「では、いきます――」
ラシルドの全身が青いオーラに包まれた。
「スキル【身体強化】」
腕力や脚力のような特定部位じゃなく、全身の力をくまなく強化するスキルだ。
その分、特定部位強化に比べて、筋力の増加幅は少ない。
【腕力強化】や【脚力強化】が一点特化型なら、【身体強化】はバランス型といったところか。
「おおおおおっ!」
ラシルドが突進してきた。
一点特化より劣るとはいえ、さすがに速い。
「【反応強化】【脚力強化】」
俺はまず反射速度と足の筋力をパワーアップ。
ラシルドの突進を苦もなく避ける。
「まだだっ!」
反転して斬撃を放つラシルド。
俺の方は【腕力強化】が間に合わない。
しまった、間合いを詰めさせる前に腕も足も強化しておくべきだった。
ゲーム内じゃセオリーともいえる戦い方でも、実際の戦闘になると勝手が違う。
基本的なことすら上手くできない。
がきんっ!
ラシルドの繰り出した剣を、俺は自分の剣で受け止めた。
「っ……!? うあああぁっ!?」
跳ね飛ばされるラシルド。
「あ、あれ……?」
【身体強化】しているラシルドより、俺の素の腕力の方が強い、ってことか……?
「さすが隊長……身体能力が化け物すぎますね……!」
ラシルドがよろよろと立ち上がった。
……『暗黒騎士ベルダ』ってやっぱり強いんだな。
俺はあらためて実感した。
強化なんてしなくても、大概の相手には素の能力だけで勝ってしまいそうだ。
さらに身体強化系のスキルと各種の魔法まで備えているんだから、ちゃんと力を出し切れば無敵だろう。
「そう、力を出し切ればな……」
まだ『暗黒騎士ベルダ』としての戦い方に慣れていないことが、俺にとって最大の弱点だ。
早く慣れなければ――。
「では、もう一度――いきます!」
ラシルドがふたたび突っこんできた。
「【分身】【同時斬撃】!」
スキルを二つ重ねて発動する。
同時に、ラシルドの体が五つに分裂し、さらにその五人のラシルドがいっせいに剣を繰り出してきた。
いくら俺の素の運動能力た高いとはいえ、さすがに五つ同時に受けるのは難しい。
「なら、魔法でいくか――」
俺は右手を突き出した。
「【爆風】!」
ごうっ!
名前の通り、すさまじい風が吹き荒れる。
「うあああああああああっ!?」
五人のラシルドはまとめて吹き飛ばされた。
数百メートルくらい。
「……ち、ちょっと吹っ飛ばしすぎたか」
大丈夫だろうか、ラシルド?
「つ、強すぎる……ベルダ様……完敗です……」
地面に叩きつけられたラシルドはよろよろと立ち上がるが、そこで失神してしまったようだ。
俺の圧勝である。
「やっぱりベルダ様はすごいです!」
ラシルドはさっきまでにも増して目を輝かせていた。
「それよりお前、体は大丈夫か? やりすぎてしまったみたいだ……悪かった」
「何を謝ることがありますか! 真剣勝負ですから!」
ラシルドはぶんぶんと首を左右に振った。
「ありがとうございました! 俺、今日の模擬戦を励みにして、もっともっとがんばります! もっともっと強くなります!」
「ああ、がんばれ。ラシルド」
「もっと強くなれたら――いつかまた戦っていただけるでしょうか?」
「もちろん。約束だ」
「ありがとうございます!」
ラシルドの目はキラキラしている。
めちゃくちゃ尊敬されてる感じだなぁ……。
「アルドーザの討伐、だと?」
「はっ、この私にどうかお命じください、陛下」
俺は謁見の間で魔王ゼルフィリスに直訴していた。
魔王に反抗する一派――『覇王アルドーザ』の討伐任務を命じてほしい。
表向きは、魔王のために戦いたいという意思を示す行為だが、もちろん真の目的は違う。
ヴィムに教わった『解呪の宝珠』をアルドーザから奪い取るためである。
その宝珠があれば、俺は魔王の呪いを解くことができる。
そうなれば、魔王から離脱することができるだろう。
俺が、ゲーム通りのバッドエンドを回避するための第一歩だった。
