二学期に入って、私も夏美もそれぞれ違う友達と楽しく過ごしていた。
しかし、私の心が晴れることはなかった。
幾度も話しかけようとしたが、私にはそんな勇気なかった。
「もうそろそろ、話しかけたら?
ずっと気にしてんじゃん」
「そんなことないもん」
「別にいいけどさ〜梅雨がいいなら私は」
意味深な感じで佐藤心《さとうこころ》が言った。
心は私と夏美との関係を知った上で仲良くしてくれている。
家も近くて夏美とも仲がいい。
その時「尾崎さん、少しいいですか?」と先生に話しかけられた。
私は大人の男の人が少し苦手で、今だに話したことが無かった。
私は先生と廊下に出た。
廊下は冷たくて、少し気持ちが良かった。
「織田さんと何かあったんですか?」
お母さんが先生に何か言ったのか、単に先生が気になっているだけなのか、私は聞かなかったが、お母さんだろうと見当をつけていた。
「なにもないですよ」
「本当に?」
「はい、なにかあったとしても
なんで、先生に言わないといけないんですか?
関係ないですよね?」
もう、なにも言いたくなかった。
どうせ、なにも変わらないんだろう。
私は諦めかけていた。
「関係あります。
あなたの先生です」
私はこういう正論のような事を、言う人は苦手だ。
結局、お母さんから聞いているとしたら少しは知っているのだろう。
私は少し怪訝そうな顔で
「・・・佐藤さんに聞いてください。
私からは言いたくありません」
そう言って、教室に入った。
そして次の日、私はまた先生に呼ばれた。
「佐藤さんから聞きました。
夏美さんとの事。
元に戻りたいと思いますか?」
先生がどこまで知っているのかは知らないが、大まかな事は把握しているのだろう。
「・・はい」
私は渋々答えた。
「先生も出来る事はします。
なので話して欲しい、あなたの口から」
私は話した。全部、全部。泣きながら。
所詮は子どもだ。
出来ることなんてたかがしれている。
大人だって。
それから私は毎日、先生に放課後呼び出された。
先生は助言してくれる事なんてないが、話す事で私は、自分の気持ちを整理した。
泣いて、泣いて、泣いて。
そして、夏美の方が辛いのにと、また自己嫌悪に陥る。
その繰り返しだった。
それでも、私と夏美との中が元に戻る事はなかった。
そうこうしているうちに、もうすぐ冬休みになろうとしていた。
私は冬休みまでに絶対解決しようと思っていた。
そして、今日が冬休み最後の日だ。
絶対、話しかけるぞ。
最後のチャンスだ。
今日を逃せば次はない。
大丈夫。
頑張れ私。
私なら出来る。
私は自分を出来るだけ勇気づけ、弱い自分に気づかないふりをした。
「夏美!ちょっと話したいことがあるんだけど、今いい?」
「いいよ。・・・何?」
夏美はそっけなく言った。
そりゃそうだ。私はそれだけのことをしたのだから。
「私、、、やっぱり夏美のことが好きなの。
夏美と一緒に居たいし、もっと話したい。
我儘だって分かってる、自分勝手だって分かってる。
それでも、夏美と友達でいたいの。
私のしたことは許さなくていいから、だから、友達やめるなんて言わないで」
私は泣き崩れてしまった。
なぜだろうか。
昔から自分の本当の気持ちを話すと、涙があふれてしまう。
夏美は、、、驚いたように目を見開いていた。
「泣かないでよ。
私が悪いみたいじゃん」
「ごめん」
「いいよ。
ていうか、友達やめるとか言ってないよ。
そんなの、こっちから願い下げだよ。」
「ほんと?」
「ほんとだってば」
夏美は笑っていた。
笑った顔を見るのはいつぶりだろう。
「私も梅雨がいなくてさみしかった」
よく見れば、夏美の目元は、少し黒くなっていた。
寝れなくなるまで考えてくれていたのだろうか。
私たちはそれから、沢山話しをした。
それは私が6年生の時だった。
私達三人は仲が良かった。
当然中学になっても一緒にいるものだと思っていた。
けど、それは思い過ごしで、上辺だけの友達にすぎなかった。
「夏美はどれがいい?
