街が見渡せる公園があった。
 その街の丘の向こうに、頭だけ富士山が見える、そんな場所。
 そこで悩みがある時に虹を見ると、同じ悩みを持つ人と出会うという。
 そんなうわさがあった。

 僕はその公園に、向かっていた。
 訪ねるのは小学生以来。

 小学生の時は、ただ遊びに行っていただけで、その公園でなくてもよかった。
 けど今、僕の行き先は、その公園でなくてはならない。
 僕は失恋したのだ。
 だから雨上がりの今日、虹を見に行かなければならない。
 そうすればきっと、失恋したもの同士が出会い、愚痴りあえるはずだ。
 僕はそんなうわさを信じて行動するような人ではないはずなのに、そう信じて公園に向かうことが、なんだかとても気分転換になっていた。

 公園についた。

 虹は見えない。
 今見えなければ、もう見えないのではないか。
 そう思った。
 しかし僕はその代わりに、一人の女の子が公園にいるのを見つけた。
 びよんびよん動く馬に座り、空をただ眺めている。
 小柄だけど、僕の通う高校の制服を着ていた。
「あ!」
 女の子がこっちを見た。
 そして続ける。
「あなたの悩みはなに?」
「あ、えーと」
 僕が戸惑っていると、女の子は、
「あー、でも虹が出てないから、違うか」
 とつぶやいた。
 そんな女の子に、僕は近づいて、言った。
「僕、悩みあるよ」
「ほんと? どんな悩みなの?」
「……失恋した」
「あ、そうなんだ。私の手持ちと被ってる」
「手持ち?」
「あ、ほら私悩みたくさんあるからさ、ここで虹を見れたら、ひとつくらい誰かと共感できるかなと思って、たまにここにくるの。で今日あなたと会えたわけ。あなたの悩みは失恋ね失恋。私も失恋したんだ」
「そうか。じゃあ……会えたってことか」
「もしかしてあなたもなんかうわさとか信じてここにきちゃったタイプ?」
「いや信じてはないけど……なんとなくきた」
 僕がそう答えると、女の子は馬の遊具を撫でながら、
「きた時点で結構信じてるでしょー」
 と笑う。
「それもそうか」
「そうだよ。で、あなたはどんな失恋をしたの?」
「……ごく普通の失恋。幼馴染に告白したら、断られたんだ」
「え? それ全然普通じゃないよ。なんか小説とかにありそうだけど、多分現実ではあんまりないよ」
「そ、そうか。で、君はどういう失恋なの?」
 と僕が訊くと、女の子は少し間を置いたあと、口を開いた。
「ちょっと変わった失恋かも」
「そうなの?」
「うん。私友達の女の子が好きで告白したら、めちゃくちゃ驚かれて、それで振られちゃったんだ」
「なるほど……」
 百合なんて漫画でしか見たことないけど、女の子が好きな女の子がいても変ではない。全然。
「意外な失恋でしょ?」
「まあ、でもそこまでじゃないかな」
「えー、そうなの?」
「うん」
 僕はうなずき、女の子もなぜかうなずいた。
 そして僕の制服を改めて眺めて、
「そういやもしかして同級生? 私友達少ないからよくわかんないけど」
「僕も交友関係狭すぎだからなあ。僕は二年生だよ」
「あ、私も二年」
「そうか」
「よかったよ。先輩だったら今まで普通にタメ口だったからどうしよかと思った」
「たしかに」
「まー、そうだったらそうだったで、あんまり気にしないけどね」
「それもそうだな」
「なんか同意が多いね」
「反対意見が欲しいの?」
「別に」
 女の子は空を見上げた。
 虹は全く見える気配もなく、あたりも乾き始めている。
「あ、僕は、池岸優っていうんだけど、名前は……」
 僕が少しためらいつつ訊くと、
「みみってよんで」
 そう答えられた。
 みみは馬から降りた。
 その反動でびよんびよんさらにする馬。
「なんかSNSやってる? 交換しよ」
 本名は教えてくれないのに、SNSは教えてくれるのか、と思いながら、僕はSNS交換に応じた。



 そしてそれから、僕たちはそれぞれの家に帰った。
 たしかに、同じ悩みを持つ人に出会えた。
 虹は見えなかったけど。
 とはいえ、あの女の子はいろんな悩みを持っていると言っていた。
 だから、どんな悩みの人が来ても、そこそこ被っていたんだろう。
 つまりは何か奇跡が起きたというわけではない。



 ☆    ○    ☆



 次の日、僕は教室で少し居づらい気持ちになっていた。
 なぜなら幼馴染と僕は、同じクラスなのだ。
 振られたし、逆に今まではすごくよく話していたから、居づらい。
 とはいえもともと一人でいることも多い僕なので、周りから見ても特に僕の不自然さは感じないだろう。
 僕はスマホを見ていた。
 みみから連絡が来ていた。
『私さ、今日暇だから、もし優くんも暇だったら、どこか遊びに行かない? せっかくの縁だし』
『いいよ』
 僕は答えた。
 幼馴染以外の女子からこんな気軽に遊びに誘われるのは、初めてだ。
 あ、いや友達が少ないから男子でもそんなないわ。
 とか考えながら、ネットニュースを眺める。
 自分の好きな野球チームが三連勝したことの記事を読んで、幸福度を高めたのちに、机で睡眠。
 幼馴染と同じ教室にいることによる緊張感は、全然なくなっていた。