「確かにアルドーザは我が軍と何度も敵対してきた。恭順か死か……何度か選ばせようとしたが、奴はのらりくらいと避け続けているのが現状だ」
と、魔王ゼルファリス。
「奴を討つとなれば、それなりの戦力が必要だ。下手をすれば、こちら側に大きな痛手が生じることもあり得る。ゆえに手出しできなかったのだが――お前なら、奴を倒せるか」
「無論です。心安んじてお待ちください、陛下」
俺は自信ありげに宣言する。
本当は不安な気持ちもあるけど……な。
それを表に出すわけにはいかない。
自信満々の態度で、魔王から『アルドーザ討伐』の命令を受けなければ。
「覇気のある顔だ。それでこそ魔王軍最強の暗黒騎士ベルダよ」
ゼルファリスは満足げにうなずく。
「よかろう。お前に命じる。我が敵である『覇王アルドーザ』を討ってまいれ」
「必ずや、陛下の御前に奴の首を捧げてまいりましょう」
俺は恭しく一礼した。
俺こと『暗黒騎士ベルダ』が率いる魔王軍・第一軍は最強と謳われている。
通称を『暗黒騎士団』。
「そのまんまのネーミングだよな、『暗黒騎士団』って」
城門の前で、俺は苦笑した。
これからアルドーザ討伐に向けて出発するところである。
「ベルダ様を頭にいただく最強の軍団――これ以上はないネーミングかと」
コーデリアが俺の隣に並ぶ。
その口元に微笑が浮かんでいる。
「ん? 上機嫌だな、コーデリア」
「みずから『覇王アルドーザ』討伐を進言したと聞きまして」
コーデリアが俺を見つめた。
「それでこそベルダ様だと」
「えっ」
「先日の任務ではベルダ様らしからぬ姿を見たような気がしましたが、どうやら考えすぎだったようですね」
ああ、疑い深そうに俺をにらんでたもんな、コーデリア。
今回の討伐進言で、俺に対する不信が一気に信頼に変わったのかもしれない。
「アルドーザは強敵だ。頼むぞ、コーデリア」
「ベルダ様の足を引っ張らないよう精進いたします」
「確かアルドーザってめちゃくちゃ兵隊が多いんだろ? 中盤のシナリオで苦労した覚えがあるぞ」
俺はソシャゲ『エルシド』の内容を思い出しながら言った。
ゲームシナリオでは、『覇王アルドーザ』は主人公の勇者に討伐されることになる。
その際の戦いで、アルドーザは無限ともいえる兵団を繰り出し、一度は主人公も敗退を余儀なくされる。
いわゆる負けイベントである。
今回は俺が主人公の代わりにアルドーザに挑む格好になるんだろうか。
だとすれば、同じように『無限の兵団』と戦うことになるわけだが――。
「いくら俺でも無限に出てくる敵を一人で倒すのは厳しい。そうなると部下の働きがキーポイントになるよな……」
当然、その一番手は俺の右腕にして副官――コーデリアだ。
「頼りにしてるからな」
「ベルダ様……?」
コーデリアが軽く首をかしげた。
俺たち『暗黒騎士団』はアルドーザの領地に向けて出発した。
奴はこの世界ではなく魔族たちの世界――『魔界』にいる。
そのため、まずここから魔界に入らなければならない。
「『次元門』ってところを通って、魔界に入る。で、その『次元門』はここから東方五十キロくらいの地点に設置してある……でいいんだよな?」
「はい。人間どもが現在、攻め入っているようですが『次元門』を守るのは、魔王軍の精鋭たちなので落とされることは考えにくいです」
答えるコーデリア。
「……ですが、この程度の情報はあたしから申し上げなくても、とっくにご存じでは?」
「あ、ああ、その、確認だよ確認。なにごとも確認が大事だろ?」
「はあ……」
コーデリアは怪訝そうだ。
「それに騎士団の中にそういう基本的なことを忘れている者がいないとも限らないじゃないか。そういう者に伝えるために、あえて基本的なことをこうやって話しているわけだ」
「なるほど、部下を思いやってのことでしたか」
お、納得してくれたか。
「……部下を思いやるなど、明らかに以前のベルダ様と違うように感じます」
コーデリアがぽつりとつぶやいた。
しまった、余計に怪しまれた!
