──放課後、千明は、綾音に言われた通り教会で理人を待っていた。しばらくすると、理人が気だるそうに入って来た。
「綾音〜、話ってな……」
理人は、千明が居ることに気がつくと黙り込み、向きをかえて出て行こうとした。
「待って!」
千明が叫ぶ。理人は足を止めるが、千明の方を向こうとはしない。
「あっ……あのね、聞きたいことがあるの。暁人くんとはどういう関係なの?」
千明は、緊張で震える手をギュッと握りしめ、理人に聞いた。
「お前には関係ない」
理人が淡々と答える。
「関係ないけど……、関係あるよ!」
千明は泣きそうになりながらも、必死に堪えて言う。
「意味分かんねぇ……」
そう言いながら、出入り口に向かって歩き出す理人。ドアに手をかけ、外へ出ようとした時、千明が叫ぶ。
「私は、理人のことが好き──。だから、本当のことを知りたい。教えて……」
千明の言葉を聞いて、理人が深呼吸をし、ゆっくり話し始めた。
「暁人は──、俺の双子の兄貴だ。だけど、あいつは子供ができなかった伯父夫婦に養子としてもらわれた。だから苗字も違うし、育った環境だって違う。あいつは俺のことが嫌いなんだ。自分から両親の愛を全部奪った憎い弟だって思ってる。これで満足だろ⁉︎」
そう言って振り返ると、千明が声をあげないよう必死に堪えながら泣いていた。
想像以上に涙を流す千明を見て、困惑した表情を見せながら、千明に歩み寄る理人。
「なんでお前がそんなに泣くんだよ、バカじゃねぇの」
「──りっひとが、ほっ、んとのことを……」
泣きながら必死に話す千明を見て、理人が大笑いする。
「アハハッ! お前、それじゃあ何言ってるか全然分かんねぇし」
「わっ……、わらわっ、ないっでよ。わたし……」
涙を拭って話を続けようとする千明を、
──ギュッと抱きしめ、理人が言う。
「もう、戻ってこい」
「……」
固まる千明。そして千明を抱きしめたままの状態で、沈黙が続く。
──無反応の千明に対して、だんだん苛立ちを募らせる理人。千明を突き飛ばすかのように、彼女の両肩を持って自分の体から引き離す。
「てめぇ、この俺が恥ずかしいこと言ってんだから何か反応しろよ」
「すみません……」
頬を赤く染め、ボーッとした表情で呟く千明に、理人が顔を近づけると──、
「いや、近い、近い!」
千明は、急に意識を取り戻したかのように、理人を両手で突き飛ばす。
「何すんだよ!」
突き飛ばされ、怒ったように理人が言うと、千明も反抗する。
「そっちが急に、きっ……、キスしようとするからじゃん!」
「はぁ? 誰がお前なんかにキスするかよ。バカも休み休み言え」
──そんな戯れ合う2人姿を、こっそり見守る綾音。
「上手くいったみたい。あとは……」
綾音がそう言うと、背後から声が聞こえてきた。
「綾音ちゃん、見せたいものって何?」
綾音に呼ばれて現れたのは、暁人だった。
「あっくんには受け入れ難い現実かも知れないけど、ちゃんと受け入れるべきだと思うから……」
綾音はそう言うと、千明と理人が戯れ合う姿を見せた。
暁人はすぐに目を逸らした。
「りっくんと居る時の千明ちゃん、すごく幸せそうな顔してる。千明ちゃんの気持ち……、本当は、あっくんも分かってるんでしょ? 千明ちゃんの為だけじゃなくて、あっくん自身の為にも彼女を手放してあげてほしいの」
綾音がそう言うと、暁人が聞き返す。
「僕の為だって? 全然意味が分からないよ」
珍しく暁人が声を荒げる。
「りっくんを憎んでても、あっくんの為にならないってことよ!」
つられて、いつも冷静な綾音も少し興奮したように話す。
するとそこに──、千明と理人が現れた。
「誰かの声が聞こえると思ったら……、綾音ちゃん、暁人くんも……」
険悪な雰囲気の綾音と暁人を見て、千明が心配そうに言う。