 ほとんど誰とも話さずに、放課後。
 僕は校門の前でのんびり待っていた。
 みみがきた。
「はーい、到着。なんかホームルーム伸びちゃったから遅くなってごめんね」
「ううん。大丈夫」
「で、どこ行こうか」
「どこでもいいよ」
「そーか。あ、じゃあ訊くけど、幼馴染さんとは、よくどこ行ってたの?」
「あー、どこだろうな。お互いの家か、あとは部活帰りに一緒に帰ったり……よく考えたらあんまり遊びに行ってないな」
「そうなの? ていうか優くん部活やってんの?」
「うっすらとテニス部に」
「あ、そうなんだー。私帰宅部なんだよね〜。今日はどうしようか。あっ、私本屋さん行きたい」
「本屋さん?」
「私本が好きなの」
 みみはうきうきと話す。すごい好きなんだ、きっと。
「そうか。じゃあいこうか、本屋さん」
「やった。大きいところがいいから、市役所の裏のところがいいなー」
「ああ、あそこか、行ったことあるよ」
「行ったことあるの?」
「ある。ビルの三階一面に本が並んでるところだよね。広いよな」
「そう。広いの。本と、本が好きな人だらけ」
 みみはそう言って、早速歩き出した。



 歩いて二十分くらいかかるはず。
 僕とみみはそこまで会話せずに歩いていった。
 信号で立ち止まった時、僕はみみに訊いた。
「みみは、どういう系の本が好きなの?」
「うーん。やっぱり恋愛系の小説かな」
「恋愛?」
 国語の授業でしか読んだことない。それからラノベのラブコメ。ラブコメと恋愛系ってなんか違う気もするし。
「ちなみに、女の子が主人公で、恋するのは男の子でも女の子でもいいんだけど〜とにかく、女の子主人公の方が好きかな〜」
「なるほど」
 現実の世界では女の子が好きだけど、小説の中では男女問わないってことか。
 まあそれはわかる気がする。
 女の子に恋する僕も、ラノベでなんかたまにBLっぽいのとか出てきても意外と普通に読めるし。
 小説の中の方が、思考の幅が広がるのかもしれない。
 信号が青になって、早歩きくらいで歩き出す。
「そういう優くんは、どんな本を読むの?」
「あー、あれだな、参考書?」
 と答えたら、みみが、ずっと開かなさそうな踏切を見るような目になった。
「えー、それも本だけどさ、なんか本っぽい本。好きで読んでる本というか。あ、もしやお勉強すき?」
「お勉強結構好きだけどな。科目によるけど」
「そうなんだー」
「あ、でも小説だったら、ミステリーかな、日常の事件がいい。特に誰も死なないやつ」
「あっ、そういうのも私好き」
 みみはうなずいた。恋愛系のミステリーとかもあるもんね。



 ついた。
 久々に来た。
 前きたのはそれこそ参考書を買うためだったかな。
 でも今日は新しい友達? 同じ悩みを持つ女の子と来ている。
 僕も今日は小説を買おう。
 没頭できる物語を手に入れれば、振られたこともさらに気にならなくなるだろうし。
「優は参考書の方見る?」
「ううん。今回は小説買いたい」
「おっ、やったね」
 みみは軽く僕を引っ張って、ささっと小説売り場を目指す。文庫本の売り場だ。文庫本じゃないと高いもんね。わかる。
 早速みみは平積みされた本を眺めていった。
「あー、こういういかにも青春っぽい表紙、よさげなんだよね」
「あ、そういうのが好きなのな」
「うん」
 高校生の男女の絵と風景画のような背景。あー、たしかにあるあるな気はする。
「なんかおすすめのとかある?」
 誰かに推された本を買うなんてしたことがなかったから、ちょっとそれをやってみたくなって、僕は尋ねた。
「うーん。あ、これはおすすめ。部活の話で、テニスの話なんだけど、女子テニス部の女の子が、いつも壁打ちを居残りでしてる男子の部員に恋をしてね……あ、そっからは読んで」
「わかった」
 これ買おうか。うん。なんかそれで付き合い始めてハッピーエンドだと振られた僕としては羨ましくて泣いちゃうかもしれないけど。でも逆に、恋そのものの良さを再確認できそうではあった。
「私は……これにしよっかな。なんかこの前私のよく見るユーチューバーが紹介してたし」
「ユーチューバーって本紹介するの?」
「そういうユーチューバーもいるよ。いろんなSNSに本を紹介することで人気になってる人はいるね」
「そうなんだ」
 知らないジャンルのSNSの使い方だった。


 それからさらにのんびり本を選んで、お会計へ。
 僕は小説を三冊買った。
 三冊ともみみのおすすめ。
 せっかくだし、なんか英単語帳とかも買って行こうかと思ったけど、やめた。小説だけで買う日だ、今日は。
 みみは五冊くらい買っていた。
「日常的に本買ってるの? そしたらお小遣いなくなったりしない?」
「そんな買わないよ、実は。図書館とか、ネットの小説も読んでる。あとたまにね、バイトしてるから」
「へー、ていうかうちの高校バイトありなの?」
「一応ありだと思うよ。なんか先生にめっちゃ色々言われはするけどね」
「あ、そうなんだ」
 交友関係の狭さを実感してしまった。広ければ、バイトしてる友人の一人くらいいただろう。
「……さて、そしたらあれですね。カフェとか行くのはどうでしょう?」
「あれか、カフェで読書?」
「そーです! どうかな。いやだったら他のところでもオッケー」
「いや、せっかく買ったし、ゆっくり読もう」
「やった。あ、でも今日私の好きなとこばっかりだから、優の好きなところも今度行きたいな」
「ありがとう……好きなところね……」
 僕は考えた。そういやそんな好きなところってないな、僕。普通に家が好きだわ。
 やばい。行動範囲も狭いは僕、交友関係だけじゃなくて。


