【一括アップver.】つれずれなるままに

 厚生年金や適格退職年金に新規加入できた時代の人は、プロが絶対損が出ないように運用してくれたので安心だった。
 素人が投資すると、短期的利益を狙いがちで、大損することもある。東南アジアの会社の株を買って、0円になった知人もいる。
 プロは10年後に数パーセント上がる、という具合に考えて分散投資するから失敗しないのだ。
 今、投資家の間では円離れが進んでいる。異次元の質的量的緩和(お金を増し刷りして借金を返すこと)を繰り返してきた日本は、日銀当座預金が目を覆うほどの額に膨れ上がっている。
 一部ではハイパーインフレを懸念する声が上がっている。少なくとも円が弱くなってきていること、物価が今後も上がり続けることは確かだろう。
 物価が上がれば、預金額が変わらなくても相対的に預金が減る。同じ額の買い物ができなくなるのだから。
 個人的に究極の投資だと思っているものがある。それは土地と家だ。背伸びをして良い物件を手に入れた。金利が安い今、最長の35年ローンを組み、様々な特典を受けながら暮らしている。
 自分が死ぬまで払い続けるわけではない。まとまったお金が手元にできたときに繰り上げ返済してしまえばよい。
 良い物件なら価値があまり下がったりしないから、いざとなったら家と土地を売るとか、賃貸することも可能だ。
 あと仮想通貨も買った。これも人の性格が出るものである。
 大損をだす人は、我慢ができない人だ。売り買いしていじくりまわすので、取引所にたくさんお金をとられてしまう。
 上手くいく人は、何があっても「動かざること山の如し」と決め込んでいる。暴落したとき損切りをした人は、仮想通貨をこき下ろそうとする。
 だが自分は何もしなかった。コツは「何があっても5年間は手を付けない」と決めることである。たとえ資産が5分の1になっても何もしない。案の定5倍以上に跳ねあがった。
 盗難事件があっても「慌てず、騒がず、たじろがず」である。噂話や専門家の意見にも馬耳東風を決め込んだ。
 また下がるだろうが、それでも何もしない。
 「魚は殿様に焼かせよ」の要領である。

------------------------- 第10部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
サグラダファミリアにもう一度行きたい

【本文】
 2026年完成予定のサグラダファミリアにもう一度いきたい。
 新婚旅行でバルセロナへいった。
 ツアーではなく、個人旅行である。
 スペインにはいったことがなかったし、ガウディの建築とマドリッドのプラド美術館を一目見てみたいと思った。
 サグラダファミリアは、スペインを象徴するランドマークである。
 清貧のなかで理想を追うガウディの生き方も人気の秘密である。
 海外旅行をするときにはガイドブックと大使館から取り寄せた資料で歴史を調べ、現地のガイドさんに負けないほど勉強してからいく。
 バルセロナを拠点として、スペインの新幹線AVEでフィゲラスにもいった。
 そこには「チュッパチャップス」のデザインをしたことでも有名なダリ美術館がある。
 そしてマドリッドでは念願のプラド美術館にいった。
 バルセロナにはグエル公園、カサミラ、カサパトリョなどガウディの建築が観光スポットになっている。
 中でもやはりサグラダファミリアが最も印象深い。
 内部はふんだんに光線が取り入れられ、教会にわりには明るく開放的な印象があった。
 完成して、パイプオルガンが演奏される様子をこの目で見て聞きたい。

------------------------- 第11部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
火★最近は小学校の理科の実験でホットプレートを使うらしい

【本文】
火★最近は小学校の理科の実験でホットプレートを使うらしい

「そういえば、うちはオール電化だから火を使わなくなったな」
 台所に立ったとき、ふと思った。
「そうだね。子どもが火を知らずに育つのは怖いね」
「クリスマスと誕生日ケーキのろうそくに火をつけるとき使ったな」
「キャンプとかあれば見るかも知れないけど」
「俺は小さい頃からガスコンロで、即席ラーメン作って食べてたよ」
 妻と台所にいるとき、こんな話題がのぼった。
「キャンプ場でカレーでも作りに行くか」
「カレーはキャンプの定番だね」
「キャンプ場へ行けば、材料も道具も全部あるから簡単だよ」
 最近の家はオール電化が増えてきた。
 我が家もオール電化なので、コンロはIHである。熱するとき赤い電気が光だけで火は出ない。
 火事になる心配は少ないだろうが、子どもが火を使うところを見る機会が極端に少なくなってしまった。
「最近は小学校の理科の実験で、ヒーター式のホットプレートが使われてるらしいよ」
「そうなのか。ホットプレートじゃ火が出ないな。そういえば、アルコールランプは安いけど引火する事故が多いらしいね」
「アルコールランプはアルコールの残りが少なくなると、気化したエタノールに引火することがあるらしいね」
「おれが小学校のとき、爆発してアルコールランプの芯が飛んだって聞いたことがある」
「でも、危険があるからといって、経験せずに大人になるのは怖い気がする」
 火の怖さを知らないことは、危険を感じないことである。
 火傷して熱い思いをしたり、失敗をしないとわからないことがたくさんあるだろう。

