ヒカリの捕らえられている部屋の前で、エドは必死に扉を力ずくで開けようとしていた。ヒカリも内側から押すようにして協力する。
「ふんぐー!」
エドの力んだ声が聞こえてくる。すると、遠くから敵の集団が再び近づいてきているのが、声や音でわかった。
「まずい! 早くしないと!」
エドは焦った様子で言った。
「ねー! 近くに鍵とか落ちてないよね?」
ヒカリは急いで問いかける。
「んなもんねえよ! さすがに、こいつらもそんなアホじゃねえだろ!」
エドは焦った様子で言った後、扉を力ずくで開けるのをやめたようだ。
「あー。なんかこう、針金とかあれば開けられるのかなー。この鍵穴に合う何かが……。って、鍵付いてんじゃん! あいつらそんなアホだったわ!」
エドは急いで鍵を開けて扉を開き、部屋の中に入った。エドは部屋に入るとすぐにヒカリを抱きしめた。エドは何も言わなかった。廊下の方を敵の集団が無事に通り過ぎたのがわかったが、それでもエドは黙ったままヒカリを抱きしめる。ヒカリは内心不安だった思いが溢れてきた。でも、エドがこうやって抱きしめてくれているので、その不安な思いはどこかに溶けていったような気がした。
「無事でよかった。怖かっただろ。……ちゃんと守れなくてごめんな」
エドは優しく語りかけた。
「ううん。助けに来てくれてありがとう」
ヒカリは落ち着いてそう言った。
「魔女玉は取られちゃった」
ヒカリは少しうつむきながら言う。
「あぁ。取り返そう。こんな奴らに渡していいものじゃない」
エドはそう言うとヒカリから優しく離れた。ヒカリは離れて見えたエドの真剣な目を見て、心がすごく落ち着いてくるのがわかった。
「さて! どうやってここを出るかな。といっても、魔法が使えねえから、走って逃げることしか思いつかねえ!」
エドは困った表情を浮かべて言う。
「いやいや、どうにか隠れながら無難にいこうよ! 走って逃げるなんて、もしも敵に見つかった時だけだよ!」
ヒカリは必死に伝えた。するとその時、部屋の扉の向こう側に誰かが来たのがわかった。エドはヒカリの前に立って構える。
「この船の鍵は……」
部屋の向こう側から声が聞こえた。すると、次の瞬間、勢いよく扉が開いた。
「さしっぱなしが基本なんだー!」
「すっごく不用心!」
扉が開くと全身獣のような人が叫びながら登場した。ヒカリとエドはまさかの発言にツッコミを入れずにはいられなかった。こげ茶色の体毛に灰色の短パン、鋭い牙と爪を持ち合わせた獣のような人。この姿も魔法なのだろうか。
「見慣れない顔だな」
獣のような人はエドを見てつぶやく。エドは戸惑っているような表情を見せた後、何か良いアイデアを閃いたような顔をした。
「……き、昨日、こちらに来たばかりの新人です! 自分の部屋がわからなくなり、間違えてこの部屋に入ってしまいました! 申し訳ございません!」
エドは機転を利かせたつもりなのだろう。でも、そんな理由が通用するわけないだろうと、ヒカリは心の中でツッコミを入れてしまう。
「……はぁ?」
獣のような人は少し目つきが変わった。さすがに通用しなかったようだ。
「新人は上の階だぞ! ちゃんと説明会で聞いてなかったな!」
獣のような人は叱りつけるように言った。まさか通用するとは思わなかったので、ヒカリは心の中で喜びの舞を踊った。
「俺も寝てたからわかる! うん。うん。眠くなるんだよなー。もしかして、俺のことも知らないんだな。俺はオリバーっていって、一応は幹部の一人だ。覚えておくように。とりあえず、ここの部屋には近づくなよ。俺が怒られるからさ」
オリバーは完全にエドを新人だと思い込んでいた。
「はい。すいません」
エドはそう言って部屋を出ていこうとする。ヒカリはエドだけ助かっても意味がないと、焦ってしまった。すると、エドはオリバーの前で立ち止まる。
「あっ! そうだ隊長!」
エドは意味もなく敬礼しながらオリバーに話しかける。
「隊長! ……うふふ。まだ何かあるのか?」
オリバーは隊長と呼ばれて喜んでいるようだ。すると、エドがヒカリを指差した。
「あの女、お漏らししてましたので、トイレに連れて行った方がいいんではないですか?」
エドはすごいことを言った。ヒカリはお漏らしをしていなかったので、危機的な状況だとはいえ恥ずかしいことを言われて、心の中では少し怒ってしまった。
「それは、大変だ! 早くトイレに連れて行って新しい下着に着替えさせよう!」
オリバーはすごく優しい人のようだ。
「この部屋に入ってしまった罰として、私がこの娘を連れていきますので、隊長はこちらでお持ちいただけますか?」
エドはそう言った。
「そうだな! 任せたぞ! できるだけ早く戻って来いよ!」
オリバーはエドがヒカリを部屋から連れ出すことを認めた。
「はい! ほら、行くぞ!」
エドは敬礼しながら返事をして、ヒカリを部屋から連れ出した。ついに、部屋から出ることができたヒカリとエドだった。
その時、突然ほうきに乗った一人の魔法使いが、勢いよくオリバーの前に立ちはだかった。
「待ったー!」
ヒカリはすごく聞き覚えのある声に驚いて目をやると、なんとそこにいたのはローブ姿のシホだった。まさかの魔女姿のシホに戸惑った。もうシホは魔法を使えないはずなのに、どうして使えるのか不思議だった。
「誰だ、お前は?」
オリバーはシホに問いかけた。そこにエドが急いで割り込んだ。
「隊長! 実はこいつも――」
「――私はシホ! この人と同じくヒカリちゃんを助けに来た! ……さぁ、始めましょう」
エドの言い訳もむなしく散り、シホは思いっきり真実を伝えた。
「なっ! お前、だましたな!」
オリバーはエドを指差し焦った様子で言った。
「だまされる方が悪いんだよ!」
エドは偽ることをやめ、正直に言い放った。
「くそ! なめやがって!」
オリバーは怒った様子でエドに向かっていく。エドが焦って後ろに下がると、エドとオリバーの間にシホが割り込んだ。
「あなたの相手は私よ!」
シホは勇ましくオリバーに立ち向かった。
「シホさん、なんで魔女に?」
ヒカリは状況が理解できず、直接シホに問いかけた。
「マリーさんから『本当に大切なものを守る時だけ魔女玉を使っていい』って言われててさ。ここで使わなきゃ、いつだよって思ってね!」
シホは笑顔でそう言った。
「魔女玉? お前、魔女見習いか。俺もなめられたもんだ。魔女見習いごときが、俺に勝てるわけないだろうが!」
オリバーは怒った様子でシホに襲いかかった。
「ちょっと、エド! どうしよう!」
ヒカリはシホを心配してエドに駆け寄った。
「大丈夫だ。……見てろ」
エドは落ち着いた様子だった。ヒカリはオリバーとシホの戦いに視線を移した。すると、オリバーの鋭い爪攻撃に対して、シホは床板を宙に浮かして、それを盾のように扱い攻撃を受け止めていた。それからシホは、数枚の床板や壁板をオリバー目がけて投げつける。しかし、オリバーの動きはとても素早く、全てかわされてしまう。その後、シホとオリバーは少し距離をとったまま、じっと睨み合う。
「すごい」
ヒカリはシホがあまりにも戦うのが強かったので、見とれてしまった。
「マリーが言ってたんだ。シホは『魔法の天才』だよって」
エドは安心した様子でそう言った。
「天才……」
ヒカリはシホがそれほどまですごい実力者だと知らず、驚いてしまった。
それから、シホとオリバーは再び戦いを始めた。強いはずのオリバーと、まともに戦えているシホはとにかくかっこよかった。
「くっ! なかなかやるな! お前、本当に魔女見習いか?」
オリバーはシホの攻撃を避け、後ろに下がりながら言った。
「『元』だけどね!」
シホは少しだけ笑みを浮かべてそう言った。
「なんだそれ! 魔女見習いでもないのか! ……バ、バ、バカにしやがってー!」
オリバーは気が狂ったような様子で、シホに襲いかかった。
「かかった!」
シホは笑顔でそう言うと、散らばった床板と壁板の二枚を動かし、思いっきりオリバーを空中で挟みつけ、そのまま数メートル先の丁字路の壁まで勢いよく追いやった。オリバーは胴を床板と壁板で押さえつけられて身動きがとれないようだ。
「ぐはっ! ……っく。動けない」
オリバーはそう言った後、歩いてくるシホを見ておびえてしまったのか、突然震えだした。おそらく、シホが大きめの床板を、まるでチェーンソーのように高速回転させて、近づいてきたからだ。さらに、シホは高速回転させた床板を壁に当てて、火花を散らしながら迫るという、まるでホラー映画のような恐ろしい行動をとっていた。そして、シホはオリバーの目の前に立ち止まる。
「とどめよ。首にお別れ言いなさい」
シホはオリバーを見下ろしながら言った。それは、とても恐ろしい表情だった。
「ひっ!」
オリバーは目を大きく開いて涙を流していた。
「……時間切れ」
シホはそう言って高速回転させた床板を、勢いよくオリバーに投げつけた。その瞬間、大きな音がして煙が立ち上がり、状況がわからなくなった。煙が落ち着いてからよく見ると、オリバーの頭上ギリギリに床板が突き刺さっていた。オリバーは、どうやら気絶しているようだ。
「ふう」
シホはその場に座り込んだ。ヒカリとエドはシホに駆け寄った。
