それから週末までは、僕はちゃんと部活に行ったし、みみも塾などがあるということで、二人で遊びに行かなかった。
だからなおさら二人で遊びに行くモチベが上がった週末。
釣り堀で初めての釣りを体感すべく、僕とみみは出かけた。
釣りだけだとあまりに向いてなさすぎた時に悲しいと思っていたら、他にものんびりできるスポットがたくさんある公園みたいだった。
僕とみみが出会った公園と比べたら、二十倍くらいの広さがありそうな公園である。
その公園は駅から遠くて、だけどバスの本数も少ないので、僕とみみは頑張って歩いていた。
「やばい。帰宅部にはきついよ」
「帰宅部だって毎日歩いてるでしょ」
「それはそうだけどさ〜」
みみは後ろを振り返る。
一直線の道だからすごくよくわかるけど、確かに結構長い距離を、僕たちは歩いてきていた。
それなのに公園の思われる木々の生えた空間は、まだ遠い。近くなっている感覚があまりない。
みみが辛くなるのもわかる。
「あー、ベビーカー乗りたい」
「なんでベビーカーになったし」
「なんとなく」
とはいえ、みみは立ち止まる様子もない。
愚痴りながらも体力自体はそこそこありそうだ。
また野球に向いてそうな側面を見つけてしまった。
そしてさらに歩いて公園に突入して、公園の中も歩いて。
「おおー、お魚のいる池だ」
「つまりは釣り堀だな」
「そういうこと」
初めてなので僕も緊張。
いつもここでのんびりしてます風のおじいさんとか、家族連れとかいる。カップルも少し。
まず竿とエサをもらい、簡単な操作方法を教えてもらう。長い糸が巻きついているリールとかは使わずに、ただ釣竿を上げ下げするだけみたいなので、初心者向きそうだと勝手に思った。
餌もなんかやばそうな虫ではなくて、お団子のようなものだったので、大丈夫そうである。まあ僕は虫でも大丈夫だけど。
みみはそういや虫は大丈夫なタイプなのだろうか。あまり知らない。
「お団子大きすぎても食べた時に針にかからないからダメって言ってたよねー」
と言いながらせっせとみみは極小お団子をつける。
僕はみみよりも少し大きくつくる。
いやなんだかんだ言って、でかい餌があった方が魚も喜んで食べるだろ。
これくらいなら多分魚が食べたら針にもかかると思うし。
「では。二人合わせて二十匹釣れるまで帰れませんゲームね」
「あ、そういう感じね。二人で対決ではなく」
「そりゃそうでしょ。だってお互い初めてなんだから、対決しても仕方ないし。そもそも優とそんなに対決したくないし。
「そっか。たしかにな」
僕とみみは、ライバル関係でも、勝敗に関わらず楽しげに笑いあうカップルでもない。
たしかに協力ゲーにした方が、僕たちらしい感じがする。
みみと僕は釣竿の先の仕掛けを水の中に入れた。
ウキが明らかに動いたら引けばいいんだよな。いや違うか、それはまだエサをつついてるときだから、もっと沈んだりした時に……
「おー、なんか釣れた」
「うそ?」
いやほんとだよ。みみがフナを釣っていた。なんかゴツさを感じさせないサイズ。さすが初心者向けの釣り堀だ。
みみが頑張って教えてもらった通り針を外し、そしてバケツの中にフナを泳がせる。
え、まじか。
僕も来ないかなあ。釣り堀って結構釣りやすい環境なはずだよね。野生の環境と比べたら。
ということは僕も来てもいいころだろう。まだ開始一分ちょいくらいだけど。
来ない。
野生の釣りって多分何時間も待つんだよな。
向いてないかもしれない。
とはいえ、それはみみが釣れてちょっと羨ましいからであって、待つこと自体に苦痛はない。小さな椅子に腰を下ろして水面を見つめるだけというのは、かなり考えが進む。
毎日これをしていると道徳的に素晴らしい人間になれそうだ。
とか言ってたら手応えが。
ちゃんと落ち着いて待ってからあげると……
「お、釣れた」
ゲームで釣りをした時のリモコンの手応えを、数万倍に解像度アップさせた感じだった。
「おー、これで二匹だ」
バケツの中を二匹のフナが泳ぐ。
そういえば今日は天気がいい。
雲が本当に全くなくて、みみはそういや日焼け止めを塗りまくってきたと言っていた。
それからぽんぽんと釣れて、二人で二十匹釣れたところでおしまい。五匹まで持って帰っておうちで飼えるシステムがあるらしいけど、水槽とか家にないし、やめておいた。
「はー、楽しかった、あ、そういえばさ」
「おお」