綾音が慌てて千明に謝った。
「ごめん、千明ちゃん。あっくんと話してたら、少し熱くなっちゃって……」
理人が暁人に向かって真剣な顔で言う。
「暁人、少し話がある」
「僕は、お前と話すことなんてない! 千明ちゃん、行こう」
暁人はそう言うと、千明の手を強引に握り、その場を立ち去ろうとする。
すかさず理人も千明の手を握って言う。
「行くな……」
悲しげな表情で、千明だけを真っ直ぐ見つめる理人。千明も切なそうな顔を見せるが、決心したように理人に言う。
「私、暁人くんとちゃんと話がしたい。だからお願い、手を離して」
理人は手を握ったままジッと千明を見つめる。そして千明も理人を見つめる。
──理人は、しぶしぶ千明の手を放した。
立ち去る2人を悲しげな表情で見つめる理人。それを見て、綾音が余裕そうな顔で言う。
「りっくんのそんな顔、初めて見た。恋ですね。どんなに美人が集まっても、たった1人、大事に想う子がそばに居ないと切ないよね。でも大丈夫! 千明ちゃんの頭の中は、りっくんでいっぱいだから」
綾音の言葉を聞いて、理人がクスッと笑いながら言うのだった。
「綾音には、敵わないよ」
──その頃、千明と暁人は2人が初めて会った準備室に来ていた。暁人は部屋の鍵を閉め、千明に背を向けたまま小声で呟く。
「理人から僕のこと聞いたの?」
千明は、いつもと雰囲気が違う暁人に少し恐怖を覚えた。しかし、それを感じさせないように話した。
「暁人くんが『子供ができなかった伯父夫婦の養子になった』って聞いた。そして、理人を憎んでるってことも……」
暁人が千明に背を向けたまま話しだす。
「養子になった時のことは、小さかったから、よく覚えてない。けど、だんだん大きくなって『僕は必要ない人間。理人1人で十分だった。だから実の両親に捨てられたんだ』って思うようになった。ただ理人が羨ましかった。伯父夫婦は僕を可愛いがってくれた……。でも、それは可哀想な僕に同情しているだけだ、と素直に愛情を受け入れられなかった」
暁人の声が徐々に震え、涙声になる。千明も目を潤ませながら、暁人の背中を見つめて黙って話を聞いている。
「ある時、理人が愛おしそうに1枚の写真を見つめていたよ。その写真には、笑う君の姿が写っていた。君がどんな子かなんて、その時は気にもしなかった。僕はただ復讐として、あいつから大事なものを奪うことしか考えてなかったから。この部屋に閉じ込めるよう指示したのも、理人との主従関係解消の噂をながしたのも、全部僕だ」
鼻をすする音に気がついた暁人が振り返る。そこには、涙を流しながら暁人を見つめる千明が居た。
「幻滅しただろ? 僕は優しくなんかない。人の不幸ばかり願っている最低な奴だ。関係ない君を巻き込んで、ごめんね」
力弱く話す暁人を、千明は──
何も言わずに優しく抱きしめた。
「何で……?」
暁人が驚いて千明に問いかける。
千明は抱きしめたまま言う。
「ずっとそう思って生きてきたのは、辛かったよね。1人ひとり価値や役割があって、必要のない人なんて居ない、と私は思う。暁人くんが居てくれて、私は救われたよ。例えそれが、計画の一部だったとしても、私はあなたが居てくれて良かったと心から思ってる。産まれてきてくれてありがとう、暁人くん」
そう話して、さらに強く暁人を抱きしめた。暁人は泣き崩れた。
後悔の涙を流す暁人の頭を優しく撫でる千明。
しばらくして、暁人が口を開く。
「最初から、君だけは違った。こんな暗い僕にも笑いかけてくれて、受け止めてくれて。嬉しかった。復讐の為に君に近づいたのに、いつの間にか本当に好きになっていた。まだ、君を手放したくない。僕の弱い心を、そばで支えてほしい……」
そう頼まれた千明は、暁人の涙を優しく手で拭いながら答えた。
