私はお仙さんと一緒に版元を訪ね、小雪ちゃんの漫画を持ち込んだ。
版元の人も、試作の時からこの漫画をいたく気に入っていたようだった。
「斬新です!」
版元の店主は鼻息を荒くして言った。
物語を伝える方法自体も斬新だけど、物語も斬新だと言った。
町の人から恐れられる鬼武者に、こんな優しい一面があるとなると、色々と空想が膨らみます、と言い。
「よし、まずは100部すりましょう。できるだけ武家や金持ちのお嬢さんたちに営業して、売れ残りは貸本屋においてもらいます。」
と、いうことになった。
尽世で木版技術が発達したのはまここ最近で、まだまだ庶民にとって本は高価な物で簡単に買えない。
その代わり、最近貸本業が賑わってきて、数も増えている。
と言っても、貸本を利用するのはほとんどが読み書きができる男性だ。
小雪ちゃんの漫画は女性読者をターゲットにしているので、貸本屋で借りてくれる人がいるかはわからない。
「なぁに、大丈夫ですよ。最近は那美先生の手習い所に通う女子供が増えて、本を借りる女人も増えてきたと言っておりました。まぁ、少しずつ始めて、様子をみましょう。」
私はライターを売って儲かったお金から、木版を作る職人さんへの代金と、版元への代金と、諸々の諸費用を払った。
出版が決まったことを伝えると、漫画部の皆は歓喜して、さっそく鬼武者の話の続きを書き始めた。
―― 初期費用がかかるな。もっとライターを売らなきゃ。それから次の製品の開発もしよう。
―――
いつものように、皆が帰って誰もいなくなった手習い所を片付けて、机に腰かけた。
机の上に紙を広げ、その紙に『作りたい物リスト』と書いた。
自分の雷のカムナリキを使って色んなものを開発したいけど、
旅行に行ったりバタバタしてたから一旦落ち着いて、考えを整理したかった。
以前ライターと同時進行で開発していた護身用のスタンガンは実験が難しいのと、悪用される可能性もあるので、とりあえず放置していた。
けれど、昨日、伊月さんから聞いた内藤のことを思い出す。
女をいたぶって殺してしまうのが好きなんて、許せない。
そういうやつから身を守る何かが、女性には必要だ。
スタンガンの開発も再開して進めることにする。
でも、もっと日頃の生活が便利になるような物も作りたい。
私の雷のカムナリキは電気の力なのだから、電化製品ができるはず。
「照明器具、クーラー、パソコン、携帯、電気自動車」
自分が欲しいものを書き連ねてみるけど、この中で簡単に作れそうなのは照明器具くらいだ。
他の物は電気以外にも色んな物質が必要だ。
クーラーにはコンデンサがいるし、パソコンや携帯にはCPUとか液晶とか必要で、私には無理だ。
次は照明器具を作ることにした。
―― でも、電気自動車は我ながらナイスアイディアかもしれない。
道を整備しないと使えないけど、将来を見越して作り始めてもいいかな。
「電気とはなんだ?」
「電気って言うのはですね、雷のあの、バチバチってなる気に似た・・・って、誰?」
慌てて振り向くと、凄い至近距離で、ニヤニヤしている八咫烏さんがいた。
「びっくりしたじゃないですか!気配消さないで下さいよ。」
八咫烏さんは驚いて心臓が止まりそうになった私をガハハと笑っている。
「すっごく、お久しぶりですね。都以来ですね。元気でした?」
「那美に会えなかったので元気ではなかった。」
「お元気そうでなりよりです。」
「元気じゃねーって言っただろ!」
久しぶりに八咫烏さんの突っ込みが聞けて嬉しくて笑ってしまう。
「都での旅では何か、オババ様に言われた仕事をしていたんですか?」
「そうだ。最近頻繁に魔獣が人間の居住地域に出るから、そのことで調べものをしていてな。山や森に住まう獣のたちの面倒を見るのも俺の管轄だからな。」
「そうなんですね。意外にも重役担ってるんですね。」
「当たり前だろう。毎日ちゃらちゃらして生きてると思ってたのか?」
