転生賢者のやり直し~俺だけ使える規格外魔法で二度目の人生を無双する~

 休日。
 街に出て、広場の噴水の前に移動した。

 この噴水は大きくて綺麗で、よく待ち合わせに利用されている。
 かくいう俺も待ち合わせが目的だ。

「たぶん、そろそろ時間なんだけど……」
「お兄ちゃん!」

 ぽすっ、と横になにかがぶつかる感触。
 見ると、にこにこ笑顔のエリゼが俺の右腕に抱きついていた。

 ちょっと痛い。
 いや、かなり痛い。
 ギシギシと骨がきしんでいるみたいだ。
 エリゼはそろそろ、エリクサーのおかげで身体能力が強化されていることを自覚した方がいい。
 迂闊に抱きつかれたら、そのまま吹き飛びかねないぞ。

 ……なんてこと、可愛い妹に言えるわけがないので、笑顔を返す。

「おはよう」
「はい! おはようございます、お兄ちゃん。それと、おまたせしました」
「大して待ってないよ。約束の時間にはなっていないし、問題はない」
「むぅ……ダメですよ、お兄ちゃん」

 なぜかエリゼが頬を膨らませる。

 俺、なにか失敗しただろうか?

「こういう時は、俺も今来たところだよ、って言わないと」
「なんだ、そのベタベタな展開は」
「女の子はそういうベタな展開が好きなんです。大好物なんです」

 そうなのか?

 アラム姉さん。
 アリーシャやシャルロッテ。

 身の回りの女の子を思い浮かべるが、あの三人が好きなようには思えない。
 むしろ、さっさと来い、というような感じだろうか?
 フィアは好きかもしれないな。

「というわけで、もう一回です。トライアゲイン」

 エリゼがタタタ、と俺から離れた。
 え?
 まさか、待ち合わせからやり直すの?

「お兄ちゃん、おまたせしました」

 そのまさかだったらしく、エリゼは何事もないように最初からやり直した。
 ウチの妹、時折、奇妙な行動に出るんだよなあ。

「待ちましたか?」
「えっと……いや。俺も今来たところだよ」
「……」
「エリゼ?」
「はっ!? す、すいません。お兄ちゃんとのデートの幸せを噛み締めて、ついついぼーっとしてしまいました。はふぅ、幸せです」

 そんな大げさな、と思うのだけど……
 エリゼは至って真剣らしく、とても満ち足りた表情を浮かべていた。

 今日は訓練は休みだ。
 呪いも解除してる。
 そんな日になにをするのかというと……飴だ。

 つまり、ご褒美。
 1週間を耐え抜いたから、俺のことを1日、好き放題にしていいことになった。
 ……なってしまった。

 まあ、無茶な要求でなければ、できる限り要望には応えたいと思う。
 元々、無茶な話をしているのは俺の方だし……
 息抜きになるのなら、俺にできることはしたい。

 エリゼは、俺とのデートを希望した。
 同じ部屋なのだから待ち合わせをする必要はないのだけど、ここは大事なポイントです! と待ち合わせをすることになり……
 そして、今に至る。

「それじゃあ、行くか」
「あ、あの……お兄ちゃん」
「うん? どうした?」

 もじもじと恥ずかしそうにしながら、エリゼがそっと問いかけてくる。

「えっと……手を繋いでもいいですか?」

 すでにエリゼの方から腕を組んできているのだけど……
 という野暮なツッコミはなしにしておいた。

「ああ。ほら」
「わぁ♪」

 手を差し出すと、エリゼはとびっきりの笑顔を浮かべた。
 そして、猫がじゃれついてくるような感じで、手を繋いでくる。

「お兄ちゃんの手、温かいですね」
「そういうエリゼの手は冷たいな」
「むぅ。私の心が冷たい、って言いたいんですか?」
「被害妄想だ。というか、逆だろ? 手が冷たい人は心が温かい、って言われてないか?」
「そうでしたっけ?」
「そうだよ。違っていたとしても、エリゼが冷たい子なんて思ってないさ。エリゼは誰よりも優しくて、温かい子だよ」
「……お兄ちゃん……」

 エリゼがぼーっと俺を見つめて……
 やがて、破顔した。

「よかったです。やっぱり、お兄ちゃんはお兄ちゃんですね」
「うん? どういう意味だ、それ」
「えっと……ここ最近の、先日の事件以降のお兄ちゃんは、どこかいつもと違っていて……なんていうか、ピリピリしてて余裕がないように見えました」

 鋭い。
 さすが、俺のことをよく見ているな。

 少しずつ魔王に近づいていて……
 そして、そう遠くない内に、その正体に辿り着くだろうと予測していた。
 だから、ちょっと緊張しているんだろうな。

「本音を言うと、どうお兄ちゃんに接していいかわからない時もあって……ちょっと寂しかったです」
「そっか……ごめんな」
「いいえ、気にしないでください。お兄ちゃんはお兄ちゃんということが、今、はっきりと実感できましたから」
「だから、それはどういう意味なんだ?」
「ちょっとだけピリピリしていても、でもでも、お兄ちゃんの根っこの部分はなにも変わっていなくて……優しくて、世界で一番頼りになるお兄ちゃんのままでした」

 エリゼは一度、俺から離れた。
 俺の前に回り込み……
 じっと目を合わせてくる。

「お兄ちゃんの目も、今まで通り優しい感じです」
「目が優しいって、そんなことわかるのか?」
「わかりますよ。私は生まれてからずっと、お兄ちゃんのことを見てきたんですからね。お兄ちゃん観察の第一人者です」

 そんなよくわからない観察はやめていいぞ?

