5月のある休日、奈緒は暇を持て余していた。誰かと会う約束があるわけでもなく、かといって何か用事があるわけではない。
勉強も昨日のうちに宿題や復習を終わらせたし、今日は何をしようかな?そう思いながらベッドの上でSNSに目を通していた。
「あ、これ面白そう」
SNSを見て回っていて目についたのは、最近話題のミュージカル映画だ。歌も演技もすごいって評判なんだよね、今日は予定もないし見に行ってみようかな。
そうと決まればベッドから起き上がって出かける準備をする。服を着替えて髪を整える。髪の毛はおろしていこうかな。そうして最後に姿見で自分の姿を確認する。
よし、変じゃないよね?リビングにいるお父さんとお母さんに出かけると声をかけて、靴を履き家を出る。
「行ってきまーす」
今日は晴れているため、日差しが強くちょっと汗ばむ。日傘持ってくればよかったな、なんて考えながら駅まで歩く。電車に乗り映画館の最寄り駅までスマホをいじって時間を潰す。
そういえば私のまわりには映画を良く見る人あんまりいないんだよね。見ていたとしても恋愛映画とかアニメ映画とかが多くて、ミュージカル映画を語れる人がいない。
もちろん見終わったらSNSにネタバレしない程度に感想を書いたりするけれど、どうせなら誰かと直接語り合いたい。そんなことを考えていたら最寄り駅についていた。
「外あっつい…」
電車から出た瞬間強い日差しがあたる。日差しを浴びながら映画館まで歩いていく。映画館につき館内に入ると冷風があたって気持ちいい。それじゃあチケットと飲み物を買って席に着こう。パンフレットとかは映画見終わった後に覗きに行こうかな? そんなことを考えながらチケットと飲み物を買っていると、知っている人を見かけた。
「あ、西野くん」
私のその声が聞こえたのか、ちらっとこっちを見た後軽く会釈をしてシアターがある方へ歩いて行った。西野くんも映画見に来てたんだ、何を見に来たのかな?
飲み物をもらってシアター内に入るともうCMがはじまっている。私は指定された席に座ってスマホの電源を切りCMを見始める。このCMを見るのも楽しいんだよね! 次何を見にこようか考える材料になるし、今まで興味のなかったジャンルも見ようかなって思ったりするんだよね。そしてCMが終わり、ついに映画が始まった。
面白かった~! 私は席から立ちあがりながら映画の余韻に浸っていた。これは話題になるのもわかる!! 歌もダンスもシナリオも本当によかった、特に歌が素敵だった。
これは今すぐ誰かと語り合いたい、そう思いながらシアターを出ようとしていると、西野くんの姿が見えた。
「西野くん!!」
私は映画の興奮がやまず、思わずちょっと大きめの声で西野くんの名前を呼んでしまった。彼は驚いたような顔をした後、こちらに歩いてきた。
「西野くんもこの映画見に来てたんだ! すごい面白かったよね」
「う、うん。すごかった。特に歌が上手くて…、字幕で見てよかった」
「だよね、やっぱり歌素敵だったよね!」
そんなことをシアターから出ながら話す。西野くんも映画を見た後の興奮が冷めないのかいつもより饒舌だ。これはもしかして一緒に語れるのでは?
「ねえ、もしよかったらこれから喫茶店に入って今日の感想話さない? 私ミュージカル映画話せる人がいなくて」
西野くんは少し顔をうつむかせて悩んだようなそぶりを見せた後、眼鏡越しに目を合わせてうなづいた。
「うん、早川さんさえよければ」
「やった! じゃああそこの喫茶店にはいろう」
喫茶店に入り西野くんはアイスコーヒーを、私はアイスティーを頼んですぐに映画の感想を話し合った。あそこの場面で流れる曲が最高だった、主人公のあの行動はどう思う?私はあのバーでのダンスシーンが一番好き、俺はヒロインが一人きりで歌っていたシーンが一番かな、などなどお互い頼んだ飲み物がきてもほとんど手を付けず語り合っていた。
「いやー、本当によかった…、最後はハッピーエンドだったし」
「確かに、途中はらはらしたけど最後ハッピーエンドで安心したよね」
1時間ほど語り合った後、お互い氷の溶けた飲み物を飲んで喉を潤す。楽しい、やっぱり映画をみた直後に感想を語り合うのは楽しい。西野くんに会えてよかった。そんなことを考えていると、彼は目線をうろうろとさせてどこか居心地悪げな顔をしながらこんなことを言った。
「今日はごめんね、避けるようなことをして」
「え?」
「俺、人づきあいが苦手で…、あの時もどう反応するのが正解かわからなくて」
ちょっと落ち込んだように肩を落としてそんなことを言った。なんだ、そんなことか。
「気にしてないよ、それより西野くんって映画好き?もしよければまたこうやって話さない?」
すると西野くんは少し驚いたような顔をした後、嬉しそうにうなづいた。そしてまた学校で話そうと約束してその日は解散した。
家までの道のりを歩きながら今日のことを思い返す。西野くん、思っていたよりも親しみやすい人だったな、これから少しずつ話しかけていこう。
そう決めた私は今度西野くんにおすすめする映画のことを考えるのであった。
あの映画感想を言い合った日から1ヵ月ほどたった。私は相変わらずアサヒちゃんたちと一緒に学校生活を送りながら、ほかのクラスの友達とも遊んだりして過ごしていた。
西野くんとは毎朝挨拶をして、少しずつ会話の数を増やしていっている。やはりあの時たくさん話せていたのは映画を見終わった後の興奮が止まらなかったためだろう。
それでも学校内で会話が増えているのはいいことだ。クラスの子たちも少しずつ西野くんに挨拶したりする子も増えている。このままクラスに馴染んでくれたらいいな、なんて考えている私はやはりお節介なのだろうか。
「それじゃあ正式なテスト範囲が決まったからすべての教科範囲をプリントに書いて配布する。各自きちんと勉強するように」
担任からのそんな言葉を聞いて一瞬思考が停止した。テスト。そうだあと2週間で期末テストだった。普段からある程度勉強しているからあわてはしないけれど、そろそろ本腰を入れて勉強しなければ。誰かと勉強しようかなと思ったけれど、アサヒちゃんは部活があるから下校時間が被らないし、ほかのクラスの悠里ちゃんは放課後塾があるから一緒に勉強はできない。
これは一人で勉強かな、と考えていたところで西野くんが教室からでていこうとしていた。そうだ、彼を誘ってみよう。
「西野くん、今日これから時間ある?」
「は、早川さん。うん、あるけれど…、どうかした?」
「もしよかったら一緒に勉強しない?ファミレスでもいってさ」
