私は今、代広病院の前に居る。
約1年前に末期がんで余命3ヶ月を宣告された祖父が半年過ごした場所だ。
「もしかして与具さんの……孫?」
私に声をかけてきたボサボサ髪に無精ひげがよく似合う50代くらいのおじさん。
「私の事を知ってるんですか?」
「いや、知らない。ただ君の顔が与具さんにそっくりで、代広高校の制服を着ているから孫なんだろうと思っただけだ」
「正解です。
私は与具の孫です」
「……聞かないのか?
何故俺が与具さんの事を知っているんだって」
「聞かなくても分かりますから」
おじさんは祖父と同じ入院着を着ている。
「入院中に知り合ったんですよね」
「ああ。たまに話してた」
「私の事、何か話してましたか?」
教えて下さい!!!
「いや……話してない………」
「そうですか…。
祖母の事を話してましたか?」
「奥さんの事しか…話してなかったな……」
「そうだと思いました…」
祖父は祖母の事をとても愛していましたから。
「亡くなる前に祖母に会わせてあげたかったな………。私、祖父に何もしてあげられなかったんです。長く生きられないって分かってたのに……」
約1年前。私は中3で受験勉強に忙しく、祖父にほとんど会いに来る事が出来なかった。
違う。会いに行こうと思えば会いに行けた。なのに会いに行かなかったのはきっと…。
「祖父が末期がんで長く生きられないという事を私が信じてなかったから」
だって………。
「信じられないよな。
俺も余命1年だって言われたけど、今もまだ信じられない」
1年……。
「君は与具さんが病気なる前に頻繁に会っていたか?」
「いえ……。そんなに会ってませんでした」
「与具さんとよく話していたか?」
「いえ………。たまにしか話していません」
「なら普段通りで良かったんじゃないか?
突然自分に対する態度が変わったら、自分が長く生きられない事に気づいたかもしれないぞ。
与具さんに余命の事、言ってなかったんだろ?」
「はい……」
母達の話し合いの結果、祖父には余命3ヶ月という事を伝えなかったのだ。
「でも祖父は気づいてなかったんでしょうか?」
体調はどんどん悪くなっていたのだから少しぐらい思ったんじゃ…。
「全く気づいてなかった。
早く退院して奥さんに会いに行くんだって言ってたから」
「全然気づいてないですね…」
やっぱり私が何か……。
「君が会いに来てくれるだけでも嬉しかったと思うぞ。
俺には娘が居るが嫌われていて、一度も会いに来ないんだ。
まあ余命1年だからって急に好きになるわけないからな」
「見つけました」
私は今、代広病院の裏に居る。
今、おじさんがたばこを吸っている所だ。
「何しに来た。いやそれより何故俺がここに居るって分かった?」
「昨日祖父が私の事を話していたかあなたに近づいて聞いた時にたばこの臭いがしたので」
「一本しか吸ってないのに分かったのか?」
「私、たばこの臭いに敏感なんです」
「でも与具さんの」
「祖父が何ですか?」
「いや……何でもない………」
おじさんはきっと私に。
『でも与具さんのたばこの臭いには気づかなかったじゃないか』
そう言いたかったのだろう。
祖父はヘビースモーカーだったから毎日たばこを吸いたくて仕方なかったはずだ。
その時におじさんと出会い、たまにたばこを吸わせてもらっていたんだろう。
私が祖父のたばこの臭いに気づかなかったのは近づく機会がなかったからだ。
「で……何しに………」
「祖父の話を聞きに」
「話って……昨日言っただろ。奥さんの話ばかりしてたって」
「それを詳しく教えて欲しいんです」
「詳しくって……」
「あなたの話も聞かせて下さい」
「何で…」
「祖父に良くしてくれた方なので、あなたの事も知りたいです。
その話が終わるまで私、あなたに会いに来ます」
娘さんじゃないから嬉しくはないでしょうけど。
あなたに会いに来る事。
それが今、私があなたにしてあげられる事だと思うから。