予定の宿場町には時間通りに着いた。
泊まる宿もきちんと手配されていて、着いてすぐに、部屋に案内される。
「疲れたか?」
伊月さんがそっと気遣ってくれる。
「疲れていません。お祭り行きたいです!」
「一刻後に迎えに行くからしばらくは休め。」
「はい!」
「私の部屋は隣なので何かあればすぐに呼ぶといい。」
「わかりました!」
沢山歩いたけど、タヌキの襲撃以外は拍子抜けするくらいに平和な旅路だった。
景色もきれいだったし、天気も良くて良かったな。
私は荷ほどきを済ませ、お茶を飲んでほっと一息する。
窓から外を眺めるとこの伊国の宿場町の様子が目に飛び込んで来る。
そこには食事処も酒屋もあって結構賑わっている。
亜の国の城下町とはまたちょっと違った雰囲気で、一人で出歩いている女性も多く見かける。
―― この辺の治安は亜国よりいいのかな
亜国の女性たちよりも警戒心が低い気がした。
―― ここに帰りたいんだな、伊月さんは。
少しゆっくりしていると、宿の人が湯浴みができることを教えに来てくれた。
―― せっかくだからお祭りに行く前に少し汗を流そうかな。
私は軽く湯浴みを済ませて、持ってきた浴衣に着替えた。
―― 夏祭りと言えば浴衣だよね。
準備が終わると丁度そこに伊月さんが迎えに来てくれた。
「那美どの、そろそろ準備は良いか? 祭囃子が聞こえてきたようだ。」
「はい。準備はできてます。」
私は待ちきれないというように慌てて部屋の外に出た。
―― あ、ヤバい。
伊月さんはいつも袴を履いてキッチリしているけど、今は着流しを着ている。
いつもよりずっとカジュアルな姿で新鮮な感じだ。
―― それもそれで、すごくかっこいい。好き。
「伊月さんは着流し姿もカッコいいんですね。」
思ったことがそのまま口をついて出てしまう。
「な、那美どのの浴衣姿も…」
伊月さんはその後を言い淀み、顔を赤くしてクルっときびすを返して私に背を向けた。
「い、行くぞ。」
そう言って歩き始めた伊月さんの背中を追う。
―― ふふふ。 伊月さん、照れてるっぽい。
町に繰り出すと、お祭りのせいか、さっきよりも人が増えている。
狐っぽい尻尾が着物から出ている人、というかあやかしも多い。
きっとお稲荷様の神社のお祭りだからだろう。
「あちらがその神社だ。鳥居が見える。」
私には人混みでよく見えないけれど、人よりも頭一つ背が高い伊月さんには神社の鳥居が見えてるらしい。
「私には人の頭しか見えません。」
「ははは。そうか。那美どのは小さいからな。」
そう言って、伊月さんは私の頭をポンポンと撫でた。
―― うっ
それだけで、自分の鼓動が速くなるのを感じる。
仲見世の通りに差し掛かると、さすがに人の混雑具合が尋常じゃないレベルになった。
伊月さんはそっと私の手を取って、指を絡めた。
―― こ、これはもしかして、恋人つなぎというやつ?