 カフェは本屋と同じビルに入っていた。
「私初めて。カフェくるの」
「あ、来るの初めてなんだ」
「うん。一人の時は家に帰って読むことが多いもん」
「なるほど」
 まあそれもそうか。カフェよりも家の方が落ち着くって人もいるだろうな。

 僕たちは入店し、よくわからないのでとりあえずホットのコーヒーをてきとうに注文。
 読書がメインだからいいか、別にこだわらなくても。他にもなんか色々とメニューがあったけど。
 示し合わせたわけではないけど、二人ともそう思ってる気がした。
 向かいあって、早速本を取り出す。
 なんかまだ物理的に力強い本だ。
 紙に反発力があるというか、まあそんな感じ。
 僕は本を読み始めた。みみは僕よりも早く読み始めていた。


 しばらくして気づいたら冷めかけたコーヒーが目の前にあった。
 意識がテーブルに行ってないうちに、コーヒーが来ていたようである。
 読書ってこんなに没頭できるものだっけ。
 少なくとも僕の場合は、相当面白い話だとしても、結構早々に読み疲れるタイプだ。
 しかし向かいにみみという、ずっと真剣に本を読んでいる女の子がいることによって、僕は読み疲れる、ということがなくなっていた。
 まるで、みみの集中力が、僕にも備わったかのようだ。
 とはいえコーヒーも少し味わいたいと思い、僕は静かにカップを手に取る。
 いったん物語のことではなくコーヒーのことを考えると、ら周りの音がよく聞こえるようになってきた。
 しかし向かいのみみはとても静かだった。
 背もたれに寄りかかって、本を丁寧に持って、読んでいる。
 コーヒーに全く手をつけてないようにも見えるけど、話しかけたりはしない方がいいな。そう思った。
 コーヒーを一口飲むと、より一層おちついた。この落ち着く効果があるコーヒーなら、ちょこちょこ読みながら飲んでいけば快適そうだ。
 炭酸とかだとそうは行かないんだろうな、とか考えた。
 一人で自分の部屋で本を読むとしたら、映画みたいなノリでコーラを飲みながら読んでしまいそうなものであるが。


 二時間経過。
 みみが伸びをした。本を閉じる。
「読み終わった?」
「うん」
 僕はもう少し残っていたけど、でもみみともそろそろ話したかった。物語の方もだいたい問題は解決してて、先は気にならない。
「はー、ゆっくり読めた。あっ、コーヒーぜんぜん飲んでないよー!」
 今更気づいたことにより顔が歪むみみ。少し漫画っぽかった。 
 そして一気飲み。
「あ、トイレ行ってくるねー」
 そして立ち上がって行ってしまった。
 読書を終えた途端テキパキと動き出すみみ。
 あんまり物語の余韻に浸るタイプではないのだろうか。
 僕はみみを待ちつつ、本の続きを読んでいた。
 五分くらい経って読み終わった頃、みみが戻ってきた。
「優は読み終わったの?」
「いまちょうどね」
「あっ、そうなんだ。……面白かった?」
「うん、面白かった。あれだな、僕、女子主人公向いてるかも」
「ほんと?」
「うん、めっちゃ共感できた。特に途中家にこもってテニスの練習試合サボりそうになるところとか」
「あー、そうなんだ。優もテニスサボったりすることあるの?」
「あるよ。正直サボってる方が多い。うっすらテニス部だから」
 僕がテニス部のモチベの低さを白状すると、みみは許容範囲激広のお姉ちゃんのように笑った。
「そうなんだ。今日もサボってるの?」
「サボってるな」
「てことは私のためにサボってくれたのね?」
「一人でもサボってたかもしれない」
「そういう時でも私のためってことにしとけばいいの」
「わかった。そうしとくわ」
「よろしい」


 そして少しして、みみと僕は、カフェを出た。
「うーんっ、今日はありがとね」
「僕こそありがとう。楽しかった」
「そう? うれしいなあ」
 誰かと二人で放課後を過ごすってことはなかったから、よかった。だいたい一人か、部活仲間とだった。

 建物から外に出て、そして歩き出す。
 向かうのは公園。
 僕とみみが同じ悩みを持つ仲間を求めて訪れた公園。
 だけどそこが近くなってきてから、
「公園、今日はいいかな」
「私もそう思ってたところ」
 二人とも、公園を必要としてないことを確認しあった。
 とりあえず、ある程度のことを共感できる友達が隣にいれば、それでいいってことだ。お互い。


 結局、公園には寄らずに、みみとは公園の手前で別れた。
 みみの雰囲気は少し変わっていたけど、一緒にいて、すごく楽しかった。
 だから……今度は僕がなんか考えてみみと遊びに行こう。
 お互い振られたもの同士の心の落ち着かせ合いは、もう一回やる価値のあるものだと思う。




