「じいさんの〈魔石〉を使えば、ワレワレの谷に、再び風を取り戻すことができるのか」

「元の谷の姿を取り戻すという点では、これ以上ない方法だと思う。もしよければ、先代族長の〈魔石〉が安置されている場所に、案内してくれないか」

 ネコ族の忍者、ミッケはしばし考えこむと、覚悟を決めたようにうなずいた。

「わかった、ついてこい」


 ミッケのあとに続いて、剣の谷を奥へ奥へと進む。先へ進むにつれて、谷は狭く、細くなっていく。川が流れていないところを見るに、やはりここは自然と作られた谷ではないように思えた。その終端までたどり着いたとき、ミッケが足を止めた。

「ここだ」

 そこには小さな祠があった。ささやかな墓碑も建てられている。谷の底にぽつんと佇む祠のまわりには、たくさんの白い花が咲いていた。

「見て、ソラ。〈魔石〉よ!」

 リュカが祠を指さす。台座を模した祠の上、暗い谷底にあって、その石は見間違えようもない輝きを放っていた。これが、先代族長の忘れ形見。この谷を救うための、唯一の鍵。

 ネコ族たちは一様に、悲しそうな目で〈魔石〉の輝きを見つめていた。みんなが押し黙る中、ミッケが口を開く。

「ワレワレの族長は、偉大ニャ剣士だった。だがそれ以上に、ワレワレは彼を、一族を導く長として敬愛していた」

「ミッケ、まどろっこしいこと言ってんじゃねえ。じいちゃんはじいちゃんだ、それ以上でもそれ以下でもねえ」

 彼ら一匹一匹が、ここに眠る者に、それぞれ想いを抱えているのだろう。ネコ族たちがなぜ苛酷な境遇にさらされながらも、この谷を離れようとしないのか。それがようやく理解できたような気がした。

「ふむ……やはり、そうか」

 〈魔石〉を見たまま、しばらく押し黙っていたエルダーリッチが口を開く。

「私の推察が正しければ、ここに眠っている族長の名は……『アラン』ではないかね」

 その一言に、ネコ族たち、そして俺も目を丸くして驚いた。


 剣神アラン。かつてこの世界で活躍した四人の英雄がひとり、大魔術師ヴァージニア・エル=ポワレの口から語られるその名は、たったひとつの意味しか持たない。その剣のひと 振りで大地を裂き、百万里の奈落から、太陽さえも切り裂いたと語り継がれる、『人類』の大英雄。いや、俺を含め、後世の者たちが勝手にそう思い込んでいたにすぎない。

「は、はい。おっしゃるとおりです……」

「ちょっと待ってくれエルダーリッチ、それじゃあここは、君のかつての仲間が築いた谷だっていうのか」