思えば、手を握ったり、キスしたりしたことはあるのに、手をつないで歩くのは初めてだ。
伊月さんの横顔を見ると、「何か食べようか」と、立ち並ぶお店を物色している。
私ばっかりドキドキしている気がしてなんだか、ずるい。
―― キュルルルルー
その時、何やら美味しそうな匂いがして、私のお腹が盛大に鳴った。
「す、すみません。」
恥ずかしさにうつむくと、伊月さんが笑って、あれを食べようかという。
伊月さんが指さしたものは、天ぷらみたいな物だった。
「あれは何ですか?」
「しらすを使った揚げ物だ。しらすじゃが揚げという。伊国の名物だ。」
「そうなんですか? 食べてみたいです。」
伊月さんは揚げたてのしらすじゃが揚げを買って、私に一つ手渡してくれる。
アツアツのそれは、パン粉っぽいもので揚げてあるからコロッケにしか見えない。
そっと両手でしらすじゃが揚げを半分に割ってみて、びっくりする。
「く、黒い!」
中には黒いフィリングが入っている。
「ジャガイモをすりつぶしたものと、しらすと、竹炭が入っているのだ。」
「竹炭が? 珍しいですね。」
一口かじってみると、ほくほくのポテトとしらすの味がマッチしていて優しい風味が口の中に広がる。
「んー美味しいです!」
「伊の国にはうまい物が沢山ある。まだまだ食べるぞ。」
「はい!」
伊月さんは故郷の味を久しぶりに食べたいのか、堪能する気満々だ。
私も伊月さんの好きな物や、伊月さんが子供の時に慣れ親しんだ物をしれるのは嬉しい。
伊月さんと私は、仲見世通りを隈なく歩き、伊国名物を色々と食べた。
中でも美味しさがダントツだったのは、焼きそばだった。
この焼きそばは宮焼きそばと呼ばれているらしい。
普通の麺よりもコシがあって、独特の歯ごたえだ。
絡めたソースの上から、イワシの削り粉をかけているらしい。
お店の横においてある小さな椅子に二人で腰かけて、宮焼きそばを食べた。
「何ですか、この歯ごたえ!プルプル、もちもちしてて美味しいです!」
伊月さんも、そうだろう、と満足気に食べている。
「たれもジューシーで程よい甘みが美味しすぎます!」
「じゅーし?? おい、あまり慌てて、食べるな。」
伊月さんはそう私を諫めると、私の後ろ頭を手でおさえて、グイっと自分の方に引き寄せた。
―― な、何?
困惑する私をよそに、伊月さんは一瞬顔を寄せて、そのまま、私の口の端をペロっと舐めた。
「な、何するんですか!?」
耳が熱くなったから、きっと顔が赤くなったのだろう。
「たれがついていた。」
「な、だ、だからって、そんな風に取らなくても!」
伊月さんはドギマギする私とは対照的に、何事もなかったかのように普通に焼きそばを食べている。
「もぅ… 普通、人前でこんなことしないのに。」
「こんな人混みでは誰も見ておらん。」
「でも、でも、恥ずかしいし、ドキドキするじゃないですか。」
「そんなに怒るな。私も浮かれているのだ。」
「え?」
伊月さんは、バツが悪そうに目をそらして、焼きそばを無言で食べている。
「伊月さん、いつも冷静で落ち着いているから浮かれてるって全然わかりませんでした。」
「わからぬならその方がいい。」
「でも、ドキドキしたり、浮かれたりしてるの、私だけかなって思ってたので嬉しいです。」
「そ、そうか…」
焼きそばを堪能してお腹いっぱいになった私達は神社にお参りに行くことにする。
人込みではぐれないように、ずっと手を繋いでいてくれた伊月さんが、繋いだ手をサッと隠すように、後ろに回す。
―― 何?
そこに、タコ焼きを頬張る平八郎さんと伊月さんの家臣がやって来た。
「あ、主と那美様もお祭りにおいででしたか!」
平八郎さんはいつものエンジェルスマイルを向けながら近くに来た。
「はい。平八郎さんも、楽しんでいるみたいですね。」
「はい、那美様の都行きのお仕事を頂いたお陰で旅行が出来て楽しんでおります。」
そういうと、平八郎さんは、しまったと言う顔をして、伊月さんを見た。
「も、もちろん、護衛の仕事は命を賭してやりぬくつもりです。」
「日頃の仕事をきちんとすれば、時に楽しみに興じるのに、後ろめたい気持ちなどいらぬ。」
「は、はい。ありがとうございます。主も、お楽しみ下さい!」
そういうと、平八郎さんたちはもっと色んな物を食べ歩きするのだと言って去って行った。
私たちもまた歩き始め、神社の境内に入る。
赤い提灯がまばゆいほどに並べられていて、境内の建物を美しく照らし出している。
「わぁ綺麗。」
「稲荷は商売の神だ。那美どのも、開発した商品のことを願うといいだろう。」
「そうですね。もっと新しい物を開発してヒット商品を出したいです。」
「ひっと?」
「当たりってことです。」
私たちは手水舎で手と口を洗って、参拝客の行列に並んだ。
「あの火つけ具はヒットだったようだな。」
