「もういい! よそ者がこれ以上でしゃばるニャ!」
族長、シュリが叫んだ。
「よさニャいかシュリ。客人はワレワレのことを案じ、こうして解決策を練ってくれているのだ。お前の態度は無礼が過ぎるぞ」
「無礼ニャのはどっちだ!」
シュリがミッケに食って掛かる。
「この谷をそこまでごっそり変えちまって、それで全部まるっと元通りだって言えんのかよ! じいちゃんが大好きだった『剣の谷』だって、胸張って言えんのかよお前!」
「現実を見ろ、シュリ。じいさんはもういない。残されたワレワレが、この谷でこれからも生きていくためには、変化を受け入れるしかニャいんだ」
「そんニャ変化だったら、こっちから願い下げだ! オレはこの谷とともに死ぬ!」
シュリは一気にまくしたてると、あぐらを組んでおいおいと男泣きを始めた。死ぬとまで言われてしまっては、ミッケも俺たちも、なにも言い返せない。どうやら、良かれと思ってやったことが、裏目に出てしまったようだ。俺の力では、変化を生み出す【錬金術】では、この谷を救えない。これまでソラリオンでは経験したことのなかった無力感を、いま俺は強く感じた。
「お兄様、わたくしは……」
フウカがおろおろと、俺の服の袖を引っ張る。
「大丈夫だ、君はなにも悪くない。俺が足りなかったんだ、力も、配慮も」
俺は死にゆく谷の改善を焦るあまり、そこに住まうネコ族たちの気持ちを置いてけぼりにしてしまっていた。親切心という大義を振りかざし、彼らの生き方をねじ曲げようとしていた。これが傲慢でなくて、なんだというんだ。
俺は肩を震わせて涙を流すシュリに近寄ると、膝を折った。
「そんな顔で、いまさらニャんだ、ニンゲン……オレを笑いたければ笑えばいいだろう」
「これまでの無礼な振る舞いを謝らせてほしい。すまなかった」
「ニンゲン……?」
「君たちの生き方を選ぶのは、俺じゃない。他の誰でもない、君たち自身だ。それが当たり前のことだっていうのに、手を貸すのが当然だと、思い込んでいた。迷惑をかけて、本当にすまなかった」
慎重に言葉を選ぶ、しかし嘘は言わない。
「だけどその上で、それでも俺は、君たちに協力させてほしいと思っている。誰かが苦しんで死んでいくのを、ただ黙って見ているだけだなんて、俺にはできない」
俺の、ありのままの本心を伝える。夢のような理想を掲げる俺は、きっと傲慢な王様なのだろう。だが自分の心に嘘をつく王にはなりたくない。悪魔の森を出たあの日、外の世界の風が頬をなでたあのときから、この世界を満喫すると、そう決めたんだ。
「………………」
シュリはしばらく黙っていたが、そのうちえかねたかのように、口を開いた。
「……お前にできるのか」
重い、重い一言だ。俺はシュリの言葉を真正面から受け止め、答える。
「できるよ。俺が、そうしたいと思ってるから」
俺は、腹をくくった。お節介だろうが、偽善だろうが、知ったことか。必ずこの谷を救ってみせる。いや、救う。
「やれやれ、君というやつは、救いようのない救世主だ」
この谷に入ってから、ずっと押し黙っていたエルダーリッチが口を開いた。彼女は髪を少しかき上げると、まるで出来の悪い弟を諭すような目で、俺に微笑みかける。
「君には理想を現実にする力がある。いや、現実を理想に『作り替える力』とでも言うべきかな。君の意思こそが、その力の正体だ。【錬金術】のスキルはその一助にすぎない」
相変わらず難解なことを言う。しかしそんなものどこ吹く風と言わんばかりに、エルダーリッチ、かの大魔術師ヴァージニア・エル=ポワレは胸を張る。
「力とは、気高き意思のもとに集うものだ。数多のスキルしかり、この私しかり」
「……ということは、まさか」
俺はエルダーリッチの目をまっすぐ見つめた。彼女の目は、いつも通り、自身に満ち溢れている。
「ああ、この谷に風を取り戻すための手段について、すでに見当はついている」
* * *
ネコ族たちが住まう、死にゆく集落、剣の谷。ある日突然やんでしまった風を、取り戻す決意を固めた俺に、エルダーリッチ、古の大魔術師が微笑みかける。
「風を取り戻す方法は、すでに見当がついている」
そう自信ありげに話すエルダーリッチに、みんなの視線が集中する。
「なんと、それはいったいどういう……」
「教えろ! いや教えてくれ、頼む!」