「向こうの大きい池のところにあるボート、一緒に乗りたい。白鳥さんを漕ぐやつ」
「あー、自転車みたいなやつね」
「そうそれ、やりたいなあ」
「やろうか」
僕の中ではカップルで楽しそうにやるか、小さい子が無心で漕いで爆走しているイメージだ。
でも楽しそうである。
「こっち歩いていけば着くかな」
「つくと思う」
みみと僕は歩き出した。
ふいに、みみが肩を触ってくる。
「なんで、私たち二人でこうして遊んでるんだろうね」
「なんでかな。まあ……お互い友達が少ないから?」
「それはある」
うなずくみみ。だけどそんなみみと、僕は仕方なく一緒にいるわけなんかない。
「まあでも、やっぱりみみと気が合うからかな、と僕は思う」
「そうなの?」
「うん。振られたことを慰め合うために、一緒にいるわけではないだろ、もう。少なくとも僕はそうなんだ」
「私もとっくにそう! ていうかそういうことをききたくて、尋ねたんだし」
「そうか」
「そうですー」
肩から腕に触る場所を変え、なんだか本当にカップルみたいに歩いてしまっている。
このままボート乗り場に行けば、全地球人を騙せてしまうだろう。
そしてその後二人でボートに乗った。
みみは歩き疲れてるけど漕ぎたいという、ちょっと子どもっぽい主張をして、それでのんびりとボートは進んでいる。
一人でボートの動きを掌握したいらしく、今僕はハンドルも動かしてないし漕いでもない。ただ座っているだけである。
鯉と鴨にあげられるエサをもらったのでばら撒くと、水中から鯉が、水草の隙間から鴨が出てきた。
のんびりでいいなあと思う。
しかも屋根がついてるボートなので、日焼けもそこまでしないのもいい、とみみがいっていたのできっと良いのだろう。
実際僕もたまに真面目にテニスをすると日焼けを実感するんだけど、やはり日焼けはしたくないなとは思う。
「あー、そういえば、まだ私が振られちゃった女の子と友達な関係だったころ、こうやって公園でゆっくりしたあと、最後に花火したいねって話してたことがあったなあ。結局雨続きで話が流れちゃいましたけど」
「そうか。また友達になったりは……」
「したいですね。もちろん。恋愛として好きではなくても、ちゃんと話したいです。だけどまだあまり、話せてないですね」
「僕も同じだよ」
「そっか。まあ難しいというか、なんというか、まだ諦めてないしつこい人認定されるのも少し困るし、なんとなく色々と……気軽には話せないよね」
「わかるわかるわかる。もうわかるの三段重なり」
「共感のセリフって、わかるを重ねるもんなのね」
みみが笑う。
ひとかけら、エサを大きく投げた。
反射でよく見えない遠くの水面に、落ちたような気がする。
僕も習って投げた。
みみと同じくらいところに、水しぶきをあげて落ちた。
「うんよし、私、頑張って純粋に仲良くなるよ、まゆなと」
ボートのハンドルから手を離して伸びをするみみ。自動車の運転なら大変危険な運転だ。とかいうことを考えながらも、
「まゆな?」
僕は名前に反応した。
「あー、私が振られた女の子の名前」
「あー、そうなの? 僕の幼馴染の名前も、まゆななんだけど」
「そ、そうなの? それはもしかして、同一人物という現象ではないでしょうか」
「そうかもしれない」
「わーお。でもそうですよね。まゆな本当に素敵で可愛いので」
「わかる。優しいし」
「そうなんです。しかも笑うとさらに優しさ百倍の超ポテンシャル!」
「な、本当笑顔いいよなあ。僕はなんと、十年以上も笑顔を見てきた!」
「は? それは羨ましすぎるー!」
なんだこの推しを語るみたいなトーク。
これで違うまゆなのことを話していたら本当に笑い話になってしまう。
とはいえ同じなんだろうな。
もうそれは、確証はないけど、でもとっくに信じていることだった。
みみと僕はボートの上で、振られたのにいまだに魅力に感じている女の子の話を、気がすむまでしあったのだった。
「今度の遊びは三人にしたいと思うのです」
それから少し経った日の昼休みに、一緒に屋上の隅でお弁当を食べていたら、みみが言った。
ちなみに学校で一緒にお弁当を食べるのは初。
違うクラスなのに頑張って合流した。
「それは……」
「まゆなを誘うってこと」
「大丈夫かなあ……それ」
最近僕はもう今のままでいいんじゃないかと思い始めていた。
だって別にまゆなと険悪な雰囲気なわけではない。