3人でお揃いのキーホルダー」
笑顔で顔を覗き込んでくる、梨沙《りさ》。
「こっち以外ありえないでしょ!」
自分の意見をはっきり言う蘭《らん》。
「どっちも可愛い!」
「でしょ、私はこっちがいいんだけどなー」と不満げに口を突き出して梨沙が言う。
「ない、ない絶対こっち!」負けじと蘭も言う。
二人はいつも意見が合わず喧嘩をしている。
仲がいいのか、分からないように感じるけど、ずっと一緒にいるのだから仲がいい。私を含めて。
私はそんな二人を尊敬していて、大好きだ。
大好きだった。
ある日、私はいつも通り学校に行った。
来てすぐ梨沙と蘭に気づいて、
「おはよう」と挨拶をした。
二人からの反応はなかった。
ちょうど先生が来たから、言わなかっただけかもと思い、この時は気にも留めていなかった。
でも、休み時間になって話しかけても、二人は話してくれなかった。
私は二人に無視されたのだ。
私は私なりに二人が無視をする理由を一生懸命考えた。
しかし、昨日はいつも通りだったのに、朝挨拶した時にはもう無視されていた。
だか昨日の放課後に何かしたのかと思ったけれど、思いあたる事はなにもなかった。
結局、私は放課後、二人に聴いてみることにした。
「梨沙、蘭、私なにかした?
考えたんだけど思いつかなくて
なにかしたなら、謝るし次から気をつけるから
無視しないで!
お願い!」
私は一生懸命自分の気持ちを二人に伝えた。
しかし二人の反応は私の予想を遥かに超えた。
「ギャッハハハ」
「はっはふっふっやっやばい」
二人は爆笑したのだ。
私は訳もわからず、ただただ突っ立ていた。
「ドッキリ大成功〜」
「ヒューウ、ヒューウ、パフパフ」
「思ったより夏美が良い反応してくれて、笑った。」
「実はいきなり無視をしたらどう言う反応をするか、というかドッキリでしたー」
「ごめんね〜」
「無視してる時、めっちゃ焦ってるし、笑い堪えるの大変だったんだよ」
悩んだ私のことなんて知らず、ケロっとした顔で二人は言う。
「そ、そっか〜。よかったー」私は多分笑いながら言った。
「あー楽しかった。」
「ウチらずっと友達でしょ」
「無視されても友達でいてくれるって、どんだけいい奴なんだよ〜」
と二人は楽しそうに言った。
そのあと、私は笑顔を張り付けて、二人と一緒に帰った。
家に帰って、布団に入っても、なかなか眠れなかった。
二人は、何故いきなりドッキリなんてしようと思ったのか。
私は考えても思いつかなかったから、考えるのをやめて。
羊を数えた。
しかし、次の日から二人は私に対する扱いが変わった。
まるで、実験動物を見るような。
「捕まえて」
「夏美逃げんなよ」
私は毎日二人に追いかけ回されて、こちょこちょと言う名の遊びをしていた。
蘭が私を押さえて、梨沙がこちょこちょをする。
しかし、梨沙のこちょこちょはこちょこちょと言うより、つねっていると言う方があっているほど痛かった。
「助けて!」
私は教室で毎日叫んだが、笑っているので、冗談と見られたのか、それとも梨沙と蘭だったからか、分からないけど、助けてくれる人はいなかった。
それから私は一人でいることが多くなった。
しかし、蘭か梨沙のどっちかが休むと前みたいに優しく私に話しかけてくれた。
いいように使われているだけだ。
それでも心のどこかで喜んでいる自分がいて、そんな私もまた、嫌いだった。
いじめとは、もっとしんどいことで、こんなのいじめじゃないって思ったから、ずっと耐えた。
もっとしんどい人はいっぱいるからと思って、ずっと我慢した。
陰で「あんな奴友達じゃないよ」
「遊んであげているだけ」
と二人が話しているのをよく聞いた。
私達はそれだけの関係だったのだ。
それでも私はなにも出来ず、卒業した。
「ってことがあって、私は人を信用するのが難しくなって、私から人が離れていくのが怖くなったの」
夏美は私を束縛してしまう理由を悲しそうに、吹っ切れたように話した。
「ごめんね、辛いこと思い出させて」
正直驚いた。
驚いたけど、やっぱり夏美は凄いと思った。
強いと思った。
「いやいいよ、人に話せて少し楽になったし」
夏美はスッキリしたような笑顔で言った。
「それから、私は変わろうって決めたの。強くなろうって。でも、なにも変わってない。次は私が梅雨を苦しめている。ホントごめんね。」
夏美は私の目を真っ直ぐ見て言った。
でも私は‘いいよ’なんて言えなかった。
何故か言うべきではないと思ってしまった。
それは、私が夏美に元々怒ってなかったからか、夏美の気迫に負けてしまったからか、分からないけど。
「親には?いじめのこと言ってないの?」
話を変えたくて、聞きたい事を聞いた。
「言ってない、誰にも。
弱いくせに強がりだからね。
それに心配させたくなっかったし。
言ったらどう思われるだろう?とか。
否定されたらどうしようとか思っちゃって。」
「そっか」
私はそれ以外の返し方を知らなくて、つくづく自分は無力だと実感した。
「・・・」
「・・・」
静かな沈黙を打ち消すように夏美は言った。
「話変わるんだけど、
日本じゃ、いじめられてるほうがカウンセリングをされたり、
学校に行けなくなったり、いじめられている側の方が損が多いと思うの」
「そうだね」
「でもさ、おかしくない?
