かのやばら園の魔法使い ~弊社の魔女見習いは契約社員採用となります~

 ヒカリはエドに何を質問するかを考え始めたが、パッと思い浮かぶものが無く黙ってしまった。

「めちゃくちゃ質問攻めじゃねえか!」

 エドは戸惑ったような口調でそう言った。

「あれ!」

 ヒカリはたこ焼き屋を指差す。

「たこ焼きを食べよう!」

 ヒカリはエドへの質問ではなく、たこ焼きを食べることを提案した。

「……おう!」

 エドはまた質問が来ると思っていたのか、少し安心した様子を見せた後、元気よくそう言った。



 ヒカリとエドは浜田海水浴場の傍にあるたこ焼き屋に到着した。たこ焼き屋に近づくと、男性店員が元気よく声をかけてきた。店員はこの男性一人のようだ。

「たこ焼き二つください!」

 ヒカリは元気よく注文をした。

「あいよ!」

 たこ焼き屋の店員は元気よく返事をした。

「私、ここのたこ焼き大好きなの!」

 ヒカリは笑顔でエドに向かって話す。

「うまいよな! 俺もたまに買いに来る!」

 エドもここのたこ焼きが好きなようだ。

「そうだ! 今度寮でたこ焼きパーティーしようよ!」

 ヒカリは少し興奮しながらエドに話す。

「それいいな! 魔女試験が終わったらやろう!」

 エドがそう言うと、二人とも固まってしまった。なんとなくだが、『魔女試験』という言葉が禁句のような扱いになっているのだろう。

「はい、お待ち! つまようじは一本でいいかい?」

 たこ焼き屋の店員は元気に笑顔でそう言った。

「二本で!」

 ヒカリとエドは同時に言った。ヒカリはカップル扱いされたのがわかったので、お互い気まずくなるのを避けるために、つまようじの本数を人数分にした方がいいと瞬時に思ったからだ。きっとエドも同じ考えなのだろう。

「…………あいよ」

 たこ焼き屋の店員は少しだけ悲しそうな表情でそう言いながら、注文したたこ焼き二つをエドに渡した。

 たこ焼きを受け取った後、ヒカリとエドは浜田海水浴場の海が見えるベンチに座った。ヒカリは自分の分のたこ焼き一パックをエドから受け取り、膝の上に置いて蓋を開ける。すると、たこ焼きの美味しそうな香りが漂ってきて、すぐさま、つまようじの刺さっていたたこ焼きを口の中に放り込んだ。

「おいしい!」

 ヒカリは久しぶりに食べるたこ焼きの味に感動した。

「うんまい!」

 エドも感動しているようだ。お互いたこ焼きにすごく感動したからか、次の瞬間にはハイタッチをしていた。

「やっぱり、ここのたこ焼きは最高だわー!」

 ヒカリはもう一つたこ焼きを口に放り込みながらそう言った。

「わかる! わかる!」

 エドもたこ焼きを食べながら興奮した様子で言う。ヒカリはたこ焼きを食べている自分と、隣にいてくれるエドについて改めて考えた。本当は仕事をしていたはずなのに違うことをしている。なんとなくだけど、ズルをしているような気もしてしまう。ただ、少しの時間でも魔女試験以外のことを考えるというのは、今の自分にとってすごく大事なことだと思う。たこ焼きもおいしいし、エドと話しながら散歩するのも楽しかった。ずっと長い間たくさん我慢してきたのだろう。