「おかげで追加注文が来ました。でもまだまだ高価なので、高貴な方や大店のお家にしか行き渡ってないみたいです。もう少し原価を安く抑えられれば庶子でも買えるようになるのに。」
「そうか。那美どのはそんな風に考えているのだな。誠に面白き人だ。」
「そうですか?」
「ほら、私たちの番だ。」
前の参拝客がお参りを済ませた。
私もお賽銭を投げ入れて、鈴を鳴らして、手を合わせる。
―― いつか伊月さんがこの国に帰って来られますように。
一生懸命お祈りをしていると、
「オババ様の所の巫女じゃな。」
女の人の声が聞こえた気がした。
「え?」
何かと思って周りを見回すも、それらしき声の主はいない。
「どうかしたか?」
「いえ、何も。」
―― 気のせいだったかな。
私たちはそのままお参りを済ませて、元来た方向に歩き始めた。
不意に伊月さんが私の手をきつく握った。
「何か来る。」
伊月さんが私の耳元でささやいた。
少し身構えた瞬間、私たちの目の前に狐の面をかぶっている女の人が立ちふさがった。
「伊国の王子と雷神の巫女よ…」
その人はそういうと、パチリと、指を鳴らした。
そのとたん、周りの喧騒が消え、祭りばやしの音も消えた。
視界から全ての人も消え、境内には私たちだけが立ってた。
私はわけがわからずにキョロキョロしている。
「私はここに祀られているミノワ稲荷だよ。」
そういうと、女の人の姿が消え、一匹の白い狐が現れた。
「こっちにおいで。本物の稲荷のお祭りに連れていってあげる。」
私たちの目の前にある境内の石段に、急に千本鳥居が現れた。
ミノワ稲荷を名乗る狐はその鳥居のトンネルに入り、走っていき、その姿が見えなくなった。
「え? な、なに?」
「どうやら、狐に化かされているみたいだな。」
伊月さんは楽しそうに言って、私の手をひいて鳥居の前に行く。
「行ってみるか?」
嫌な感じはしない。
むしろワクワクする。
「はい!行きましょう!」
泊まる宿もきちんと手配されていて、着いてすぐに、部屋に案内される。
「疲れたか?」
伊月さんがそっと気遣ってくれる。
「疲れていません。お祭り行きたいです!」
「一刻後に迎えに行くからしばらくは休め。」
「はい!」
「私の部屋は隣なので何かあればすぐに呼ぶといい。」
「わかりました!」
沢山歩いたけど、タヌキの襲撃以外は拍子抜けするくらいに平和な旅路だった。
景色もきれいだったし、天気も良くて良かったな。
私は荷ほどきを済ませ、お茶を飲んでほっと一息する。
窓から外を眺めるとこの伊国の宿場町の様子が目に飛び込んで来る。
そこには食事処も酒屋もあって結構賑わっている。
亜の国の城下町とはまたちょっと違った雰囲気で、一人で出歩いている女性も多く見かける。
―― この辺の治安は亜国よりいいのかな
亜国の女性たちよりも警戒心が低い気がした。
―― ここに帰りたいんだな、伊月さんは。
少しゆっくりしていると、宿の人が湯浴みができることを教えに来てくれた。
―― せっかくだからお祭りに行く前に少し汗を流そうかな。
私は軽く湯浴みを済ませて、持ってきた浴衣に着替えた。
―― 夏祭りと言えば浴衣だよね。
準備が終わると丁度そこに伊月さんが迎えに来てくれた。
「那美どの、そろそろ準備は良いか? 祭囃子が聞こえてきたようだ。」
「はい。準備はできてます。」
私は待ちきれないというように慌てて部屋の外に出た。
―― あ、ヤバい。
伊月さんはいつも袴を履いてキッチリしているけど、今は着流しを着ている。
いつもよりずっとカジュアルな姿で新鮮な感じだ。
―― それもそれで、すごくかっこいい。好き。
「伊月さんは着流し姿もカッコいいんですね。」
思ったことがそのまま口をついて出てしまう。
「な、那美どのの浴衣姿も…」
伊月さんはその後を言い淀み、顔を赤くしてクルっときびすを返して私に背を向けた。
「い、行くぞ。」
そう言って歩き始めた伊月さんの背中を追う。
―― ふふふ。 伊月さん、照れてるっぽい。
町に繰り出すと、お祭りのせいか、さっきよりも人が増えている。
狐っぽい尻尾が着物から出ている人、というかあやかしも多い。
きっとお稲荷様の神社のお祭りだからだろう。
「あちらがその神社だ。鳥居が見える。」
私には人混みでよく見えないけれど、人よりも頭一つ背が高い伊月さんには神社の鳥居が見えてるらしい。
「私には人の頭しか見えません。」
「ははは。そうか。那美どのは小さいからな。」
そう言って、伊月さんは私の頭をポンポンと撫でた。
―― うっ
それだけで、自分の鼓動が速くなるのを感じる。
仲見世の通りに差し掛かると、さすがに人の混雑具合が尋常じゃないレベルになった。
伊月さんはそっと私の手を取って、指を絡めた。
―― こ、これはもしかして、恋人つなぎというやつ?
