転生賢者のやり直し~俺だけ使える規格外魔法で二度目の人生を無双する~

「「「おめでとうーーー!!!」」」

 夜。
 寮の部屋で祝勝会が開かれた。

 メンバーは、俺とエリゼとアラム姉さん。
 アリーシャとシャルロッテとフィア。

「お兄ちゃん、おめでとうございます♪」
「おめでとう、レン。姉として、私も嬉しいわ」
「さすがね、レン。あたしは、レンが優勝すると思っていたわ」
「えと、あの……す、すごい試合でした」
「ま、あたしに勝ったんだから当然よね!」
「ありがとう」

 みんなの言葉に笑顔で応えた。
 みんな、自分のことのように喜んでくれることが嬉しい。
 俺も素直に喜びたいところなのだけど……

「……うーん」

 メルのことが気になって気になって、祝勝会に集中できない。
 気がつけば、彼女が何者なのか考えている。
 まるで恋煩いだ。

 まあ、あんな賭けをしたから、話をする機会は自然とやってくるだろう。
 ただ、メルは素直に話をしてくれるだろうか?
 俺の疑問に対して、とぼけたりしないだろうか?

 考えれば考えるほど、モヤモヤが膨らんでいく。

「お兄ちゃん」
「うわっ」

 気がつけば、エリゼの顔が目の前にあった。
 じーっと、至近距離で見つめてくる。

「ど、どうしたんだ?」
「お兄ちゃんこそ、どうしたんですか? ぼーっとしていますよ」
「そ、そうか?」
「そうですよ。心ここにあらず、っていう感じです」

 むっすー、という感じでエリゼが頬を膨らませた。
 不機嫌ですよ、とわかりやすくアピールしている。
 まるで小動物だ。

「私達じゃない、他の女の子のことを考えていましたね……?」
「えっ」

 図星なので、ついつい言葉に詰まってしまう。

 そんな俺の反応を見て、エリゼがますます険しい表情になる。

「やっぱり! お兄ちゃんが他の女の子のことを……」
「レン、どういうこと? 姉として、そういう話はしっかりと聞いておく必要があるわ」
「ふーん。レンって、見境がないのね。こんな時まで、女の子のことを考えているなんて」
「えと、えと……そ、そういうのはよくないと思いますっ」
「ちょっと! 考えるならあたしのことを考えなさいよ」

 なぜか、他の四人も加わる。
 たくさんのジト目にさらされて、なんともいえない居心地の悪さを味わう。

 いや、待った。
 俺、なにも悪いことは……

「お兄ちゃんっ!」

 みんなを代表するように、エリゼが大きな声をあげた。
 俺は兄なのだけど、妹さまに逆らうことできず、その場で正座をしてしまう。

「は、はいっ」
「今日は、お兄ちゃんが魔法大会で優勝したおめでたい日なんです。そのお祝いをしているんです。お兄ちゃんにも、色々と考えるところはあるのかもしれませんが、今は、他のことは考えないでほしいです」
「そう……だな。俺が悪かったよ」

 俺のために祝勝会を開いてくれている。
 エリゼの言うことはもっともなので、素直に頭を下げた。

 うん、そうだな。

 メルのことは、正直、とても気になる。
 今すぐにでも話をしたいくらいだ。

 でも、焦っても仕方ない。
 あんな話をした以上、今更、逃げるなんてことはないだろう。

 今は、今を楽しむことにしよう。

「楽しまないとな」
「はい、その通りです!」
「それじゃあ、気を取り直して、祝勝会を再開しましょうか」

 アリーシャがそう言って、みんながグラスを持つ。
 中に入っているのは、もちろんジュースだ。

 実は、シャルロッテが酒をこっそりと持ち込んでいたのだけど……
 アラム姉さんに見つかり、全て没収された。

 ちょっと残念。
 前世でも、酒はほとんど飲んだことはないんだよな。
 そんなもの、強くなるためには不要。
 というか邪魔でしかない、という感じで。

 まあ、無理に飲むものじゃない。
 みんなが一緒ならジュースでも水でも、なんでもいい感じだ。

「それじゃあ、改めて……」
「「「かんぱーいっ」」」

 一口でジュースを飲む。

 ほのかに香る果実の匂い。
 そして、喉を刺激する微炭酸。
 最後に、独特のアルコールの感じがして……

「うん?」

 アルコール?

 自問自答した時、

「えへへぇ、お兄ちゃーーーんっ」

 赤い顔をしたエリゼが、にへらという笑顔を浮かべながらこちらに抱きついてきた。
 そのまま、猫のようにすりすりと顔を擦りつけてくる。

「え、エリゼ? なにをしているんだ?」
「んー、お兄ちゃん成分を補充しているんですぅ」
「なんだ、そのわけのわからない成分は?」
「わけがわからないとか、そんなひどいこと言わないでくださいっ! お兄ちゃんは鬼ですか!? 鬼畜ですか!? 妹にそんな態度をとるなんて、私、泣いちゃいますよ!?」
「お、おう……悪い」
「わかればいいんです、わかれば。というわけで……えへへへぇ、このまま、ぎゅうってさせてくださいね♪」

 エリゼは甘えん坊だけど……
 いつも以上に甘えまくってくる。

「レン、おめでとう」
「ありがとうございます、アラム姉さん」
「優勝したレンには、ご褒美をあげないとね。はい、なでなで」
「えっと……?」
「それから、ぎゅーっ」
「あ、アラム姉さん!?」
「ふふ、照れているの? かわいい。もっともっと、甘やかしてあげる」

 アラム姉さんも、エリゼのように頬が赤い。

 そんな状態で、にっこり笑顔。
 なぜか、俺のことを猫可愛がりする。

「ちょっとぉ、レン!」

 同じく赤い顔をして、目が座っているアリーシャに絡まれた。

「あんた、魔法大会で優勝するなんて、どういうことなのよ!? あたしだって優勝を狙っていたのに、それをあっさりとかっさらうなんて……くうううっ、むかついてきたわ! レンっ、絶対にあんたに追いついて見せるんだからね! いい!? 待ってなさいよ!?」
「わ、わかった。わかったから、絡まないでくれ」
「なによ!? あたしがいつ絡んでいるっていうの!? そんなことしてないでしょ! 言いがかりはやめてくれない!?」

 まさに今、絡まれているんだけど……

「ひっく、ぐす、えっぐっ……うううぅ、わたしはダメです。ダメダメ人間ですぅ……こんなわたしが生きていていいんでしょうか? いいえ、ダメですよね。神様、ごめんなさい、わたしなんかが存在してて……」
「フィア!?」

 フィアは、なぜかおもいきり泣いていた。
 意味不明な謝罪をしつつ、だーっと滝のような涙を流している。

「あはははっ、フィア、あなたなんで泣いてるのよ、あはははっ!」
「ちょ、シャルロッテ!? そんな風に笑うなんて失礼だろ!?」
「だって、おもしろいんだもの、あはははっ! あはっ! って、よーく見たらレンの顔もおもしろいし……ぷっ、くすくす……あはははっ、ダメ、お腹痛い、笑い止まらない、あはははははっ!!!」

 どこに笑いのツボがあるのか、まったく理解できない様子で、シャルロッテが笑い声を響かせていた。

「お兄ちゃん、にゃあ♪」
「よしよし」
「次は絶対に負けないんだから!」
「ぴゃあああああ……!」
「あはっ、あははははは!」

 なんだ、この地獄絵図は……?

