そして迎えた花火大会当日。
「光輝くん!」
約束の時間の少し前に会場に到着すると、既に浴衣姿の光輝くんが立っていた。毎年、私たちは二人とも浴衣を着る。だから今年も浴衣で行こう、と光輝くんが提案してくれた。彼の浴衣姿はもう見慣れているはずなのに、どこかいつもと違うような気がして戸惑う。
「お待たせ、ごめんね」
「ううん。僕も今来たところだよ。それよりすずちゃん、浴衣似合ってる。可愛いね」
私が彼のもとへ行くと、彼は笑顔でそう言った。
「え? そんなことないよ、それに、この浴衣去年も着てたし、」
「覚えてるよ。去年ももちろん可愛かったけど、今年はまた一段と可愛いよ」
「大袈裟だよ、光輝くん」
そんなことを言い合いながらまだ来ていない翼くんを待つ。でも、彼はなかなか現れなくて、私が着いたときはまだ明るかった空も、だんだんと暗くなってきていた。
「っていうか、翼遅いね。17時半集合って言ったのに」
時計を見ると、もうすぐ18時を回りそうなところだった。
「珍しいね、翼くんが遅刻なんて」
「たしかに、あいつこういうとき、誰よりも早く来るのに」
光輝くんが翼くんに電話をかける。私も、”翼くん、大丈夫? 来れそう?”とメッセージを送った。
何度電話をかけても出ないし、メッセージも既読にならない。不安が胸の中で渦巻いていた。翼くんにも浴衣で来てと頼んだから、ただ慣れない浴衣に手間取っているだけかもしれない。きっと、それだけだ。どんなにそう自分に言い聞かせても、なぜだかこの落ち着かない気持ちは消えなかった。
思わず浴衣を握る手に力が入る。皴になってしまうかもしれないと一瞬思ったけれど、そんなことはもうどうでもよかった。
「すずちゃん」
光輝くんに名前を呼ばれ、いつの間にか俯いていた顔を上げる。彼の優しい笑顔に、大丈夫だよ、と言われている気がして、ほんの少しだけほっとした。
そしてそのとき、光輝くんの携帯が鳴った。
「……! 翼からだ」
「翼くん……?」
光輝くんはすぐに応答ボタンをタップして、電話に出る。私はただただ彼の横顔を見つめることしかできなかった。するとみるみるうちに、彼の表情が険しくなっていく。少しして、彼は、はい、とだけ返事をして電話を切った。
「……光輝くん?」
私が呼びかけても、感情の読み取れない目でこちらを見るだけで、何も言わない彼に、また不安な気持ちがどんどん大きくなる。
「……ねぇ、翼くんからだったんだよね? どうしたの?」
「すずちゃん」
彼が再び、私の名前を呼んだ。でも今度は、さっきのように私を安心させるような響きはない。
「………翼が、事故に遭ったって――」
瞬間、目の前が、真っ暗になるのがわかった。
「……ここに来る途中で、信号無視で突っ込んできた車に撥ねられたらしい。今、この近くの病院にいるって」
光輝くんは、電話で翼くんのお母さんから聞いたことを教えてくれた。
「だからすずちゃん、僕たちも今から病院に行こう」
にわかには、信じることができなかった。それでも私たちは、無我夢中で走った。途中、浴衣のせいで何度も転びそうになってしまったけれど、その度に光輝くんが手を取ってくれて、何とか病院まで辿り着くことができた。
病室へ行くと、彼は静かにベッドに横たわっていた。腕や口元から何本も透明なチューブが伸びていて、頭、足は痛々しく包帯で巻かれている。
「あの、」
二人でゆっくりと病室へと足を踏み入れると、中にいた40代くらいの女性が私たちに気付いてこちらを振り返った。目元が赤く腫れていて、つい先ほどまで泣いていたのだろうということは容易に想像がつく。
「光輝くんと、すずちゃん、よね。わざわざ来てもらってごめんなさい。あと花火も……」
翼くんのお母さんらしき女性が言う。
「……いいんです。それより翼は……?」
光輝くんが恐る恐る尋ねると、お母さんは困ったように目を伏せて、それから言った。
