黒歴史小説 トリプルエッジ


 俺は海呪城の門前に立った。
 それを見たミノが駆け寄ってくる。

「黒王様、本当にそのまま、飛び降りるのですか? 城内には、妖鳥と呼ばれる大きな鳥がいます。それに、お乗りになられた方が……」
「いらねぇ……。婦子羅姫を乗せろ。俺が隙をつくるから、その間に、〝悪魔の蓄音機〟の中に入れ。あとから、俺も行く」
「は!」
 ミノが足早に去っていく。
 それと入れ替わりに婦子羅姫が現れた。
 なにやら、浮ばない顔でモジモジしながら俺の顔を窺っている。

「どうした? もう、そろそろだぜ」
「いや……さっきはすまぬ。そなたのことを恐ろしいと……」
 婦子羅姫はチラチラと俺の顔を見ては、視線を落としている。

「別に怒ってないよ。気にすんな。でも……今は恐くないのか?」
「ああ、そなたは妾を守ってくれると言った。だから、恐くない」
「そっか……んじゃ、俺は先に行くぜ」

 門が、「ギギー」という音をたてて、開かれる。
 
 五千メートル近い上空からはぴゅうぴゅうと、強い風が吹いている。
 マントがバサバサと激しく揺れる。

 考えてみりゃ、俺、真っ黒だぜ。
 槍も、鎧も、マントも、仮面も……もしかしたら、心も……。

 俺は何も考えずに、門を飛び越えた。
 門の外は、青い空。足場などない。
 何も考えずそのまま、落下していった。

 パラシュートをつけないスカイダイビングのようなものだ。
 徐々に、落ちるスピードが速くなる。

「あれか……」

 ちょうど、古城の真上に、その戦艦は浮んでいる。
 俺は槍を真下に向けて、投げつけた。

 別に、そんなに力を入れたわけでもない。
 だが、槍は光りより速く、風を突き抜けていく。
 戦艦に当たると、厚い何重もの装甲を突き破った。

 やがて、「ぼん!」という音が鳴って、甲板から火があがった。

「次は……」

 遅れて、俺が戦艦の上に飛び乗った。
 何千メートル上から、落ちて来たというのに、体にはなんの異常もない。
 これが魔王の力か……。

「この戦艦、デカすきなんだよ」

 俺は拳を上空にかかげた。
 指先からはビリビリといった、黒い電磁波みたいなのが流れている。
 それを厚い装甲に思いっきりぶつけた。

 拳を当てたところから中心にして、波のように黒い電磁波が艦全体に広がっていく。
 戦艦が大きく、揺れだす。
 所々に、火花が散り、機械が故障を訴えている。
 
 それらを確認すると装甲を突き破って、艦内に侵入した。
 俺が入ったところは、廊下だった。
 中には、頭から猫のような縦耳を立てた兵士が数人いた。

「だ、誰だ! 貴様!」
「黒王だよ、覚えときな」
 
 その猫人間達を拳で黙らせ、奥へと進んだ。
 動力部はどこだ?
 ドアを手当たり次第にぶち壊して、探す。

「これか……」
 そのドアは、普通のドアと違って、〝CAUTION〟と書かれている。
 コンピュータロックで厳重に守られていた。

「ち、めんどくせぇ」
 俺はドアを力任せに蹴破った。
 文字通り、扉は大破した。

「さすが、魔王の力」
 部屋に技師が何人かいた。
 迷うまでもなく、気絶させる。
 中は薄暗く、奥には巨大なエンジンが「ブウウウ」という音をあげて、動いていた。

「これか……」

 拳を突き下ろす。
 たった一撃で、エンジンは鉄クズとなった。
 艦がガクンといって、力が抜けたような揺れを起こす。

「よし、こんなもんか……」
 俺は力任せに、厚い壁を壊して、戦艦から脱出した。

 静かだった森に、邪気が広まる。

「な、なんだ。この感じ」
 僕は身を起こして、空を見上げた。
 気がつけば、北の空から、黒い雲が近づいていた。

「青山、気づいたか」
 ドラムも、何かに感づいたようだ。
 森の動物や獣達の様子がおかしい。
 何かにおびえている感じがする。

「こ、これは……」
 ずっと前に、この嫌な感覚を味わったことがある。
 これは一年前の……。

「ドラム!」
「どうした?」
「この森には何がある?」
「……なんのことだ?」
「この森の奥に、なにか、恐ろしいような、禍々しいものを感じる……」
「なに……。よし、行ってみるか」

 僕とドラムは森を駆けていく。
 奥に進むごとに、邪気が強くなる。

 なんだ……なんなんだ、一体、この感じは……。
 胸騒ぎがする。

「青山! 止まれ!」
 突如、ドラムが手を挙げた。
「ど、どうしたんだ?」
 ドラムが目を細めて、辺りを見渡す。

「来るぞ……」
 ドラムの予感は当たった。
 ものすごい数の化け物達が、一斉に襲い掛かってきた。

 僕とドラムは互いの背を合わせて構えた。

「いくぞ、青山」
「ああ」

 あいにくだが、ドラムとの戦いで符などの武具を全て使いきってしまった。
 身体から発する術もいくつか、あるが、危険を伴うものが多い……。
 残るは己の体のみ。気術と武術だけだ。