「はい。」
「おい、即答するな。」
「お茶飲みますか?」
「そんな悠長なこと言ってていいのか?」
「え? どうして?」
「お前、伊月のこと聞いてないか?あいつ今ごろ・・・。」
―――
私はタカオ山を走って降りた。
八咫烏さんに教えてもらった道を駆けて、亜国の東門の前に着いた。
暮鐘が鳴ってしまったので、門番が門を閉めようとする。
亜城の東に魔獣が出て、伊月さんの隊が魔獣討伐に出発したのを見送ったのは昨日の昼過ぎだ。
今までも、ちょっとした魔獣討伐に、伊月さんはよく呼び出されていて、その都度対応していた。
だから、私もそんなに気にしてなかったのだけど。
―― ひどい怪我だったら、どうしよう。
「あ、源次郎さん!」
もうすぐで門が閉まる、という所で、源次郎さんが馬を走らせてやってきた。
「共舘軍、凱旋いたします。しばらくお待ち下さい。」
と、門番に言うと、門番たちはまた門を大きく開く。
「え? 那美様?」
源次郎さんが私に気づく。
「あのっ、八咫烏さんから、伊月さんが怪我したって聞いて。」
源次郎さんは大した怪我ではありません、大丈夫ですよと言って、また来た方に馬を走らせて行った。
しばらく待っていると、人々が、誰かが魔獣討伐から凱旋するそうだ、とささやきあった。
―― あ、伊月さん達の軍だ!
50人くらいの集団の中に、鎧を着た伊月さんが黒毛に乗ってこちらに向かって来るのが見えた。
噂通り、鬼の面具と夜叉の兜を付けたまま、返り血も拭かず、真っ黒の旗指物をして市中に向かってくる。
―― ここからじゃ、見どこを怪我しているのか分からない。
遠目に伊月さんの集団を見た町の人たちが「鬼武者だ」と言い合い、野次馬が集まって来た。
怖い物見たさ、興味半分でやって来たというのが分かる。
「おぉ、見ろ、あの、でかい魔獣を倒して来たのか!」
町の人たちが指さす方向には、足軽の人たちが魔獣の死体を車に積んで運んでいる姿がある。
とても大きな、頭が三つある狼のような魔獣だ。
それが何頭か台車に積みあがっている。
「な、那美どの?」
伊月さんは門を抜けるとすぐに私に気づき声をかけたので、私は思わず歩み寄った。
「大丈夫ですか?」
馬に乗ったまま歩みを止められない伊月さんに合わせて私も早歩きする。
他にも出迎えに来ている家族の人達がそれぞれの兵士に歩み寄った。
「どうしてここへ? こんな時間に女人が一人でウロウロするものじゃないぞ。」
「でも心配で…。八咫烏さんから怪我をしたって聞きました。」
伊月さんは、はぁと溜息をはき、あの阿呆めがと言った。
「心配せずとも良い。」
その時、ザーっと雨が降り始めた。
「那美どの、濡れてしまうぞ。」
「そんなの構いません。それより怪我は…。」
「私の屋敷で待っていてくれるか?」
伊月さんはそう言うと、私の頭をポンポンと撫でた。
「...はい。」
これ以上伊月さんの隊の邪魔はできない。
これから伊月さんはお城へ帰還の報告に行くはずだ。
―― とりあえず普通に乗馬できてるってことはそこまで酷い怪我じゃなさそう。
雨はすぐに土砂降りになり、野次馬たちは急いで家の中に入って行く。
私は心配な気持ちを殺して、伊月さんの屋敷の方へ向かった。
どこからともなくサッと音がして、隣に清十郎さんが立った。
「主の屋敷までご一緒します。」
「ありがとうございます。私...逆に迷惑かけちゃったみたいですね。」
「そんなことはありません。主は出迎えられて嬉しそうでしたよ。」
「そんな風には見えませんでした。」
怪我のことが心配で思わず飛び出してきてしまったけど、思えば私が来たって伊月さんの怪我を癒せるわけじゃない。
逆にお仕事の邪魔をしちゃったみたい。
こういう時、どうしていいか分からずに、無鉄砲に行動してしまった自分が痛い。
どうするのが正解だったんだろう。
伊月さんを見て安堵したのもあって、少し涙が出てしまった。