「大丈夫。そばに居るよ。私が辛い時、暁人くんがそばに居てくれた。だから今度は、私の番だよ」
千明の暖かい太陽のような笑顔で、暁人の傷ついた心が癒されていく。
「ありがとう、千明ちゃん」
──そうして、暁人と千明は学園卒業まで「ご主人様」と「奴隷」として平穏な生活を過ごした。
理人は、新しい奴隷を迎えなかった。奴隷なんて必要ないほど、周りの女子達を魅了し、思い通りの生活を送っていた。
綾音は皆の見守り役を務めた。
──そして、4人は遂に卒業の日を迎えた。
卒業式の後、暁人が理人に話かけた。
「理人、僕はずっとお前が嫌いだった。お前との差を感じるたびに辛かった。でも……、彼女がそばで支えてくれて楽しい生活を送ることがてきた。幸せだったよ。ただただ感謝の気持ちしかないんだ。これからも彼女の1番いい笑顔を見ていたいから……、手放すことにするよ」
理人がクスッと笑って言う。
「手放すの遅い。もう少し待たされてたら奪いに行こうと思ってた」
暁人も笑いながら言う。
「ごめんね。でも、理人らしい。──待ってると思うから、行ってあげて」
理人は頷いて、走って行った。暁人が、小さくなっていく理人の背中を見つめながら呟く。
「理人より早く出逢えていたら、僕のことを好きになってくれたのかな……?」
「さぁ、どうでしょうね。あの2人は、切っても切れない赤い糸で繋がってるから……」
暁人が驚いて横を見ると、綾音の姿が。
「綾音ちゃん! いつの間に⁉︎」
「見守り役ですから! もし、ご希望なら私が特別に、あっくんのそばに居てあげても良いけど」
笑顔で話す綾音に、暁人はニッコリ笑い返した。
──千明は、思い出がたくさんつまった学園を1人で歩き回り、最後にあの教会にやってきた。教会の椅子に腰掛け、静かに目を閉じた。
あぁ、懐かしい。色々なことがあったなぁ。泣いたり、笑ったり、毎日忙しかったけど、楽しかった。あいつに振り回された日々が、ついこの前のことのようだ。引越して来る前に、思い描いていた高校生活とはかけ離れていたけど……、この学園に来られて、そして皆と出会えて本当に幸せだった。
神様、ありがとうございます。でも、もし可能ならば、もう1度ここにあいつを連れてきてほしいな……。なんてね……。
「待ってるだけじゃダメだよね。自分から行かなくちゃ」
千明がそう言って目を開けると──
誰も居ない。でも、ここで理人が居たらビックリだよね。
そんなことを考えながら立ち上がって振り返ると、そこには理人が居た。
「えっ、嘘……」
そう呟いて、千明は両手で顔を隠した。
「何やってんだ? お前」
不思議そうな顔で千明に近づく理人。
「何でもないよ! いきなり、あんたが現れたからビックリしただけ」
千明は両手で顔隠したまま、そう言って後退りした。
「何でもないなら顔見せろよ」
そう言って、どんどん近づくいて来る理人。千明は焦ったように言う。
「えっ、あっ……、ちょっと待って……」
理人が、千明の顔を覆っている両手を握り、引き剥がすと──
千明は泣いていた。
「お前、また泣いてんのかよ」
「だから『待って』って言ったじゃん!」
千明が言い返すと、理人が優しい顔で千明を見つめて言う。
「俺はもう十分待った。だから、これ以待たない」
「そうだ、5分しか待てないんだもんね」
バカにしたように笑いながら言う千明を見て、少し苛立つ理人。そして、あることを閃いた。
「お前、笑っていられるのも今のうちだぞ」
そう言われ、疑問に思う千明。
「それって、どういうこと?」
理人が得意げな顔で言う。
「こういうことだよ」
そう言って、千明に優しくキスをした。
えっ──!
千明は大声で叫んだ。
「私の大事なファーストキスを返して──!」
おわり