「…………エド。……ありがとう」

 ヒカリはエドに伝わって欲しい気持ちが込み上げてきた。

「ん?」

 エドはたこ焼きを食べながらヒカリの方を向いてそう言う。

「エドのおかげで、魔女試験でいっぱいになってた頭の中が落ち着いたみたい。……だから、本当にありがとう」

 ヒカリは少しだけ頭を下げてそう言った。

「本当か! それならよかった! ……ヒカリならきっと魔女になれるよ。俺はそう信じてるからさ」

 エドは笑顔を見せた後、優しい表情を浮かべながらそう言った。

「エド……。……ありがとう」

 ヒカリはエドの温かい気持ちがとても嬉しかった。それから、しばらくしてヒカリとエドは寮に戻っていった。



 ヒカリとエドが寮に戻ると空からリンとシホが降りてきた。

「お! そっちも帰ってきたか!」

 エドはリンとシホを見ながら言う。

「ヒカリちゃん、少しは落ち着いた?」

 シホは落ち着いた様子でそう言った。

「はい! シホさんはどうですか?」

 ヒカリは元気よく返事した後、シホを心配しながら質問した。

「私もだいぶ落ち着いたよ!」

 シホは笑顔でそう言った。

「さてと、それじゃいきますか!」

 エドとリンが口を揃えてそう言った瞬間、四人の中央から光が放たれたので、ヒカリはとっさに目を閉じた。

 ヒカリがゆっくりと目を開けると、目の前には美味しそうな料理が並んでいるテーブルがあって、ROSEの社員が着席していた。よく見るとここは寮の食堂のようだ。

「ようやく、主賓登場ね! さぁ、始めるよ! シホとヒカリの壮行会を!」

 マリーがそう言うと他の社員は盛り上がっていた。

「え。なにこれ」

 ヒカリはまだよくわかっていなかった。

「ふふ。ヒカリちゃん、皆が私たちのために壮行会を開いてくれたんだよ!」

 シホはヒカリの顔を見ながら笑顔でそう言った。ヒカリはやっと理解できて嬉しい気持ちが溢れてくる。

「せーの……皆さん! ありがとうございます!」

 シホはヒカリに合図を出しながら、シホとヒカリの二人でROSEの皆に向かって、大きな声で感謝の気持ちを伝えた。

「当たり前だろ! 壮行会くらいさせてくれよ! 輝いてるぞ二人とも! 頑張れよー! ずっと皆で応援してるからなー!」

 ROSEの皆がヒカリとシホに応援の言葉を投げかける。止まない応援の言葉にだんだんと胸が熱くなってくる。こんなにも応援してもらえることが嬉しくて、涙が出てくる。

「んぐっ。ん。ん」

 ヒカリはぐっと涙をこらえた。それは、皆の応援に対して、笑顔で元気よく応えた方がいいのかもしれないと、隣で涙をこらえているシホの様子を見て思ったからだ。

 やはり、シホは強い人だ。体が震えるほど涙をこらえているのが見ていてわかる。先輩だから泣きじゃくっている姿を見せたくないのか、人前で涙を流さないかっこいい自分でいたいからなのか、本当の理由はわからない。だけど、きっとROSEの皆が安心できるような、強い人間であることを見せたいのだろう。だからこそ、こんなにも我慢しているはずだ。魔女見習いの先輩を見習って、自分もここは笑顔で応えよう。そんなことを考えていると、シホが一歩前に進んだ。

「うわぁーーん! みんなありがどおおおおーーーーー!」

 シホが号泣しながら大声で言った。ヒカリはシホに対して、思わず心の中でツッコミを入れてしまった。でも、嬉しい感情を素直にさらけ出す人を見ていて、こんなにも気持ちがいいものだとは思わなかった。感動の涙はたとえ人前であろうと恥じるものではないと思った。だから、自分もシホと同じように素直になろう。ヒカリも一歩前に進みシホの横に並んだ。

「……ありがとう! 頑張るー!」

 ヒカリも泣きながらそう言った。すると、目の前にベルが歩いてきた。

「お二方は未成年ですので、こちらをどうぞ」

 ベルはそう言ってオレンジジュースを渡してきたので受け取る。

「それじゃ、皆グラス持ってるか? いくぞ! ……ROSE株式会社、魔女見習いシホとヒカリの二名が、魔女試験に合格することを祈念して、カンパーイ!」

 マリーが大きな声でそう言うと、社員一同も大きな声で『カンパーイ!』と言った。それから、ヒカリとシホのための壮行会が盛大に行われた。
 魔女試験当日の早朝、ヒカリはシホと一緒に会社の玄関の前で、ローブ姿に着替えてマリーを待っていた。