うーん……なにせ『暗黒騎士ベルダ』だからなぁ。
ゲーム本編じゃ悪逆非道なキャラクターとして描かれていた。
だからといって、俺にそんな行動をするのは無理だ。
「あたしは……今のベルダ様の方が接しやすいです」
コーデリアが小さくつぶやいた。
「えっ」
よく見たら、彼女の頬がかすかに赤い。
お、好感度が上がってるのか……?
「このままデレてくれると嬉しいな……」
「いえ、デレませんよ?」
コーデリアがいきなり素の顔に戻って、俺をにらんだ。
やっぱツンか……。
俺たちは一日ほどの行程で目的地にやって来た。
「あれが『次元門』か――」
前方にそびえる巨大な黒い門。
「……なんか想像していたより大きいな」
ゲームで見たことがあるけど、そこではせいぜい高さ数メートルくらいの建造物に見えた。
けど実際の『次元門』はたぶん三十メートルを超えていると思う。
「ゲームのグラフィックと現実とは違う、ってことか……?」
おおおおお……おおぉぉ……っ!
そのとき、風に乗って鬨の声が聞こえてきた。
「なんだ……?」
明らかに戦闘が行われているような、声。
そういえば人間たちが攻め入ってるってコーデリアが説明してたけど――。
なんだか、きな臭い予感がするぞ。
「俺が先に様子を見てくる。お前たちは後から来てくれ」
俺は部下たちに言った。
「指揮はコーデリアに任せる」
「ベルダ様?」
コーデリアが驚いたような顔をする。
「あなた自らが先陣を切るのですか?」
「やばくなったら戻るよ。それじゃ――【高速飛行】!」
俺は空を飛ぶ呪文を使い、一気に次元門まで向かった。
単独行動を選んだのは、この先で人間が魔族と戦っている可能性を考えたからだ。
たぶん、その可能性は高い。
そして人間が相手なら、正直言って殺したくはない。
そんな俺の迷いをコーデリアたちに見せたくなかったのだ。
また、怪しまれるからな。
――なんて考えるうちに、もう次元門の上空まで到着してしまった。
そこでは、予想通り戦闘が行われている。
門を守っている魔族兵が、たった一人の戦士に押されていた。
「あいつは――」
はっきり言って、めちゃくちゃ強い。
剣を振り回すたび、魔族兵が数人まとめて斬り飛ばされていく。
と、その戦士が空中の俺に気づいたようだ。
「新手か!」
と、叫んだ。
十代なかばくらいだろうか。
金髪碧眼、銀色の鎧をまとった騎士だ。
ここからでは、はっきりと顔は見えない……けど、たぶんモブキャラではないだろう。
『エルシド』のゲーム内で活躍する、名アリのキャラクターに違いない。
「この強大な魔力――お前が魔王軍の将か!」
「将……? 俺が?」
俺は自分自身を指さしてキョトンとなった。
「いや、そんな大それた役職じゃ……あ、違った。将軍か、俺」
どうもまだ自分の地位や立場に馴染んでないせいか、とっさに『将』なんて呼ばれると、頭がついていかない。
「ふざけたやつだ……! 俺は勇者ルーカス! 魔王軍を倒し、世界に平和をもたらす者だ!」
「ルーカスだって!」
俺は思わず叫んでいた。
ゆっくりと降下し、地面に降り立った。
