わたしは対面する様に座るなり、すぐに質問をなげかける。
「本当におじいなの?」
「おいおい。二度も言わせるなよ。俺はお前のおじいさんだ。まぁ見た目は変わってるから疑いたくなる気持ちもわからなくないがな」
見た目の年齢は二十代半ばくらい。髪も肌も白く綺麗で元の伯祖父の影も無い。
「よくきたな。上から何か来るって警報が鳴ったから一瞬焦ったけど、まさか前に来た侵入者と同じ方法で来るとは思ってなかった」
「前っておじいと同じってこと?」
「あー。そこから説明しないといけないのか」
面倒くさそうに伯祖父は頭をかく。
「まずは名乗るとするか。加賀見 透あらため、本名を坂井 邦彦。この研究所長兼、この世界を運営している」
「坂井? 運営?」
「いきなり呼び捨てかよ。まぁいいや。そうだ。前の時も俺はここで働いていた時に、上から人が降ってくるところが見えたんだよ。まだ警備員も警報もなかったから研究員が直接行くことになり、十数人で着地したと思われる場所に行ったらなんとプレイヤーがいるじゃないですか。決まりでは基本この世界の核心を知った者は記憶を消すか消滅することになってる。だから全員殺したんだが、俺はいい機会だったから下を直接観察する者も必要だと考え、その後俺は一時的にアバターを変えて下に降りて加賀見 透として生きてきたということだ。一気に情報を話したから混乱するだろうがこれは事実だ」
話が本当ならわたしの本当の伯祖父はとっくのとうにこの人達に殺されているということになる。衝撃ではあったけど、嬉しさの方が勝ってしまう。
何故ならナリはここによって記憶を消されたと今確定したということで、わたしのここまで来た道は間違っていなかったということになるからだ。
「下に降りてから何年も後、なんとも面白い実験体がいるじゃないか。とまぁ興奮していた時もあったねぇ。その者はほとんどの行動を自明的に動く他とは違い、非自明的に動き、エラーを連発するではないか。ちゃんとその時はここに報告したよ。まさに研究成果。やっと結果が出たとみんな喜んでいたよ。それが君だよ加賀見 サクラ」
「それがわたしを研究成果と言っていた理由ってことね」
「その通り」
坂井は空中でウィンドウを表示するとコップに入った透明な液体を何もないところから出現させ、飲んだ。
「それとついでに説明しておく。この液体は酒だが酒じゃない。この液体を飲むことでゲームで言う状態異常のような効果のシステムがスタートし、まるで酒を飲んだように錯覚させることができる。ここまで言えばお前ならわかるだろ?」
「この世界は神ではなく、人によって作られた世界ということ?」
「正解。理解が早くて助かるよ」
ここまで話を聞いてわからないわたしではない。わたしはさっきの酒と同じでデータであり、彼にとっては人じゃない。それに目の前のこの人が一言言うだけで記憶どころか、わたしという存在は消えるということ。
でもわたしのことを研究成果と言うくらいだからわたしを簡単に消すことはないだろう。
死を自覚した瞬間、冷や汗が止まらなくなった。
「この世界は元々、金持ちだけが入ることを許されるバーチャル世界の人口ユートピアとして作られたが、後に他のプロジェクトも同時並行で進められた。それが金持ち達とここのあらかじめ準備されていたAIとのあいだに出来た新たなAIの製造方法の確立」
「そっちの人とわたしたちでその……。こ、子供が出来るの?」
「お前って意外とウブなんだな」
「う、うるさい」
そう言って坂井に笑われた。
「新たなAIを作るというよりはクローンに近いな。子の情報は七割が人の情報で残りの三割をAIからだ。ちなみにAIとAI、人と人との場合は五割ずつになる。本来のランダムなDNAの遺伝とは違うが妥当なものだろう? でもこれでも中々目的は達成出来ていない。それどころか新型自体、君以外見つかっていない」
ここでわたしは一つ疑問に思う事があった。
「他とわたしの違いって何? もしかしてそこにわたしが『変』って言われ続けた理由があるの?」
「良いねぇ。意欲がある奴は好きだぜ、俺は」
機嫌が良いのか坂井は前傾姿勢になる。
「まず最初に必要な要素はこの世界に対する疑問と、否定だ。これがあるだけでそいつは非自明的に行動することが出来るということであり、しっかりとした人格や自己認識が備わっているという証拠だ」
確かにわたしは『EDEN』について疑問に思ってから『変』と言われるようになった。ならそうなのかな。
「そして二つ目は単なる壁を越えるきっかけそれだけだ。お前の場合友達をきっかけにここに来ることでそれは達成されたということになるな」