土砂降りだったのは幸いだった。
版元の人も、試作の時からこの漫画をいたく気に入っていたようだった。
「斬新です!」
版元の店主は鼻息を荒くして言った。
物語を伝える方法自体も斬新だけど、物語も斬新だと言った。
町の人から恐れられる鬼武者に、こんな優しい一面があるとなると、色々と空想が膨らみます、と言い。
「よし、まずは100部すりましょう。できるだけ武家や金持ちのお嬢さんたちに営業して、売れ残りは貸本屋においてもらいます。」
と、いうことになった。
尽世で木版技術が発達したのはまここ最近で、まだまだ庶民にとって本は高価な物で簡単に買えない。
その代わり、最近貸本業が賑わってきて、数も増えている。
と言っても、貸本を利用するのはほとんどが読み書きができる男性だ。
小雪ちゃんの漫画は女性読者をターゲットにしているので、貸本屋で借りてくれる人がいるかはわからない。
「なぁに、大丈夫ですよ。最近は那美先生の手習い所に通う女子供が増えて、本を借りる女人も増えてきたと言っておりました。まぁ、少しずつ始めて、様子をみましょう。」
私はライターを売って儲かったお金から、木版を作る職人さんへの代金と、版元への代金と、諸々の諸費用を払った。
出版が決まったことを伝えると、漫画部の皆は歓喜して、さっそく鬼武者の話の続きを書き始めた。
―― 初期費用がかかるな。もっとライターを売らなきゃ。それから次の製品の開発もしよう。
―――
いつものように、皆が帰って誰もいなくなった手習い所を片付けて、机に腰かけた。
机の上に紙を広げ、その紙に『作りたい物リスト』と書いた。
自分の雷のカムナリキを使って色んなものを開発したいけど、
旅行に行ったりバタバタしてたから一旦落ち着いて、考えを整理したかった。
以前ライターと同時進行で開発していた護身用のスタンガンは実験が難しいのと、悪用される可能性もあるので、とりあえず放置していた。
けれど、昨日、伊月さんから聞いた内藤のことを思い出す。
女をいたぶって殺してしまうのが好きなんて、許せない。
そういうやつから身を守る何かが、女性には必要だ。
スタンガンの開発も再開して進めることにする。
でも、もっと日頃の生活が便利になるような物も作りたい。
私の雷のカムナリキは電気の力なのだから、電化製品ができるはず。
「照明器具、クーラー、パソコン、携帯、電気自動車」
自分が欲しいものを書き連ねてみるけど、この中で簡単に作れそうなのは照明器具くらいだ。
他の物は電気以外にも色んな物質が必要だ。
クーラーにはコンデンサがいるし、パソコンや携帯にはCPUとか液晶とか必要で、私には無理だ。
次は照明器具を作ることにした。
―― でも、電気自動車は我ながらナイスアイディアかもしれない。
道を整備しないと使えないけど、将来を見越して作り始めてもいいかな。
「電気とはなんだ?」
「電気って言うのはですね、雷のあの、バチバチってなる気に似た・・・って、誰?」
慌てて振り向くと、凄い至近距離で、ニヤニヤしている八咫烏さんがいた。
「びっくりしたじゃないですか!気配消さないで下さいよ。」
八咫烏さんは驚いて心臓が止まりそうになった私をガハハと笑っている。
「すっごく、お久しぶりですね。都以来ですね。元気でした?」
「那美に会えなかったので元気ではなかった。」
「お元気そうでなりよりです。」
「元気じゃねーって言っただろ!」
久しぶりに八咫烏さんの突っ込みが聞けて嬉しくて笑ってしまう。
「都での旅では何か、オババ様に言われた仕事をしていたんですか?」
「そうだ。最近頻繁に魔獣が人間の居住地域に出るから、そのことで調べものをしていてな。山や森に住まう獣のたちの面倒を見るのも俺の管轄だからな。」
「そうなんですね。意外にも重役担ってるんですね。」
「当たり前だろう。毎日ちゃらちゃらして生きてると思ってたのか?」
「はい。」