勇者ルーカス――。
『エルシド』におけるプレイヤーキャラクター……つまりは主人公である。
ちなみに主人公は男女どちらの性別を選ぶこともできる。
男性を選んだ場合は少年勇者ルーカスになり、女性を選んだ場合は少女勇者ミリーナになる。
この世界の勇者は男性の方らしい。
「主人公か……こうして見ると、めちゃくちゃ美少年だな……」
どうせ転生するなら、こっちがよかった。
俺は勇者ルーカスと十メートルほどの距離を置いて対峙していた。
周囲には魔族兵たちの死体が折り重なっている。
むせ返るような血の匂い。
ゲームではなく、ここが現実の世界なのだと教えてくれる匂いだ。
俺自身はこんな大量の血の匂いを嗅いだ経験はないんだけど、この『暗黒騎士ベルダ』の体が慣れているためか、特に気持ち悪くなるようなことはなかった。
こういうとき、漫画なんかだと血の匂いとか死体を見て、吐き戻すようなシーンもあるからな。
「お前の名は?」
ルーカスが俺をにらんだ。
「ベルダ。称号は『暗黒騎士』」
短く名乗る俺。
「お前が、あの『暗黒騎士ベルダ』か……知っているぞ。魔王軍の四天王筆頭……最強の魔法剣士――!」
ルーカスが剣を構えなおした。
「それなら全力で行かせてもらうぞ。【聖剣起動】」
ヴ……ン!
銀色の刀身を包みこむようにして、黄金の光があふれた。
「俺の聖剣イクシードの最大攻撃形態だ。いくら『暗黒騎士ベルダ』でも、まともに受ければただでは済まない」
「そいつはおっかないな」
こんな状況で軽口を叩ける自分に軽く驚いた。
自分でも不思議になるくらい落ち着いている。
なぜだろう?
もしかしたら――。
「はああああっ!」
俺が考えをまとめるより先に、ルーカスが突っこんできた。
黄金の光でコーティングされた聖剣イクシードを繰り出す。
さすがに鋭い。
とはいえ、俺のステータスは魔王軍最強だ。
余裕を持って、その一撃を剣で受け止めることができた。
さらに、
「おおおっ!」
気合いを込めて、押す。
俺の剣全体から魔力や生命エネルギーなどが混じった強烈な圧力がほとばしった。
「くっ……!?」
ルーカスは耐えきれずに吹っ飛ばされる。
どごぉっ!
後方の岩壁に叩きつけられ、ルーカスは地面に倒れた。
「うぐぐ……」
苦しげにうめきながら、弱々しく立ち上がるルーカス。
両脚が震えている。
今の一撃で相当のダメージを受けたようだ。
「随分弱いな……」
俺は戸惑いを隠せない。
「いや、違う。俺が強すぎるのか」
この時点では、まだ『暗黒騎士ベルダ』の方が『勇者ルーカス』よりもかなりレベルやステータスが上なんだろう。
さっき俺がルーカスに対して恐怖や不安を感じなかったのも、きっとこれが理由だ。
俺の本能が察知していたんだ。
今のルーカスは、俺の敵じゃない――と。
「つ、強すぎる……」
ルーカスは青ざめた顔で俺を見ていた。
俺と勇者ルーカスには明らかな力の差があった。
数字で言うなら、たぶん俺を10としてルーカスは2か3くらいだろう。
これがゲーム終盤だと互角か、あるいはルーカスの方が上になってくるはずだ。