「病院に運ばれてすぐに手術をして、なんとか命は助かったの。今は、麻酔で眠っているだけ。でも、足が……」
「足……?」
彼の足に何重にも巻かれた包帯は、怪我の酷さを私たちに嫌というほど実感させた。
「翼の足が、どうかしたんですか……?」
光輝くんが聞く。翼くんのお母さんは、ゆっくりと首を横に振り、そしてあまりに理不尽で残酷な現実を、ぽつりぽつりと話した。
翼くんのお母さんの話を簡単にまとめると、事故によって翼くんは脊椎を損傷した恐れがある、らしい。その場合、もう自力で歩くことは困難だという。
私たち二人は言葉を失った。
「そんな……」
頭の中で感情はぐるぐると渦巻いているのに、それを表現する術が見つからなかった。翼くんも、光輝くんさえも、すぐそばにいるはずなのに、私一人だけが何もない空間に一人取り残されてしまったような孤独感に包まれる。
「……翼?」
どのくらい時間が経ったのかはわからない。光輝くんの声で、私は現実へと引き戻された。
翼くんの方を見やると、彼はしっかりと目を開けている。
「翼くん……!」
光輝くん、翼くんのお母さん、そして私の三人が一斉に翼くんのもとへと駆け寄った。翼くんのお母さんが素早くナースコールを押し、すぐに看護師さんたちが入ってきた。
「とりあえず、翼の意識が戻ってよかった」
帰り道、二人で並んで歩いていると、光輝くんがそうこぼした。
「……そうだね」
今日起こった全てのことに対してなにが正解なのか、私にはわからなかった。
「……すずちゃん、大丈夫?」
光輝くんが、心配そうに私の顔を覗き込む。彼の顔を見て、気付けば、涙が溢れていた。
それを見て、光輝くんは一瞬焦ったような顔をした。でもすぐにいつもの優しい表情に戻って、私をふわりと抱き寄せる。
彼の腕の中は温かくて、肩の力が抜けたような気がした。そのせいか、涙が止まらなくなってしまう。
「大丈夫だよ、すずちゃん」
彼は、自身の浴衣が濡れてしまうのを気にもせず、私に何度も声をかけ、落ち着くまで抱きしめ続けてくれた。
「…光輝くん、ごめんね。もう大丈夫」
私がそう言うと、彼はゆっくりと離れた。温もりが消えていくことになぜか寂しさを覚える。
「そっか、よかった」
「ありがとう。でも浴衣が……」
「あぁ、いいの、気にしないで。全然大丈夫だから」
その後、彼は私を私の家の前まで送り届けてくれた。彼にもう一度丁寧にお礼を言って、家の中に入ろうとすると、彼に呼び止められる。
「すずちゃん!」
振り返ると、彼は真っ直ぐに私を見ていて、その目からは何らかの強い意志のようなものが感じ取れる。
「翼が歩けなくなろうとどうなろうと、俺たちの関係は何も変わらないから。だから、大丈夫だよ。今は、あいつのためにも、今まで通り一緒にいるのが一番だと、僕は思うよ」
「……うん」
「また、何かあったらいつでも連絡してね。じゃあ、おやすみ、すずちゃん」
「うん、ありがとう、光輝くん。おやすみなさい」
私の返事ににっこりと微笑むと、そのままくるりと背を向けて帰っていった。どんどん小さくなっていく彼の後ろ姿を見つめる。ふと空を見上げると、光の花々の散った真っ暗な空が果てしなく広がっていた。
あの日から、約一週間が経った。私は何をする気にもなれず、自分の部屋の中で一人、時間を持て余していた。夏休み中で学校もないから、翼くんはもちろん、光輝くんとも会っていない。事故の次の日に、翼くんはしばらくの間入院になる、というメッセージが光輝くんから来て以来、連絡すら取っていなかった。これは、今までの私たちなら絶対にありえない。でも、今はまだ自分の中でも咀嚼しきれていなくて、どうしようもなかった。
ふと、いつかの三人での帰り道を思い出す。
花火が好き、と言っていた翼くん。
夏の終わりは8月31日だと言っていた翼くん。
私たちと花火大会に行くのを楽しみにしていた翼くん。
思い出すのは、笑顔の彼ばかりだ。
