何度繰り返し読んだことか、手紙から顔を上げる頃には、空は夕暮れを映していた。それでも私の周りではまだちらほらと、宴が続いているようだった。


ここから川を少し下った所、一際大きな桜の木の下に小さな橋がある。星川橋。本当は今日、そこから身でも投げて死んでしまおうかと思っていた。
それなのに彼が「僕の分まで生きてくれ」だなんて書き残すものだから、これでは後を追おうにも追えない。
それに、よりによって彼が桜の綺麗な時に逝ってしまうものだから、たとえ川に飛び込んでいたとしても花見客に見つかって、私は生きながらえてしまっていただろう。私は力の入らぬ手に彼の手紙を携えて、とぼりとぼりと帰路へ着いた。


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しばらくは抜け殻のように生きた。何度も彼の手紙を読み直しては死ぬことを思い止まり、ただ息をするだけの毎日を生きた。事務員の仕事も辞めてしまった。何をする気力も湧かなかった。


毎日のように柳川のほとりを訪れ、惚けたように一日を食い潰す。それだけの毎日を繰り返すうちに、気づけば再び、頭上には桜が花開き、辺りに人が集まるような季節になっていた。


「いつか...一緒に、あの酒屋を...継げたなら、どんなにか...」


桜咲く窓辺を見上げながら呟いた彼の言葉が、ふと耳元に聞こえた気がした。その彼の横顔が浮かんだ。彼がそう言うのならば、私はするのだ。そうだった、そうだった。
「どうしても閉められなかった」とお爺さんがお義母さんとお義父さんの助けも借りながら細々と続けていらした酒屋さん。私もその手伝いをするようになって、そしてやがては私が店を継ぐことになった。


酒屋の女主人、誰とも一緒にならない私のことを、周囲は不思議がったが、それもどうだって良いことだった。振り返れば、彼がいる。私を無条件に愛してくれた彼が、確かにそこにいるのだから。


春が来れば一人で花見をし、季節が過ぎても二人見上げた景色を眺め、彼が愛した店で時を食み、季節ごとの花冠を編んで、そうして生きた。


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そうやって食い潰すように生きた私の人生にも、彼と同じように終わりが来た。六十の誕生日を迎えて数日のことだった。


私はついに一人きりで人生に幕を閉じることになった。いつか店じまいをして、私の住処となっていた酒屋の奥の部屋に一人横たわる私を看取る者は誰もいなかった。けれどそれでよかった。それが、よかったのだ。


最期の瞬間、思い浮かべたのはやはりシュンさんのことだった。私の最期の最後の言葉も彼へのものだと決めていた。


「シュンさん...愛していますよ」


桜の花びらがひらりと一枚、窓の隙間から踊り入って、私の手の上にとまった。それが彼からの返事のように感じられて、その瞬間もう本当に思い残すことは何一つないと思えた。
彼を想いながらゆっくりと、私は目を閉じた。