ミッケとシュリをはじめ、谷じゅうのネコ族たちが、食い入るようにしてエルダーリッチの言葉を待つ。
「その前に、ひとつ確認させてもらいたい。風が止んでしまったのは、先代の族長が亡くなったころ、というのは間違いないかね?」
「はい、その通りです。じいさん……あ、いえ、先代族長がこの谷を仕切っておられたころは、まだこのような事態にはニャっておりませんでした」
エルダーリッチはふむ、とうなずくと、ネコ族たちの顔を見回す。
「ならば〈魔石〉があるはずだ」
それを聞いて、俺は合点がいった。
「なるほど、そういうことか!」
「ヒントを与えすぎてしまったかな」
俺は風が自然に吹いていたものだと考えていた。だがもし、風そのものが、先代の族長により人為的に生み出されていたものだとしたら。それはスキルによるものに他ならない。
そしてもうひとつ、先代族長は言わずもがな、ネコ族だろう。つまり魔物だ。ならばその死に際し、必ず〈魔石〉が遺されているはずだ。ならば俺がやることはひとつ。〈魔石〉から風を発生させるスキルを《抽出》する。だが当然、これには問題がある。
「〈魔石〉からスキルを手に入れたとして、それだと俺がここに駐留しなきゃいけないことにならないか」
「それは心配には及ばない。君は私の最高傑作、アジ・ダハーカを覚えているかね」
邪龍アジ・ダハーカ。俺たちが悪魔の森を脱出する際、大迷宮の最後の障壁として立ちはだかった、無敵のドラゴン。その正体は、大迷宮の守り人エルダーリッチによって作り出されたゴーレム、すなわち無機物生命体だった。リュカたち悪魔の森の最高戦力をそろえてなお、ギリギリの戦いを強いられた相手だ、忘れるはずもない。
「その顔は、私がやろうとしていることに気づいたようだね」
「無機物に、スキルを転写するのか。転移水晶の加工に使った【破壊光線】みたいに 」
「ご名答。もっとも、この場合は 少々複雑な手順を踏むことになるがね」
およそ不可能に思われた谷の復興が、俺の【錬金術】とエルダーリッチの技術により、現実味を帯びてきた。
「じいさんの〈魔石〉を使えば、ワレワレの谷に、再び風を取り戻すことができるのか」
「元の谷の姿を取り戻すという点では、これ以上ない方法だと思う。もしよければ、先代族長の〈魔石〉が安置されている場所に、案内してくれないか」
ネコ族の忍者、ミッケはしばし考えこむと、覚悟を決めたようにうなずいた。
「わかった、ついてこい」
ミッケのあとに続いて、剣の谷を奥へ奥へと進む。先へ進むにつれて、谷は狭く、細くなっていく。川が流れていないところを見るに、やはりここは自然と作られた谷ではないように思えた。その終端までたどり着いたとき、ミッケが足を止めた。
「ここだ」
そこには小さな祠があった。ささやかな墓碑も建てられている。谷の底にぽつんと佇む祠のまわりには、たくさんの白い花が咲いていた。
「見て、ソラ。〈魔石〉よ!」
リュカが祠を指さす。台座を模した祠の上、暗い谷底にあって、その石は見間違えようもない輝きを放っていた。これが、先代族長の忘れ形見。この谷を救うための、唯一の鍵。
ネコ族たちは一様に、悲しそうな目で〈魔石〉の輝きを見つめていた。みんなが押し黙る中、ミッケが口を開く。
「ワレワレの族長は、偉大ニャ剣士だった。だがそれ以上に、ワレワレは彼を、一族を導く長として敬愛していた」
「ミッケ、まどろっこしいこと言ってんじゃねえ。じいちゃんはじいちゃんだ、それ以上でもそれ以下でもねえ」
彼ら一匹一匹が、ここに眠る者に、それぞれ想いを抱えているのだろう。ネコ族たちがなぜ苛酷な境遇にさらされながらも、この谷を離れようとしないのか。それがようやく理解できたような気がした。
「ふむ……やはり、そうか」
〈魔石〉を見たまま、しばらく押し黙っていたエルダーリッチが口を開く。
「私の推察が正しければ、ここに眠っている族長の名は……『アラン』ではないかね」
その一言に、ネコ族たち、そして俺も目を丸くして驚いた。
剣神アラン。かつてこの世界で活躍した四人の英雄がひとり、大魔術師ヴァージニア・エル=ポワレの口から語られるその名は、たったひとつの意味しか持たない。その剣のひと 振りで大地を裂き、百万里の奈落から、太陽さえも切り裂いたと語り継がれる、『人類』の大英雄。いや、俺を含め、後世の者たちが勝手にそう思い込んでいたにすぎない。