今のうちにルーカスを殺してしまうことが、俺の死亡エンド回避のためには最善の策だと思う。
けれど――。
「生きてるもんなぁ、こいつ……」
データじゃない。
『生命』なんだ。
明らかに人を襲っている『モンスター』とかなら心情的に違うけど、やっぱり『人間』相手はなぁ……簡単に割り切って殺せるわけがない。
「……とにかく、俺の目的はまず魔界に行くことだ。ルーカスは追い払えば、それでよし」
言葉に出して自分の考えを整理した。
「退け」
ルーカスに言い放つ。
「なんだと?」
「……お前の力は見るべきものがある。だが完全ではない――いずれはもっと強くなる」
と、俺。
「強くなれ、勇者ルーカス。お前が完全な強さを得たとき、ふたたび剣を交えようぞ」
「……俺を見逃すというのか」
ルーカスがにらんでくる。
「我が望みは強者とのギリギリの死闘。今のお前ではそれを満たせぬ」
芝居がかってるなぁ、と思いつつ、俺は言った。
「だが、お前が力を磨けば、いずれそれを満たせよう。俺はその機会を与えてやる」
「……後悔することになるぞ」
ルーカスは屈辱をかみしめるように言った。
とはいえ、このまま戦えば、俺に殺されることは分かっているのだろう。
「いずれ、お前を――必ず!」
言い捨てて、勇者ルーカスは逃げていった。
他の人間の兵士たちを引き連れて。
完全な撤退である。
「ふう……これ以上犠牲者を出さずに済んだか」
俺はホッと一息をついた。
最初に、向こうの軍で最強のルーカスに完勝したから、あっさり士気をくじくことができたようだ。
とはいえ、ルーカス一人に魔族が大勢殺されたようだ。
俺はこれから魔族のアルドーザを討伐に行く。
『エルシド』のゲーム内容から考えても、この世界で行われているのが『戦争』であることを考えても、誰も殺さずに済ませる、というのは難しいだろう。
だが、たとえ死んだのが人間ではなく魔族だといっても、やはり何も感じないわけじゃない。
できるだけ死人が出るのは避けたいな……。
俺はしばし、死んだ魔族たちに黙とうを捧げた。
「ベルダ様、ご無事で!」
コーデリアが率いる一軍がやってきた。
「勇者と一戦交えたよ。追い払ったけど」
「あの勇者ルーカスを、ですか!?」
コーデリアは驚いた様子だ。
「……さすがです、ベルダ様。ですが、ルーカスを追い払った、とは? 殺さなかったのですか」
「弱すぎて、な。奴がもっと強くなるまで泳がせる」
しまった、コーデリアが怒りだすかな。
俺は不安になりつつも、さっきのキャラで押し通すことにした。
「弱いやつを殺しても面白くない。せっかく楽しめそうな相手だからな。奴が強くなったときに、今度こそ殺してやる」
「……根っからの武人なのですね、ベルダ様」
つぶやくコーデリア。
「ですが、足元をすくわれないよう、どうかお気を付けを」
「ああ、分かっている」
よかった、納得してくれたみたいだ。
「では『次元門』を起動します」
コーデリアが言った。
「【次元門・魔導機構起動】」
と、呪文を唱える。
ご……ごごごごごご……っ!
