はるかが子供っぽく頬を膨らませた。普段使いのバッグを肩にかけながらこちらに歩いてくる。
 その頬を笑いながら指先でつつく。
「まあ、お前を忘れていかなければあとはどうとでもなる」
「あたし、物ですかっ」
 さらに膨らんだ頬は、両手で潰してやった。

「笠間、楽しみです」
 走り出して五分ほどすると、はるかはすっかり元の元気に戻った。
「あたし、大洗から出るの初めてです」
「そうなのか?」
 拓巳は首を傾げた。あんな小さな街の外に出たことがない?
「じゃあ生まれも育ちも大洗か」
 当たり前ことを尋ねる。するとはるかは真顔になった。
「そうですね?」
「なんで疑問形だよ」
「そうです、そうです」
 とってつけたようにはるかは頷いた。
 それからしばらくはるかは楽しそうにおしゃべりをしていたが、十分ほどしたあたりから、うつらうつらし始めた。そしてすぐに、ぽかぽか陽気が気持ちいいのかすやすやと気持ちよさそうに眠ってしまった。
 信号待ちの隙に、拓巳は隣に目をやる。
「気が抜けたか」
 昨夜のはるかは見ていて痛々しかった。拓巳はほっとして再び前を向いた。

 水戸を過ぎたあたりだった。
「おわっ!?」
 突然ハンドルを取られた。
 地震だ。
 拓巳はゆっくりと道路の左端に車を寄せる。
 大地震というほどではないが、大きい。震度5くらいだろうか。ぐらぐらと地面はまだ揺れていた。
 ふうと息を吐いてハンドルに突っ伏す。
 ーー轢かなくて良かった。
 ふと胸に浮かんだ台詞に首を傾げる。
 轢く? 何を。
 拓巳は眉を寄せた。何かを、思い出しそうな気がする。
「ふえ?」
 隣のはるかが目覚めたようだ。
「たくみさん。じしん?」
「ああ」
 拓巳はカーラジオのスイッチを入れた。
「……先程、茨城県沖を震源とする地震がありました。震源の深さは……」
 水戸は震度5弱だった。
「余震くるかもしれませんね。気をつけて運転してくださいね」
「そうだな。続報あるか?」