その言葉に西野くんは少し考えたような顔をした後、いいよと言ってどこのファミレスにいくか聞いてきた。よかったー!一人だとなかなか集中できないんだよね。
こうして西野くんを捕まえた私はファミレスで一緒に勉強することに成功した。
「そういえば西野くんは何の教科が得意なの?私は数学なんだけど」
「俺は現国と英語かな。逆に理数系は苦手」
「そうなんだ!それじゃあお互いに教え合えるね」
お互い得意不得意分野がわかれているということで、わからないところをお互いに聞き合って勉強していく。またどういう勉強方法がおすすめか、参考書は何を買っているかなども話した。
正直私は特に英語が苦手だったため、西野くんに教えてもらえて助かった。こうやってお互い勉強しているのが見えることで頑張ろうとも思えるし。
「さすがにちょっと休憩しようか」
18時を過ぎたころ休憩を入れることにした。集中力も切れてきたし、ちょっと何か食べ物を頼んでドリンクバーの飲み物でも飲もう。私がタッチパネルを触りながら何を頼もうか考えていると、スマホが震えた。
誰からだろう?西野くんに一言入れたあとスマホを見る。アサヒちゃんから連絡が入ってる。内容は部活が終わったため近くにいるならこれから一緒に勉強しないかというものだった。
どうしようか?西野くんに聞いてみて問題なさそうなら呼ぼうかな。
「西野くん、同じクラスの鈴谷アサヒって子知ってる?」
「え、うん。いつも早川さんと一緒にいる髪を下の方で結んでいる子だよね。覚えてるけど…どうかした?」
「えっと、アサヒちゃんがよかったら一緒に勉強しないかって連絡がきたんだけど、呼んでもいい?」
その言葉を聞いた途端、西野くんは一瞬暗い顔をしたあと「いいよ」と言ってくれた。…いいよって感じじゃなかったな、もしかして気を使わせてるのかも。そう思いアサヒちゃんに「ごめんね、ほかの人と勉強してるから」と断りの連絡をいれた。これでよし。
「アサヒちゃんは呼ばないことにしたよ。ごめんね、気を使わせて」
「え、なんで呼ばなかったの?」
「だって嫌そうに見えたから」
私のその言葉に西野くんは眼を見開いて驚いたような顔をしてこう聞いてきた。
「俺そんなに顔にでてた?」
「西野くん結構顔にでやすいよ?わかりやすいとも思う」
すると西野くんは恥ずかしそうな、でもどこか嬉しそうな何とも言えない顔をしてあたふたしている。どうかしたのかな、西野くんがわかりやすいなんて前からなのに。
「どうかした?」
「な、なんでもない!それよりほら早めに注文して食べたら勉強再開しよう」
なんだかあわてながらタッチパネルを触る西野くん。なんか変なの。まあでも確かにテストまであともう2週間だから気を引き締めないと。
その日は結局19時半まで勉強した後、駅まで西野くんが送ってくれた。そして別れる間際に「もしよかったらまた一緒に勉強しないか」と言われた。西野くんのほうから誘ってくれるなんて!少しは心を開いてくれたのかな?なんて考えながら「もちろん」と答え、お互いの連絡先を交換した後電車に乗って家まで帰った。
テストも終わって本格的に夏が来た。水筒に麦茶をいくら入れてきても足りないくらいに喉が渇き、自動販売機に人が集まる季節だ。そんななかそろそろ夏休みに入るため宿題がある程度出される。
夏休みは嬉しいけれど宿題がなぁ、などとちょっと憂鬱な気持ちで授業を受けて放課後になるのをいまかいまかと待ち望む。そうして最後の授業が終わり帰宅時間になった。
「終わったー、奈緒一緒にかえろー」
「いいけれど、アサヒちゃん今日部活はいいの?」
「今日はコーチいないから部活休みなんだ。駅まで一緒に行こう」
そんな会話をしながら教室を出て駅までの道を歩く。テスト結果のことやいま見ているバラエティー番組の話をしていたらいつの間にか駅に着き、電車を待つ。
そして電車を待ちながら今度ある花火大会について話をしていた。そういえばアサヒちゃんは誰かと一緒に行く予定とかあるのかな?そんなことを聞こうとした瞬間、私のスマホが震えた。
「ごめんアサヒちゃん、ちょっとスマホ見るね」
「いいよー、気にしないで」
アサヒちゃんにOKをもらいスマホを見ると、そこには西野くんからメッセージが届いていた。どうしたんだろう?そう思いながらメッセージを読むと「花火大会一緒にいかない?」といった内容が書かれていた。
「何か緊急の連絡だった?」
「ううん、ちょっと花火大会のお誘いがあったんだ。ねえ、もしよかったらアサヒちゃんも一緒にどう?」
「え!?いや、えっと…、ごめん!私実は和也を誘って二人で行こうかと思っているんだ!だから…」
「そうなの?それならしょうがないね。楽しんできてね!」
まさかアサヒちゃんが和也くんと二人で行くなんて…。しかもアサヒちゃんから誘うってことはつまりそういうことだよね?それじゃあ邪魔しちゃ悪いよね。それにしても和也くんか、確かに彼兄貴肌でいい人だもんね
そこからあまり深くは追及せず、別の話で盛り上がり最寄り駅についたところで別れた。そうして家について手を洗い、着替えをした後西野くんに先ほどのメッセージを返す。
「誘ってくれて嬉しいよ、ぜひ一緒にいこう…っと」
送信!するとほとんど間をあけずにメッセージが返ってきた。なんだか普段より返信が早いような…。そうして何度かやり取りをして花火大会の待ち合わせ場所と時間が決まった。
あとは当日になるのを待つだけだ。それにしてもあの西野くんが誘ってくれるなんて、なんだか嬉しいな。なんというか、誰にもなつかない猫がなついてくれたような達成感がある。
そうして月日はたち、夏休みになり花火大会当日を迎えた。私はくすんだ水色のサマーニットに、くすんだ水色に白のチェックが入ったスカートを着て、栗色の髪の毛はいつも通りハーフアップをして水色のバレッタをつける。姿見でおかしなところがないかチェックして、玄関で白のサンダルを履いて玄関を出る。この時間なら待ち合わせ時間にも間に合うな。電車に乗ると同じく花火大会に行くのか浴衣姿の男女を見かける。
浴衣か、着ようかと思ったけれど私着付けできないし、浴衣も持っていないから私服にしちゃった。まあ別に恋人同士で行くわけでもないからいっか。そんなことを考えていると最寄り駅についた。
「駅に着いたよ…っと」
西野くんにメッセージを送り、駅の中にある大きな時計の下で待つ。それにしてもすごい人だな、ちゃんと合流できるといいけど。
「早川さん!」
後ろから声が聞こえたため振り返ると、そこには浴衣を着た西野くんがいた。あ、これ私も浴衣着てきた方がよかったかな?