 とある予感……というか確信を覚えながら、『ジュース』のラベルを見る。
 アルコール度数5%、と書かれていた。

「シャルロッテが持ってきた酒が残っていたのか。というか、一口でこんなになるなんて、みんな酒に弱すぎだろ」

 祝勝会が一転して、酒乱大集合大会になってしまい、どたばた騒ぎが繰り広げられるのだった。

「まあ……これはこれでアリか」

 こんなドタバタ騒ぎ、初めてだ。
 楽しくて、自然と笑顔になって……

 俺は、もう一杯、ジュースを……もとい、酒を口にした。
 間違えて酒を飲んでしまい、祝勝会はハチャメチャの宴会に。

 飲んで、笑って、泣いて……
 大騒ぎした後、みんな、酔い潰れてしまった。

「祝勝会はここまでかな」

 俺は酔い潰れていない。
 ちょっとふわふわとした感じがするものの、ちゃんと自分を保っている。

 みんなみたいに極端に酒が弱いわけじゃないようだ。

「できれば、みんなを部屋に運びたいけど……俺一人っていうのは、ちょっと難しいか」

 それに、みんな、気持ちよさそうに寝ている。
 起こしてしまったりしたらかわいそうだ。

 寝室から毛布を持ってきて、みんなにかけた。
 とりあえず、これで風邪を引くことはないだろう。

 それから祝勝会の後片付けをする。
 こちらは魔法を使い、ぱぱっと済ませた。

「これでよし、っと」

 少し夜風に当たりたい気分だ。

 部屋の鍵は……このままでいいか。
 みんな、このままずっと寝るわけじゃないだろうし……
 下手に鍵をかけると、行き来しづらいだろう。

 泥棒が入ったとしても、盗むものなんて大してないからな。



――――――――――



「ふう」

 俺は屋上に移動して夜風を浴びる。
 風が涼しくて気持ちいい。

「あー……俺も、ちょっと酔ったのかもしれないな」

 体がぽかぽかする。
 ふわふわするような感じがした。

 みんなほど酒に弱いわけじゃないけど、でも、前世も含めてほとんど飲んだことがないから、あまり耐性はないのだろう。

「でも、悪い気分じゃないな」

 ほろ酔い気分、っていうのかな?
 ちょっと気分が高揚してて、なかなか心地良い。

 みんなと一緒にいると、戦うことだけではなくて、こういう新発見もある。
 新鮮な気分だ。

「機会があれば、またこういうのも悪くないな」

 なんて笑みを浮かべていると、

「こんばんは」

 そろそろ戻ろうか?
 そんなことを思い始めた時、俺以外の声がした。

 聞き覚えのある声だ。
 つい最近……魔法大会の舞台の上で聞いた。

「……メル・ティアーズ……」

 決勝で激突した相手がそこにいた。

「やっほー、いい夜だね。風がすっごく気持ちいいね」
「……」
「ん? どうしたの? ひょっとして、ボクの言葉が聞こえない?」
「いや、ちゃんと聞こえているよ」
「そう。よかった。決勝の戦いで耳がおかしくなっちゃったのかな? って、心配したよ」

 決勝で見せた不敵な表情はどこへやら、メルは、今までと同じように人懐っこい表情をしていた。
 どちらが本当の彼女なのだろう?

「どころで、こんなところでなにをしているのかな?」
「ちょっと夜風に当たりたい気分だったんだ」
「そうなんだ。てっきり、酔った体を冷ますためかと思ったよ」
「な、なんでそのことを……!?」
「おや? 適当言ったのだけど、当たりだったのか。ダメだよ。レンは、今は子供だ。酒はまだ早いよ。まあ、優勝をうれしく思う気持ちはわからなくはないけどね」

 いつも通り饒舌だ。
 わりとおしゃべりが好きなのかも……いや、待て。

 今、なんて言った?

 『今は子供だ』……確かに、そう言ったな?
 今は、というのはどういう意味だ。
 その言い方だと、まるで、俺が子供でない時があったことを知っている、という風にとれるじゃないか。

「ふふっ」

 こちらの戸惑いを読んでいるかのように、メルは不敵な笑みを浮かべた。

「きっと、君は今、こう考えているだろうね。この究極的に超絶かわいい美少女のメルさまは、いったい何者なんだろう……とね」
「美少女うんぬんのくだりはハズレだが……まあ、間違ってはいない」
「む、そこを否定するのかい? 傷つくなあ」

 なんてことを言いながらも、メルはおどけた表情をやめない。
 笑みを浮かべたまま、しかし、その奥にある感情を巧みに隠している。

 いったい、なにを考えている?

「それで、メルはなんでこんなところに?」
「約束したでしょ? 話をするって」
「それ、このタイミングだったのか?」
「ボクは別に、明日でも明後日でもいいけどね。でも、レンは気になっているから早い方がいいんじゃないかな、って。それに、ボクが負けたからね。ちゃんと話しておかないと」

 そういえば、そんな約束をしていたな。
 色々とあって忘れていた。

「なんでも命令できる、っていうのも有効だよ。なにをしたい? えっちなこと?」
「ごほっ」
「ふふ、照れているね」
「か、からかわないでくれ。そういうのはもういいから、とにかく話を」

 突発的な邂逅だけど……
 よし。
 覚悟を決めよう。

「……メル・ティアーズ。あんたは、俺のことを知っているのか?」
「知っているよ」

 即答だった。

「遥か昔……500年前、魔王と戦い、あと一歩のところまで追い詰めた英雄」
「っ!?」
「それだけじゃなくて、数々の偉業を成し遂げてきた。世界最強の魔法使いである『賢者』の称号を授かる。その力は圧倒的で、誰も彼に敵うことはない。しかし、魔王との戦いの後、突如、人々の前から姿を消してしまった。死んだわけでもなく、その存在が幻だったかのように、突然消えた。以来、彼の姿を見かける者はいなかった。誰もいなかった……つい最近までは、ね」

 もう間違いない。
 メルは俺の前世を知っている。
 俺が転生したことを知っている。

 いったい何者だ……?

 魔法大会決勝で見せた力は相当なものだった。
 あれで本気なのか?
 ひょっとしたら、まだ隠し玉があるかもしれない。
 余力を残していたかもしれない。

 味方ならいい。
 しかし、敵だとしたら……

「そんなに警戒しないでほしいな」
「警戒するな、という方が無理じゃないか?」

 突然、俺の前世を知る者が現れた。
 しかも、そいつは強大な力を持っていて、なおかつ正体不明ときた。
 警戒するなという方がおかしい。

「まあ、それもそうだね。なら、ボクなりの誠意を見せようかな」

 メルはどこからともなく、麻を編み込まれて作られたロープを取り出した。
 なぜか、それを自分の体に巻き付けていく。
 それも、なんていうか……卑猥な感じで。

「ちょっ!? な、なにをしているんだ!?」
「無害さをアピールしているんだよ!」
「ドヤ顔で言うな! というか、なんだその縛り方は!?」
「こうして縛っておけば、ボクはすぐに動くことはできない。つまり、戦いになればレンが圧倒的に有利だよね。これが、ボクなりの誠意の示し方だよ」
「そんな示し方があってたまるか!?」

 こいつ、ふざけているのか?
 それとも、マジなのか?