「シホさん! すごいです!」
ヒカリはシホの手を握りながら言った。
「すごいなシホ! めっちゃ怖かったけど……」
エドもシホの肩に手を添えて言った。
「うん! 頑張ったよ!」
シホは笑顔でそう言った。その瞬間、ヒカリ・エド・シホの三人は、違う場所に移動させられた。周りを見ると薄暗くて広い部屋の中だった。よく見ると奥にある椅子に誰かが座っていた。
「さて、こうも部下達がやられていくというのは、見ていて気分が良くないな」
椅子に座っていたのはグリードだった。
「グリード! それは、お前が仕掛けてきたからだろうが!」
エドは力強く言った。
「グリード?」
シホはグリードが分からなくて首を傾げた。
「シホさん。あいつがグリードっていって、敵の親玉なんです」
ヒカリはシホに説明した。すると、グリードは椅子から立ち上がり、ヒカリから奪ったと思われる魔女玉を取り出した。
「このとおり、そいつが持っていた魔女玉は手に入ったので、当初の目的は達成した。だがな……魔女玉は一つじゃ足りないんだよ」
グリードはそう言うと、不敵な笑みを浮かべながらシホを見た。
「シホ! 逃げろ!」
エドは大声で叫んだ。その瞬間、グリードは動き出した。
「渡すもんか!」
シホはグリードに立ち向かおうとして、瞬時に床板や壁板を大量に集めて、グリードに投げつけた。
「バカ! 逃げるんだよ!」
エドはシホを見て力強く言う。そして、シホの投げつけた床板や壁板は、迫りくるグリードに近づいた途端、地面に叩きつけられた。
「えっ!」
シホの驚いたような声が聞こえた次の瞬間、一瞬でシホの姿は消え、後ろの壁まで追いやられていた。グリードは右手でシホの首を持ち、そのまま体を持ち上げた。
「ごほっ!」
シホは苦しそうにむせた。
「シホ!」
「シホさん!」
エドとヒカリは同時に叫んだ。
「騒ぐな」
グリードがそう言った途端、ヒカリとエドは地面に叩きつけられた。
「なんだこれ。魔法か?」
エドは地面に張り付いた状態で言った。
「俺の特殊系の能力『重力変化』の前では、いかなる相手もひれ伏すだけだ」
グリードはそう言うとシホを見た。
「くそ! 魔力が足んねえ!」
エドはもがきながら言った。
「さて、魔女玉をいただくか」
グリードがシホの首に掛けている魔女玉に手を伸ばした。
「やめてー!」
シホが叫んだ瞬間、不思議なことが起きた。ヒカリ・エド・シホの三人の体の周りに、バリアのようなものが張られていたのだ。急な出来事にグリードは戸惑っている様子だ。
「何これ? バリアってやつ?」
ヒカリはバリアのようなものを触りながら言った。
「へへ。間に合ったみたいだな」
エドは安心した様子で言う。
「なんだ?」
グリードも何が起きているのかがわからない様子だ。
すると、何やら足音が聞こえてきた。コツン、コツンというヒールの足音だ。
「ついに現れたか……」
グリードは何かを察したかのように言った。すると、部屋の入口が開き人影が見えた。
「魔女の中で最強と呼ばれる女。『鬼の魔女・マリー』」
グリードは覚悟をしたかのようにそう言った。
「えっ! マリーさん?」
ヒカリは入口にいる人影をよく見た。薄暗くてよく見えないがマリーのようだった。
「あー。うちの社員によくも怖い思いさせてくれたねー……。ひゃははははははははは!」
マリーが不気味に言い放った。ヒカリはマリーの様子がいつもと違い、恐ろしい鬼のような形相だったので、驚きすぎて声が出なかった。
「マリーは本気でキレた時に、まるで鬼のように恐ろしい魔女になるんだよ。だから、魔法界では『鬼の魔女』と呼ばれているんだ」
エドはヒカリに説明した。
「鬼の魔女……」
ヒカリはマリーが最強の魔女とは聞いていたが、まさか『鬼の魔女』と呼ばれるほどの恐ろしい魔女だとは、思いもしなかったので少し戸惑った。
「ぶち殺してあげるわああああ!」
マリーは狂ったように言い放った。
「面白い。俺もお前を倒し――」
グリードが何かを言い始めた時、マリーは一瞬でグリードの顔面ギリギリの位置まで急接近していた。
「なっ!――」
「――ひゃはははははははは!」
グリードが驚いた表情を見せた途端、マリーはグリードの顔面を力強く殴り、グリードは壁に叩きつけられた。さらに、殴られて倒れているグリードの頭を片手で掴み、そのまま床から壁、天井とものすごい速さで、何度も何度も引きずり回した。その光景は、誰がどう見ても地獄のようだった。そして、二十秒ほど引きずり回した後、マリーはグリードを遠くの壁に投げ捨てた。
「ぐはっ! ……ば、け、もの……か……」
グリードは動けないようだが意識はあった。マリーは倒れているグリードから魔女玉を取り返した。
「さーて、このままでもお前は死ぬだろうが、殺して欲しいか? あーん? ひゃははははははははは! なんてなー! ひゃっはっはっはっは……。……はぁー」
マリーは話しながらだんだんと鬼の形相が消えていき、普段のマリーの表情に戻っていった。
「……まぁ、死にはしないだろうから、早く仲間に助けてもらうんだな。もう他人から何かを奪うような生き方はやめな。どうせ、むなしいだけだから」
マリーはそう言うとグリードの前を離れた。ヒカリとシホはマリーに駆け寄った。
「マリーさん! 心配かけてごめんなさい!」
ヒカリはマリーの目を見て謝った。
「助けてくれて、ありがとうございました!」
シホも自分の気持ちを伝えた。すると、マリーはヒカリとシホを強く抱きしめた。
「……すごく怖かっただろう。遅くなって悪かったね。二人とも本当によく頑張った」
マリーは優しい口調でそう言った。ヒカリはマリーの温かい息が後ろ髪にあたって気づいた。こんなにも自分のために熱くなってくれたのだと。それは、一番のご褒美だと感じた。
「ヒカリ! 無事だったか! よかったー!」
ケンタの声が聞こえると、マリーは抱きしめるのをやめた。
「敵が撤退していったから、何かと思えばみんな無事だったか!」
ヒカリが入口を見るとリンとベルがいた。ベルはエドに向かって少し怒った様子で歩いていく。
「エド! まったくあなたって人は、なんでそんなに勝手な行動をとるんですか!」
ベルはいつも通りエドに文句を言っていた。
「無事だったからいいだろ!」
エドはベルに言い返した。
「どこが無事なんですか! ボロボロじゃないですか!」
ベルはエドの体を指差しながら指摘した。
「これは……。わざとだよ!」
エドは腕を組みながらベルから視線をそらして言った。
「全然言い訳にもなっていませんが。……まぁ、ちゃんと生きていてくれてよかったです」
ベルはなんだかんだ言っても、エドが心配だったみたいだ。
「そういや、親玉はどこにいるんだ?」
ケンタが問いかけた。
「あそこに。……あれ?」
ヒカリはグリードを指差そうとしたが、いつの間にかグリードの姿が消えていたことに驚いた。
「あいつは、もう出ていったよ」
マリーは落ち着いた口調で言った。
「えっ! いつの間に……」
ヒカリは全く気付かなかったので驚いた。
「さぁ。みんな帰るよ」
マリーがそう言うと、ROSEの全員はその場を立ち去った。ヒカリは、この世界には魔女玉を狙っている人達がいるということを、身をもって理解した。
グリードとの騒動から数日後、魔力が戻ったヒカリとエドは、修行場所の河原にいた。
「余裕で空を飛ぶ修行が終わったから、次は手を触れずに物を動かす修行を始める。ほうきと違って直接触れていない分、実は簡単そうで難易度はかなり高いんだ。魔法使いの多くは、何年もかかって使えるようになるほどだからな。そして、前も言った通り、この修行が魔女試験に挑む上で最後の修行になる。その最後の修行内容は……」
エドはそう言うと、近くにある直径五メートルほどの大きな岩を指差した。
「この岩を触れずに持ち上げられるようになることだ」
エドは真剣な表情で言う。
「大きい……」
ヒカリは岩を見ながら言った。
「まずは、俺がやってみせる。……岩が浮かぶイメージをして魔力を集中。……両方の手のひらから魔力を放ち、岩と繋がる感覚を得られたら、さらに魔力を高めていくと持ち上がる」
エドは大きな岩を二メートルほどの高さまで持ち上げた。
「すごい!」
ヒカリは思わず拍手してしまった。すると、エドは大きな岩を地面に下ろした。
「こんな感じだ。……ふう。……正直、この大きさになると、俺でも持ち上げるのがギリギリだから、かなり難しいと思う。まぁ、まずは小さい石を動かせるようになってから、サイズアップさせていくといい」
エドは少し疲れた様子でそう言った。
「それじゃ、最後の修行開始だ!」
エドは真剣な表情でそう言った。
「うん!」
ヒカリは元気よく返事をする。
「まずは、小さい石から始めよう!」
ヒカリはしゃがんで修行に使う石を選び始めた。
「どれにしようかな……。あ! これ丸くて可愛い! これにしよう!」
ヒカリは鶏の卵ほどの大きさの丸い石を手に取った。
「そしたら、じゃ……。ここに置いてと」
ヒカリは選んだ小石を、赤ちゃんが使う机とだいたい同じサイズの岩の上に置いた。そして、その岩を目の前にしてあぐらをかいて座る。