「西野くん、合流できてよかった。浴衣似合ってるね」
「あ、ありがとう。そうだね、すごい人だからどうなるかと思ったよ」
西野くんは私の姿を見てなんだかちょっと残念そうな顔をした。やっぱり浴衣着てくるべきだったか。でも今更言っても仕方がない、花火大会を楽しもう!
「え、と…じゃ、じゃあ行こうか。何か食べたいものとかある?」
「うーん、そうだね。わたあめとかあったら食べたいな」
「わかった、行こう」
そう言って西野くんは花火大会の周りにある屋台まで先導してくれる。そんな彼の後をついていき、私はわたあめと飲み物を買う。西野くんはラムネと焼きそばを買っていた。食べ物と飲み物を買ったことだし、花火を見る場所確保しないと。
「早川さん、実は花火が良く見える穴場があるって話なんだけど、よかったらそこ行かない?」
「穴場?いいね、行ってみよう!」
そういって歩き出す彼の後ろをついていきながらなんとも言えないむず痒い気持ちになる。なんだか西野くん、すごく張り切っているような…?事前準備もすごいしてるみたいだし。
「ここ…ってこれは」
「あらー、これはすごいね」
西野くんに先導されてついた場所は、少し広い公園だった。しかしそこはどうやらいろんな人に知られていたらしく、たくさんの人がシートを引いて座っていた。これはもう座れるスペースはないな、なんて考えていると西野くんはしょぼんとした顔をしていた。
「だ、大丈夫だよ!立ってみる場所くらいはあるし、ここで見ようよ、ね?」
「うん…、そうだね。食べるとき荷物邪魔なら持つから言ってね」
「ありがとう!」
そうしてお互い買ってきたものを食べながら花火が上がるのを待つ。あ、手が汚れちゃった。カバンの中からティッシュを取り出そうとしていると、西野くんがあるものを差し出してきた。
「よかったらこれ使って。ウェットティッシュの方が綺麗に拭き取れるし」
「あ、ありがとう…、でもこれ、ウェットティッシュじゃなくてボディシートだよ…」
「え!?」
西野くんが慌てた顔をして確認すると、そこにはボディシートと小さく書いてあった。おそらくシンプルなパッケージに小さく文字が書かれていたから勘違いしてしまったのだろう。
ショックを受けたような顔をした彼が見ていられなくて、なんとかフォローしようとする。
「ティッシュでも拭き取れるから平気平気!気を使ってくれてありがとうね」
「う、ううん…。なんかこっちこそ気を使わせてごめん」
私の言葉にちょっと気持ちを持ち上げたようだが、やはり顔はちょっと暗い。そんな気持ちを吹き飛ばすかのように大きな花火が上がった。
「ほら、はじまった!見よう見よう」
「うん、そうだね」
そう言って花火を見ながら買ってきたものを食べておしゃべりをして過ごす。お互い目線は花火に向けながら昔の花火の思い出やこの夏の予定を話す。その話をしていたらいつの間にか2時間たっていた。
なんだかあっという間だったな…、でも楽しかった!誘ってくれた西野くんに感謝しなくちゃ、なんて思い西野くんの方を向くと、彼はどこか落ち着かないような様子で目線を泳がせていた。
「西野くん?」
「へぁ!?う、うん?な、ど、どうしたの?」
「いや、どうしたのはこっちのセリフなんだけど…。どうかした?なんだか落ち着かないみたいだけど」
その言葉を聞いた西野くんは口をパクパクさせて声をつまらせる。なんだか本当に様子がおかしいな、何か私へんなこと言ったとか?
「は、早川さん!!」
「え!?はい」
いきなり大きな声で名前を呼ばれて思わず敬語で返事をしてしまう。なんだか声も裏返っているし、本当にどうかした…
「好きです!」
「へ?」
その言葉に思わず思考が停止して私も声が裏返ってしまった。好き?すき?その言葉を理解するのに少し時間がたってしまい、頭が働いたころには周りからの目線がすごかった。
そうだ、ここ人がたくさんいる公園だった。あまりの恥ずかしさに、とにかくここから逃げ出したくなったため西野くんの手を引いて公園から出る。
「西野くんごめん、とにかくここ離れようか」
「え?あ、ご、ごめん!!とにかく必死で…そうだね、行こう」
西野くんも状況に気が付いたらしく、少し足早になりながら公園から離れようとする。二人とも人込みにもまれながら無言で駅を目指す。なんか今になってさっきの西野くんの言葉が思い出してきて恥ずかしくなってくる。さっき私告白されたんだよね?え、なんで?というかいつの間に?なんて考えていると西野くんに話しかけられた。
「さっきはごめん、びっくりしたよね」
「え、ああいや…。謝られることではないんだけど」
「でもさっきの言葉は嘘じゃない。本気だ」
そういって私の眼をまっすぐ見つめてきた。熱のこもったその目線に胸が高鳴り、顔が熱くなるのがわかる。
「俺、人見知りだしあまりこういうことに慣れてないからうまくリードできないこともあると思う。でも本気なんだ、だからまず俺のことを意識してほしい」
そして西野くんはすぐに告白の返事をしなくてもいいよといってくれた。そのままなんとも言えないむず痒い空気のまま駅につき、またねといってお互い電車に乗った。最後、目線合わせられなかったな。いつもなら目線合わせられないのは西野くんの方なのに、今回は私が恥ずかしくて眼をうろうろさせていたな。そんなことを考えながら満員電車に揺られながら最寄り駅につくのをぼんやり待つ。
「ただいまー」
家についてお風呂に入り、髪の毛を乾かしてベットに横になる。西野くん…、私は西野くんのこと弟のように思っていた。自分に似たところのある弟みたいな存在、だと思っていたのになんでこんなにドキドキしているんだろう。自分の気持ちがわからず、思わずベットの上でクッションを抱えて転がり回る。私、今日は眠れる気がしない…。そう思いながらもとりあえず部屋の電気を消して目を閉じる。
眼を閉じて頭に思い浮かぶのは、あの時の真剣な眼をした西野くんの顔だった。
西野くんに告白された花火大会から数日がたち、いつの間にか8月に入っていた。あれから西野くんとはあの告白がなかったかのようにメッセージのやり取りをしている。