同時に、巨大な門が振動を始めた。
おおむね、『エルシド』のゲームグラフィックと似たような感じだ。
周囲の大気が震え、歪む。
虹色の輝きが周囲に満ちる。
そして次の瞬間、光が弾けた。
「ここは――」
いつの間にか違う場所に移動していたらしい。
いや、『違う世界』に――というべきか。
俺はあらためて周囲を見回した。
暗い空。
どこまでも広がる荒野。
「魔界……か?」
ゲーム内でも何度か訪れたことがある、まさしく死の大地――。
「じゃあ、さっそくアルドーザの元へ行くか」
さっさと討伐任務を済ませてしまいたい。
そして、本来の目的である『解呪の宝珠』を奴から奪うのだ。
俺にとっては死活問題だからな。
「一つよろしいですか、ベルダ様」
コーデリアが進言した。
「『覇王アルドーザ』討伐の前に、一晩英気を養ってはどうでしょう」
「英気を養う……か」
俺は平気だけど、部下たちを見ると、緊張でこわばっているように見える。
敵の『覇王アルドーザ』ってかなり強力な魔族だったはずだし、精神的に張り詰めているのかもしれないな。
よし、ここは急がば回れだ。
部下たちの英気を養うことを優先しよう。
アルドーザが俺一人で倒せる相手ならいいけど、部下たちの力も借りなきゃいけない局面が出てくるかもしれないからな。
「ここからすぐ近くにベルダ様の居城があります」
「じゃあ、そこで一泊するか」
「いいと思います」
「案内してくれ、コーデリア」
俺は彼女に言った。
「あ、いや、もちろん俺は場所を知ってるけど、こういう『案内』っていうのが苦手でさ」
苦しい言い訳だろうか。
もちろん、俺は城の正確な場所なんて知らない。
ゲームで何度か見たことがあるけど、俯瞰して見下ろすマップと実際の地形じゃ勝手が違いすぎる。
「お任せください。このような些事、ベルダ様のお手を煩わせるまでもありませんので」
「じゃあ、俺がやりますよ、案内」
と、立候補したのはラシルドだ。
「ベルダ様のお役に立ちたいです」
「ああ、助かるよ。頼む」
「了解ですっ」
俺の言葉に、ラシルドは顔を輝かせた。
本当に嬉しそうだ。
慕われてるなぁ……。
正直、俺もけっこう嬉しい。
――というわけで、ラシルドが先導し、俺たちは『暗黒騎士ベルダ』の居城――その名も『暗黒騎城』にやって来た。
「『暗黒騎士団』もそうだけど、城の方もそのまんまなネーミングだな……」
「分かりやすくていいと思います!」
ラシルドが言った。
「めちゃくちゃ格好いい名前だと思いますよ!」
「そ、そう……?」
ともあれ、俺たち一行は城の中に入った。
「お兄様、お帰りなさいませ!」
城門を通ったとたん、一人の少女が駆け寄ってきた。
ツインテールにした黒髪に黒い瞳、そして黒いゴスロリドレス――黒一色の美しい少女である。
「君は――」
「? アルマですよ、お兄様」
彼女が微笑む。
「まさか、可愛い妹の顔をお忘れになりまして?」
『暗黒騎士ベルダ』に妹なんていたのか。
知らない設定がけっこうあるな……。
やはり敵側のキャラクターだけに、ゲームでは登場しない設定なんかもそれなりにあるんだろうか。
あるいは――。
そもそもがゲーム内の設定と完全に一致するわけじゃないのかもしれないな。
今の段階ではどちらとも分からない。
ただ後者だった場合、これから起きる出来事はゲーム内のイベントと大きくズレる可能性だってある。
どちらのパターンも留意しながら、慎重に進めていこう。
俺が行く先に死亡エンドが待ち受ける可能性は、依然として存在するのだから――。
「冗談だ、許せ」
とりあえず、アルマにはそう言っておいた。
『暗黒騎士ベルダ』のキャラ的にも、これが無難な回答じゃないだろうか。
「あら、お兄様が冗談なんて珍しい」
「あたしも、ベルダ様が冗談を言われるところを初めて見ました」
と、コーデリア。
その視線に鋭さが増したように思えたのは、気のせいだろうか。
また俺のことを怪しんでるのかもしれないな。
俺は部下たちに休息を言い渡し、城内の一室に入った。
室内には俺の他に妹のアルマとコーデリアがいる。
「お兄様、今回の敵はあの『覇王アルドーザ』様でしょう。大丈夫でしょうか……」
