魔法学院は、文字通り魔法を学ぶところだ。
 しかし、なにもかも魔法だけに特化しているわけではない。

 歴史を学ぶ授業もあれば、算術を学ぶ授業もある。
 それだけではなくて、運動をすることもあるし、道徳について学ぶこともある。

 時に、まったく関係ない知識や技術が魔法の力を伸ばす時もあるし……
 なによりも、いくら優れた魔法使いでも、一般知識、教養が備わっていない人物なんて、どんなところにいっても役に立つわけがない。

 なので学院では、基本は魔法がメインではあるが、その他、幅広い教育が行われている。
 部活動もその一環で、生徒達が自主的に学び、自主的に部を運営することに意義があるとされて、積極的に取り組んでいる。

 そんなわけで、新しい部の設立許可は簡単に降りた。
 魔法を研究する部という、ありきたりなテーマであり、他の部とかぶるところが多いものの……
 そこは学院の懐が深く、人数が揃っているということもあり、許可してくれた。

 ただ一つ、問題があった。

「顧問かぁ……」

 設立許可は降りたのだけど、まだ活動許可は降りていない。
 顧問がいなければ部活動を行うことはできないのだ。

 そう説明されて、顧問を見つけるように言われてしまった。

「うーん、どうしたもんかな」
「な、悩ましい問題ですね……」
「いざとなったら、そこらの適当な教師を掴まればいいのではないかしら?」

 食堂で昼ごはんを食べながら、フィアとシャルロッテと一緒に頭を悩ませる。

 普通に部活を設立するなら、シャルロッテが言うように適当な教師で構わないんだけど……
 俺達の場合は、魔王に対抗する、っていう目的がある。
 そのことはなるべく外に知られたくない。

 そうなると、適任者は……

「やっぱり、ローラ先生かな」

 すでに事情を知っている。
 協力も申し出てくれている。

 それに、ローラ先生はとても実力のある魔法使いだ。
 俺では教えられないことをみんなに教えてくれるだろう。
 戦いも、いざという時は頼りになるかもしれない。

 ただ……

 なんだろうな?
 うまく言葉にできないのだけど、本当にいいのだろうか? という迷いがあった。

 なぜ、そのような迷いを抱いてしまうのか?
 それは、俺自身も説明することができない。

 悩みつつ、一人、廊下を歩く。
 すると、どういう因果なのか、当のローラ先生が向かいから歩いてきた。

「あら、ストライン君」
「えっと……こんにちは、ローラ先生」
「まだ帰っていなかったの? それとも、最近、部活を設立しようとがんばっているみたいだけど、その関係かしら?」
「はい、まさにその通りで……」

 こうして話をしていると、さっきまでの迷いが嘘のように消えていく。
 気にしすぎだったかな?

「実は今……」

 周囲に人がいないことを確認してから、魔法研究会についての話をした。

「……というわけで、顧問をしてくれる先生を探しているんです」
「ストライン君、あなたはまた……そういう危険なことを」

 魔法研究会の本当の目的も話した。
 ローラ先生は、先の事件で、ある程度の事情を知っているため、隠さない方がいいと判断した。

「大人に任せて……といっても、そういうわけにはいかないんですね」
「はい。事が事なので、まずは信頼できる人からでないと……それに、自分で言うのもなんですけど、わりと荒唐無稽な話ですからね。信じてもらえるかどうか」
「そうですね……」
「なので、今は、こうしてコツコツと進めていくしかないのかな、と」

 ローラ先生の表情は厳しいままだ。
 ダメか……?

「一つ、聞かせてくれませんか?」
「はい」
「どうして、そこまでするんですか?」

 そう尋ねるローラ先生は、心底不思議そうにしていた。

「無関係というわけではありませんが……でも、そういうことは、本来、大人に任せるべきでしょう? 個人ではなくて国がやるべきことです。それなのに、ストライン君は自分の手で解決することを望んでいるように見えました……なぜですか?」
「それは……」

 前世から続く因縁に決着をつけたい?
 それとも、新しくできた大事な人達を守りたい?

 どれも正しく、どれも間違いのような気がした。

 俺は……

「……正しくありたいと、そう願っているからでしょうか」
「正しく?」
「逃げることなく、問題と対峙する……そうすることで、俺は、今度は正しいことをしたいんです」

 前世は力を求めるだけで、周りのことをなにも考えていなかった。
 どうしようもない失敗だ。

 だから、今度は……

「道を間違えることなく、歩いていきたいと思っています」
「……そう」

 どんなことを思ったのだろうか?
 ローラ先生は無表情に小さく頷いた。

 ややあって、いつもの優しい顔に戻る。

「わかりました。顧問は、私が引き受けましょう」
「いいんですか?」
「事情を知る教師は他にいませんし、それに、ここまで事情を知る以上、他の人に任せることもできませんからね」

 やはり頼りになる人だ。
 ただ……

 いや。
 気のせいだろう。

「これからよろしくお願いしますね」
「はい、こちらこそ!」

 俺とローラ先生は笑顔で握手を交わして……
 こうして、正式に魔法研究会が発足するのだった。