悪いのはいじめている側で、いじめられている側なんて被害者じゃん。」
「確かにね」
いじめについてきちんと考えた事なんて無いから、言葉の意味は理解し難いけど、私にも分かった。
「いじめられた側の人は、いじめを受けて、苦しくなるの。
でもいじめている側は、きっと誰かをいじめてしまうほどの何かがあったんじゃないかなって私は思う。
もっと加害者のことも考えて、なんでなのかを考えなきゃ、きっと世の中変わんないよ。
そんな世の中になったら、もっと生きやすいのに」
夏美は遠くを見て、静かに語った。
私は、改めて夏美は凄いなと思った。
ちゃんと自分の気持ちを考えて、人に伝えることができて。
夏美は私より確実に過酷な人生を生きてきたのだろう。
だからこんなふうに色々な事を知っている。
だからこそ、苦しいのだろう。
私も夏美の苦しさを分かり合えるほど、たくさんの経験しようと思う。
私も言わなきゃ、夏美に。
言わないといけない。
「私もごめん。
私ね、嘘を吐きなの。
息をするように嘘を吐いてしまう。
だめだなって思ってるんだけど、上手くいかなくて、、。
本当にごめんね」
夏美は悲しそうだった。
「いつから、なの?」
「分かんない、気づいたら」
「そっか、」
夏美は辛そうに言った。
私はまた、夏美を苦しめてしまった。
こんな話し聞きたくないだろう。
「もう、帰ろっか遅くなったし」
夏美は名残惜しそうに頷いた。
時計は6時を差し掛かっていて、最終下校時間は過ぎていた。
冬休みが過ぎた初日、私は心と学校に行き、朝の準備をしていた。
まだ、8時だったので、人が少なかった。
夏美もまだ来ていなかった。
その時はいつも通りだった。
しかし、だんだん人が増えてきて、友達と話していたら、私は急に怖くなった。
夏美の様に他の人も傷つけてしまうのではないかと。
気がつけば、私は教室を飛び出し、学校を飛び出し自分の家の前で、座り込んでいた。
私は、家を出ることも、部屋から出ることも出来なくなっていた。
家族と話すことも出来なくなった。
そして、もう声を出せなくなった。
こんな自分にまた、自己嫌悪をし、自分をもっと苦しめた。
それでも夏美は、毎日家に遊びにきてくれる。
私が部屋から出なくても。夏美に会わなくても。
スマホは部屋から出られなくなったときに壊した。
誰かと繋がっている事が怖かったから。
「梅雨〜元気〜?」
こうして放課後、いつも夏美はきてくれる。
私が部屋を出れなくなって1ヶ月を過ぎた頃、夏美は初めて私の部屋の前まで来た。
「梅雨、一緒に学校行こう。
学校じゃなくても、一緒に遊ぼう。
ねぇ、なんで何も言ってくれないの?
私はそんなに頼りない⁉︎」
夏美は泣きながら、私に怒鳴った。
でも私は何も言わなかった。
「そこどいて、危ないから」
夏美が怒りに合わせていう。
何をするんだろう?
でも私には関係ないか。
そう思っていたら、私の部屋の扉が飛んできた。
「いい加減にして!」
夏美は激怒していた。
しかし、私には夏美の怒っている理由がわからない。
きっと、私がまた傷つけてしまったのだろう。「今、“また傷つけてしまった”とか思ってる?
だから怒ってるって思った?