------------------------- 第12部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
いつからこんなに時計だらけになったのだろう

【本文】
 時計は、時間を知らせる機能を持っている。
 置時計の場合は、部屋のインテリアとして調和することも大事だ。
 腕時計ならば、ファッションの一部になる。
 リビングの壁に掛ける時計だけは、部屋のインテリアとして考えて選んだ。
 白壁に溶け込む白地で、文字は細め。
 メタリックなアクセントで、淵がない。
 我が家には他に壁掛け時計がない。
 その代わり置時計がいたるところにある。
 また、お風呂の湯沸し器のリモコンと、インターホン、炊飯器にもついている。
 スマートフォン、タブレット、パソコンにも時計がある。
 音声認識で様々なことを教えてくれるechoにもついている。、
 インターネットに繋がった端末は数秒の誤差範囲で常に正確な時間を教えてくれる。
 電波時計も普及しているが、時々誤動作を起こしたり、電池切れのときに電波をなかなか拾えなくなったりする。
 自分は機能性重視で時計を選ぶ。
 腕時計はソーラー充電の針が太いシンプルな時計だ。
 どこかにぶつけたり、薬品がかかったりして壊れることが多いので、高級な時計はつけない。
 一度もらい物のしゃれた腕時計をしたら、銭湯で水没して動かなくなった。
 防水になていたはずなのだが、過酷な環境で使っていたせいか、パッキンが劣化してしまったのかもしれない。
 夜中に寝ぼけて時計を読み間違えることがあるので、寝室の時計を光るデジタル時計にした。
 本当はこんなに時計に囲まれて生活しなくてもいいはずだ。
 いつからこんな風に時計だらけになったのだろうか。


------------------------- 第13部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
水道水と田園風景について思うこと

【本文】
 自宅の水道は本下水の管理費用が上乗せされていて、高い。
 だから無駄にしないように使っている。
 自分が生まれ育った地域では、小さい頃至る所に湧き水があった。
 綺麗な水なので、実際に飲んだりもしていた。
 小学生のときにはまだ道路がくねくねと曲がっていて、とてものどかな風景だった。
 だが、一斉に耕地整理が始まると、東西南北に真っ直ぐのアスファルトの道路が整えられた。
 同時に湧き水はなくなり、その代わりに農業用水路が整備された。
 水田には専用のくみ上げ機やバルブが設置され、水を張るときだけ水路の水門を開けて一斉に田んぼに水を張るようになる。
 とても合理的で便利になったが、殺風景になった気がする。
 水道水は地下250メートルからくみ上げていた。
 今の自宅では川の水を使っているようである。上流では工場や家庭の排水を川に流しているため、衛生面が心配である。
 おそらく上流の地域よりも不純物が多いはずだ。
 飲み水は浄水器を通すようにしている。


------------------------- 第14部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
途切れた川の絵から思うこと

【本文】
「川の絵を描くと、途中で途切れた川を描く子が増えた」
 こんな話を聞いたことがある。
 理科の授業で、学習するはずだ。
 川の働きを、浸食、運搬、堆積に分けて。
 上流、中流、下流の流れの違いや地形とのかかわりで、社会と関連していた気がする。
 今はどう教えているのだろうか。
 自分が小中学校で教わったときよりも時間数が少ないと思う。
 あと実験など、体験的な学習が減ったと聞いた。
 中学校の技術家庭科などは、1年通してやらなくなっている。
 技術の先生のなかには、のこぎりが引けない先生もいるらしい。
 途切れた川の絵は、子どもの実体験不足を象徴していると思う。
 だが、実体験だけが人間の豊かさだろうか。
 これからの時代、もしかすると川が途中で途切れていても良くなるのかも知れない。
 自分は昭和の人間だから、危機感を感じてしまうのだろうか。
 子どもたちに実体験をしてほしいと思うが、だからといって自然に触れさせれば解決するのだろうか。
 私は身近なところにあって、毎日目に触れるところにある些細な自然を感じ取ればよいと思う。
 決して山奥とか離れ小島のような自然がたくさんあるところが良いとは思わない。
 心の豊かさとは、どこにいても発見できる観察眼と、自分なりの考えを持つことだと思っている。


------------------------- 第15部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
土地柄について思うこと

【本文】
「この家は遺跡の上に建っています」
 入居のときに営業さんにいわれた。