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調査には、丁度よかったのかもしれない。そう思う僕は、もう立派な記者なのだろう。
帰り際、現場の近くで少なくなった人々から短時間だけ聞き込みをした内容を思い出す。徐ろにメモを書き連ねたノートを見下げれば、走り書きで書かれた文字は到底人に見せられるものではなかったが、情報としては十分な役割を果たしていると思う。
(とはいえ、あまり犯人の手がかりになりそうなものはないんだが……)
書いてある事柄を読み上げ、再度肩を落とす。収集した情報を並べるに、『犯人は不明』である事、『見つけた酔っ払いは近所でもかなりの迷惑男だった。第一発見者となって言い気味だった』事、そして『前日、高校生くらいの女の子が土鳩に餌を上げているのを見かけた』事だけ。……前日に餌をやっていた事がバレているという事は、警察も知っているのだろう。もしかしたらもう天使とあの光景を二度と見ることは出来ないのかもしれないと、僕は更に落胆したのを覚えている。
「せめてこの酔っ払いに話を聞くことが出来ればいいが……」
近所の人曰く彼はかなりのアルコール依存症で、昼間から飲んでいるような人間なのだとか。事情聴取もしっかりと出来たのかすら怪しいと思われるくらいには、普段からだらしない人らしい。話を聞こうにも、しっかりと答えてくれるかどうかは難しいだろう。かといって、彼に話を聞く以外に何か有力な手があるとは思えない。
「締め切りも近づいているしなぁ」
日付を思い出し、更に肩を落とす。……有力な情報がない中、どうやって読者を引き込む様な記事を書けばいいのか。確かに新しい事件が起きた事によってネタは出来たようなものだが、それを面白可笑しく書くのは自分のポリシーに反する。——が、それをしなくてはいけないのが、記者である。
「……仕方がない。神主にインタビューをして、それを掲載するとしよう」
僕は諦めたように呟くと、スケジュール帳に予定を書き込んだ。なんなら、ちゅう秋の知名度を借りて彼の見解を書いてもいいかもしれない。彼はデザイン部門ではかなり有名なのだから、その発言力の大きさにもそこそこ期待が出来るはずだ。しかも顔が良いからお茶の間の奥様方には、非常にウケがいい。僕はそう計画を立てると、彼にスケジュールを確認するために公衆電話へと足を運んだ。
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「なるほど。それで私に、再び土鳩の事件について聞きたいと?」
「ああ」
「よほどネタがないんだな」
「わかっているなら協力してくれよ」
呆れたように笑みを浮かべる彼に、僕はつい頭を抱えてしまう。昨晩、電話越しにアポを取った僕は、いつも通りにちゅう秋の家に来ていた。顔を合わせて早々放たれる言葉に、僕は何も言い返せない。彼は部屋着のまま僕の向かいに座ると、大きく欠伸をする。……インタビューするのは初めてではないけれど、一応仕事であるからと身だしなみを整えてきた僕が馬鹿みたいだ。
「で。今回はどんな議題なんだい? 前は確か、『土鳩が狙われる理由について』だったような気がするけれど?」
「あ、ああ。そういえばそうだったね」
「あの時の記事はかなり人気だったよ。流石、人気デザイナー様だな」と続ければ、ちゅう秋は面白いと言わんばかりに笑みを浮かべる。
「それはよかった。だが、君の書き方あってこそだと私は思っているよ」
「ははっ、そうだろうか」
「そうだとも」
大きく頷く彼に、僕は「ありがとう」と返す。どこかからかいにも聞こえる声をしていたが、気のせいだろう。そう思っていた方が、いい気がする。それよりも重要なのは、取材の内容だ。僕は愛用のノートと、昨晩作ったばかりの計画書を取り出し、彼を見据える。——ここから先は、仕事の時間だ。
「今回は少し踏み込んで、犯人像に焦点を当ててみようと思ってね」
「犯人像?」
「ああ。面白いだろう?」
「ふむ……確かに、斬新な発想ではあると思うが」
どこか気が進まないと言わんばかりに眉を顰める彼に、僕は首を傾げる。彼がそんな反応をするなんて、珍しい。
「何か気になる事でも?」
「……いや、何でもない。それより、その議題はいいと思うよ。私が思うに犯人は――」