違うから、全然違うから。
私が怒ってるのは、梅雨が私に何も言ってくれないから。
梅雨が辛いとき何もできない私にも怒ってるし、話してくれない梅雨にも怒ってるの」
夏美の言葉を理解するのに時間がかかった。
私は、目を見開いて驚いた。
「だから、話して、お願い!」
夏美の必死のお願いに、私は話すことにした。
昔から私は期待されてきた。
なんでも出来てすごいねって。
スポーツも出来て勉強も出来て、優しくていい子だって言われてきた。
だけど、ほんとはそうじゃない、必死に頑張ってきたのだ。
そして、疲れてしまった。
頑張っても褒めて貰えない。
私は出来て当然だと言われた。
だから、賢くないと、良い子じゃないと、私は完璧でいないといけないと思った。
しかし、完璧な人間なんていないのだ。
欠点は必ずある。
しかし、私には欠点なんてあってはならなかった。
出来ない事が1つあったら怒られる。
テストで99点でも、100点じゃないと意味がない、と怒られる。
私は良い子じゃないから、怒られるんだと思って頑張った。
そうしたら、ある時、もう何も頑張る事ができなくなった。
ただただ、頑張らないとという気持ちがそこにあり、体は言う事を聞いてくれなかった。
周りの人は「頑張りすぎるなよ」なんて言うけれど、頑張るだけじゃ、変わらない。
頑張り過ぎるほど頑張って、願いが叶わなかった時と、頑張っても願いが叶わなかった時の後悔は違うだろう。
とにかく、私は頑張る事ができなくなり、嘘をつく事で、怒られるのを回避していた。
気づけば息をする様に嘘を吐いていた。
久しぶりに発した声は、私の嫌いなところを増やした。
それほど、汚い声だった。
「ごめんね、気づいてあげられなくて。
ごめんね。
嘘をつく事で梅雨は自分を守っていたんだね。
話してくれてありがとう。」夏美はぐしゃぐしゃになった顔で私に笑いかけた。
自分を守っていた、、、。
私は私を守るために誰かを傷つけていた。
そして、私のせいで傷ついた大切な人を見て、自分も傷ついていた。
また、そんな気持ちにも嘘を吐いていた。
私は自分にも嘘を吐いていたんだ。
「ほんとの私は、どれ?・・・・誰⁉︎
もう、分からない。
どうしたらいいの!
私は頑張った、必死に頑張った。
ただ、頑張った自分を褒めて欲しかっただけなのに。
ただ一つ、人より優れている事が欲しかった。
何をしても普通で、特別に出来ることなんてない。
どうすれば良かったの。
どんな子なら良い子なの?
私は、私は、どうすれば、認めてもらえたの。
どんな子なら、、」
「梅雨は頑張った。十分過ぎるぐらい頑張った。
私はそのままの梅雨がいい!
そのままの梅雨が好き!
いい子じゃなくていい。
私の知っている梅雨は、梅雨の演技だったとしても、全部が演技だなんて思わない!
綺麗なものを見て、綺麗と笑う梅雨も、
私が辛いときに、手を差しの出てくれる梅雨も、
勉強も運動も頑張ろうとしている梅雨も、
本を読んで楽そうな梅雨も、全部、梅雨だ!」
「私はそんな子じゃない。
演じてない自分なんて空っぽで、何もない。」
夏美は優しい。私は、夏美とは正反対だ。
「空っぽなら・・・空っぽなら、今から入れていけばいい!
何もないなら、今から増やしていけばいい。
何もないってことは、これから何にだって変えられるってことだよ‼︎」
「夏美はなんで、そんなに優しいの、私なんかのために、なんで⁉︎」
「そんなの、梅雨のことが好きだからに決まってるじゃん!
何分かりきったこと言ってんの」
あぁ、私はなんて素敵な友達を持ったのだろう。
夏美がいたら、私は何にでもなれる気がした。
「じゃあ、私はこれからどうしたらいいの?
どうやって入れるの?どうやって増やすの?」
「もぅ、質問が多いなぁ。」と夏美は笑う。
「好きになればいいんだよ。自分を
もっと、自分に自信を持って!
梅雨は十分素敵な子だよ!」
太陽の様に笑う夏美は、私が持っていた傘を一瞬で吹き飛ばした。
それから、私はダイエットやヘアケアなどを頑張って、自信を持てる見た目になってきて、嘘を吐くことも減っていった。そうすると、自然と自分の嫌いだった性格も変わっていった。
そして、学校にも行けるようになった。
あの後、私は家族に思っていた事を話すと、今まで、ごめんねと言い、たくさん褒められた。
ドアを壊したことは、夏美と2人で怒られた。
家族だろうと、親友だろうと、結局は他人だ。
話さないと伝わらない。
夏美は私の変わっていく姿を見て、すごく喜んでくれた。
「私のことを、信じてくれてありがとう梅雨!
梅雨は十分素敵だったけど、もっと素敵になった!」
「ありがとう、、、、お世辞でも嬉しい。」
「お世辞じゃないってば〜
素直じゃないな〜梅雨は」
梅雨は思っていることをすぐに言葉にできる。
私は素直じゃないし、照れ屋だから、夏美の様にいつか、自分の思っていることを、素直に言えたらいいなと思う。
「私ね、もう1回信じてみようと思う。
始めから信じなかったら、何も始まらないよね。」
「そうだね!お互い頑張ろう」
「私たち似たもの同士だね」と夏美は楽しそうに言った。