私と彼等の日常は、あまりにも非現実的すぎる(正位置編)

「おいブス、何してんだ?」

 カード達は基本的に主を尊敬し、主を慕っている。それは彼らと生活をしていく中で実感することだった。
 しかし……彼だけは私を貶す。それがいいのか悪いのかは分からないが、少なくともいい気分はしない。

「何、ナルシスト……」
「んだよナルシストって……俺がイケメンなのは決定事項だ、だからナルシストとは言わねえだろ!」
「自分でイケメンって言っている時点でもうナルシスト決定だよ。いい加減認めたら? まず性格の時点で大抵の女の子はドン引きだね、ご愁傷さま」
「ブスには言われたくねえよ、お前は一目でドン引きレベルだろ!」

 彼の名前は『悪魔』の正位置。カード番号は15で、その名の通り彼は悪魔だ。顔はいい方だと思うが、性格が残念すぎるため他のカードからも嫌悪されている。彼自身も他のカード達を嫌悪しているようで、滅多に口を利かない。
 そのためか、彼は私にばかりちょっかいをかけてくる。最初こそ嫌だったが、今はもう何にも思わなくなった。どちらかというと、一人っ子の私にとって、彼の存在はかなり嬉しい。兄弟姉妹がいたら、毎日些細なことで喧嘩をして言い合いをするのだろうか。

「……そんなにひどい顔してる?」
「鏡が割れる勢いだな」
「……そっか、そうだよね。まぁそれは私も納得してるから大丈夫」
「………」

 私は彼にとってどんな存在なのだろうか。主だとは思われていないのは目に見えているが、だとすると何なのだろう。邪魔な存在だと思われていたら、それはそれで悲しい……

「ねぇ、デビちゃんにとって私ってどんな存在? やっぱり存在し続ける為の栄養源とか?」
「それも一理ある、現に奪ってるしな♪」
「一理あるって……それだけじゃないってこと?」
「俺はお前の事、好きでも嫌いでもねえよ」
「え、なにそれ……どういう意味さ」

 好きでも嫌いでもないということは、どうでもいいということだろうか。言い換えるならば無関心、一番悲しいものだ。流石に落ち込んだが、何とか表情に出さないように隠した。

「好きとか嫌いとか、何基準が分かんねえもので例えなきゃ分かんねえのか? 人間の勝手な価値観みたいな面倒くせえもの、俺達にはいらねえよ。一緒にいたくねえなら一緒にいねえし、話したくねえなら話さねえ……それでいいじゃねえか」

 彼は時々まともで、カッコいいことを言う。抜け目のない、憎めない奴だ。いつも悪口を言う癖に、私が誰かから悪口を言われると苛立って、挙句言った相手の未来を変えようとまでする。それはきっと彼のカードとしての意味と、彼自身の性格から来ているのだとつくづく思う。
 彼の主な意味は『未練を断ち切る・執着心を捨てる・見直す』などで、一般的な悪魔のイメージとは正反対。私が落ち込んでるときには黙って横に来て、決まってこう言ってくれる。

「泣けよ、今は俺しか見てねえんだし……情けねえ面は見慣れてっから、今更驚かねえし引かねえよ。お前だって俺にだったら見られても平気だろ?」

 口も性格も最悪級、だけど心は神級。彼は正真正銘の、優しい『悪魔』である。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「よしよし、もう大丈夫だよ……」

 ある日の夕方、私は泣き虫な彼を慰めていた。泣いている理由は些細なもので、今日の天気が雨だったから。彼は自分のせいで晴れにならなかったと言って泣いているのだ。
 彼は『塔』の正位置。カード番号は16で、主な意味は『崩壊・絶望・失意に陥る』など。別名『暗示カード』とも呼ばれており、彼が出ることで先に待っている試練を知ることができるのである。
 しかし、彼は勘違いをされやすく、彼が出ると不幸になると思われがちなのである。そのせいかは不明だが、彼の性格はかなり暗く引っ込み思案である。