「おはよう」

 マリーが目の前にローブ姿で突然現れる。

「おはようございます!」

 ヒカリとシホは挨拶をする。

「昨日はちゃんと眠れた?」

 マリーは笑顔で問いかける。

「ある程度は眠れました」

 ヒカリは少し苦笑いしながらそう言った。

「私もそれなりに」

 シホも同じような表情で言う。

「少しは眠れたならよかった。……さて、今日はいよいよ魔女試験当日だ! 覚悟はできてる? ……なんて聞かない」

 マリーがそう言うと目の前に光が放たれた。その後、目の前の光が消えると、高い塀に囲まれた大きな館の前に立っていた。

「うわー! すっごい大きな館!」

 ヒカリは思わず声に出してしまった。

「シホは去年も来たことあるからわかると思うけど、ここが試験会場だ。魔法界一の魔女と呼ばれている『呪いの魔女』が住んでいる館で、魔女試験の合否は全てそいつが握っている。それと、この館には、魔女見習いとその責任者一人だけしか入ることができない。だから、会社の仲間も応援に来れないのが少し残念なところかな。今日はここに世界中の魔女見習いが集まってくる、とはいえ、ほんの少人数しかいないんだけどね」

 マリーはヒカリに説明した。

「そうなんですね」

 ヒカリはうなずきながら返事をする。

「それじゃ、入るよ!」

 マリーは力強く言った。

「はい!」

 ヒカリとシホは元気よく返事をして、館に足を踏み入れる。


 
 マリーの後をついていき、館の大きな玄関を通ると大広間に到着した。ものすごく高い天井と左右両側に設置されている幅の広い階段、壁にはいくつもの絵画が飾られている。

「なんか、すごいとこに来ちゃったみたい……」

 ヒカリは見慣れない雰囲気の建物に緊張した。ふとシホの方を見ると、あまり緊張していない様子だった。大広間には自分達以外にも、魔女見習いが七人ほどいるようだ。

「時間だな」

 マリーはつぶやいた。

「え?」

 ヒカリはマリーがつぶやいたのが気になりマリーを見ると、階段を上がったところにある大きな扉をじっと見ていたので、ヒカリもその扉に視線をおいた。すると、なんだか不気味な声が聞こえてきた。

「……ひっひっひっ! 人間臭い」

 扉の奥から不気味な声が聞こえた後、扉が開きローブ姿のお婆さんが出てきた。

「集まったようだね」

 ローブ姿のお婆さんは二階の手すりまで寄るとそう言った。

「あれが、呪いの魔女だ」

 マリーはヒカリに伝えた。

「魔女試験を始めるかい」

 呪いの魔女は不気味な笑みを浮かべながらそう言った。ヒカリは一瞬で呪いの魔女に対して恐怖心を抱いてしまった。誰がどう見ても恐ろしい形相で、マリーもシホも気を抜くことなく構えている。大広間にいた全員の空気感が警戒態勢に変わり、ヒカリも同じように警戒した。

「シホさん、呪いの魔女って、すごい怖いですね」

 ヒカリはシホに話しかけた。

「そうね……」

 シホは軽く返事をした。

「あいつは本当に恐ろしく危険な魔女だからね」

 マリーはそうつぶやいた。ヒカリは恐ろしすぎて言葉を失う。

「……八、九。ふふふ。九人かい。……じゃあ今回は、三つの試験で終わりにするかな」

 呪いの魔女は大広間を見ながらそう言った。

「三つの試験!」

 シホは驚いた様子でそう言った。

「えっ? どういうことですか?」

 ヒカリはシホに問いかける。

「去年は、二つの試験で合否を判定したんだけど、今回は三つの試験、つまり三次試験まであるってことみたい!」

 シホは少し大きな声で言った。

「そこのお嬢ちゃんが言うとおり」

 呪いの魔女はシホを見ながらそう言った。

「じゃ、人間だけ残して、魔法使いはこの部屋から出ていきな!」

 呪いの魔女は力強くそう言った。ヒカリは少し震えながらマリーを見ると、マリーは呪いの魔女を睨んでいた。すると、呪いの魔女もマリーの視線に気づいたようだった。

「ほれ? そっちの部屋で茶でも飲みながら待ってなさい。……ひっひっひっ!」

 呪いの魔女はマリーをあざ笑うかのようにそう言った。

「……私は、お前なんかを信じられない」

 マリーは恐ろしい呪いの魔女に対して、引きもせず言い放った。

「……お前だと? あぁーー! いつからそんな口を利けるようになったんだい! マアアリイイイイイイイイイイイイ!」

 呪いの魔女は、この世の物とは思えないほどの恐ろしい形相でそう言った。ヒカリは呪いの魔女が怖すぎて、震えてしまい座り込んでしまう。少しの間、沈黙が続いたのでヒカリはマリーを見ると、マリーはまだ呪いの魔女に対して、睨みつけた状態で堂々と立っていた。

