電話のベルが鳴った。ベルと言っても、電子音楽と言った方が正しいかもしれない。歌声も聞こえないメロディだけが大音量で鳴り、ブッブッとその機体をシーツの布とこすり合わせて、騒々しく響いていた。学生時代には、着メロとかを必死にダウンロードして、大好きなバンドの音楽などが設定されていたのだが。それが授業中に鳴り響いて、教室が凍り付いたのは、今や苦い思い出話。
さて、現在耳の横で激しく震え鳴り続けるそのベルは、私にはひどく苛立って唸っているように聞こえた。これ以上待たせると、さらに酷く大きく唸るのではないか、という予想が脳内に過るのは、あながち間違いじゃない。
聞きたくないな、と思って、眉間に皺を寄せながら身体を胎児の様に丸めた。
意識が少しずつはっきりとしてきたせいか、音はだんだんと大きくなっているように感じた。
「もと。朝だよ」
ノックも無しに、勢いよく部屋の扉が開かれる。勢いよく開かれた所為で、壁に扉が激突して、余計に大きな音を立てた。
「んー……」
「早く起きてご飯食べなさい」
母の急かす声を聞いて、グシャグシャ、と額に張り付いて束に形作られていた前髪を手櫛でほぐし、ずっと鳴りっぱなしだったアラームを止めた。
そこで漸く丸まっていた身体を起こし、ベッドの上で座り込みながら、小さく欠伸を零した。
朝は苦手だ。どうしてこんなにも苦手なのかは分からないが、母も苦手なので遺伝だと思う。あと、昨晩、夜遅くまでゲームをしていたからだろう。単なる寝不足だ。
今一度欠伸をしてから、ベッドから降り、そのまま部屋から出て廊下を歩けば、何も考えないでも自然と身体が勝手に一階へ降りてくれる。
「おはよう」
「はよ」
ぼさぼさ頭なのは鏡を見ないでもわかる。適当にヘアゴムでまとめてから、ご飯茶碗にご飯を盛って、テーブルの上に数品並んでいるタッパーに入っているオカズから一品を吟味し、コップに牛乳を入れて、箸も持って一気に持ち上げる。
自慢じゃないが、私は女子にしては手は大きい方だし、関節が柔らかいので、多くの物、大きなものを一気に持ち運ぶことが出来る。
キッチンに置いてあるテーブルで朝食はとらないで、私はそのまま居間の扉を行儀悪く足で開けて、置いてある座卓に手の上の物を全部置いた。
「もとちゃんおはよう」
「おはよう」
小さく欠伸を噛みしめながら、挨拶を返す。私に挨拶をした当人は、私を暫し見つめてから、テレビの方へ視線を移した。
私は小さく、いただきますと声を零す。そんな小さな声を、彼女は拾って、返事をする。そのまま、タッパーに入っていた豚肉とピーマンを箸でつまんで、白米の上に乗せて、朝食の時間が始まった。
テレビではとある都道府県のとある町の交通事故で被害者が出た話とか、別の県の街で殺人事件が起きたとか、芸能人の悲報が流れたり、気持ちの良い物ではないニュースが流れていた。
そして、私はそんなニュースを、他人事のように、寝起きでまだはっきりしない意識の中、耳に入れている。こうした様々な事情を聞き流せるという事は、要は当事者ではないと言うわけで。私はこの事件と関わることが無いまま事を終える事が出来るわけである。まあつまり、当事者にならないで済むほどの、運は持ち合わせているわけだ。身近に死を迎えていない、幸せ者なのだと思う。
表立って不幸ではないだろう。寧ろ、いざという時の勝負事では、基本的に私は勝って生きてきた。その度に、お前は運が良いと褒められた。
そうだろうな、と自分でも思う。
人間、最後は結局運で全てが決まると言っても過言ではない。それは、私がひしひしと感じる事でもある。
こうした不幸なニュースを見て、そのうち自分にもこの順番がやって来るかもしれない。そう思う事は、滅多に無かった。
日々、街工場で機械と向き合って研磨作業をしている父。共働きをしながら家庭にも目を向ける母親。東京で一人暮らしをしているのに、大きく距離を取ることも無く接してくれる弟。私を赤子の頃から面倒を見て、第一に考えてくれた祖母。学校からの帰りに車で迎えに来てくれていた祖父。夏は泊まりがけの家族旅行をする。数ヶ月に一度程度に、日帰り旅行にも出かける。車の運転が好きで、アウトドア派の父の影響から、色々な都道府県を訪れた。やや窮屈さは感じつつも、どこにでもある普通の家庭だと思っている。