「は、はい。おっしゃるとおりです……」
「ちょっと待ってくれエルダーリッチ、それじゃあここは、君のかつての仲間が築いた谷だっていうのか」
「そういうことになるな」
俺は『魔術師の町』で、大魔術師ヴァージニア・エル=ポワレがどれほど敬われ、崇め奉られていたかを知っている。しかし目の前の、この小さな祠が、あのヴァージニア・エル=ポワレと肩を並べる英雄の墓だとしたら、ささやかに過ぎる。それになにより、気になることもある。俺は思った疑問を率直に尋ねてみた。
「エルダーリッチ、いったい、いつから気づいていたんだ?」
彼女は目を伏せながら、答える。
「確信を持っていたわけではない。まずは私が、アランの正体を知る数少ない者のひとりであること。そして彼らの剣さばきから、街道で襲われた時点で、なんらかの関係があるだろうことは疑っていた……いや、違うな」
いつもの自信は影を潜め、エルダーリッチは声のトーンを落とした。髪をかきあげるしぐさにも、少し力が無いように思う。
「私のかつての仲間たち三人のうち、アランだけは、その死に際についての記載がなかったからな。彼は魔物で寿命も長い。正直に言うと、ひょっとしたら世界のどこかでまだ生きているかもしれないという、甘い期待があったんだ」
エルダーリッチは祠に歩み寄った。その目は物言わぬ墓碑に注がれている。だが視線の先にはきっと、かつての思い出の日々が映し出されているのだろう。
「そうか、君も逝ったのか」
その場にいる誰もが、黙ってエルダーリッチの小さな背中を見守っていた。俺自身も、彼女にかける言葉を持たなかった。一度味わった離別とふたたび向かい合う。その苦痛を分かち合えるほど、俺はまだ、彼女の背中に、追いつけていない。
* * *
剣神アランは魔物の身でありながら、人々を守るため剣を取り、強大な魔物たちに立ち向かった。彼らは死闘の末、大魔術師ヴァージニア・エル=ポワレの身と引き換えに、脅威を、悪魔の森へと封じ込めることに成功した。それがエルダーリッチの知る、物語の結末だ。だが遺された者たちの物語は続く。
かつて俺がいた世界には、狡兎死して走狗烹らる、という言葉がある。兎を追い詰めるのに役立つ猟犬も、兎が死んだあとは用済みになって鍋の具材にされてしまう、というものだ。人類の脅威たる魔物が封じられた後の世界で、英雄でありながら魔物でもあった剣神アランがたどった運命は、想像に難くない。この『剣の谷』と、目の前の墓がそれを物語っている。かつての英雄が、世の目を忍んで興した、同族たちによる集落。それがこの谷の正体だ。
今なら理解できる。ネコ族がなぜ、あれほどまでに人間を毛嫌いしていたのか。人と魔物の共存という理想を拒絶したのか。
「さて、ここからが、問題だ」
長い惜別を終え、エルダーリッチが、ようやく俺たちに向き直る。その顔はふたたび自信に満ちている。しかしその自信はどこか、悪役の仮面を被っているように見えた。
「ニャにか問題があるのか。教えてくれ、可能な限り協力させてもらう」
最初にそう応えたのはミッケだ。しかし、エルダーリッチは首を横に振る。
「君たちがするのは、協力ではなく、決断だ」
エルダーリッチがなにを言おうとしているのか、俺にはすぐ理解できた。そう、〈魔石〉からスキルを抽出し、この村に再び風を取り戻す。その計画には、乗り越えねばならないひとつの大きな課題があった。
「《分解》……だな」
俺の言葉に、エルダーリッチは静かにうなずく。ネコ族たちも最初は戸惑っていたようだが、そのうちに、俺の言葉の意味を理解できたようだった。
「改めて説明しよう。この工程にはソラが持つ【錬金術】のスキルが必要不可欠だ。ソラは〈魔石〉を《分解》することで、スキルを《抽出》することができる、つまり」
みんなが固唾をのんで、エルダーリッチの言葉を待つ。ある者は覚悟を胸に、またある者は、見たくない現実から目をそらせずに。
「《分解》された〈魔石〉は、当然のことながら、失われる」
それはネコ族にとって、敬愛する者が、この世から完全に消滅することを意味していた。
最初に口を開いたのは、現在の族長、シュリだ。
「じいちゃんの〈魔石〉が、無(ニャ)くニャっちまうってのか……?」
「そういうことだ」