思えば、手を握ったり、キスしたりしたことはあるのに、手をつないで歩くのは初めてだ。
伊月さんの横顔を見ると、「何か食べようか」と、立ち並ぶお店を物色している。
私ばっかりドキドキしている気がしてなんだか、ずるい。
―― キュルルルルー
その時、何やら美味しそうな匂いがして、私のお腹が盛大に鳴った。
「す、すみません。」
恥ずかしさにうつむくと、伊月さんが笑って、あれを食べようかという。
伊月さんが指さしたものは、天ぷらみたいな物だった。
「あれは何ですか?」
「しらすを使った揚げ物だ。しらすじゃが揚げという。伊国の名物だ。」
「そうなんですか? 食べてみたいです。」
伊月さんは揚げたてのしらすじゃが揚げを買って、私に一つ手渡してくれる。
アツアツのそれは、パン粉っぽいもので揚げてあるからコロッケにしか見えない。
そっと両手でしらすじゃが揚げを半分に割ってみて、びっくりする。
「く、黒い!」
中には黒いフィリングが入っている。
「ジャガイモをすりつぶしたものと、しらすと、竹炭が入っているのだ。」
「竹炭が? 珍しいですね。」
一口かじってみると、ほくほくのポテトとしらすの味がマッチしていて優しい風味が口の中に広がる。
「んー美味しいです!」
「伊の国にはうまい物が沢山ある。まだまだ食べるぞ。」
「はい!」
伊月さんは故郷の味を久しぶりに食べたいのか、堪能する気満々だ。
私も伊月さんの好きな物や、伊月さんが子供の時に慣れ親しんだ物をしれるのは嬉しい。
伊月さんと私は、仲見世通りを隈なく歩き、伊国名物を色々と食べた。
中でも美味しさがダントツだったのは、焼きそばだった。
この焼きそばは宮焼きそばと呼ばれているらしい。
普通の麺よりもコシがあって、独特の歯ごたえだ。
絡めたソースの上から、イワシの削り粉をかけているらしい。
お店の横においてある小さな椅子に二人で腰かけて、宮焼きそばを食べた。
「何ですか、この歯ごたえ!プルプル、もちもちしてて美味しいです!」
伊月さんも、そうだろう、と満足気に食べている。
「たれもジューシーで程よい甘みが美味しすぎます!」
「じゅーし?? おい、あまり慌てて、食べるな。」
伊月さんはそう私を諫めると、私の後ろ頭を手でおさえて、グイっと自分の方に引き寄せた。
―― な、何?