「まさかこの機をうかがっていたの? ナリの記憶を消して私がここに来るようにきっかけを作って」
「お友達の話か? もちろんそれもあるが、やはり彼女は自己認識はあっても人格のない中途半端に進化したAIだったから他と同様消すことになった。それだけだ。それより、良かったな。感動的な別れみたいになって」
「いきなり何の話?」
「何って、お前と一緒に暮らしてきた二人の話だよ。急にお前に対する態度変わっただろう?」
それが何だというのか。あれはお互い不器用で、すれ違っていいただけであの人たちは元々ああいう人たちだった。そして昨日やっと理解しあえたんだ。
「あー。もしかして勘違いしてないか?」
「えっ」
「人も経験し、学習するが、大人になった後に学習などほとんどの者がしない。だがお前たちAIは大人だろうが毎日何かを学習し、吸収している。子供はもちろん学校で。大人はどこだと思う? ヒントはお前らみたいな未成年は行けない場所だ」
「まさか! それが『EDEN』なの? だってあそこは――」
「おおかた、娯楽施設とでも思っていたんだろうが、それもあながち間違いじゃない。新たな知識を得ることでドーパミンが分泌され、快感を感じることもあるからな。そしてあの夫妻は昨日、親という存在を学び、お前に対する態度が一変した。つまりあれは俺らが変更させたものでもあるってことだな」
「うそ……」
坂井はへらへらと笑いながら「噓じゃないって」と言った。
「しっかし『EDEN』とはよく言ったものだな。旧約聖書が元なんだろうから、AIの大人たちは知恵の実を食べて快楽を得ているという解釈もできるわけだ」
実際にわたしが見たわけではないから絶対ではないが、所長であるこの人が言っているのだ。そう……なのだろう。だったら今朝のあれもこの御守りもすべて誰かがやっているのを知ったからやってみただけということなのだろうか。それがもし本当だとしたらわたしに向けられたあの言葉や態度は偽りだったのだろうか。
またわたしは裏切られたのだろうか……。
落ち込むわたしを気にしてのことかはわからないが、坂井はおもむろに立ち上がり、ポケットに手を入れて「ついて来い」と部屋を出たので、消化出来ずにいる様々な感情を整理する間もなく部屋を出た。
部屋を出るとこの部屋よりもさらに奥にある白い螺旋階段を坂井は登り始め、それにわたしはついていく。
登り切るとビルの屋上に着いた。
雲に手が届きそうなほど高い。
「少し待ってろ」
また坂井は何もない空中からウィンドウを出して操作するとみるみるうちに『シマ』を囲んでいた雲が消え、晴天晴れの天気とわたしのいた国が見えてくる。
「これからお前にはこっちの世界に来てもらう。拒否権はない。だが機械ではあるが今のお前の身体に似せた身体を渡すからそこは安心しろ」
「別にそんなことは心配してないよ」
なんとなくそんな気はしていたから驚きはしないが、心残りはある。
「わたしがここを去った後、わたしに関わった人達はどうなるの?」
「ああ。一度ここを出るお前は二度とここに戻ってくることはないから記憶を操縦して矛盾をなくすことになるだろうな。もしかして何かやり残したことでもあるのか?」
「いや。それを聞いて安心した。ずっと行方不明のわたしを探されても困るしね。死んだことにしても悲しませるかもしれないし」
「そうか……」
そうだ。これでいいんだ。わたしは殺されないし由美さんも陽一さんも悲しまずにすむ。これが最善。何も間違ってない。
それでもわたしの中にはまだ怒りがいつ爆発するか様子を伺っている。
すると坂井はため息を吐いた。
「お前がこっちの世界に来たら俺はこのバーチャル世界の所長を辞めてリアルの方で仕事するわ。お前も見知らぬ世界、見知らない人しかいないところだと不安だろ?」
「別に大丈夫だし」
少し恥ずかしくなってわたしはそっぽを向く。
「可愛げがねぇな。正直になればいいのによぉ。まぁ俺もこんなさっぱりとしている様に見えるかもしれないけど、俺は君が来てくれると思うと内心ほっとしてるし嬉しいんだ。このプロジェクトは無駄ではなかったと、やっとスポンサーに良い報告が出来るからな。これでこの世界は見納めかもなぁ」
ほっとした表情で景色を見ている坂井の横顔を見てわたしは気づいた。
彼も生きるために必死なただの一般人なのだと。そうしなければならなかったのだと。
ナリの記憶消去も、上山空将を射殺したのも、わたしの本当の伯祖父を殺したのも全て彼がこの仕事に就いていく上で必要なことだった。
なら怒りの矛先はどこに向けるものでもないのかもしれない。