 一匹の化け物が僕に飛び掛かる。
 拳をつくり、光らせた。
 この光りは、気術の一つだ。
 全身の気の流れをコントロールし、一点に集中させることによって生じる。
 その光りは、鋼にも勝る硬さと力を備えている。
 卓越した気術の達人ともなれば、全身を光らせる事も可能だと聞く。

「うおおおお!」
 拳を化け物の顔面に直撃させた。骨が砕ける音がする。

 休むも暇ななく、次は五匹も襲い掛かってきた。
 今度は気を右脚に集中させる。

「ドラム、背中を借りるぞ!」
 言われて、彼はキョトンとしていた。
 僕はドラムの背中に左足を乗せて蹴り上げると、その反動で右足を伸ばし、空中で一回転した。

 五匹の化け物は僕の空中回し蹴りをくらって、呆気なく倒れた。
 ドラムは鼻で笑った。
「可笑しな戦い方だ」
 そう言うドラムは、武具がなくても術を仕えるので、難なく化け物達を退けていく。

「青山、この魔族達、なにか、おかしいぞ……」
 僕は戦いながら、叫んだ。
「どうして!」
「この森の生き物達と同様におびえている……」
「なんだって……」
 気がつけば、化け物達は全て倒れていた。

 僕は息を荒らして、ドラムに訊いた。
「この森全体が、何かにおびえているということか?」
「ああ……。確かに、この森の魔族は悪さばかりしていたが、ここまで凶暴な姿は見たことがない。この魔族達を操っているのは恐怖だ」
 森の奥からは未だに、邪気が強く感じられる。
 僕たちは先を急ぐ。

 その後も、何回か、先ほどと同じように化け物達が襲ってきた。
 いずれも、何かにおびえた目をしていた。

「ここか……」
 そこには、どす黒い水が溜まっている堀で囲まれた古城があった。
「ドラム、なんだ……この城は」
 横に目をやると、ドラムは額からたくさんの汗を流していた。
「そ、そんなバカな……なぜ、〝これ〟が、ここに……」
 ドラムは首を振って、後退りした。
 あの冷静沈着な彼をここまでおびえさせる、この古城の存在は一体、何だというのだ。

「ドラム、この城はなんなんだ」
 だが口をパクパクと動かしただけで、声を発していない。
「しっかりしろ!」
 僕がドラムの肩を揺さぶると、彼はハッとした顔で、答えた。
「こ、この城は……忘れもしない……その昔、マザー全土を滅亡までに及ぼした呪われた城……」
「呪われた城?」

 震える指先で口に手をあてる。
「そうだ……通称、〝悪魔の蓄音機〟」

 ドラムは全身の力がどっと抜けたように、その場に膝をついた。

「こ、これが……ここにあるということは〝ヤツ〟も復活したのか……」
 一人合点するドラムを、訳も分からずに見ていた。

「なあ、この城の事を知っているのか?」

 僕にきかれてドラムは力なく頷く。そしてぽつぽつと、語り始めた。

 この地球、マザーをめぐって、戦った魔族のこと。
 それらを統べた魔族の王、タイガのこと。
 王が行方不明になったあとに、現れた魔王、ロンゼ・ブリード。
 そして、魔王がつくった、史上最悪の兵器〝悪魔の蓄音機〟のこと……。

 ドラムは語りだしてから、冷静さを取り戻してきた。
 この地球に関することを全て語り終えると、立ち上がった。

「つまり、あれが全てを終わらせ、また、全てを創めたのだ」
 話のスケールの大きさに、身を震わせた。
「あ、あんな古城が、この地球を……」
「そうだ……地獄はもう二度と見たくない」
 ドラムは右手を開くと、古城に向けた。

「ど、どうする気だ?」
「壊す」
「どうやって?」
「月花陣をかける」
 そう言うと、ドラムの手は桃色に光っていた。

「そんな! 月花陣は未完成だと、自分で言っていたじゃないか!」
「それは、お前が使っている術のことだ。私の術は完成している」

 ドラムが「陰!」と印を結んだ。
 城の周りに線が引かれていき、円が描かれる。
 やがて円陣に、桃色の花が描かれ、光りだした。

「見ておけ……これが、完成した月花陣だ!」

 僕が今まで使っていた術はこれで完成だった……。

 しかし、ドラムのかけた月花陣はまだ終わっていない。円陣から薄い膜が球状に広がっていく。
 円陣ではなく、球陣となったのだ。
 大きな球が城を包んでいる。

「こ、これが……完成した月花陣……」
 僕は思わず、息を呑んだ。

「そうだ、お前の使う月花陣には、隙がある。それは円陣だ。所詮、『円では中のものを閉じ込められない』それが、原因だ」
 ドラムは人差し指を立てて、腕を上げた。

「忌まわしき城よ。これで、お前を見るのも最後だ!」
 その時だった。城の真上に、大きな戦艦が現れた。

「ドラム、あの戦艦は!」
「あれは……」
 彼が顔をしかめていると、戦艦から「ぼん!」という爆発音が聞こえた。

 しばらくすると、戦艦が傾く。
 船の上には、なんと城が浮かんでいる。
 青い色の城。
 それは戦艦めがけて突っ込んできた。

 大きな音を立てて、戦艦と城は衝突する。
 煙をあげると、その二つは森の奥へと落下していった。

 艦の揺れが、次第にひどくなっていく……。

 私は突然のことで何が起こったのか分からず、ただその場で突っ立っていた。

「た、退避じゃ……総員退避!」
 血の気の薄い顔で、ハークが叫ぶ。
「何をしておる! 真帆、おぬしも……」

 その瞬間だった。
 モニターに、巨大な浮遊城がこっちに突っこんでくる映像が流れていた。

「こ、これは!」
 
 どーん!

