――私の夢が、ひとつ叶った。
目の前では本物の警察と偽物の警察がすれ違い、ウォーリーをさがせ!の世界がリアルに現れたこの街に、私は興奮していた。
赤と白のボーダーシャツを着て眼鏡を掛けている男の人を見たのは何人目だろう?
大学生になって初めてのハロウィンの日、私は大学の友人たちと渋谷へとやって来た。ほとんどのメンバーが地方出身者という私たちは、これぞ東京という雰囲気に浮かれ、大いに喜び、そして、はしゃいでいた。
けれどもまだまだ都会を初心者マークで歩いているようなところもあり、気合の入ったコスプレをして練り歩くまでの勇気はないものだから、結局ありがちではあるがドンキホーテで買ったお揃いのマリオの服を着て繰り出して来たという訳だった。
それでも気持ちはじゅうぶんに満足していた。
「ねえ香穂、向こう見て」
「何?」
名前を呼ばれて振り向くと指をさした向こうにもマリオの団体がいて、こちらを見て手を振っていたから当然のように私たちも笑顔で手を振り返した。
「すっごく楽しい!」
私は今の気持ちを思わず口にしていた。
地元のお祭りなんて比べものにならない人数に圧倒され、迷子にならないよう私たちはくっつくようにして人ごみのうねりの中をあてもなく歩き続けた。
力強いセリフで何度も自分が救われた気持ちになった大好きなアニメの主人公や、映画のヒーローにも出会ったりしてテンションが上がってきた頃だ。
私の目の前に美しいゾンビが現れたのだった。
現れたというのは大袈裟かもしれないけれど、対面した距離が近かったこともあり驚いてしまった。
ゾッとするような瞳のコンタクトをした目元。しっかり白塗りをしたベースの顔には血が流れているようなメイクを施している。その人は迫力のあるメイクにもかかわらず整った顔立ちなのだろうと想像できた。
ハロウィンのコスプレだとわかっているのに、私はまるで本物のゾンビにロックオンされたような感覚になって、美しいゾンビの前から動けなくなってしまったのだった。
すると、
「香穂?」
ゾンビは驚いた顔で私の名前を呼んだのだった。
他人の空似みたいな感じだったとしても、名前まで同じなんて考えられない。
「えっ?」
状況がまったく把握できないし、違う意味で驚いた私は両手で口を押さえた。
「えっ? 誰?」
この大都会に知り合いなどいない私は軽く動揺しているのに、ゾンビは私を見て少し笑っていた。
「やっぱりそうだ。香穂だ!」
そして間違いなくそう言ったのだ。
ーーえっ?
「そのクセも、やっぱり変わってない」
――私のクセを知ってるって?
ようやく私はハッとした。
半信半疑だったが、中学校で同級生だった――。
「もしかして……愛梨?」
「そう!」
「苗字が佐久間だよね?」
「そうだよ。佐久間愛梨」
「えー、もう噓みたいビックリ」
興奮していたせいもあったのだろう。私は思わず愛梨の手を取りぴょんぴょん跳ねながら喜ぶと、愛梨も同様に跳ねながら喜んでくれたのだった。
「元気だった?」
「うん……」
でも、「うん」と言った割に愛梨の表情は元気そうには見えなった。
「いつから東京にいるの?」
私がそう聞くと愛梨の顔から表情が一瞬消えてしまった。
「えっと……」
愛梨と一緒にいたゾンビ友達が私たちの会話の空気を読んだのか、「そっちに行ってるね」と合図してどこかへ行ってしまった。
それからすぐのこと、こちらにいる理由を話すことに戸惑っている愛梨を見ていたら、昔の思い出がふと頭を過った。
――何てこと聞いちゃったんだろう私。
『後悔先に立たず』とは、こういうことなのだろう……。
すっかり忘れていたけれど、私は大変なことを思い出してしまった。
中三の時、愛梨はまるで神隠しのように突然行方不明になってしまった子だった。学校どころか田舎町ではあっという間にその話は広がって、とにかく色んな噂が広まっていた。
だから、ショックだった。
その事件があってから愛梨の家族も引っ越してしまい、元々地方から引っ越してきていた佐久間家は身内などもいないこともあって、結局本当のことはわからずじまいのまま月日が経った。
それからみんなそれぞれの道へと進み今に至っているというわけだった。
そして愛梨が言った通り私は驚いたりすると両手を口元に持っていくのがクセらしい。気がつけばまた私は両手でそうしながら申し訳ないと思っていた。
「ごめんね……」
いくら同級生とはいえ失礼な振る舞いだったのかもしれないと思い、私はうつむいて謝ることしかできなかった。
「ううん。大丈夫」
「あのね、これからどこかで話さない?」
「これから?」
私は大きくうなずいた。
「私の友達もどこかに行っちゃったみたいだし」
「友達?」
と言って、愛梨は私の周りをキョロキョロと見回していた。