「つまり、私がなにを言いたいのかというと……」

 再びエリゼが抱きついてきた。
 手を繋いで、キラキラと輝くような笑顔と共に言う。

「お兄ちゃんは、私の大好きなお兄ちゃんのまま、ということです!」
「なるほど」

 わかるようでわからない話だ。

 でも……
 なんだか、少し、胸が軽くなったような気がした。

「時間がないし、そろそろ行くか」
「ふぇ?」
「デートだよ。今日は、二人で遊ぶんだろ?」
「……はい!」

 ……その日は、日が暮れるまでエリゼと二人で遊んで遊んで遊び倒した。
 翌日……二日目の休日。

 今日もご褒美の日だ。
 相手はアリーシャ。
 どんなお願いをされるのだろうか?
 思わず身構えてしまったのだけど……

「……なにこれ?」

 学院の訓練場。
 そこで模造剣を手にして、アリーシャと対峙していた。

 アリーシャもまた、模造剣を手にしていた。
 心なしか、普段と比べて表情が輝いている気がした。

 ……刃物を持っているからだろうか?

「さあ、いくわよ!」
「ちょっと待った」

 いきなり踏み込んでこようとしたアリーシャに、慌ててストップをかけた。

「どうしたのよ?」
「この状況は、いったいなんなんだ? わけがわからない。まずは説明をしてくれ」
「説明もなにも……する必要あるの?」
「あるから聞いているんだよ」
「まったく……レンって、妙なところで鈍いのね」

 ほっとけ。

「訓練場で模造剣を手に対峙する。これを訓練と言わず、なんていうと思う?」
「まあ……訓練以外のなにものでもないな」
「なら、わかるでしょう?」
「いや、待て。わからない」

 今日は、アリーシャのお願いを聞くという話だったはずだ。
 いつもの訓練もなし。

 それなのに、なぜ訓練をすることに?

「決まっているじゃない。あたしのお願いは、レンに稽古をつけてもらうことだから……よ」
「稽古? え、なんで?」
「もっともっと強くなりたいの」
「もしかして……この前の結果、気にしてるのか?」

 1週間、呪いの負荷に耐えた後……
 エリゼだけじゃなくて、みんなも魔法の試し撃ちをした。

 結果、全員が今まで以上の数値を叩き出したのだけど……
 アリーシャは大幅に上昇することはなくて、予想内の範囲で終わった。

 俺の推理は的中らしく、アリーシャが苦い顔をする。

「あたしだけ遅れているの。このままだと、みんなの足を引っ張ってしまうわ。それだけじゃなくて、レンに迷惑をかけてしまうかもしれないし……それだけは避けたいの」
「気にすることはないと思うんだけど……成長には個人差があるから、これも想定内だ。たぶん、これから巻き返すような勢いで、一気に成長していくと思うぞ」
「そうだとしても」

 アリーシャが模造剣を構える。

「今できることをしておきたいの。そのために、今日一日、レンにみっちりと稽古をつけてもらいたいの」

 ものすごく真面目な子だ。
 それでいて、努力を重ねることを怠らない。

 この調子なら、アリーシャはとんでもない成長を遂げるのではないか?
 魔法剣という隠し玉も持っているし、一番の有望株かもしれない。

 そう思うと、ちょっとわくわくしてきた。
 魔王を倒すという使命の他に……
 ごくごく単純に、強くなる、という言葉に俺は弱い。
 そして、それをとても魅力的に思う。

「わかった。そういうことなら、いくらでも付き合うよ」
「ありがと。お願いするわね」
「ああ。それじゃあ……やろうか」
「ええ!」

 共に駆けて、模造剣を振り下ろした。



――――――――――



「ふぅ……」

 あれから3時間……ずっと稽古をした。
 剣技、魔法、戦闘技術……ありとあらゆることをアリーシャに叩き込んだ。
 その全てを、乾いた砂が水を吸収するように、アリーシャは己のものにした。

 この短時間で、さすがに全てを伝えることはできないが……
 それでも、かなりの成長ができたのではないかと思う。

 さすがというか、なんというか……
 アリーシャって、とんでもない女の子だな。
 その力。
 その才能。
 とんでもなく優れている。
 俺よりも上かもしれない。

 とはいえ、さすがに疲れたらしい。
 休憩を取ることになり……
 アリーシャは汗をたっぷりとかいて、床の上に座り、肩で息をしている。

「ほい、おつかれ」

 タオルとドリンクを渡す。

「ありがとう」

 アリーシャはタオルで顔を拭いて、それからドリンクを口にした。
 一気に半分くらいを飲んで、とてもスッキリとした顔になる。

「はぁあああ……生き返るわ。レンも立ってないで、座れば?」
「そうするよ」
「ちょっ……!?」

 アリーシャの隣に座ると、なぜか赤くなってしまう。
 ものすごく慌てているというか、気まずそうにしていた。

「どうした?」
「いや、だって……今のあたし、汗臭いし……そんなに近くに来たら……」
「稽古の後なんだから、汗をかいているのは当たり前だろ? そんなこと、俺は気にしないさ。それに……汗をかいていたとしても、アリーシャはとてもいい匂いがすると思うけど。それは努力の証なんだから、俺は好きだな」
「なっ?!」

 フォローをしたつもりなのだけど、なぜか、アリーシャがさらに赤くなってしまう。
 慌てた様子で俺から顔を背けて、ぶつぶつとつぶやく、

「す、好きとか……もうっ、レンはそういうことを簡単に……」
「アリーシャ?」
「こ、こっち見ないで。今のあたし……たぶん、ダメダメな顔をしてるから」
「なんでだよ?」
「なんでも! とにかく、こっちを見たらダメよ。ダメだからね!?」
「それって、見ろっていうフリ?」
「違うわよ!」

 なぜか怒られてしまうのだった。
 思春期の女の子って、よくわからない……
 後日、フィアとシャルロッテのお願いも聞いて……
 ひとまず、リフレッシュタイムは終了した。

 再び鍛錬を重ねる日々だ。
 呪いをかけて、魔力の向上を計る。

 何事もなく日常生活を送ることができて、さらに、普通に魔法が使えるようになれば、魔力が大幅に上昇するだろう。
 それで、特訓の第一段階が終了だ。
 みんなは才能があるから、あと1~2週間くらいで第一段階が完了するかもしれない。