 轟音が耳を打つ。
 気がつけば、私は宙を飛んでいた。
 まるで、宇宙船の中みたい。
 しばらく、眼に映るものは、全てスローモーションのようにゆっくり動く。

 私は宙で背中を反って、そのまま、指令室の壁に頭をぶつけた。

「プツン」と、テレビの電源を消した時のように、意識がふきとんだ。


「……じょうぶ……ねえ、大丈夫? 返事をしてよ!」

 頬をニ、三回叩かれて、私は目を覚ました。
 瞼を開くと、そこにはペータンがいた。
「よかった……お姉ちゃんが死んだら、ハーク様に叱られちゃうよ」
 ペータンはにっこり笑って、がれきに埋もれた私を助けてくれた。

「ありがと、ペータン」
「ヘヘヘッ、それより、ハーク様は?」
「あ、そう言えば……」
 私とペータンは、辺りをぐるっと見渡す。

 空中戦艦、ハーリー号は、空から突っこんできた謎の浮遊城と重なるようにして、墜落していた。

 例の古城とは、かなり離れたところに落ちたようだ。
 私とペータンは半壊した戦艦から出た。

 地上には、眼を赤く光らせた獣が二匹いた。

 一匹は軍服をきた猫の姿のハーク。
 そして、もう一匹はハークより、背は高かったけど、小柄な老人。

 老人はミノムシのような汚い格好をしていた。
 遠くから見ていた私のところまで、悪臭が漂ってきそう。

「特攻とは、時代遅れじゃのう……」
「ふぉふぉふぉ、年甲斐もなく、あのようなことを……」
 二匹の会話は穏やかだが、その目つきはとても険しい。

「おぬし、日本の妖怪じゃな?」
「はい、申し遅れました。弔辞六進坊(ちょうじろくしんぼう)鮫嶽蛇偶衛門(さめたけじゃぐうえもん)と申します……」
 ハークが鼻で笑った。

「笑えるな……」
「そうですかな? しかし、先日、ある御方にもらった名の方が、私は気に入っているのです。ミノと……」
 二匹とも笑ってはいたが、依然として赤い眼のままだ。

「そこもとは、五大魔神、ハーク・フォゼフィールド様と御見受けしますが……」
「ほう、わしも、有名になったもんじゃ」
 ミノと名乗った老人が、杖を取り出し、構える。
「では、いざ……」
 二匹の間に、つむじ風が巻き起こった。

「覚悟!」
 老人が襲い掛かった。
 杖を振りかざし、ハークの頭を狙う。
 それに対して、ハークはニヤリと笑って、様子を見ている。

 振り降ろされた杖はハークの頬をかすめ、地面を叩いた。
 ミノは「しまった」と洩らし、振り返る。
 そこには、宙を飛ぶ一匹の猫がいた。

 爪が、にゅっと伸びる。鋭利な爪は老人の肉を容赦なくそぎ落とす。
 ミノは呻き声をあげながら、左腕を押さえている。

「さすがは、五大魔神……この老いぼれ、久方ぶりに血が騒いでおります」
「そりゃ、よかったのう」
「いい加減、私も本気を出させてもらいます」

 ミノの口から、黄色い煙があがった。
 煙に釣られて来たのか、地面の下から、巨大な百足が一匹、現れた。
 ミノはその百足の上に飛び乗ると、杖で頭を叩いて、指示を出す。
 百足は足をぞろぞろと動かして、土を這う。

「気色悪いのう……」
 そう言いながら、ハークは地を蹴って、宙に飛び上がった。
 飛び上がったハークに、百足は素早く、体を巻きつけて捕まえた。
 ギリギリと音をたてて、彼の体を絞めていく。

「ハーク殿には、申し訳ありませんが、日本の妖怪のために、死んでください」
 ミノは百足でハークを絞め続ける。
「くっ……。やはり、この姿では戦いにくいか」
 そう言うと、ハークは百足にガブリと噛みつき、隙を狙ってどうにか逃れた。

 地面に足をつけると、二足歩行であった彼が、腕であった前足を地面の上にのせる。
 四つ足歩行になったのだ。
 ハークは「グルルルッ」と、唸り声をあげて、ミノを睨んだ。
 
 口から鋭い犬歯が覗き、彼の小さな身体から厚い筋肉が浮かび上がる。
 彼の身体が、急変化している。
 活動し始めた力が、全身を覆っていた……いや、隠していた軍服を破った。
 尚も、身体は大きくなっていく。