「み……認められるか、そんニャもん! じいちゃんの形見ニャんだぞ!」
こういう反応になるだろうことは、予想できていた。俺たちにとってはただの〈魔石〉だが、彼らにとってそれはモノ以上の、なにものにも代え難い価値を持つ。それこそ、この谷を離れられないのと同じぐらいに。
「シュリ、お前の気持ちはわかる。ワガハイだって同じ思いだ。だが同時にこうも思う。こうして彼らがこの谷を訪れたのも、じいさんが彼らを呼んだからじゃニャいかと」
「そんニャの偶然だ!」
「この客人は、じいさんのかつての仲間(ニャカマ)だ。偶然でこのようなことが起こるものか」
「認めニャいニャーっ!」
それでも首を横に振り続けるシュリに、ミッケがつかみかかる。
「形見を守ってこの谷と一族を滅ぼすつもりか。たとえ形見を失ってでも、この谷と一族を守るのがお前の役目だろうが。いまの族長はお前ニャんだよ、シュリ!」
「うるせえーっ! 嫌ニャもんは嫌ニャんだーっ!」
シュリは駄々っ子のようにわめき散らしながら、集落の方へと駆けていった。あとに残された者たちの間に、沈黙が流れる。
「すまニャい客人。みっともニャいところを見せてしまった。一日だけ、時間をくれニャいか。アイツも頭では、ニャにが正しい選択か、わかっているんだ」
「ああ、俺たちはそれで構わない。難しい決断だということもわかる」
この件に関しては、彼らが決断しなければならない問題だ。手を貸すだけの俺たちが、口を挟めるようなものではない。
「恩に着る、客人。もう日も沈む。今夜は谷に泊まっていけ。たいしたもてニャしはできニャいがニャ」
ミッケは名残惜しそうに〈魔石〉を眺めていたが、ほどなくして、祠に背を向けて歩き始めた。気丈にふるまってはいたが、強く握りしめられていた肉球には、自らの深い爪痕が残っていた 。
* * *
その夜は、予想に反して、ずいぶんと賑やかだった。シュリ一匹を除くほとんどのネコ族は、はやくも谷の復活を前に、ささやかながら前祝と称して酒盛りを始めていた。
「ソラどの~、この谷をよろしくお願いするんだニャぁ~」
「成功を祈願して、いっちょ舞ってやりますかニャ」
「おおっ、あれをやる気だニャ、ブッチお得意の『つるぎの舞』を」
ホクホクカブのスープを囲み、ネコたちが上機嫌で踊り出す。振舞われている料理はほぼすべてソラリオンの商隊から奪われたものだが、いまさら無粋なことは言うつもりはない。彼らとこうして友好的な関係を築けたことは喜ばしい限りだ。それになにより……
「ニャッホ、ニャッホ、ニャッホ」
「フーッシッ、フーッシッ、ニャロロロロロ」
「マーオ、マーオス、フォルルルル」
眼福だ。ネコたちに囲まれて、しかもお話しまでできるなんて、ここはネコ派の楽園だ。俺もうここに住みたくなってきた。
「ソラ、この谷とも協定を結ぶの?」
リュカがホクホクカブのサラダを片手に話しかけてくる。
「ああ、そのつもりだよ。ここのみんなは恐ろしく腕が立つ。おそらくは剣神アランの薫陶なんだろうけど。いざというとき、彼らの力を借りることができれば、ソラリオンにとって大きなメリットになる」
というのは建前で、俺はこの谷に足しげく通って、定期的にネコ成分を補給したいと思っている。ネコ好きには、ネコからしか摂取できない栄養があるのだ。
「そう、なら良いんだけど。ソラ、なんだかよこしまなことを考えているような顔をしてたから、ちょっと気になったの」
こういうところは勘が鋭い。たしかに彼らネコ族は、厳密にはネコではなく、リュカたちと同じ魔物だ。大事な仲間として、俺が他の魔物にうつつを抜かしすぎる前に、釘を刺しておこうということか。なるほど、肝に銘じておこう。
しかしネコ族とこうして仲良くなれたのも『彼女たち』のおかげだろう。
「エルダーリッチどの、先代のことをもっと教えてくれ」
「若いころのじいさんの話、もっと聞きたいニャ」
「まあ、私はあまり自分の出自に関わる話はしたくないのだがね。君たちに語るぶんには問題ないだろう。そうだな、あれは今から600年ほど前の……」
ひとりは言わずもがな、エルダーリッチだ。剣神アランを敬うネコ族たちは、彼と同じパーティーで冒険していた彼女の話を、真剣に聞いていた。と言ってもほとんど歴史の授業みたいになっている。いま600年とか言わなかったか?
