も発するようになった。一歳で話すことができて、かつ歩くこともできる赤ちゃんはきっと天才に違いない。
 と、凛は言っていた。
 親ばかだ、と凛を笑いつつも、ひまりもどこかで天才とは言わずとも、同年代の中では優秀な子供になるのかもしれないと思っていた。
 出産から一年が経過したころには育休も終わり、ひまりは仕事に復帰した。
 改めて仕事の大変さと、お金を稼ぐことの意味を再認識した一方で、保育士という職業の認識が変化した。
 担当する子供たちのことを親目線で考えられるようになったため、どんなことが心配か、どんなことを希望しているのかが全て分かった。
 さらに子供一人一人のために働くことができるようになった。
 その結果、ひまりは子供たちに「ママ」と言い間違えられることが増えた。恥ずかしいことではあるが、親として思ってくれているのだから、悪いことではないと思う。
 そして「ひまり先生」は、「瑞穂先生」とも並ぶ、親の中でも人気の先生となった。
 一方、凛はというと銀行マンになった。
 実際は労働金庫であり、厳密にいえば銀行とは異なるのだが、営利を求めない金融機関というだけで、一般的には銀行と同じように見られているため、一応は銀行マンといえる。
 実は学生結婚をしたことで、一度出されかけた内定を取り消されたらしい。
 とある企業で、最終面接に現われた社長が古い認識の持ち主だったらしく、こんな若いうちに結婚しているのだから、遊んだり、不倫をしたりするのだろう。どうせデキ婚だと、偏見をそのまま目の前で語られたと言っていた。
 そんなときに受けたのが労働金庫で、採用官が、きっとあなたは責任感の持つことのできる素晴らしい人材だと、学生結婚を受け入れてくれたらしい。
 そんな経緯があって、凛はそこに決めたと言っていた。
 初めてでよく分からないことが多いだろうけれど、家族のためと、毎日頑張ってくれている。それは疲れ果てて帰ってくる凛の姿を見ればすぐに分かる。
 ひまりは仕事にも慣れ、育児を経験して体力がついたため、凛をサポートする側に回っていた。
 こうして互いを支え合っていると、家族を感じた。
 暖かな家庭が築かれて、これから色んな記憶を刻んでいくのだろう。
 今という一瞬を積み重ねて、やがて家族の絆となる。一年後にはどんな暮らしをしているだろうか。美桜はいつ彼氏ができるだろうか。反抗期はいつ来るだろうか。反抗期が来たらやっぱり少し悲しいのかもしれない。まぁそれは、体験してみないと分からないのだろうけど。
 そんなありきたりな、ひまりにとっての最高級の幸せを想像した。