 そこに、現れたのは巨大な獣だった。
 全長、五メートルはあるだろうか。

「グオオオオオ!」
 その咆哮は耳を押さえていなければ、耐えられないものだった。

「あれが、あのハークさん……」
 私は遠くからそれを見ていたのに、思わず後退りをしてしまった。
 怯える私を見てペータンが言った。

「そうだよ。あれがハーク様の本当の姿さ。僕も初めて見たんだけどね……でも、部下である僕が見ても、今のハーク様は恐いな……」
 普段のハークとは比べようにもならない姿だ。

 地面を蹴って、ミノが乗る百足に飛び掛った。
 ミノはすかさず、百足から飛び降りる。
 ハークが百足に噛みつく。
 百足はじたばたと動いて抵抗したが、ハークの巨大な牙は百足をしっかりと捕まえている。

 鋭い牙が百足の体に食い込む。
 百足も応戦しようと、毒あごで、噛みつこうとした。
 だが、ハークに感づかれ、彼の尻尾で叩かれてしまう。

「グオオオオオ!」
 ハークはついに百足の頭部を噛み千切った。
 渋い顔をして「ペッ」と吐きだす。
 その場には、無残な死骸だけが残った。

「うぬ……さすがは五大魔神。しかし、多勢に無勢という言葉もありましょう。これ、兵法の基本というもの」
 ミノが杖を天に掲げた。
 すると、半壊した浮遊城から大勢の妖怪達が、どっと現れた。

「かかれ!」
 妖怪達はいきり立っていた。
 各々、叫びながらハークに襲い掛かる。

「グルルルル……」
 ハークは、全身の毛を逆立てて、警戒している。

「あ! ハークさんが危ないよ! どうしよう……」
 私がオロオロして、頭を抱えていると、後ろから雄叫びが上がった。

「いけぇ! みんな、ハーク様をお守りしろ!」
 振り返ると、武装した猫人間達がハーリー号から出てきて、ハークの後ろについた。
 ハーク率いる猫人間達、一方、ミノ率いる日本の妖怪達。
 双方、向かい合う。

 始めから、この時を待っていたに違いない。
 がれきの下に身を潜めて、待っていたのだ。
 だが、ハーク軍の方が不利だ。
 数が圧倒的に違う。

 せいぜいが五百人程度。対する妖怪達は、四千を超えている。
 ハークが咆哮をあげる。
 それに呼応したかのように、猫人間達が妖怪達に襲い掛かった。

 戦いが始まった……。
 その戦いの結果は、当初から分かりきっていた。
 次々と、猫人間達は倒れていき、とうとう、数えるほどになっていた。

「ハーク殿、お命、頂戴!」

 ミノが、杖をハークの額に直撃させた。
 ハークはもんどりうって、倒れた。

「いやぁ! ハークさん!」
 彼はピクピクと痙攣して、口から泡を吹いていた。
「ハーク様!」
 ペータンが泣きながら叫んだ。
 気がつくと、私も涙を流していた。

「ハークさんが……ハークさんが……ど、どうしよう。どうすれば、いいの? 私は何もしてあげられない」
 うな垂れて、地面に膝をついた。

「ダメだ……。先輩、走れないよう……もう、私走れない。〝窓〟を開けるなんてこと出来ないよ」
 涙がぽろぽろと、地面に落ちる。

 ぴーひゃららら! どんどんどん! 

 笛と太鼓の音が耳を打った。
 聞き覚えのある音だ。なんだろう……。

 ぴーひゃららら! どんどんどん! 

『戦場に涙は無意味ですよ。お嬢様』

 振り返るとピエロが宙に浮んで、腕を組んでいた。

「ピ、ピエロさん!」
 驚く私を無視して、ピエロは首を横に振る。

「ふう……日本の妖怪どもに弱音を吐いては、‟お父上”に申し訳がたちませんよ、お嬢様」
「だ、だって……」
「だって、ではありません。もう少し、ご自分というものを自覚していただかねば……」
 ため息をついて、やれやれと肩をすくめる。

「そんなことより助けてよ! 早くハークさん達を助けてよ!」
 ピエロが空から地面に降りた。
 目を細めて、必死に戦うハーク達を悠々と眺めている。

「そうですね……。畏まりました、お嬢様……」
 ピエロは腕を空にむかって、指を鳴らした。
 すると、空からコンペイトウのような形をした刺々しい氷塊が、雨のように降ってきた。

 氷の雨は妖怪達の頭を狙って、次々に落ちてくる。
 彼らは逃げる間もなく、倒れていく。
 無残にも、頭部は潰れてしまった。

 止まる事を知らずに、降り続ける。
 無差別攻撃といえた。

 氷塊は妖怪達だけでなく、ハーク達にも落ちてきたのだ。
 やっと、立ち上がろうとしていたハークに、氷塊が二つ落ちてきた。

「グオオオオ!」

 ハークの悲痛な叫び声が響いた。
 それを見ていた敵のミノも絶句した。

「なんたる攻撃だ……これは戦いではない。虐殺だ!」
 そう言ったミノの脳天に、氷塊が刺さった。

「ひ、姫……黒王様……」

 目を上に向けて、地に倒れる。
 敵とはいえ、あまりにも酷い……。

 私はピエロに怒鳴った。

「ちょ、ちょっと! 酷いよ、あんなの! もう、いいじゃない、やめてよ!」
 私がピエロの体をポカポカと、叩いた。
 叩きながら、彼の顔を見上げる。
 その目には、どす黒い闇があった。