 そんな時……
 別の方面で問題が起きた。

「教室の不法占拠?」

 放課後。
 いつものように空き教室に集まると、アリーシャがそんなことを言い出した。

「一部の学生が空き教室を勝手に使っている、って噂になっているわ」
「そんないけない学生さんがいるんですか?」
「あたしたちのことよ」
「ふぇ?」

 エリゼが天然を炸裂させて、アリーシャがツッコミを入れた。

「どこでそんな噂を?」
「ここに来る途中にある教室の生徒と……あと、一部の教師の耳にも届いているみたい」
「うーん、それはまずいね。ボク達のやっていること、なるべく他の人に知られたくないんだよね」

 魔法使いとして、相当のレベルアップを計る。
 そんなことが可能だと知られたら、多くの生徒が詰めかけてきそうだし……
 学院も放っておかないだろう。
 騒動がさらに大きくなると、国も動くかもしれない。

 ただ、俺は前世の知識、技術を不用意に広めるつもりはない。
 みんなに対しては、一緒に魔王と戦う仲間として教えているが……
 それはあくまでも例外であって、世間に浸透させるつもりはない。

 というのも、急激な技術の発展はどこかで歪みを生むものだ。

 例えば……
 この国の魔法使い達に、俺の知る知識、技術を与えたとする。
 ただ知識が深くなるだけではなくて、当然、軍備力も強化されるだろう。
 愚かな王だとしたら、欲にかられて他国への侵略戦争を始めるかもしれない。

 そんな感じで、急激な発展や強い力を与えることは、どこかで歪みを生む可能性がある。

 だからこそ俺は、技術を秘匿している。
 魔王に関する知識も隠している。

 ローラ先生など、一部、開示したものの……
 それは、一人ではどうしようもならないと判断したからだ。

 それに、ローラ先生は賢い人だ。
 うまくやってくれるだろう。

「あ、あの……このままだと、わたし達、どうなるんでしょうか?」

 フィアが不安そうに言う。
 少し考えてから、アラム姉さんが口を開く。

「そうね……それほど大きな問題にはならないと思うわ。せいせいが、口頭での注意、というところかしら? ただ、この空き教室は使えなくなるでしょうね」
「むぅ、それは困りますわね。ここでみなさんで集まるの、わたくし的にはそれなりに気に入っていたのですが」

 シャルロッテがそんな風に考えていたなんて、ちょっと意外だった。
 なんだかんだで、仲間意識が生まれているのかもしれない。
 誤解されやすいところはあるが、根は良いヤツだからな。

「うーん、どうしたらいいのかな?」

 突如降って湧いた問題に、メルも頭を悩ませていた。
 同じく、俺も悩ませていた。

 魔法に関することなら、それなりに力になれる自信はあるが……
 こういうことは別問題だからなあ。

「えっと……別の場所を探してみる、というのはどうでしょうか?」

 エリゼがそう提案した。
 その案に、アリーシャが難しい顔をする。

「他にいいところなんてあるかしら?」
「ぱっとは思いつかないよな。
「それ。特に考えることなく、この教室を使っていたけれど……今になって考えてみると、かなり良い場所なのよね、ここ」

 人気がないし、来客もない。
 広さはそこそこ。
 学院内なので頑丈だし、話が外に漏れることもない。
 簡単な訓練ならここですることもできる。

 秘密の作業をするにはうってつけの場所なのだ。

「いっそのこと、噂とか気にせず使っちゃえばいいんじゃないかしら? 誰にわたくしの行動を止めることはできませんわ!」
「あのな……そんなことをして、噂が大きくなってみろ。いずれ先生の間でも問題視されて、ここの出入りが禁止されるぞ」
「こっそりと使い続ければよくなくて?」
「よくない」

 どうして、シャルロッテは悪い子の発想なのかなあ。
 貴族のお嬢様じゃないのかよ。
 ひねくれものの不良生徒みたいだぞ。

「……いっそのこと、部活を設立するか」

 ふと、そんなことを閃いた。

「部活……ですか? お兄ちゃん、それはどういう?」
「そのまんまの意味だよ。部活を設立して、ここを部室にしてしまうんだ。そうすれば不法占拠なんて言われないし、正当性を訴えることができるだろ? 先生にも問題視されることはないはずだ」
「な、なるほど……はい。わたしは良いアイディアだと思います!」

 最初にフィアが賛成をして……
 次にエリゼ、アラム姉さん、アリーシャ、シャルロッテというように、次々とみんなが賛成してくれた。

「よし、なら決まりだな」
「でもでも、部活といってもどんな部活を作るんですか?」

 そこが悩みどころだ。
 まさか、魔王と戦うための部活、なんてものにはできない。
 そんな名前で申請しても却下をくらうのがオチだ。

「部活は今思いついたことだから、詳細は考えてないんだよな。なにか良い案はないか?」
「うーん」

 みんな、腕を組んで考える。

「そうね……剣術部とかどうかしら?」
「アリーシャは剣が好きだからな。でも、そうなると外の活動がメインにならないか?」
「そう言われると、そうね……」

 剣術部という名前がついているのに部屋にこもっていたら、それはそれで不審に思われてしまいそうだ。

「お菓子部」
「それ、メルが食べたいだけじゃないのか?」
「貴族の作法を学ぶ貴族部」
「変な勘違いをされそうだからイヤだ」
「お兄ちゃんとらぶら部」
「意味がわかないけど、ちょっとうまいこと言うな」

 ダメだ。
 一向に話が決まらない。

 そんな時、アラム姉さんが挙手した。

「魔法研究会、っていうのはどうかしら?」
「魔法研究会……」
「ありきたりだけど、でも、そういう名前なら本来の趣旨と外れていないでしょう? 学院の趣旨にも合っているから、通りやすいと思うわ」
「確かに」

 ……うん、いいんじゃないか?