わたしはこの世界の最後の景色を見ながら静かに矛を納めた。
「本当におじいなの?」
「おいおい。二度も言わせるなよ。俺はお前のおじいさんだ。まぁ見た目は変わってるから疑いたくなる気持ちもわからなくないがな」
見た目の年齢は二十代半ばくらい。髪も肌も白く綺麗で元の伯祖父の影も無い。
「よくきたな。上から何か来るって警報が鳴ったから一瞬焦ったけど、まさか前に来た侵入者と同じ方法で来るとは思ってなかった」
「前っておじいと同じってこと?」
「あー。そこから説明しないといけないのか」
面倒くさそうに伯祖父は頭をかく。
「まずは名乗るとするか。加賀見 透あらため、本名を坂井 邦彦。この研究所長兼、この世界を運営している」
「坂井? 運営?」
「いきなり呼び捨てかよ。まぁいいや。そうだ。前の時も俺はここで働いていた時に、上から人が降ってくるところが見えたんだよ。まだ警備員も警報もなかったから研究員が直接行くことになり、十数人で着地したと思われる場所に行ったらなんとプレイヤーがいるじゃないですか。決まりでは基本この世界の核心を知った者は記憶を消すか消滅することになってる。だから全員殺したんだが、俺はいい機会だったから下を直接観察する者も必要だと考え、その後俺は一時的にアバターを変えて下に降りて加賀見 透として生きてきたということだ。一気に情報を話したから混乱するだろうがこれは事実だ」
話が本当ならわたしの本当の伯祖父はとっくのとうにこの人達に殺されているということになる。衝撃ではあったけど、嬉しさの方が勝ってしまう。
何故ならナリはここによって記憶を消されたと今確定したということで、わたしのここまで来た道は間違っていなかったということになるからだ。
「下に降りてから何年も後、なんとも面白い実験体がいるじゃないか。とまぁ興奮していた時もあったねぇ。その者はほとんどの行動を自明的に動く他とは違い、非自明的に動き、エラーを連発するではないか。ちゃんとその時はここに報告したよ。まさに研究成果。やっと結果が出たとみんな喜んでいたよ。それが君だよ加賀見 サクラ」
「それがわたしを研究成果と言っていた理由ってことね」
「その通り」
坂井は空中でウィンドウを表示するとコップに入った透明な液体を何もないところから出現させ、飲んだ。
「それとついでに説明しておく。この液体は酒だが酒じゃない。この液体を飲むことでゲームで言う状態異常のような効果のシステムがスタートし、まるで酒を飲んだように錯覚させることができる。ここまで言えばお前ならわかるだろ?」
「この世界は神ではなく、人によって作られた世界ということ?」
「正解。理解が早くて助かるよ」
ここまで話を聞いてわからないわたしではない。わたしはさっきの酒と同じでデータであり、彼にとっては人じゃない。それに目の前のこの人が一言言うだけで記憶どころか、わたしという存在は消えるということ。
でもわたしのことを研究成果と言うくらいだからわたしを簡単に消すことはないだろう。
死を自覚した瞬間、冷や汗が止まらなくなった。
「この世界は元々、金持ちだけが入ることを許されるバーチャル世界の人口ユートピアとして作られたが、後に他のプロジェクトも同時並行で進められた。それが金持ち達とここのあらかじめ準備されていたAIとのあいだに出来た新たなAIの製造方法の確立」
「そっちの人とわたしたちでその……。こ、子供が出来るの?」
「お前って意外とウブなんだな」
「う、うるさい」
そう言って坂井に笑われた。
「新たなAIを作るというよりはクローンに近いな。子の情報は七割が人の情報で残りの三割をAIからだ。ちなみにAIとAI、人と人との場合は五割ずつになる。本来のランダムなDNAの遺伝とは違うが妥当なものだろう? でもこれでも中々目的は達成出来ていない。それどころか新型自体、君以外見つかっていない」
ここでわたしは一つ疑問に思う事があった。
「他とわたしの違いって何? もしかしてそこにわたしが『変』って言われ続けた理由があるの?」
「良いねぇ。意欲がある奴は好きだぜ、俺は」
機嫌が良いのか坂井は前傾姿勢になる。
「まず最初に必要な要素はこの世界に対する疑問と、否定だ。これがあるだけでそいつは非自明的に行動することが出来るということであり、しっかりとした人格や自己認識が備わっているという証拠だ」
確かにわたしは『EDEN』について疑問に思ってから『変』と言われるようになった。ならそうなのかな。
「そして二つ目は単なる壁を越えるきっかけそれだけだ。お前の場合友達をきっかけにここに来ることでそれは達成されたということになるな」