「よし! 準備完了! 早速やってみるか! ……石が浮かぶイメージをして魔力を集中する。……両方の手のひらから魔力を放ち。……放ち。……んー。……石と繋がる感覚。…………。……んー。全然わかんないわ。……触れないで魔力を伝えるって、すごい難しいんだなー」
ヒカリは小石に対して必死に魔力を込めてみたものの、石と繋がる感覚がわからなかった。
「よし! 頑張ろう!」
ヒカリは再び挑戦を始めた。しかし、その日は何も成果が得られなかった。
最後の修行を開始してから、三ヶ月が経過したある日の退勤後、ヒカリはシホと駐輪場にいた。
「ヒカリちゃん、これからまた修行……だよね?」
シホはヒカリに問いかける。
「…………はい! 魔女試験に向けて休んでいる暇なんてないんで!」
ヒカリは下を向いていたが、急に笑顔になり顔を上げて返事をした。
「そうだよね。……うん! 頑張ってね!」
シホは笑顔で言った。
「はい! ありがとうございます!」
ヒカリは元気よく言う。すると、シホはバッグから何かを取り出してヒカリに近寄った。
「これ、疲れた時の糖分補給用に食べて!」
シホはそう言ってヒカリにチョコレートを渡した。
「あ、ありがとうございます!」
ヒカリは笑みを浮かべて言った。
「じゃあね」
シホは手を振り原付バイクに乗って去っていった。ヒカリは笑顔でシホを見送った後、しばらく下を向いたまま動かなかった。
それから、ヒカリは修行の河原に到着し、いつもの場所で小石を目の前に座った。
「動けよ! 動け! 動いてよ! …………。ちくしょう! こんな小さな石すら動かせないまま、三ヶ月も過ぎちゃった……」
ヒカリは下を向いてそう言うと、ますます悔しい思いが溢れてきた。ふと近くに置いてあるバッグの中が見え、そこにはシホから貰ったチョコレートがあった。
「これ食べる資格なんて、私には無いよ……」
ヒカリは歯がゆすぎて泣きそうになった。すると、後ろの茂みから物音が聞こえてきた。
「いててて!」
誰かの声が聞こえた。
「誰!」
ヒカリは声に驚いて身を構えた。
「えーっと、この辺かな?」
茂みから出てきたのはシホだった。
「シホさん!」
ヒカリは慌ててシホに声をかけた。
「あれ? 今、ヒカリちゃんの声が聞こえた気が……」
シホはヒカリの声に気づいて周りを見渡す。
「そっか! シホさんには私の姿が見えないのか!」
ヒカリは、自分の姿が人間のシホには見えないことに気づき、急いで帽子とローブを脱いだ。
「あ! ヒカリちゃん!」
シホはヒカリに駆け寄った。シホの体を見ると、木に引っかけたような傷がいくつかあったので驚いた。
「シホさん! 大丈夫ですか?」
ヒカリは焦りながら言う。
「魔法が使えないと、ここまで来るのも大変だねー!」
シホは頭をかきながら言った。
「すごく言いづらいんですが……。茂みを突っ切らなくても、実はそっちに道があるんです」
「まじでか!」
ヒカリが道を指差して説明すると、シホはすごく驚いていた。
「でも、どうしたんですか?」
ヒカリはシホに問いかけた。
「ちょっとだけ、ヒカリちゃんに話がしたくてね。少しだけいいかな?」
シホは少しだけ下を向いて言った。
「全然大丈夫ですよ!」
ヒカリは元気よく言う。
「えっとね……。私も魔女見習いの時は、うまくいかなくて悔しい思いをたくさんしたんだ。うまくいかなくて、自分には魔法の才能なんて無いんだなって何度も嘆いた。なんとしても魔女になりたい。仲間が応援してくれるから、尚更魔女になりたい。その気持ちすら薄れていくと、だんだん魔法も楽しくなくなっていくんだよね」
シホは辛い過去のことを思い出したのか、下を向いて悲しそうに話した。
少しだけ沈黙が流れた後、シホは顔を上げ笑顔でヒカリを見た。
「でもね。そんな時にある人が教えてくれたんだ。『辛い時期だからこそ、自分に足りないものに気づけるチャンス』なんだって。ピンチはチャンス、よく言ったものだよね。でも、その言葉のおかげで諦めなかったし、修行も最後まで成し遂げることができた。……すごく救われたなー。……ヒカリちゃんなら、どんな困難でも必ず乗り越えられる。私にはそれがわかるの」
シホは優しい笑顔と時折見せる真剣な表情でそう言った。ヒカリは今まさに欲しい気付きを与えてくれるシホに感動した。それに、シホも同じ気持ちで魔女修行をしていたのだとわかり、自分も絶対に最後まで乗り越えてみたいと、改めて強く思うことができた。
「シホさん……。ありがとうございます」
ヒカリはすごく辛い時期だったので、シホの優しさに涙が出そうになる。
「じゃ、頑張ってね!」
シホはそう言ってヒカリに背を向けた。
「はい! 本当にわざわざありがとうございます!」
ヒカリは去っていくシホに頭を深く下げて言う。ヒカリは頭を下げている時に、だんだんと気持ちがスッキリしてきた。そして、長々と下げていた頭を戻す。
「だから! シホさん! そっちに道ありますから!」
「まじでか!」
シホはまたしても茂みに入っていた。
シホが去った後、ヒカリはまた帽子とローブを身につけて、修行を再開した。
「ピンチはチャンス! ちょっと弱気になってた! 諦めないぞヒカリ! よし! やるぞ!」
ヒカリがそう言って気合いを入れた直後、ヒカリのお腹が鳴った。そして、ヒカリはバッグの中にあるシホから貰ったチョコを見る。
「いただきます!」
ヒカリはチョコを手に取り、笑顔で食べ始めた。
最後の修行を開始してから半年が経過したある日。ヒカリはいつも通り河原で修行をしていた。
「はっ! …………。はっ! …………。ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぅーー! …………。はぁー、ダメだ! 動かない!」
ヒカリは未だに小石を動かせないでいた。
「もう半年か…………。あー! 悔しい! でも絶対諦めない!」
ヒカリは少しぼやいた後、半年も経っていることに悔しさが溢れ出してきたが、その悔しさを力に変換しようと力強く発言した。
「よし! もう一回やるぞ! …………。はっ! ……っぐぐぐ!」
ヒカリは気合いを入れるために、自分の頬を軽く叩いた後、再び修行を始めた。だけど、小石は動かない。
「何してるの?」
「うわっ!」
ヒカリは驚いた。急に耳元で声が聞こえてきたからだ。
「こんにちは」
シェリーが何事もなかったかのように笑顔で挨拶してきた。
「シェリーさん! 驚かさないでくださいよ!」
ヒカリは動揺しながら言う。
「ふふ。ごめんなさい。こんなところで何してるのかなーって気になって」
シェリーは笑みを浮かべながら言った。
「修行ですよ!」
ヒカリは元気よく言う。
「修行?」
シェリーは首を傾げた。
「石を動かす魔法の修行です!」
ヒカリはシェリーに修行の内容を説明した。
「石を『動かす』ね……」
シェリーは落ち着いた口調で言う。
「でも、なかなか動かなくて……。なんとなく魔力が伝わる感じは、わかるような気がしてきているんですけど……」
ヒカリは腕を組んで片手を口に当て、考えている仕草をしながら言った。
「そう……。その石……」
シェリーは静かにそう言った。
「え?」
ヒカリはシェリーが何か発言したことに反応して聞き返した。
「その石は、ヒカリちゃんのことをどう思っているのかな?」
シェリーはヒカリの顔を見ながら言った。
「……え? どうって。……なんとも思ってないんじゃないんですか? 石だし……」
ヒカリは素直に思っていることを言った。
「ふふふ。……動いてほしい物の気持ちがわからないなら、動いてくれないんじゃない?」
シェリーは笑顔で言った。
「動いてほしい物の気持ち……」
ヒカリは小石を見つめながら言う。
「どんな物にも意思はある。その石だって動きたくない気持ちなら、動いてくれないのは当然。動いてほしい物が、ヒカリちゃんに協力したくなるような呼びかけが大事なの。……ただの物で、命が宿っていないと考えているのなら、その物はあなたを信じたりはしない。故に動かない」
シェリーは真剣な表情でそう言った。ヒカリはシェリーの言っていることが、なんとなく理解できた気がした。
「それじゃ、今日はこの辺で。またね」
シェリーはそう言うと去っていった。
「動かしたい物の気持ちか……」
ヒカリはいつも修行で使っている小石を手に取った。
「この石にも気持ちがあって、命が宿っている。…………。あ、よく見たらこの石、結構汚れてるな。…………ずっと、私の修行に付き合ってくれた大事な石だもんね」
ヒカリは小石が汚れていることに気づいた。そして、ヒカリは立ち上がり川の方へ行き、小石を川の水で綺麗に洗ってあげた。
「よし! 綺麗になったな! ……え?」
ヒカリは綺麗になった小石を眺めた。
するとその時、ヒカリは驚いた。
「今、この石、笑った……」
ヒカリはなんとなくだが小石が笑ったように感じた。
それからヒカリは、小石をいつも置いている岩の上に戻して修行を再開する。ヒカリは目を閉じ、両手を小石にかざして魔力を放つ。
「……ずっと私の修行に付き合ってくれた。それなのに、私はこの石の気持ちすら考えてこなかった。……そっか。私に足りなかったものが分かったよ」
ヒカリは目を開けた。
「ほら」