「タワーさん、大丈夫……大丈夫……」
「主……ごめんなさい……!」
「謝らなくていいんだよ、タワーさんのせいじゃない。これは自然現象なんだから……」
「僕のせいで……また誰かが不幸になってしまう……ごめんなさい……!」

 彼は時々、見知らぬ人物の不幸を察知してはこうして自分のせいにする。それをなだめるのが私である。

「それは違うよ、タワーさんはその人に起こることを誰よりも早く知ることができるだけ。それに今日雨が降る事は、昨日の天気予報でも言っていた事じゃない」
「でも……僕には何もできない……!」
「タワーさんには、伝える力がある。私たちには分からないことが、危険がいち早く分かる……そのおかげで私達は問題への対処方法が分かるの。だから、自分を責めないで逆に誇りを持ってほしい……それはタワーさんにしか出来ない事なんだから」
「僕にしか……?」
「そうだよ、タワーさんにしか出来ない。私はね、例え他の人がタワーさんを嫌っても、貴方が好き。人に起こる不幸が分かってしまうのって、凄く怖い事だと思うし、私だったら耐えられない。きっと目を背けて見えないふりしてしまうと思う……」
「主……」
「でも、タワーさんは違う。きちんと向き合って、私達に伝えようとしてくれている。理解されなくても、一生懸命伝えようとしてくれている……そんなタワーさんの事、凄く尊敬しているし大好きなの」

 私が伝え終わると同時に、彼は子供のように泣きじゃくった。不幸になる人も辛いが、それを知っていて何もできない彼も辛いのだ。自分を責めることしか出来ず、悔しくて苦しくて……彼はその人と同じように苦しんでいる。

「僕……主のことやみんなのこと、守れるかな……?
こんな僕でも……守れるかな?」
「うん、守れるよ。そんなタワーさんを、私も守りたい」
「……僕、これからも伝える。伝えることしか出来ないけど……それでも伝える……」

 彼は泣き虫だけど、私の大事なカード。いち早く危険を知らせてくれる、重要な『暗示カード』だ。だからどうか、彼を嫌わないで。
 幼い頃、よく星座早見表を片手に星空を眺めていた。夏の大三角形・冬の大三角形……季節ごとに様々な名前の星達が、夜空に広がりそれぞれの輝きを見せる。そんな星達を見ていると、不思議と前向きな気持ちになれたりもする。特別な人と見上げたりすれば尚のことロマンチックだろう。

「綺麗……晴れて本当によかったね」

 満天の星空を見上げ、隣で嬉しそうにはしゃぐ女の子に声をかけた。こちらを振り返り、心底嬉しそうに笑う彼女を見ていると、名にふさわしいと改めて感じる。

「ほら見てあれ、オリオンがいるよ!」

 彼女が指さす方向には、冬の大三角形の一つである『オリオン座』があった。そういえば最近、彼女が喜ぶと思ってオリオン座をモチーフにしたイヤリングを購入したことを思い出し、微笑んだ。
 彼女の名は『星』の正位置。カード番号は17で、とても明るくて可愛らしい子である。彼女は夜になると仲間達と一緒に会議に行くらしく、今は会議終わり。こうして共に空を見上げながら、星を見ている。
 主な意味は『希望・夢・未来へ続く道』などで、正に彼女に相応しい意味だと思う。

「本当だ、綺麗……! そういえば、スターちゃんのお仲間さんってやっぱり星座なの?」
「ううん、違うよー! 星座は人間達が形作ったものだから、あたし達とは無関係なの! あたし達は一個の星に過ぎない、だからこうして集まってお話ししたりするの!」
「あ、そうなんだ……となるとみんなで集まったら賑やかで楽しそうだね。会議って具体的にはどんな話をするの?」
「星ってね、当然だけど毎日動いているでしょう? 次に誰がどの位置に移動するかって言うのを話し合いで決めてるんだ! 大体すぐに決まるから、余った時間はお菓子を食べたりしながら今日あったことをお話しするの!」