「うーん。じゃあ、自分の手でボクを縛りたいと?」
「違う!」
「キミはマニアックだなあ。その歳で緊縛趣味に目覚めているなんて」
「人の話を聞け!」
「ふふっ、冗談だよ」

 つ、疲れる……
 メルの中身は、いたずら大好きな子供のようだ。

「ボクとしては、誠意を見せるためなら、本気で縛られてもいいと思っていたんだけど……まあ、ボクに対する警戒を解いてくれたから、結果的にはこれでよしとしようか」
「すっとんきょうなことを言うメルを警戒するのがバカバカしくなっただけだ。でも、まだ信用はしていないからな? うさんくさいと思っている」
「それでいいよ。いきなり人を信用するなんて、その方が逆に怪しいからね」
「で……いい加減、本題に入ってくれないか? ここまで話をして終わり、っていうわけじゃないんだろ? 続きがあるんだよな」
「うん、もちろんだよ。ボクは、賭けとか別にして、レンと話がしたいんだ」
「話?」
「そう……この失われた500年の話をしたい」
「……っ……」
「まずは、先にボクの正体を明かしておくね。ボクは……ボクも転生者なんだ」
「なっ……」

 メルが転生者!?

 動揺を隠すことができず、目を大きくしてしまう。
 そんな俺を見て、メルがくすくすと笑う。

「ふふ、驚いてくれた? なら、このタイミングで明かした甲斐があったかな」
「それは……本当なのか?」
「こんなウソはつかないよ。本当だって。とはいえ、それを証明する術は持っていないけどね」

 俺も、転生した証拠なんてものはない。
 ただ、それに似たものを示すことはできるはずだ。

「いくつか質問をさせてもらうぞ?」
「どうぞ」
「じゃあ……」

 俺は500年前の知識、常識などを尋ねた。
 その全てに、メルは迷うことなく答えた。
 全て正解だ。

「どうかな?」
「……少なくとも、他の人と違うっていうことはわかったな」

 誰も知らないような500年前のことを知っている。
 その点だけを見ても、メルが特異な存在であることは間違いない。

 でも、俺と同じ転生者ということを信じるかどうか……
 なかなか微妙なところだ。

 転生魔法は、前世の俺がかなり苦労して開発した魔法だ。
 自惚れるつもりはないのだけど……
 他の人に、あの魔法を使えるほどの力があったとは思えない。

 メルの言葉が本当なら、どうやって転生したのだろう?

「色々と聞きたいことはあると思うけど、まずはボクの話を聞いてくれないかな? その後に、質問を受け付けるから」
「……わかった、話を聞こう」
「ありがと」

 メルがにっこりと笑う。

 その笑顔だけ見ると、可愛い女の子だけど……
 でも、実際は、わりとくえない性格をしている。

 可愛い女の子だけど、中身は大人というか。
 見た目と心が一致していないというか。
 転生の影響なのだろうか?

 まあ、その点については、俺も人のことは言えないのだけど。

「ボクは、レンと同じ転生者だよ。ただ、同じ時期に転生したわけじゃないんだ。レンが転生魔法を使用した50年後……つまり、450年前くらいに転生したんだ」
「なるほど」

 50年のタイムラグがあったということか。
 それなら、メルが転生魔法を使うことができたのも納得だ。
 それだけの年月があれば、俺が残した魔法を解析して、己のものにすることができるだろう。

「ボクの目的は……ちょっと大げさな言葉になっちゃうけど、人類という種の存続」
「本当に大げさだな。どういう意味だ?」
「未来に賭けて転生をすることで、過去の災厄から逃れた……っていうところかな」
「災厄?」
「簡単に言うと……450年前に、一度、世界は滅びたんだ」
「なっ!?」

 予想の遥か斜め上を行くことを告げられて、言葉をなくしてしまう。

 世界が滅びた?
 そんなバカなことが……
 そうだとしたら、なぜ、俺達はここに存在している?

 あれこれと考えて、でも、答えを見つけることができなくて。
 情報過多になってしまい、混乱してしまう。

 そんな俺が落ち着くだけの時間を置いた後、メルは言葉を続ける。

「正確に言うと、滅びかけた……かな? ごめんね、ちょっとまぎらわしい言い方だったよね」
「……続きを」
「450年前……正確に言うと、445年くらい前なんだけど、まあ、そこはいいとして。その日、魔王が残した負の遺産が目覚めたんだ」
「負の遺産?」
「ボク達は、魔王の下僕……魔族、って呼んでいたよ」
「……魔族……」

 魔物と似た存在なのだろうか?

 いや。
 似ているのは名前だけで、中身は別物なのだろう。
 メルの表情を見れば、とんでもなく厄介な存在だということがわかる。

「魔族は人を遥かに超えた力を持っていて、しかも、魔法を使う。その上、数はとんでもなく多い。魔物と同じように、見境なく他の生き物に……特に人間に襲いかかる。もっと簡単に言うと、それぞれの個体がドラゴンと同じか、それ以上の力を持っていたよ。それが、イナゴのように発生」
「それは……」

 とんでもない地獄だろう。
 俺がその場にいたとしても、対処できたかどうか……

 いや、無理だな。

 一体ずつ倒していくことなら、十分に可能だろう。
 ただ、イナゴほどの数がいるとなれば話は別だ。

 数で押されてしまうかもしれない。
 なんとかなったとしても、一箇所を守ることが精一杯で、他が襲われていたらどうしようもない。

「魔族は、ほどなくして魔王が関わっている、ってわかったよ。魔王の残しもの。ボク達人間を根絶やしにするためのシステム、っていうところかな?」
「なんで、そんなことが……?」
「理由はボクもわからないよ。ただ、魔王は、徹底的に人間を敵視しているよ。それこそ、憎んでいる、って言ってもいいくらいに」
「……」

 それは俺も感じていた。

 前世で、魔王を追いかけて、戦った時。
 今世で、何度か魔王の影響を感じた時。
 途方も知れない、濃厚な悪意を感じた。

「魔族の出現で、当時の人類は大混乱に陥った。じわじわと腐食が進むように、魔族の侵攻が進んで、次々と国が消えていった。たくさんの人が命を落とした。老若男女、関係なく……ね」
「……酷いな」

 それくらいしか言うことができない。

「ある日、人類は団結して、最後の大攻勢に出ることになったんだけど……でも、それとは別に、種を存続させる方法も模索されていた。それが、レンが残した転生魔法」

 未来に賭けて転生をする。
 転生ならば『個』が消滅することはなく、記憶を引き継ぐことができる。
 新しい世界で新しい人生をやり直すがことができる。

 ただ、それは賭けだ。

 魔族に荒らされた世界で人類は生き延びられるのか?
 絶滅しなかったといても、文明レベルは大きく後退するだろう。
 転生したことでさらなる絶望を味わうかもしれない。

 それでも、メルは未来に賭けて転生をした。
 450年前は絶望しかなくて……
 まだ、見知らぬ未来の方がマシだと思えたから。

 そうして、メルは現代に生まれ変わり……
 今に至る。

「なるほど……結局、450年前の世界はどうなったんだ?」
「滅んだよ」

 わりとあっさりと、しかし、どこか悔しそうにメルは断言するのだった。
「この目で確かめたわけじゃないけどね。あれはもう、アウトだったと思うよ」
「そんなに酷い状況に陥っていたのか?」
「酷いなんてものじゃないよ。絶望そのものだったかな」

 魔族が出現した後、九つあった国は全て壊滅したという。

 人が絶滅したわけではないけれど、社会という概念は崩壊した。
 世界が滅びたと言っても過言ではないだろう。

 生き残った人類は地下に身を潜めて、魔族の驚異から逃れていたらしい。
 もっとも、地殻ごと破壊される、なんていうパターンもあったらしいから、安全な場所だったとはいえない。

「で……もうこの世界はダメだ、って見切りをつけて、ボクたちは未来へ転生したわけ。キミと同じように……ね」
「俺は魔王を倒すためだったんだが……まあいいか。それで?」
「うん?」
「その後は?」

 魔族が出現して、世界が滅びて……
 その後、人はどうなったのか?
 魔族は?