「うん。一応、大学の友達」
「……そう。せっかくだからそうしよっか。友達には連絡すればいいことだし」
「愛梨は今何してるの? こっちで進学とか?」
愛梨は左右に首を振ると、
「派遣で事務をやっております」
と真顔で言った。
「かっこいー。事務って」
「かっこよくないよ。割と大手の会社だけど、どうせ派遣だし、せいぜい雑用係のお姉さんってとこじゃないかな?」
「でも、雑用ってさ、何でもできるってことじゃない?」
「ありがと。昔と変わらず優しいんだね香穂は」
すごく嬉しかった。
クールな性格の中学生だった愛梨の言葉には女子特有のお世辞や忖度がなくて、『ダメ』なこともきちんと指摘してくれて、いつも本当のことを言ってくれる子だった。だから嘘は感じられなかった。
「落ちつかないけど、ここら辺座って話そっか?」
私が提案すると、
「そだね。なんかさ、今、香穂と話しておかないと……」
一瞬、表情が暗くなった。
「何?」
「大学生だって結構忙しいじゃん? そしたら当分会えないかな?って思っちゃってさ」
「私は愛梨のためならいつでも時間作るよ」
「マジで? 彼氏みたい」
と愛梨は笑った。
「もしかして、愛梨の彼氏待ってた? あのゾンビの中にいたんじゃないの?」
更に笑い声を大きくして、手のひらを思い切り振って否定した。
「いない、いない」
「香穂は?」
「いないよ」
「じゃあさ、最悪な元カレの話聞いてくれる?」
「聞くー。愛梨を困らせる男なんて信じられない」
――大人になっちゃってる。
そんな会話をしながら適当に歩いて、結局一番近くにあったコンビニで飲み物を買い、シャッターの閉まったお店の前に座り込んで話をすることにしたのだった。
私はミルクティーを握りしめて愛梨がお茶を飲む横顔を見ていた。昔は目が隠れるほど前髪を長くしていて顔がよく見えなかったけれど、パーツが整っていて羨ましいと思っていた。
「昔っから思ってたんだけど、愛梨って美人だよね」
「ホントは根暗なヤツって思ってたでしょ?」
愛梨はイタズラに笑いながら言った。
「根暗?」
思わず首をかしげてしまった。
「うん。根暗っていうか、幽霊」
「そんな、幽霊って……」
――あっ。
クラスの隅の席でうつむいて座り、目が隠れてしまうほど前髪を伸ばした女子が頭に浮かんだ。
目の前では本物の警察と偽物の警察がすれ違い、ウォーリーをさがせ!の世界がリアルに現れたこの街に、私は興奮していた。
赤と白のボーダーシャツを着て眼鏡を掛けている男の人を見たのは何人目だろう?
大学生になって初めてのハロウィンの日、私は大学の友人たちと渋谷へとやって来た。ほとんどのメンバーが地方出身者という私たちは、これぞ東京という雰囲気に浮かれ、大いに喜び、そして、はしゃいでいた。
けれどもまだまだ都会を初心者マークで歩いているようなところもあり、気合の入ったコスプレをして練り歩くまでの勇気はないものだから、結局ありがちではあるがドンキホーテで買ったお揃いのマリオの服を着て繰り出して来たという訳だった。
それでも気持ちはじゅうぶんに満足していた。
「ねえ香穂、向こう見て」
「何?」
名前を呼ばれて振り向くと指をさした向こうにもマリオの団体がいて、こちらを見て手を振っていたから当然のように私たちも笑顔で手を振り返した。
「すっごく楽しい!」
私は今の気持ちを思わず口にしていた。
地元のお祭りなんて比べものにならない人数に圧倒され、迷子にならないよう私たちはくっつくようにして人ごみのうねりの中をあてもなく歩き続けた。
力強いセリフで何度も自分が救われた気持ちになった大好きなアニメの主人公や、映画のヒーローにも出会ったりしてテンションが上がってきた頃だ。
私の目の前に美しいゾンビが現れたのだった。
現れたというのは大袈裟かもしれないけれど、対面した距離が近かったこともあり驚いてしまった。
ゾッとするような瞳のコンタクトをした目元。しっかり白塗りをしたベースの顔には血が流れているようなメイクを施している。その人は迫力のあるメイクにもかかわらず整った顔立ちなのだろうと想像できた。
ハロウィンのコスプレだとわかっているのに、私はまるで本物のゾンビにロックオンされたような感覚になって、美しいゾンビの前から動けなくなってしまったのだった。
すると、
「香穂?」
ゾンビは驚いた顔で私の名前を呼んだのだった。
他人の空似みたいな感じだったとしても、名前まで同じなんて考えられない。
「えっ?」
状況がまったく把握できないし、違う意味で驚いた私は両手で口を押さえた。
「えっ? 誰?」
この大都会に知り合いなどいない私は軽く動揺しているのに、ゾンビは私を見て少し笑っていた。
「やっぱりそうだ。香穂だ!」
そして間違いなくそう言ったのだ。
ーーえっ?