 彼女達は仲間をかなり大切にしているようで、毎日お互いの磨き合いをしているのだとか。集団行動特有の啀み合いなどを一切せず、互いの輝きを尊重し合っている。そんな彼女の話を聞いていると、時々悲しい気持ちになったりするのだ。

「あはは、会議って言うよりお喋り会みたいなんだね。知らなかったなぁ……ただ単に近くにあるだけだと思ってた、物事にはちゃんと意味があるんだね」
「意味の無いことなんてこの世にはないと思うよ?
どんな小さな事だってそう、何かとは繋がっているんだから♪ 自分が何と繋がりたいか、何を目指したいのかを掲げれば、道を見失わずに済むと思う!」

 嗚呼やっぱり、彼女は星の名にふさわしい……眩しいくらいに明るくて、少し我儘な所もあって、優しい。
 楽しそうに笑う彼女の横で、自然な笑顔になれている事を感じながら、再び共に星空を見上げるのだった。
 月……太陽からの光を浴びて輝き、夜を知らせるもの。それは時に儚く見え、時に大きく見える。まるで人の心のように。

「……お月様、今日も綺麗だな」

 私は雲一つない満天の星空に浮かぶ、満月を見上げていた。昔月には兎が居て、餅をついていると言う話を聞き、望遠鏡で兎を探していた事を思い出す。本当は月には酸素が極端に少なく、生物が住める環境では到底無いため、うさぎなど居るはずが無いのだけれど。

「……今日の満月、何だか悲しそう……」
「……それは、貴女の心が悲しんでいるからですよ」
「……ルナさん!」

 独り言に言葉が返ってきた、驚いて後ろを振り返ると、さらさらの長い髪をたなびかせてこちらを見つめる女性の姿があった。
 彼女の名前は『月』の正位置。カード番号は19で、主な意味は『問題解決・原因追求・回復の兆し』など。私は彼女をルナさんと呼んで慕っている。

「月は心の鏡、どんなに覆い隠していても雲が晴れれば自ずと見えてくる。今の貴女の心のように……」
「私の心が……悲しんでいるってこと……?」

 私は彼女の言葉に首を傾げた。別にこれといって悲しいことがあった訳では無い。それにも関わらず、心が悲しんでいるとは、どういう事なのだろうか。

「そうです、貴女の心は今悲しみに満ちています。深い深い悲しみに……目を無意識に背けているのではありませんか?」
「深い悲しみ……なんだろう、今直ぐには思い付かないんだけどなぁ……」
「そう簡単に見当がつくのであれば、悩む事も無いでしょう。貴女の最も深い部分に沈められた悲しみが、月に反射して見えているのです」

 彼女はふと、月を見上げて言った。同じように見上げると、先程見た時よりも月は悲しそうに見える……すごく不思議で、何処か懐かしさを感じた私は、思わず魅入ってしまった。

「……」
「……自身の心と向き合う事は、容易ではありません。心は偽る事を良く知っています。然し偽りは掴む事は出来ません。月を覆い隠す雲が、実際には触れない事と同じように……」
「……そう、だね。確かに人は心を偽りたがる、それは防衛本能でしている事なのかも知れないけど……それによって都合のいいように見ようとしているんだね」
「主様は、何時も月を悲しそうに見上げますね。それは何故ですか?」
「……見たくない醜いところが見えてしまうから……なんだと思う。自分ではそんなつもりは無いんだけど、きっと無意識に見えてしまっているんだろうね」

 さっきまで、悲しそうに見えていた月は、いつの間にか色褪せ、どす黒いオーラを放っている。これが私の心の底にある闇なのかと思うとぞっとし、思わず目を背ける。

「……主様、月を良く見てください。月は何時も正直です、貴女の心の奥底にある光は確かにありますよ。ほら、もう一度……」

 ルナさんの声に促され、もう一度月を見ると……確かに小さい光のようなものが見える。それは今にも消え入りそうで、それでいて綺麗だった。

「月は常に貴女と共にあります。どうか、ご自身の光を見失わないでください。月は反射して輝くのですから……」

 そう言ったルナさんは満月よりも美しく、眩しかった。

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