「……ふっ。ひっひっひっ! はっはっはっ! ……あぁー。心配するな。命までは取らないよ。…………たぶんな」

 呪いの魔女は大声で笑った後、不気味な笑みを浮かべながらそう言った。

「もしものことがあった時は、私がお前を殺す!」

 マリーは呪いの魔女に対して強気で言う。

「ひっひっひっ! ……わかったよ」

 呪いの魔女がそう言うと、マリーは大広間の隣の部屋に入っていった。大広間には魔女見習いだけが取り残され、他の魔女見習い達は少しざわついているようだった。

「これから、一次試験を開始する。……と、その前に。……死にたくない人は帰りなさい。……十分だけ考える時間をあげるよ。もし、出ていくならその間に出ていきなさい」

 呪いの魔女はそう言って、大広間二階の奥の部屋に入っていった。大広間に残った他の魔女見習い達がざわつき始める。

「ちょっと、どうする? さすがにやばいよね。死にたくないわよ。別に魔女になるのに命かけたくないし……」

 周りの魔女見習い達が話している不安そうな話が聞こえてくる。

「えっと……。シホさん……」

 ヒカリは周りの魔女見習い達が相談しているのを見て、自分もシホに相談しようと話しかけた。しかし、シホは返事をせずにじっと立っていた。その時ヒカリは、自分にとってすごく大事な時まで、誰かに頼ってしまっていることに気づいた。シホも自分で考えて選択しようとしているのだろう。だからこそ、ヒカリも自分で考えないといけないと強く思い、シホとの相談をやめた。すると、数人の魔女見習い達が大広間から出ていくのが見えた。

「……んー。ネガティブになっちゃだめだ。……とにかく、ポジティブにいこう」

 ヒカリは小さい声でつぶやく。その後、心の中で『きっと大丈夫だ』と何度も何度も言い聞かせ続けた。ふと、周りを見渡すと残っている魔女見習いはヒカリとシホを合わせて五人だった。だけど、やはり余計なことは考えないようにして、とにかく逃げたくなる気持ちを抑えることだけに集中しよう。

