手習い所での仕事と、噂話タイムが終わると、私はカムナリキの修行を始める。
オババ様に手習い所を運営する代わりに、カムナリキの修行は欠かさないと約束した。
毎日、毎日、カムナリキで攻撃する力加減を調節する方法を試した。
岩を相手にカムナリキを放出して、沢山の岩を粉々に砕いてしまった。
でも、ここ数日、ようやくカムナリキの放出量を調節できるようになっていき、コツを掴めた気がした。
「オババ様、ちょっといいですか?」
神殿でゴロゴロしていたオババ様を起こす。
「どうした?」
「多分、カムナリキの放出量を調節できるようになりました。でも、岩でしか試してないからよくわからなくて。」
「ほう、見せてみろ。」
オババ様は寝転がりながら言った。
私は近くにあった、オババ様の湯呑を目の前に置いて、雷石のついた数珠に左手を当て、右手の手のひらを湯呑にかざした。
カムナリキを放出すると、バチンと小さな電気の筋が走って、湯呑にあたり、湯呑はコトリ、と倒れた。
「なかなか良いな。もう少し強くできるか?」
「はい。」
私は湯呑を起こして、もう一度、カムナリキを放出する。
今度はバチバチと音がして、さっきより太めの電気の筋が走った。
湯呑はパン!と音を立てて、30cmくらい飛ばされて倒れた。
「うむ。良いな!」
「でも、人に当てるとどのくらい痛いのかがわからなくて。自分に当てても全然痛くないんです。」
「自分のカムナリキで自分を攻撃することはできぬからな。では、やはり人で実験せねばな。」
「でも誰がこんなことの実験台になってくれるでしょうか?」
「ワシがいい実験台を見つけてやる。」
オババ様が不敵な笑みを浮かべた。
―― 何か、嫌な予感がする。
「ところで、那美。」
「はい?」
「それだけカムナリキの放出を調節できるようになったのだから、オヌシの修行も次の段階に移らねばな。」
「わーい! 嬉しいです! 次はどんな修行ですか?」
「次からは研究室での修行じゃ。」
「研究室で? オババ様も時々こもって何かしていますよね?」
「そうだ。私は私の力を使って何か新しい物や仕組みを開発できないか模索している。一度自分のカムナリキの放出量を調節できるようになれば、いろんなことに活用できるようになる。オヌシも自分のカムナリキの使い道を広げられるようになるぞ。」
「すごくやりがいがありそうです!」
「うむ。では、次から、手習い所の仕事が終わったら、研究室に来るように。」
「はい!」
私はようやく修行の第二フェーズをクリアできたみたいだった。
やっと研究室デビューできる。
「ところで、那美、明日の宴のことは皆に告げたか?」
「はい。ちゃんと伊月さんに文で伝えて、返事も来ました。」
「そうか。宴の準備は進んでいるのか?」
「もちろん、万事オッケーです!」
「桶???」
――――
伊月がいつものように朝、剣術の稽古をしていると、庭の裏手にある門の外に人の気配がした。
「主、戻りました。」
気配の主が声をかける。
「入れ。」
裏門から、清十郎が庭に入り、伊月の前にひざをついた。
「主、あの男の所在を突き止めました。」
「良くやった。」
清十郎の報告によると、魔獣を扱うことの出来る男は内藤丈之助と名乗っているが、本名ではなさそうだということだ。
江の国を本拠にしているが、なぜかよく亜の国に出入りしている。
「亜の国では買い物をしたりして帰るだけで、他の者との接触は認められません。ただ、気がかりなのは、亜国に来るたびに、カグツチの祠に必ず行きます。」
「何か目的があるに違いない。引き続き、頻繁に亜国を訪れる理由を調査しろ。」
「は。」
「他に分かったことは?」
「今のところ、あの者が扱えるのは先日主がとらえた、火を吐く翼竜のみです。」
「今のところというと、内藤という男はもっと他の魔獣をつかいたがっているのか。」
「おそらく。自身の力を研究しておるようです。ですが、他の者に術を教えるということはないようです。」
「それでは組織を作っているわけではないのか。」
「それが、組織を作っているのです。」
清十郎がいうには、内藤の率いる組織は、どうやら強盗などを生業としているごろつきが主で、魔獣を扱えるものや、そういった術に興味のある者は他にいないらしい。
「江の国主との関係は?」
「たぶん、魔獣を使える力を買われて、雇われたのかと。まだ、はっきりはわかりません。良ければ、江の国に潜入捜査したく。強盗一味の一人に近づこうかと。」