ヒカリはそう言って、笑みを浮かべながら宙に浮いている小石を眺めた。そして、五秒ほど宙に浮かせた小石を両手で優しくすくう。
「ふふ。ありがとう」
ヒカリは小石に顔を寄せて話しかけた。
「そうだよね。無理矢理に動かそうとするのは嫌だよね。今までごめんね。………………。うん。許してくれてありがとう」
ヒカリは小石から『いいよ、気にしないで』と返事して貰えたのがわかったので、和解できてよかったと安心した。
「ヒカリ! 今、石浮いてなかったか?」
エドが慌てた様子で、ヒカリに駆け寄りながら問いかけた。
「うん。動いてもらえた」
ヒカリは優しい口調でそう言った。
「動いてもらえた? ……はは! 優しいなヒカリは!」
エドは少し笑いながら言った。
「そう?」
ヒカリは首を傾げた。
「とにかく、よく頑張った!」
エドは嬉しそうに笑っていた。
「うん。エドもありがとう」
ヒカリはエドを見ながら笑顔でそう言った。
こうして、魔女修行は無事に小石を動かす段階までクリアできた。どんな物にも意思はあり、命が宿っている。だから、どんな物でも分かり合えるはずだ。この小石と会話できた途端、急にいろいろな声が聞こえるようになってきた。それは、ずっと目を背けて耳を塞いでいたから認識できなかった声だ。すると、目の前の世界が今までよりもっと美しく見え始めたのだった。
ヒカリが魔法で小石を動かせるようになった時、エドのスマートフォンが鳴った。
「ん? メール?」
エドはスマートフォンを取り出して確認すると、急に険しい表情を見せた。
「仕事だ! すぐ行くぞ!」
エドはそう言ってほうきにまたがった。
「えっ! うん!」
ヒカリは慌ててほうきを取り出しまたがる。そして、ヒカリはエドと一緒に会社へ向かった。
会社に入るとROSEの皆がローブ姿で集まっていた。マリーはヒカリとエドが来たことに気づくと、椅子から立ち上がった。
「さて、全員揃ったので緊急案件の説明を始める! 対応できる人は対応してくれ! 何があったかと言うと、近くの森の中で小学生が一人迷子になったそうだ! 日が暮れる前に見つけださないと大変なことになる! その子の写真と情報は、メールで送ってあるから確認してくれ! 以上だ、必ず見つけ出せ!」
マリーが真剣な表情で説明を行うと、ROSEの皆は慌ただしく会社を出ていった。
「俺は行くけど、ヒカリはどうする?」
エドはヒカリに問いかけた。
「私も行く!」
ヒカリは真剣な表情で言う。
「わかった! それならついてこい!」
エドはそう言うと急いで走り出す。ヒカリもエドを追いかけるようにして会社を後にした。ヒカリはエドの後を追いながらほうきで飛んでいく。
しばらくすると、エドは何かを見つけたようだ。
「いったん、そこに降りるぞ!」
「うん!」
ヒカリとエドは地上に向かって降下していく。すると、降りていく地上にはたくさんの人が集まっていた。おそらく彼らは迷子の捜索隊なのだろう。地上に降りるとすごく騒がしかった。
「ちょっと情報を集めてくる。ヒカリはここで待ってな」
「わかった」
エドは捜索隊のところへ走っていった。
その後、大声が聞こえてきたので、ヒカリは声のする方を見た。どうやら、一般人らしき二人と捜索隊がもめているようだ。
「娘を助けに行くんだよ! 邪魔するな!」
「助けに行かせてください!」
一般人の二人は迷子の両親のようだ。
「ダメですよ! あなたたちまで遭難してしまうかもしれません!」
捜索隊は必死に迷子の両親を止めていた。
「自分の命なんてどうでもいい! 娘さえ、娘さえ無事ならそれでいいんだ!」
迷子の両親は死に物狂いで捜索隊を払いのけ、森に入ろうとしていた。
ヒカリは心が震えた。本気で自分の子供を助けたいという親の気持ちに、胸を打たれたのはもちろんだが、こんなにも大切に思ってくれる両親と子供が会えなくなってしまうというのは、どうしても受け入れられなかったからだ。自分のように辛い人生を送って欲しくない。だからこそ、絶対に迷子を見つけだしてやると、ヒカリは強く決意した。
「……絶対に見つけてみせる」
ヒカリは全身力んだ状態で、熱い気持ちが声になり漏れてしまう。すると、エドが戻ってきたようだ。
「向こうの崖の方で急にいなくなったらしい! 崖から落ちてるかもしんねえ! これは早く見つけなきゃやばいかも!」
エドは焦りながらそう言った。
「行こう!」
ヒカリは力強く言った。すぐにエドとヒカリはほうきに乗り出発した。ヒカリはとにかく崖の方に向かおうと思い、全力でほうきを飛ばす。そして、崖がある地点にたどり着いたヒカリは焦った。なぜなら、この山には崖がたくさんあったからだ。さらに、生い茂る木々で木の下の様子までは見渡せないこともあり、どこの崖を探せばいいのかも見当がつかなかった。
「くそ! どうすれば!」
ヒカリはいら立ってしまう。その時、風が話しかけてきたのが分かった。前方の少し左側の崖から森に入るといいということだった。ヒカリは風の声を信じて勢いよくほうきを飛ばす。
崖のギリギリを風の道に沿って飛ぶと、崖下の森に着いた。新たに風が教えてくれた方に進路を変え、木々が生い茂る森の中に突っ込む。木々がほうきで飛ぶための風の道を許してくれたので、さらに加速して森を駆け抜けた。
すると、木々がまた新たな情報を教えてくれた。近くに迷子がいるということだった。そして、その場所も教えてもらえたので、とにかく急いだ。
ヒカリは自然が教えてくれた場所に到着すると、岩陰に倒れている迷子を発見した。迷子は、短めの黒髪に髪留めを一つ付けていて、水色のパーカーに青色のショートパンツを着ていた。マリーから送られてきた写真と同じ女の子だとわかり、すぐさま駆け寄った。
「大丈夫?」
ヒカリは迷子の女の子に声をかけた。
「…………う。……うわー! 来ないで! 来ないで!」
迷子は目を覚ましたが慌てておびえだした。
「えっ。大丈夫だよ。助けに来たんだよ」
ヒカリは優しく話しかけた。
「……本当に?」
迷子はまだ少し疑った様子だった。
「そうだよ。お姉ちゃんが来たからもう安心だよ」
ヒカリは優しい笑顔を見せて言う。
「……でも、足をくじいちゃって。歩けないの」
迷子はどうやら右足をくじいてしまったようだ。ヒカリは迷子が安心した様子だったので近寄った。
「それなら大丈夫。お姉ちゃんが連れてってあげるから」
ヒカリはそう言ってほうきを迷子に見せつけた。
「……もしかして、お姉ちゃん、魔法使いなの?」
迷子はほうきを見せただけなのに、魔法使いであることを見抜いた。おそらく、魔法使いが好きなのだろう。
「まだ、見習いだけどね!」
ヒカリは笑顔で言った。
「う、うわー! 来ないで!」
迷子はヒカリの後ろを見て、再びおびえだした。
「えっ! なに?」
ヒカリは慌てて後ろを振り返った。すると、そこには思わぬ人物が立っていた。
一方その頃、エドはある人物と対峙していた。
「まさか、魔女見習いに置いていかれるとは思わなかったけど、それ以上に驚いたのは、お前がまた立ちはだかってきたことだ。……アレン。」
エドはヒカリがあまりにも速く飛んでいたので、なかなか追いつけなかった。そして、だんだん離されていた時に、突然アレンが目の前に立ちはだかってきたのだ。
「前回は負けてしまったが、今回は負けない!」
アレンは言い終わると、すぐに攻撃を仕掛けてきた。アレンの体術による攻撃を、エドは必死にかわす。
「ふざけんな! こっちは今忙しいんだよ!」
エドは怒りながら言う。
「言い訳は聞かん!」
アレンは攻め立てながら言った。
「くそ!」
エドは攻撃してくるアレンのおかげで、身動きが取れなくなってしまった。
ベルと一緒に空から迷子を捜していたマリーは、迷子の写真を見てあることに気づいた。
「あー! 今、気づいたよ! この迷子の髪留めに付いている玉、魔女玉じゃない!」
マリーは驚きながら言った。
「えっ! 魔女玉がなんでこんな子供に?」
ベルは驚いた。
「わかんないけど。……まぁ、たまにいるんだよね。魔女玉を処分しないで死んでしまう魔女が」
マリーは不機嫌そうに言った。
「なるほど。そうすると、知らずに受け継がれているのかもしれませんね」
ベルは冷静な口調で言った。
「たぶんな。たしかに、見た目はキレイだからね……。……だから急ぐよ! 魔女玉を狙う輩がいるかもしれない!」
マリーはそう言うと、少し加速して空からの迷子探索を再開した。
迷子を見つけ出したヒカリは、自分の後ろに異変を感じ振り返った。
「誰!」
ヒカリは焦りながら言った。
「久しぶりだな」
ヒカリは驚いた。なんと後ろにいた人物はグリードだったのだ。
「なんであんたがこんなところに!」
ヒカリは立ち上がり構える。
「それは、こちらのセリフだ。俺はお前じゃなく、その娘に用があるんだ」
グリードは迷子を指差した。
「なんで?」
ヒカリは問いかけた。
「なんでって。それはもちろん、魔女玉を持っているからに決まっているだろう」
グリードは不気味な笑みを浮かべながら言った。
「えっ! 魔女玉?」
ヒカリは迷子をよく見た。すると、迷子の髪留めに魔女玉が付いていることに気づいた。
「そっか。だからこの子、私が見えていたのね」
