いよいよ都へ出発する前日になった。

―― そろそろ準備しないと!

都に行くのには結構時間がかかる。
基本、徒歩で行くので、順調にいくと、片道で3、4日くらいだそうだ。

―― 行って帰るだけで8日くらいかかっちゃうな。それに加えて、都での滞在は3日間くらいだって言っていたから、多く見積もっても2週間はみておかないと。

2週間分の教材やら、レッスンプランやらは、もう作ったから、あとは荷造りだけだな。

―― とは言っても、あんまり荷物がないや。

私は持って行こうと思っていた服を畳の上に並べた。

―― 皇帝に会う時は向こうが礼服を用意してくれるらしいし、あとは動きやすい普段着と寝巻くらいかな。

旅行は正直言って楽しみだ。
私はタカオ山と亜国(あこく)の城下町くらいしか行ったことがないから、ここを出た世界がどうなっているのか知りたい。
でも危険も多いと聞いた。
盗賊も出るし、魔獣も出るし、あやかしも出る。
タカオ山周辺で見るあやかしたちは、皆オババ様を恐れているから、人に悪さはしないけど、一歩この当たりを出れば、悪いあやかしもいると聞いた。

「しかし、人間もそうだが、あやかしも、見た目では、判断してはいかぬぞ。」

と、オババ様が、旅行が決まった時に私に言った。

「見た目が凶悪そうだからといって悪いあやかしとは限らん。ただ、あやかしは本能のままに生きておるから、人間の常識とは違った行動をすることが多い。それでも悪意がないものが多いのじゃ。」

「本能のままに生きているっていうのは、夕凪(ゆうなぎ)ちゃんや八咫烏(やたがらす)さんを見ててわかります。」

私がクスクス笑って言うと、オババ様もうなずいた。

―― でも一番本能のままに生きているのはオババ様のような気もするけどな。

「でも、悪意があるかどうか、見分けるコツみたいなのはありますか?」

「オヌシのことだ。悪気(あっき)を感じれば、すぐにわかるさ。」

私は、内藤のまとっている、黒く渦巻くような気を思い出した。

―― きっと、ああいうのだろう。

私はオババ様を見て、大きくうなずいた。

治安の悪いタマチ帝国での旅は少しの不安がある。

―― でも、

伊月(いつき)さんが、「那美(なみ)どのは私が守るから心配するな」って言ってくれた。
本当にカッコよくて、頼もしい、私のスーパーヒーローだ。
思い出して、思わずニヤついてしまう。

那美(なみ)ちゃん、何、ニヤニヤしてるの?キモイよ。」

「ぎゃー!夕凪(ゆうなぎ)ちゃん、いつからいたの!びっくりした。」

荷造りと伊月(いつき)さんのことを考えるのに夢中になってたら、急に夕凪(ゆうなぎ)ちゃんに声をかけられてびっくりした。

「さっきから声かけてたのに、一人でニヤニヤしてて妄想の世界に入ってたから…」

「うっ...ごめん。」

「どうせまた伊月(いつき)さんのこと考えてたんでしょ?」

「そ、それは・・・」

「それよりも、これ、あげる。」

「これは何?」

夕凪(ゆうなぎ)ちゃんは私に小さなお守り袋をくれた。

「道中、狸に化かされても、すぐに暴くことができるお守りだよ。」

「そんなのあるの!? すごい! ありがとう! 都のお土産買ってくるね!」

「うん! 期待してる!」


_______


そして、いよいよ出発当日、早朝。
まだやっと日が昇り始めたころ、タカオ山に伊月(いつき)さん率いる護衛隊が迎えに来てくれた。

―― す、すごい数!

(かご)を持つ人達、馬を引く人たち、 荷物を持つ人たち、全部で20人くらいいる。
その中に平八郎(へいはちろう)さんと清十郎(せいじゅうろう)さんもいた。
そして、伊月(いつき)さんも今日はいつもと違う旅姿で笠をかぶっている。