「何を言ってらっしゃるのか、よく分かりませんね。私はあなたに言われた事をしただけです。それに、五大魔神のハークが、ここで死ねば、一石二鳥というもの……。ちょうど、いいじゃありませんか」
 ピエロはマスクを被っていたが、マスクの上からでも、彼の不気味な笑顔が感じ取れた。

「そ、そんなの、卑怯よ!」
「これはお父上のお望みでもあるのですよ。言ったでしょう。自覚なさいと」
 瞳の中はブラックホールのような、計り知れない闇だった。
 私は悪寒を感じて、思わず、後退りをした。

「い、嫌よ……絶対に嫌だよ。私、そんなの絶対に許さないから!」

 私は降り続ける氷塊を避けながら、ハークのもとへ走った。
 腹部と前足から、大量の血を流していた。

「グルルルル……」
 ハークは力尽き、瞼が閉じかかっている。

「ダ、ダメ! ハークさん、死んじゃダメ!」
 私は彼の大きな尻尾を引っぱったけど、びくともせず、しりもちをついた。

「と、止まったらダメ、真帆。私は走るんだから!」
 そう自分に言い聞かせながら、必死にハークの体を引っ張る。
 その時、大きな氷塊が、私に向かって降ってきた。
 もうダメかと思った。
 私は覚悟して、目をつぶった。

「あれ……」
 感じない。痛みも、何も感じない……。

 目を開けると、ペータンがいた。
「ペータン!」
 ペータンが私をかばってくれたのだ。
 その小さな体で、巨大な氷塊を受け止めていた。
 小さな体には氷塊の棘が刺さっていた。大きな棘は腹部から背中を突き抜けている。
 私は思わず、ペータンに駆け寄る。
 泣きながら、棘を抜いてあげた。

「ペ、ペータン、どうして……どうして……」
 彼の体は既に体温を失いつつある。
 声を震わせながら、言った。

「だ、だから言ってるじゃんか……ボクはハーク様の忠実な部下だよ。その命令は絶対、守るんだ……だから、お姉ちゃんを守った……でも、理由はそれだけじゃいんだ。ボク……ボク、お姉ちゃんが……」
 言い掛けて、力尽きた。

「ペータン!」
 私は必死に、ペータンの体を揺さぶった。でも、ペータンは目を覚まさない。

「起きて! 起きてよ! ペータン……笑ってよ……いつもみたいに笑ってよ!」
 私は空に向かって、泣き叫んだ。

「いやぁ! こんなの、いやぁ!」
 
 耳元で、プツンと、何かが切れる音がした。

 私は暗くて冷たい、何も無い部屋にいた。
「ここは……また? なの……」
 真っ暗な闇に、スポットライトが当てられた。
 光りが当てられた場所には、石で出来た大きな王座があった。

「一年ぶり……か」
 そこには金色の覆面兜を被った男が一人座っていた。
 よく見ると、たくましい背には大きな白い翼。
 とてもヘンテコな格好をしているのに、妙に似合っているというか、様になっている。

「久しぶりだな」
 私は首を傾げた。
「どこかで、お会いしました?」
「なんだ、忘れたのか? ほら、海峡で会っただろう」
「え、海峡で……」
 このおじさん、何なのかな……。

「まあ、いい。母は元気か?」
 私は俯いて、答えた。
「母は五年前に死にました」
「そうか……すまない」
「いいんです。私、お母さんが死んでも、周りにいい人がたくさんいたから、寂しくありませんでした……あ、あれ……何でだろう。涙が……」

 涙が止まらない。止められない。
 なぜだろう……この人の前では、嘘がつけない。

「すまなかったな……」
 私は涙を拭いて、おじさんの方を向いた。
「何で謝るんですか?」
 その人は立ち上ると、私の頭を撫でてくれた。

「辛い思いをさせた……全て、私のせいだ……」
 おじさんの手は、とても大きかった。
 私の頭がすっぽり入るぐらい。
 頭を撫でてもらうと、なぜか落ち着いた。
 暖かい手がとても心地よい。
 まるで、母さんの膝枕のよう。

「真帆……」
 私は目を丸くした。
「え? どうして、私の名前を知っているんです?」
 おじさんは答えず、私の手に何かを握らせた。
「せめてもの罪滅ぼしだ……。どんなことがあっても、生きてくれ……」
 渡された物は、私の手におさまるぐらいの小さな短剣だった。

「それから、お前の大事に想う人間が近くにいる。その人間は破滅に近づこうとしている。早く……早く、助けねばならない。それは、真帆、お前しか出来ないことだ」
 おじさんはそう言うと、王座に戻る。