ヒカリは迷子を見ながらつぶやいた。
「怖いよー!」
迷子は泣きだした。
「私がこの子を守らなきゃ……」
ヒカリは、相手がとてつもなく強いグリードだとわかってはいたが、迷子を助けるためには自分がやらなければならないと思い、身を挺して守り抜く覚悟を決めた。
「さぁ、渡してもらおうか!」
グリードはそう言うと、ヒカリに襲い掛かってきた。ヒカリはすぐに迷子を抱えて、ほうきで飛び出した。しかし、ヒカリは子供とはいえ、人を抱えてほうきで飛ぶことが初めてだったからか、思ったように速く飛ぶことができなかった。そして、最終的にグリードに追いつかれてしまった。
グリードはヒカリのすぐそばまで迫った時、魔法をかけようとしてきた。その瞬間、ヒカリは迷子を救いたい一心で、あることを願った。グリードを退けられる力が欲しいと。
そして、ヒカリは突然目を大きく開き、グリードに向けて堂々と片手をかざした。
「はぁっ!」
ヒカリは全力で魔力を込めた。すると、目の前に目が眩むほどの金色の光が放たれ、とてつもなく強い突風が発生した。
「な、金色の目……」
グリードの驚いたような声が聞こえた後、グリードを突風で吹き飛ばし、ヒカリは迷子を抱えたまま深い崖の下に落下していった。
崖の下に落ちたヒカリは目を覚ました。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」
迷子は泣きながら声をかけていた。どうやら、死んではいなかったようだ。
「……う。いててて」
ヒカリは全身が痛かったが、どうにか横になっていた体を起こすことができた。
「……えーっと。崖から落ちてなんで助かったんだろう?」
ヒカリは周りを見て驚いた。木々のたくさんの枝や植物のつるが集まり、クッションになって受け止めてくれていたからだ。
「あなた達が助けてくれたんだね。ありがとう」
ヒカリは一命を取りとめたものの、やはり突風の影響は大きく体中が傷だらけだった。それでもヒカリは立ち上がる。そして、迷子を抱えて木の下に降りた。
「お姉ちゃん! 大丈夫?」
迷子は心配してくれていた。
「……うん。……大丈夫だよ」
ヒカリは笑みを浮かべながら優しく言った。
「大丈夫って。私を守ってこんなに傷だらけなのに」
迷子はヒカリにケガさせてしまったことを、気にしているようだった。
「こんなの大したことないんだよ」
ヒカリは迷子の頭をなでながら笑顔で言った。
「そんなの嘘だ! 無理しないでよ!」
迷子はヒカリの顔を見ながら力強く言う。ヒカリは迷子を抱きしめた。
「お姉ちゃんはね、あなたを守れなかった時の方が、ずっと辛いの……。だから、大丈夫」
ヒカリは抱きしめながら優しく言った。すると、迷子は安心したのか、すぐに眠ってしまった。
「……すごく強い子。ずっと我慢してたんだね」
ヒカリは迷子の寝顔を見ながら静かにつぶやく。ヒカリは誰かに連絡しようとスマートフォンを取り出した。しかし、残念なことに突風の衝撃が原因なのか電源が入らず壊れてしまっていた。ほうきが見あたらないので、おそらく突風でどこかへ飛んでいってしまったのだろう。とにかく時間が無いので歩いて帰ろう。そう決めたヒカリは迷子をおんぶした。
「どっちに行けばいいのかな。………………。そっちね、ありがとう」
ヒカリがそうつぶやくと、どこからともなく声が聞こえて、帰るべき方向を知ることができた。
「はぁ……。はぁ……。はぁ……」
ヒカリは全身の痛みに震えながらも、迷子をおぶってゆっくりと歩き始めた。
一方その頃、エドとアレンは戦いを繰り広げていた。
「今日は、『超速』を使わないのか?」
アレンは体術による攻撃中に笑みを浮かべながら問いかける。
「そんなの使わなくても、お前ごときに負けねえからな!」
エドはアレンの体術を防ぎながら言う。しかし、エドの本音は、ここで『超速』を使うと魔力を使い切って何もできなくなってしまうのが嫌だったのだ。その時、遠くから大きな音が聞こえて、エドとアレンはお互い距離をとって構えた。その後、少しだけ風が吹く。
「なんだ! 突風か? それにしても大きすぎるだろ」
エドは何が起きているのかわからず戸惑った。
「グリードが戦ってるみたいだな」
アレンは落ち着いた口調でそう言った。
「あっちは、ヒカリが飛んでいった方向じゃねえか!」
エドは焦った。
「ヒカリとは誰だ?」
アレンはエドに問いかける。
「俺の仲間だよ!」
エドはいら立ってきた。
「お前、前もそう言って仲間を助けに命がけでやってきたな。それほど仲間が大切か?」
アレンは落ち着いた様子で問いかける。
「あぁ、俺の家族だからな!」
エドはヒカリが心配で落ち着かなかった。
「……家族か。…………行け」
アレンは腕を組みながらそう言った。
「えっ!」
エドはアレンの発言に耳を疑った。
「俺は、お前をライバルだと思っている。グリードと手を組んだのも、強いやつと出会いたかっただけだからな。……そんなお前とは、余計なことを考えずに思いっきり戦ってみたいんだ。だから、勝負はまた今度にしよう。早く行ってこい!」
アレンは少し笑みを浮かべながら言った。
「はは! お前いいやつだな! 俺もお前をライバルとして認めてやる! またいつか勝負しようぜ!」
「あぁ!」
エドはアレンに向けて笑顔で言うと、ほうきに乗ってすぐに飛び出した。
「間に合ってくれ! ……もっとだ! もっと速く!」
エドはほうきにしがみつき全速力で飛んでいく。ヒカリが無事でいて欲しい。それだけを祈った。すると、エドは高い崖の下を歩いているヒカリを見つけた。
「あそこだ! よかった! 生きてた!」
エドはヒカリの無事を確認できて嬉しかった。しかし、その時、ヒカリが歩いているところの崖の上に人影が見えた。よく見ると、その人影はグリードだった。
「グリード!」
エドは焦った。すると、グリードは崖の下を覗き込んだ。
「まさか……。あいつ!」
エドは嫌な予感がした。そのエドの予感通り、いきなりグリードは魔法で大きな崖を崩したのだった。高さ二十メートル以上もある崖が、大きな一つの塊となってヒカリの頭上に落下する。
「なに! くそ! 間に合え! っぐ、ダメだ! ……超速!」
エドはグリードと戦う可能性を考えて超速を使いたくなかったが、それよりも今ヒカリを救わないと駄目だと気づき、ゴーグルを目の位置にずらして、すぐに超速を使い、自分が出せる最高速度でほうきを飛ばした。
「くっそおおおおおおお! ひいかああああありいいいいいいいい!」
エドは自分の魔力を全て使い、今まで出したことの無い速度でほうきを飛ばした。目の前で仲間が命を失うなんて絶対に許せなかった。それも自分のことをいつも信じてくれるヒカリなら尚更だった。
しかし、距離が遠すぎて間に合いそうもなかった。言葉にならないエドの叫びが響き渡る。
ヒカリは迷子をおぶりながら歩いていた。ただ歩く。それだけだった。
その時、誰かが自分を呼ぶ声が聞こえてきた。気がつくと急に辺り一面が影になっている。何が起きているのかわからないが、何が影を作っているのかと気になり、足を止めて頭上を見た。
すると、急にとてつもなく大きな岩が落ちてきていた。ヒカリはなぜそんなものが落ちてきているのかがわからなかった。ただ、このままでは自分は潰されてしまう。それは駄目なことだとわかり、ヒカリは落ちてくる大きな岩を見上げながら口を開く。
「…………ごめんね。ちょっと、通らせて」
その瞬間、落下していた大きな岩が、金色の光を放ちながら空中で静止した。ヒカリはそれを確認すると、またゆっくりと歩き出す。十秒ほど歩いて大きな岩の下を抜けた時、大きな岩は落下し、ものすごい地響きと砂煙をたてた。ヒカリはそれから数歩歩くと、急に体の力が抜けて眠くなってしまった。
崖の上にいたグリードはすごく驚いた。まさかあれだけの大きな崖を、魔法で止められるなんて思いもしなかったからだ。すると、後ろに気配がして振り返ると、鬼の魔女ともう一人若い魔女がいた。
「鬼の魔女! お前の仕業か?」
グリードは鬼の魔女が大きな崖を止めたのだと察した。
「何を言っているのかわからないけど、もう我慢できないね」
鬼の魔女はとぼけた様子だった。ただ、ここでまたやられてしまうわけにはいかないので、先手ですぐさま攻撃しようと考えた。
「……くらえっ!」
グリードは鬼の魔女に対して、全力で重力変化の魔法をかけた。しかし、鬼の魔女はびくともしなかった。
「お前程度の魔法が私に効くと思ってんの? さて、どうしようか。……ふふ! いいこと思いついた!」
鬼の魔女は笑いながらそう言うと、一瞬でグリードの背後まで移動した。気がつくとグリードは全身がバリアに包まれていた。
「なんだこれは!」
グリードは焦った。
「私よりも怖い魔女のところに送ってあげる」
鬼の魔女はそう言った。
「まさか!」
グリードは、考えたくもないほど恐ろしい魔女が頭に浮かんだ。
「最凶の魔女、『呪いの魔女』のもとへな!」
鬼の魔女は力強く言った。
「やめろ!」
グリードは大声で叫ぶと、目の前の景色が歪み、歪みが消えると見たこともない館の中にいた。
「どこだここは!」
グリードは焦りながら構える。すると、薄暗い館の奥から足音が近づいてきた。