「良し。許す。無事に戻ってこい。」
「承知。」
清十郎は次の瞬間にサッといなくなった。
伊月はそのまま剣術の稽古を終えて、汗を流し、着替えた。
仕事のために自室に戻ると、文机の上に何通かの文が置いてある。
いつも文が届くと、源次郎がこの文机に置いておくか、伊月に直接渡す。
重なり合った文の束の一番下に薄桃色の封筒が見える。
「那美どのか…。」
―― 相変わらず、このような文をもらうのは慣れんな…。
と、思いつつも、真っ先に手に取って、開けてみる。
先日、黒鍬衆の者たちに、あのボロ小屋の修繕をするように命じたのだが、その礼がつらつらと書いてある。
黒鍬衆が屋根に空いた雨漏りの穴を見つけ、修繕してくれ助かったと書いてある。
ネズミが入って来るとオババ様が言っていた壁の穴もふさがったらしい。
他にも、お仙さんがネズミが大嫌いで、怖がっていたけど、その心配がなくなり、助かったということ。
黒鍬衆は文机も作り、皆、勉強道具がそろって、やる気になっているということが書かれている。
このようなことはとっくに黒鍬衆から報告を受けたが、改めて那美が書いて知らせてくると、ただの事実報告だった内容に彩が加えられる気がした。
―― 那美どのが書くと、皆の喜んでいる顔が思い浮かぶ気がするな。
そして、文の最後には、宴を催すので来てほしいとあった。
手習い所の開設のお祝いと、協力してくれた皆への感謝会を兼ねての催しだということだ。
筆を取り、さっそく返事を書こうとするが、すぐに筆が止まった。
前々から、那美に文を書く度に、源次郎からダメ出しをくらう。
例えば、以前、湿布薬を送った時に文を添えたが、源次郎曰く、
「これは文というか、薬の使い方を教える、指南書ではないですか。もっと、こう、心配しているとか、早く良くなってほしいという気持ちを込めるべきです!」
ということだった。
だから、『はやく良くなるように願う』と書き足したが、それでも「色気がない」とダメ出しされた。
―― 文と言っても、何を書けばいいのか… 色気とはなんだ!?
とりあえず思いついたことを書くことにする。
「息災にしているのか? 手習い所の仕事はどうか?何か要り用の物はあるか?宴には行かせてもらう。』
―― こんなことしか書けぬ。
頭を抱えていると、源次郎が茶を持って入ってきた。
「主、那美様にお返事ですか?」
「な、なぜ分かる?」
「分かりますよ。それよりも、今回は指南書ではないものを書いて欲しいものです。」
「今回は指南書ではない。」
源次郎に書きかけの文を見せると、今度は源次郎が頭を抱えた。
「これでは、報告を促す催促状ではありませぬか。女人の好きそうな短歌の一つでも添えたらどうですか?」
「た、短歌だと?」
「はい。季節の花の色や鳥の声の様子も書き添えたりすると良いですよ。」
「源次郎、その思考はどこからやって来る?」
「私は主よりも頻繁に女人に文を書くのです。」
「そ、そうなのか?」
「はい。そうですよ。」
源次郎はあきれたように、それでは、と言って部屋を出て行った。
「短歌だと?花の色?鳥の声?」
伊月はしばらく文机に座って眉を寄せていたが、降参し、仕事の書類を片付け始めた。
しばらく仕事に専念していると、文机の先の窓から、最近、庭に咲きはじめたスズランが見えた。
伊月は那美宛の文に書き足す。
『庭に鈴蘭が咲き始めた。暇があればまた庭の花でも見に来ると良い。』
―― これ以上は無理だ。むぞがゆすぎる!
伊月は早々に文を折り、封に入れて、源次郎に渡した。
「何か趣のある内容を書き添えられましたでしょうか?」
文を受け取りながら源次郎が聞く。
「スズランが咲いたので見に来ると良いと書いた。」
どうせまたダメ出しをしてくると思っていたが、源次郎は意外にも、
「おぉー!それはようございますね!」
と嬉しそうに言った。
「スズランの花言葉は幸せの再来にございます。」
「そ、そうなのか?」
「それを見にまた我が家に来られるようにと那美様に促し、那美様の再来が幸せの再来であると、かけられたのでございますね。」
「あ、いや、そういうわけでは・・・」
「なかなかでございます、主。では、文を出してまいります。」
源次郎は嬉しそうに部屋を出ていく。
―― まったく源次郎のやつ、花言葉なぞどこで習うのか?