 今の世を見る限り、世界が滅びたなんて思えない。
 そんな記述、どの歴史書を見ても書かれていない。
 魔族についても同様だ。

 450年。
 長いといえば長いが、今まで築いてきた人の歴史から考えると、ほんの一部だ。
 世界が滅びたなんていう大事件、誰にも語り継がれていないなんてこと、普通に考えてありえない。
 魔族のことが語り継がれていないこともおかしい。

 そもそも……
 450年程度で、世界がここまで復興するとは思えない。

 あと、魔王の存在だ。
 現代に魔王の存在はない。
 知識として記述されていることもない。
 500年前に俺が討ち漏らした魔王は、いったい、どこへ消えたのか?

 色々と謎は残る。

「んー……そこら辺はわからないんだよね」
「はぁ?」
「ボクも450年前に転生したから、その先のことはわからないの。魔族や魔王はどうなったのか? なんで、世界はこんなにも発展……というか、復興しているのか? そこら辺はサッパリなんだ」
「まったく、なにかわかると思ったのに」
「ただ、一つだけ。レンの疑問に答えられると思うよ」
「それは?」
「魔法が衰退している理由」
「……わかるのか?」
「推理になるけどね。でも、ほぼほぼ間違いないと思うよ」

 メルはどことなく得意そうな顔をした。
 一歩上の知識を持つことがうれしいのかもしれない。

「簡単な話だよ。450年前に、世界は一度滅びた。今まで積み重ねてきたものがバラバラに崩れた。人の歴史、技術、知識……全てがリセットされた。当然、その中に魔法技術も含まれている」
「だから、魔法技術が衰退した……と?」
「ボクはそう見ているかな。450年前に、魔法技術は、一度断絶した。そこから再び前に進み始めて……そして、今に至る。そう考えると、今の魔法のレベルはちょうどいいんだよ。ゼロから始めて、450年、技術を積み重ねてきたと考えると……だいたい、今くらいのレベルに落ち着くんじゃないかな?」
「そうだな……確かに」

 納得のいく話だった。
 一度、魔法技術が失われてしまったと考えれば、衰退していることを説明できる。

「でも、男が魔法を使えないのはどうしてなんだ? 俺が魔法を使えることも」
「うーん、そこは謎なんだよね。誰かが昔の資料を参考にして、再び魔法の技術を組み立てていったと思うんだけど……その際に、なにかしらのトラブルが起きたのか。あるいは、意図的なものなのか。なにかが起きて、男は使えないような魔法理論を組み立てた。ボクはそう睨んでいるよ。まあ、根拠はないからわからないけどね」
「結局、謎のままか」

 謎が解決されたと思ったら、新しい謎が飛び込んでくる。
 頭が痛い。

「ただ、他は謎なんだよね。450年でここまで文明が発達するとは思えないし……」
「それは……そうだな。細かい違いはあるが、文明レベルは500年前と大して変わっていない」
「あとは魔族や魔王の行方とか、なにも資料が残っていない理由とか……さっぱりだよ。わからないことの方が多いんだよね」
「そうだな……でも、色々なことを知ることができた。そこは、素直に驚いたよ」
「あの賢者を驚かせるなんて、ちょっと優越感」
「で……肝心なことを聞くぞ?」

 ここからが本題だ。

「メルの目的は?」
「うん?」
「450年前のことを俺に教えて、転生者ということを打ち明けて……いったい、なにをしたいんだ? なにが目的なんだ?」
「んー、内緒♪」
「あのな……」
「あははは。冗談だよ、冗談。ここまで話をしておいて、また今度、なんていう焦れったいパターンはないから」

 こうして茶化してくるものの……
 ただ、メルは本音で語ってくれていると感じた。
 なんだかんだ、真面目な子なのかもしれない。

「私の目的は、世界を救うことだよ」

 まっすぐな目をして……
 メルは、しっかりとした口調でそう言った。

「大きく出たな」
「冗談とかじゃないからね? 本気だよ」
「わかっているよ、それくらいは」

 メルの瞳を見れば、本気なのはわかる。

「450年前の地獄を経験した身としては、あんなことを繰り返したらいけないって思うんだよね……絶対に。魔族や魔王に詳しいのは、前世のボクがそういう役職についていたからで……世界を救う、っていう目的は昔から変わってないんだ。転生して魔族と魔王のの驚異が消えた、なんて楽観的に考えることはできないし……地獄が再来するようなことは避けたいんだ」
「地獄か……」
「思い返すのもイヤだから、詳細に説明はしないけど……かなり酷いものだったよ。希望なんてなにもなくて、絶望しかないような、そんな世界」
「想像するだけでげんなりするな」
「生き残った者の使命っていうと大げさになるんだけど……二度と悲劇を繰り返さないように、努力しないといけないと思うんだ。だから、魔族や魔王がどうなったのか? そこをはっきりさせたい。もしもまだどこかで生きているとしたら、倒さないといけない。そのために、レンに協力してほしい」

 メルがこちらに歩み寄り、俺の手を取る。

「レンと同じ時代に転生して、同じ学院に通うことができたのは、すごく運が良い。というか、運命のみたいだよね」
「俺の行動を読んで、この学院に?」
「勘と運頼みによるところが大きいけどね。キミと出会えるとしたら、ここしかないと思っていたよ。キミなら、さらなる力を求めて学院に通うだろう……って」

 俺の行動が単純なのか、メルの勘が動物のように鋭いのか……
 おそらく両方だろうな。

「ボクは地獄の再来を防ぎたい。キミは魔王を倒したい。利害は一致していると思わないかい?」
「そうだな、その通りだ」
「ここは協力すべきだと思うんだ。どうどう? ボクと一緒に、いざという時は魔王に立ち向かってくれないかな?」

 メルが手を差し出してきた。
 俺はその手を……

「よろしくな」

 しっかりと握った。

「あっ」
「なんで驚いているんだよ?」
「いやー。まさか、こんなにすんなりと協力してもらえることになるなんて。俺は一人が好きなんだ、とかなんとか言われて、最初は断られると思っていたんだ」
「そんなことしないぞ」