そんな普通がどれだけ恵まれているか、運が良いことなのか。学校でモラルについて学ぶ度に、ネットで色々な世界を知る度に、自分は運が良いのだと言い聞かせていた。
さて、そんな世間で言う運の良い私なのだが、どういうわけか私推しガチ勢まで存在した。その筆頭が、今現在私の隣に座っている父方の祖母である。
もとちゃんおはよう。今日も仕事かい、えらいねえ。相変わらず眠そうだけれど、起きてきて偉いなあ。今日も帰りが遅くなるのかい? 駄目だよ、一人で何でもやろうとしたら。もとちゃんのそういうとこは駄目だと思う。もとちゃんは優しいから、迷惑かけないように頑張るし、手伝ってあげちゃうんだね、えらいね。でも、私はもとちゃん一番だからね、無理すると怒るからね。ご飯食べた? それじゃあ、今日もゆるゆるやっていくんだよ。
完全に、脳内で祖母の声で再現できる。言われ慣れてしまっている。こわい。まあ、実際に今も似たような話を言われている、というのもあるが。うん、うん、と頷きながら、朝食の箸を止める事はない。ゆるゆるで良いんだよ、と言いながら、ぽんぽんと力を抜かせるようにして背中を撫でられる。いつまでも幼い子ども扱いに思えるのに、なんだかとても、それだけで褒められている心地になるのだ。
私の父方の祖母こと、佐藤とみは褒め上手である。そして、祖母は他者全員が認めるほどの私贔屓の人であった。
私こと佐藤もとは佐藤家の長女として生まれた。一歳だけ年上の父方の従姉が居たので初孫ではないのだが、従姉は実家から出た娘の孫(私からすれば叔母の娘)なので、自然と共に過ごす時間の長い、実家で暮らす私を祖父や祖母は大層かわいがった。
貴方は、じいちゃんばあちゃんに愛されてる子だから。
母親の、微笑ましげな表情が頭から離れない。身内の老人は全員お前の味方だ、と母に宣言された時は、そんな馬鹿なと思ったが、歳を増すごとにそれを理解していくことになった。
何をするにも一番は私の心配事から話がスタートする。私の話題で会話が大体成り立ってしまう。それは、亡くなった母方の曽祖母も祖父も同様であった。
これは先程の話の補足にもなるだろうが、私はどうやら幼少期から年寄りに好かれやすい質だったようだ。
父方の祖母、母方の曽祖母、祖父母の全員揃って『もと命!』と鉢巻を巻いているような状態なのだろうか。だとしたらガチ勢もガチ勢である。
話を戻そう。
幼少期のビデオを見ても、私が走ったり歩くだけで祖母は歓喜の声を上げ、私の頭を激しく撫でている。幼いころからの習い事を発表する機会があれば、祖母は大層私をほめたたえた。絵に描いたような孫可愛がりというやつなのである。
それは私が成長していっても変わらなかった。いつだって、私を一番に心配し、一番に応援し、私に居場所を与え、私に勇気を与えたのは祖母だった。
えらいと優しくて芯のある声が聞きたくて。ただ、気前よく褒めてくれるので、気分が良いなと思ったくらいだ。花丸を貰っているような心地と言えば伝わるだろうか。学校から帰った後のご飯の時、日課の習い事が終わった後、プライベートで頑張ったことまで、その都度、これこれこう頑張ったんだよと報告をしに行っていた。
人によっては鬱陶しいと思われそうなくらいの報告魔になった私に、祖母は閉口せず嫌がりもせず、その都度、えらいねといつもの軽やかさで褒めてくれた。
もとちゃんはえらいね。頑張ってるね。良い子だね。
その言葉を貰えて、私は生きていても良いのだと。許される気分がする。私の命は、祖母に握られているのかもしれない。
「もとちゃんはすぐ頑張りすぎるから、心配なんだよね」
居間の座卓で並びながら、私が朝食をとる時間が、私と祖母の短い悩み相談室その一。その二は夕飯の後のテレビを見る時間。
心配なんだと祖母は言う。頑張りすぎるから。
これを、世間は神対応、と言うのだろう。神サービス、神営業、色々な神表現が現代ではありふれているけれど、私の祖母は正しく、その神対応であるのだ。寧ろ、神様、かな。祀ったりとか、大げさにはしないけれど。尊敬する人を神と言う事も、この時代不自然でも何でもないのだ。