「ひっひっひっひっ! 誰だーい? 勝手に私の館に入り込んだのはー? あぁーん?」
グリードはその恐ろしい形相に体が震えた。
「違う! 俺は……! うわあああああああああ!」
ヒカリは目を覚ました。目の前に綺麗な夕焼けとベンチの背もたれが見えるので、屋外にいるのがわかった。
「お。起きたか」
エドの声がした。全身痛いが起き上がれそうなので起き上がってみた。着ていたローブが枕になっていていつの間にか私服姿になっていた。おそらく、少しでも楽になって欲しいと誰かが気を利かせたのだろう。それから周りを見渡すと、捜索隊が集まっている場所にいることがわかった。左を見るとエドが同じベンチに座っていた。
「……エド」
ヒカリは声をかける。
「よく頑張ったな」
エドは優しい表情でそう言った。
「……あの子は?」
ヒカリは迷子がどうなったのか気になり問いかける。
「お姉ちゃん!」
突然、声が聞こえたので振り向いた。すると、迷子の子がヒカリにゆっくりと近づいてきた。どうやら、怪我をしていた足も、ゆっくりとなら歩けるほどに回復していたようだ。
「無事でよかった……」
ヒカリは迷子の子の無事が確認でき、嬉しくなってつぶやいた。迷子の子はヒカリの傍までくると、ヒカリの手を両手で握ってきた。
「本当に、本当に、本当にありがとう! お姉ちゃんが来てくれて、すごく嬉しかった! それでね私、夢ができたの! それはね、お姉ちゃんみたいな、かっこいい魔女になること! へへ!」
迷子の子は嬉しそうに笑顔で話した。
「……うん。きっとなれるよ」
ヒカリは優しく笑顔を浮かべて言った。
「それじゃ、またね! ばいばーい!」
迷子の子はヒカリから離れながら笑顔で言い、両親のもとにゆっくりと歩いて行った。ヒカリは迷子に向けて手を振った。
ヒカリは迷子が去った後、しばらく下を向いていた。
「……エド」
ヒカリは下を向いたままエドに話しかける。
「……私、魔法が使えて本当に良かった」
ヒカリは両手で涙を押さえながら言った。
「……うん。そうだな」
エドは優しい口調で言った。それからヒカリはしばらく静かに泣き続けた。涙がおさまり気持ちが落ち着いたヒカリは顔を上げた。
「そういえばさ、迷子の子の魔女玉はそのままなの?」
ヒカリはエドに問いかける。
「いや、マリーが魔女玉としての機能を抜き取ったから、今はもう魔女玉ではないらしい」
エドは落ち着いた口調で言う。
「そっか。それならよかった」
ヒカリは迷子の子がまた危険な目にあわないかと心配になったが、もう魔女玉ではないと聞いて安心した。
こうしてヒカリは、初めて魔法を使って人を救う経験をしたのだった。
迷子捜索から三日後、ヒカリは朝起きると体を自由に動かせるようになっていたので、支度を済ませて修行場所の河原に向かった。
河原に着くと、それまで毎日見ていた景色が数日見なかっただけで、やけに新鮮に見えた。目を閉じて何も考えずに深呼吸をしてみる。すると、澄んだ空気が体中に染み渡るのがわかった。そして、軽くストレッチをした後、ヒカリは最後の修行で持ち上げなければならない大きな岩に、ゆっくりと近づく。大きな岩に近づくと右手で優しくなで始める。
「私はヒカリって言うの、よろしくね」
ヒカリはつぶやいた。すると、大きな岩が『礼儀正しい子だな、お前は魔女か?』と聞いてきた。
「まだ見習いだけどね」
ヒカリは笑みを浮かべながらつぶやく。すると、エドが現れて駆け寄ってきた。
「ヒカリ! もう動いても大丈夫なのか?」
エドは焦った様子で心配そうな表情を浮かべながら言った。
「うん! この通り大丈夫!」
ヒカリは元気よく言った。
「それなら、よかった。急に部屋からいなくなったから心配したぞー」
エドは安心したようだ。
「ごめん、ごめん!」
ヒカリは笑顔で謝った。
「まぁ、元気になってよかった!」
エドは少し笑みを浮かべながら言う。
「うん! いろいろとありがとうね!」
ヒカリは笑顔で元気よく言う。すると、突然エドは何かを思い出したような表情をした後、浮かない顔をして下を向いた。
「でさ、魔女試験のことなんだけどさ……。…………。あり得ないくらい、急に知らせがきて。……一週間後に開催されることになった」
エドは下を向いたままそう言った。ヒカリは驚いた後、顔を下に向けた。
「…………そっか。……ふふ! 待ってました!」
ヒカリは顔を上げながら笑顔で元気よく言う。
「ヒカリ……」
エドは驚いた表情でヒカリを見ていた。
「じゃあ……」
ヒカリはそう言うと、大きな岩から五歩離れたところに移動して、エドを見つめる。
「ちゃんと、最後の魔女修行を終わらせないとね」
ヒカリはエドを見つめたまま笑顔で言った。
「まさか」
エドは驚いた様子で言う。すると、ヒカリは魔法を発動させて、大きな岩をゆっくりと持ち上げた。大きな岩は金色の光に包まれていた。
「よし! これで終わりだね! エド!」
ヒカリは満面の笑みでそう言った。エドは驚いて言葉が出ないようだ。
「……まじかよ。それにお前、瞳がなんだか金色に光ってるし」
エドは目を大きく開いて言った。そして、ヒカリはゆっくりと大きな岩を下ろした。
「え? 瞳も金色に光ってるの?」
ヒカリは驚いて問いかけた。
「そうだ! ヒカリが魔法を使い始めたら瞳も岩と同じ金色に光り始めたんだよ!」
エドは興奮しながら言う。
「そうなんだ!」
ヒカリは魔法を使った時の金色の光が少し気になっていたが、自分の瞳まで金色に光っているとは知らず驚いた。すると、エドは落ち着いたような表情を見せた後、急に片手で顔を隠しながら、フラフラと後ろ向きに歩き出した。
「……ははは! すげーなヒカリは! いつの間にこんな上達したんだよ?」
エドはそう言いながら近くの岩に座る。
「これで、魔女修行は終わりだ」
エドは下を向いたまま少し弱々しく言った。
「エド?」
ヒカリはエドの様子が心配になり駆け寄る。すると、エドは両手で顔を隠しながら涙を流していた。
「……よかった。……ヒカリがここまで魔法を使えるようになれて」
エドは涙を流して震えながらそう言った。ヒカリは岩に座っているエドを抱きしめた。
「エドのおかげに決まってるじゃん。……ずっと見守ってくれてたし、支えてくれたからここまでできるようになったんだよ。……だから、本当にありがとう。エド」
ヒカリは力強く抱きしめながら言った。
「……うぅ。……本当によかった」
エドは弱々しく言った。ヒカリはこんなにも涙を流すエドを初めて見た。エドにとっては、初めての魔法指導員だったので、きっと毎日手探りで頑張ってきたのだろう。だからこそ、すごく不安を抱えていたのも当然だと思う。こうやって、安心したエドを見ることができ、ヒカリは頑張ってきてよかったと心の底から思った。
こうして、ヒカリは最後の魔女修行を終えた。
最後の魔女試験前夜、寮の食堂でヒカリのために壮行会が開かれた。テーブルに並べられたおいしそうな料理、そして、たくさんのお酒やジュースが楽しみを倍増させる。
「それでは、ヒカリの魔女修行合格を祈念して、カンパーイ!」
「カンパーイ!」
マリーの合図で壮行会が始まった。
「ヒカリちゃん! 試験頑張ってね!」
シホがお酒の入ったグラスを持ちながらヒカリに話しかける。
「はい! 頑張ります!」
ヒカリは元気よく言った。
「これ! 私が握ったおにぎり! ほら唐揚げもあるから!」
シホは少し興奮しながら言った。
「えっ! 手作りなんですか?」
ヒカリは料理が手作りだと知り驚いた。
「そうだよ! 実は今までも壮行会とかは、社員全員が手作りで準備してたんだって! 私も最近まで知らなかったんだけどね! みんな魔法使いなのに、魔法を使わない、人間臭いことを好んでて。それは、やっぱり魔法を使える分、手作りの良さがわかっているからなんだと思う。……だから、私が握ったおにぎりもちゃんと食べてね!」
シホは笑顔でそう言った。
「そうだったんですね! それじゃ、おにぎりいただきます!」
ヒカリはシホが握ったというおにぎりを手に取り、かぶりついた。すると、シホは嬉しそうに去っていった。
「あら? あんまり緊張してないみたいね?」
マリーはヒカリに声をかけた。
「マリーさん。……いや、緊張はします。呪いの魔女が、どんな恐ろしい試験をするのかわかりませんし、もしそれで落ちてしまったらと考えると、やっぱり緊張してしまいます」
ヒカリは手に持ったオレンジジュースを見ながら話した。
「そっか」
マリーは優しそうな口調で言う。
「でも、マリーさん……。たとえ相手が呪いの魔女だって、絶対に諦めない自信だけはあります!」
ヒカリは笑顔を浮かべながらマリーの顔を見た。
「ヒカリ……」
マリーは驚いているようだった。すると、マリーは笑顔になり、ヒカリの頭を少し強めになで始めた。
「ふふ! 当たり前よ! あんたもROSEの一員なんだから!」
マリーは元気よく言った後、ヒカリの薔薇を模した髪留めを見る。
「……あなたにこの髪留めをあげてよかった」
マリーは落ち着いた口調でそう言った。
「でも、本当はマリーさんの大切なものなんですよね」
ヒカリは少しだけ申し訳なさそうに言う。