伊月はそれ以上考えないようにしたが、ふと、
―― 那美どのもあの一文を読んで源次郎のように解釈するのだろうか。
と思い、顔が赤くなった。
オババ様に手習い所を運営する代わりに、カムナリキの修行は欠かさないと約束した。
毎日、毎日、カムナリキで攻撃する力加減を調節する方法を試した。
岩を相手にカムナリキを放出して、沢山の岩を粉々に砕いてしまった。
でも、ここ数日、ようやくカムナリキの放出量を調節できるようになっていき、コツを掴めた気がした。
「オババ様、ちょっといいですか?」
神殿でゴロゴロしていたオババ様を起こす。
「どうした?」
「多分、カムナリキの放出量を調節できるようになりました。でも、岩でしか試してないからよくわからなくて。」
「ほう、見せてみろ。」
オババ様は寝転がりながら言った。
私は近くにあった、オババ様の湯呑を目の前に置いて、雷石のついた数珠に左手を当て、右手の手のひらを湯呑にかざした。
カムナリキを放出すると、バチンと小さな電気の筋が走って、湯呑にあたり、湯呑はコトリ、と倒れた。
「なかなか良いな。もう少し強くできるか?」
「はい。」
私は湯呑を起こして、もう一度、カムナリキを放出する。
今度はバチバチと音がして、さっきより太めの電気の筋が走った。
湯呑はパン!と音を立てて、30cmくらい飛ばされて倒れた。
「うむ。良いな!」
「でも、人に当てるとどのくらい痛いのかがわからなくて。自分に当てても全然痛くないんです。」
「自分のカムナリキで自分を攻撃することはできぬからな。では、やはり人で実験せねばな。」
「でも誰がこんなことの実験台になってくれるでしょうか?」
「ワシがいい実験台を見つけてやる。」
オババ様が不敵な笑みを浮かべた。
―― 何か、嫌な予感がする。
「ところで、那美。」
「はい?」
「それだけカムナリキの放出を調節できるようになったのだから、オヌシの修行も次の段階に移らねばな。」
「わーい! 嬉しいです! 次はどんな修行ですか?」
「次からは研究室での修行じゃ。」
「研究室で? オババ様も時々こもって何かしていますよね?」
「そうだ。私は私の力を使って何か新しい物や仕組みを開発できないか模索している。一度自分のカムナリキの放出量を調節できるようになれば、いろんなことに活用できるようになる。オヌシも自分のカムナリキの使い道を広げられるようになるぞ。」
「すごくやりがいがありそうです!」
「うむ。では、次から、手習い所の仕事が終わったら、研究室に来るように。」
「はい!」
私はようやく修行の第二フェーズをクリアできたみたいだった。
やっと研究室デビューできる。
「ところで、那美、明日の宴のことは皆に告げたか?」
「はい。ちゃんと伊月さんに文で伝えて、返事も来ました。」
「そうか。宴の準備は進んでいるのか?」
「もちろん、万事オッケーです!」
「桶???」
――――
伊月がいつものように朝、剣術の稽古をしていると、庭の裏手にある門の外に人の気配がした。
「主、戻りました。」
気配の主が声をかける。
「入れ。」
裏門から、清十郎が庭に入り、伊月の前にひざをついた。
「主、あの男の所在を突き止めました。」
「良くやった。」
清十郎の報告によると、魔獣を扱うことの出来る男は内藤丈之助と名乗っているが、本名ではなさそうだということだ。
江の国を本拠にしているが、なぜかよく亜の国に出入りしている。
「亜の国では買い物をしたりして帰るだけで、他の者との接触は認められません。ただ、気がかりなのは、亜国に来るたびに、カグツチの祠に必ず行きます。」
「何か目的があるに違いない。引き続き、頻繁に亜国を訪れる理由を調査しろ。」
「は。」
「他に分かったことは?」
「今のところ、あの者が扱えるのは先日主がとらえた、火を吐く翼竜のみです。」
「今のところというと、内藤という男はもっと他の魔獣をつかいたがっているのか。」
「おそらく。自身の力を研究しておるようです。ですが、他の者に術を教えるということはないようです。」
「それでは組織を作っているわけではないのか。」
「それが、組織を作っているのです。」
清十郎がいうには、内藤の率いる組織は、どうやら強盗などを生業としているごろつきが主で、魔獣を扱えるものや、そういった術に興味のある者は他にいないらしい。
「江の国主との関係は?」
「たぶん、魔獣を使える力を買われて、雇われたのかと。まだ、はっきりはわかりません。良ければ、江の国に潜入捜査したく。強盗一味の一人に近づこうかと。」