けれど、私は否定ばかりをする。この程度、まだ頑張っているうちに入らないって。まだ許されないって。不器用で頭の良くない私は、人の何倍、何十倍、何百倍、必死に頑張らないといけない。そう言って。
神様の好意に反発して。そのうちバチでも当たるのではないだろうか。
「ごちそうさま」
朝食を終えたなら、片付けをして、仕事の準備をしなければならない。
ごちそうさまの言葉にも、祖母はまた言葉を返す。
テーブルの上のタッパーを全て冷蔵庫に戻し、食器を食洗器の中に並べてから、専用の洗剤を入れてスイッチをオン。水が流れ出し、中で水が暴れる音が聞こえたら、私は慌てて二階へと戻る。
私の部屋があるのは二階だ。二階についたら、まずうがいをして、歯ブラシを少し濡らしてから歯磨き粉をつけて、歯を磨く。少しつけすぎたのか、いつも以上に口内がスースーとする。
濯ぎ過ぎは良くないからと聞くから、口の中の泡を洗い流すうがいは控えめの回数で終わらせる。
歯磨きも終えて、今度は手のひらに洗顔フォームを出して、キメの細かい泡を作るべく念入りに手のひらの上で転がす。
両手いっぱいになった泡に顔面を突っ込んで、そのまま泡で顔を撫でるようにして洗う。
優しく洗顔を終えてから、手のひらで水を掬って、顔面に着いた泡を落としていく。ばしゃり、ばしゃりと何度も落としていけば、自然と目元の泡も無くなる。目に泡が入らない様に閉じていた瞼をゆっくりと開いて、鏡に映る自分の顔に泡が残っていないか確認する。所々残っていた、それをぬるいお湯で落として、再度確認。バッチリと泡はとれたようだ。ふわふわのタオルで水滴を拭って、顔がすっきりしたところで、化粧水と乳液を塗りたくった。
思わず、自分の顔を見る。
少しつり上がった様な目尻に、左右でバランス悪く開かれた瞼。彫りは浅いし、高くはない鼻。決して美人、可愛い、と括られるジャンルの顔ではない。だから、私は化粧で顔を作らないといけないわけだ。
私はこっそりと隠れるように腕をがりがりと引っ掻く。
時間を確認する意味も込めて、部屋に設置されているテレビの電源をつけた。パッとついた画面は地方局のニュース番組だった。いつも通り、さっきと変わらず、物騒な事件だの悲惨な事故だの、つらつらと顔色も表情も大きく変えずにニュースキャスターは淡々と述べていく。
世の中は本当に物騒である。地域のニュースで報道はしているものの、自分には関係が無いのだろうという思考の中、私は身支度を整えるのに必死であった。
適当に、オフィスカジュアルという言葉にぴったりな白シャツと、アンクル丈の黒のパンツを選び着こなす。
服を装備したら、次は化粧だ。
まずは黒目を大きくするカラコンを入れて、いつも通りの化粧の下準備をして。
下地を塗ってファンデに入る前の化粧の合間をぬって、スマホの画面をつけて、メッセージアプリをチェックした。アプリはグループトークがたまっていたが、特に気にせず後回し。
それを横目に、私はバランスの悪いサイズの片方の瞼に、アイプチを塗る。
ウインクのような状態でスマホの画面をタップ。次はSNSをチェックする。友人たちの日常、仕事、趣味。大して興味も無いけれど、社交辞令という名目でいいねを押していく。
同期にお勧めされたアイシャドウやアイライナーなどで目元を作り上げて、鏡を確認する。これで一応、先程よりはましになっただろうと、頬に手を添えて安堵の息を吐いた。
ちらりと目線をテレビに向ける。テレビの端っこにちょこんと存在する正確なデジタル時計は、もう少しで出社時間になることを示していた。
テレビを消してから再び一階に降りて、祖母の居る横に腰かけた。
「今日も準備万端だね」
「変なところ無い?」
「ないよ。完璧」
にこり、と祖母が笑みを浮かべたので、私も安心して、小さく笑みを返す。
居間のテレビのデジタル時計が、出社時間を知らせた。
「それじゃあ、行ってきます」
「気を付けるんだよ」
私が部屋から出れば、祖母も一緒に居間から出てくる。お気に入りのスニーカーを履いて、足の爪先を軽くトントンと床で叩くと、それに合わせるように、私の肩の力を抜かせるために、トントンと両肩を手のひらで軽く叩いてくれる。礼を述べて、振り返って手を振った。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