「どうせ、ハナ婆から聞いたんでしょ? あの人はおしゃべりだから。……たしかに、これは私の亡き夫からもらった大切なもの。……でも、そのおかげであなたがここに来てくれた。だから、これでよかったの」
マリーは少し遠くを見るような目をして話した後、笑顔でヒカリを見つめた。
「……マリーさん」
ヒカリはマリーの思いが嬉しすぎて感動してしまった。
「じゃ、今日はしっかり食べて明日に挑みなさい!」
マリーは笑顔で元気よく言った。
「はい!」
ヒカリも元気よく返事をした。すると、急にマリーは料理を指差した。
「ちなみに! これは私が作った玉子焼きだから!」
マリーは玉子焼きを指差しながら言う。
「ふふ。いただきます!」
ヒカリは笑顔で言った。その後、壮行会は二十一時頃まで盛大に行われた。
壮行会が終わり、ヒカリは寮のベランダで夜の海を眺めていた。すると、隣の部屋のエドがベランダに出てきた。
「ほら」
エドはそう言いながら、二つに割れるタイプのアイスの半分を渡した。
「ありがとう」
ヒカリはアイスを受け取った。ヒカリとエドは並んでアイスを一口食べる。ヒカリはアイスを食べながら夜の海を眺めていたが、エドの視線に気づきエドの方を向いた。すると、エドは少し心配そうな表情を見せた後、すぐに視線をそらした。
「どうだ? 気分は?」
エドは視線をそらしたまま問いかける。
「……あんまり、良くはないかな」
ヒカリは少し下を向きながら言った。
「そっか」
エドはそう言うと何も言わなかった。それから、しばらく沈黙が続いた。ヒカリはその沈黙の中、エドがベランダに来るまでに考えていたことを思い出し、心の中が落ち着かなくなってきた。そして、ヒカリは口を開く。
「エドがベランダに来るまでさ、ずっといろんなことを振り返ってたんだ。……両親を失ったこと、友達がなかなかできなかったこと、ばあちゃんが死んじゃったこと。……なんとなく悲しい思い出ばかりだなって。……でも、ROSEに来てからは楽しいことがいっぱいあった。皆でご飯食べたり、農業したり、薔薇の手入れしたり」
ヒカリは過去を振り返りながら話す。話し終えるとヒカリは、夜空を見上げて涙を流し始めた。
「…………めちゃくちゃ楽しかったなー」
ヒカリは夜空を見て泣きながら言う。
「ヒカリ……」
エドは小さな声で言った。
「でも、もし魔女試験に不合格だったら、もうこの生活も終わりなんだよね。…………う。……っぐ。……嫌。……そんなの嫌よ! ……絶対に嫌! これからもずっと、ROSEの皆と一緒に生きていきたいから……。そりゃ、涙だって出るよ……」
ヒカリは両手で溢れ出る涙を拭いながら言う。すると、エドがベランダの境界の柵越しにヒカリを抱きしめた。
「ヒカリなら、絶対に大丈夫だ! 絶対に!」
エドは力強く抱きしめながら言う。
「……うっ。……私っ。……今度は絶対に諦めない。……絶対に合格するよお」
ヒカリは涙が止まらなかった。
「あぁ、皆で待ってる」
エドは抱きしめながら優しい口調で言った。ヒカリにとって二度目であり最後の魔女試験。その結果次第でこれからの人生も変わる。どうしても魔女試験に合格したい、ROSEの皆と一緒にいたい。その気持ちが高まると、不安な気持ちがどんどん溢れ出してくる。でも、エドが抱きしめてくれることで、そんな不安な気持ちもだんだん和らいでいった。
きっと、誰だって一人では辛い時がある。昔の自分なら辛い気持ちを押し殺して、できるだけ余計なことをやらないで生きてきた。その分、何も挑戦してこなかったし、熱くなることもなかった。ただ、こうやって本気で乗り越えたいものを目の前にして不安になった時、支えてくれる人達がいるというのは、すごく幸せなことだと素直に思った。そうやって、人は支え合いながら生きていくものなのだろう。
そして、ヒカリはエドのおかげで、胸の中にあった魔女試験に対する不安な気持ちを、自分の力で抑えられるほどの状態になることができた。それから、最後の魔女試験を万全の状態で挑むために、早めに布団に入った。
最後の魔女試験当日の朝、ヒカリは会社の前でマリーを待っていた。するとマリーが現れる。
「おはよう」
マリーは落ち着いた口調で言う。
「おはようございます!」
ヒカリは真剣な表情で言う。
「ふふ。去年とは違うわね。……すごく、たくましくなっているわ」
マリーはそう言いながらヒカリの頭を優しくなでた。
「ふふ!」
ヒカリはマリーから褒められたのが嬉しくて、笑ってしまう。マリーはヒカリの頭をなでるのをやめ、真剣な表情を浮かべる。
「じゃ、行くわよ! 覚悟はできてる? ……なんて、もちろん聞かない」
マリーは真剣な表情で言った。そして、目の前の景色が歪んだ後、ヒカリとマリーは呪いの魔女の館の前に立っていた。
「行くよ!」
「はい!」
ヒカリとマリーは呪いの魔女の館に入っていく。大広間に着くと前回よりも少し多い、十三人ほどの魔女見習いが集まっていた。
「前回よりも多いですね」
ヒカリはつぶやいた。
「そうだね」
マリーは軽く返事をした。すると、大広間二階の奥の扉が開き、呪いの魔女が現れた。
「ひっひっひっ! また、こんなにたくさんいるのかい! 人間がぁっ!」
呪いの魔女が魔女見習い達を見下ろしながら、恐ろしい形相で言う。ヒカリは怖気づくこともなく、呪いの魔女をしっかりと見つめた。すると、呪いの魔女は、ヒカリを見て一瞬固まった後、すぐに他の魔女見習いに視線を移した。
「それじゃ、魔女試験を始めるかい。……今回の試験は、……どうしようか。……んー。……まぁ、『前回と同じ』でいいだろう。……誰も合格者はいなかったしね」
呪いの魔女は落ち着いた口調で言う。ヒカリは『前回と同じ』という言葉に少し反応した。
「さて、魔女は全員そっちの部屋に行きな!」
呪いの魔女は力強く言った。
「またか! ……くそ」
マリーは呪いの魔女を睨んだ後、他の魔女と一緒に隣の部屋に入っていった。
「さて、まずはこれからだ。……ほれ」
呪いの魔女がそう言うと、ヒカリは燃え盛る炎の中に立っていた。
ヒカリは自分の体に視線を移すと、炎が全身にまとわりついているのがわかった。去年なら炎の熱さと痛さで叫んでいた事態なのだが、今回のヒカリは叫ばない。それからヒカリは、周りを見渡しながら何かを探した。すると、燃え盛る炎の奥の方から、何やら声が聞こえてきた。ヒカリはその声のする方へゆっくりと歩き出す。
「助けてくれー! 体が焼けてしまう!」
「なんで助けてくれなかったのー?」
ヒカリは無言でその声のする方に近づいていく。怖気づくことなく歩みは止めない。すると、二人の人物が見えてきた。やはり、去年と同じで、炎に焼かれているヒカリの両親だった。
「こんな火事の中、お父さんをなんで置いて行ったんだー?」
「もう熱くて痛くて地獄だわー!」
ヒカリは何も言わず両親に近寄り続ける。ヒカリは歩きながら歯を食いしばった。
「この幻は、自分の弱さ、自分のトラウマだ。この炎は熱くも痛くもない。それが今の自分ならわかる。もうこんなトラウマに負けたりなんかしないから……」
ヒカリはそうつぶやくと、炎に焼かれていている両親を抱きしめた。
「お父さん。お母さん。……あの時、私を助けてくれたんだよね。ありがとう」
ヒカリが両親を抱きしめながら言うと、両親は黙ったまま体の力を抜いた。
「あの時、マリーさんが一階から来たのは、きっと、お父さん達が私を助けるようにマリーさんに言ったんだって、よく考えたらわかったから。マリーさんの表情を思い返せば、そんなのわかるよ……」
ヒカリは両親に向けて感謝を伝える。気がつくと、涙が溢れ出して体が震えていた。
「あれからね。私、友達たくさんできたよ……。小学校、中学校、高校も卒業して、今ではちゃんと仕事もしてるんだよ……。お父さんとお母さんがいなくなって、すごく辛かった。……悲しかった。……寂しかった。…………。……でもね。……やっと自分の居場所が見つかったんだ。……だから、毎日楽しいし、心の底から生きていてよかったって思うの。……本当に……私を産んでくれて、育ててくれて、ありがとう。……ヒカリは、これからもずっとお父さんとお母さんのこと忘れないからね……」
ヒカリは泣きながら両親を強く抱きしめた。幻とはいえ、こうやって再会できて、本当に嬉しかったから。そして、ヒカリは名残惜しい気持ちもありつつ、両親からゆっくりと離れる。
すると、突然周りの炎が消えて、両親も火傷の無い普通の姿に戻った。両親は笑顔を浮かべ涙を流しながらヒカリの顔を見つめた。
「お父さん達は、ヒカリが元気ならそれでいいんだ」
「ちゃんと好き嫌い言わずに、何でもしっかり食べるのよ」
両親は優しい口調でそう言った。
「うん」
ヒカリは涙を流しながらうなずく。すると、両親が消えていき、周りも元の大広間に戻る。ヒカリはローブの袖で涙を拭い周りを見渡すと、ヒカリ以外の魔女見習いは一人しか立っておらず、他は全員床に倒れていた。
そして、突然、目の前に呪いの魔女が現れる。
呪いの魔女の幻に打ち勝ったヒカリは、呪いの魔女を見つめて堂々と立っていた。
「ほう。二人も残ったか。それじゃ、最終試験を始めるかの」