最近暑いね、宿題どのくらい進んだ、最近見た映画面白かったよ、などなんでもない日常のことを毎日のようにメッセージで送り合っている。そんな毎日を送りながら私は夏休みの宿題をしていた。
麦茶を飲みながらクーラーのきいた部屋で宿題をしていると夏だなと感じる。リビングでテレビをつけて高校野球の中継を流しながら苦手な英語の宿題に取り組んでいると、スマホが震えた。
スマホを手に取りメッセージを開くと西野くんから「今日の午後、時間があったら一緒に宿題しない?」とのお誘いがあった。一緒に宿題。ということは直接会うということだ。
会うのが嫌というわけではない、でも私はあの時の告白の返事をまだ返せる気がしない。しかし断る理由もないため、OKと送りその後メッセージのやり取りをして集合時間と場所を決めた。
そして私は外出用の服に着替えて集合場所である図書館にきた。変に意識しているせいか、どんな服を着ようかとか髪型変じゃないかなんて悩んでしまった。おかげで集合時刻の13時ギリギリだ。
図書館の玄関を入ると、西野くんがラフな半袖パーカーを着てそこに立っていた。その姿になぜか少し動揺しながらも、一旦深呼吸をして心を落ち着かせてから声をかける。
「西野くん、お待たせ!」
「早川さん。ううん、全然待ってないよ。急に呼んでごめんね。一人だとなんだか宿題進まなくて」
「いいよいいよ。私も人とやった方が宿題はかどるし」
そんな話をしながら図書室内の学習スペースに足を運ぶ。夏休みということもあり結構混んでいるけれど、ちょうど丸い机が少し空いていたためそこに荷物を置いて座る。
「じゃあ宿題進めていこうか。俺は数学の宿題がいまいち進まなくて」
「私は古典と英語の宿題、あと読書感想文があまり進んでなくて。特に読書感想文って何を読んだらいいのかわからないんだよね。何かいい本ある?」
「ああ、それなら…」
そう話すと西野くんはこの図書館で借りられるおすすめの本を教えてくれた。ここで借りられるのはありがたい、帰るときに借りて帰ろう。そしてお互い数学と古典の宿題を開いて取り組む。
最初はこの間のことを意識して心が落ち着かなかったけれど、こうして話をしていくうちにいつもの調子に戻っていた。そうしてお互い集中しながら宿題に取り組み、わからないところがあったら教え合うということをして2時間ほど勉強していた。
15時を過ぎたころ、さすがに休憩しようかという話になり近くの喫茶店に入る。席について西野くんはアイスコーヒーとドーナツを、私はアイスティーとケーキを頼む。
「結構宿題進んだね。西野くんが誘ってくれたおかげだよ、ありがとう」
「こちらこそ、早川さんがわからないところ教えてくれたおかげで思っていた以上に宿題が進んだよ」
そんな話をしていると頼んでいた飲み物と軽食が運ばれてくる。定員さんに軽く会釈をして受け取りアイスティーで喉を潤す。そうして冷たいものを飲むことで頭がすっきりしていくのがわかる。
そのすっきりした頭のなかにある疑問がうかんでくる。さきほどまで集中して忘れていたのに、突然頭のなかにうかんできた。そしてその疑問をいつの間にか口に出して西野くんにぶつけていた。
「西野くんはなんで私のことが好きなの?」
「え?」
突然の質問に西野くんは口をすこしぽかんとあけて少しの黙り込む。しまった、なんで私このタイミングで聞いちゃったんだろう。自分で思っていた以上にあの告白は衝撃的で、抑えきれなかったみたいだ。
もう口にだしてしまったのなら仕方がない、告白された時からずっと考えていたことを言ってしまおう。
「正直言って西野くんとちゃんと話すようになったのは5月の映画館で会ったあの時でしょ?あれから3か月くらいしかまだたっていないし、お話もそんなにしてないよね」
西野くんは私の眼を見て私の言葉を黙って聞いている。その様子に私はさらに言葉をぶつける。
「それに私はクラスの中心になるような人間でもなければ、そこまで顔が可愛いわけでもない。勉強がすごくできるわけでもない。それなのにどうして?」
そこまで黙って私のいう言葉を聞いていた西野くんはおもむろに眼鏡をはずして私の眼をじっと見つめた。入学式のときに見たあの綺麗な緑色の眼だ。
「俺が早川さんを好きになった理由は…正直俺にもわからない。たぶん、ほとんど人目惚れだったと思う」
「一目惚れ?」
一目惚れなんてそれこそ私にするなんて考えられない。私が疑っていることに気が付いてか、西野くんは机の上に置いた眼鏡を触りながらさらにこう続けた。
「早川さんはさ、俺の眼を見ても何も言わなかったよね? 俺はそれが嬉しかった。だって俺の眼を見た人はだいたいからかってきたり、好奇心からかどうして? なんて無遠慮に聞いてきていたから」
その話に今度は私が黙って聞くことになった。私はアイスティーを飲むのをやめて西野くんに向き合う。
「昔からこの眼の色のことでからかわれたり好奇の眼で見られたりして、俺は眼鏡をかけるようになった。でもその時にはもう人と話すことが苦手になっていて、さらに人見知りもあって人とうまく話すことができなくなっていたんだ」
西野くんはそこで一拍おき、一瞬声をつまらせた後こう言った。
「でもそんな時、あなたが現れた」
「あなたは、早川さんは俺のコンプレックスでもある眼のことに触れずにいてくれた。そして俺がグループワークのなかに入れなかったときも相島くんと一緒に気にかけてくれた。あの時から俺は気が付いたら眼であなたを追っていたんだ」
そこで西野くんは私から一瞬眼をそらしたけれど、すぐに私の眼をまっすぐ見ながら私への思いを伝えてきた。
「それでもまだあの時は自分の気持ちに気が付かなかった。でもテスト勉強に誘ってくれたときに、鈴谷さんを呼ぼうとされて嫌な気持ちになったあの時に、俺は早川さんのことが前から好きになっていたんだって気が付いたんだ」
「気が付いたらあなたを眼で追っていて、好きになっていた。だから一目惚れなんだ。気が付いたら、好きになっていた」
そう言い終わると西野くんはアイスコーヒーをぐいっと飲み込んだ。私も西野くんの言葉を聞き終えて、アイスティーを飲みこんで私の言葉を頭のなかでまとめようとする。
