「この目で確かめたわけじゃないけどね。あれはもう、アウトだったと思うよ」
「そんなに酷い状況に陥っていたのか?」
「酷いなんてものじゃないよ。絶望そのものだったかな」

 魔族が出現した後、九つあった国は全て壊滅したという。

 人が絶滅したわけではないけれど、社会という概念は崩壊した。
 世界が滅びたと言っても過言ではないだろう。

 生き残った人類は地下に身を潜めて、魔族の驚異から逃れていたらしい。
 もっとも、地殻ごと破壊される、なんていうパターンもあったらしいから、安全な場所だったとはいえない。

「で……もうこの世界はダメだ、って見切りをつけて、ボクたちは未来へ転生したわけ。キミと同じように……ね」
「俺は魔王を倒すためだったんだが……まあいいか。それで?」
「うん?」
「その後は?」

 魔族が出現して、世界が滅びて……
 その後、人はどうなったのか?
 魔族は?

 今の世を見る限り、世界が滅びたなんて思えない。
 そんな記述、どの歴史書を見ても書かれていない。
 魔族についても同様だ。

 450年。
 長いといえば長いが、今まで築いてきた人の歴史から考えると、ほんの一部だ。
 世界が滅びたなんていう大事件、誰にも語り継がれていないなんてこと、普通に考えてありえない。
 魔族のことが語り継がれていないこともおかしい。

 そもそも……
 450年程度で、世界がここまで復興するとは思えない。

 あと、魔王の存在だ。
 現代に魔王の存在はない。
 知識として記述されていることもない。
 500年前に俺が討ち漏らした魔王は、いったい、どこへ消えたのか?

 色々と謎は残る。

「んー……そこら辺はわからないんだよね」
「はぁ?」
「ボクも450年前に転生したから、その先のことはわからないの。魔族や魔王はどうなったのか? なんで、世界はこんなにも発展……というか、復興しているのか? そこら辺はサッパリなんだ」
「まったく、なにかわかると思ったのに」
「ただ、一つだけ。レンの疑問に答えられると思うよ」
「それは?」
「魔法が衰退している理由」
「……わかるのか?」
「推理になるけどね。でも、ほぼほぼ間違いないと思うよ」

 メルはどことなく得意そうな顔をした。
 一歩上の知識を持つことがうれしいのかもしれない。

「簡単な話だよ。450年前に、世界は一度滅びた。今まで積み重ねてきたものがバラバラに崩れた。人の歴史、技術、知識……全てがリセットされた。当然、その中に魔法技術も含まれている」
「だから、魔法技術が衰退した……と?」
「ボクはそう見ているかな。450年前に、魔法技術は、一度断絶した。そこから再び前に進み始めて……そして、今に至る。そう考えると、今の魔法のレベルはちょうどいいんだよ。ゼロから始めて、450年、技術を積み重ねてきたと考えると……だいたい、今くらいのレベルに落ち着くんじゃないかな?」
「そうだな……確かに」

 納得のいく話だった。
 一度、魔法技術が失われてしまったと考えれば、衰退していることを説明できる。

「でも、男が魔法を使えないのはどうしてなんだ? 俺が魔法を使えることも」
「うーん、そこは謎なんだよね。誰かが昔の資料を参考にして、再び魔法の技術を組み立てていったと思うんだけど……その際に、なにかしらのトラブルが起きたのか。あるいは、意図的なものなのか。なにかが起きて、男は使えないような魔法理論を組み立てた。ボクはそう睨んでいるよ。まあ、根拠はないからわからないけどね」
「結局、謎のままか」

 謎が解決されたと思ったら、新しい謎が飛び込んでくる。
 頭が痛い。

「ただ、他は謎なんだよね。450年でここまで文明が発達するとは思えないし……」
「それは……そうだな。細かい違いはあるが、文明レベルは500年前と大して変わっていない」
「あとは魔族や魔王の行方とか、なにも資料が残っていない理由とか……さっぱりだよ。わからないことの方が多いんだよね」
「そうだな……でも、色々なことを知ることができた。そこは、素直に驚いたよ」
「あの賢者を驚かせるなんて、ちょっと優越感」
「で……肝心なことを聞くぞ?」

 ここからが本題だ。

「メルの目的は?」
「うん?」
「450年前のことを俺に教えて、転生者ということを打ち明けて……いったい、なにをしたいんだ? なにが目的なんだ?」
「んー、内緒♪」
「あのな……」
「あははは。冗談だよ、冗談。ここまで話をしておいて、また今度、なんていう焦れったいパターンはないから」

 こうして茶化してくるものの……
 ただ、メルは本音で語ってくれていると感じた。
 なんだかんだ、真面目な子なのかもしれない。

「私の目的は、世界を救うことだよ」

 まっすぐな目をして……
 メルは、しっかりとした口調でそう言った。

「大きく出たな」
「冗談とかじゃないからね? 本気だよ」
「わかっているよ、それくらいは」

 メルの瞳を見れば、本気なのはわかる。

「450年前の地獄を経験した身としては、あんなことを繰り返したらいけないって思うんだよね……絶対に。魔族や魔王に詳しいのは、前世のボクがそういう役職についていたからで……世界を救う、っていう目的は昔から変わってないんだ。転生して魔族と魔王のの驚異が消えた、なんて楽観的に考えることはできないし……地獄が再来するようなことは避けたいんだ」
「地獄か……」
「思い返すのもイヤだから、詳細に説明はしないけど……かなり酷いものだったよ。希望なんてなにもなくて、絶望しかないような、そんな世界」
「想像するだけでげんなりするな」
「生き残った者の使命っていうと大げさになるんだけど……二度と悲劇を繰り返さないように、努力しないといけないと思うんだ。だから、魔族や魔王がどうなったのか? そこをはっきりさせたい。もしもまだどこかで生きているとしたら、倒さないといけない。そのために、レンに協力してほしい」

 メルがこちらに歩み寄り、俺の手を取る。

「レンと同じ時代に転生して、同じ学院に通うことができたのは、すごく運が良い。というか、運命のみたいだよね」
「俺の行動を読んで、この学院に?」
「勘と運頼みによるところが大きいけどね。キミと出会えるとしたら、ここしかないと思っていたよ。キミなら、さらなる力を求めて学院に通うだろう……って」

 俺の行動が単純なのか、メルの勘が動物のように鋭いのか……
 おそらく両方だろうな。

「ボクは地獄の再来を防ぎたい。キミは魔王を倒したい。利害は一致していると思わないかい?」
「そうだな、その通りだ」
「ここは協力すべきだと思うんだ。どうどう? ボクと一緒に、いざという時は魔王に立ち向かってくれないかな?」

 メルが手を差し出してきた。
 俺はその手を……

「よろしくな」

 しっかりと握った。

「あっ」
「なんで驚いているんだよ?」
「いやー。まさか、こんなにすんなりと協力してもらえることになるなんて。俺は一人が好きなんだ、とかなんとか言われて、最初は断られると思っていたんだ」
「そんなことしないぞ」

 共通の敵がいるのに、手を組まない理由がない。
 敵が長年の宿敵とか憎い仇とか、そういう場合だったら別かもしれないが……

 本音を言うと、魔王は一人で倒したいという思いがある。
 そして最強を証明する。
 前世からの目標だった。
 そのために転生までした。

 でも……
 この世界で生きてきた今ならわかる。
 そんなもの、俺のつまらないプライドだ。
 みんなの安全と比べたら、心底どうでもいい。

「よろしくね。これからボク達は、同じ志を持つ仲間だね」
「ああ、よろしくな」

 笑顔を交わして、そして……
 この日、俺は新しい仲間を得た。