もちろん一瞬にして話す頻度が激減して、遊ぶことも無くなったのは寂しいが。
でもなあ……やっぱりまゆなもしつこいって思いそうだし。
とか色々考えていたら、僕と同じく考え込んでいたみみが、
「そうですね。やめておきましょうか」
そう言った。
それから黙々とご飯を食べる。
みみのお弁当にはたくさんミニトマトが入っていた。
「ミニトマト好きなの?」
「まあ栄養もあるし。あ、でもなんか、今日のミニトマトは、酸っぱい気がしますね」
「あーミニトマトそういう時あるよね」
しかもあんまり見た目じゃわからない。少なくともなんの知識のない僕には。だから酸っぱかったときは、あー、酸っぱいなあ、と思うだけなのだ。
教室に戻ると、まゆながいた。
そういえばみみが、まゆなとは図書委員で知り合ったと言っていたけど、たしかに最近まゆなは図書委員に熱心なように思う。
今日も図書室に行って帰ってきたところなのではないか。
別に後をつけたりなんてしてないのでわからないけど、多分そうだと思う。まゆなの机に、図書室から借りてきたっぽい本がどすどす置いてあるから。
自分の席に座ってからも、なんとなくまゆなを見ていた。そうしたらちょっとまゆながこっちを見て、久々に目があった。
とはいえ話すことはない。手を振ってそして歩み寄ってお互い色々と話したいことを話すとか、そういったことはなくなってしまったんだもんな。仕方ない。
というか、図書委員で、みみとまゆなの二人が当番ってことはあるのだろうか。
もしそうだったら、その時もあんまり話してないのだろうか。
僕はいつも以上にぼんやりしてしまって、そして眠くなったので、机に頭をつけて、寝た。
起きたら午後の授業は終盤。みみから連絡が来ていた。
『今日久々に、公園に行かない?』
公園っていうのは、もちろん、僕とみみが出会った、ぜひとも虹を見たい公園のことだろう。
今日は曇り。今から雨が降って、それから晴れれば、虹が見えるかもしれない。
『うん、行こうか』
僕は返した。
本屋さんに行った時のように、校門の前にいると、みみが来た。
そして迷わず、公園へと歩き出す。
今日は絶対に富士山の頭も見えない。今のままの天気だと、ただの雲と、街並みと、少しの森が見えるってだけだろう。
だけど今日はもともとみみがいるのだから、虹が見える必要はない。
ただのんびり、街並みが見える公園の馬の上にでも座って、ゆったりと喋れれば、十分だ。
公園に着いた。
みみと出会った、馬の遊具は今日もガラ空き。
そこにみみが座って、僕もその隣の馬の遊具に座った。いや、これは馬じゃなくて鹿か。
合わせたら馬鹿になるけど気にしない。なんならとっておきの馬鹿な話をしてもいいね。☆
「ねえ、そういえば、優は、どこの野球チームのファンなの?」
「スワローズ」
「あっ、この前は日本一だったところでしょ。お父さんがね、野球結構好きだから知ってる」
「あ、そうなんだ」
「よく、家でビール飲みながらワーワー偉そうなこと言ってるよ。全然運動神経良くないのに」
「まあファンってそんな感じだから」
「そうかもねー。私も、自分がすごい小説を書けるわけでもないのに、よく、あー、これはちょっと良くない展開かなあとか勝手に思う」
「あ、それはわかる」
「やりがち」
二人で共感しあって身を乗り出して、お互いの遊具が揺れたところで……雨粒があたった。
「「雨だっ」」
屋根があるところが、藤棚の下しかない。
植物の作った、粗い屋根である。
滑り台の下は流石に狭すぎるし、横から雨が余裕で入るので、まだ藤棚の方がマシそうだ。
そういうわけで、みみと僕は藤棚に避難。
小雨なこともあり。藤棚がちゃんと屋根として機能している。
レンガ作りの四角い椅子に座り、しばらくお互い無言だった。
レンガは冷えてて、お尻が冷たい。
向かいのみみは少し眠そうだ。
僕も眠くなってきた。
しかし二人とも、瞬時に目が覚めることになる。
僕たち以外に、雨宿りをしにきた人がいるからだ。
それが誰かというと、まゆなだった。
「あ……」
「こ、こんに……ちぃわ」
みみと僕は驚いて小さく反応する。
しかしまゆなは、
「雨宿り、一緒にさせて」
そう冷静に言うと、僕たちのレンガと少し離れたレンガに座って、霧がかかった湿っぽい街並みを眺める。
どうしてここにきたんだ……まゆな。
まさか、悩みがあるのか?
それはどう言う悩みなんだ?