ふるりと首を振って否定した彼は、徐ろに犯人像について話始めた。彼の言葉に、僕は慌ててメモ帳にペンを走らせる。——それから、どれくらいの時間が経っただろう。粗方聞き終えた僕は、ふぅと息を吐きちゅう秋を見つめた。彼に向かい合い、笑みを浮かべる。
「どうだい? ネタにはなりそうかい?」
「ああ、十分だよ! これなら締め切りにも間に合う。ありがとう!」
「ははっ、それはよかったよ」
軽快に笑う彼に、僕は再び礼を告げる。報酬は後ほど払うと約束をし、僕は次の取材をすべく神社へと向かった。
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曇天の空からは、雨がしとしとと降り続けている。傘はあまり好きではないものの、流石に濡れたままインタビューをするのは失礼だろう。
(神主さん、いらっしゃるだろうか……)
神社の事を思い出した途端、脳裏を過った艶やかな黒髪を頭を振る事で追い出す。今は仕事中だ。現を抜かしている場合ではない。——なんて言う事は、わかっているのだけれど。
「会えればいい、なんて……何考えているんだ、僕は」
どうしても離れない彼女の顔に、僕は口元を手で覆う。恥ずかしいとか、気まずいとか、いろいろな感情が綯い交ぜになってどうしたらいいのかわからなくなってくる。
(小説なら……簡単なのにな)
まさかこんなところで自分の未熟さを思い知る事になるとは、思わなかった。
どんよりとした気持ちを抱えたまま神社に辿り着いた僕は、入り口前で足を止める。赤い鳥居の前は、いつかの公園のように『KEEP OUT』の文字と黄色のテープが張り巡らされており、物々しい雰囲気を醸し出している。血溜まりは既に掃除されていたのか、雨で流されたのかはわからないが、比較的綺麗になっていた。とはいえ、やはりこびりついたものは取れないのか、黒い斑点が僅かに見て取れる。僕は数秒、事件現場を見つめると本殿へと足を進めた。赤い鳥居は、潜る気にはなれなかった。

「昨日の今日ですみません」
「いえいえ。今日はよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
神社の本殿前。雨の中、出迎えてくれた神主——朴念仁に頭を下げ、僕は名刺を取り出す。仰々しく挨拶を交わした僕達は、雨の中話すわけにはいかないと神社の奥へと足を進めて行った。神主の案内で中へと通された僕は、差し出される座布団を有難く受け取り、腰を掛ける。神主が腰を下ろしたのを見て、ちゅう秋にも見せた企画書と同じものを朴念仁に差し出した。
「こちら、企画書です。急遽作った物ですが、お目通しいただければと」
「はい。わかりました」
朴念仁は企画書を受け取ると、早速中を見始めた。沈黙と共に僅かな時間が経ち、朴念仁は書類を見終わったのか顔を上げると「概要は把握いたしました」と笑みを浮かべる。礼を告げ、僕は取材の流れを説明する。その説明に相槌を打つ朴念仁をちらりと見つつ、僕は空いている窓から外を見つめた。無意識に彼女を探していた事に気が付き、ふるりと頭を振る。
(駄目だ駄目だ!)
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今は仕事中なのだ。それに、わざわざ時間を取ってくれた神主に失礼だろう。息を吐き、僕は朴念仁を見つめる。だが、彼の話を聞きながらも、気は外に向いてしまい――しかも、思い出さないようにしようと思えば思うほど、彼女の事が頭の中を占めていく。……それに気が付いたのは、僕だけではなかったらしい。
「……彼女が気になりますか?」
「えっ」
「先程から上の空でしたから」
朗らかな笑みを浮かべる朴念仁に、僕は一瞬理解が追い付かず、止まってしまう。が、数秒して理解した僕は、顔を赤らめた。
「し、失礼いたしました! 取材中に考え事など……!」
「いえいえ。謝らないでください」
いやいやと手を振る彼に、僕は咄嗟に下げた頭をゆっくりと持ち上げる。恥ずかしさと不甲斐なさに押し潰されそうな僕を見て、朴念仁は笑みを浮かべたまま、話し続ける。
「あの子……神主の私が言うのも何ですが、かなり美しい容姿をしているでしょう?」
「え、ええ。そうですね」
「そのせいで結構苦労されているそうです」
「秘密ですよ?」と笑う神主に、僕は瞬きを繰り返す。彼が言うには、先月はストーカー、先々月は理不尽な言いがかりに巻き込まれ、その前は知らない人間からの求婚を受けたという。
