私の名前は金村友理(かねむらゆり)、28歳、独身。職業は看護師。循環器病棟に7年勤務している。趣味は、お菓子を食べながら恋愛マンガを読むこと。

 
 高校3年生の時に、1ヶ月ほど彼氏がいたが「イメージが違った」と言われ、あっさり終わった。
 

 恋愛したい気持ちはあるのに、何故かできない。気になる人ができても、彼女や奥さんがいたり、マザコンだったりと、男運がない……。相手の欠点が見えてしまうと、すぐに気持ちも萎える。
 

 「もう、このまま孤独死かな……」
 

 私は、ナースステーションの椅子に腰掛け、電子カルテで記録をしながら呟いた。
 

 「そうなりそうだよな」

 
 そう言いながら私の隣の席に腰掛け、パソコンを操作し始める者がいた。
 

 「安田先生! 聞こえてたんですか?」

 
 「えっ、俺に言ってたんじゃないの?」

 
 「違いますよ! 独り言です!」

 
 「独り言にしては声デカかったぞ⁉︎」
 

 そう言って、私の方を見ながらタイピングするこいつは、安田慶吾(やすだけいご)。私と同い年の28歳、たぶん独身。職業は循環器内科医。顔は不細工ではないけど、特別イケメンってわけでもない。体型は中肉中背。性格は、人当たりが良く、説明も丁寧なので、患者・家族からの人気が高い。医療スタッフからの人気もあるが、噂によると結構遊び人らしい。よって、私の運命の相手ではない。

 
 「ちょっと考え事してまして……」

 
 私は、パソコンの画面を見ながら言った。

 
 「そうなんだ。じゃあ、しょうがない。同い年ということで、俺が特別に相談にのってやってもいいぞ」
 
 
 慶吾は手これを止めて、ニコニコしながら私の方に体を向け、そう言った。
 
 
 「いや、大丈夫です。それより先生は書類にサインをお願いします。私は、そろそろ受け持ち患者さんの検温に行ってきますので」
 
 
 私は淡々と答えた。そして立ち上がり、慶吾に書類を手渡してサインの記入を求めた。慶吾は唇を尖らせ、子供のように拗ねた表情を見せる。そして、黙ったまま左の胸ポケットから右手でペンを取り出した。白衣から白く透明感のある手が現れ、書類にサインをする。指は長く、関節はややゴツゴツしている。手背に浮き出るこいつの血管が、私は密かに好きだ。だから、パソコンの入力をしている時など、ついつい手を見てしまう。こんな事を言ったら、変態だと思われる。だから絶対バレるわけにはいかないのだ。

 
 「はい、よろしく」
 
 
 そう言って、慶吾は私を見上げてサイン済みの書類を差し出した。私は、お礼を言って受け取ろうと手を伸ばす。
 
 
 その時——、慶吾が書類を持つ手をヒョイッと上に挙げた。
 
 
 私は書類を掴み損ねた。その瞬間、ドクンと胸の奥底で何かが動き始めた。こんな意地悪されたのは、いつぶりだろうか。だからドクンってなったのかな?
 
 
 私は目を丸くして慶吾を見つめた。すると、慶吾はニヤッと笑って言う。

 
 「仕返しだよ」

 
 「信じらんない——!」

 
 私はそう言って、慶吾から書類を奪い取るように受け取り、病室へと向かった。

 
 仕返しって何? あんな意地悪するなんて……。あいつにドキドキするなんて有り得ない。早く忘れよう。
 

 廊下を歩いている最中、心の中で自分自身にそう言い聞かせた。そして、病室に入る前に深呼吸をし、受け持ち患者の検温を始めた。