 共通の敵がいるのに、手を組まない理由がない。
 敵が長年の宿敵とか憎い仇とか、そういう場合だったら別かもしれないが……

 本音を言うと、魔王は一人で倒したいという思いがある。
 そして最強を証明する。
 前世からの目標だった。
 そのために転生までした。

 でも……
 この世界で生きてきた今ならわかる。
 そんなもの、俺のつまらないプライドだ。
 みんなの安全と比べたら、心底どうでもいい。

「よろしくね。これからボク達は、同じ志を持つ仲間だね」
「ああ、よろしくな」

 笑顔を交わして、そして……
 この日、俺は新しい仲間を得た。
 翌朝。

 いつもより遅い時間に目が覚めた。
 酒を飲んだせいだろうか?
 ちょっとだるく、頭がぼんやりとしている。

 とはいえ、日常生活に支障が出るレベルじゃない。
 仮に問題が出たとしても、今日は休日なので問題はない。

「そういえば、みんなは?」

 せっかくだから、ということでみんなも泊まっていった。
 俺はリビングで寝て、広い寝室にみんなが寝ている。

「エリゼ? みんな?」

 寝室の扉をノックする。
 反応がない。

「入るぞ?」

 一応、断りを入れてから寝室に入る。
 エリゼもアラム姉さんもアリーシャもシャルロッテもフィアも、みんな、まだ寝ていた。

 ……寝ていたというか、ベッドじゃなくて、そこら辺の床に転がっていた。

「なんてところで寝ているんだ……エリゼ?」
「うぅ……」

 軽く揺すると、エリゼがこちらを見る。
 その顔は青い。

「エリゼ!? どうした、大丈夫かっ」

 まさか、なにかしらの病気に……?
 でも、エリクサーを飲んだことで、その問題は解決したはずだ。
 いったい、どうして……

「お、お兄ちゃん……」
「なんだ? どうした?」
「……頭が痛い、です……ガンガンと、割れるみたいに痛いですぅ……」

 ……えっと。

「お願い、レン……あまり大きい声を出さないで」
「うぅ……頭が痛いわ……なによ、これ」
「あうあう……どうにかなってしまいそうですわ……」
「頭の中で鐘を鳴らされているような、そんな気分です……」

 みんな、揃って頭痛に襲われているらしい。
 つまりこれは……

「なんだ、二日酔いか……」

 思わずため息をこぼしてしまう。
 そりゃ、アルコールに耐性のない子供が酒を飲めば、そうなるよな。

 まったく、人騒がせな。
 でも、病気じゃなくてよかった。

「うぅ、お兄ちゃん……私、どうなってしまうんですか……?」
「どうにもならないよ。寝てれば治る」
「そうなんですか……?」
「冷たい水を飲めば、少し楽になるだろう。待っててくれ」

 みんなの分の水を汲んできた。
 それぞれに水の入ったコップを渡した。

「俺は隣にいるから、なにかあったら呼んでくれ」

 そう言い残してリビングに移動した。

 せっかくの休日だ。
 なにかしたいとは思っていたが……
 今の状態のみんなを放置することはできない。

「ローラ先生に言って、二日酔いの薬をもらってきた方がいいかな? いや、どう言い訳したらいいんだ?」

 二日酔いの薬が必要な理由を聞かれたらアウトだ。
 うまくごまかす自信はない。

「みんなには悪いけど、自然に回復するのを待ってもらうしかないか……ん?」

 コンコンと扉がノックされた。
 誰だろう?
 怪訝に思いながら扉を開けると……

「やっほー」

 メルがいた。
 なぜか、大きなバッグやらリュックやら、大荷物を手にしている。

「どうしたんだ?」
「まずは、これをどうぞ」
「これは……二日酔いの薬?」
「必要でしょ?」
「どうして、そのことを……?」
「ふふっ、あの賢者を再び驚かせることに成功したね。この瞬間は、何度味わってもたまらないよ」
「えっと……?」
「ああ、ごめんごめん。正解を言わないといけないよね。まあ、単純な話。昨日、レンと話をした時にちょっとお酒の匂いがしたから、が二日酔いになっているんじゃないかな、って思ったんだよ。まあ、レンじゃなくて他のみんなみたいだけど」
「ああ、そういう」

 種を明かされると簡単な話だった。

「それで……そっちの荷物は?」
「あれ? 聞いていないのかい?」
「なにを?」
「挨拶をしておこうかな、って」
「うん?」

 メルはなにを言っているのだろうか?
 挨拶と言われても、なんのことか……

 って、もしかして。
 とある可能性が思い浮かぶ。
 そういえば、隣の部屋はまだ空いていたはず。
 そして、大荷物を持つメル。
 自然と答えが導き出される。

「ふふん、察したみたいだね?」
「メルは……隣に?」
「正解! 隣人として歓迎してくれる?」
「急な話だな……どうしてだ?」
「むー、つれないなあ。昨夜、一緒に協力しようって約束したばかりじゃない」
「それとコレがどう繋がる?」
「同じ目的を持つんだから、近くにいた方が色々とやりやすいでしょ? それともなに。ボクと近くの部屋なんて絶対にイヤ、っていう感じ?」
「そんなことはないけど……」
「なら、問題ないね。今日からよろしくお願いね♪」
「あっ、おい」

 メルはひらひらと手を振り、隣の部屋に向かおうとする。

「ん? まだ質問が? 悪いけど、後にしてくれないかな? この荷物、けっこう重いんだよ」
「あー……もういいや」

 トラブルの予感がしたけれど、メルを止めることはできそうにない。
 俺、女の子に弱いのかなあ……?

「手伝おうか?」
「ああ、それは大丈夫」
「でも、重いんだろう?」
「重いといえば重いし、荷物の開封や整理には時間がかかるかな」
「なら……」
「はあ」

 なぜか、呆れたようなため息をこぼされた。

「レンは、自分が男ということを忘れていない?」
「うん?」
「ボク、一応、女の子なんだよ? 男であるキミに色々と見せたくないものがある。例えば、下着とかね」
「あ」
「わかったみたいだね? レンの好意は嬉しいけど、手伝えることはないんだよ」
「……みんなに薬でも飲ませてくるか」
「そうするといいよ」

 なんていうか……
 最初から最後までメルのペースだ。
 こんな相手が隣人なんて、大丈夫だろうか?

「そんな不安に思わないでよ。ボクは、自分でいうのもなんだけど、いい女の子だよ? レンを困らせるようなことはしないよ」
「人の心を読むな」
「ふふ、顔に出ているんだよ。実にわかりやすい。賢者ともあろうものが情けないね」

 まったく反論できず、やりこまれてしまう。

 ……コイツ、苦手だ。
 メルと協力関係を結ぶことになり、まず最初に、今後の方針を話し合うことになった。

 最優先しなければいけないことは、魔王の行方を探ることだ。
 ヤツは俺と同じように、この時代に転生しているはず。
 その影がチラホラとしている。

 ただ、その行方は未だにわからない。

 なにを企んでいるのか?
 それはわからないが、ろくでもないことであることは間違いない。
 手遅れになる前になんとかしたいところだけど……

「さて、どうしたものか?」
「やっぱり、魔王の転生体を見つけることを一番に考えるべきじゃないかな?」

 そう意見を求めると、メルはあっさりと言う。

 ここは寮の屋上。
 朝も早いため、他の生徒に話を聞かれる心配はないけど……
 それにしても、わりと簡単に答えを出すんだな。

 俺はけっこう悩むタイプだけど……
 メルは、即決即断なのかもしれない。

「魔王を見つけるのは同意。でも、それをどうするか? あと、それだけでいいのか?」
「って、いうと?」
「500年前もそうだけど……結局、魔王の目的とか正体とか、色々なことが謎のままなんだよな」

 突然現れた世界の脅威。
 恐ろしく強い力を持ち、人類に敵対する存在。

 わかっていることといえばそれだけ。
 その正体や目的。
 人間らしい思考があるのかさえ、わかっていない。

「とはいえ、どこをどう調べればいいか……お手上げ状態なんだよね」
「図書館などの資料は?」
「とっくに調べたよ。でも、手がかりはゼロ」
「欠片もヒットしない?」
「欠片もヒットしないね」