「ふー。……ヒカリちゃん、この状況、めちゃくちゃ怖いね」

 シホは体に力が入った状態で固まりながら、ヒカリに話しかけてきた。

「はい。怖すぎて、気を抜くとすぐに逃げ出したくなります」

 ヒカリもシホと同じく、体に力が入った状態で固まりながら言う。

「でも、今日のために、ずっと死ぬ気で頑張ってきたからさ。私、意地でも引き下がれないよ」

 シホは少し涙目になりながらも、真剣な表情で力強くそう言った。

「……そうですよね」

 ヒカリは小さくうなずいた。



 それから二分ほど経った時、大広間二階の奥の部屋から呪いの魔女が戻ってきた。

「ひっひっひっ! 時間だね」

 呪いの魔女は、相変わらず不気味な笑みを浮かべながらそう言った。

「さて、ここに残っている子たちは、死ぬ覚悟はできているってことでいいかい?」

 呪いの魔女はそう言った。しかし、呪いの魔女が怖すぎるからか、誰も返事をしなかった。

「……ふふ。……はい、一次試験終了」

 呪いの魔女がそう言うと、魔女見習い達はみんな驚いている様子だった。

「次は三十分後に開始する」

 呪いの魔女は、また大広間二階の奥の部屋に入っていった。

「はぁ」

 シホはため息と同時にその場に座り込んだ。

「えっと、何がなんだか……」

 ヒカリは訳も分からずつぶやいた。

「……めっちゃ怖かったー。でも、無事に一次試験を合格できたみたい!」

 シホは笑顔でそう言った。

「えっ! そういうことですか! よかったー! やばい選択したのかと思って、ビクビクしちゃってました! なんだー、冗談だったんですね!」

 ヒカリは、魔女試験の一次試験を合格できた喜びがわき上がってきた。

「びっくりしたねー」

 シホは落ち着いた様子で言った。しかし、その後、少しの間だけ不安そうな表情で、何かを考えているようにも見えた。
 ヒカリはシホの隣に座った。

「九人から五人になっちゃいましたね」

 ヒカリは少し下を向いてシホに話しかける。

「うん。でも、今回は多かった方かな。前回は、受験者が六人だったから」

 シホはそう言った。

「そうなんですね。前回は、二次試験までだったんですよね? 一次試験を合格したのは、そのうちの何人だったんですか?」

 ヒカリはシホに質問した。

「……一人だけ」

 シホは浮かない顔で答えた。

「もしかして、前回の合格者って……」

 ヒカリは恐る恐る言った。

「うん。ゼロ人だったの」

 シホがそう言うとヒカリは言葉が出なかった。

「それだけ、魔女試験の難易度は高いのよ」

 シホは落ち着いた口調でそう言ったが、ヒカリは魔女試験合格の希望が薄れていく気がして、少しだけ落ち込んでしまった。

「大丈夫! 今回はどちらかが、いや、二人とも合格できるかもしれないし! がんばろう!」

 シホが優しく元気づけてくれたので、ヒカリはそのシホの笑顔を見て気持ちが戻ってきた。

「そうですね! 頑張りましょう!」

 ヒカリは元気よく言った。

「うん」

 シホも笑顔で返事してくれた。



 一次試験が終わってから三十分が経過した時、大広間二階の奥の部屋から再び呪いの魔女が現れた。

「それじゃ、二次試験を始めるかい。死ぬ覚悟はできているかって聞いたけど、あれは脅しなんかじゃないからね。……まぁ。……死なないように気を付けな。……ほれ」

 呪いの魔女がそう言うとヒカリは眠くなった。ヒカリは気がついて起き上がると、辺り一面が燃え盛る炎に包まれていた。そして、自分の体に目をやると、体中に炎がまとわりついていたのだ。一瞬で頭が真っ白になった。

「うわああああああ! 何よ! どういうこと! 体が燃える! 熱い、熱い、熱い! ぎゃあああああああ! だ、だ、誰か助けてえええええ!」

 ヒカリは、体中にまとわりつく炎が熱くて痛くてわめき散らした。何がどうなっているのかわからない。ただ、苦しいなんてものじゃない状況に、のたうち回ることしかできなかった。すると、どこかから声が聞こえてきた。

「だ、誰かいるなら助けてえええ! 痛い! 熱い! 助けて! 助けて!」

 ヒカリはのたうち回りながら、声のする方へ助けを求めた。すると、人影が見えたので、地べたを這いながら近づいた。

「助けて……」

 ヒカリはその人影に声をかけると、固まってしまった。なぜなら、目の前にいたのが、炎に焼かれながら全身大火傷している、自分の両親だったからだ。まさかの光景に恐怖しか感じなかった。

「ヒカリー。助けてくれー。お父さん、体中が熱くて痛いんだー」
「ヒカリー。なんでママたちを助けてくれなかったのー?」

 ヒカリの両親はそう言いながら、ヒカリに近づいてくる。

「……ひっ! やめて! やめて! 言わないで! 言わないで! 言わないでええええ! 熱い! 痛い! いやあああああああ!」

 ヒカリは必死に這って逃げながら叫ぶ。

「それなら、あんたには来年もチャンスがあるんだから、今回の魔女試験は終わりにするかい?」

 後ろから呪いの魔女の声が聞こえてきた。

「ぎゃあああああ! もう嫌だああああ! た、助けてえええ!!!」

 ヒカリはまだ必死に這って逃げながら叫び続ける。

「なんでママを助けてくれなかったのー?」
「教えてくれよー」

 ヒカリの両親はそう言いながらヒカリに詰め寄る。ヒカリは必死に逃げたが行き止まりに差しかかり、逃げられなくなってしまった。ヒカリの両親がじりじりと迫ってくる。

「どうだい? 楽になりたいでしょう? それなら、もう試験を終わりにするかい?」

 再び呪いの魔女の声が聞こえてきた。ヒカリの両親が目の前にきて、ヒカリを掴もうと手を伸ばしてきた。

「…………も、も、もう終わりにしてええええええええ!」

 焦りに焦ったヒカリはとにかく逃げたかった、苦しかった、辛かった、見たくなかった、聞きたくなかった、様々な負の感情が頭の中を巡り巡った結果、呪いの魔女に試験を終わりにするようお願いしたのだった。