「はぁ……まるで傾国の姫のようですね」
「ええ。ですから、できるだけ彼女は一人でいようとするのです。私とも距離をとって……」
少し寂しそうな顔でそう告げる彼は、まるで我が子を心配する父のような顔をしている。
(天使の事、気にしているんだな……)
彼に来ないようにと告げられた彼女は、一体どんな気持ちだったのか。大切な土鳩たちと引き裂かれるなんて、悲しくて僕なら誰にも見つからずに会いに来てしまうかもしれない。
「ですから、土鳩の事を相談された時はとても嬉しかったのを覚えております。長年見てきましたが、あの子が意志を伝えに来てくれたのは、後にも先にもあの時だけですから」
素直になれない我が子に悩む父親……それは正しく、慈愛に充ちた眼差しであった。
僕は複雑な心境で彼を見つめる。彼の思う気持ちと自分が気にかける気持ちが違う事を、何となく察してしまったからだ。
「そう、なんですね」
「ええ。ですから、あなたのような甘えられる大人がいるのは、あの子にとって素晴らしい存在になると、私は思っています」
(甘えられる、大人……)
手元にあるメモがくしゃりと音を立てる。嗚呼、自分はなんて愚かだったのか。
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(そうだ、彼女は未だ守られるべき存在……未成年なのだ)
そんな彼女に邪な気持ちを抱くことの、何と馬鹿馬鹿しい事か。僕は自己嫌悪に溺れそうになる意識を、必死に引き上げる。
「これからも、どうかあの子をよろしくお願いいたします」
そんな僕の心情も知らずゆったりと、綺麗な所作で頭を下げる彼に、僕はもう……どう返事をしたらいいかも分からなくなっていた。心がギュッと掴まれる感覚に、俯く。
(……僕は、何をしていたんだろう)
現実を突きつけられ、僕は自分がどれだけ浅はかだったのかを噛み締めることになった。
(そもそも、僕には素敵な伴侶がいて、守るべき人がいるんだ……)
何を浮き足立っていた。何を期待していた。高校生という、未だ“子供”である彼女に――僕は何を。
気を取り直し、進んでいく取材。しかし、その傍らで僕は自分を責め続けることしか出来なかった。取材を終えた時には、既に外は土砂降りになっていた。朴念仁に見送られた僕は、来る時とは違い天に向かって傘をさすことも無く、雨に濡れる街を一人で歩く。取材の時の記憶は、ほとんどと言っていいほど、残っていなかった。

あれから一週間。僕は随分とスッキリとした体を抱え、取材したものを文へとまとめ上げていた。
……あの日。雨に打たれながら帰ってきた僕は、頭の先からつま先、更には下着までがびしょびしょに濡れてしまっていた。まるで濡れ鼠を体現したかのような状態に、妻が悲鳴をあげたのも無理はないだろう。
急いで温かい湯に浸かり、温かい飲み物を飲んだが手遅れだったらしい僕は、翌日見事に風邪をひいてしまった。考える事も出来ないまま、高熱に魘されること二日。体調と相談しながらインタビューを纏めるのに三日。大事をとって休むことにした一日。そして本日、やっと訪れた快調に、僕は立て込んでいた締め切りを消化してしまうべく動き出していた。
……その間、彼女のことは意図的に忘れるようにしていたし、妻にいつもは恥ずかしくて言えない感謝の言葉を幾つもかけた。恥ずかしがりながらも、好意を受け取った彼女は嬉しそうで。
(やっぱり、僕には妻が必要だ)
そう再認識するのに、時間はかからなかった。
「あっ、大変っ」
「おや。どうしたんだ?」
キッチンから聞こえた声に、僕は訪ね返しながら腰を上げる。冷蔵庫を覗き見ていた妻の元へと向かえば、妻は申し訳なさそうに眉を下げた。
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「すみません。食材が思ったより無くなっていたみたいで……買い物に行かないと」
そう告げる彼女の後ろから、冷蔵庫の中身を盗み見る。……確かに、空っぽだ。僕が急に休んでしまったこともあって、食品の消費タイミングがズレてしまったのだろう。そういえば、夜食としてチーズを拝借したこともあったな。
「……よし。それなら、僕が行こう」
「えっ、で、でもあなた病み上がりですし……」
