外れスキルでSSSランク魔境を生き抜いたら、世界最強の錬金術師になっていた~快適拠点をつくって仲間と楽しい異世界ライフ~

濡れた服の向こうから、再び体温が伝わってきた。

「………………」

恥ずかしながら告白すると、女の子に抱きしめられたのは、生まれて初めてのことだった。どうしたらいいのかわからない。なんかドキドキしてきた。少しだけ考えて、俺はおずおずと、フェリスの背を撫でた。フェリスの背中は、ほっそりと、小さかった。

静かな夜だ。

そこで突然声をかけられたものだから、思わず身体が飛び跳ねた。

「ソラ! フェリス! イタ!」

ミュウ。そして、

「ソラ、いつまで外にいるの? さっさと戻って……」

リュカの声だった。

「あなたたち、いったい何をしているの!?」

「な、なにって、ほら、だって、寒いから……!」

俺は慌てて背中から手を放したが、フェリスはますます強く俺の胸元に顔をうずめてきた。

「お、おい……」

フェリスは俺の胸から首筋に、濡れた顔を滑らせる。そうして俺の耳元にくちびるを寄せて、囁いた。

「今の私の顔を……リュカには見られたくないんだ……」

「……わかったよ」

振り向くと、リュカがこちらをじっと睨んでいる。

「そうか、それはそれは寒いんでしょうね。私の炎で温めてあげてもいいのよ」

「あ、あはは……それはカンベンかな……」

結局フェリスの涙が乾くまで、俺はリュカに睨み続けられた。

「ソラ! フェリス! ハグ! ハグ!」

ミュウが囃し立てる。リュカの眼力がますます鋭くなる。ちょっとこれは、竜王のときよりも怖いかもしれない。

朝食は、フルーツサラダと干し肉のスープ。

「これで、ようやく森脱出の算段がついたな」

四体いる固有種の、半分が仲間になったのだ。つまり単純に考えれば、森の約半分を自由に通行できることになる。

「やっと、って感じだ」

俺が感慨にふけっていると、フェリスは熱いコロガリイモをハフハフと食べながら、言葉を返した。

「ソラは、この森を、ふむぐ、出たいの?」

「いつまでも森にはいられない。外の世界を見たいんだ」

フェリスはコロガリイモを飲み込んだ。コロガリイモはその名の通りその辺に転がっているイモで、粘りがあって大変舌触りがいい。

「私も、以前この森を出ようとした」

「どうしてまた。君は縄張りを守る固有種だろう?」

「この森は、広いとはいえ、閉じられた場所だ。だから縄張りを守らないと、自由を保てないんだ。私は外に出て、もっと自由を感じたかった」

「でも今ここにいるってのは、理由があるんだろうな」

「そうだ」

フェリスは柔らかく煮た干し肉を、むぐむぐと噛んで、飲み込む。

「この森は、迷宮と呼ばれる巨大な壁に囲まれている。ところどころに隙間はあるのだが、どう進んでも森に戻されるんだ。幻術のようなものがかけられているらしい」

「迷宮に幻術……か」

そもそも、なぜこの森を囲む迷宮などというものが建てられているのだろう。まるで檻じゃないか。

「つまりここを出るには」

「迷宮の攻略が必須だということだ。しかし私ひとりではどうにもならなかった。我々四人でも厳しいだろう」

錬金術師としての俺の成長率がどれだけ高いといっても、リュカやフェリスのような固有種の力に届くには、どれだけかかるのかわからない。それに、フェリスにはまだ大事なことを聞いていない。

「フェリスは、まだ森を出たいと思っているのか?」

「もちろんだ」

フェリスは即答した。

「私とソラの利害は一致している。私はソラと共に森を出る」

「みゅ! ボクモ! ボクモ!」

ミュウが椅子で跳ねる。そんな話をしているうちに、食事が終わった。皿を片付けると、俺はステータス管理をすることにした。ここのところ、いろんなことがあったし、ステータスが伸びているかもしれない。