「まさかこの機をうかがっていたの? ナリの記憶を消して私がここに来るようにきっかけを作って」
「お友達の話か? もちろんそれもあるが、やはり彼女は自己認識はあっても人格のない中途半端に進化したAIだったから他と同様消すことになった。それだけだ。それより、良かったな。感動的な別れみたいになって」
「いきなり何の話?」
「何って、お前と一緒に暮らしてきた二人の話だよ。急にお前に対する態度変わっただろう?」
それが何だというのか。あれはお互い不器用で、すれ違っていいただけであの人たちは元々ああいう人たちだった。そして昨日やっと理解しあえたんだ。
「あー。もしかして勘違いしてないか?」
「えっ」
「人も経験し、学習するが、大人になった後に学習などほとんどの者がしない。だがお前たちAIは大人だろうが毎日何かを学習し、吸収している。子供はもちろん学校で。大人はどこだと思う? ヒントはお前らみたいな未成年は行けない場所だ」
「まさか! それが『EDEN』なの? だってあそこは――」
「おおかた、娯楽施設とでも思っていたんだろうが、それもあながち間違いじゃない。新たな知識を得ることでドーパミンが分泌され、快感を感じることもあるからな。そしてあの夫妻は昨日、親という存在を学び、お前に対する態度が一変した。つまりあれは俺らが変更させたものでもあるってことだな」
「うそ……」
坂井はへらへらと笑いながら「噓じゃないって」と言った。
「しっかし『EDEN』とはよく言ったものだな。旧約聖書が元なんだろうから、AIの大人たちは知恵の実を食べて快楽を得ているという解釈もできるわけだ」
実際にわたしが見たわけではないから絶対ではないが、所長であるこの人が言っているのだ。そう……なのだろう。だったら今朝のあれもこの御守りもすべて誰かがやっているのを知ったからやってみただけということなのだろうか。それがもし本当だとしたらわたしに向けられたあの言葉や態度は偽りだったのだろうか。
またわたしは裏切られたのだろうか……。
落ち込むわたしを気にしてのことかはわからないが、坂井はおもむろに立ち上がり、ポケットに手を入れて「ついて来い」と部屋を出たので、消化出来ずにいる様々な感情を整理する間もなく部屋を出た。
部屋を出るとこの部屋よりもさらに奥にある白い螺旋階段を坂井は登り始め、それにわたしはついていく。
登り切るとビルの屋上に着いた。
雲に手が届きそうなほど高い。
「少し待ってろ」
また坂井は何もない空中からウィンドウを出して操作するとみるみるうちに『シマ』を囲んでいた雲が消え、晴天晴れの天気とわたしのいた国が見えてくる。
「これからお前にはこっちの世界に来てもらう。拒否権はない。だが機械ではあるが今のお前の身体に似せた身体を渡すからそこは安心しろ」
「別にそんなことは心配してないよ」
なんとなくそんな気はしていたから驚きはしないが、心残りはある。
「わたしがここを去った後、わたしに関わった人達はどうなるの?」
「ああ。一度ここを出るお前は二度とここに戻ってくることはないから記憶を操縦して矛盾をなくすことになるだろうな。もしかして何かやり残したことでもあるのか?」
「いや。それを聞いて安心した。ずっと行方不明のわたしを探されても困るしね。死んだことにしても悲しませるかもしれないし」
「そうか……」
そうだ。これでいいんだ。わたしは殺されないし由美さんも陽一さんも悲しまずにすむ。これが最善。何も間違ってない。
それでもわたしの中にはまだ怒りがいつ爆発するか様子を伺っている。
すると坂井はため息を吐いた。
「お前がこっちの世界に来たら俺はこのバーチャル世界の所長を辞めてリアルの方で仕事するわ。お前も見知らぬ世界、見知らない人しかいないところだと不安だろ?」
「別に大丈夫だし」
少し恥ずかしくなってわたしはそっぽを向く。
「可愛げがねぇな。正直になればいいのによぉ。まぁ俺もこんなさっぱりとしている様に見えるかもしれないけど、俺は君が来てくれると思うと内心ほっとしてるし嬉しいんだ。このプロジェクトは無駄ではなかったと、やっとスポンサーに良い報告が出来るからな。これでこの世界は見納めかもなぁ」
ほっとした表情で景色を見ている坂井の横顔を見てわたしは気づいた。
彼も生きるために必死なただの一般人なのだと。そうしなければならなかったのだと。
ナリの記憶消去も、上山空将を射殺したのも、わたしの本当の伯祖父を殺したのも全て彼がこの仕事に就いていく上で必要なことだった。
なら怒りの矛先はどこに向けるものでもないのかもしれない。
わたしはこの世界の最後の景色を見ながら静かに矛を納めた。