そしてもうひとりは意外なことに、
「おほほほほ、モテ期到来ですわーっ! そう、このわたくし不死鳥はなにを隠そう、思慮深く雄邁なるお兄様の片腕にして、ソラリオンにおいてはお兄様に次ぐ聡明な頭脳を誇る俊英! 将来性と成長性においては他の追随を許しませんのよ!」
フウカもまた、エルダーリッチと同じく多くのネコたちに囲まれ、もてはやされていた。しかし崇敬を集めているというよりは、フウカ自身が言うように『モテ期』がきたといっても過言ではないありさまであった。
「さあ、どんどん召し上がってください」
「フウカどの、お肩をお揉みいたします」
「苦しゅうない、苦しゅうないですわ。しかし困りましたわね。わたくしにはお兄様という運命のお方がいるにも関わらず、このままでは、この谷にわたくし専用のハーレムを築いてしまいそうですわ。おほほ、まいってしまいますわー」
フウカは片手で飲み物をちゅーちゅーしながら、もう片方の手で寄ってきたネコの喉をゴロゴロナデナデしていた。不死鳥の姿をさらしたことで、ネコ族たちはフウカに強い興味を抱いたらしい。ミッケは、彼らの種族特有の、本能的なものだと言っていた。遺伝子レベルでネコに好かれているということか、正直とてもうらやましい。
「さあどんどん食べて太っ……、ご成長ニャさってください」
「お肉は揉むと柔ら……、いえ、しっかりと肩の凝りをほぐしておかニャくては」
エサだと思われてない?
いっぽう、ミュウとサレンはさっきからホクホクカブ料理を食べるのに夢中だ。
「ナンカ、ヘンナアジ」
「……甘いような、しょっぱいような……」
たしかに、不思議な味付けだなとは、俺も感じていた。ホクホクカブそのものも、煮込めば強い甘味が出てくるのだが、それとは別の甘さがある。それに、ごくわずかだが、塩気と酸味があるように思う。この谷で塩が取れるようには思えないのだが。
「ああ、それはデスアントだニャ」
おっと聞き捨てならない。
「……アリが、入ってるの?」
「いやいやまさか。デスアントが集めている蜜を、少しわけてもらっているだけだ。蜜を貯めすぎて動けニャくニャった、欲張りなやつから、ちょろっとニャ」
腹に蜜を貯め込む習性を持つアリは、この世界にもいるようだ。たしか、ハニーポッドアントだったか。しかし俺は、この世界ではまだ虫そのものを見かけていない。いや見かけなくてもいいんだけど。たしか以前、市長が畑の害虫駆除にと言って、やけに長い槍を磨いていたのを思い出す。いやまさかね。
「なあ、その、ちょっと聞きたいんだけど。そのデスアントって、大きいのか?」
「そんニャにデカくニャいぞ」
「ほっ、ならよかった」
「お前たちの馬よりちょっと小さいぐらいだニャ」
でけえ。よくそんなデカい昆虫から蜜盗んでこれるなこいつら。
「この蜜で作るお酒がまた、ウマいんだニャこれが。まあ腹にたまるわけじゃニャいから、こういう特別ニャときにしか飲まニャいんだけど。ささ、ソラどのも試しに一杯」
なるほど、食糧難ではあるが、お酒だけはあるのか。アリ蜜酒、甘い香りに反して度数は強そうだ。これはいかにも冒険者や職人が好みそうな味だな。この谷は剣作りに定評があるそうだが、このお酒も特産品としての価値は高そうだ。
「ソラ」
俺が感慨深くアリ蜜酒を眺めていると、フェリスが厳しい目つきで俺を睨んでくる。
「あれ、フェリス、ちょっと酔ってる?」
「私は酔わない」
ちらりと床に目をやると、すでに蜜酒のジョッキが七つほど転がっている。ずいぶんとはやいペースで飲んでいるようだ。
「フェリス、何杯飲んだ?」
「一杯だけら」
二杯目から先の記憶は、すでにないようだ。
「それよりもソラ、お前に聞きたいことがある」
「な、なにかな?」
「いいから来い」
俺は襟を掴まれ、大部屋の隅に追い詰められた。普段の歯に衣着せない言動にお酒も相まってか、いまのフェリスにはかなりの迫力がある。まるで鞭を手にした尋問官だ。
「ソラ、お前は、モフモフが好きなのか」