「あ、待ってください!」
 スポッライトが消えた。
 また、耳元で、プツンという音が鳴った。

 気がつくと、私はピエロの前に立っていた。

「そ、そんな……あの人は私を見捨てるというのか!」
 私を見て、ピエロが叫ぶ。

 手には夢でおじさんがくれた短剣が握られていた。
「ピエロさん……あなた、嫌い」
「な、何をおっしゃるのですか……お嬢様……」
「私、お嬢様なんかじゃない……。倉石 真帆だもん!」
 短剣を強く握る。剣先をピエロに向けた。
「あんたなんか、大っ嫌い!」
 ピエロはおびえて、私に背を向けると、空に飛び上がった。
 私と少し、距離をおくと振り返る。

「わ、私に立ち向かうとは、愚かな! いいでしょう。殺して差し上げます!」
 ピエロが拳をにぎって、私に向けた。
 拳を開くと、手のひらから、無数の光線が放たれた。

 私は思わず「えいっ!」と言って、剣を振った。
 振ったと言っても、何も考えずに空間を斬っただけだ。攻撃というには程遠い。
 だけど、私が剣を振ると、呼応したように剣が赤く光り、剣の先から灼熱の炎が放たれた。
 炎は光線を掻き消し、勢いを緩めずにピエロを襲った。

「ぐわあああああ! そ、そんなバカなことがあってたまるか! 私は……私は、百八魔頭の一人だ! こんなところでぇ!」
 私がもう一度、剣を振ると、今度は剣が黒く光り、剣から無数の獣が飛び出て、空へ駆け上っていった。
 その獣達の姿は皆、皮膚がただれていたり、骨が体から突き出ていたり、首がなかったり……と、五体満足ではない。
 まるで、地獄から送られてきたようだ。

 獣達は一斉に、ピエロへ飛び掛った。
 逃げる事も出来ず、獣達が彼の肉体を貪る。
 ピエロは恐怖と痛みから、半狂乱の状態に陥っていた。
 息も絶え絶えに呟く。

「こ、これは……タイガの剣」
 やがて一匹の獣が空に向かって、咆哮をあげる。
 すると、何も無かった空間に黒い切れ目が生じ、徐々に開いて楕円の穴ができた。
 その穴は底無しの闇で、中からは黒い腕が何本も蠢いてた。
 獣達は引き千切られたピエロの体を引っ張って、穴の中に入っていく。

「い、嫌だ! 嫌だぁ!」
 ピエロは心底、恐怖を味わっているようで、残った身体をじたばたとさせて、抵抗し続けている。
 だが、獣達は容赦なく、彼を闇の穴へと引き連れていった。
 そして、穴が塞がれると、私の手に握られていた短剣が灰となって、風に流された。


 気がつけば、氷塊の雨は止んでいた。
 ハークは、未だに気を失ってはいたが、息はある。
「よ、よかった……」
 私は、地面にへなへなと腰を下ろした。
 ふと、北の空を見た。。
「あれって……」
 そこには、大きな古城が宙に浮んでいた。

 敵艦から脱出した俺は、古城に向かった。
 向かうと言っても、ただ落下していくだけだ。
「そろそろか……」
 飛び降りる前に、空を見上げる。
「来たか」
 この敵艦よりも遥か上空から、もの凄いスピードで突っ込んでくる海呪城が見えた。
 ミノ……あとは、頼んだぜ。
 

 地上に着くと、深い森を抜け、更に泥沼を飛び越えた。
 門の前には、さっき俺が敵艦に向かって投げた槍が、地面に刺さっていた。
 地面から、槍を抜くと背後から声がした。

「黒王、もう着いておったか」
 婦子羅姫が、ダチョウのような不細工な顔をした大きな鳥に乗って来た。
「ああ」
 彼女の顔を見て安堵した俺は、鉄仮面を脱いだ。
 俺たちは、大きな門の前に立ち、門とにらめっこをした。

「なあ、これ、どうやって開けるんだ」
 婦子羅姫は、難しい顔をしていた。
「わからぬ……。とりあえず、押してみるか」
 「う~ん」と言って、巨大な門を手で押す。
 彼女の細い腕が微かに強張る。
 普段、力仕事などしないはずだ。
 そんな健気な姿を見て、愛らしく思えた。

「なにを、ボーッと見ておる? そなたも手伝わぬか」
「あ、ああ。わりぃ……」
 俺が門に軽く触れると、門の中央に紋章が浮んだ。
「なんだこりゃ……」
「これは……多分、そなたと共鳴しておる」
「共鳴?」
「うむ、元々、この城は魔王の所有物じゃ。主が帰ってきたと、認識したのじゃろう」
「ふ~ん……」
 門がひとりでに、開き始めた。

「入るか」
「うむ」
 俺と婦子羅姫は、城の中へと入っていった。
「きたねぇな……」
 城の中は、凄まじかった。
 壁の所々に、皹が入っていたし、ネズミはうじゃうじゃ現れる。
 それに、腐ったような悪臭が漂っている。死体だ……。
 普通の人間が、この場に十分もいりゃ、吐くだろう。

 婦子羅姫も、服の袖で鼻を押さえている。
「すごいのう……」
「足元に気をつけろよ」
 改めて城の中を、見渡す。
 中は塔のように、螺旋階段が上に長く続いている。

 やっぱり、登らないとダメなのか……。
「姫、どうする?」
「決まっておろう」
「でも、あんたの体力じゃ、無理だよ」
 俺がそう言うと、婦子羅姫は頬を膨らませた。
「バ、バカにするな! 妾はこれでも、日本妖怪の長じゃ。これぐらい、どうということはない!」
 そう言って、婦子羅姫は螺旋階段を登っていく。
 俺はその後ろ姿を見て笑みを浮かべると、後に続いた。