困惑する私をよそに、伊月さんは一瞬顔を寄せて、そのまま、私の口の端をペロっと舐めた。
「な、何するんですか!?」
耳が熱くなったから、きっと顔が赤くなったのだろう。
「たれがついていた。」
「な、だ、だからって、そんな風に取らなくても!」
伊月さんはドギマギする私とは対照的に、何事もなかったかのように普通に焼きそばを食べている。
「もぅ… 普通、人前でこんなことしないのに。」
「こんな人混みでは誰も見ておらん。」
「でも、でも、恥ずかしいし、ドキドキするじゃないですか。」
「そんなに怒るな。私も浮かれているのだ。」
「え?」
伊月さんは、バツが悪そうに目をそらして、焼きそばを無言で食べている。
「伊月さん、いつも冷静で落ち着いているから浮かれてるって全然わかりませんでした。」
「わからぬならその方がいい。」
「でも、ドキドキしたり、浮かれたりしてるの、私だけかなって思ってたので嬉しいです。」
「そ、そうか…」
焼きそばを堪能してお腹いっぱいになった私達は神社にお参りに行くことにする。
人込みではぐれないように、ずっと手を繋いでいてくれた伊月さんが、繋いだ手をサッと隠すように、後ろに回す。
―― 何?
そこに、タコ焼きを頬張る平八郎さんと伊月さんの家臣がやって来た。
「あ、主と那美様もお祭りにおいででしたか!」
平八郎さんはいつものエンジェルスマイルを向けながら近くに来た。
「はい。平八郎さんも、楽しんでいるみたいですね。」
「はい、那美様の都行きのお仕事を頂いたお陰で旅行が出来て楽しんでおります。」
そういうと、平八郎さんは、しまったと言う顔をして、伊月さんを見た。
「も、もちろん、護衛の仕事は命を賭してやりぬくつもりです。」
「日頃の仕事をきちんとすれば、時に楽しみに興じるのに、後ろめたい気持ちなどいらぬ。」
「は、はい。ありがとうございます。主も、お楽しみ下さい!」
そういうと、平八郎さんたちはもっと色んな物を食べ歩きするのだと言って去って行った。
私たちもまた歩き始め、神社の境内に入る。
赤い提灯がまばゆいほどに並べられていて、境内の建物を美しく照らし出している。
「わぁ綺麗。」
「稲荷は商売の神だ。那美どのも、開発した商品のことを願うといいだろう。」
「そうですね。もっと新しい物を開発してヒット商品を出したいです。」
「ひっと?」
「当たりってことです。」
私たちは手水舎で手と口を洗って、参拝客の行列に並んだ。
「あの火つけ具はヒットだったようだな。」
「おかげで追加注文が来ました。でもまだまだ高価なので、高貴な方や大店のお家にしか行き渡ってないみたいです。もう少し原価を安く抑えられれば庶子でも買えるようになるのに。」
「そうか。那美どのはそんな風に考えているのだな。誠に面白き人だ。」
「そうですか?」
「ほら、私たちの番だ。」
前の参拝客がお参りを済ませた。
私もお賽銭を投げ入れて、鈴を鳴らして、手を合わせる。
―― いつか伊月さんがこの国に帰って来られますように。
一生懸命お祈りをしていると、
「オババ様の所の巫女じゃな。」
女の人の声が聞こえた気がした。
「え?」
何かと思って周りを見回すも、それらしき声の主はいない。
「どうかしたか?」
「いえ、何も。」
―― 気のせいだったかな。
私たちはそのままお参りを済ませて、元来た方向に歩き始めた。
不意に伊月さんが私の手をきつく握った。
「何か来る。」
伊月さんが私の耳元でささやいた。
少し身構えた瞬間、私たちの目の前に狐の面をかぶっている女の人が立ちふさがった。
「伊国の王子と雷神の巫女よ…」
その人はそういうと、パチリと、指を鳴らした。
そのとたん、周りの喧騒が消え、祭りばやしの音も消えた。
視界から全ての人も消え、境内には私たちだけが立ってた。
私はわけがわからずにキョロキョロしている。
「私はここに祀られているミノワ稲荷だよ。」
そういうと、女の人の姿が消え、一匹の白い狐が現れた。
「こっちにおいで。本物の稲荷のお祭りに連れていってあげる。」
私たちの目の前にある境内の石段に、急に千本鳥居が現れた。
ミノワ稲荷を名乗る狐はその鳥居のトンネルに入り、走っていき、その姿が見えなくなった。
「え? な、なに?」
「どうやら、狐に化かされているみたいだな。」
伊月さんは楽しそうに言って、私の手をひいて鳥居の前に行く。
「行ってみるか?」
嫌な感じはしない。
むしろワクワクする。
「はい!行きましょう!」