「プリント。まだ出してないよね?」

 初めて朝倉と話したのは、九月下旬のこと。じゃんけんで負けた朝倉が、俺のプリントを直接回収しにきた時のことだ。

「……ああ。悪い。忘れてた」

 俺は引き出しからプリントを取り出し、朝倉に差し出す。

「いつもおつかれさま」

 黙ってプリントを受け取る朝倉に、俺はおもわず声をかけた。朝倉は少し驚いた顔をして、その後不服そうに口を開いた。

「たまには渡世がやってもいいんだよ。雑用係。ほら、かわりにこのプリント持ってってくれてもいいし」

 回収したプリントの束を、朝倉は丸ごと俺に押し付けてくる。俺は苦笑を漏らしながら、プリントを朝倉へと押し返した。

「俺に雑用係をやらせたかったら、朝倉はまずじゃんけんに勝つとこから始めないと」
「……ねぇ、どうしていつも私に勝てるの? 渡世、私の心が読めるから、次に出す手がわかってるんじゃないの?」

 驚いた。朝倉は俺の噂なんか信じてなさそうに思えたのに。案外、子供らしいかわいいところもあるんだな。

「さあな」

 俺は朝倉に癖を教えてやらずにその場を去った。面倒な雑用なんてやりたくない。朝倉には申し訳ないが、これからも俺は連勝記録を更新し続けてやる。

 一週間後。久しぶりにまたじゃんけん勝負が行われた。
 ちょっと間があいたからか、今日の朝倉はいつもより気合が入っているように見える。
 小堀先生の合図でじゃんけんをすると、結果はやっぱり俺の勝ち。
 朝倉はうらめしそうな顔をして、俺のことをじっと睨みつけている。

 ――癖を直さないと勝機はないぞ。朝倉。

 心の中で朝倉に告げながら、無意識に俺は笑ってしまっていた。そんな俺の態度が挑発的に見えたのか、朝倉はさらに悔しそうな顔をしている。

「ズルしてるよね!?」

 その日の放課後、まだクラスメイトが教室に残っているというのに、朝倉が俺の席までやってきた。いっせいに、みんなの視線がこちらに向いた。

「してない」
「嘘! だってこんなに勝つなんておかしいもん」
「お前が弱いだけだろう。それに、ズルしたって証拠は?」
「そ、それは……!」

 朝倉は口ごもった。

「……渡世、今私がなにを考えてるかわかる?」
「〝渡世、むかつくなぁ〟」
「当たってる! やっぱり私の心を読んでるんじゃない。それはズルでしょう!」
「今の朝倉が俺に苛立っているのなんて、実際に心を読めなくてもあきらかにわかるだろ。それに俺に能力があったとしても、俺はそれを有効活用しているだけでズルではない」

 徹底的に言い負かすと、朝倉は言い返せなくなった。

「紬、やめときなってー。渡世くんに勝てるわけないんだからぁ」

 俺の隣の席の女子が、茶化すように朝倉を宥めた。
 
「でも悔しいんだもん。ここまできたら一回でもいいから渡世に勝ちたい」

 だが、朝倉は一歩も退かない。なんにも興味がなさそうだったくせに、俺とのじゃんけんにここまで熱くなっている。今日、朝倉の新たな一面を知った。朝倉は意外に負けず嫌いである。

「じゃあ、ヒントだけ。……お前、癖があるんだよ。じゃんけんをする時。俺はその癖を見抜いてるから、お前が出す手がわかる」
「……なるほど!」

 俺が勝つからくりがわかった朝倉は、今までにないほど目を輝かせている。

「で、どんな癖?」
「それは自分で考えろ」

 最後まで種明かしはせず、俺はそのまま教室を後にした。

 ――それからだ。俺と朝倉の距離が、急速に縮み始めたのは。

 朝倉は自分で癖を研究しては、俺に報告しにくるようになった。そしてそれが間違っていると、俺に答えを教えてくれとせがむ。俺はそんな朝倉を見ているのがおもしろくて、いつまで経っても教えてやらなかった。教えなければ、この楽しい時間がまた過ごせると思ったからだ。朝倉は、唯一俺が学校で興味を持ったクラスメイトだった。

 ある日、保健体育の授業中、病気のせいで見学を余儀なくされていた俺は、クラスメイトが投げたボールを思い切り顔面にぶつけてしまった。
 念のため保健委員に保健室に連れていかれ、しばらくひとりで休んでいると、授業中だったはずの朝倉が具合を見にきてくれた。

「お前、授業抜け出して大丈夫なのか?」
「えっ? ……うん。お腹が痛いってことにした。私以外誰も渡世のお見舞いにはこなさそうだし、かわいそうだなって。すぐ戻るから大丈夫。」

 あっけらかんと、朝倉はそう答える。

「ていうか渡世、いつも体育休んでるんだって? どっか悪いところでもあるの?」
「ああ……。運動するの嫌いなんだ」

 咄嗟に嘘をつく。運動は好き嫌いを決める前にできなくなったから、正直なんとも思ってない。

「なにそれ。そんな理由で許してもらえるわけ?」
「ああ。俺はさ、天才だから。朝倉と違って特別なんだよ」
「またそんな嫌味言って。……元気そうでよかった。じゃあ、そろそろ戻るね」
「……朝倉!」

俺は朝倉が戻るのをなぜか寂しく感じて、朝倉に「このままサボらないか」なんて馬鹿げた提案をした。

 朝倉は驚いていたが、「今まで一度もサボったことないから、挑戦するのもアリかな」とか言って、その日は初めてふたりで午後の授業をサボった。
 帰り道、偶然朝倉の母親に遭遇して、なぜかそのまま朝倉の家に行くことになった。
 朝倉の家は駄菓子屋を営んでおり、俺は初めての駄菓子屋に柄にもなくテンションが上がりっぱなしだった。
 見たことのない小さなお菓子、十円で買えるものもある。その空間は、一気に俺の少年心に火をつけた。
 気づけばあれもこれも手にとっていて、全部レジに持っていった。そこで〝じゃんけん勝負〟の貼り紙を見つけた。店員とじゃんけんして勝てば、好きな駄菓子をオマケでもらえるシステムらしい。

「店員さん、勝負してもらっていいですか?」

にやりと笑いながら、俺は朝倉に勝負を挑む。俺はじゃんけんで朝倉には負けなしだ。

「……の、望むところよ」

 にやりと笑いながら、俺は朝倉に勝負を挑む。俺はじゃんけんで朝倉には負けなしだ。結果、俺はきなこ棒を無料で一本追加することに成功した。