分からないことが多い。
でも一つ注目なのは、みみと僕がいるという状況の上で同じ藤棚に座ってきたと言うこと。
みみとも僕とももう関わりたくないとか、そういことではない。きっとね。
それはよかった。
すごくよかったんだけど……三人で無言になってしまった。割と仕方のない状況な気がする。
まるで、野球を見に行ったけど雨でゲームが中断になってる時のようだ。
公園の砂の土がどんどんと水を含んだものになる様子をただ観察してるだけ。
しかし最初に、こちらに流れてきた水を足で蹴飛ばしながら、まゆなが言った。
「みみと優、仲良いんだねー」
「まあね」
「そうだね」
仲良くなったきっかけの人に言われると、違和感がある。
とはいえもちろん、みみと僕は肯定した。
だってその通りだから。
少なくとも僕は、こんなに早いペースで、誰かと仲良くなったことはない。
まゆなは、ため息をついた。
また沈黙。
沈黙になると音でわかる。さっきよりも藤棚にあたる雨が弱いって。
雨、もうすぐ上がるのかもしれない。
最近はアプリとかで雲の動きとかも調べられるから、気になったらそれを見ればいいのかもしれないけど、そういうことではない。
なんの根拠もなしに、虹がかかるのではないかという、小学生みたいな考え。
だけどもしも、いまから虹がかかるのなら。その時一緒にいるのはこの三人。
つまりは、悩みを共感できる人が一人増えるってことだ。
いや、そもそも、僕とみみが会った時は、虹はかかる気配すらなかった。
よくわからない。だいたいこんな変な噂について色々と考えてる僕がやばい。
スワローズファンらしく傘でも呑気に振って考えをリセットするのがよさそうだ。傘ないけど。
それからしばらくして、僕たちは無言で、地面から空に視線を移した。
本当にかかってしまった。虹が。
虹がかかった時に、まゆなはつぶやいた。
「あのね、私今から、虹にも怒られるくらい、わがままなことを言うけど」
「……」
「私寂しいんだ。だってね、友達と幼馴染が、離れていっちゃうから」
「……」
そうだ。虹がかかった時に、ちゃんと初めて出揃った。
親しくしていた人とぎこちなくなってしまったことを悩む、三人が。
「僕は……まゆなと、普通にまた、話したり、遊んだりしたいんだ」
「私もだよ。私もまた、たくさん話したい」
「うん……ありがとう。でもごめんね。私が本当にわがままで。あのね、私二人とも好きなのに、二人に恋をしてるかって言ったら、してないの。だけどね、二人とはずっと仲良しでいたくて、それなのに二人同士が仲良くなっていくとなんか悲しくて、でも多分発端は自分が振ったことなのに……」
「そんなことないよまゆな。三人が揃った時に虹がかかったんだから、本当に気持ちを共有すべきは、この三人だったってことだよ」
みみがそう言う。
僕もうなずいた。
変なうわさを根拠にされたら困るかもしれない。
しかし、根拠のないうわさを根拠にしてもいい状況だ。
だって間違いなく、僕たちは三人でいたいのだから。
「じゃあ……おともだちでいて、遊んだり、話したりしたい!」
まゆながそうはっきりと言う。
「しようしよう」
「うんうん」
僕もみみもそれに応えた。
おそらく、もうまゆなが僕に恋することも、みみに恋することもない。
そして僕もみみも、まゆなに恋することはない。
そういう関係が、成立した。
だけどそれでいいと思う。
思うんだけど、ただやっぱり、僕はもう、誰かに恋することはない気がしていた。
好きだった幼馴染のまゆな。
二人して振られ、一緒にいると本当に楽しいみみ。
この二人の女の子に対して、僕は恋愛感情が芽生えない。
そういう流れにもう、乗ってしまっているから。
だからなんだか僕の心の中のわがままな要素がわめきはじめそうだけど、だけど、やっぱり僕は、みみとまゆなと、薄れゆく虹を眺めていたいと思う。
虹が消えるまで、僕たちは空を見ていた。
そうして虹が消えたら、富士山の頭が、青い空との境をはっきりさせながら、現れた。
「そういえばさ」
「うん」
僕は隣のみみに訊くことにした。
「みみの名前ってなんていうの?」
「みみだよ。苗字は田中。でも田中って呼ばれたくないから。普通すぎて」
「あ、そうなんだ」
本名を教えてくれなかったのは、田中って呼ばれないようにするためか。
そうか。たしかに最初から、みみは僕のことを名前で呼んでくれてたよな。
でもだから、距離が縮まるのが早かった気もするし。
そんなことを考えていると、