病室で、力なく横たわっていた彼の姿を思い出す。それだけで次々と浮かんできてしまったネガティブな感情を、ぶんぶんと頭を振って追い出した。
「……翼くんと、花火見たかったな」
私たちが行く予定だった花火大会は、毎年花火大会の中でも後半に行われるものだった。だから、今年はもう、三人で花火を見ることは難しい、ということになる。
「……!」
そこでふと、あることを思いつく。私は慌ててスマートフォンを手に取った。
「翼くん!」
「……すず?」
「すずちゃん? どうしたの、そんなに慌てて」
二日後、翼くんの病室に入ると、そこにはちょうどお見舞いに来ていたのであろう光輝くんもいた。彼の隣に当たり前のように置かれた車椅子に、涙が出てしまいそうになるのを必死に堪える。
「翼くん、まだ間に合うよ! 夏はまだ終わってない!」
「え?」
翼くんは何のことかわからない、とでもいうように私を見ている。その瞳にはどこか諦めのようなものも見えた。
調べてみると、今年の夏の花火大会はあれが最後ではなかった。8月31日にも、近くで小規模ではあるものの花火が上がるお祭りがあったのだ。
「調べてみたら、花火大会はまだあったの! 8月31日にも、花火は上がるの! だから、三人で一緒に行こう? 私と光輝くんで、車椅子でも見られる場所を探すから!」
病室内にもう何度目かの静寂が流れる。光輝くんも、心配そうに翼くんの様子を窺っていた。
「……から、もう」
「え?」
最初に沈黙を破ったのは、翼くんだった。でも、今日の翼くんはどこか、いつもとは違う雰囲気をまとっている。
「……翼?」
異変に気付いた光輝くんが名前を呼ぶ。そのとき、翼くんが堰を切ったように叫び始めた。
「……もういいから! 花火大会も、……俺なんかと仲良くしようとするのも、全部!」
「……翼くん?」
こんなに取り乱す翼くんを見たのは初めてで戸惑う。私が知っている彼は、いつも冷静で優しい眼差しをしているから。
「翼、何言って、……」
光輝くんは止めようとしたけれど、翼くんの表情があまりに苦しそうで、私も光輝くんもそれ以上何も言えなくなってしまう。
「……もう帰って」
「おい、翼!」
「……すずも、光輝も、もう帰って。あと、もう来なくていいから」
再び、無音が落ちる。その場の空気に耐えられなくて、私は一人、病室を飛び出した。
「……なにやってんの、翼」
「……これでよかったんじゃないの? 光輝にとっても」
「………どういう意味?」
「光輝はさ、すずのことが好きなんでしょ?」
翼がこちらにゆっくりと視線を向ける。
「……追いかけなよ、光輝。今行けば、きっとすずとはうまくいくよ」
「っ、」
「早く行けって!」
なんだったんだろう。翼のために、すずのためにって。今までさんざん自分の気持ちを押し殺してきたのは。
こんなにも脆い関係なら、もっと早くから、ちゃんと気持ちを伝えていればよかったなんて。
「言われなくても追いかけるよ。ただ、その前に一つだけ言っとく」
「……なに」
「もう、遠慮しない。今、はっきりわかった。翼にすずちゃんは渡さない。翼なんかより、僕のほうが絶対すずちゃんを幸せにできる」
「……そうかもな」
「……翼はそれでいいの?」
自分のお人好しさになんだか笑えてきた。
「……は?」
「怪我のこと言い訳にして逃げないでよ! 翼だって、ずっとすずちゃんのこと好きだったんじゃないの…? すずちゃんの気持ちにも、本当は気付いてたんじゃないの?」
「っ、」
僕はずっとずっと前から、翼の気持ちにだって気が付いていたんだよ。僕は翼に背を向けて、もう姿が見えない彼女を追いかけて走り出した。
「すずちゃん」
人気のない公園のベンチに座る彼女を呼ぶ。ここは、昔からすずちゃんがなにかあったときにいつも逃げ込む公園。
「……光輝くん、」
彼女は振り返らなかった。でも、その声で泣いていることは分かった。まぁ、病室を飛び出した時点でだいたい想像はついていたけれど。
彼女に近付いて、隣に腰掛けて。
「ねぇ、すずちゃん、」