呪いの魔女がそう言うと、ヒカリともう一人の魔女見習いは、不気味な森の前に立っていた。ヒカリともう一人の魔女見習いは、周りが気になり見渡す。
「ここはどこよ! すっごく気味が悪い!」
もう一人の魔女見習いが言う。少し身長が低く、暗い紫色の帽子とフード付きのローブを身につけ、黒い靴を履いた明るい茶髪でおかっぱの女の子だ。
「ひっひっひっ! ここは私が作った魔界樹の森さ」
呪いの魔女は笑いながら言う。
「魔界樹の森……」
ヒカリはその森の名前からも危険度の高さを感じた。
「ここは、もちろん、あんたたちの知っているような、普通の森じゃーないからね。ひっひっひっ! ……あそこに塔が見えるだろう?」
呪いの魔女は笑いながら言った後、どこかを指差した。呪いの魔女が指差した方向を見てみると、遠くの方に大きな塔が見えた。
「日没までに、あの塔の頂上にくること。それが、最終試験の内容さ。……さぁ、開始だよ。二人もいるんだから、仲良くもがきなさい。ひっひっひっ!」
呪いの魔女はそう言うと、目の前から消えていった。ヒカリは、呪いの魔女が最後に言った言葉の意味がわかり、すぐにもう一人の魔女見習いに話しかけようとした。しかし、もう一人の魔女見習いは、ほうきに乗り飛び去ってしまう。
「待って! 二人で協力した方がいい!」
ヒカリはもう一人の魔女見習いに向かって叫んだ。
「私は強いのよ! あんたなんかの力を借りなくても、こんな試験、余裕で乗り越えられるんだから!」
もう一人の魔女見習いはそう言うと、森の中に入っていった。ヒカリは少しだけ呆然としたが、すぐに気を取り直して周りの観察を始めた。
「森の上空には、常に何か大きな生き物がたくさん飛んでいる……。なんだあれ、鳥のような、人のような、見たこともない生き物だ……。空を飛んで簡単にたどり着けるほど、甘くはないか」
ヒカリは塔に向かう最善なルートを考える上で、一番思いつきやすい空に目を向けたが、やはりそこは、単純に通れるほど甘くないことが理解できた。そして、森に目を向ける。
「だとすれば、何が潜んでいるのかわからないけど、何かあっても身を隠せるから、森の中を通った方がいいな。……それに、あれだけ高い塔だから、少し飛べば進行方向を間違えずに済みそうだし。……そうしよう!」
ヒカリは冷静に判断して森の中を通ることに決めた。
ヒカリは周りを警戒しながら森の中をほうきで飛んでいく。すると、奥の方から悲鳴が聞こえた。
「悲鳴? 魔女見習いの子?」
ヒカリは焦った。その悲鳴がもう一人の魔女見習いの声だったからだ。ヒカリは悲鳴が聞こえた方へ急いで向かった。
すると、もう一人の魔女見習いが木の枝にグルグル巻きになり、大きな生き物に襲われている状況が確認できた。大きな生き物をよく見ると、全身が濃い緑色で、目が一つだけの体長十メートルほどの巨人のようだ。
ヒカリは緑色の巨人の間をすり抜け、もう一人の魔女見習いのそばまでたどり着いた。もう一人の魔女見習いはどうやら気を失っているようだ。
「気を失っているだけか。でも、すごいケガしてる」
ヒカリは気配を感じて後ろを振り返ると、緑色の巨人が襲い掛かってきていた。ヒカリはとっさに逃げることができず、全身を巨人の両手で握られてしまった。巨人は大声で叫びながら、ヒカリを握りつぶそうと力を込め始めた。
「……っぐ。…………」
ヒカリは痛みに耐える。すると、緑色の巨人は、一瞬驚いた様子で固まった後、ゆっくりと力を緩め始めた。
「……なんで、抵抗しない?」
緑色の巨人はヒカリに問いかけた。
「あなたが私を殺すつもりがないって、わかったから」
ヒカリは少し苦しい表情を浮かべながら言う。
「なぜ、そう思う?」
緑色の巨人はじっとヒカリを見つめながら言った。
「なんとなくわかる……」
ヒカリはそう言った。
「この森には、何が目的だ?」
緑色の巨人は、さらにヒカリに顔を寄せて問いかける。
「あの塔に行きたいの。だから、ちょっとだけ通らせて欲しい」
ヒカリは右手で塔を指差して言う。すると、緑色の巨人はヒカリを握りつぶすのをやめ、ヒカリをゆっくりと地面に下ろした。
「お前はいいやつだと思った。だから何もしない」
緑色の巨人は落ち着いた口調でそう言った。
「ありがとう。……あの! えっと……緑さん!」
ヒカリはなんて呼べばいいのかわからなかったので、とっさにそう言った。
「み、緑さん? 俺のことか? はははは!」
緑色の巨人は少し戸惑った様子を見せた後、大声で笑いだした。
「もし、気にさわったならごめんなさい! 名前があれば、教えて!」
ヒカリは問いかける。
「……名前はない」
緑色の巨人は遠くを見て、ほんの少しだけ寂しそうに言った。その後、ヒカリの顔に視線を移して笑みを浮かべる。
「だから、お前に名前を付けてもらえて、すっごく嬉しかった! 人間よ、お前の名前は?」
緑さんは嬉しそうに言う。
「私はヒカリ!」
ヒカリは元気よく名乗った。
「ヒカリか! いい名前だ!」
緑さんは笑顔でそう言った。
「あの! あそこの魔女見習いの子を解放してもらえないかな?」
ヒカリは緑さんにお願いをする。
「あいつはヒカリの仲間なのか?」
緑さんは問いかける。
「うん。まだあまり話したことないけど、これから仲良くなれるってわかる」
ヒカリは真剣な表情を浮かべてそう言った。
「それなら俺はもう手を出さない。ただ、解放してほしいのなら、俺じゃなくて魔界樹に相談するんだな。……それじゃ、気を付けて行って来いよー!」
緑さんはそう言うと、大きな足音をたてながら去っていった。すぐにヒカリは、もう一人の魔女見習いに駆け寄り、その体を縛っている木の枝に優しく手を触れた。
「私たち、この森を通りたいだけなの。この子が何をしたかは知らないけど、決して悪い子じゃないと思う。だから、離してもらえないかな?」
ヒカリが真剣に言うと木の枝が緩み、もう一人の魔女見習いが解放された。
「サイクロプスが認めたならば、あなたは悪い人じゃない。そんなあなたが言うならば解放します」
魔界樹は優しい口調でそう言った。
「ありがとう!」
ヒカリはそう言うと、すぐにもう一人の魔女見習いの様子を見る。木の枝の圧迫がなくなったからか、顔色も良くなっていた。
「大丈夫?」
ヒカリはもう一人の魔女見習いに声をかけた。
「……う。……なんで、あんたが。いててて!」
もう一人の魔女見習いは意識を取り戻し、ゆっくりと立ち上がろうとする。ヒカリはもう一人の魔女見習いがしばらく歩けない状態だと一目見てわかった。
「すごいケガしてるから、動いちゃダメよ!」
ヒカリはもう一人の魔女見習いを支えながら言った。
「やめてよ!」
もう一人の魔女見習いは、ヒカリの手を振り払いながら言う。そして、もう一人の魔女見習いはヒカリの支えがなくなり、尻もちをついてしまった。
「ほら! 一緒に行くよ! まだ大人を乗せては飛べないから私の背中に乗って! 何が出るかわからない森なんだから!」
ヒカリはおんぶの姿勢をしながら、もう一人の魔女見習いに言う。
「どうせ私は、もう何もできないのよ! ただのお荷物じゃない! 誰かのお荷物になるくらいなら、死んだ方がマシよ!」
もう一人の魔女見習いは大声で言った。その瞬間、ヒカリはもう一人の魔女見習いを思いっきりビンタした。
「……そんな悲しいこと、言わないで」
ヒカリは悲しい表情を浮かべながら力強く言った。すると、もう一人の魔女見習いは驚いた表情を見せた後、視線をそらした。
「……ごめん」
もう一人の魔女見習いは小さい声でそう言った後、ヒカリの背中に乗った。
「でも、私をおぶってたら、日没までに間に合わなくなっちゃうよ。あなた、魔女になれなくなってもいいの?」
もう一人の魔女見習いは心配しているようだった。
「困っている人がいるから助ける。それだけよ。……それに、まだ諦めたわけじゃない! 間に合うように頑張るし!」
ヒカリは笑顔でそう言った。
「……あんた、名前は?」
もう一人の魔女見習いは問いかける。
「私はヒカリ」
ヒカリは名乗った。
「私はリカ。この恩は必ず返すわ」
リカはそう言った。
「よろしくね。リカ」
ヒカリはリカと少し打ち解けられた気がして嬉しかった。
「うん。……よろしく」
リカは恥ずかしそうに小さな声で言った。
「ヒカリ、この森の中央の塔に行きたいんですよね?」
魔界樹がヒカリに話しかけてきた。ヒカリは話しかけてきた魔界樹の方に体を向ける。
「うん! そうだよ!」
ヒカリは魔界樹に返事をする。
「中央に行くなら気を付けてください。ダークウィザードという魔法を使ってくる恐ろしいやつが四体いますので」
魔界樹はそう言った。
「ダークウィザード。……それは、魔法使いなの?」
ヒカリは魔界樹に質問した。
「いえ、魔法使いは魔法を使える人間ですが、ダークウィザードは魔法が使えても人間ではありません」
魔界樹はそう言った。
「そんなのがいるんだ……。わかった! いろいろとありがとう!」
ヒカリは魔界樹にお礼を言うと、リカをおぶって歩き出した。
「ねぇ。……あんた、いろいろ大丈夫なの?」
リカは何かわからないがヒカリのことを心配していた。
「ん? 大丈夫だけど?」
ヒカリは特に体の具合も悪くなかったのでそう言った。