 メルによると、この国だけではなくて、他国の図書館にも足を運んで魔王について調べたらしい。
 しかし、魔王に関する情報を得ることはできない。
 魔王の『ま』の字も記されていないとか。

 まあ、仕方ないと思う。
 450年前に、世界は一度滅びたらしいからな。
 魔王に関することが記された書物があったとしても、その時に失われているだろう。

「手がかりはなしか……」
「ところが、そうでもないんだよね」
「心当たりが?」
「確信はないけどね。闇雲に調べるよりはマシじゃないかな、と思っているよ。アソコなら、ボクたちが望む情報を得られると思う」
「もったいぶった言い方をしないでくれ。正解は?」
「禁忌図書館」

 世界中の裏の書物が集められているという図書館だ。

 人の道を踏み外した外法が記された魔法書。
 秘匿された記録が記された歴史書。

 ……などなど。
 なにかしらの理由により、陽の光を浴びることのない書物が集められた図書館だ。
 世界中の裏事情が詰め込まれている、といっても過言ではない。

「確かに、禁忌図書館なら魔王について記された書物があるかもしれないな」
「でしょ? 他に手がかりもないから、調べてみる価値はあると思うんだよね」
「でも、アソコは立ち入り禁止だぞ?」

 国にとって都合の悪い歴史書が隠されているかもしれないし……
 大量虐殺を可能にする魔法書も隠されていると言われている。

 そんなところなので、当然、一般人の立ち入りは許されていない。
 閲覧目的の図書館ではなくて、情報を秘匿、封印しておくための図書館なのだ。

 そんなことをするくらいならば、いっそのこと、裏の書物は焼いてしまえば? と思うかもしれないが……
 消失すると呪いを撒き散らすという書物もあるみたいだから、下手に手を出すことができないのだ。

 あと、いざという時の切り札として利用したいとか。
 歴史的観点から、全てを燃やしてしまうのは惜しいとか。
 色々な理由があって、処分することは避けているらしい。

「立ち入りが禁止されているのに、どうやって入るつもりだ? まさか、忍び込むつもりか?」
「そんなことはしないよ。禁忌図書館の書物は莫大だからね。一晩、ちゃちゃっと忍び込んで調べられるような量じゃないよ。正式な許可をとって、じっくりと調べないと」
「どうやって許可を?」
「そこで、賢者さまの出番さ」

 イヤな予感がした。

「その力と知恵をもって、なにかいい方法を考えて」
「おいおい……まさかの丸投げか?」
「ボクが下手なことを考えるよりも、レンに全部任せたほうがうまくいくと思うんだよね」
「思わない」
「そこは見解の相違かな?」
「あのな……」

 禁忌図書館の資料を調べるというのは、確かに良いアイディアかもしれない。
 しかし、その方法を全部丸投げするなんて……

 メルのヤツ、面倒だからっていう理由で放り投げたんじゃないだろうな?
 ありえそうな話で頭が痛い。

「というわけで、頼んだよ。ボクはボクで、別の方向からアプローチしてみるよ」
「あっ、おい!?」

 言うだけ言って、メルは去ってしまう。
 アイツ、適当すぎる。

「はあ……とはいえ、他に方法もないか」

 さて、どうしたものか?



――――――――――



「禁忌図書館……ですか?」

 寮のロビーに降りると、ちょうどローラ先生がいた。
 せっかくのタイミングなので、禁忌図書館について尋ねてみる。

「どうして、そんなものに興味を?」
「えっと……なんかすごい魔法を習得できないかな、と」
「ふふ。魔法大会で優勝したのに、ストライン君は、とても勉強熱心ですね」
「あはは……それで、どうにかして入ることはできませんかね?」
「うーん……難しいですね。気軽に立ち入ることができないからこその、禁忌でして……入れる人はごく一部なんですよ」
「ダメですか……」

 予想していたとはいえ、がっくりとくる。

「絶対に立ち入れない、というわけではありませんけどね。保全をする人や、書籍を管理する人。また、書籍の閲覧をする人も、いないわけではありません」
「それ、俺は……」
「うーん……こういうのはなんですけど、ストライン君の家は貴族ではありますが、位が低いので……ちょっと難しいと思います」
「ですかー……」
「位の高い貴族なら、あるいは……というところでしょうか」

 位の高い貴族か。

 ……待てよ?
 それなら心当たりがある。
 禁忌図書館に入るには国の許可が必要だ。
 ローラ先生曰く、相応の人物でないと許可が降りないらしい。

 まずは、手紙を書いて、父さん母さんに聞いてみることにした。
 ウチは貴族なので、ある程度、国の力を利用することができる。
 ひょっとしたら……という思いがあったのだけど、失敗。
 それは難しいという返事があった。

 なので、もう一つの手を打つことにした。

「え? 禁忌図書館に?」

 シャルロッテの家……ブリューナク家は、かなり身分が高い。
 国内でも有数の貴族で、その序列は上から数えが方が早いとか。

 そんなシャルロッテの家なら、なんとかしてくれるかもしれないという期待があった。

「あんなところに入りたいなんて、レンはなにを考えているのかしら?」
「ちょっと調べたいことがあるんだ。悪用はしないって誓うから、なんとかならないかな?」
「そうね。んー……たぶん、なんとかなりますわ」
「マジか!?」
「ふふ、わたくしを誰だと思っていますの? シャルロッテ・ブリューナクですわ! ブリューナク家に不可能はないですわ!」

 すごい、言い切ったぞ。

「じゃあ、さっそく……」
「ちょっと待ちなさい。物事には順序と対価が必要でしょう? そのお願いを聞く代わりに、レンは、わたくしになにをしてくれるのかしら?」
「それは……」
「ですが、ちょうどいいタイミングで、レンにしてほしいことがありますの。わたくしのお願いを引き受けてくれたら、レンのお願いも叶えてあげますわ」
「シャルロッテのお願い?」
「ちょっと、わたくし付き合ってくださらない?」
「いいぞ。どこに行くんだ?」
「おばか。そういう付き合うじゃないですわ。男女の付き合い、恋人になってほしい、っていうこと」
「ああ、なる……なるほどぉ!?」

 あまりにも予想外の爆弾発言が飛び出して、思わず声を裏返らせてしまうのだった。

「今、なんて……?」
「だから、わたくしの恋人になってほしい、って言ったの」

 聞き間違いじゃなかった。

 突然、なにを言うのだろうか?
 今までそんな素振りはなかったと思うんだけど、もしかして、俺のことが好きだったのだろうか……?