「おい、即答するな。」
「お茶飲みますか?」
「そんな悠長なこと言ってていいのか?」
「え? どうして?」
「お前、伊月のこと聞いてないか?あいつ今ごろ・・・。」
―――
私はタカオ山を走って降りた。
八咫烏さんに教えてもらった道を駆けて、亜国の東門の前に着いた。
暮鐘が鳴ってしまったので、門番が門を閉めようとする。
亜城の東に魔獣が出て、伊月さんの隊が魔獣討伐に出発したのを見送ったのは昨日の昼過ぎだ。
今までも、ちょっとした魔獣討伐に、伊月さんはよく呼び出されていて、その都度対応していた。
だから、私もそんなに気にしてなかったのだけど。
―― ひどい怪我だったら、どうしよう。
「あ、源次郎さん!」
もうすぐで門が閉まる、という所で、源次郎さんが馬を走らせてやってきた。
「共舘軍、凱旋いたします。しばらくお待ち下さい。」
と、門番に言うと、門番たちはまた門を大きく開く。
「え? 那美様?」
源次郎さんが私に気づく。
「あのっ、八咫烏さんから、伊月さんが怪我したって聞いて。」
源次郎さんは大した怪我ではありません、大丈夫ですよと言って、また来た方に馬を走らせて行った。
しばらく待っていると、人々が、誰かが魔獣討伐から凱旋するそうだ、とささやきあった。
―― あ、伊月さん達の軍だ!
50人くらいの集団の中に、鎧を着た伊月さんが黒毛に乗ってこちらに向かって来るのが見えた。
噂通り、鬼の面具と夜叉の兜を付けたまま、返り血も拭かず、真っ黒の旗指物をして市中に向かってくる。
―― ここからじゃ、見どこを怪我しているのか分からない。
遠目に伊月さんの集団を見た町の人たちが「鬼武者だ」と言い合い、野次馬が集まって来た。
怖い物見たさ、興味半分でやって来たというのが分かる。
「おぉ、見ろ、あの、でかい魔獣を倒して来たのか!」
町の人たちが指さす方向には、足軽の人たちが魔獣の死体を車に積んで運んでいる姿がある。
とても大きな、頭が三つある狼のような魔獣だ。
それが何頭か台車に積みあがっている。
「な、那美どの?」
伊月さんは門を抜けるとすぐに私に気づき声をかけたので、私は思わず歩み寄った。
「大丈夫ですか?」
馬に乗ったまま歩みを止められない伊月さんに合わせて私も早歩きする。
他にも出迎えに来ている家族の人達がそれぞれの兵士に歩み寄った。
「どうしてここへ? こんな時間に女人が一人でウロウロするものじゃないぞ。」
「でも心配で…。八咫烏さんから怪我をしたって聞きました。」
伊月さんは、はぁと溜息をはき、あの阿呆めがと言った。
「心配せずとも良い。」
その時、ザーっと雨が降り始めた。
「那美どの、濡れてしまうぞ。」
「そんなの構いません。それより怪我は…。」
「私の屋敷で待っていてくれるか?」
伊月さんはそう言うと、私の頭をポンポンと撫でた。
「...はい。」
これ以上伊月さんの隊の邪魔はできない。
これから伊月さんはお城へ帰還の報告に行くはずだ。
―― とりあえず普通に乗馬できてるってことはそこまで酷い怪我じゃなさそう。
雨はすぐに土砂降りになり、野次馬たちは急いで家の中に入って行く。
私は心配な気持ちを殺して、伊月さんの屋敷の方へ向かった。
どこからともなくサッと音がして、隣に清十郎さんが立った。
「主の屋敷までご一緒します。」
「ありがとうございます。私...逆に迷惑かけちゃったみたいですね。」
「そんなことはありません。主は出迎えられて嬉しそうでしたよ。」
「そんな風には見えませんでした。」
怪我のことが心配で思わず飛び出してきてしまったけど、思えば私が来たって伊月さんの怪我を癒せるわけじゃない。
逆にお仕事の邪魔をしちゃったみたい。
こういう時、どうしていいか分からずに、無鉄砲に行動してしまった自分が痛い。
どうするのが正解だったんだろう。
伊月さんを見て安堵したのもあって、少し涙が出てしまった。
土砂降りだったのは幸いだった。