 というわけで次の日みみとやってきたところは。
「ば、バッティングセンター? 優、野球好きなの?」
「野球は見るのが好き」
「へー、そうなんだ。でもここって実際に打つところでしょ」
「まあね。でもほら、きつい練習とかはないでしょ。部活みたいに」
「なるほど。さすがおサボりテニス部部員ね」
「言われてしまった」
 それを言われた時点で負けてしまう。
 でも、みみは珍しそうにボールが出てくる機械を見つめ、
「なんか打ちたくなってきた〜!」
 と言い始めた。
 やはりそうだろう。ボールが来たら打ちたくなるもんなのだ。
「よし、早速やろう。初心者向けの70キロくらいがおすすめ」
「70キロってボールの速さ?」
「そうだよ」
「え、それだったら70キロでも速くない? だって車よりも速いよね?」
「そうだな。でも意外と当たりはすると思うよ」
「ほんと?」
「とりあえずやってみればなんとかなると……」
「うん、じゃあやる」
 まとめて受付で買ったコインを、70キロのところに一枚入れた。
 みみが、ヘルメットをかぶりバットを握る。
 バッターボックスに立つ。
 右打ち。構えは強打者に見える。
 一球目が出た。
 みみは思いっきり振った。
 当たった。
 ボールは前方のネットに力強く飛んだ。
「うわ! 当たった!」
「て、天才?」
「え、私天才だった?」
「かもしれない」
 一発目からちゃんと当てるのはむずい。正直バットよりも当たる部分が広いテニスラケットでも難しいだろう。

 その後も八割くらいの確率でみみはちゃんと球にバットを当てていた。
 すごい。運動神経実はいい帰宅部だ。
 そういう人いるよね。
 体力測定とか体育の授業でみんなが驚くような活躍をしたりする。

 たくさん当たって満足げなみみは、僕に言った。
「はい、じゃあ次は優、お手本頼んだよ」
「よし、じゃあ130キロでやるか」
 こうして調子に乗った僕は見事130キロを全部空振りして、コインを一枚無駄にしてしまったのだ。
「あははっ、かっこいいところ見せようとしたな?」
「ちょっとした」
「残念でした。100キロくらいにしたら?」
「そうするわ」
 みみにぐうたらなテニス部の部員と認定されてて、それを自分でも認めてて隠していないのに、なぜかバッティングセンターとかいう遊びでは、かっこいいと思われたいと思ってしまった。

 100キロだとそこそこは打てた。
 プロの構え方の真似をしたら、変だと言われた上に空振ったのでやめた。
 色々とかっこつけるたびにダメになるな、今日の僕は。


 それから何回かずつバッティングをしたのち、他の人がかきんかきん打っているのを眺めていながら、のんびりと話すみみと僕。
「あー、あれだな。また、優のいいところとか面白いところとかいっぱい知ってなんか好きになったなあ」
「好きかあ」
「うん、あれだよ。恋ってことじゃないよ」
「うん。そういうことなら、僕もかな」
「やったね、好かれてるじゃん私」
 笑顔のみみを見ながら考える。
 幼馴染に振られた僕でなくて、ただ何事もない僕であったなら、みみにどういう感情を抱くのだろう。恋していたのだろうか。
 それはわからないけど、わからないからこそ、恋していた気がしていた。
 そんな僕と似た方向のことを考えていたのかもしれないみみが言った。
「私……もし同じ悩みを持つ者として優と出会ってなかったら、優のこと、恋愛面で好きになってたのかもなあ……とか思う時もあるけど、まあね……」
 みみが首を振って、そして立ち上がった。
「もう一回、かっ飛ばす。まだコインある?」
「あるよ」
「よし」
 何も持ってない腕をぶんぶん振るみみ。
「何キロでやる?」
「130キロ」
「マジで?」
「優が当たらなかったのを完璧に当てて見せるよ」
「おっ」
 なんか本当に当てそうだ。当てる宣言するとだいたい当たらないものな気がするが、みみは例外だと思った。

「では、いきます……うお」
 速過ぎて、ボールが後ろに行ってから振るみみ。
 流石に初見だとそうなる。
 しかし、みみは、
「てことはめっちゃ早めに振れば当たるね」
 とポジティブなセリフをはさみ、二球目で……
 かっ
 とかすらせた。
「あ、当たった! ちょっとだけど当たった!」
「ほんとだな。すごい」
「よし、あとは前に飛ぶことを祈る」
 三球目。
 またファール。
 四球目もファール。
 実際の打席なら、粘りを見せているけどノーボールツーストライク、という状況である。
 しかし五球目に。
 キン!
 金属バット前回の綺麗な音が鳴り、球がまっすぐ前に転がっていった。
 うん。これはセンター前ヒットだ。
「やった、前に飛んだ。ちょっとしょぼいけど」
「すごいじゃんか」
「ほんとはもっと上方向に飛んでいく軌道が良かったけどね〜。でも満足」
 みみはスッキリして、残りの球も何度か前に飛ばした。
 こうなったらもうね。
 僕もかっ飛ばすしかないな。130キロを。