嫌われたくなくて、そばにいたくて。ずっとずっと隠してきた。本当は、言い出す勇気が持てなかっただけなのかもしれない。
彼女がそこでやっと僕の方を見てくれた。その目はやはり潤んでいる。
「僕は、すずちゃんのことが好きだよ」
唐突すぎる告白。全く予想していなかったらしい彼女は、ただでさえ大きい目をさらに見開いて固まっている。
「え、光輝くん、え?」
「……全然気付かなかったって顔してる」
「……ごめんなさい」
「うそうそ、冗談だよ」
「えっと、それは、……」
「好きな気持ちは冗談じゃないよ、もちろん」
「……だよね、」
あぁ、やっぱり困らせちゃうか。
「まぁ、別に僕が言いたかっただけだから全然気にしないでくれていいんだけどさ、」
こんなことになるまで、彼女に気持ちを打ち明けられなかった僕は弱い。だからやっぱり、彼女に相応しいのは僕じゃないと思うんだよね。
「光輝くん、」
「……すずちゃん、病室戻りな」
彼女の言葉の続きを聞くのは怖い。それでも、彼女は続きを紡ごうとするのをやめない。
「光輝くん、私、」
言葉に詰まった彼女の目から一粒の涙がこぼれた。
「私は、翼くんのことが好き」
真っ直ぐに、そう言われた。わかってはいたけど、やっぱり辛い。でも、君の前でまでそんなダサい僕は見せたくないから。
「わかってるよ、だからすずちゃん、病室戻りな。すずちゃんと一緒にいるべきなのは、やっぱり僕じゃなくて翼だよ。翼のあれが本心じゃないのは、わかってるでしょ。あいつならちゃんと、すずちゃんの気持ち受け止めてくれるよ。僕が保証する」
最後に強がりを見せた僕に、彼女はゆっくりと首を縦に振った。
「光輝くん、ありがとう」
「どういたしまして。じゃあ、頑張ってね、すずちゃん」
もう一度強く頷いてから、彼女は駆け出した。
「すずちゃん!」
もう一度だけ、彼女を呼び止める。
「もし翼がダメだったらさ、いつでも僕のところに戻っておいで!」
彼女は優しく微笑んで、ありがとう、とだけ言った。
「がんばれ、すずちゃん」
次第に小さくなる彼女の後ろ姿に向かって、思わずそう呟いていた。
すずのことが、好き、だった。
でも俺が、全部台無しにした。
「最低だな、俺……」
病室を出る前の、すずと光輝の表情を思い出す。
自分でも、どうしてあんなことを言ってしまったのかわからない。
でも、もう歩けない俺に、彼女の隣に並ぶ資格はないんじゃないかと思った。車椅子なしでは生活できない人がそばにいるなんて、すずにとって、足枷以外の何物でもないと思った。きっと、俺なんかよりずっと、光輝の方が彼女に相応しいんじゃないかって。
こんなことになるなら、一度くらいちゃんと想いを伝えていればよかった。後悔は尽きない。でも、一度口から出てしまった言葉はもう、なかったことにはできない。
そのとき、廊下から、足音が聞こえてきた。タッタッと、走っているような音は、だんだんと近づいてくる。
「翼くん!」
彼女が、また、病室に駆け込んできた。ついさっき見た光景が出来上がる。
「……どうしたの、すず」
先程の罪悪感と気まずさで、素っ気ない響きになってしまう。
「翼くん、あのね、私、」
肩で息をしながら、彼女は何かを伝えようとする。
「さっきは、勝手なこと言ってごめんね。私、翼くんの気持ち何も考えられてなかった」
思えば、すずはずっとこうだったなって。
「でも、もう来なくていいとか、そんなこと言わないで。私、このままみんなバラバラになるなんて嫌だよ」
彼女は、こんな俺が、どこにいたって必ず見つけ出して手を差し伸べてくれた。
「翼くんの足がどうとか、そんなの関係ない」
すずが一生懸命伝えてくれる言葉のひとつひとつが乾いた心に落ちていく。
「それでね、翼くん、」
でも、待って。こういうことは、ちゃんと俺から言いたいから。
「待って、俺から言わせて」
まさか遮られるとは思っていなかったのか、彼女は不思議そうな顔をした。