緑色の画面を開くと、見覚えのないスキルが追加されていた。



【紅蓮灼熱】

【絶対零度】



「……いつ手に入れたんだ?」

最近、こんな凄そうな魔石を《分解》した覚えはない。俺はスキルの詳細画面を開いた。



《紅蓮灼熱》

――すべてを焼き尽くす、強力な炎を発生させる。



《絶対零度》

――すべてを凍りつかせる、強力な冷気を発生させる。



「そうか!」

思い当たることはひとつ、誓約の首輪だ。おそらくこれをリュカとフェリスに与えたことで、もたらされた効果に違いない。これは強い武器になりそうだ。

しかし――フェリスが叶わなかったという、迷宮攻略の一手としては弱い気がする。俺はリュカに話しかけた。

「迷宮について、少しでも情報が欲しいんだ。リュカは何か知らないか?」

「え……あ、ああ、私? えっと……」

リュカはなんだかぼんやりした様子で、ミュウを抱えていた。

「私は……森を出ようなんて思ったことはなかった……縄張りを守って、魔物を導くのが私の使命だから……」

そう言って、ミュウを膝にぎゅっと抱いた。

「ん……なんかヘンな感触。ミュウはどうしたの?」

「どれどれ」

ミュウを覗いてみると、身体が白っぽくなっている。触ってみると、

「ゴムみたいになってるな……どうした?」

「ゴム! ゴム!」

新しい能力を身につけたらしい。

「そうか、前にモグモグマツの樹脂を食べさせたんだったな」

モグモグマツの樹脂は少し甘みがあって、ガムみたいにいつまでも噛んでいられる。このあいだ見つけたので、ミュウにも食べさせたのだ。しかしミュウは噛むことなしに、ゴクンと飲み込んでしまった。それで得た能力ということか。

「面白い感触だ、なあリュカ」

「ああ……うん、そうね…」

リュカは、相変わらず心ここにあらずだ。

「どうかしたのか? 調子が悪いなら言うんだぞ」

「いや、そういうわけじゃないのよ……ありがとう」

そう言ってリュカは、ぼんやりと窓の外を眺めながら、ミュウを撫でていた。

洞窟の外では、小雨が降っている。

「………………」





*  *  *





昨日の夜、外でソラとフェリスが抱き合っていた。

それを見かけた私は「よほど寒かったらしいな」などと軽口を叩いた。

しかし同時に、胸に奇妙な痛みが走ったのだ。こんなのは生まれて初めてのことだった。



仲間になったフェリスが、ソラと友好な関係を結ぶのは、とても好ましいことであるはずだ。それが雄と雌の関係であっても構わない。ソラは私の命を救った。そして私はソラが森を脱出することに協力する。私とソラとは盟友なのだ。

それなのに――どうしたわけか、私はソラとフェリスの仲睦まじい姿を、喜ばしく思うことができない。

今朝になっても、未だその気持ちを引きずっている。自分の愚かさが腹立たしい。

私はいったい何を求めているのだろう。

摂理と秩序が保たれていれば、それで充分だった。

それだけを抱えていた胸の片隅に、今は――ソラがいるのだ。

心の中で、奇妙なズレが起こり始めている。

けして元には戻らない――致命的な。

「リュカ!」

ゴムから元の姿に戻ったミュウが、我に話しかけて来た。

「リュカ! モリノソト、デル!」

我は、自分が思っていた以上に、ひどく動揺した。ソラが笑顔を見せる。

「いいんじゃないか。外がどんな所だかは知らないけれど、見聞を広げるのは悪いことじゃないと思うぞ」

「私も、ソラが良いと言うのであれば賛成だ」

食後のお茶を飲みながら、フェリスが頷く。ソラが続けた。

「こう言うと自分勝手だけどさ、リュカがいると心強い」

「私は、その、ソラと一緒にいたいと思ってる……」

口ごもりながらも、私は正直な気持ちを打ち明ける。

「でも……」

我は、獄炎竜リンドヴルムは、森の秩序を守るべき存在だ。我が森を去れば、魔物たちは再び終わらぬ争いを始めることだろう。我が力は、森を治めるためにあるのだ。

その私が、ソラと――。





*  *  *





俺はリュカに向けて手を伸ばした。リュカは本当に良い仲間だ。彼女がいれば心強いし、旅はうんと楽しくなるだろう。それに、今までずっと森で生きて来たリュカに、外の世界を見せてやりたい。