「大丈夫だよ。僕も男だ。こう見えても意外と丈夫なことは、君が一番知っているだろう?」
焦る彼女に茶化すような口振りで声をかければ、彼女は少し考えた後小さく笑って頷いた。
「ふふっ、では、お願いします」
「もちろんさ」
妻に書いてもらったメモを受け取り、僕は久しぶりに外へと繰り出した。久々に出た外は明るく、風が吹いていて心地がいい。
「やっぱり、人間光合成は必要だな……」
やはりいくら休んですっきりしたと言っても、外に出た時の爽快感とはまた違う。スーパーへの道のりを歩きながら、僕は何度も深呼吸を繰り返す。何だか自分が新しい人間になったかのようで、少しだけ気分がいい。
「あっ」
ふと、見えた公園のブランコに僕は足を止める。……そういえば、此処はスーパーへの道なりにあったものだったか。あれから一か月も経っていないのに貼ってあったKEEP OUTのテープはなくなり、一緒にブランコも消滅している。恐らく近隣住民の希望で撤去されたのだろう。子供でない自分ですら、あのブランコに乗りたいとは思えない。
「……」
(……ここで、彼女と出会ったんだった)
艶のある黒髪、白い肌。真っすぐな瞳は純粋な色で、見る者すべてを引き寄せていく。そんな魔法みたいな存在である彼女は、土鳩を愛し、土鳩に愛されている。否……土鳩だけではない。神社へと向かえば、いろいろな人に愛されているのを目の当たりにさせられてしまったのを思い出し、頭を振った。僕はゆっくりと踵を返す。
(……やっぱり、僕には高嶺の花のような存在だったんだ)
彼女と友人として付き合うことが出来るまで、僕は彼女に会う事はやめにしよう。そう決意した僕は、買い出しのメモを再度握り直すと神社への道とは逆へと進み始めた。

――そう。だから、“彼女”と出会ったのは不可抗力だったのだ。
「あっ」
「どうも、こんにちは」
突き当りでばったり。なんて、どこぞの漫画のような展開に僕は内心、頭を抱えた。
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……まさか距離を置こうと決意した矢先に出会ってしまうなんて。僕は僅かに身を引きながら、彼女——天使と対峙する。あまりの緊張に、手が震える。しかし、彼女はそれに気づいていないのかいつも通りに笑って話しかけてきた。
「珍しいですね。こんなところで」
「そ、そう、だね」
ブワッと汗が噴き出るのを隠すように、視線を逸らす。……どうやら僕は今まで接してきたのか、わからなくなってしまったらしい。ぐしゃりと握りつぶしたのは、何だったのか。
「えっと……君は、どうしてここに?」
「今日は学校が早帰りだったので、スーパーに行ってきたんです」
ほら、と見せられるそれを覗き込み、僕は納得する。それならば、ここに居るのも理解できる。袋の中には野菜やお肉から始まり、調味料も何種類か入っていた。
(……この子、料理するんだろうか?)
高校生だし、出来なくても不思議じゃないとは思うものの、やはり料理が出来るというのは美徳の一つだろう。見た目も性格も完璧な天使なのだから、出来て当然のような気もするが、逆に出来なくてもそれはそれで——。
「って! 僕は何を考えているんだ!」
「きゃっ⁉ ど、どうしたんですか、急にっ」
「あ、ああ。すまない。何でもないよ、うん」
驚きに目を見開く天使に、慌てて笑って誤魔化す。……変な人だと思われてしまっただろうか。いやでも、思ったことを彼女に打ち明けてしまえば、“変態”のレッテルを貼られてしまうのは目に見えている。それだけは回避したい。僕は慌ててこの場を後にしようとし――俯く天使に、足を止めた。伏せられた、どこか憂うような瞳。僅かに迷いが見えるのは、僕の気のせいだろうか。
「……あ、あの!」
「な、何だい?」
バッと顔を上げてきた彼女に僕は驚きに目を見開く。——急にどうしたのか。
「確かあなたは記者さん、なんですよね?」
「あ、嗚呼。とはいっても、副業で記者のような真似をしているだけだけどね」
「でも、この前神主様に土鳩についてインタビューをしていたって……」
「まあ、それは取材の一環というか……」
モジモジと指先を交差させる彼女に、僕は再び首を傾げる。傍から見れば初々しい高校生の女の子が何かを言いたげにしているだけなのだが、相手が自分であるが故に何とも言えない、複雑な心境になる。
(取材の内容が気になるんだろうか……?)