「ふふ。そうかい」

 呪いの魔女がそう言うと、またすーっと気持ちよくなった後、眠くなった気がした。




 
 ヒカリは目を覚ますと会社の会議室にあるソファーで横になっていた。なんとなく胸のあたりが温かい気がして、ぼやけた視界で見てみると、誰かの手が胸に添えられていた。よく見ると、マリーが隣で椅子に座りながら、自分に魔力を送り込んでいるような状況に見えた。

「……マリーさん」

 ヒカリはマリーに話しかけた。すると、最初はウトウトしているようなマリーだったが、ヒカリが起きたことに気がつくと、少しだけ笑みを浮かべた。

「あぁ。起きたようね。……気分はどう?」

 マリーはヒカリに優しく問いかける。

「今は、……普通です」

 ヒカリは話し始めてから少し考えた後に答えた。寝ているのも偉そうなので座ることにした。

「それなら、よかった」

 マリーは安心した様子でそう言うと、座っていた椅子を少しだけ離して座り直した。するとその時、会議室の扉が勢いよく開き、ROSEの皆が流れ込んできた。

「うるさいよ! あんたたち!」

 マリーは流れ込んできたROSEの皆に怒鳴る。ROSEの皆は心配そうな表情でヒカリを見ていた。ROSEの皆を見てヒカリは、急に魔女試験のことを思い出してしまった。こんなにも心配してくれる仲間がいたのに、自分はなんてことをしてしまったのだろうかと。

「みんな! ごめんなさい!」

 ヒカリはROSEの皆に向けて頭を下げて力強く言い、言い終わっても頭を上げなかった。

「……私、二次試験の時、怖くて、怖くて……。最後に呪いの魔女から甘い言葉をかけられて……。それに簡単に乗ってしまうくらい、自分が弱い人間だったんだって、痛いほどわかった! ……本当にダサい! ダサい! ダサい! きっと心のどこかで、自分が受けたくて受ける試験だから、自分一人で挑んでいるものだと勘違いしていた」

 ヒカリは頭を下げたまま自分の気持ちを力強く言い、言い終わると頭を上げて皆を見た。

「でも、そうじゃないよね……。こうやって皆が応援してくれてるんだもん……」

 ヒカリは涙を流しながらそう言った。その後、涙を両手で拭う。

「だから! もう魔女試験を一人で受けてるって思うのをやめる! どんなに怖くてもROSEの皆の気持ちを無視したりなんかしない! 来年こそは、絶対に魔女試験合格するからーー!」

 ヒカリは号泣しながらそう言った。すると、ROSEの皆も泣きながら応えてくれた。こうして、ヒカリの一回目の魔女試験は幕を閉じた。





 次の日、ヒカリは体の調子も良かったので会社に出勤していた。シホは魔女試験の二次試験を突破したらしいが、三次試験が今日に延期されたそうで、今まさに三次試験を行っているとのこと。二次試験を突破したのはシホだけだったらしく、やはりあれだけの二次試験を突破できたシホの実力は、すごく高いのだと思い知った。

 それから夕方になってもシホは帰ってこなかったので、ROSEの誰もがすごく落ち着きがなく心配している様子だった。その時、会社の玄関が開いた。

「いらっしゃいま……シホさん!」

 ヒカリは玄関からマリーとボロボロになったシホが入ってきたので、驚いて大きな声で言った。すると、ROSEの皆も慌てて集まってきた。
「……全員いるようだな。……シホの最終試験の結果だが。…………不合格だった」
 
 マリーは悔しそうな表情を浮かべながら言った。残念な結果に、誰一人として言葉が出ない。

「…………うそでしょ」

 ヒカリはつぶやいた。あれだけの二次試験を乗り越えたシホが、まさか不合格なんて信じられなかった。

「シホ、『最後に』皆に挨拶しな」

 マリーはシホにそう言った。シホは顔を下に向けたままゆっくりと一歩前に進んだ。ヒカリはマリーが言った『最後に』という言葉が気になっていた。

「これまで、約二年間、この会社で……。…………んぐ。……ん。…………うう。……魔女になりたい私の思いに……マリーさんをはじめROSEの皆さんが…………たーっくさん応援してくれて……。……んぐっ! ……魔女見習いとしても……社員としても……たくさん。…………たくさん、教えていただいて…………叱っていただいて…………時には、笑っていただいて……」