ふと窓を見ると、霧のようだった小雨が、凄まじい土砂降りになっていた。雷が轟いて、洞窟内に響き渡る。

「こんなに天気が悪い日は、この森に来て初めてだな……」

そんなことを言いながらリュカとフェリスを見ると、ただごとではないという表情をしている。

「面倒なことになりそうだな」

フェリスが呟いた。

「ソラ、外に出よう。挨拶をしたい奴が来たらしい。我も同行する」

何が起こるのかは分からないけれど、俺たちはとりあえず洞窟の外に出ることにした。降り注ぐ雨にずぶ濡れになりながらも、俺は空を見上げた。

「それにしても酷い天気だ……」

その瞬間、背後でドンッと、凄まじい雷鳴に鼓膜を貫かれた。思わず振り向くと、洞窟の上の高台に――。

「皆様におかれましては、ごきげん麗しゅう……」

そこにいたのは、雷を纏った巨大な鳥だった。竜王、狼王に引けを取らない、凄まじい威圧感だ。

「そうでもない」

フェリスが巨大な鳥を睨んだ。

「同感ね」

リュカも視線を上に向ける。

「まあ、ヒドイ挨拶ですこと! と、おふたりはもしや竜王に狼王? そんな姿になって、いったいいかがなされたのかしら?」

「私がそれに答える必要があるの?」

巨大な鳥のフランクさに対して、リュカは敵意?き出しだ。フェリスも、油断なく相手を見つめている。

「わたくしは、不死鳥と申します。森を治める固有種の一角です」

不死鳥は羽を広げ、うやうやしく胸元にその先端を向けた。

「〈第五の存在〉として名高いあなたにお会いできて、大変うれしく思っております。ご挨拶が遅れ、大変失礼を致しました。あなたの実力は聞き及んでおります。これから悪魔の森に調和をもたらす良き隣人として、末永く仲良く致しましょう」

相槌を打つように、雷が轟く。

「竜王は少しばかり血の気の多いお方ですし、狼王は他者と相容れないお方。それに比べれば、わたくしなどは話し相手にちょうど良いかと存じますわ。何を話すにしてもまずはお名前からです。是非是非伺いたいですわ」

「俺は、ソラだ」

「まあ、素敵なお名前。ソラ様! きっとさぞ素晴らしい謂われがあるのでしょうね!」

「なんか、生まれた日の天気が良かったとかで」

「なるほどなるほど、それはそれは。〈第五の存在〉ソラ様は、この洞窟近辺が気に入っておいでということでしょうか?」

「気に入ると言うか……最初は不可抗力って感じだったかな。そもそも俺はさ……」

言葉を続けようとすると、リュカが耳打ちしてきた。

「奴に弱みを見せるな……」

俺は密かに頷く。軽いノリで話しかけてくるけれども、気軽に接して良い相手ではないようだ。

「まあ、どんな経緯であれ、ここに居を構えていらっしゃるということは、この辺りがソラ様の縄張りとして考えて良さそうですね。となるとここは狼王と竜王の縄張りに接していますから、おふたりからはソラ様への陣地割譲が必要と考えて良いでしょう。しかしわたくし不死鳥の縄張りとはずいぶん離れていますから、そこは互いに不干渉ということで合意を得たいところです。しかしながらわたくしの縄張りには素晴らしいムケコロの木がありまして、これがたいそう美味な実をつけるのです。飛び地にはなってしまいますが、ここを一部ソラ様の縄張りとし、代わりにレインボーフルーツの実る一角をわたくしに譲っていただければありがたく存じます。というのもムケコロの実は体力回復に大変効能があり、対してレインボーフルーツは魔力の補充に向いています。我々の性質を考えると、やはり交換した方が互いの利益になるかと」

それにしても、よく喋る奴だ。

「耳を貸さなくて良い」

フェリスが声を上げた。

「私とソラはこの森を出る!」

「ボクモ! ボクモ!」

「そうだな、お前もだな。フェリスの言うように、俺たちは迷宮を攻略してこの森から脱出したいんだ」

すると、不死鳥はぶるっと体を震わせた。