「お、おはようございます! よろしくお願いします。」

皆に頭を下げると、護衛集団も頭を下げてくれる。
平八郎(へいはちろう)さんが私の荷物を預かってくれて、荷物を全部、馬の背に乗せてくれた。

「あの、こんな人数で行かなければ危ないんですか?」

私はお見送りのために頑張ってボサボサ髪のまま早起きして来てくれたオババ様に耳打ちした。

「まぁ、こんなもんだ。これでも少ない方じゃ。」

伊月(いつき)さんが馬から降りて、(かご)に乗るように促す。

「オババ様、夕凪(ゆうなぎ)ちゃん、しばらく会えなくなるので寂しくなります。」

那美(なみ)ちゃん、無事でね! 都に着いたら、(ふみ)をちょうだい!」

「うん! ありがとう、夕凪(ゆうなぎ)ちゃん!」

那美(なみ)、その護衛隊が危ない目に合ったら、ちゃんと助けてやれよ。」

「ええと、それって立場が逆じゃ・・・。」

「おっと、忘れておった、こいつを持っていけ。」

オババ様が私に渡したのは短刀だった。

「自分の身は自分で守らねばならない、ということもあるが、それは御神刀じゃよ。悪いあやかしが来たらこれを振りかざすと一目散じゃ。」

「おぉー。すごい! ありがとうございます!」

「それから、こいつを連れていけ。」

そういってオババ様が木の上を指さすと、木の枝に止まっていたカラスが一羽舞い降りてきて、私の肩に止まった。

「オ、オババ様、なぜ八咫烏(やたがらす)まで!」

伊月(いつき)さんが抗議の声を上げる。

―― あ、やっぱり八咫烏(やたがらす)さんなんだ。

なんだか、カラス姿の八咫烏(やたがらす)さんが可愛くて、思わず頭を撫でた。

「飛べるやつがおったら何かと便利だろうが。」

伊月(いつき)さんは渋々「確かに…。よし、こき使ってやる。」と言った。

私は八咫烏(やたがらす)さんを肩に乗せたまま、(かご)に乗り込む。

「オババ様、夕凪(ゆうなぎ)ちゃん、行ってきます!」

「無事で行ってこい!」

「いってらっしゃい!」

伊月(いつき)さんが出発の号令をかけ、護衛隊は動き出した。
(かご)(すだれ)はあけ放たれている。
あけ放たれた(すだれ)から、夕凪(ゆうなぎ)ちゃんとオババ様が見えなくなるまで、手を振った。
もう少しでタカオ山を出るという所までくると、羽音をならせて、一匹の鳩が(かご)にとまった。

吉太郎(よしたろう)! お見送りに来てくれたの?」

「そんなんじゃない。土産の催促に来た。帰りに伊国(いこく)の鳩まんじゅうを買って来いよ。伊国(いこく)にはうまい物がたくさんあるからな。」

「わかったよ。お見送り、ありがとう。」

「見送りではない! とくにかく、気を付けて行ってこい! 無事に、早く帰って来い。」

それだけ言って、吉太郎(よしたろう)はさっさと飛び立ってすぐに見えなくなった。

「全く、素直じゃないやつだな。吉太郎(よしたろう)は。」

カラス姿の八咫烏(やたがらす)さんが言った。

夕凪(ゆうなぎ)ちゃんと話してたけど、吉太郎(よしたろう)はツンデレなんです。」

「ツンデレ? それは何だ?」

「表面的な態度はツンツンしてて冷たいけど、本当は優しくてデレデレな部分もあるんです。」

「ほう…。」

夕凪(ゆうなぎ)ちゃんが言ってたけど、吉太郎(よしたろう)は、とあるメス鳩と一緒にいる時にはすごくデレデレしているそうなんです。可愛いですよね。ふふふ。」

「そうか…ツンデレか。面白い言葉だな。」

八咫烏(やたがらす)さんはカラス姿で表情がよくわからないのに、何か人の悪い笑いを浮かべたような気がした。

「何か企んでます?」

「…別に」

八咫烏(やたがらす)さんは、それから、俺は寝ると短く言って、(かご)の隅の方で目をつむった。
カラス姿で寝ている八咫烏(やたがらす)さんはますます可愛い。

―――

タカオ山を出てしばらく経った。
私は先頭を黒毛を引きながら歩く伊月(いつき)さんの後ろ姿をこっそり見た。

―― 旅装束の伊月(いつき)さんも颯爽としててカッコいいな。

私の視線に気づいたのか、伊月(いつき)さんは振り返り、目が合った。
そのまま歩みを緩めて、(かご)の横に来てくれる。

那美(なみ)どの、旅路は長い。歩きたい時は歩いていいし、疲れたら(かご)に乗ってもいい。馬に乗りたい時はそう言うといい。ただ、()の国は治安が悪いので、()の国では(かご)の中にいてほしい。」

「はい、ありがとうございます。あの、伊月(いつき)さん…。」

「何だ?」

「大きい声で言えないんですが…。」

私がそう言うと、伊月(いつき)さんは少し近づいて、耳を寄せてきた。

「旅装の伊月(いつき)さんも、すごくカッコいいです。」

「なっ…」

伊月(いつき)さんは一瞬かたまった。

「何を言うかと思えば、そのような能天気なことを!」

「すみません。でも抑えきれなくて。」

その時、「はぁぁぁああああ。」と、盛大なため息が聞こえた。

「お前ら俺の前でイチャイチャするな!」

カラス姿の八咫烏(やたがらす)さんだった。

―― あ、忘れてた。

「す、すみません。」

伊月(いつき)さんもバツが悪そうに、「八咫烏(やたがらす)まで(かご)に乗らんでもいいぞ。」と言い捨てて、隊の前に戻って行った。

「あ、行っちゃった。」

「あいつも、たいがいツンデレだな。」

八咫烏(やたがらす)さんがボソっと言った。

「そ、そうですか? 伊月(いつき)さんはずっと優しいですよ?」

「はぁ?」

八咫烏(やたがらす)さんは私に白い目を向けて、「お前の頭の中はお花畑だな。」と言った。