「あ、なんかずるそうな会話してる」
不機嫌になったまゆなが僕とみみの肩に手を触れた。
そして、割り込んできて、私も会話に入りますアピール。
「今度、三人でどこか、遠くに行くか」
僕がなんとなくそう言って、ふたりがうなずく。
この街を見渡せるこの公園もいいけど、でも、ここからは見えないどこかへも、行きたい。
そこで思いっきり、叫んでやりたい。
僕たちは、もうぜったい、「友達」だって。
だからなおさら二人で遊びに行くモチベが上がった週末。
釣り堀で初めての釣りを体感すべく、僕とみみは出かけた。
釣りだけだとあまりに向いてなさすぎた時に悲しいと思っていたら、他にものんびりできるスポットがたくさんある公園みたいだった。
僕とみみが出会った公園と比べたら、二十倍くらいの広さがありそうな公園である。
その公園は駅から遠くて、だけどバスの本数も少ないので、僕とみみは頑張って歩いていた。
「やばい。帰宅部にはきついよ」
「帰宅部だって毎日歩いてるでしょ」
「それはそうだけどさ〜」
みみは後ろを振り返る。
一直線の道だからすごくよくわかるけど、確かに結構長い距離を、僕たちは歩いてきていた。
それなのに公園の思われる木々の生えた空間は、まだ遠い。近くなっている感覚があまりない。
みみが辛くなるのもわかる。
「あー、ベビーカー乗りたい」
「なんでベビーカーになったし」
「なんとなく」
とはいえ、みみは立ち止まる様子もない。
愚痴りながらも体力自体はそこそこありそうだ。
また野球に向いてそうな側面を見つけてしまった。
そしてさらに歩いて公園に突入して、公園の中も歩いて。
「おおー、お魚のいる池だ」
「つまりは釣り堀だな」
「そういうこと」
初めてなので僕も緊張。
いつもここでのんびりしてます風のおじいさんとか、家族連れとかいる。カップルも少し。
まず竿とエサをもらい、簡単な操作方法を教えてもらう。長い糸が巻きついているリールとかは使わずに、ただ釣竿を上げ下げするだけみたいなので、初心者向きそうだと勝手に思った。
餌もなんかやばそうな虫ではなくて、お団子のようなものだったので、大丈夫そうである。まあ僕は虫でも大丈夫だけど。
みみはそういや虫は大丈夫なタイプなのだろうか。あまり知らない。
「お団子大きすぎても食べた時に針にかからないからダメって言ってたよねー」
と言いながらせっせとみみは極小お団子をつける。
僕はみみよりも少し大きくつくる。
いやなんだかんだ言って、でかい餌があった方が魚も喜んで食べるだろ。
これくらいなら多分魚が食べたら針にもかかると思うし。
「では。二人合わせて二十匹釣れるまで帰れませんゲームね」
「あ、そういう感じね。二人で対決ではなく」
「そりゃそうでしょ。だってお互い初めてなんだから、対決しても仕方ないし。そもそも優とそんなに対決したくないし。
「そっか。たしかにな」
僕とみみは、ライバル関係でも、勝敗に関わらず楽しげに笑いあうカップルでもない。
たしかに協力ゲーにした方が、僕たちらしい感じがする。
みみと僕は釣竿の先の仕掛けを水の中に入れた。
ウキが明らかに動いたら引けばいいんだよな。いや違うか、それはまだエサをつついてるときだから、もっと沈んだりした時に……
「おー、なんか釣れた」
「うそ?」
いやほんとだよ。みみがフナを釣っていた。なんかゴツさを感じさせないサイズ。さすが初心者向けの釣り堀だ。
みみが頑張って教えてもらった通り針を外し、そしてバケツの中にフナを泳がせる。
え、まじか。
僕も来ないかなあ。釣り堀って結構釣りやすい環境なはずだよね。野生の環境と比べたら。
ということは僕も来てもいいころだろう。まだ開始一分ちょいくらいだけど。
来ない。
野生の釣りって多分何時間も待つんだよな。
向いてないかもしれない。
とはいえ、それはみみが釣れてちょっと羨ましいからであって、待つこと自体に苦痛はない。小さな椅子に腰を下ろして水面を見つめるだけというのは、かなり考えが進む。
毎日これをしていると道徳的に素晴らしい人間になれそうだ。
とか言ってたら手応えが。
ちゃんと落ち着いて待ってからあげると……
「お、釣れた」
ゲームで釣りをした時のリモコンの手応えを、数万倍に解像度アップさせた感じだった。
「おー、これで二匹だ」
バケツの中を二匹のフナが泳ぐ。
そういえば今日は天気がいい。
雲が本当に全くなくて、みみはそういや日焼け止めを塗りまくってきたと言っていた。