 アラム姉さんの言うことはもっともで、これ以上ないくらいの名案に思えた。
 ひねくれたものを考えるよりは、シンプルなものの方がいいだろう。

「みんなはどう思う?」

 特に反対意見はない様子で、笑顔が返ってきた。

「よしっ、それじゃあ、魔法研究会ってことでいこうか!」
 魔法学院は、文字通り魔法を学ぶところだ。
 しかし、なにもかも魔法だけに特化しているわけではない。

 歴史を学ぶ授業もあれば、算術を学ぶ授業もある。
 それだけではなくて、運動をすることもあるし、道徳について学ぶこともある。

 時に、まったく関係ない知識や技術が魔法の力を伸ばす時もあるし……
 なによりも、いくら優れた魔法使いでも、一般知識、教養が備わっていない人物なんて、どんなところにいっても役に立つわけがない。

 なので学院では、基本は魔法がメインではあるが、その他、幅広い教育が行われている。
 部活動もその一環で、生徒達が自主的に学び、自主的に部を運営することに意義があるとされて、積極的に取り組んでいる。

 そんなわけで、新しい部の設立許可は簡単に降りた。
 魔法を研究する部という、ありきたりなテーマであり、他の部とかぶるところが多いものの……
 そこは学院の懐が深く、人数が揃っているということもあり、許可してくれた。

 ただ一つ、問題があった。

「顧問かぁ……」

 設立許可は降りたのだけど、まだ活動許可は降りていない。
 顧問がいなければ部活動を行うことはできないのだ。

 そう説明されて、顧問を見つけるように言われてしまった。

「うーん、どうしたもんかな」
「な、悩ましい問題ですね……」
「いざとなったら、そこらの適当な教師を掴まればいいのではないかしら?」

 食堂で昼ごはんを食べながら、フィアとシャルロッテと一緒に頭を悩ませる。

 普通に部活を設立するなら、シャルロッテが言うように適当な教師で構わないんだけど……
 俺達の場合は、魔王に対抗する、っていう目的がある。
 そのことはなるべく外に知られたくない。

 そうなると、適任者は……

「やっぱり、ローラ先生かな」

 すでに事情を知っている。
 協力も申し出てくれている。

 それに、ローラ先生はとても実力のある魔法使いだ。
 俺では教えられないことをみんなに教えてくれるだろう。
 戦いも、いざという時は頼りになるかもしれない。

 ただ……

 なんだろうな?
 うまく言葉にできないのだけど、本当にいいのだろうか? という迷いがあった。

 なぜ、そのような迷いを抱いてしまうのか?
 それは、俺自身も説明することができない。

 悩みつつ、一人、廊下を歩く。
 すると、どういう因果なのか、当のローラ先生が向かいから歩いてきた。

「あら、ストライン君」
「えっと……こんにちは、ローラ先生」
「まだ帰っていなかったの? それとも、最近、部活を設立しようとがんばっているみたいだけど、その関係かしら?」
「はい、まさにその通りで……」

 こうして話をしていると、さっきまでの迷いが嘘のように消えていく。
 気にしすぎだったかな?

「実は今……」

 周囲に人がいないことを確認してから、魔法研究会についての話をした。

「……というわけで、顧問をしてくれる先生を探しているんです」
「ストライン君、あなたはまた……そういう危険なことを」

 魔法研究会の本当の目的も話した。
 ローラ先生は、先の事件で、ある程度の事情を知っているため、隠さない方がいいと判断した。

「大人に任せて……といっても、そういうわけにはいかないんですね」
「はい。事が事なので、まずは信頼できる人からでないと……それに、自分で言うのもなんですけど、わりと荒唐無稽な話ですからね。信じてもらえるかどうか」
「そうですね……」
「なので、今は、こうしてコツコツと進めていくしかないのかな、と」

 ローラ先生の表情は厳しいままだ。
 ダメか……?

「一つ、聞かせてくれませんか?」
「はい」
「どうして、そこまでするんですか?」

 そう尋ねるローラ先生は、心底不思議そうにしていた。

「無関係というわけではありませんが……でも、そういうことは、本来、大人に任せるべきでしょう? 個人ではなくて国がやるべきことです。それなのに、ストライン君は自分の手で解決することを望んでいるように見えました……なぜですか?」
「それは……」

 前世から続く因縁に決着をつけたい?
 それとも、新しくできた大事な人達を守りたい?

 どれも正しく、どれも間違いのような気がした。

 俺は……

「……正しくありたいと、そう願っているからでしょうか」
「正しく?」
「逃げることなく、問題と対峙する……そうすることで、俺は、今度は正しいことをしたいんです」

 前世は力を求めるだけで、周りのことをなにも考えていなかった。
 どうしようもない失敗だ。

 だから、今度は……

「道を間違えることなく、歩いていきたいと思っています」
「……そう」

 どんなことを思ったのだろうか?
 ローラ先生は無表情に小さく頷いた。

 ややあって、いつもの優しい顔に戻る。

「わかりました。顧問は、私が引き受けましょう」
「いいんですか?」
「事情を知る教師は他にいませんし、それに、ここまで事情を知る以上、他の人に任せることもできませんからね」

 やはり頼りになる人だ。
 ただ……

 いや。
 気のせいだろう。

「これからよろしくお願いしますね」
「はい、こちらこそ!」

 俺とローラ先生は笑顔で握手を交わして……
 こうして、正式に魔法研究会が発足するのだった。
 みんなの訓練を始めて……
 魔法研究会を設立して……
 そろそろ一ヶ月が経とうとしていた。

 訓練は順調だ。
 基礎魔力が大幅に向上して、エリゼは3倍という数値を叩き出している。

 初期の頃の伸び代と比べると低いと思われるかもしれないが……
 これでも驚くほどの量だ。
 これだけの短期間で基礎魔力が3倍になった人なんて、普通はいない。

 他のみんなも似たような数値を叩き出している。
 ただ、さすがに伸び代が少なくなってきた。
 その原因はすぐに判明した。

 呪いをかけることで、わざと過負荷を与えて基礎魔力の促進を促してきた。
 ただ、みんなの体が呪いに対する耐性を獲得しはじめたのだ。
 そのせいで大きな過負荷がかかることはなく、魔力の伸びも低くなってしまう……という珍事が発生した。

 さすがに、これは俺も予想外だった。
 まさか、呪いに対する耐性が生まれるなんて。

 うん。
 実に興味深い事例だ。
 今度、暇を見つけて研究をしたい。

 それはともかく。

 もっと強力な呪いをかけてみようか?
 いや。
 それはやめておこう。
 さすがに危険が出てくるかもしれない。
 別の方法がいいだろうな。

 さて、どうしたものか?