「悔しい。ちょっとかすっただけで終わってしまった」
「はーい、そろそろ帰りますよ〜」
 負けた。天才型バッターのみみに負けた。
 130キロにうまく合わせられなかった。
 テニスのサーブで130キロ以上出す人もいるとは思うんだけどなあ。バウンドしてるから遅くなってるのか慣れてるのか、テニスならちゃんと当たりはする。いくらサボりがちだとしても。
 でもとにかく野球になると、ダメだ。
 悔しい……けど、僕は小さい子ではないので、大人しくみみを褒め称えながらバッティングセンターを出る。


「ふー。帰宅部としては、特例レベルでの運動量でした」
「そうか。でもうまかったな」
「意外とセンスはいいのかもしれません。運動した事なさすぎて全然わかんなかったですけど。それかビギナーズラックですかね」
「ビギナーズラックで130キロ打ち返せはしないよ」
 広々とした大通りを車が走っている。
 大きな釣具屋の看板の魚のキャラクターが、車を偉そうに見下ろしている。
「あー、釣りとかも楽しそうですね。この前読んだ本で、釣りが好きな主人公の話があったんですけど、結構面白かったです」
「釣りかあ。僕したことないなあ」
「私もしたことないです」
「なんかハードル高そう」
「ですね〜」
 ゆうれいなテニス部と帰宅部は、そんなに行動力があるわけではなかった。だから、釣りのハードルは高すぎる。
 けど、行ってみてもいいかもな、と思った。
 行動力のある友人に乗るわけではなく、こんなふうに、ちゃんと自分から何か新しいことを始めようと思ったのって初めてだ。
 やはり僕は、みみといるのが好きなようだ。
 振られたこととかも癒えている気がする。もうすでに。



 でも流石に釣具屋で一から道具を揃えるのも高いしリスキーなので、まずは、釣り堀に行ってみることにした。
 今週末くらいにしようと話になって、そして今日はお別れ。
 高頻度でデートしているみたいだ。
 けれど、そうではない。
 だって僕とみみはまあ友達だ。
 同じように振られて、それで出会った友達。まだ出会ったばかりで、みみがどんな他の悩みを持っているのか、僕は知らない。
 だけどお互いまだそこまで知らなくても、とにかく一緒に何かするのは楽しい。そう強く感じていた。

 それから週末までは、僕はちゃんと部活に行ったし、みみも塾などがあるということで、二人で遊びに行かなかった。
 だからなおさら二人で遊びに行くモチベが上がった週末。
 釣り堀で初めての釣りを体感すべく、僕とみみは出かけた。
 釣りだけだとあまりに向いてなさすぎた時に悲しいと思っていたら、他にものんびりできるスポットがたくさんある公園みたいだった。
 僕とみみが出会った公園と比べたら、二十倍くらいの広さがありそうな公園である。

 その公園は駅から遠くて、だけどバスの本数も少ないので、僕とみみは頑張って歩いていた。

「やばい。帰宅部にはきついよ」
「帰宅部だって毎日歩いてるでしょ」
「それはそうだけどさ〜」
 みみは後ろを振り返る。
 一直線の道だからすごくよくわかるけど、確かに結構長い距離を、僕たちは歩いてきていた。
 それなのに公園の思われる木々の生えた空間は、まだ遠い。近くなっている感覚があまりない。
 みみが辛くなるのもわかる。
「あー、ベビーカー乗りたい」
「なんでベビーカーになったし」
「なんとなく」
 とはいえ、みみは立ち止まる様子もない。
 愚痴りながらも体力自体はそこそこありそうだ。
 また野球に向いてそうな側面を見つけてしまった。



 そしてさらに歩いて公園に突入して、公園の中も歩いて。
「おおー、お魚のいる池だ」
「つまりは釣り堀だな」
「そういうこと」
 初めてなので僕も緊張。
 いつもここでのんびりしてます風のおじいさんとか、家族連れとかいる。カップルも少し。
 まず竿とエサをもらい、簡単な操作方法を教えてもらう。長い糸が巻きついているリールとかは使わずに、ただ釣竿を上げ下げするだけみたいなので、初心者向きそうだと勝手に思った。

 餌もなんかやばそうな虫ではなくて、お団子のようなものだったので、大丈夫そうである。まあ僕は虫でも大丈夫だけど。
 みみはそういや虫は大丈夫なタイプなのだろうか。あまり知らない。

「お団子大きすぎても食べた時に針にかからないからダメって言ってたよねー」
 と言いながらせっせとみみは極小お団子をつける。
 僕はみみよりも少し大きくつくる。
 いやなんだかんだ言って、でかい餌があった方が魚も喜んで食べるだろ。
 これくらいなら多分魚が食べたら針にもかかると思うし。
「では。二人合わせて二十匹釣れるまで帰れませんゲームね」
「あ、そういう感じね。二人で対決ではなく」
「そりゃそうでしょ。だってお互い初めてなんだから、対決しても仕方ないし。そもそも優とそんなに対決したくないし。
「そっか。たしかにな」
 僕とみみは、ライバル関係でも、勝敗に関わらず楽しげに笑いあうカップルでもない。
 たしかに協力ゲーにした方が、僕たちらしい感じがする。
 みみと僕は釣竿の先の仕掛けを水の中に入れた。
 ウキが明らかに動いたら引けばいいんだよな。いや違うか、それはまだエサをつついてるときだから、もっと沈んだりした時に……
「おー、なんか釣れた」
「うそ?」
 いやほんとだよ。みみがフナを釣っていた。なんかゴツさを感じさせないサイズ。さすが初心者向けの釣り堀だ。
 みみが頑張って教えてもらった通り針を外し、そしてバケツの中にフナを泳がせる。
 え、まじか。
 僕も来ないかなあ。釣り堀って結構釣りやすい環境なはずだよね。野生の環境と比べたら。
 ということは僕も来てもいいころだろう。まだ開始一分ちょいくらいだけど。
 来ない。
 野生の釣りって多分何時間も待つんだよな。
 向いてないかもしれない。
 とはいえ、それはみみが釣れてちょっと羨ましいからであって、待つこと自体に苦痛はない。小さな椅子に腰を下ろして水面を見つめるだけというのは、かなり考えが進む。
 毎日これをしていると道徳的に素晴らしい人間になれそうだ。

