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今は仕事中なのだ。それに、わざわざ時間を取ってくれた神主に失礼だろう。息を吐き、僕は朴念仁を見つめる。だが、彼の話を聞きながらも、気は外に向いてしまい――しかも、思い出さないようにしようと思えば思うほど、彼女の事が頭の中を占めていく。……それに気が付いたのは、僕だけではなかったらしい。
「……彼女が気になりますか?」
「えっ」
「先程から上の空でしたから」
朗らかな笑みを浮かべる朴念仁に、僕は一瞬理解が追い付かず、止まってしまう。が、数秒して理解した僕は、顔を赤らめた。
「し、失礼いたしました! 取材中に考え事など……!」
「いえいえ。謝らないでください」
いやいやと手を振る彼に、僕は咄嗟に下げた頭をゆっくりと持ち上げる。恥ずかしさと不甲斐なさに押し潰されそうな僕を見て、朴念仁は笑みを浮かべたまま、話し続ける。
「あの子……神主の私が言うのも何ですが、かなり美しい容姿をしているでしょう?」
「え、ええ。そうですね」
「そのせいで結構苦労されているそうです」
「秘密ですよ?」と笑う神主に、僕は瞬きを繰り返す。彼が言うには、先月はストーカー、先々月は理不尽な言いがかりに巻き込まれ、その前は知らない人間からの求婚を受けたという。
「はぁ……まるで傾国の姫のようですね」
「ええ。ですから、できるだけ彼女は一人でいようとするのです。私とも距離をとって……」
少し寂しそうな顔でそう告げる彼は、まるで我が子を心配する父のような顔をしている。
(天使の事、気にしているんだな……)
彼に来ないようにと告げられた彼女は、一体どんな気持ちだったのか。大切な土鳩たちと引き裂かれるなんて、悲しくて僕なら誰にも見つからずに会いに来てしまうかもしれない。
「ですから、土鳩の事を相談された時はとても嬉しかったのを覚えております。長年見てきましたが、あの子が意志を伝えに来てくれたのは、後にも先にもあの時だけですから」
素直になれない我が子に悩む父親……それは正しく、慈愛に充ちた眼差しであった。
僕は複雑な心境で彼を見つめる。彼の思う気持ちと自分が気にかける気持ちが違う事を、何となく察してしまったからだ。
「そう、なんですね」
「ええ。ですから、あなたのような甘えられる大人がいるのは、あの子にとって素晴らしい存在になると、私は思っています」
(甘えられる、大人……)
手元にあるメモがくしゃりと音を立てる。嗚呼、自分はなんて愚かだったのか。