 そうやって頭を悩ませていたのだけど……
 それとは別に、悩みの種がもう一つ、増えることになった。



――――――――――



「クラス間の対立?」

 そんな話を聞いたのは、とある日の放課後のことだった。

 いつものように部室へ行こうとしたのだけど、その日は、残念ながら掃除当番が入っていた。
 クラスメイトと一緒に掃除をしていたのだけど……
 その最中、他愛のない世間話をしていたら、ひょっこりとそんな話題が飛び出してきた。

「それ、どういうこと?」
「んー」

 クラスメイトの女の子が、思い出すような仕草をしながら話をする。
 この子も他の子から聞いただけみたいだ。

「私も噂で聞いただけなんだけど……最近、クラス間の対立が深まってきているみたいなの。他のクラスの子とは話をしない、っていうのからはじまって、酷いものだと親の仇のように敵意をたっぷりとぶつけるとか」

 この学院は、成績によって三つのクラスに分かれている。

 下位ランクのガナス。
 中位ランクのシルカード。
 上位ランクのマーセアル。

 俺とフィアとシャルロッテはガナス。
 エリゼとアラム姉さんとアリーシャとメルはマーセナルだ。

 三つのクラスは成績毎に分かれているものの、仲が悪いということはなかった。
 むしろ、互いに足りない部分を補おうと、積極的に交流を図ってきたはずだ。

 時に衝突することはあるものの……
 それはライバルの関係のようなもので、互いを成長させるための要素であり、本気で怒り憎しみを抱くということはない。

 それなのに、どうしてそのようなことが……?
 気になる話だな。



――――――――――



「あ、その話なら私も聞きました」
「同じく」

 掃除を終えて、部室へ。
 エリゼとアラム姉さんとアリーシャがいたのでさっきの話を振ってみると、三人共、コクコクと頷いた。

「そうなのか? 俺、初めて知ったんだけど……そんなに有名というか、話題になっていることなのか?」
「けっこう話題になっていますよ。ガナスの子めー、シルカードの子めー、っていう人、ウチのクラスにたくさんいますし……たぶん、他のクラスも似たようなものだと思いますよ」
「レンが知らないのは、誰も話していないからじゃない?」

 一緒にいたアリーシャが、そう補足した。

「え……俺、そういう話をされないくらい嫌われてるのか……?」
「逆だと思うけどね」
「え?」
「レンは学院で唯一の男だから、そういう話に巻き込みづらいと思うわ。極論だけど、女の嫉妬に似たような内容だから……そういうのって、男に見せるのはためらわれるのよ」
「そういうものか」
「そういうものよ」

 ひとまず納得はした。
 よかった、嫌われているとかじゃなくて。

「なんで対立なんてするんでしょうね?」

 心底不思議そうに言う。
 エリゼの性格からして、無意味に相手に敵意を抱くことはまるで想像できないのだろう。

 そんな純粋無垢なところに、やや不安を覚えるが……
 でも、エリゼは今のままでいいか、という結論に至る。
 なにかあれば俺が守ればいい。

「相手の方が優れていると嫉妬するし、優遇されていると不満を覚えるものよ」

 アリーシャは達観した考えを持っていた。
 学院に入る前に色々とあったから、その分、ややストイックな考え方になっている。
 まあ、それもアリーシャの個性であり、魅力だと思う。

「そういうところは、どうしようもない問題ね」

 その意見に賛成らしく、アラム姉さんは難しい顔で頷いていた。
 過去の自分を思い返しているのかもしれない。

「ふぅ」

 ローラ先生がため息と共に部室に入ってきた。
 魔法研究部の顧問になり、毎日とは言わないが、こうしてちょくちょく顔を見せてくれている。
 しっかりとした先生だ。

「どうしたんですか、先生。ため息なんてついて」
「あら、ごめんなさい。恥ずかしいところを見られちゃいましたね」

 ローラ先生は俺達に心配をかけまいと笑ってみせるが……
 どうしてもぎこちない笑顔になっていた。
 それほどまでに、ローラ先生を悩ませている問題は大きいのだろう。

「先生、なにか悩み事があるんですか?」

 エリゼが尋ねる。
 心配そうな顔をしているから、単なる好奇心ではなくて、純粋にローラ先生のことを気にかけているのだろう。

「ええ、まあ。ちょっと……ね」
「どんな問題なんですか?」
「え? それは……」
「よかったら、教えて下さい。私にできることなんてないかもしれないですけど、でもでも、ひょっとしたらなにかあるかもしれません」
「エリゼさん……」

 エリゼの優しさに触れて、ローラ先生の顔が柔らかくなる。
 エリゼは誰に対しても優しくて……そして、相手の心をほぐすことができる。
 もはや、一種の才能かもしれない。

 すごいぞ。
 さすが俺の妹。
 ちなみに、身内だから褒めているわけじゃないからな?