「あのね、西野くん。その気持ちすごくうれしいよ。でもね…」
「私が西野くんの眼について触れなかったのは、ただの自己満足。過去の自分を救いたかっただけなんだよ」
「え…?」
私の言葉に西野くんは眼を見開いて言葉に詰まっているようだ。その様子を見て私は自分の栗色の髪を触りながら話した。
「この髪の毛の色、結構目立つでしょ?」
「え、そうかな。そうは思わないけれど、もしかして地毛なの?」
「そう、生まれた時からずっとこの色」
そう話しながら私はぽつぽつと私の中学生時代にあった出来事を西野くんに話した。
私は生まれた時からこの栗色の髪の毛をしていたため、そのまま中学校に入学した。すると入学して早々、担任の先生に職員室に呼び出されて髪の毛を黒くするように言われた。
正直とてもショックだった。だって私は生まれてからずっと髪の色で育ってきて、何も悪いことなんてしていないのに校則で明るい髪色は禁止されているとかいう理由だけでこの色を否定されたのだ。あまりに理不尽で感情が爆発しそうになった。
先生にどんなに説明してもほかの生徒に悪影響だとかいって聞いてもらえなかった。私がそんな先生の対応に絶望しかけたその時、たまたま職員室に提出物を届けにきて話を聞いていた子がこう言ったのだ。
『それは先生の言っていることの方がおかしくないですか?』
『生まれた時からこの髪の毛の色なのになんで髪の毛が明るいってだけで問題なんですか?』
『彼女は何も悪くないのに、そんな風に生まれ持ったものを悪く言う先生の方が生徒に悪影響ですよ』
そう先生にまくしたてたのだ。しかし言葉を詰まらせたもののダメなものはダメだという先生にその子、斎藤悠里ちゃんは教室に戻り私と同じ小学校の子を中心にちょっとした反対運動を起こした。こんなのは間違っていると怒ってくれたのだ。
結局事態が大きくなったため校長先生たちなどが話し合い、過去の私の写真などを見てもとから髪の毛が栗色なことを判断。学校から許可がおりて髪の毛を染めずに済んだのだ。
「まあそれでも変に絡んでくる人とかいて、大変ではあったんだけどね」
西野くんは私の過去話に口をはさむことなく、じっと私の顔を見たまま話を聞いていた。
「だから入学式の日に西野くんの眼を見てすぐにわかったの、この人もきっと色んなことを言われてきたんだなって。だから私はあえてその眼については触れずに過ごしてただけだよ。優しくしてたのも、過去に私がしてほしかったことをして自分を慰めてただけ」
「西野くんのためにしていたわけではない、ただの自己満足だったの。もちろん同じような体験をしたもの同士、仲良くなれるかなって思いもあったけど」
そこまで聞いた西野くんは一度ゆっくり目を閉じたあと、目を開けてこちらを見つめながらテーブルの上に置かれていた私の手をぎゅっと握ってきた。
「それでも、俺が早川さんに救われたことには変わりないよ」
「え?」
まっすぐ私を見つめながら西野くんは私の握った手をさきほどより強く握る。
「早川さんがどんな理由で俺に優しくしていたかなんて関係ない、俺がそれをどう受け止めたかが大切なんだ。俺はグループワークで気にかけてくれて、学校で毎日挨拶をしてくれたあなたが好きなんだ」
そのまっすぐな言葉に私は思わず言葉を失い、黙ってしまう。少しの間無言の時間が過ぎていく中、私は西野くんに握られた手が冷たいことに気が付いた。そしてよく彼の顔を見ると、少し赤くてこわばっていることに気が付く。
西野くん、緊張しているんだ。そんな緊張しながらも私に好意を伝えてきてくれているという事実に私は心臓が早くなっていく。そんな風に思われて、伝えられたら私は
「ご、ごめん。勝手に手を握って」
無言の間に少し落ち着いたのか、西野くんは私の手を離した。その瞬間、私はなぜか少し寂しい気持ちになった。
「なんかもう今日はもう一緒に宿題をするのは難しそうだよね。ここで解散にしようか」
「うん…」
西野くんの提案にのって今日はもうお開きということになった。確かにいまの気持ちで宿題なんてお互い無理かな。残っていた飲み物と食事を何とも言えない空気で食べ終えたあと、お互い家へと帰った。
家に帰ってベッドに寝転んで今日西野くんに言われたことを思い返していると、彼からメッセージが届いた。
『今日話をしたことで早川さんのことをもっと知ることができた。やっぱり好きだ』
そのメッセージを読んだ後、私はスマホを投げて目を閉じる。西野くんはいい人だ。そしてこんなにも私のことを思って、受け止めてくれる。そんな人をきっと私は好きになるんだろう。
確信に近いなにかが私のなかにはあった。その暖かくてどこか気恥ずかしい気持ちに耳を傾けながら、しばらく私はベッドで横になり西野くんのことを考えるのであった。
西野くんと宿題をやったあの日から数日たったある日、私はメッセージを書いては消してを繰り返していた。私はあれから数日たった今でも自分の気持ちがはっきりわからずにいた。
確かに私は今西野くんのことを好きになっているんだと思う。でも私はこの気持ちが勢いに流されてしまっただけの『好き』ではないと言い切れずにいた。西野くんはあんなにもまっすぐに気持ちを伝えてくれたのだから、いい加減な答えは出したくない。
だからこそ私は西野くんに直接会って気持ちを確かめようと思っている、のだがなんだか気恥ずかしくてお誘いのメッセージを送信できずにいる。どうしよう、と家のリビングにあるソファであーだのうーだの言って寝っ転がっていると突然大きめの声で話かけられた。
「奈緒!」
「えっ!? うわっなに!?」
母の声に驚いて思わず手元が狂う。そのままソファの下までスマホを落としてしまい、拾いながら母に何事かと尋ねる。
「夏休みだからってごろごろしてないで、家のこと手伝って。洗濯物干してくれない?」
「わかったよ。……ん? あー!!」
母の小言を聞きながらスマホをソファ下から取り出すと、メッセージが送信されていた。どうやら先ほど手元が狂ったときに間違えて押してしまったらしい。どうしよう、なんて考えているうちに西野くんから返信が来た。西野くんは今日の午後から暇だという。
