西野くんに告白された花火大会から数日がたち、いつの間にか8月に入っていた。あれから西野くんとはあの告白がなかったかのようにメッセージのやり取りをしている。
 最近暑いね、宿題どのくらい進んだ、最近見た映画面白かったよ、などなんでもない日常のことを毎日のようにメッセージで送り合っている。そんな毎日を送りながら私は夏休みの宿題をしていた。
 麦茶を飲みながらクーラーのきいた部屋で宿題をしていると夏だなと感じる。リビングでテレビをつけて高校野球の中継を流しながら苦手な英語の宿題に取り組んでいると、スマホが震えた。
 スマホを手に取りメッセージを開くと西野くんから「今日の午後、時間があったら一緒に宿題しない?」とのお誘いがあった。一緒に宿題。ということは直接会うということだ。
 会うのが嫌というわけではない、でも私はあの時の告白の返事をまだ返せる気がしない。しかし断る理由もないため、OKと送りその後メッセージのやり取りをして集合時間と場所を決めた。

 そして私は外出用の服に着替えて集合場所である図書館にきた。変に意識しているせいか、どんな服を着ようかとか髪型変じゃないかなんて悩んでしまった。おかげで集合時刻の13時ギリギリだ。
 図書館の玄関を入ると、西野くんがラフな半袖パーカーを着てそこに立っていた。その姿になぜか少し動揺しながらも、一旦深呼吸をして心を落ち着かせてから声をかける。

「西野くん、お待たせ!」

「早川さん。ううん、全然待ってないよ。急に呼んでごめんね。一人だとなんだか宿題進まなくて」

「いいよいいよ。私も人とやった方が宿題はかどるし」

 そんな話をしながら図書室内の学習スペースに足を運ぶ。夏休みということもあり結構混んでいるけれど、ちょうど丸い机が少し空いていたためそこに荷物を置いて座る。

「じゃあ宿題進めていこうか。俺は数学の宿題がいまいち進まなくて」

「私は古典と英語の宿題、あと読書感想文があまり進んでなくて。特に読書感想文って何を読んだらいいのかわからないんだよね。何かいい本ある?」

「ああ、それなら…」

 そう話すと西野くんはこの図書館で借りられるおすすめの本を教えてくれた。ここで借りられるのはありがたい、帰るときに借りて帰ろう。そしてお互い数学と古典の宿題を開いて取り組む。
 最初はこの間のことを意識して心が落ち着かなかったけれど、こうして話をしていくうちにいつもの調子に戻っていた。そうしてお互い集中しながら宿題に取り組み、わからないところがあったら教え合うということをして2時間ほど勉強していた。
 15時を過ぎたころ、さすがに休憩しようかという話になり近くの喫茶店に入る。席について西野くんはアイスコーヒーとドーナツを、私はアイスティーとケーキを頼む。

「結構宿題進んだね。西野くんが誘ってくれたおかげだよ、ありがとう」

「こちらこそ、早川さんがわからないところ教えてくれたおかげで思っていた以上に宿題が進んだよ」

 そんな話をしていると頼んでいた飲み物と軽食が運ばれてくる。定員さんに軽く会釈をして受け取りアイスティーで喉を潤す。そうして冷たいものを飲むことで頭がすっきりしていくのがわかる。
 そのすっきりした頭のなかにある疑問がうかんでくる。さきほどまで集中して忘れていたのに、突然頭のなかにうかんできた。そしてその疑問をいつの間にか口に出して西野くんにぶつけていた。

「西野くんはなんで私のことが好きなの?」

「え?」

 突然の質問に西野くんは口をすこしぽかんとあけて少しの黙り込む。しまった、なんで私このタイミングで聞いちゃったんだろう。自分で思っていた以上にあの告白は衝撃的で、抑えきれなかったみたいだ。
 もう口にだしてしまったのなら仕方がない、告白された時からずっと考えていたことを言ってしまおう。

「正直言って西野くんとちゃんと話すようになったのは5月の映画館で会ったあの時でしょ?あれから3か月くらいしかまだたっていないし、お話もそんなにしてないよね」

 西野くんは私の眼を見て私の言葉を黙って聞いている。その様子に私はさらに言葉をぶつける。

「それに私はクラスの中心になるような人間でもなければ、そこまで顔が可愛いわけでもない。勉強がすごくできるわけでもない。それなのにどうして?」

 そこまで黙って私のいう言葉を聞いていた西野くんはおもむろに眼鏡をはずして私の眼をじっと見つめた。入学式のときに見たあの綺麗な緑色の眼だ。

「俺が早川さんを好きになった理由は…正直俺にもわからない。たぶん、ほとんど人目惚れだったと思う」

「一目惚れ?」

 一目惚れなんてそれこそ私にするなんて考えられない。私が疑っていることに気が付いてか、西野くんは机の上に置いた眼鏡を触りながらさらにこう続けた。

「早川さんはさ、俺の眼を見ても何も言わなかったよね? 俺はそれが嬉しかった。だって俺の眼を見た人はだいたいからかってきたり、好奇心からかどうして? なんて無遠慮に聞いてきていたから」

 その話に今度は私が黙って聞くことになった。私はアイスティーを飲むのをやめて西野くんに向き合う。

「昔からこの眼の色のことでからかわれたり好奇の眼で見られたりして、俺は眼鏡をかけるようになった。でもその時にはもう人と話すことが苦手になっていて、さらに人見知りもあって人とうまく話すことができなくなっていたんだ」

 西野くんはそこで一拍おき、一瞬声をつまらせた後こう言った。

「でもそんな時、あなたが現れた」

「あなたは、早川さんは俺のコンプレックスでもある眼のことに触れずにいてくれた。そして俺がグループワークのなかに入れなかったときも相島くんと一緒に気にかけてくれた。あの時から俺は気が付いたら眼であなたを追っていたんだ」

 そこで西野くんは私から一瞬眼をそらしたけれど、すぐに私の眼をまっすぐ見ながら私への思いを伝えてきた。

「それでもまだあの時は自分の気持ちに気が付かなかった。でもテスト勉強に誘ってくれたときに、鈴谷さんを呼ぼうとされて嫌な気持ちになったあの時に、俺は早川さんのことが前から好きになっていたんだって気が付いたんだ」

「気が付いたらあなたを眼で追っていて、好きになっていた。だから一目惚れなんだ。気が付いたら、好きになっていた」

 そう言い終わると西野くんはアイスコーヒーをぐいっと飲み込んだ。私も西野くんの言葉を聞き終えて、アイスティーを飲みこんで私の言葉を頭のなかでまとめようとする。

「あのね、西野くん。その気持ちすごくうれしいよ。でもね…」

「私が西野くんの眼について触れなかったのは、ただの自己満足。過去の自分を救いたかっただけなんだよ」