アルマは不安そうだった。
「あ、もちろん、お兄様の強さは存じています。魔界一強くてかっこよくて素敵で……アルマの憧れです」
この子、けっこうブラコンなんだな。
「ただ……アルドーザ様も魔界屈指の豪傑。いくらお兄様といえど、簡単な相手ではないでしょう?」
アルマが俺の腕に抱き着いてくる。
「アルマは……アルマは、心配です」
「ベルダ様のお力を持ってすれば、いかにアルドーザといえども敵ではありません。ご安心くださいませ、アルマ様」
コーデリアが言った。
「コーデリアさん、お兄様をよろしくお願いしますね」
アルマは涙目だ。
「……ただし、お兄様にちょっかいをかけるのは禁止ですよ」
「かけませんから」
コーデリアがきっぱりと言った。
「そこまできっぱり言われると腹立つんですけど。お兄様の魅力を理解していないなんて」
「ベルダ様はあくまでも上官。そういう対象ではありませんので」
「そんなこと言いながら、陰ではお兄様を慕ってるパターンでしょう? こっそりお兄様の私物を盗み出して、一人でハアハアしてたり……」
「しませんから」
コーデリアがまたきっぱりと言った。
それから俺をチラッと見る。
氷のように冷たい視線――。
……と思いきや、頬をわずかに赤らめ、照れたように『ぷいっ』とそっぽを向いた。
あ、あれ? この態度ってもしや――。
「よし、じゃあ行くぞ」
俺たちは一晩、英気を養うと、覇王アルドーザの領地に向けて出発した。
アルドーザに関しては雑談を装って、コーデリアやアルマから追加で情報を仕入れておいた。
まあ、その大半はゲームですでに知っている情報だけど――。
覇王アルドーザ。
魔界でも屈指の広大な領地を持ち、またそれに比例した強大な権勢を誇る魔族である。
現在行われている魔王の『人間界侵攻作戦』には参加せず、魔界を防衛する任務についている。
……ということになっているが、実際は人間界に出向き、手薄になっている魔王城を虎視眈々と狙っている、という噂もあるようだ。
きな臭い情勢である。
俺が進言したアルドーザ討伐作戦があっさりと了承されたのも、その辺の事情が関係しているようだ。
さらに、俺自身のスキルについても昨晩のうちに確認しておいた。
今までじっくりとスキルを確認する暇がなかったからな。
さすがにゲーム内でもトップクラスの強さを誇る『暗黒騎士ベルダ』だけあって、超強力なスキルが目白押しだった。
特にゲーム内で猛威を振るったあのスキルやあのスキルなんかが使えることを発見し、かなり安心した。
これならアルドーザ戦も大丈夫だろう――。
そして、俺たちはアルドーザ領に入った。
ここまで馬車での移動である。
馬車、といっても正確には魔界のモンスターが引いているんだけど。
半日ほどの行程の間、特に襲われたりすることはなかった。
まあ、こっちは魔王軍の部隊だし、当たり前か。
そして小高い丘のふもとまで到着した。
奴の城はこの先にある。
と、
「これは『暗黒騎士ベルダ』殿。我が領地によくぞおいでくださった」
突然声が響く。
見上げると、空の一角に黒い点が出現した。
その黒点がどんどん大きくなり、やがて巨人へと変わる。
「向こうから来てくれたか――」
俺は、ゲームシナリオでこいつと戦ったことがある。
身長二十メートルを超える漆黒の巨人、覇王アルドーザ。
ずんっ、と地響きを立て、アルドーザが降り立った。
文字通り見上げるような巨体だ。
「確かベルダ殿は人間界侵攻の最中かと記憶しておりましたが……こんな場所まで何用ですかな?」
アルドーザが鷹揚にたずねた。
さすがに、すさまじい威圧感を放ってくる。
魔王ほどじゃないけど、物理的な圧力さえ伴うプレッシャーは『覇王』の二つ名に恥じないものだった。
どう返答するか――。
「完全装備の一軍……まさか、私を討伐するためではないでしょうな?」
アルドーザが巨体を揺らして笑う。
その目はまったく笑っていない。
俺の目的を見抜いている感じだ。
「なら、正面から行くか」
俺は馬車から降り、剣を抜いた。
「ベルダ様?」
「みんなを下がらせろ、コーデリア」
俺は飛行呪文で空中に飛び上がった。
「こいつは俺がやる――」
いよいよ決戦だ。