それからぽんぽんと釣れて、二人で二十匹釣れたところでおしまい。五匹まで持って帰っておうちで飼えるシステムがあるらしいけど、水槽とか家にないし、やめておいた。
「はー、楽しかった、あ、そういえばさ」
「おお」
「向こうの大きい池のところにあるボート、一緒に乗りたい。白鳥さんを漕ぐやつ」
「あー、自転車みたいなやつね」
「そうそれ、やりたいなあ」
「やろうか」
僕の中ではカップルで楽しそうにやるか、小さい子が無心で漕いで爆走しているイメージだ。
でも楽しそうである。
「こっち歩いていけば着くかな」
「つくと思う」
みみと僕は歩き出した。
ふいに、みみが肩を触ってくる。
「なんで、私たち二人でこうして遊んでるんだろうね」
「なんでかな。まあ……お互い友達が少ないから?」
「それはある」
うなずくみみ。だけどそんなみみと、僕は仕方なく一緒にいるわけなんかない。
「まあでも、やっぱりみみと気が合うからかな、と僕は思う」
「そうなの?」
「うん。振られたことを慰め合うために、一緒にいるわけではないだろ、もう。少なくとも僕はそうなんだ」
「私もとっくにそう! ていうかそういうことをききたくて、尋ねたんだし」
「そうか」
「そうですー」
肩から腕に触る場所を変え、なんだか本当にカップルみたいに歩いてしまっている。
このままボート乗り場に行けば、全地球人を騙せてしまうだろう。
そしてその後二人でボートに乗った。
みみは歩き疲れてるけど漕ぎたいという、ちょっと子どもっぽい主張をして、それでのんびりとボートは進んでいる。
一人でボートの動きを掌握したいらしく、今僕はハンドルも動かしてないし漕いでもない。ただ座っているだけである。
鯉と鴨にあげられるエサをもらったのでばら撒くと、水中から鯉が、水草の隙間から鴨が出てきた。
のんびりでいいなあと思う。
しかも屋根がついてるボートなので、日焼けもそこまでしないのもいい、とみみがいっていたのできっと良いのだろう。
実際僕もたまに真面目にテニスをすると日焼けを実感するんだけど、やはり日焼けはしたくないなとは思う。
「あー、そういえば、まだ私が振られちゃった女の子と友達な関係だったころ、こうやって公園でゆっくりしたあと、最後に花火したいねって話してたことがあったなあ。結局雨続きで話が流れちゃいましたけど」
「そうか。また友達になったりは……」
「したいですね。もちろん。恋愛として好きではなくても、ちゃんと話したいです。だけどまだあまり、話せてないですね」
「僕も同じだよ」
「そっか。まあ難しいというか、なんというか、まだ諦めてないしつこい人認定されるのも少し困るし、なんとなく色々と……気軽には話せないよね」
「わかるわかるわかる。もうわかるの三段重なり」
「共感のセリフって、わかるを重ねるもんなのね」
みみが笑う。
ひとかけら、エサを大きく投げた。
反射でよく見えない遠くの水面に、落ちたような気がする。
僕も習って投げた。
みみと同じくらいところに、水しぶきをあげて落ちた。
「うんよし、私、頑張って純粋に仲良くなるよ、まゆなと」
ボートのハンドルから手を離して伸びをするみみ。自動車の運転なら大変危険な運転だ。とかいうことを考えながらも、
「まゆな?」
僕は名前に反応した。
「あー、私が振られた女の子の名前」
「あー、そうなの? 僕の幼馴染の名前も、まゆななんだけど」
「そ、そうなの? それはもしかして、同一人物という現象ではないでしょうか」
「そうかもしれない」
「わーお。でもそうですよね。まゆな本当に素敵で可愛いので」
「わかる。優しいし」
「そうなんです。しかも笑うとさらに優しさ百倍の超ポテンシャル!」
「な、本当笑顔いいよなあ。僕はなんと、十年以上も笑顔を見てきた!」
「は? それは羨ましすぎるー!」
なんだこの推しを語るみたいなトーク。
これで違うまゆなのことを話していたら本当に笑い話になってしまう。
とはいえ同じなんだろうな。
もうそれは、確証はないけど、でもとっくに信じていることだった。
みみと僕はボートの上で、振られたのにいまだに魅力に感じている女の子の話を、気がすむまでしあったのだった。
「今度の遊びは三人にしたいと思うのです」
それから少し経った日の昼休みに、一緒に屋上の隅でお弁当を食べていたら、みみが言った。
ちなみに学校で一緒にお弁当を食べるのは初。
違うクラスなのに頑張って合流した。
「それは……」
「まゆなを誘うってこと」
「大丈夫かなあ……それ」