こうなったらもう後戻りはできない、と腹をくくり今日の13時に花火を見たあの公園に来てほしいとメッセージを送る。これでよし、あとは実際に会って話をして気持ちを確かめるだけだ。
そうして12時半になったころ、私はあの公園入口にいる。緊張しすぎて30分も早く着いちゃった……。しかもぼんやりしていたせいで日傘も帽子も忘れたから日光が直接当たって暑い。道中買ったお茶を飲んでセミの鳴き声を聞きながら西野くんを待っていると、ほのかに湿ったようなにおいがした。
するとぽつり、ぽつりと雨が身体に当たる。うそ、こんなに晴れているのに雨!? しかもその雨は少しずつ強くなっているのがわかる。どうしよう、とにかくどこか雨宿りできる場所に……
「早川さん!」
声のした方向を見ると西野くんが折り畳み傘をさしてこっちに走ってきているのがわかった。西野くんは慌ててこちらまで駆け寄ってくると、私に折り畳み傘を渡して半ば無理やり握らせた。
「え、ちょっと西野くん」
「早川さんそれ持って、あっちの大きな樹の下に行こう」
そう言って折り畳み傘を握っていない方の手をつかんで大きな樹があるほうへ誘導してくれた。樹は思っていた以上に大きく、このくらいの雨ならしのげそうだ。
「早川さん、大丈夫? 濡れてたらこのハンカチ使って」
ハンドタオルを差し出してほかにタオル無かったっけ、なんて言いながらカバンの中を慌てて確認している。しかし私なんかよりよっぽど西野くんのほうが濡れている。当たり前だ、彼は自分の持っていた傘を私に差し出しだから。
西野くんはいつもそうだ。自分のことを二の次にして、私を大切にしてくれる。確かにその行動がから回ることはあるけれど、それでも彼は必死に考えて行動して、好意を全身で伝えてくれる。そんな一生懸命で優しい彼のことを私は
「西野くん」
「あ、どう」
西野くんの言葉を最後まで聞かず、私は彼に抱き着いた。西野くんは慌てて腕をばたばたさせている。雨に濡れているとかもうどうでもよかった。私は、西野くんに全力で気持ちを伝えたい。
「西野くん、好き」
瞬間、西野くんの動きは止まった。そして恐る恐るといった様子で少し小さな声でこう聞いてきたのだ。
「本当に?」
「嘘じゃないよ、私は一生懸命で一途に思ってくれる西野くんが好き」
その言葉を聞いた西野くんは私の背中に手を回し、ぎゅっと抱きしめてくれた。嬉しい、好き、そう西野くんが何度もつぶやくのが聞こえる。恥ずかしいけれどどこか嬉しくて愛おしい気持ちが止まらない。
しばらくそのままの状態が続いたが、雨が止んだころお互いそろそろと背中から手を放し、見つめって少しだけ笑ってしまった。二人とも眼に涙があって少しだけ面白いような、うれしいような気持ちになったのだ。
「これからどうしよう」
「とりあえず西野くんの濡れた服をどうにかしないと」
そんな話をしながら手をつなぐ。虹がかかった空の下、お互いの手を離さないというかのように強く握りこれからのことを話して歩いていくのであった。
新学期に入り学校がはじまって数週間がたった。まだまだ暑さが残るなか、俺は相島君たちと一緒にグラウンドに向かっていた。
「こんな暑いのに長距離走なんて頭おかしいよな」
「だね。俺もさすがにきついかな」
「西野って結構体力あるよな。この間の授業でも早めに走り終わってたし」
そんななんでもない話をしながら運動靴に着替えて外に出る。9月になったとはいえ、まだまだ日差しは強くて暑い。そして体育の授業がはじまり、各自グラウンドを指定された回数走る。無言で走りながら俺は新学期に入ってからのことを思い返していた。
俺は新学期に入ってまず相島君たちになるべく自分から挨拶をするようにした。みんな最初は驚いた顔をしていた。でも俺から俺自身の壁を薄くしていくことで次第にみんなの方からも挨拶や雑談を振ってくるようになった。
特に相島君は俺のことをかなり気にかけてくれていたようで、最初に挨拶した日からお昼に誘ってくれたりみんなの輪に入れるよう行動してくれた。本当に相島くんには頭が上がらない。
「ラスト1週ファイトー」
相島君の話によると、クラスのみんなは俺のことを気にしながらも俺が壁を作っていたことから無理やり引き入れるのは良くないと考え、様子を見ていてくれたらしい。しかし最近俺から挨拶をして壁を薄くしたため、これなら大丈夫だろうと判断しみんなからも話しかけるようにしたとのことだ。
みんな優しい人たちだ。相島君も、クラスのみんなも、そして早川さんも。まだ相島君たちには眼のことは話せていない。眼鏡もかけたままだ。確かに俺は人との距離を縮められるようにはなったけれど、そう簡単に過去の傷を癒せるわけではない。でも、それでもきっとこれから先の未来で、俺は眼鏡をはずして歩けるようになるだろう。
そんな風に考えるようになったのはきっと早川さんのおかげだろう。早川さんは何があっても俺の味方でいてくれると言ってくれた。その言葉が俺の背中を押して、クラスの人たちとの距離を縮めてくれたのだ。彼女に会って俺の高校生活、いや人生は変わった。大げさかもしてないけれど、きっと本当のことだ。
「西野くん!お疲れ様」
「早川さんもお疲れ様」
体育の授業が終わると早川さんがこちらに向かってきた。早川さんとはあの日を境に付き合いはじめた。正直恋人なんて初めてできたから何をするかなんてわからないけれど、俺たちは俺たちらしくゆっくり進んでいこうと決めた。
「今日の放課後本屋さんに行かない?私買いたい本があって」
「いいよ、帰りによっていこう」
そんな話をしながら教室に戻る。俺はこんな何でもない日が好きだ。早川さんが隣にいて、相島君たちとなんでもない話をしているこの日常が。こんな日がずっと続けばいい。
放課後はいつものように手をつないで一緒に帰ろう。それでなんでもないことを話しながら一緒にいる時間を積み重ねていこう。
このなんでもない日常が、どうかずっと続きますように。
Q.あなたにとって恋とはなんですか?
