その後も、何人か家庭教師を雇ってもらうものの……
 いずれも『自分には無理だぁあああ!』と叫びながら出ていってしまい、魔法を教えてもらうことは叶わなかった。

「いったい、どうして?」
「「レンのせいだから」」

 父さんと母さんに、揃ってツッコミを入れられてしまった。
 俺のせいと言われても、ないもしていない。
 先生が間違った魔法理論を教えてくるから、その間違いを指摘しただけなのに。

「しかし、困りましたね」

 母さんがため息をこぼした。

 俺が魔法の勉強をすることは賛成だけど、どうやって伸ばせばいいかわからない。
 そんな感じで、難しい顔をしている。

「お父さん、どうしましょうか?」
「そうだな……ふむ、こうしてみるか」

 父さんは何か思いついた様子で、こちらを見た。

「レン。今すぐというわけにはいかないが……学校に通ってみるか?」
「学校ですか?」
「エレニウム魔法学院だ。聞いたことはあるだろう?」

 エレニウム魔法学院。
 別名、魔法使い育成学校。
 その名前の通り、魔法使いを育成することを目的として設立された学校だ。
 エリートのみが入学することを許される、超難関と聞く。

 確かに、そこなら高度な知識、技術を学ぶことができるかもしれない。
 その中に、俺が求めるものがあるかもしれない。

 しかし……

「入学できるんですか? 俺、男ですよ?」

 現代では、魔法を使えるのは女性だけ。
 ならば、学生も女性だけ。

 そんな中に、男である俺が入学できるのだろうか?

「うーん、そこなんだよな」

 父さんは難しい顔をした。
 俺と同じ懸念を抱いているらしい。

 対する母さんは気楽なものだった。

「大丈夫ではありませんか?」
「しかしだな……レンは男だぞ」
「でも、魔法が使えるんですよ? 学校に入学する方法は、試験をくぐり抜けることと、魔法を扱えること。条件はクリアーしています。レンなら試験はきっと突破できるわ」
「う、む……そうだな。男ではあるが、レンならあるいは……」
「えっと……結局、俺は学校に通えるんですか?」
「レンならきっと大丈夫よ。私が太鼓判を押してあげます」
「やった!」

 わくわくしてきた。
 学校に通うことができれば、俺はさらに強くなれるに違いない。

「じゃあ、さっそく手続きをお願いできますか!?」
「落ち着いて、レン。残念だけど、入学できるのは十五歳からなの。初等部、中等部もあるにはあるんだけど、そちらでレンが学べることは少ないと思うわ。だから、十五までは独自に勉強を重ねて、十五になったら高等部に入学する……それが一番だと思うの」
「……なるほど」
「あと10年近く待たないといけないんだけど……やっぱり、無理? どうしてもっていうのなら、初等部からでもいいんだけど……」
「ちなみに、初等部の授業はどういう内容なのか知っていますか?」
「……今まで、あなたにつけた家庭教師の授業の内容が中等部始めくらいかしら」
「……なるほど」

 そうなると、母さんの言う通り入学しても無駄だ。
 十五歳になるのを待って、高等部に入学した方がいい。

「わかりました。しばらくは自主練に励むことにします」

 父さんと母さんを困らせるつもりはない。
 もどかしさはあるものの、無茶を言わず、俺は素直に頷いた。



――――――――――



「さて、どうしたものか」

 一人になり、ふらふらと庭を散歩する。

 10年近く待たされてしまうから、その間、援助は惜しまないらしい。
 欲しい物があればなんでも言ってほしい、と母さんと父さんは言ってくれた。

 とりあえず、片っ端から魔法書を集めてもらうことにしよう。
 もしかしたら、俺の知らない知識や技術が眠っているかもしれない。
 淡い期待だが、なにもしないよりはマシだ。

 それと、自主訓練を欠かさないようにしないと。
 一日一日の積み重ねが大事だ。

 10年近く待たないといけないというのは、もどかしくはあるが……
 逆に考えよう。
 10年も研鑽を積むことができる。

「うん。しっかりと訓練を重ねていけば、きっと、前世よりも強くなれるはずだ」
「お兄ちゃん」
「そうなると、日々のトレーニングメニューを見直した方がいいな。今までは短期集中型のメニューだったから、これからは長期用のメニューに変えて……」
「お兄ちゃん、聞いていますか?」
「なに、時間があると思えばいい。一歩一歩前に進んで、必要なことを積み重ねていく。そうやって力をつけて、いずれ魔王と……」
「もうっ、お兄ちゃん!」
「うわっ!? え、エリゼ……?」

 気がついたらエリゼがすぐ近くにいた。
 頬を膨らませていて、不機嫌ですよ、と全力でアピールしている。

 いったい、いつの間に?
 どうやら、考え事に夢中になりすぎて気づかなかったみたいだ。

「どうしたんだ、エリゼ? というか、驚かさないでくれ」
「私、何度も話しかけましたよ。それなのに、お兄ちゃんが気づいてくれなかったんじゃないですか」
「悪い、ちょっとぼーっとしてた。それで、どうしたんだ?」
「お兄ちゃんと一緒にお散歩に行きたいです」
「いいよ。じゃあ、庭を……」
「違います。今日は秘密の場所に行きたいです」
「……あそこか?」

 秘密の場所というのは、街の外にある丘のことだ。
 花畑があり、とても綺麗な場所ということを覚えている。

 この街……『フラムベルク』は魔物対策として、四方を高い壁に囲まれている。
 街の外に出る時は、衛兵の検査を潜り抜けないといけないのだけど……
 壁の一部に穴が空いていて、子供なら通れるようになっている。

 以前、それを偶然見つけた俺とエリゼは、そのまま外に出て、街の外にある丘まで散歩をした……というわけだ。
 父さんや母さんに知られたら大目玉確実だ。
 故に、これは二人だけの秘密。

「お花畑に行きたいです」
「しかしだな……」

 エリゼは体が弱い。
 あまり無茶をしたら、再び寝込んでしまうかもしれない。

 強くなることが第一の目的で、他人のことはわりとどうでもいいはずなのだけど……
 でも、エリゼのことは妙に気になる。

 なんだろうな、これは?

「お兄ちゃん。今日の私、すごく体の調子がいいんです。だから、お願いできませんか?」
「うーん」
「絶対に無理はしません。お兄ちゃんの言うこともちゃんと聞きますから」
「……わかった。そこまで言うのなら」

 確かに、元気なように見えるし……
 いざという時は、魔法を使って家に戻ればいいか。

 ただ、このことがアラムにバレたら面倒なことになりそうだ。
 ギャーギャーと怒鳴り散らされるに違いない。
 まあ、あの試合以来、アラムは意気消沈して別人のようにおとなしくなっているから、そんな気力はないかもしれないが。

「じゃあ、行こうか」
「はい♪」



――――――――――



 秘密の抜け道を通り、街の外にある丘へやってきた。
 以前来た時と同じように、たくさんの花が咲いている。
 夜空の星が地上に舞い降りたかのようで、とても綺麗だ。

「わぁ」

 エリゼが目をキラキラと輝かせる。

「綺麗ですね、お兄ちゃん」
「そうだな」
「せっかくだから、花かんむりを作ってあげましょうか?」
「えっと……俺、男なんだけど」
「大丈夫です。お兄ちゃんなら、きっと似合いますよ」

 あまりうれしくない言葉だ。

「あれ?」
「どうしたんだ、エリゼ」
「あそこ……誰かが倒れています!」

 そう言って、エリゼが指さした先には……
 ボロボロのローブをまとう骸骨の姿があった。