最近僕はもう今のままでいいんじゃないかと思い始めていた。
だって別にまゆなと険悪な雰囲気なわけではない。
もちろん一瞬にして話す頻度が激減して、遊ぶことも無くなったのは寂しいが。
でもなあ……やっぱりまゆなもしつこいって思いそうだし。
とか色々考えていたら、僕と同じく考え込んでいたみみが、
「そうですね。やめておきましょうか」
そう言った。
それから黙々とご飯を食べる。
みみのお弁当にはたくさんミニトマトが入っていた。
「ミニトマト好きなの?」
「まあ栄養もあるし。あ、でもなんか、今日のミニトマトは、酸っぱい気がしますね」
「あーミニトマトそういう時あるよね」
しかもあんまり見た目じゃわからない。少なくともなんの知識のない僕には。だから酸っぱかったときは、あー、酸っぱいなあ、と思うだけなのだ。
教室に戻ると、まゆながいた。
そういえばみみが、まゆなとは図書委員で知り合ったと言っていたけど、たしかに最近まゆなは図書委員に熱心なように思う。
今日も図書室に行って帰ってきたところなのではないか。
別に後をつけたりなんてしてないのでわからないけど、多分そうだと思う。まゆなの机に、図書室から借りてきたっぽい本がどすどす置いてあるから。
自分の席に座ってからも、なんとなくまゆなを見ていた。そうしたらちょっとまゆながこっちを見て、久々に目があった。
とはいえ話すことはない。手を振ってそして歩み寄ってお互い色々と話したいことを話すとか、そういったことはなくなってしまったんだもんな。仕方ない。
というか、図書委員で、みみとまゆなの二人が当番ってことはあるのだろうか。
もしそうだったら、その時もあんまり話してないのだろうか。
僕はいつも以上にぼんやりしてしまって、そして眠くなったので、机に頭をつけて、寝た。
起きたら午後の授業は終盤。みみから連絡が来ていた。
『今日久々に、公園に行かない?』
公園っていうのは、もちろん、僕とみみが出会った、ぜひとも虹を見たい公園のことだろう。
今日は曇り。今から雨が降って、それから晴れれば、虹が見えるかもしれない。
『うん、行こうか』
僕は返した。
本屋さんに行った時のように、校門の前にいると、みみが来た。
そして迷わず、公園へと歩き出す。
今日は絶対に富士山の頭も見えない。今のままの天気だと、ただの雲と、街並みと、少しの森が見えるってだけだろう。
だけど今日はもともとみみがいるのだから、虹が見える必要はない。
ただのんびり、街並みが見える公園の馬の上にでも座って、ゆったりと喋れれば、十分だ。
公園に着いた。
みみと出会った、馬の遊具は今日もガラ空き。
そこにみみが座って、僕もその隣の馬の遊具に座った。いや、これは馬じゃなくて鹿か。
合わせたら馬鹿になるけど気にしない。なんならとっておきの馬鹿な話をしてもいいね。☆
「ねえ、そういえば、優は、どこの野球チームのファンなの?」
「スワローズ」
「あっ、この前は日本一だったところでしょ。お父さんがね、野球結構好きだから知ってる」
「あ、そうなんだ」
「よく、家でビール飲みながらワーワー偉そうなこと言ってるよ。全然運動神経良くないのに」
「まあファンってそんな感じだから」
「そうかもねー。私も、自分がすごい小説を書けるわけでもないのに、よく、あー、これはちょっと良くない展開かなあとか勝手に思う」
「あ、それはわかる」
「やりがち」
二人で共感しあって身を乗り出して、お互いの遊具が揺れたところで……雨粒があたった。
「「雨だっ」」
屋根があるところが、藤棚の下しかない。
植物の作った、粗い屋根である。
滑り台の下は流石に狭すぎるし、横から雨が余裕で入るので、まだ藤棚の方がマシそうだ。
そういうわけで、みみと僕は藤棚に避難。
小雨なこともあり。藤棚がちゃんと屋根として機能している。
レンガ作りの四角い椅子に座り、しばらくお互い無言だった。
レンガは冷えてて、お尻が冷たい。
向かいのみみは少し眠そうだ。
僕も眠くなってきた。
しかし二人とも、瞬時に目が覚めることになる。
僕たち以外に、雨宿りをしにきた人がいるからだ。
それが誰かというと、まゆなだった。
「あ……」
「こ、こんに……ちぃわ」
みみと僕は驚いて小さく反応する。
しかしまゆなは、
「雨宿り、一緒にさせて」
そう冷静に言うと、僕たちのレンガと少し離れたレンガに座って、霧がかかった湿っぽい街並みを眺める。
どうしてここにきたんだ……まゆな。
まさか、悩みがあるのか?
それはどう言う悩みなんだ?
