何度目か、何周目か、もう数える事すら億劫になるほど歩き続け、ある一つの妙案が頭に浮かんだ。妙案というか、天啓。疲弊し切った私を憐れんで、神が与えてくれたたった一つの冴えたやり方。ティプトリー・ジュニアも目を白黒させる解決策。未読だ。

 それは──お地蔵様にお供え物をする事だった。

 神頼み。神に媚びを売って解決してもらうという、一周回って誰も思いつかないような策だった。とりあえず私は鞄の中に偶然入っていた塩をひとつまみお供えしてから手を合わせ、再度歩き始めた。十字路を右折して、自宅があるはずの一本道を進む。晴れ晴れとした気分だった。これはもう解決したも同然と思い小走りで、果てにスキップして進んでいた。しかし……何も解決しなかった。再びあのお地蔵様が見えてきたのである。

 落ち着け私。

 奇怪な事態に直面して、混乱してしまっていた。冷静な判断が出来ない程に、疲弊していた。神頼みなど、普段の私なら絶対しない。ともかく落ち着いて、状況を判断して分析しなくてはならない。どんな物事も、しっかりと順序建てて紐解いていけば、いずれは解決出来るのだ。
数分前に私がお供え物をしたお地蔵様に目を向ける。見た瞬間にハッキリと、違和感があった。この異様で奇怪な現象の最中でも、ハッキリと認識して説明できる違和感。

 私がお供えした塩が消えていたのである。それを見て私は、ハッとした。
 私が今こうして歩いている、数分前に通ったはずの道というのは、数分前とは違う別の道なのではないか? と、そう考えた所で私は考えるのをやめた。無理だ。沼にハマって死にたくなりそうだ。先刻、神頼みまでする程に追い詰められたのだ。死にたくなるというのもなかなかシャレにならない。

 歩き続けるしか無いと思った。念の為、通る事にお地蔵様に一つお供え物をして十字路を曲がる事にした。塩から始まり水筒に残っていたお茶、シャーペン、消しゴム、目薬、エトセトラエトセトラ。果てには下着まで供えるまでに至った。全て消えていったが。

 手持ちがどんどんと消えていき、遂にスマホを供える事になった。使い物にならないと言えど、女子高生である私がスマホを手放すには、少し抵抗があった。しばらくして決意を固め、スマホをお地蔵様の前に置いて歩みを進めた。
 決意も虚しく、私は再びその十字路に戻ってきてしまった。何度も見た景色である。しかし今回は、いつもと違うものがあった。スマホである。スマホがまだお地蔵様の前に置かれていた。先程と寸分違わない位置にスマホがあった。私がスマホに何かあると確信した瞬間である。

 神はいたのかと涙しそうになったが、よくよく考えたらこのお地蔵様、私の下着を持っていってる時点でこのスマホ放置は当然の報酬とも言える。これこそ天啓だ。このスマホを利用してこの迷宮から脱出しろという事だろう。
 このスマホの中で使い物になる機能、カメラとメモだけ。

 とりあえず、この住宅街の風景を撮影してみようと思い立った。それしかする事が無かったというのが本音だ。ともかく、撮影してみた。
 写真を撮った後に確認出来る、GPSを利用した撮影場所検索を利用すれば、現在位置を把握して何か突破口が見えてくるかもしれない。しかしまあ、マップ機能がイカれていた時点で望みは薄かったのだが。

 お地蔵様と、そして進行方向の道を撮影する。風も無く音の無い世界にシャッター音だけが反響した。保存が完了して、フォルダを確認する。

 目を疑った。

 確かに私は、お地蔵様と住宅街の風景を撮影したはずだった。我ながら綺麗に撮れていると思っていた。しかし、保存されていたその写真は二枚とも『真っ黒』だったのである。