 とか言ってたら手応えが。
 ちゃんと落ち着いて待ってからあげると……
「お、釣れた」
 ゲームで釣りをした時のリモコンの手応えを、数万倍に解像度アップさせた感じだった。
「おー、これで二匹だ」
 バケツの中を二匹のフナが泳ぐ。
 そういえば今日は天気がいい。
 雲が本当に全くなくて、みみはそういや日焼け止めを塗りまくってきたと言っていた。



 それからぽんぽんと釣れて、二人で二十匹釣れたところでおしまい。五匹まで持って帰っておうちで飼えるシステムがあるらしいけど、水槽とか家にないし、やめておいた。
「はー、楽しかった、あ、そういえばさ」
「おお」
「向こうの大きい池のところにあるボート、一緒に乗りたい。白鳥さんを漕ぐやつ」
「あー、自転車みたいなやつね」
「そうそれ、やりたいなあ」
「やろうか」
 僕の中ではカップルで楽しそうにやるか、小さい子が無心で漕いで爆走しているイメージだ。
 でも楽しそうである。
「こっち歩いていけば着くかな」
「つくと思う」
 みみと僕は歩き出した。
 ふいに、みみが肩を触ってくる。
「なんで、私たち二人でこうして遊んでるんだろうね」
「なんでかな。まあ……お互い友達が少ないから?」
「それはある」
 うなずくみみ。だけどそんなみみと、僕は仕方なく一緒にいるわけなんかない。
「まあでも、やっぱりみみと気が合うからかな、と僕は思う」
「そうなの?」
「うん。振られたことを慰め合うために、一緒にいるわけではないだろ、もう。少なくとも僕はそうなんだ」
「私もとっくにそう! ていうかそういうことをききたくて、尋ねたんだし」
「そうか」
「そうですー」
 肩から腕に触る場所を変え、なんだか本当にカップルみたいに歩いてしまっている。
 このままボート乗り場に行けば、全地球人を騙せてしまうだろう。



 そしてその後二人でボートに乗った。
 みみは歩き疲れてるけど漕ぎたいという、ちょっと子どもっぽい主張をして、それでのんびりとボートは進んでいる。
 一人でボートの動きを掌握したいらしく、今僕はハンドルも動かしてないし漕いでもない。ただ座っているだけである。
 鯉と鴨にあげられるエサをもらったのでばら撒くと、水中から鯉が、水草の隙間から鴨が出てきた。
 のんびりでいいなあと思う。
 しかも屋根がついてるボートなので、日焼けもそこまでしないのもいい、とみみがいっていたのできっと良いのだろう。
 実際僕もたまに真面目にテニスをすると日焼けを実感するんだけど、やはり日焼けはしたくないなとは思う。

「あー、そういえば、まだ私が振られちゃった女の子と友達な関係だったころ、こうやって公園でゆっくりしたあと、最後に花火したいねって話してたことがあったなあ。結局雨続きで話が流れちゃいましたけど」
「そうか。また友達になったりは……」
「したいですね。もちろん。恋愛として好きではなくても、ちゃんと話したいです。だけどまだあまり、話せてないですね」
「僕も同じだよ」
「そっか。まあ難しいというか、なんというか、まだ諦めてないしつこい人認定されるのも少し困るし、なんとなく色々と……気軽には話せないよね」
「わかるわかるわかる。もうわかるの三段重なり」
「共感のセリフって、わかるを重ねるもんなのね」
 みみが笑う。
 ひとかけら、エサを大きく投げた。
 反射でよく見えない遠くの水面に、落ちたような気がする。
 僕も習って投げた。
 みみと同じくらいところに、水しぶきをあげて落ちた。
「うんよし、私、頑張って純粋に仲良くなるよ、まゆなと」
 ボートのハンドルから手を離して伸びをするみみ。自動車の運転なら大変危険な運転だ。とかいうことを考えながらも、
「まゆな?」
 僕は名前に反応した。
「あー、私が振られた女の子の名前」
「あー、そうなの? 僕の幼馴染の名前も、まゆななんだけど」
「そ、そうなの? それはもしかして、同一人物という現象ではないでしょうか」
「そうかもしれない」
「わーお。でもそうですよね。まゆな本当に素敵で可愛いので」
「わかる。優しいし」
「そうなんです。しかも笑うとさらに優しさ百倍の超ポテンシャル!」
「な、本当笑顔いいよなあ。僕はなんと、十年以上も笑顔を見てきた!」
「は? それは羨ましすぎるー!」
 なんだこの推しを語るみたいなトーク。
 これで違うまゆなのことを話していたら本当に笑い話になってしまう。
 とはいえ同じなんだろうな。
 もうそれは、確証はないけど、でもとっくに信じていることだった。