「実は……ここ最近、クラス間の対立がひどくなっているんです」

 ローラ先生が悩ましげな顔をして口にしたのは、ついさきほどまで俺達が話題にしていた内容だった。
「対立ですか?」

 俺たちの間でも話題になっていたけれど、まさか、先生を悩ませるほどの問題になっていたなんて。
 興味を覚えたので、そのまま話を続けてみる。

「どういうことなんですか? よかったから、聞かせてください」
「んー……あなたたちに話すようなことじゃないんですけど、でも、少しでも情報が欲しいですね」

 迷った末に、ローラ先生は簡単な事情を説明してくれた。

 基本は、三人から聞いた話と変わらない。
 三つのクラスの間で、対立構造が構築されつつあるというものだ。

 今までは互いをライバルとして競いつつも、足りない部分は補ってきたのだけど……
 ここにきて、その構造が変わりつつあった。

 ライバルとして競うのではなくて、相手を敵として認識するようになっており、時にいきすぎた言動を取る生徒がしばしば。
 なにかしら協力を求められたとしても、相手が別のクラスならば、一切、相手にすることはない。
 敵意と不満だけを溜め込むような構造に変化しているらしい。

 ……そんな話をローラ先生から聞くことができた。

「やっぱりというか、俺、知らなかったなあ……」
「まあ、レン君は唯一の男の子ですからね。一部では、レン君に勝手に手を出したらいけないという、抜け駆け禁止協定もあるみたいですし……それ故に、今回の対立からは遠ざけられていたんでしょう」

 え? なにそれ?
 抜け駆け禁止とか、初めて聞いたんだけど。

 アリーシャとアラム姉さんを見ると、顔を逸らされた。
 この反応……二人共知っていたな?

 エリゼは、よくわからないという様子で小首を傾げていた。
 さすがに学年が違うから、エリゼのところまで俺の話は届いていないのだろう。



――――――――――



 その後、フィア、シャルロッテ、メルが合流して……
 部活動という名の特訓に励んだ。

 そうして部活動を終えて……
 空は暗くなり、星が輝くようになっていた。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん。今日はなにが食べたいですか?」
「ん? 食堂に行かないのか?」
「今日は、私がお兄ちゃんにごはんを作ってあげたい気分なんです。もちろん、みなさんの分も用意しますよ」

 こんな感じで、エリゼはちょくちょく俺の面倒を見ようとする。
 病気が治り、元気になってからは、その欲求がどんどん強くなっていた。

 体を動かせることがうれしいのか?
 あるいは、エリクサーのお礼がしたいのか?

 どちらにしても悪いことじゃないので、好意に甘えることにした。

「じゃあ、せっかくだから頼むよ」
「リクエストはありますか?」
「んー……ぱっと思い浮かばないけど、肉料理がいいな」
「お肉ですか……はい、わかりました。他に、一緒に食べる人は?」

 みんなが一斉に手を挙げる。
 仲がいいな。

「わかりました。じゃあ、ちょっとお買い物に行ってきますね」
「え? 今から?」
「部屋にある材料だと、ちょっと心もとなくて。あと、調味料が足りないんですよね」
「そこまでするなら、また今度でも……」
「すぐに街に行けば、まだお店は開いていると思いますから。その分、ちょっと遅くなっちゃいますけど、そこは我慢してもらえるとうれしいです。では、行ってきます!」

 エリゼは勝手に話を終わらせてしまい、一人でタタタと街の方に駆けていった。

 材料や調味料を買わないとダメと知っていたら、頼まなかったんだけど……
 悪いことをしただろうか?

「こら」
「いてっ」

 ぽこん、とアリーシャに小突かれた。

「なにぼーっとしているの? 早くエリゼを追いかけなさい」
「ん? なんで?」
「あのね……エリゼ一人に荷物を持たせるつもり?」
「あ」
「それに、まだそれほど遅くはないけど、暗い夜道を女の子一人で歩かせるものじゃないわ」
「そ、そうだな。わかった、すぐに追いかけるよ! サンキュー、アリーシャ」
「鈍いのもほどほどにしなさいよ」

 なぜか、アリーシャの言葉に他のみんながコクコクと頷いていた。
 俺、鈍いのか……?



――――――――――



「えっと、エリゼは……?」

 エリゼを追いかけて夜の街へ。
 別れてからそれほど時間は経っていないのだけど、今のエリゼは、抜群の身体能力を持っている。
 足も速く、なかなか追いつくことができなかった。

「ええいっ、めんどくさい!」

 俺はエリゼほどの体力はないし、街中、全部走り回ることなんてできない。
 そもそもすれ違うかもしれない。
 なので、手っ取り早い方法でいく。

「探知<サーチ>!」

 周囲の魔力を感知する魔法だ。
 個人を特定することはできないのだけど……

「向こうか」

 たくさんの反応を感じる中で、やたら大きい、飛び抜けた魔力反応があった。
 おそらく、これがエリゼだろう。
 最近の特訓のおかげで、魔力がかなり上昇しているからな。
 他の人とぜんぜん違うため、見つけやすい。

 エリゼらしき反応があったところへ向かう。

「しかし……他にも反応があるな?」

 エリゼほどじゃないけど、そこそこの魔力反応が二つ。
 エリゼらしき反応のすぐ近くにあった。

 なにか嫌な予感がする。
 俺は急いで反応のあったところへ向かった。
 走ること少し、エリゼを見つけた。

 ただ、一人じゃない。
 同じ学生らしき女子生徒二人に挟まれていた。

「あなた、マーセナルのエリゼさん?」
「え? はい、そうですけど……?」
「ふーん……かわいい顔してるのに、中はまっくろ、っていうわけか。ふざけた子ね」
「え? え?」
「ちょっと顔を貸してもらえるかしら?」
「私達のことを侮り、バカにしたこと、後悔させてあげる」

 事情はさっぱりわからないが、女子生徒二人にエリゼが絡まれていることは間違いない。

 エリゼの力ならば、大抵のことは自力でなんとかできると思うが、まだ戦闘に対する心構えは、きちんと構築されていない。
 突然、自分に向けられた敵意に対してどうしていいかわからない様子で、あたふたとしていた。