祖母に手を振られ、私は、祖母のお金で買ってもらった赤い軽自動車に乗って、仕事場に向かうのだ。
さて、現在耳の横で激しく震え鳴り続けるそのベルは、私にはひどく苛立って唸っているように聞こえた。これ以上待たせると、さらに酷く大きく唸るのではないか、という予想が脳内に過るのは、あながち間違いじゃない。
聞きたくないな、と思って、眉間に皺を寄せながら身体を胎児の様に丸めた。
意識が少しずつはっきりとしてきたせいか、音はだんだんと大きくなっているように感じた。
「もと。朝だよ」
ノックも無しに、勢いよく部屋の扉が開かれる。勢いよく開かれた所為で、壁に扉が激突して、余計に大きな音を立てた。
「んー……」
「早く起きてご飯食べなさい」
母の急かす声を聞いて、グシャグシャ、と額に張り付いて束に形作られていた前髪を手櫛でほぐし、ずっと鳴りっぱなしだったアラームを止めた。
そこで漸く丸まっていた身体を起こし、ベッドの上で座り込みながら、小さく欠伸を零した。
朝は苦手だ。どうしてこんなにも苦手なのかは分からないが、母も苦手なので遺伝だと思う。あと、昨晩、夜遅くまでゲームをしていたからだろう。単なる寝不足だ。
今一度欠伸をしてから、ベッドから降り、そのまま部屋から出て廊下を歩けば、何も考えないでも自然と身体が勝手に一階へ降りてくれる。
「おはよう」
「はよ」
ぼさぼさ頭なのは鏡を見ないでもわかる。適当にヘアゴムでまとめてから、ご飯茶碗にご飯を盛って、テーブルの上に数品並んでいるタッパーに入っているオカズから一品を吟味し、コップに牛乳を入れて、箸も持って一気に持ち上げる。
自慢じゃないが、私は女子にしては手は大きい方だし、関節が柔らかいので、多くの物、大きなものを一気に持ち運ぶことが出来る。
キッチンに置いてあるテーブルで朝食はとらないで、私はそのまま居間の扉を行儀悪く足で開けて、置いてある座卓に手の上の物を全部置いた。
「もとちゃんおはよう」
「おはよう」
小さく欠伸を噛みしめながら、挨拶を返す。私に挨拶をした当人は、私を暫し見つめてから、テレビの方へ視線を移した。
私は小さく、いただきますと声を零す。そんな小さな声を、彼女は拾って、返事をする。そのまま、タッパーに入っていた豚肉とピーマンを箸でつまんで、白米の上に乗せて、朝食の時間が始まった。
テレビではとある都道府県のとある町の交通事故で被害者が出た話とか、別の県の街で殺人事件が起きたとか、芸能人の悲報が流れたり、気持ちの良い物ではないニュースが流れていた。
そして、私はそんなニュースを、他人事のように、寝起きでまだはっきりしない意識の中、耳に入れている。こうした様々な事情を聞き流せるという事は、要は当事者ではないと言うわけで。私はこの事件と関わることが無いまま事を終える事が出来るわけである。まあつまり、当事者にならないで済むほどの、運は持ち合わせているわけだ。身近に死を迎えていない、幸せ者なのだと思う。
表立って不幸ではないだろう。寧ろ、いざという時の勝負事では、基本的に私は勝って生きてきた。その度に、お前は運が良いと褒められた。
そうだろうな、と自分でも思う。
人間、最後は結局運で全てが決まると言っても過言ではない。それは、私がひしひしと感じる事でもある。
こうした不幸なニュースを見て、そのうち自分にもこの順番がやって来るかもしれない。そう思う事は、滅多に無かった。
日々、街工場で機械と向き合って研磨作業をしている父。共働きをしながら家庭にも目を向ける母親。東京で一人暮らしをしているのに、大きく距離を取ることも無く接してくれる弟。私を赤子の頃から面倒を見て、第一に考えてくれた祖母。学校からの帰りに車で迎えに来てくれていた祖父。夏は泊まりがけの家族旅行をする。数ヶ月に一度程度に、日帰り旅行にも出かける。車の運転が好きで、アウトドア派の父の影響から、色々な都道府県を訪れた。やや窮屈さは感じつつも、どこにでもある普通の家庭だと思っている。
そんな普通がどれだけ恵まれているか、運が良いことなのか。学校でモラルについて学ぶ度に、ネットで色々な世界を知る度に、自分は運が良いのだと言い聞かせていた。