「そのクセも、やっぱり変わってない」
――私のクセを知ってるって?
ようやく私はハッとした。
半信半疑だったが、中学校で同級生だった――。
「もしかして……愛梨?」
「そう!」
「苗字が佐久間だよね?」
「そうだよ。佐久間愛梨」
「えー、もう噓みたいビックリ」
興奮していたせいもあったのだろう。私は思わず愛梨の手を取りぴょんぴょん跳ねながら喜ぶと、愛梨も同様に跳ねながら喜んでくれたのだった。
「元気だった?」
「うん……」
でも、「うん」と言った割に愛梨の表情は元気そうには見えなった。
「いつから東京にいるの?」
私がそう聞くと愛梨の顔から表情が一瞬消えてしまった。
「えっと……」
愛梨と一緒にいたゾンビ友達が私たちの会話の空気を読んだのか、「そっちに行ってるね」と合図してどこかへ行ってしまった。
それからすぐのこと、こちらにいる理由を話すことに戸惑っている愛梨を見ていたら、昔の思い出がふと頭を過った。
――何てこと聞いちゃったんだろう私。
『後悔先に立たず』とは、こういうことなのだろう……。
すっかり忘れていたけれど、私は大変なことを思い出してしまった。
中三の時、愛梨はまるで神隠しのように突然行方不明になってしまった子だった。学校どころか田舎町ではあっという間にその話は広がって、とにかく色んな噂が広まっていた。
だから、ショックだった。
その事件があってから愛梨の家族も引っ越してしまい、元々地方から引っ越してきていた佐久間家は身内などもいないこともあって、結局本当のことはわからずじまいのまま月日が経った。
それからみんなそれぞれの道へと進み今に至っているというわけだった。
そして愛梨が言った通り私は驚いたりすると両手を口元に持っていくのがクセらしい。気がつけばまた私は両手でそうしながら申し訳ないと思っていた。
「ごめんね……」
いくら同級生とはいえ失礼な振る舞いだったのかもしれないと思い、私はうつむいて謝ることしかできなかった。
「ううん。大丈夫」
「あのね、これからどこかで話さない?」
「これから?」
私は大きくうなずいた。
「私の友達もどこかに行っちゃったみたいだし」
「友達?」
と言って、愛梨は私の周りをキョロキョロと見回していた。
「うん。一応、大学の友達」
「……そう。せっかくだからそうしよっか。友達には連絡すればいいことだし」
「愛梨は今何してるの? こっちで進学とか?」
愛梨は左右に首を振ると、
「派遣で事務をやっております」
と真顔で言った。
「かっこいー。事務って」
「かっこよくないよ。割と大手の会社だけど、どうせ派遣だし、せいぜい雑用係のお姉さんってとこじゃないかな?」
「でも、雑用ってさ、何でもできるってことじゃない?」
「ありがと。昔と変わらず優しいんだね香穂は」
すごく嬉しかった。
クールな性格の中学生だった愛梨の言葉には女子特有のお世辞や忖度がなくて、『ダメ』なこともきちんと指摘してくれて、いつも本当のことを言ってくれる子だった。だから嘘は感じられなかった。
「落ちつかないけど、ここら辺座って話そっか?」
私が提案すると、
「そだね。なんかさ、今、香穂と話しておかないと……」
一瞬、表情が暗くなった。
「何?」
「大学生だって結構忙しいじゃん? そしたら当分会えないかな?って思っちゃってさ」
「私は愛梨のためならいつでも時間作るよ」
「マジで? 彼氏みたい」
と愛梨は笑った。
「もしかして、愛梨の彼氏待ってた? あのゾンビの中にいたんじゃないの?」
更に笑い声を大きくして、手のひらを思い切り振って否定した。
「いない、いない」
「香穂は?」
「いないよ」
「じゃあさ、最悪な元カレの話聞いてくれる?」
「聞くー。愛梨を困らせる男なんて信じられない」
――大人になっちゃってる。
そんな会話をしながら適当に歩いて、結局一番近くにあったコンビニで飲み物を買い、シャッターの閉まったお店の前に座り込んで話をすることにしたのだった。
私はミルクティーを握りしめて愛梨がお茶を飲む横顔を見ていた。昔は目が隠れるほど前髪を長くしていて顔がよく見えなかったけれど、パーツが整っていて羨ましいと思っていた。
「昔っから思ってたんだけど、愛梨って美人だよね」
「ホントは根暗なヤツって思ってたでしょ?」
愛梨はイタズラに笑いながら言った。
「根暗?」
思わず首をかしげてしまった。
「うん。根暗っていうか、幽霊」
「そんな、幽霊って……」
――あっ。
クラスの隅の席でうつむいて座り、目が隠れてしまうほど前髪を伸ばした女子が頭に浮かんだ。