「エリゼ!」
「あっ、お兄ちゃん!」

 慌てて間に割り込むと、エリゼはぱあっと顔を明るくして抱きついてきた。
 よほど不安だったらしく、ちょっと涙が浮かんでいる。

 よし。
 この二人も泣かせてやるか。
 そんな決意をしてしまうシスコンな俺であった。

「な、なによ、あなたは?」
「俺はエリゼの兄だ。事情は知らないが、妹に手を出すつもりなら、こちらにも考えがあるぞ?」
「あなたが唯一の男の魔法使い……」
「かなり優秀な魔法使いと聞いていますわ……ここは退いた方が得策ですわね!」
「あなた達、覚えてなさいよ!」

 悪役のようなセリフを残して、二人の女子生徒は立ち去ろうとする。

「いや、逃がすわけないだろ。拘束<バインド>」
「「きゃあ!?」」

 魔法で二人を拘束した。

 目の前に転がっている火種を放置しておくバカはいない。
 今後、問題が発生しないように、しっかりと話を聞いておかないとな。



――――――――――



 女の子を魔法で拘束して尋問する。
 どこからどう見ても悪役のするようなことなので、さすがに場所を変えた。

 俺とエリゼでそれぞれ一人ずつを担いで、公園に移動した。
 夜なので人気はない。

「こ、このようなところに私達を連れ込むなんて……」
「けだもの! 男はけだものよ!」

 魔法で拘束されて動けない二人は、ここぞとばかりに声をあげる。

 なにを言っているんだ、こいつらは?
 というか、エリゼの前でそういう話はやめほしい。

 ほら、なんのことだろう? って興味を持ってしまったじゃないか。
 後々で質問されたら、どう答えればいいのやら。

「それじゃあ、質問させてもらうぞ」
「ふんっ、マーセナルの関係者であるあなたに話すことなんて、なにもありませんわ!」
「そうよっ、私達は何も話さないわよ!」
「へえ、いい度胸をしているな。抵抗するのなら、それなりの覚悟はできているだろうな?」
「ま、まさか……ここぞとばかりに、私達のみずみずしい体を貪るのでは……!?」

 だから、エリゼの前なんだから、そういう発言は謹んでくれ。
 どれだけ妄想たくましいんだよ。

「素直にしゃべらないっていうのなら……コレを使う」

 そこらに落ちている鳥の羽を拾い、それを二人に見せつけた。
 二人は、それがなにか? というような感じでキョトンとした。

 しかし……

 俺が二人の靴を脱がせて、さらに靴下も脱がせて……
 素足にすると、こちらの目的を察した様子で、サアっと顔を青くする。

 俺はニヤリと悪人のように笑い……
 鳥の羽で二人の足裏をくすぐる。

「「きゃはははははっ!? や、やめっ、ひゃあああああっ!?」

 ……二人が降参するのに、1分もかからなかった。

 ちなみに、エリゼが俺を見て「お兄ちゃん、鬼畜です……」なんてことをつぶやいていた。
 結局、俺自身が悪影響を与えてしまったみたいだ。

 まあ、それはまた今度考えることにして……
 今は二人から話を聞くことにしよう。

「それで……どうしてエリゼに絡んでいたんだ?」
「そ、それは……」
「まだ笑い足りないなら、おかわりをしても俺は一向にかまわないけど……」
「しゃ、喋ります!」

 鳥の羽を見せつけると、二人は慌てて口を開いた。

「……私達、シルカードなんですけど」
「ある日、とある噂を聞いたのよ。マーセナルのエリゼ・ストラインが私達のことを、無能な魔法使い、ってあざ笑ってる、って。シルカード、ガナスなんて雑魚の集まり……って」
「えぇ!? な、なんですか、それ。そんなこと、私、知りませんよ!」

 まるで見に覚えのないことを言われてしまい、エリゼは慌てて首をぶんぶんと横に振った。
 手も横に振っていて、全身で違うと否定していた。

 エリゼのことは、兄である俺がよく知っている。
 そんなことは絶対に言わない。

 そのことを二人も理解してくれたらしく、勢いが衰えていく。

「もしかして、噂は噂であって……」
「そんなことはない……?」
「も、もちろんです! そりゃあ、私は聖人君子ってわけじゃないですから、悪いことをする時もありますけど……だからって、他人を無意味に貶めるようなことなんてしません!」

 エリゼの訴えが通じたらしく、二人は顔を見合わせる。
 身動きできない状況の中、器用に頭を下げた。

「もうしわけありませんでした……」
「どうやら、私達の勘違いというか、噂に踊らされていたみたいで……ごめんなさい」

 演技とか上辺だけの反省ではなくて、二人は本当にもうしわけないと思っているみたいだ。
 それくらいにもうしわけなさそうにしている。

 この様子なら逃げることもないだろうと思い、魔法による拘束を解除した。
 その上で、改めて話を聞く。

「誤解も解けたところで、もう少し話を聞きたいんだけど……エリゼが他のクラスの悪口を言っていたっていう噂、どこで聞いたんだ? また、どれくらいの信ぴょう性があったんだ?」
「どこで聞いたか、と聞かれますと……」
「困るよね」
「ん? どういうことだ?」
「色々な人から、ちょくちょく聞きますわ。もっとも、内容が内容なので、あまり表に出ることはありませんが……」
「けっこうな人が耳にしてるらしく、話題にしているの。だから、本当のことなのかな……って、確認もしないで信じちゃって……」

 火のないところに煙は立たないというが、エリゼは絶対にそんなことをするような子じゃない。
 となると、エリゼの評判を落とすなり、なにかしらの目的で悪評を流している人物がいるということになる。

 それと、ローラ先生から聞いたクラス間の対立……
 色々な話がピタリと重なる。

 なにか起きるのではないか?
 これは、その前触れではないか?
 そんな嫌な予感がした。
 嫌な予感は当たる。
 あれからしばらくの時が流れたのだけど、クラス間の対立は収まることなく、むしろ激化していった。