さて、そんな世間で言う運の良い私なのだが、どういうわけか私推しガチ勢まで存在した。その筆頭が、今現在私の隣に座っている父方の祖母である。
もとちゃんおはよう。今日も仕事かい、えらいねえ。相変わらず眠そうだけれど、起きてきて偉いなあ。今日も帰りが遅くなるのかい? 駄目だよ、一人で何でもやろうとしたら。もとちゃんのそういうとこは駄目だと思う。もとちゃんは優しいから、迷惑かけないように頑張るし、手伝ってあげちゃうんだね、えらいね。でも、私はもとちゃん一番だからね、無理すると怒るからね。ご飯食べた? それじゃあ、今日もゆるゆるやっていくんだよ。
完全に、脳内で祖母の声で再現できる。言われ慣れてしまっている。こわい。まあ、実際に今も似たような話を言われている、というのもあるが。うん、うん、と頷きながら、朝食の箸を止める事はない。ゆるゆるで良いんだよ、と言いながら、ぽんぽんと力を抜かせるようにして背中を撫でられる。いつまでも幼い子ども扱いに思えるのに、なんだかとても、それだけで褒められている心地になるのだ。
私の父方の祖母こと、佐藤とみは褒め上手である。そして、祖母は他者全員が認めるほどの私贔屓の人であった。
私こと佐藤もとは佐藤家の長女として生まれた。一歳だけ年上の父方の従姉が居たので初孫ではないのだが、従姉は実家から出た娘の孫(私からすれば叔母の娘)なので、自然と共に過ごす時間の長い、実家で暮らす私を祖父や祖母は大層かわいがった。
貴方は、じいちゃんばあちゃんに愛されてる子だから。
母親の、微笑ましげな表情が頭から離れない。身内の老人は全員お前の味方だ、と母に宣言された時は、そんな馬鹿なと思ったが、歳を増すごとにそれを理解していくことになった。
何をするにも一番は私の心配事から話がスタートする。私の話題で会話が大体成り立ってしまう。それは、亡くなった母方の曽祖母も祖父も同様であった。
これは先程の話の補足にもなるだろうが、私はどうやら幼少期から年寄りに好かれやすい質だったようだ。
父方の祖母、母方の曽祖母、祖父母の全員揃って『もと命!』と鉢巻を巻いているような状態なのだろうか。だとしたらガチ勢もガチ勢である。
話を戻そう。
幼少期のビデオを見ても、私が走ったり歩くだけで祖母は歓喜の声を上げ、私の頭を激しく撫でている。幼いころからの習い事を発表する機会があれば、祖母は大層私をほめたたえた。絵に描いたような孫可愛がりというやつなのである。
それは私が成長していっても変わらなかった。いつだって、私を一番に心配し、一番に応援し、私に居場所を与え、私に勇気を与えたのは祖母だった。
えらいと優しくて芯のある声が聞きたくて。ただ、気前よく褒めてくれるので、気分が良いなと思ったくらいだ。花丸を貰っているような心地と言えば伝わるだろうか。学校から帰った後のご飯の時、日課の習い事が終わった後、プライベートで頑張ったことまで、その都度、これこれこう頑張ったんだよと報告をしに行っていた。
人によっては鬱陶しいと思われそうなくらいの報告魔になった私に、祖母は閉口せず嫌がりもせず、その都度、えらいねといつもの軽やかさで褒めてくれた。
もとちゃんはえらいね。頑張ってるね。良い子だね。
その言葉を貰えて、私は生きていても良いのだと。許される気分がする。私の命は、祖母に握られているのかもしれない。
「もとちゃんはすぐ頑張りすぎるから、心配なんだよね」
居間の座卓で並びながら、私が朝食をとる時間が、私と祖母の短い悩み相談室その一。その二は夕飯の後のテレビを見る時間。
心配なんだと祖母は言う。頑張りすぎるから。
これを、世間は神対応、と言うのだろう。神サービス、神営業、色々な神表現が現代ではありふれているけれど、私の祖母は正しく、その神対応であるのだ。寧ろ、神様、かな。祀ったりとか、大げさにはしないけれど。尊敬する人を神と言う事も、この時代不自然でも何でもないのだ。
けれど、私は否定ばかりをする。この程度、まだ頑張っているうちに入らないって。まだ許されないって。不器用で頭の良くない私は、人の何倍、何十倍、何百倍、必死に頑張らないといけない。そう言って。