 日頃、ツンツンしていたのは好意の裏返し?
 素直になれないだけ?
 そうだとしても、限度っていうものがあるだろうに。

 シャルロッテのことは……まあ、嫌いじゃない。
 むしろ、人として好ましい。

 見た目は美人。
 中身も、強く綺麗な心を持っている。
 魔法が好きだから、気も合うと思う。

 ……あれ?
 実は、かなりいい感じ?
 明日から俺は、レン・ブリューナクに!?
 やばい。
 エリゼがどんな反応をするか、ものすごく気になるぞ。

「ちょっと、聞いていますの?」

 あれこれと妄想を爆発させてしまい、シャルロッテの話をまるで聞いていなかった。

「あ、悪い。聞いてなかった。」
「あのね……このわたくしがちゃんと説明しようとしているんだから、話を聞きなさい!」
「えっと……どういうことなんだ? 俺のこと、好きなのか?」
「そ、それは……」

 一瞬、シャルロッテが視線を外す。

「そ、そういうことではないの。今回の話はそういうことではなくて、う、裏があるのよ。そう、裏があるの!」
「裏?」
「実は、お見合いの話が来ていまして……」
「見合い? シャルロッテに?」
「そうですわ。別に不思議なことじゃないでしょう? わたくしくらいに超絶かわいい美少女なら、世の男達はこぞって求婚したくなるでしょうね! ふふんっ」

 ドヤ顔で胸を張るシャルロッテ。
 ちょっとうざい。

 でも、うざいところが間抜けで、ちょっとかわいい。
 うざかわいい、とでも言うのか?

「あー……でも、なんとなく話が見えてきたぞ」

 これは、よくあるアレだな?
 見合いを断るために、俺をニセモノの恋人に仕立て上げる。
 劇やおとぎ話などでよくあるパターンだ。

 シャルロッテに確認を取ると、そういう認識で問題ないと言われた。
 ただ、疑問は残る。

「見合いって、シャルロッテの母さんが?」
「ええ。母様が進めているの。裏でこっそり進めていたいで、わたくしもつい先日知ったばかりなのよ」
「シャルロッテが望まないのに、そんな話を進めるのか?」

 シャルロッテの父親は色々と問題のある人だった。
 そんな父親の件があるから、望まない見合いなんてさせないように思うのだが……

「母様は、自分と同じ失敗をわたくしにしてほしくないみたい。だから、わたくしにしっかりとした相手を紹介したいみたいですわ」
「あー、なるほどね。基本は、シャルロッテのことを想ってくれているのか」
「見合い相手は、今、選んでいる最中みたい。まだ絞られていないけれど……どれもこれも、そこそこの相手らしいですわ。悪い人、くだらない人はいないと思う」
「なら、受けてみてもいいんじゃないか?」
「イヤですわ。わたくしはまだまだ未熟なので、魔法の勉強を続けたいですし。男なんて、結局、ろくでもない集団ですし。それに……」

 ちらりとこちらを見る。

「それに?」
「な、なんでもありませんわ!」

 なんで、そこで顔を赤くするのだろう?

「と、とにかく。わたくしはお見合いなんて望んでいませんの」
「その気持ち、シャルロッテの母さんには?」
「話しましたわ。でも、母様は押しが強いというか……こうするのがあなたのためになるのよ、って話を聞いてくれません。頑固なのです」
「さすが、シャルロッテの母親だな」
「それ、どういう意味です?」
「えっと……そ、それで、俺の出番というわけか」
「そういうことですわ。わたくしに恋人がいるとわかれば、母様も諦めるはずですわ」
「でも、俺で大丈夫か? 娘をたぶらかす馬の骨として処分されたりしないか?」
「しませんわ。母様をなんだと思っているのです?」

 だって、シャルロッテの母親だし。
 シャルロッテをそのまま成長させて、さらに個性が強くなった、という感じをイメージしている。

「そういうわけだから、恋人のフリをしてくれません? フリとはいえわたくしの恋人になれるのですから、もちろん、OKですわよね? 嬉しいですわよね?」
「いや、別に」
「嬉しくないのです?」
「特に思うところはないかな」
「……うううううっ」

 シャルロッテがむぐぐぐと歯を噛んだ。
 子供みたいだ。
 拗ねるところがちょっとかわいい。

「まあ、いいや。そういうことなら引き受けるよ」
「いいのです?」
「禁忌図書館の件もあるし……それに、困っているんだろ? なら、力になるさ」
「ありがとうございますわ! やっぱり、レンは頼りになりますわね」

 シャルロッテは喜びを表現するように、笑顔で俺の手を握る。

 少しドキッとした。
 癖のある性格をしているものの、シャルロッテは普通にかわいいからな。
 そんな行動をされると、色々と勘違いするヤツが出てくるぞ?

 ……ここは女の子しかいないから、勘違いするヤツなんていないか。
 いや、勘違いするヤツがいてもおかしくない?
 お姉さまとシャルロッテのことを慕い、女の子と女の子の関係……
 うん。それはそれで悪くないな。

 って、アホなことを考えている場合じゃない。
 ちゃんと話を聞かないと、また怒られてしまう。

「それで、俺はどうすればいい?」
「このままだと、お見合いは2週間後くらいにセッティングされるから……そうね、来週、レンを恋人として母さまに紹介いたします」
「なんで来週?」
「いきなり紹介しても、ボロが出るかもしれないでしょう? 色々と練習をして、1週間で恋人らしくならないと」
「それもそうか」
「そういうわけだから、レンは今日からわたくしの恋人よ! よろしく」
「ああ、よろしく」

 思わぬ展開になったけれど……
 この件をうまく解決すれば、禁忌図書館に入ることができるかもしれない。
 報酬のためにがんばることにしよう。

 あと、シャルロッテのためにも。

「ところで……」
「どうしたんだ?」
「恋人らしさって、どうやって身につければいいのかしら?」
「……さあ?」

 前世では戦うことばかり考えていた俺に、そんな質問をしないでほしい。
「お、お兄ちゃんに恋人……彼女……むうっ、むうううううぅ!」

 寮のラウンジに移動して、シャルロッテのことをみんなに相談した。

 色恋の知識はさっぱりだ。
 その点、みんなは年頃の女の子だから、そういう話には詳しいだろう。
 そう思い、協力を仰ぐことにしたのだけど……

「んー……お姉ちゃん、そういうのはまだ早いと思うわ。レンは、もっと私に甘えてくれないと」
「まさか、レンとシャルロッテがそんな関係になるなんて……ダークホースね。ちょっとのんびりしすぎたかしら?」
「はわっ、はわわわ……しゃ、シャルロッテ様とレン君が、お、おおお、お付き合いを……!?」
「ほうほう。それはそれは、とても楽しそうだね! うん、ボクもやってみたいかも」

 アラム姉さんは、よくわからないことを口にして。
 アリーシャは真剣な顔になって、ぶつぶつと呟きつつ考え事をして。
 フィアは、本気で俺達が交際を始めたと勘違いしていた。
 メルは、ニヤニヤと笑っていた。

 最後にエリゼは、ものすごく膨れていた。

 なんだ、この反応?

「ちょっと、勘違いしないでくれません? レンと、その……ほ、本気で付き合うわけないじゃない。あくまでもフリですわ、フリ」

 シャルロッテが慌てて否定した。
 そこまで強く言われると、それはそれで微妙な気持ちになるな。

「ま、まあ、どうしてもというのなら、レンを、その……ほ、本当の恋人に……して、も……な、なんでもありませんわ!!!」
「?」

 シャルロッテの態度もよくわからないな。
 みんな、色々と様子がおかしい。

「ふしゃー……!」

 エリゼは興奮のあまり猫化していた。
 落ち着いて。
 今も話したように、あくまでもフリだからな?

 前々から思っていたのだけど……
 エリゼはブラコンなのかもしれない。
 慕ってくれるのは嬉しいけど、たまに度が過ぎる時があるような?
 将来は俺のところから離れて結婚するのだろうから、そろそろ兄離れをした方がいいのだろうか?