 みみと僕はボートの上で、振られたのにいまだに魅力に感じている女の子の話を、気がすむまでしあったのだった。



「今度の遊びは三人にしたいと思うのです」
 それから少し経った日の昼休みに、一緒に屋上の隅でお弁当を食べていたら、みみが言った。
 ちなみに学校で一緒にお弁当を食べるのは初。
 違うクラスなのに頑張って合流した。
「それは……」
「まゆなを誘うってこと」
「大丈夫かなあ……それ」
 最近僕はもう今のままでいいんじゃないかと思い始めていた。
 だって別にまゆなと険悪な雰囲気なわけではない。
 もちろん一瞬にして話す頻度が激減して、遊ぶことも無くなったのは寂しいが。
 でもなあ……やっぱりまゆなもしつこいって思いそうだし。
 とか色々考えていたら、僕と同じく考え込んでいたみみが、
「そうですね。やめておきましょうか」
 そう言った。
 それから黙々とご飯を食べる。
 みみのお弁当にはたくさんミニトマトが入っていた。
「ミニトマト好きなの?」
「まあ栄養もあるし。あ、でもなんか、今日のミニトマトは、酸っぱい気がしますね」
「あーミニトマトそういう時あるよね」
 しかもあんまり見た目じゃわからない。少なくともなんの知識のない僕には。だから酸っぱかったときは、あー、酸っぱいなあ、と思うだけなのだ。


 教室に戻ると、まゆながいた。
 そういえばみみが、まゆなとは図書委員で知り合ったと言っていたけど、たしかに最近まゆなは図書委員に熱心なように思う。
 今日も図書室に行って帰ってきたところなのではないか。
 別に後をつけたりなんてしてないのでわからないけど、多分そうだと思う。まゆなの机に、図書室から借りてきたっぽい本がどすどす置いてあるから。

 自分の席に座ってからも、なんとなくまゆなを見ていた。そうしたらちょっとまゆながこっちを見て、久々に目があった。
 とはいえ話すことはない。手を振ってそして歩み寄ってお互い色々と話したいことを話すとか、そういったことはなくなってしまったんだもんな。仕方ない。

 というか、図書委員で、みみとまゆなの二人が当番ってことはあるのだろうか。
 もしそうだったら、その時もあんまり話してないのだろうか。

 僕はいつも以上にぼんやりしてしまって、そして眠くなったので、机に頭をつけて、寝た。



 起きたら午後の授業は終盤。みみから連絡が来ていた。
『今日久々に、公園に行かない?』
 公園っていうのは、もちろん、僕とみみが出会った、ぜひとも虹を見たい公園のことだろう。
 今日は曇り。今から雨が降って、それから晴れれば、虹が見えるかもしれない。
『うん、行こうか』
 僕は返した。



 本屋さんに行った時のように、校門の前にいると、みみが来た。
 そして迷わず、公園へと歩き出す。
 今日は絶対に富士山の頭も見えない。今のままの天気だと、ただの雲と、街並みと、少しの森が見えるってだけだろう。
 だけど今日はもともとみみがいるのだから、虹が見える必要はない。
 ただのんびり、街並みが見える公園の馬の上にでも座って、ゆったりと喋れれば、十分だ。


 公園に着いた。
 みみと出会った、馬の遊具は今日もガラ空き。
 そこにみみが座って、僕もその隣の馬の遊具に座った。いや、これは馬じゃなくて鹿か。

 合わせたら馬鹿になるけど気にしない。なんならとっておきの馬鹿な話をしてもいいね。☆

「ねえ、そういえば、優は、どこの野球チームのファンなの?」
「スワローズ」
「あっ、この前は日本一だったところでしょ。お父さんがね、野球結構好きだから知ってる」
「あ、そうなんだ」
「よく、家でビール飲みながらワーワー偉そうなこと言ってるよ。全然運動神経良くないのに」
「まあファンってそんな感じだから」
「そうかもねー。私も、自分がすごい小説を書けるわけでもないのに、よく、あー、これはちょっと良くない展開かなあとか勝手に思う」
「あ、それはわかる」
「やりがち」
 二人で共感しあって身を乗り出して、お互いの遊具が揺れたところで……雨粒があたった。
「「雨だっ」」
 屋根があるところが、藤棚の下しかない。
 植物の作った、粗い屋根である。
 滑り台の下は流石に狭すぎるし、横から雨が余裕で入るので、まだ藤棚の方がマシそうだ。
 そういうわけで、みみと僕は藤棚に避難。
 小雨なこともあり。藤棚がちゃんと屋根として機能している。
 レンガ作りの四角い椅子に座り、しばらくお互い無言だった。
 レンガは冷えてて、お尻が冷たい。
 向かいのみみは少し眠そうだ。
 僕も眠くなってきた。
 しかし二人とも、瞬時に目が覚めることになる。
 僕たち以外に、雨宿りをしにきた人がいるからだ。
 それが誰かというと、まゆなだった。
「あ……」
「こ、こんに……ちぃわ」
 みみと僕は驚いて小さく反応する。
 しかしまゆなは、
「雨宿り、一緒にさせて」
 そう冷静に言うと、僕たちのレンガと少し離れたレンガに座って、霧がかかった湿っぽい街並みを眺める。
 どうしてここにきたんだ……まゆな。
 まさか、悩みがあるのか?
 それはどう言う悩みなんだ?
 分からないことが多い。
 でも一つ注目なのは、みみと僕がいるという状況の上で同じ藤棚に座ってきたと言うこと。
 みみとも僕とももう関わりたくないとか、そういことではない。きっとね。
 それはよかった。