神様の好意に反発して。そのうちバチでも当たるのではないだろうか。
「ごちそうさま」
朝食を終えたなら、片付けをして、仕事の準備をしなければならない。
ごちそうさまの言葉にも、祖母はまた言葉を返す。
テーブルの上のタッパーを全て冷蔵庫に戻し、食器を食洗器の中に並べてから、専用の洗剤を入れてスイッチをオン。水が流れ出し、中で水が暴れる音が聞こえたら、私は慌てて二階へと戻る。
私の部屋があるのは二階だ。二階についたら、まずうがいをして、歯ブラシを少し濡らしてから歯磨き粉をつけて、歯を磨く。少しつけすぎたのか、いつも以上に口内がスースーとする。
濯ぎ過ぎは良くないからと聞くから、口の中の泡を洗い流すうがいは控えめの回数で終わらせる。
歯磨きも終えて、今度は手のひらに洗顔フォームを出して、キメの細かい泡を作るべく念入りに手のひらの上で転がす。
両手いっぱいになった泡に顔面を突っ込んで、そのまま泡で顔を撫でるようにして洗う。
優しく洗顔を終えてから、手のひらで水を掬って、顔面に着いた泡を落としていく。ばしゃり、ばしゃりと何度も落としていけば、自然と目元の泡も無くなる。目に泡が入らない様に閉じていた瞼をゆっくりと開いて、鏡に映る自分の顔に泡が残っていないか確認する。所々残っていた、それをぬるいお湯で落として、再度確認。バッチリと泡はとれたようだ。ふわふわのタオルで水滴を拭って、顔がすっきりしたところで、化粧水と乳液を塗りたくった。
思わず、自分の顔を見る。
少しつり上がった様な目尻に、左右でバランス悪く開かれた瞼。彫りは浅いし、高くはない鼻。決して美人、可愛い、と括られるジャンルの顔ではない。だから、私は化粧で顔を作らないといけないわけだ。
私はこっそりと隠れるように腕をがりがりと引っ掻く。
時間を確認する意味も込めて、部屋に設置されているテレビの電源をつけた。パッとついた画面は地方局のニュース番組だった。いつも通り、さっきと変わらず、物騒な事件だの悲惨な事故だの、つらつらと顔色も表情も大きく変えずにニュースキャスターは淡々と述べていく。
世の中は本当に物騒である。地域のニュースで報道はしているものの、自分には関係が無いのだろうという思考の中、私は身支度を整えるのに必死であった。
適当に、オフィスカジュアルという言葉にぴったりな白シャツと、アンクル丈の黒のパンツを選び着こなす。
服を装備したら、次は化粧だ。
まずは黒目を大きくするカラコンを入れて、いつも通りの化粧の下準備をして。
下地を塗ってファンデに入る前の化粧の合間をぬって、スマホの画面をつけて、メッセージアプリをチェックした。アプリはグループトークがたまっていたが、特に気にせず後回し。
それを横目に、私はバランスの悪いサイズの片方の瞼に、アイプチを塗る。
ウインクのような状態でスマホの画面をタップ。次はSNSをチェックする。友人たちの日常、仕事、趣味。大して興味も無いけれど、社交辞令という名目でいいねを押していく。
同期にお勧めされたアイシャドウやアイライナーなどで目元を作り上げて、鏡を確認する。これで一応、先程よりはましになっただろうと、頬に手を添えて安堵の息を吐いた。
ちらりと目線をテレビに向ける。テレビの端っこにちょこんと存在する正確なデジタル時計は、もう少しで出社時間になることを示していた。
テレビを消してから再び一階に降りて、祖母の居る横に腰かけた。
「今日も準備万端だね」
「変なところ無い?」
「ないよ。完璧」
にこり、と祖母が笑みを浮かべたので、私も安心して、小さく笑みを返す。
居間のテレビのデジタル時計が、出社時間を知らせた。
「それじゃあ、行ってきます」
「気を付けるんだよ」
私が部屋から出れば、祖母も一緒に居間から出てくる。お気に入りのスニーカーを履いて、足の爪先を軽くトントンと床で叩くと、それに合わせるように、私の肩の力を抜かせるために、トントンと両肩を手のひらで軽く叩いてくれる。礼を述べて、振り返って手を振った。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
祖母に手を振られ、私は、祖母のお金で買ってもらった赤い軽自動車に乗って、仕事場に向かうのだ。