 今までは裏で陰口を叩く、物を隠すなどの軽いいやらがらせ程度だった。
 でもここ最近は、真正面からぶつかることが多い。

 本人がいるところでの嫌味。
 それを受けての口喧嘩。
 ひどい時は、私闘に発展する。

 そんな状況が当たり前。
 クラス間の対立は日常茶飯事になってしまった。

「ふぅ」

 放課後。
 部室に行くと、すでにエリゼとアラム姉さんとアリーシャの姿があった。
 三人はとても疲れた様子で、ため息なんてこぼしている。

「どうしたんだ?」
「あ、お兄ちゃん……」
「レンなら、大体の想像がついているんじゃない?」
「クラス間の対立か……」
「正解。廊下を歩く度に、他のクラスの子に絡まれるのよね。自分達を見下しているとかバカにしているとか、口を開けばそういうことばかり」
「私達、そんなことは絶対にしていないのに……誰も話を聞いてくれなくて……」
「きちんと説明すれば、わかってくれる子もいるの。でも、そうでない子もいて……ふぅ」
「……そっか」

 色々なところに問題が波及しているようだ。

 魔法学院では、成績によってクラスが分けられている。
 なので、以前から多少の対立は起きていたのだけど……

 ただ、ここまで酷いのは見たことも聞いたこともない。

 俺は、唯一の男だからなのか。
 対立構造に組み込まれていないのか。
 今のところ、誰かに絡まれたことはない。

 ただ、一方で女子は対立を深めていく。
 隠すようなことはせず、堂々と動くようになっていた。
 まるで、正義は自分にあり、というような感じだ。

 どうにもこうにも、嫌な流れだ。
 一過性のものだと思い、ひとまず様子を見てきたのだけど……
 それは間違いだったかな?

 以前、エリゼが陰口を叩いていたという噂も聞いているし……
 うーん、動くべきだろうか?

「ぴゃあああああっ」

 突然、フィアが部室に飛び込んできた。

「ど、どうしたんだ? そんなに慌てて?」
「ぜーはー、ぜーはー、ぜーはー……」
「あ、すまん。まずは息を整えてからでいいぞ」
「ひゅばー……」

 フィアは死にそうな顔をしつつ、なんとか息を整えて……
 それから、必死な顔で言う。

「た、大変です! シャルロッテさまがシルカードの生徒に絡まれて!」



――――――――――



「ふふんっ、このあたしがどうにかなるわけないじゃない!」

 ……30分後。

 シャルロッテはいつものように偉そうな感じで、当たり前のような顔をして部室にいた。
 ついさきほど、騒動に巻き込まれたとは思えない態度だ。

 まあ、シャルロッテはいつもこんな感じか。
 きっと、天変地異が起きても、いつもどおりに偉そうに胸を張っているに違いない。

「はぁあああ……よ、よかったです。シャルロッテさまに何もなくて……」
「なによ。フィアったら、このわたくしがシルカードごときに負けるとか、そんな不遜なことを考えていたのかしら?」

 それ、不遜なのか?

「このわたくしを誰だと思っているの? 天下無敵! 常勝無敗! 最強頂点のシャルロッテ・ブリューナクよ! おーほっほっほ!」

 お前、俺に負けてるだろ。

 あと、その笑い方、悪の組織の女幹部みたいだからな。

「レンは……わたくしのことを心配してくれたのかしら?」
「特に心配してなかったけどな」

 シャルロッテの魔法技術はマーセナル以上のものがあると思うし……
 最近は、ずっと特訓をしているからな。
 大幅に基礎魔力が上昇しているはずで……
 そんなシャルロッテに敵う相手なんて、この学院では数えるほどしかいないのではないか?
 いや、いないのではないか?

 そんな認識なので心配はしていない。
 心配するとしたら、相手の方だ。
 シャルロッテがやりすぎて、治癒院送りにしてしまわないか……そこは心配だった。

「むう……なによ、心配してくれたっていいじゃない」

 なぜかシャルロッテが膨れていた。
 俺、なにもしてないよな……?

「ところで……エリゼ」
「はい?」

 ふと、シャルロッテがエリゼの方を見た。
 なにやら訝しげな顔をしているが、どうしたんだろう?

「あなた、少し前に外に出ていたかしら?」
「いえ? 私は授業が終わった後、すぐに部室に移動して……そのままですよ? 外には出ていませんけど」
「そう……?」

 シャルロッテは、おかしいわね? というような顔をして、小首を傾げた。
 なにが疑問なのだろう?

「どうかしたのか?」
「んー……放課後に入ってすぐ……そこそこ前のことだから、今はどうなっているかわからないのだけど……わたくし、外にエリゼがいるのを見かけたのですわ」
「えっ?」
「喉が乾いてたから、わたくしはレンと一緒に部室に行かないで、フィアと一緒に購買に向かっていたの。その途中、窓からエリゼが見えたのよ」
「えっと……それ、見間違いじゃないんですか? 私、放課後は外に出てませんけど……」
「どうなのかしら? 見たのはわたくしだけで、しかも後ろ姿だったから断定はできないんだけど……でも、あれはエリゼのような気がしたのよね」

 なにやら話が妙な方向に転がり始めたな?

 それにしても……シャルロッテの話は気になる。
 いないはずのところでエリゼが目撃された。
 つい最近、似たような話を聞いたことがある。

 この前、エリゼに絡んできたシルカードのクラスの女の子の話だ。
 彼女たちは、エリゼが陰口を叩いていると言っていたが……
 これも本人は知らないことだ。

 偶然?

 ……いや。
 偶然の一言で片付けるのは乱暴な気がするし、なによりも危うい。
 そんな判断をしてしまうと、とんでもないミスをしてしまいそうな……

「エリゼはここにいるけれど、でも、外にいるところを見かけた……これ、ドッペルゲンガーっていうやつなのかしら?」

 アリーシャの言葉は、なかなかに確信を突いているような気がした。

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