 すごくよかったんだけど……三人で無言になってしまった。割と仕方のない状況な気がする。
 まるで、野球を見に行ったけど雨でゲームが中断になってる時のようだ。
 公園の砂の土がどんどんと水を含んだものになる様子をただ観察してるだけ。

 しかし最初に、こちらに流れてきた水を足で蹴飛ばしながら、まゆなが言った。
「みみと優、仲良いんだねー」
「まあね」
「そうだね」
 仲良くなったきっかけの人に言われると、違和感がある。
 とはいえもちろん、みみと僕は肯定した。
 だってその通りだから。
 少なくとも僕は、こんなに早いペースで、誰かと仲良くなったことはない。

 まゆなは、ため息をついた。
 また沈黙。
 沈黙になると音でわかる。さっきよりも藤棚にあたる雨が弱いって。
 雨、もうすぐ上がるのかもしれない。
 最近はアプリとかで雲の動きとかも調べられるから、気になったらそれを見ればいいのかもしれないけど、そういうことではない。
 なんの根拠もなしに、虹がかかるのではないかという、小学生みたいな考え。
 だけどもしも、いまから虹がかかるのなら。その時一緒にいるのはこの三人。
 つまりは、悩みを共感できる人が一人増えるってことだ。
 いや、そもそも、僕とみみが会った時は、虹はかかる気配すらなかった。
 よくわからない。だいたいこんな変な噂について色々と考えてる僕がやばい。
 スワローズファンらしく傘でも呑気に振って考えをリセットするのがよさそうだ。傘ないけど。



 それからしばらくして、僕たちは無言で、地面から空に視線を移した。
 本当にかかってしまった。虹が。
 虹がかかった時に、まゆなはつぶやいた。
「あのね、私今から、虹にも怒られるくらい、わがままなことを言うけど」
「……」
「私寂しいんだ。だってね、友達と幼馴染が、離れていっちゃうから」
「……」
 そうだ。虹がかかった時に、ちゃんと初めて出揃った。
 親しくしていた人とぎこちなくなってしまったことを悩む、三人が。
「僕は……まゆなと、普通にまた、話したり、遊んだりしたいんだ」
「私もだよ。私もまた、たくさん話したい」
「うん……ありがとう。でもごめんね。私が本当にわがままで。あのね、私二人とも好きなのに、二人に恋をしてるかって言ったら、してないの。だけどね、二人とはずっと仲良しでいたくて、それなのに二人同士が仲良くなっていくとなんか悲しくて、でも多分発端は自分が振ったことなのに……」
「そんなことないよまゆな。三人が揃った時に虹がかかったんだから、本当に気持ちを共有すべきは、この三人だったってことだよ」
 みみがそう言う。
 僕もうなずいた。
 変なうわさを根拠にされたら困るかもしれない。
 しかし、根拠のないうわさを根拠にしてもいい状況だ。
 だって間違いなく、僕たちは三人でいたいのだから。
「じゃあ……おともだちでいて、遊んだり、話したりしたい!」
 まゆながそうはっきりと言う。
「しようしよう」
「うんうん」
 僕もみみもそれに応えた。
 おそらく、もうまゆなが僕に恋することも、みみに恋することもない。
 そして僕もみみも、まゆなに恋することはない。
 そういう関係が、成立した。
 だけどそれでいいと思う。
 思うんだけど、ただやっぱり、僕はもう、誰かに恋することはない気がしていた。
 好きだった幼馴染のまゆな。
 二人して振られ、一緒にいると本当に楽しいみみ。
 この二人の女の子に対して、僕は恋愛感情が芽生えない。
 そういう流れにもう、乗ってしまっているから。
 だからなんだか僕の心の中のわがままな要素がわめきはじめそうだけど、だけど、やっぱり僕は、みみとまゆなと、薄れゆく虹を眺めていたいと思う。

 虹が消えるまで、僕たちは空を見ていた。
 そうして虹が消えたら、富士山の頭が、青い空との境をはっきりさせながら、現れた。

「そういえばさ」
「うん」
 僕は隣のみみに訊くことにした。
「みみの名前ってなんていうの?」
「みみだよ。苗字は田中。でも田中って呼ばれたくないから。普通すぎて」
「あ、そうなんだ」
 本名を教えてくれなかったのは、田中って呼ばれないようにするためか。
 そうか。たしかに最初から、みみは僕のことを名前で呼んでくれてたよな。
 でもだから、距離が縮まるのが早かった気もするし。
 そんなことを考えていると、
「あ、なんかずるそうな会話してる」
 不機嫌になったまゆなが僕とみみの肩に手を触れた。
 そして、割り込んできて、私も会話に入りますアピール。
「今度、三人でどこか、遠くに行くか」
 僕がなんとなくそう言って、ふたりがうなずく。
 この街を見渡せるこの公園もいいけど、でも、ここからは見えないどこかへも、行きたい。
 そこで思いっきり、叫んでやりたい。
 僕たちは、もうぜったい、「友達」だって。

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