 しばらく、登っていくと……。
 案の定、婦子羅姫はぜいぜいと息を荒らしていた。足もフラフラしている。
 このままじゃ、足を崩して、下に落ちてしまう。
 俺は彼女を呼び止めた。

「だ、大丈夫じゃ、黒王。わ、妾はまだ大丈夫じゃ……」
 俺は笑って、彼女に背を向け、腰を落とした。
「な、なんじゃ?」
「乗れよ」
 彼女は顔を紅潮させた。
「何を言っておる。妾は子供ではない」
 俺はため息をついて、振り返った。
「そうかい……。んじゃ、大人として扱うよ」
 わざと、彼女の足を軽く蹴って、転ばせた。
「な、なにをする!」
 俺は彼女の腕と膝の下に手を入れて、持ち上げた。
 彼女を抱きかかえたまま、階段を登り出す。

「や、やめぬか! 恥ずかしい!」
 俺は鼻で笑った。
「恥ずかしいって、誰も見てないぜ」
「妾が恥ずかしいのじゃ! 下ろせ!」
 婦子羅姫は俺の胸をポカポカと叩いたが、俺は気にせず、登り続けた。
「ほら、ご到着だぜ」
 婦子羅姫を床に下ろした。
 彼女は、顔を赤くして言った。
「も、もう、あんなことはするなよ」
「はいはい」
 最上階には、大きな壁画と、教会にあるような大きな蓄音機があった。
 蓄音機からはいくつものパイプが天井につながっている。
「な、なんだありゃ……」
 俺は思わず、息を呑んだ。
 婦子羅姫は壁画に書いてある文字をなぞるように、読んでいった。


 この城、我のものなり。
 この蓄音機、我のものなり。
 この力、我のものなり。
 その力、マザーを手に入れることにあり。
 その力、我の命と共にあり。
 我、死す時、共に滅す。
 我、求めん時、その姿、現れん。
 我、魔王なり。


 壁画を読み終えた婦子羅姫の顔は、なぜか、寂しそうだった。

「マザー、だと……」

 困惑する俺をおいて、婦子羅姫は、蓄音機の前に立った。
 そっと、何かを取り出す。

 それは、小さな薄い円盤だった。
 なんてことのない、ただのレコード。

「レコードか?」
「うむ……。べるりおーずの『幻想交響曲』じゃ」
「ベルリオーズ? そーいや、音楽の授業で習ったような……」

 婦子羅姫は、蓄音機にレコードをのせ、針をかけた。

「しかし、驚いたな。妖怪でも、クラシックとか聴くんだな」
 ちゃかす俺を無視して、姫は話を続けた。

「この『幻想交響曲』は正に、人間そのものじゃ。このようなものは、妖怪には作れない代物じゃ……。第一楽章は夢と情熱、第二楽章は舞踏会、第三楽章は野辺の風景、そして、第四楽章、断頭台への行進、ここで男は愛人を殺してしまい、死刑を宣告され、断頭台へ向かって引かれていく……。第五楽章、魔女の夜宴の夢は、地獄に堕ちた男が、自分が殺した愛人と再会するのじゃ。じゃが、愛人は下品な娼婦へと成り変っていた。残ったものは絶望……それだけじゃ」

 言いながら、蓄音機を作動させる。

「この蓄音機は……れこうどを奏でる……。ただ、奏でるのではない。曲を具現化するのじゃ。本当の事になるのじゃ……」

 大きな雷が城に落ちた。ガラガラと音をたてて、城壁が崩れる。
 その直後に、城が大きく揺れ始めた。
 どうやら浮上したようだ。

「ちょ、ちょっと、待ってくれ! こいつはどうなってんだ?」
 婦子羅姫は、黙って目をつぶっている。
 蓄音機から流れる音楽を聴いているようだ。

「慌てるでない……。動き始めたのじゃ。〝悪魔の蓄音機〟が……」
 曲は、第一楽章と第二楽章と第三楽章が終わり、第四楽章が始まろうとしていた。
 その時だった。城がゆっくりと動き始めた。

「さあ、始まるぞ。転生じゃ!」

 婦子羅姫の笑顔は、歪んでいた……。
 その時、俺は思った。
 彼女は、何かに縛られている。
 そして、それから、逃げられないでいる。

 第四楽章に入ると、曲のテンポも速くなり、音も凄まじくなる。
 ふと見ると婦子羅姫は、笑いながら、舞っている。
 俺はと言えば呆然としていた。彼女が狂ったのではないかと……。

「姫! どうしたっていうんだ!」
「ハハハハッ、黒王よ。そなたも、踊らぬか」

 俺は、そんな彼女を見ていれず、思わず、彼女の頬を引っ叩いた。
 姫はハッとした顔で、俺を見た。

「黒王……」
「一体、どうしたっていうんだよ? らしくないぜ、姫! あんた、日本の妖怪の長なんだろ? 今が大事な時なんだろ? ビシッとしろよ」
 彼女は、俯いて部屋の壁にもたれかかった。