 シホは少し下を向いて涙をこらえながら話す。

「……たくさん成長することができました! ありがとうございました! そして、短い間でしたが、本当にお世話になりました!」

 シホは泣きながら頭を下げて大きな声で挨拶をした。

「……ふふ。お元気で」

 シホは泣きながら明らかに作り笑いをして、優しくそう言った。ヒカリは涙が止まらなかった。

「うわああああん! シホー! ここにいてくれよ! お前がいなくなったら、誰だって嫌に決まってるだろう! ちくしょう!」

 ROSEの誰もがシホとの別れを納得できていないようだ。マリーも下を向いたままだった。

「マリーさん! どうにかなんねえのかよ!」

 ケンタは泣きながらマリーに言い寄った。すると、マリーはシホの正面に立ち、シホの両肩に自分の両手を置いた。

「そういう契約だからなー……。あぁ、これで、契約満了だ。よく頑張ってくれた。……今まで、本当にありがとう。……元気でね」

 マリーはお互いの為だという魔女見習いの契約を守るために、皆と同じように号泣しながらも歯を食いしばりながら、誰よりも優しい口調でそう言った。

「……はい。……うう」

 シホは泣きながらうなずいた。

「ふう。……皆ありがとう! 私、皆のこと絶対に忘れないから!」

 シホは泣きながらも笑顔でそう言った。ヒカリはどうしても我慢できなかった。

「シホさん!」

 ヒカリは大声でシホの名前を叫び、近寄る。

「ヒカリちゃん、ごめんね。せっかく仲良くなったのに……」

 シホが別れの話をしてきたので、ヒカリは尚更認められない気持ちが強くなった。

「ダメです! だって、ばらソフトをずっと一緒に食べていこうって、約束したじゃないですか!」

 ヒカリは泣きながらシホに訴えかけた。すると、シホは下を向いたまま固まってしまった。

「私だって……」

 シホは歯を食いしばりながら小さな声でそうつぶやいた。

「……シホさん」

 ヒカリはシホの様子を見て、少し心配して見守った。

「ヒカリ……」

 マリーが小さな声でつぶやいたのが聞こえた。シホは下を向いたまま、歯を食いしばった状態でしばらく固まり、しばらくすると少し落ち着いたのか、歯を食いしばるのをやめた。それから、シホの荒かった呼吸も徐々に整ってきて、呼吸に合わせて動いていた肩も止まった。