だが、それならばこんなに恥じらう必要はないはずだ。
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どうしたものかと頭を悩ませていれば、彼女がふと顔を上げた。その視線は先程とは違い、どこか決意を固めた色で。
「わ、私に、土鳩事件の情報を教えてくれませんか!?」
「えっ!?」
――予想外の事態に、僕は声を上げる他なかった。
「ど、どうしてそんなことを知りたがるんだい?」
「やっぱり、ダメでしょうか」
「嗚呼いや、ダメとかではなく、その……土鳩の事件はどれもこれも惨いものばかりだろう? 君のような高校生が興味を持つのは珍しいと思って」
できるだけ優しく、けれど自分の気持ちを偽らないようにそう言えば、天使は驚いたように目を見開き、「……確かに」と零した。俯き、悲しそうな顔をする彼女は、捨てられた猫のように見えてしまい――。
「……何かきっかけがあったのかい?」
聞いてしまったのは、無意識だった。僕の問い掛けに頷いた彼女は、周囲を見渡すと内緒話のようにして静かにその胸の内を明かした。
「……はい。この前、あの神社の前で事件があったのは知っていますか?」
「もちろん。その日のビッグニュースだったじゃないか」
「その時被害にあったの……私が育てていた子なんです」
「なんだって!?」
僕は思いがけない事実に、目を見開いた。まさか彼女が大切にしていた土鳩が犯罪の餌食になっていただなんて。
(でもそうか……それなら彼女がこの事件に興味を持つのもわかる)
事件現場に花を添えに来たくらいだ。彼女の中で土鳩は友達として大切な存在なのだろう。
「だから……敵とは言わなくても、私に出来る事はしてあげたくて……」
潤む彼女の瞳に心臓が撃ち抜かれたような気分になりながらも、僕は持ち歩いているメモ帳を取り出した。
(別に、秘密にすることでもないし)
僕は持っていた紙をポケットに突っ込むと、天使へと笑いかけた。
「僕の持っている情報でよければ。もちろん、未公開の情報を教えることは難しいけれど……それでもいいのであれば」
「! 全然っ、大丈夫です! お願いします!」
勢いよく頭を下げた天使は、花を咲かせるように微笑んだ。その様子に、つい僕は彼女に喫茶店に行くことを提案し、足を踏み出した。幸い、仕事柄打ち合わせで使う喫茶店やおしゃれなカフェというのは多く知っている。彼女のような若い子のお眼鏡に合う場所も、きっとあるはずだ。僕は弾む心に笑みを携えながら、自身の腹部に手を添え、僅かに頭を垂れた。まるで小説に出てくる執事のように。
「お嬢さん。甘いものはお好きですか?」
驚く天使に、僕は小さく笑みを零した。
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彼女の答えを聞いて僕が選んだのは、そこから程なく歩いた所にある小さなカフェだった。カランカランと鈴が鳴り、店内の者に来店を報せる。
「いらっしゃいませ。二名様ですか?」
「はい」
「お好きな席へどうぞ」
にこやかな対応に軽く手を上げて、僕は彼女を振り返った。好きなところを選んでいいと目で告げれば、彼女はおずおずと店内の比較的隅の席へと足を運んだ。その背中を追いつつ、横目で店内を見回す。
(……凄いな)
皆が皆、天使を目で追っている。仕事の休憩にと新聞を読んでいたサラリーマンも、談笑していたご婦人方も、勉強をしていたらしい女性も。彼女が通るのと同時にハッとしたように顔を上げ、彼女の行く末を見つめる。まるで引き寄せられているように。
(……やっぱり、この子は凄い子だ)
僕には、勿体ないくらい。
「ここでいいですか?」
「嗚呼、構わないよ」
どうぞとソファーの席を差し、僕は手前の椅子に腰掛ける。この辺りは窓からの光も少ないのか、人の死角になりそうな場所で、秘密の話をするのには絶好の位置だろう。僕はメニューを手に取ると、天使へと差し出した。
「好きなものを頼んでいいよ」
「えっ、でも」
「いいんだよ。その代わり、土鳩のことを教えてくれよ」
「そんなっ、教えることなんて何も……」
いやいやと謙遜する彼女に、僕は何も言わず笑みを返し、もうひとつのメニューを取って写真を眺める。戸惑う空気が漂ってくるが、気に留めていなければ次第にそれも薄れていく。僕は自分の気持ちを押し込めるように内心で呟く。僕は珈琲ゼリーと珈琲を、彼女は珈琲とパンケーキのセットを注文をすると、顔を向かい合わせた。
「そうだ、土鳩たちはよく来るのかい?」
「あ、はい。最初は一匹だけだったんですけど、餌をあげている内に増えてきちゃって」
「鳩は群れるからね」
「そうですね。でもまさか、あんな早く増えるとは思ってもいなくって」
頬を掻きながら正直に笑う彼女に、僕は胸が高鳴るのを感じる。恥じらうように若干頬が染まっているのが、何とも愛らしい。
(って、何考えているんだ僕はっ)
ふるふると首を振って、邪な思考を飛ばす。こほんとわざとらしい咳ばらいをして、僕は彼女に笑いかけた。
「でも、あんなに仲がいいなんて珍しいんじゃないか?」
「そうですか?」
「ああ。鳩だから懐き易いかもしれないが、あそこまで警戒心がないのは初めて見たよ」

憑き物を落とす日

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