「俺は、すずが好き」
彼女が予想外だという顔をするので思わず笑ってしまう。
「ずっと言えなくてごめん。あと、さっきは傷つけてごめん。でも、誰よりもすずのことを想ってる自信があるよ」
彼女の瞳からぽろぽろと涙が溢れてきた。それを優しく指で拭う。
「翼くん、」
「ん?」
彼女は涙で言葉を詰まらせる。俺は彼女の返事をじっと待った。
「――私も、翼くんが好き」
彼女は、花火のように明るく表情を綻ばせた。
8月31日。
車椅子を押す光輝くんの後をついていく。翼くんも、少し緊張した面持ちをしていた。
「……なんか、ごめんね光輝」
「それは、僕が翼の車椅子を押してることに対して? それとも、仲良しカップルの間に挟まれないといけなくなったことに対して?」
光輝くんが茶化して言うと、翼くんは明らかに困ったような顔をする。
「……ごめん」
「気にしないで。僕は大丈夫」
「…ありがとう」
「正直僕は、二人が付き合おうと別れようとどうでもいいんだよね」
光輝くんは大きな声でそう言ったけれど、本心ではない、たぶん。
「でも、二人が付き合おうと別れようと、この三人がバラバラになるのは無理。それだけは絶対無理」
これもきっと、彼なりの優しさなのだろうと思うと、自然と頬が緩んだ。
「わかってるよ」
翼くんも同じ気持ちなのか、笑って言った。
「ところで光輝」
「んー?」
「まさか、これ登るの?」
翼くんが車椅子に乗ったままでも行けるような場所。できれば、他の人がいないところがいい。それで光輝くんが場所を見つけてくると買って出てくれた。でも、場所に関しては光輝くんに一任していた私たち二人はまだどこなのか知らなくて、促されるままここまで来たのだけれど。
目の前にあるのは、長い長い階段。頂上なんて見えやしない。
「光輝くん、さすがにこれは…」
「どうせ見るならさ、高いとこの方がいいでしょ。ってことで、」
そんな不思議な理論を自信満々に言うと、彼は車椅子を一度固定して、翼くんをひょいっと持ち上げた。
「は!?」
突然のことに驚いた翼くんが声をあげる。
「大丈夫。上まで行ったらちゃんとベンチあるから」
「そういう問題!?」
そのまま、翼くんを抱えてスタスタと階段を登り始める。私は車椅子を近くの邪魔にならないところに移動させ、二人の後を追った。
10分後、頂上には小さな神社があった。まだまだ余裕そうな光輝くんは、気疲れしてしまったらしい翼くんをベンチに座らせる。
「っていうか翼、軽すぎじゃない? もっとちゃんと食べなよ」
「……お前の力が強すぎるんだよ」
「大丈夫? 二人とも」
「全然余裕。ありがとう、すずちゃん」
「俺意外と大丈夫じゃないかも……」
ただついてきただけの私とただ抱えられていただけの翼くんでも結構疲れたのに、何事もなかったかのように笑う光輝くんは怖い。細いのに、どこにそんな力があるというのか。
「ねぇ翼、すずちゃんも。前。見てみて」
「え?」
翼くんが顔を上げる。私もそれにならうと、そこからは夜空だけでなく、街中を一望することができた。
「ね、見晴らしもいいし、人も全然いないし。いい場所でしょ?」
光輝くんがそう悪戯っぽく笑う。
「すごい、綺麗」
花火はまだ上がっていないのに、思わずそう呟いた。
「ほんと、綺麗だな」
翼くんもその光景に目を奪われている。
「三人で、見られてよかった――」
翼くんの声は、打ち上がった花火にかき消された。
「あ、」
星が瞬く空に大きな一輪の光の花が咲いた。次々と打ち上げられる花火に、私たち三人は歓声を上げる。
色とりどりの光に照らされた彼の横顔が、綺麗だと思った。
「ありがとう、すず。誘ってくれて」
翼くんが私の目を真っ直ぐに見て言った。私は大きく頷く。
「また来年も、三人でここで見たいな」
「そうだね。――」
高校二年生、夏。
この夏、私たちは必死に今を生きた。
来年も、その先も、またきっと。
秋の訪れを感じさせる風が、夜空に溶けた。