分からないことが多い。
でも一つ注目なのは、みみと僕がいるという状況の上で同じ藤棚に座ってきたと言うこと。
みみとも僕とももう関わりたくないとか、そういことではない。きっとね。
それはよかった。
すごくよかったんだけど……三人で無言になってしまった。割と仕方のない状況な気がする。
まるで、野球を見に行ったけど雨でゲームが中断になってる時のようだ。
公園の砂の土がどんどんと水を含んだものになる様子をただ観察してるだけ。
しかし最初に、こちらに流れてきた水を足で蹴飛ばしながら、まゆなが言った。
「みみと優、仲良いんだねー」
「まあね」
「そうだね」
仲良くなったきっかけの人に言われると、違和感がある。
とはいえもちろん、みみと僕は肯定した。
だってその通りだから。
少なくとも僕は、こんなに早いペースで、誰かと仲良くなったことはない。
まゆなは、ため息をついた。
また沈黙。
沈黙になると音でわかる。さっきよりも藤棚にあたる雨が弱いって。
雨、もうすぐ上がるのかもしれない。
最近はアプリとかで雲の動きとかも調べられるから、気になったらそれを見ればいいのかもしれないけど、そういうことではない。
なんの根拠もなしに、虹がかかるのではないかという、小学生みたいな考え。
だけどもしも、いまから虹がかかるのなら。その時一緒にいるのはこの三人。
つまりは、悩みを共感できる人が一人増えるってことだ。
いや、そもそも、僕とみみが会った時は、虹はかかる気配すらなかった。
よくわからない。だいたいこんな変な噂について色々と考えてる僕がやばい。
スワローズファンらしく傘でも呑気に振って考えをリセットするのがよさそうだ。傘ないけど。
それからしばらくして、僕たちは無言で、地面から空に視線を移した。
本当にかかってしまった。虹が。
虹がかかった時に、まゆなはつぶやいた。
「あのね、私今から、虹にも怒られるくらい、わがままなことを言うけど」
「……」
「私寂しいんだ。だってね、友達と幼馴染が、離れていっちゃうから」
「……」
そうだ。虹がかかった時に、ちゃんと初めて出揃った。
親しくしていた人とぎこちなくなってしまったことを悩む、三人が。
「僕は……まゆなと、普通にまた、話したり、遊んだりしたいんだ」
「私もだよ。私もまた、たくさん話したい」
「うん……ありがとう。でもごめんね。私が本当にわがままで。あのね、私二人とも好きなのに、二人に恋をしてるかって言ったら、してないの。だけどね、二人とはずっと仲良しでいたくて、それなのに二人同士が仲良くなっていくとなんか悲しくて、でも多分発端は自分が振ったことなのに……」
「そんなことないよまゆな。三人が揃った時に虹がかかったんだから、本当に気持ちを共有すべきは、この三人だったってことだよ」
みみがそう言う。
僕もうなずいた。
変なうわさを根拠にされたら困るかもしれない。
しかし、根拠のないうわさを根拠にしてもいい状況だ。
だって間違いなく、僕たちは三人でいたいのだから。
「じゃあ……おともだちでいて、遊んだり、話したりしたい!」
まゆながそうはっきりと言う。
「しようしよう」
「うんうん」
僕もみみもそれに応えた。
おそらく、もうまゆなが僕に恋することも、みみに恋することもない。
そして僕もみみも、まゆなに恋することはない。
そういう関係が、成立した。
だけどそれでいいと思う。
思うんだけど、ただやっぱり、僕はもう、誰かに恋することはない気がしていた。
好きだった幼馴染のまゆな。
二人して振られ、一緒にいると本当に楽しいみみ。
この二人の女の子に対して、僕は恋愛感情が芽生えない。
そういう流れにもう、乗ってしまっているから。
だからなんだか僕の心の中のわがままな要素がわめきはじめそうだけど、だけど、やっぱり僕は、みみとまゆなと、薄れゆく虹を眺めていたいと思う。
虹が消えるまで、僕たちは空を見ていた。
そうして虹が消えたら、富士山の頭が、青い空との境をはっきりさせながら、現れた。
「そういえばさ」
「うん」
僕は隣のみみに訊くことにした。
「みみの名前ってなんていうの?」
「みみだよ。苗字は田中。でも田中って呼ばれたくないから。普通すぎて」
「あ、そうなんだ」
本名を教えてくれなかったのは、田中って呼ばれないようにするためか。
そうか。たしかに最初から、みみは僕のことを名前で呼んでくれてたよな。
でもだから、距離が縮まるのが早かった気もするし。
そんなことを考えていると、
「あ、なんかずるそうな会話してる」
不機嫌になったまゆなが僕とみみの肩に手を触れた。
そして、割り込んできて、私も会話に入りますアピール。
「今度、三人でどこか、遠くに行くか」
僕がなんとなくそう言って、ふたりがうなずく。
この街を見渡せるこの公園もいいけど、でも、ここからは見えないどこかへも、行きたい。
そこで思いっきり、叫んでやりたい。
僕たちは、もうぜったい、「友達」だって。