早川奈緒 A.隣にいて安心できるものです。
西野淳 A.自分自身を変えてくれた宝物です。
※こちら『深緑の眼は惹かれる』の早川奈緒と西野淳の詳しいキャラクター設定になります。ネタバレ有なので本編を読み終えてから読むことをおすすめします。
西野淳《にしのじゅん》
・祖母がフランス人のクォーター。外見は黒髪緑目で髪の毛は少しだけ長く、寝ぐせが付いておりところどころはねている。黒縁の度なし眼鏡をかけて眼を隠している。
・海が丘高校1-D所属。175㎝、体格は少しやせ型。血液型はA型。人の目線を気にして過ごしていたせいか、やや猫背気味。セーターの色は黒。制服はスタンダードに着ている。おしゃれに興味がないため私服もあまりこだわりがなく、シンプルな物を適当に着ている。アクセサリーは腕時計しかつけない。しかし早川と付き合うようになったら以前よりか服装などを気にするようになり、寝ぐせとかも直すよう心がける(けれど若干はねている)
・文系。語学が得意で化学が苦手。成績は中の中。運動はそれなりにできる。持久力はあるが足の速さは普通。実はチームプレイが得意でサポートに回るのがうまい。これは周りの目を気にしていた過去から、自分がいまどんな立ち位置にいるか理解できるため、またアクシデントが起きても対応ができるため。
・電車通学。二人称は「あなた」寒いのが苦手で夏が好き。昔スイミングスクールに通っていたため泳ぐことが好き。部活やバイトはしていない。兄と姉がいる(そこそこ歳は離れている)小さいころ周囲に馴染めず孤立していたが、兄と姉が遊んでくれた。
・特技は人の顔と名前を覚えること。趣味は映画鑑賞、特にミュージカル映画でハッピーエンドが好き。
・本来は優しくて律儀な性格。ちょっと遠慮がちなところはあるけれど、こうと決めたらえいや!と飛び込む場面も(そのため早川に告白したし、諦めなかった)怒ることが苦手。外見のことでからかわれた過去があるからか、自分にもほかの人の外見にも頓着がない。
・昔眼の色をからかわれた過去がありコンプレックスに思っている。それにプラス人見知りな性格も重なって人と距離を置くようになる。しかし早川と出会い少しずつ本来の性格が表に出るようになる。殻にヒビをいれたのは早川だけど、西野自身がいま少しずつ割っている。
・早川のことは離す気はないけれど、もしも別れ話がでたらまず話を聞いてよく話し合う。それでもダメだったら別れるけれどずっと引きずる。(作者はこのカップルが離れる未来を想像していませんが、もしそうなったときのお話です)
・霊的なことやスピリチュアルなことはよくわからないし「へー」くらいにしか思わない。でもびっくり系はダメ。そのためお化け屋敷は得意ではないが、心霊スポットはなんとも思わずに歩ける。
早川奈緒《はやかわなお》
・海が丘高校1-D所属。外見は肩くらいまで伸びた栗色の髪の毛に黒目。よくハーフアップにしてバレッタで留めている。160㎝で体格は普通。血液型はO型。セーターの色は水色。制服はワイシャツの第一ボタンをはずして青色ストライプのネクタイをしている。
・私服は無地×柄物をよくあわせている。スカート派。おしゃれは気になるけれどまだまだ勉強中。好きな色は青系なため、私服や小物も青系が多い。
・数学が得意で英語が苦手。成績は中の中。運動はできなくはないけれど、得意でもない。柔軟やマット運動などは得意。
・電車通学。二人称は「君」部活やバイトはしていない。一人っ子。方向音痴。同性にも異性にも好かれやすい。
・特技は初対面の人とすぐに仲良くなれること。趣味は映画鑑賞(一人でも友達とでも)特に恋愛映画やミュージカル映画が好き。
・基本的に察する能力が高いためそれで気を使ってしまいがち。好きになったら一途でまっすぐに好意をぶつける。ただし自覚するまでは長い。相手から好意を向けられるとおろおろしてしまう。礼儀正しく愛想もいいが、ちょっとお節介焼き。
・過去に髪色について担任に注意されて黒く染めるように言われ、その言葉にショックを受ける。最終的には過去の写真や周囲の声により染めずに済んだが、それがトラウマで校則の緩い海が丘高校にきた。
・そのような過去があったため西野の眼の色を見ても驚いたりからかったりはせず、普通に受け入れて何も言わなかった。
・西野との未来はまだ見えていないけれど、このまま仲良くいられたらいいなと思っている。等身大の高校生なので先のことはまだ考えてはいない。
・霊的なことは苦手でびっくり系もダメ。お化け屋敷も心霊スポットも怖くて行けないし、行かされたら泣いて動けない。占いやパワースポットなどのちょっとしたスピリチュアルなことには興味がある。
初期設定などの裏話
・最初西野くんはクォーター×ミステリアス×眼鏡キャラだったんですが、ミステリアスはどこかにいきました。今後ミステリアス要素はでてきません。
・早川さんは乙女ゲームのヒロインのような存在で最初は作っていたんですが、色々考えているうちに等身大の高校生になりました。どちらも今の方が個人的に気に入っています。
Q.あなたにとって恋とはなんですか?