「良し。許す。無事に戻ってこい。」
「承知。」
清十郎は次の瞬間にサッといなくなった。
伊月はそのまま剣術の稽古を終えて、汗を流し、着替えた。
仕事のために自室に戻ると、文机の上に何通かの文が置いてある。
いつも文が届くと、源次郎がこの文机に置いておくか、伊月に直接渡す。
重なり合った文の束の一番下に薄桃色の封筒が見える。
「那美どのか…。」
―― 相変わらず、このような文をもらうのは慣れんな…。
と、思いつつも、真っ先に手に取って、開けてみる。
先日、黒鍬衆の者たちに、あのボロ小屋の修繕をするように命じたのだが、その礼がつらつらと書いてある。
黒鍬衆が屋根に空いた雨漏りの穴を見つけ、修繕してくれ助かったと書いてある。
ネズミが入って来るとオババ様が言っていた壁の穴もふさがったらしい。
他にも、お仙さんがネズミが大嫌いで、怖がっていたけど、その心配がなくなり、助かったということ。
黒鍬衆は文机も作り、皆、勉強道具がそろって、やる気になっているということが書かれている。
このようなことはとっくに黒鍬衆から報告を受けたが、改めて那美が書いて知らせてくると、ただの事実報告だった内容に彩が加えられる気がした。
―― 那美どのが書くと、皆の喜んでいる顔が思い浮かぶ気がするな。
そして、文の最後には、宴を催すので来てほしいとあった。
手習い所の開設のお祝いと、協力してくれた皆への感謝会を兼ねての催しだということだ。
筆を取り、さっそく返事を書こうとするが、すぐに筆が止まった。
前々から、那美に文を書く度に、源次郎からダメ出しをくらう。
例えば、以前、湿布薬を送った時に文を添えたが、源次郎曰く、
「これは文というか、薬の使い方を教える、指南書ではないですか。もっと、こう、心配しているとか、早く良くなってほしいという気持ちを込めるべきです!」
ということだった。
だから、『はやく良くなるように願う』と書き足したが、それでも「色気がない」とダメ出しされた。
―― 文と言っても、何を書けばいいのか… 色気とはなんだ!?
とりあえず思いついたことを書くことにする。
「息災にしているのか? 手習い所の仕事はどうか?何か要り用の物はあるか?宴には行かせてもらう。』
―― こんなことしか書けぬ。
頭を抱えていると、源次郎が茶を持って入ってきた。
「主、那美様にお返事ですか?」
「な、なぜ分かる?」
「分かりますよ。それよりも、今回は指南書ではないものを書いて欲しいものです。」
「今回は指南書ではない。」
源次郎に書きかけの文を見せると、今度は源次郎が頭を抱えた。
「これでは、報告を促す催促状ではありませぬか。女人の好きそうな短歌の一つでも添えたらどうですか?」
「た、短歌だと?」
「はい。季節の花の色や鳥の声の様子も書き添えたりすると良いですよ。」
「源次郎、その思考はどこからやって来る?」
「私は主よりも頻繁に女人に文を書くのです。」
「そ、そうなのか?」
「はい。そうですよ。」
源次郎はあきれたように、それでは、と言って部屋を出て行った。
「短歌だと?花の色?鳥の声?」
伊月はしばらく文机に座って眉を寄せていたが、降参し、仕事の書類を片付け始めた。
しばらく仕事に専念していると、文机の先の窓から、最近、庭に咲きはじめたスズランが見えた。
伊月は那美宛の文に書き足す。
『庭に鈴蘭が咲き始めた。暇があればまた庭の花でも見に来ると良い。』
―― これ以上は無理だ。むぞがゆすぎる!
伊月は早々に文を折り、封に入れて、源次郎に渡した。
「何か趣のある内容を書き添えられましたでしょうか?」
文を受け取りながら源次郎が聞く。
「スズランが咲いたので見に来ると良いと書いた。」
どうせまたダメ出しをしてくると思っていたが、源次郎は意外にも、
「おぉー!それはようございますね!」
と嬉しそうに言った。
「スズランの花言葉は幸せの再来にございます。」
「そ、そうなのか?」
「それを見にまた我が家に来られるようにと那美様に促し、那美様の再来が幸せの再来であると、かけられたのでございますね。」
「あ、いや、そういうわけでは・・・」
「なかなかでございます、主。では、文を出してまいります。」
源次郎は嬉しそうに部屋を出ていく。
―― まったく源次郎のやつ、花言葉なぞどこで習うのか?
伊月はそれ以上考えないようにしたが、ふと、
―― 那美どのもあの一文を読んで源次郎のように解釈するのだろうか。
と思い、顔が赤くなった。