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「君は、彼女の事が好きだったんじゃないのか?」
「話逸らすんじゃねーよ。つーか、んな幼稚な事、この俺がやるとでも?」
「だ、だが君はあの時声を荒げて……」
「ああやっていえば、アンタみたいな奴は引き下がると思ったんだよ」
面倒だと言わんばかりの気持ちを惜しげもなく出した彼は、彼女に話しかけていた時とは別人と言わざるを得ない。鋭い視線に僕はやっと自分が重大な勘違いをしていた事を知る。
(この男……もしかして)
「ま、あんな美人とワンチャンを狙うのはわかるけどよ。順番くらい守ってもらわねーと。なあ?」
「やだぁ~!」
女性を愛でるように、彼の手がスタイルの良い身体を撫でる。ケラケラと笑う女性は、彼の本当の性質を知っているのだろう。
(……なんてことだ)
プレイボーイが、まさかこんな人間だっただなんて。あだ名通り、彼は単なる遊び人だったらしい。しかも、かなりどうしようもない分類の。熱を持って込み上げてくる怒りに、僕は彼を強く睨みつけた。
「おっと。んだよ、急に怒りやがって。お古は嫌ってか?」
「……じゃないか」
「あ?」
「アンタ、最低じゃないか!」
僕は我を忘れて吐き捨てた。
(何が心配しているだ! 何が彼女の事を知っているだ!)
「アンタの方がよっぽど彼女の事を知ろうとしていないじゃないか!」
爆発しそうな怒りに僕は喉が切れそうな程、叫んだ。プレイボーイが驚いた眼でこちらを見る。その目を睨み返せば、彼は小さく息を吐いて引き攣る笑みを浮かべた。
「急に何? マジになるとかすっげぇ寒いんだけど」
「ッ……!」
「暴力はんたーい。さっさと放してくんない?」
どこまでも人を小馬鹿にしたような話し方に、苛立ちが募る。しかし、もしこのまま激情に任せて拳でも振るえば、犯罪者になってしまうのはこちらだ。数日前、カフェで見た彼女の事を思い浮かべる。怒ったり、泣いたり、笑ったり……全ての表情がキラキラしていた。
(……あんなに美しい子を、こんな男に汚されてたまるか)
僕はぐっと拳を握り締める。ここで言わなきゃ、俺は何のためにここに立っているのかわからない。僕は震える心を叱咤して、彼に告げた。
「もう二度と、彼女に近づかないでくれ」
「はあ?」
「次、君が彼女に近づいているのを見たら、僕は容赦しない」
僕は彼の答えを聞く前に背を向けて歩き出した。後ろで騒がしく何かを言っているのが聞こえるが、毛ほども興味が沸かなかった。ああいう人間が、僕は大嫌いなのだ。