 まあ、それはそれで寂しいかもしれない。
 って、話が逸れた。

「えっと……改めて説明するぞ?」

 シャルロッテが見合いを持ち込まれて困っていること。
 それをなくすために、俺が恋人のフリをすること。
 その二点を説明した。

 ちなみに、報酬として禁忌図書館に立ち入れるようにしてもらうことは黙っておいた。
 なんでそんな報酬を望んだのか?
 説明すると、かなり話がややこしくなるからだ。

「なるほど、そういう……よかった、お兄ちゃんに恋人ができたとかいう話じゃなくて……安心しました」

 なんで安心なのだろう?

「それで……そんなことをあたしたちに話して、どうするつもり?」

 アリーシャが小首を傾げた。
 他のみんなも同じような反応だ。

「来週までに、俺とシャルロッテがちゃんとした恋人に見えるようにしたいんだ。そのためにどうしたらいいか、相談したくて」
「なるほどね……うん、事情は理解したわ。そういうことなら協力してもいいわ」

 そういうこと?
 別の事情が絡んでいたら、協力してくれなかったのだろうか?
 なんとなく気になるものの、今は話を進めることを優先して、疑問は飲み込んだ。

「どうすればいいと思う?」
「そうね、まずは……」



――――――――――



 特訓その1。
 手を繋ぐ。

 というわけで……
 アリーシャの提案で、手を繋いでみることにした。

「……」
「……」

 なんとなく恥ずかしい。
 女の子の手って、小さくて柔らかいんだな。

 前世では戦いばかりで、恋愛をしたことがない。
 だから、実を言うと、女の子の手をまともに握るなんて初めての経験だ。

 エリゼの手を引いたことはあるが、あれは、妹だからカウントされないだろう。
 アリーシャと握手をしたこともあるが、あれは握手であって、手を握るというものとは違うと思う。
 男心は複雑なのだ。

「ちょっと照れますわね」

 意外というか、シャルロッテは頬を染めていた。

 『超絶かわいいあたしと手を繋ぐことができるなんてラッキーですわね!』とか言うと思っていたけど、そんなことはなくて普通に照れていた。
 女の子らしい。
 素直にかわいいと思う。

「むぅ……レンの鼻の下が伸びているわ」

 なぜかアリーシャに睨みつけられた。



――――――――――



 特訓その2。
 一緒に登校。

「恋人と言えば、一緒の時間を過ごすことが大事です。なので、一緒に登校してみるというのはどうですか?」

 そんな妹の提案で、俺とシャルロッテは待ち合わせをして、一緒に登校することにした。
 もちろん、二人だけだ。

「おまたせしましたわ」
「じゃあ、行こうか」
「ええ」

 シャルロッテと並んで学院までの道を歩く。
 短い間だけど、今は二人きりだ。

 なぜだろう?
 シャルロッテが隣にいるだけで、いつもと違うような気がした。
 華やかというか、心地いいというか……

「なんか、変な気分ですわね」
「シャルロッテもそう思うか?」
「ということは、レンも?」
「いつもと違う気分だ」
「これはこれで悪くありませんわね」

 俺とシャルロッテは仲良く登校した。

「むううう……釈然としません、もやもやします」

 こっそり様子を見ていたエリゼがメラメラと燃えていたらしいが、それはまた別の話だ。
「やっぱり、恋人といえば距離感よ」

 アラム姉さんは得意そうにそう言った。

 おかしいな?
 アラム姉さんに彼氏がいたという話は聞いたことがないんだけど……
 どうして、そんなに得意そうなんだろう?

「自然と生まれている距離感が大事。そこで距離が開いていたら、不自然に見えて、本当の恋人ではないとバレてしまうと思うわ」
「なら、どうしたらいいんですか?」
「距離感っていうものは、長い時間をかけて作るもの。一朝一夕では難しいわ。だから、せめて物理的に近くなりましょう」

 だから、なんでアラム姉さんはそんなにドヤ顔なのだろう?
 恋愛マスターなのだろうか?
 恋愛をしたことがないはずなのに?

 とにかく。

 アラム姉さんの言う通り、俺とシャルロッテは物理的な距離を近くしてみることにした。
 具体的にどうしたかというと……

「……」
「……」

 肩をぴたりとくっつけて。
 ついでに、手も握り。
 並んで座る。

 これは……恥ずかしいな。
 触れ合うところから、シャルロッテの体温が伝わってくる。
 その温もりが心地良いやら恥ずかしいやら……なんて表現したらいいのだろう?

 こんな経験、初めてだ。
 前世で戦いばかい追い求めていた弊害が、今、やってきていた。

「んー……ちょっと物足りないわね。シャルロッテさん」
「は、はい?」
「もう少し、レンにくっついてくれない? こう、肩に頭を乗せて、甘えるような感じで」
「そ、そのようなことをしなければいけませんの!?」

 シャルロッテが悲鳴のような声をあげた。

「あー……アラム姉さん、いきなりレベルを上げなくても。シャルロッテも、嫌なことは無理にしなくてもいいぞ」
「べ、別にわたくしは、嫌なんてことは……」
「え?」
「な、なんでもありませんわ!」

 嫌じゃないとしたら……
 ……
 なんなんだ?

 考えたけど、シャルロッテの言葉の意味がわからない。

「えっと、その……こ、こうすればよろしいんですの?」

 シャルロッテが、そっと俺の肩に頭を乗せてきた。
 なんだか、警戒心の高い野良猫みたいだ。

 でも、餌付けされたら、とことん甘えてくる。
 そんな感じ。

「二人共、ちょっと表情が固いけど……まあ、そこはおいおい慣れていくでしょう。見た感じは、わりといいわ。うん。こうして見ると、シャルロッテさんも悪くないわね。家柄も見た目も性格も問題ないし、レンのお嫁さんに……」
「ふ、フリですわよ!?」

 暴走を始めるアラム姉さんに、シャルロッテは赤くなりつつ、声を大きくするのだった。



――――――――――



「次は、ボクとフィアの案だよ」

 メルがうきうきで。
 フィアは、おどおどで。

 そんな感じで話を切り出してきた。

「え、えっと……やっぱり、恋人らしさというのは目に出てくると、お、思うんです」
「うんうん、フィアの言う通り! 相手のことを見つめる目! 瞳! そこに愛情が込められていて、優しさも含まれている。それが恋人、っていうものだよね」

 アラム姉さんと同じように、メルはドヤ顔で語る。
 前世では恋愛経験豊富だったのだろうか?

「そんなわけで、じっと見つめ合って。もちろん、ただ見つめ合うだけじゃダメ。相手への想いを込めて、言葉でなくて視線で伝えるように」
「が、がんばってください!」

 言われる通り、シャルロッテと見つめ合う。

「……」
「……」

 視線と視線が交差する。
 しかも、距離が近い。

 なんていうか、これ……
 照れるな。

 ついつい目を逸してしまいそうになるのだけど、

「はい、そこ! しっかりと見つめ続ける」

 メルのチェックが入り、視線を外すことは許されない。

「……」
「……」

 さらに視線を交わしていく。

 なんだか頬が熱い。
 俺、照れているのかな?

 それはシャルロッテも同じかもしれない。
 朱色の頬。
 潤んだ瞳。

 そして……

「お? これは、脈アリかな? どっちが、とは言わないけどね」

 なんて……
 メルは一人、ニヤニヤと笑っていた。