「そなたには、わからぬ……妾の苦しみを……」
 その言葉にカチンときた。
「ああ、わかんねぇな! 今のあんたは、マジでわかんねぇよ!」
 婦子羅姫の頬に、涙が流れる。

 気がつくと、曲は第五楽章になっていた。
 第五楽章が始まると同時に、蓄音機から銀色の光りが放たれた。

「始まりおった、地獄の輪舞じゃ……」
 蓄音機から放たれた銀色の光りは、パイプを通じて、城全体に広がる。

「何が始まるんだ……」
 俺は恐る恐る、窓から外の景色を見た。
「なんだ、こいつは!」

 窓から見えた景色は、一面、火の海……。
 蓄音機から流れる音色は、灼熱の炎に変換され、地上を襲ったのだ。

 下界は、炎で覆いつくされた。
 美しかった緑の森も全て炎で赤く染まった。
 森の住人、魔族や動物たちの悲鳴もここまで届いてきた

「おい! 姫、どうなってんだよ!」
「浄化しておるのじゃ……」
「じょうか……だと!」
「そうじゃ。一度、世界を元の姿へと戻すのじゃ……」
 婦子羅姫は、近寄って、俺の頬をそっと撫でる。

「そして、新しい妖怪の世界を創るのじゃ」
 俺は愕然とした。
「な、なにいってんだよ。そんなことしたら、人間も動物たちも死ぬし、それこそ、今、戦っているミノや残された妖怪達まで、この城の業火で死んじまうぞ!」
 彼女は涙を流しながらも、必死に笑って答えた。
「それは、皆、承知じゃ……」
「なんだと! みんな、知っていて、そんなことするのかよ! 何の意味があんだよ!」

「知ってのとおり、我が国の妖怪は絶滅の危機にさらされている……。弱体化した今の妖怪達は人間達に住む場所も追いつめられている状態じゃ。昔のような力は残っていない。時代というものは恐ろしい。妾も、妖怪の長などと、言っておるが、父上から受け継いだだけじゃ。力などない。そこで、一度、地球を壊すのじゃ。この地球、別名マザーは過去に何度も、崩壊して、その度に再生して来た。その力を、利用するのじゃ。妾とそなた以外の生き物を全て抹殺する……幸い、この城だけは生き残れる。そして、誰もいない地球が再生し始めた時、妾とそなたの間に生まれた子供達がより良い世界を生み出す」
「じゃあ、なんで、他の妖怪達は消されるんだよ!」
「今の弱体化した妖怪達では、来世に立ち向かうことはできん。だから、魔王の力を持つそなたの子供を妾が生み、最強の妖怪達を創る」

 俺は婦子羅姫の話を聞いていて、胸が張り裂けそうだった。
 こいつらも、かわいそうだ。
 悲しい……だけど、こんなの間違ってる。
 絶対に間違ってる。俺はこんなこと、認めない。

「本当に、そう思ってんのかよ? 最初から、諦めていいのかよ? こんなんで、あんたは満足なのかよ?」
「仕方ない……」
「そうか……じゃあ、俺はおりるぜ」
「な、なぜじゃ! 妾のことが嫌いなのか?」
「んなわけないだろ……でもよ、この地球は、俺が好きだった人間達が住んでたし、みんな、愛していた……いや、違う。こんなこと、言いたいんじゃない……」

 話している途中で、婦子羅姫が言った。
「妾ではない、他の女を想っているのか?」
 言われて、アイツのにっこりとした笑顔を思い出した。
「ああ……。忘れられないヤツがいるんだ……」
 婦子羅姫は、無表情で俺を見ていた。
「そうか。好きな女がいたのか……」
「だから……俺はあんたとは行けない」
 彼女に背を向けると、歩き始める。

「待て!」
 呼び止められて振り返ると、婦子羅姫が胸元に隠していた小刀を取り出して、構えていた。

「妾と戦え! 妾とて、妖怪の長じゃ、恥をかかせるな」
 俺は微笑って、槍を強く握った。
「そう……だよな……そんなに甘くないよな……」
 姫は真剣な眼差しで、俺を見つめる。

「黒王、妾と戦え」
「なあ、鉄仮面、被っていいか? 俺、これないと、ダメなんだ」
「好きにするがよい」
 鉄仮面を被ると視界が闇一色になる。
 俺は槍を持って、構えた。

「ええぃ!」
 最初に向かってきたのは、婦子羅姫だった。
 小さな小刀で、俺に飛び掛ってくる。
 俺はすっと、身を乗り出した。

 勝負は一瞬で決まった。
 真っ黒な槍が、小さな胸を貫いていた。
 婦子羅姫は、笑ってこう呟いた。

「……ありがとう……私の黒王……」 
 俺は耐えられず、槍を抜くと、投げ捨てる。
 倒れ掛かった彼女を抱きかかえた。
「姫……」
 俺の涙が、ぽたぽたと、婦子羅姫の顔に落ちる。
「くそおおおおおお!」

 どくん……どくん……どくん……どくん……。

 また、この音か……。
 そうか……この音は、魔王が甦る音か……。
「もう……どうでも……いいや……」