「鈴谷のことは明るくて素直でいいやつだと思ってる……、でも正直恋愛対象として見たことはない」
花火が上がる音や周りの観客たちの声で騒がしいはずなのに、その声は驚くほど鮮明に聞こえた。今日は浴衣を着て普段は適当に縛っている髪の毛もかわいく結って、 お守りの色付きリップもつけてきた。下準備や場所取りもして、全部計画通りだった。
だからきっとうまくいく。そう思っていた。それなのに、それなのにやっぱり私は……
奈緒みたいに気配りができないから?斎藤さんみたいに優しくておしゃれじゃないから? そんな風に問い詰めたくなる口をぎゅっと結び必死に声に出さないようにする。
違う、そんなことが言いたいわけじゃない。それにそんなことを言ったって幻滅されるだけだ。だから今私ができることは、ただひたすらに和也と付き合えるように努力するだけ。
だから私は……
「それじゃあ! お試しでいいから付き合ってよ」
そう、今は恋愛対象として見てもらえてないのであればこれから見てもらえばいいんだ。どれだけ泥臭くたっていい、私は私らしくひたすら努力をしてまっすぐ突き進むだけ。
そうして努力をしたからといって必ずしも思っていた結果が出るかはわからないけれど、その時間はきっと無駄じゃない。
努力して努力して、きっとあなたを振り向かせてみせる。
最初の印象は正直な話、あまり良くはなかった。入学してからそう日がたたない頃に和也から話しかけてきた。奈緒たちと一緒に放課後おしゃべりしている時に自然と会話に入ってきたのだ。
クラスメイトだから名前は知っていたけれど、それくらいしか接点がなかったため私は戸惑ってしまった。しかし不思議なことに奈緒たちは勝手に入り込んできた和也に嫌がるわけでもなく、ごく自然に会話していたのだ。
そうして話をしていたらすぐにスマホを取り出して連絡先を交換しないかと言ってきた。もう私はこの時点でこの人は何なのだと思っていたのだが、奈緒たちが交換したため流れで私も交換してしまった。
そんなことがあったから私のなかで相島和也という人物は『チャラ男』と位置付けていた。
しかし4月のとある授業でグループワークをすると、和也は手慣れた様子でみんなに指示を出していた。これには正直驚いた。たしかにコミュニケーション能力は高いとは感じていたけれど、リーダーシップがあるとは。
勝手にただのチャラ男と位置付けていたのが申し訳なくなりながらグループワークの課題に取り組んでいると、ふとほかのグループが目についた。彼はなんていう名前だっけ……。グループから孤立している彼の名前が思い出せないが、気になったため奈緒に相談してみた。
「ちょっと奈緒、あれ大丈夫かな」
「え?」
そう話しかけると奈緒も彼の状況に気が付いたらしく、どうしようといった風に考え込んでいる。すると課題に取り組まず何かを見ている私たちに気が付いた和也が彼を見て眉をひそめていた。
「あー、あれはよくないな」
どうやら和也から見てもあの状況は良くないと感じたようだ。しかし今動くわけにもいかないため、とにかく課題をこなしながら時間が過ぎるのを待った。
チャイムが鳴り、授業が終わるとすぐに和也はあのちょっと暗そうな彼の方に近づいて話しかけた。
「おーい、あんたさっきの授業のことだけどさ」
すると彼はびくっと肩をはね上げて和也の方をみる。黒縁眼鏡をかけいる彼をじっと見つめて名前を思い出そうとする。そうだ、西野だ。やっと思い出した。そんなことを考えていると奈緒の方が西野に声をかけていた。
「ねえ、さっきの授業うまく加われていなかったみたいだけど」
「大丈夫だから!」
すると西野から大きな声がでて驚いた。西野ってこんな声出せたの?正直そんな印象なかったし知らなかった。
「な、なんともないよ、大丈夫。ありがとう」
そういって去っていく西野と追いかける和也を奈緒が驚き固まったような様子で見送っていたので、声をかける。
「なんか……、西野ってあんな風に声出せるんだね。びっくりした」
「うん……」
なんともありふれたようなことしか話せなかったけれど、どうやら意識は戻ってきたようだ。それにしてもあそこで西野を追いかける和也はなんというか、意外と面倒見がいいのね。なんて思いながら次の授業の準備をした。
そうして放課後になり私が所属している陸上部に顔を出すと、どうやら顧問の先生が家庭の事情でいないため急遽休みになったとのことだ。それなら奈緒たちと一緒に途中まで帰ればよかった、なんて考えながら校門まで歩いていると、和也に話しかけられた。
「よ、今帰り? 部活はどうしたんだよ」
「今日は顧問の先生がいないから休み。だからこれから帰るところよ」
「そうか。鈴谷って確か電車通学だったよな、それなら途中まで一緒に帰ろうぜ」
「まあ、いいけれど……」
なんというか、本当に距離を詰めるのが早い人だな和也って。でも不思議と嫌な感じにはならないからすごいわよね。最寄り駅まで歩きながら今日学校で会ったことを話す。
「そういえば西野とはあの後結局話せたの?」
「いや、なんだかあいつ怯えているっていうか、壁を作っていてさ。昼休みに飯一緒にどうだっていっても断られたわ」
「そう……」
「なんか様子がおかしいから、クラスの連中たちとも話してしばらくは様子を見てみようってことにした。無理に距離を詰めるのは良くないからな」
その言葉を聞いて驚いた。私たちとはすぐに距離を詰めてきて連絡先まで聞いてきたけれど、相手を選んでちゃんと距離を縮めているんだ。なんというか、大人なんだな和也は。そう心の中で関心していると、和也はある店の前で立ち止まった。
「お、これちょっと前にSNSで見たやつじゃん。ここに新しく店作ったんだ。俺買っていこう。鈴谷は?」
「え、じゃあまあ買っていこうかな」
その店を見かけたとたんに急にテンションをあげていた和也はさっきの大人っぽさはどこへやら、普通の男子高校生に戻っていた。そして和也曰く少し前から流行りだというその炭酸の入ったレモネードを買って飲む。
プラスチックのコップに輪切りにされたレモンがこれでもかと入っていて、なんだか見た目も味も爽やかだ。すると和也はそのレモネードを手に持ちながらもう片手でスマホを持ち、器用に写真を撮っていた。
「何やってんの?」
「SNSに上げる用に撮っているんだよ。せっかく流行りのもの買ったんだから載せたいだろ?」
そう言って何枚か写真を撮り、やがて満足したのかレモネードを飲んでうめー、なんて言っている。私にはわからない感覚だ。人のSNSは見るけれど私はほとんど更新しないし、特にそうやって流行りのものなどを載せて楽しむということはしないから。
「そういや鈴谷ってこのSNSのアカウント持ってる? 持ってたら交換しようぜ」
「え、まあ見るためだけに作ったアカウントだからほとんど更新してないけれど、それでいいなら」
お互いスマホを見せ合いアカウントを紹介し合い、つながる。そうしてレモネードを飲みながらなんでもない話をして駅まで来ると、彼は下りの電車に乗るらしいので駅構内で別れた。
電車に乗りながら早速和也のアカウントを覗いてみると、鍵はついているが結構な人数とつながっていた。そして画像はおしゃれな食べ物や雑貨、有名なバンドのCDなどで埋め尽くされていた。これが流行りに強い人のSNSなのかな。
なんというか、兄貴肌で面倒見がよく頼りになるし、思っていたよりも周りの見える人なんだけどこういう年相応なところもあるんだなってちょっとかわいく思えた私は少し変わっているのだろうか。それとも、もっと特別な感情が芽生えつつあったのか。