「……ヒカリちゃん。私、一度いろいろ考えてみたいんだよ」

 シホは涙を流してはいるが、ヒカリの顔を見ながら落ち着いた表情でそう言った。

「え?」

 ヒカリはさっきまでと変わったシホの様子に少し戸惑った。

「魔女になれない人生になっちゃったけど……。だからこそ、魔女になれない私が、次は何を目指すのかって考えると、すっごくワクワクするんだー!」

 シホは涙を流しながらも、笑顔で楽しそうに言った。

「ここを出て、生きる場所は変わってもまた挑戦し続ける。各々がやりたいことをやる。……それがROSEの社員でしょ?」

 シホは誰がどう見ても気持ちのいい笑顔でそう言った。

「……はい」

 ヒカリはそんなシホの笑顔と言葉を受けて、別れを受け入れる以外はないと思った。

「……元気でな」

 マリーはシホにそう言った。

「……行ってきます」

 シホはそう言うと会社を去っていった。こうして、シホは魔女見習いとしての契約を満了し、退職することとなった。





 シホが退職してから二週間経ったある日の朝、ヒカリは始業前にその日の仕事の準備をしていた。

「受付大変そうだな。一人で大丈夫か?」

 ケンタは心配した様子で話しかけてきた。

「まぁ、なんとか頑張ってます! でも……。正直一人はキツいんで誰か回して欲しいです!」

 ヒカリは受付の仕事を一人でするのは大変だったので、つい本音を吐いてしまった。

「そうだよなー」

 ケンタはやはり心配した様子でそう言った。

 その後、月初めの全体朝礼が始まった。

「おはよう! 今月は仕事の量も多いから大変だけど頑張っていこう!」

 マリーは元気よくそう言うと、隣の会議室に目で合図を送っていた。なぜか隣の会議室の扉が開いていたので気になった。

「それと、新入社員を紹介する!」

 マリーは笑顔でそう言った。

「こんな時期に新入社員?」

 ヒカリはそうつぶやいた。すると、会議室から見慣れた女性がマリーの傍まで歩いてきたので、ROSEの社員一同は驚いた。それは、新入社員がまさかのシホだったからだ。

「シホー! えっ! まじかよ! なんで?」

 ROSEの皆もとにかく驚いていた。ヒカリは驚きすぎて言葉が出なかった。

「えっと、いろいろ考えた結果、魔女見習いとはいえ、魔法のことを分かっているシホなら、ROSEで働いても問題ないと思ったことと…………」

 マリーは真剣な表情でそう言った後、シホの顔をじっと見つめてから笑みを浮かべた。

「まぁ、一番の決め手は、本人のこの仕事に対する強い熱意があったことかな! ……そういうこともあり、特別の特別に人間であるシホを採用することに決めました!」

 マリーは笑顔でそう言うとROSEの皆が喜んで騒ぎ出した。

「さすが! マリーさん! よっ、社長! 美女! いじわる女!」

 ROSEの皆がマリーをたたえ、マリーも気分が良さそうだったが、エドの『いじわる女!』という発言に対しては、エドを指差し『減給』というシンプルな発言だけで、エドに致命傷を与えていた。

「もちろん、もう魔女試験を受ける権利は与えない。その代わり、なんと契約社員ではなく、正社員としての採用となります!」

 マリーは少し楽しそうにそう言った。

「まじか! おめでとう!」

 ROSEの皆もシホの正社員採用を大喜びした。

「それじゃ、シホ、改めて皆に挨拶!」

 マリーはそう言ってシホと立ち位置を交代した。

「おはようごさいます! ……私、ROSEを離れてから、ずっといろんなことを考えていました。……なんで魔女試験に不合格だったのかとか、自分が本当にやりたいことは何なのかとか。……はじめは、魔法を使えるようになりたい、という強い憧れの気持ちを持って、ROSEに入社しました。でも、ROSEで働いていくうちに、困っている人を助ける仕事がしたいという気持ちの方が、私の中で次第に強くなっていったのだと思います。自分自身でも気づかない変化だったので、ずっと魔女になりたいはずなのに、どこか違和感を感じていました。……おそらく魔女試験に落ちた理由も、魔女になりたい気持ちが百パーセントではなかったことを、見透かされたからなんだと思います。……だから私は、魔法が使えなくてもいい! 困っている人を助ける仕事こそが、自分のやりたいことなんだって、今は強く思います! ……やっぱり私は、ROSEが大好きです!」

 シホは笑顔でそう語ると、両手を口元に拡声器のように配置した。

「みんなー! ただいまー!」

 シホは笑顔で元気よく大きな声でそう言った。

「おかえりー!」

 ROSEの皆も笑顔を浮かべながら、シホに向かって大きな声で返した。

「リン! よかったな!」

 ライアンがそう言ったので見てみると、リンが泣いていた。

「……うう。はい」

 リンは泣きながら喜んでいるようだった。シホの魔法指導員兼世話役として、どんな時だって一緒に過ごしてきたのだから、シホが戻ってきて嬉しくないわけがない。本当に良かったと思う。

「ヒカリちゃん! ただいま! ごめんね、急に抜けちゃって!」

 シホはヒカリに笑顔で話しかけた。

「おかえりなさい! シホさんいなくなってから、本当に大変だったんですよ! 私にはまだシホさんが必要でーす!」

 ヒカリはシホに手を振りながら元気よく言った。

「また、一緒にがんばーろーー!」

 シホは初めてあった日と同じように、両腕を下から大きく振り上げ、V字の形に持っていく動作をしながら『頑張ろう』と笑顔で言った。

「がんばーーろーーーー!」
 
 ヒカリも笑顔で元気よく同じ動作で返した。

「ふふふ! はははは!」

 シホとヒカリはこれまた初めてあった日と同じように、お腹を抱えて笑い始めてしまった。

 こうして、シホがまたROSEの一員として帰ってきた。ヒカリはまた一緒に働ける喜びで胸の中がいっぱいになった。たとえ、シホが魔女見習いではなくなったとしても、ヒカリにとって大切な先輩に変わりはないから。
 シホが正社員としてROSEに帰ってきた日、ヒカリは再びシホと受付の仕事をしていた。

「今日の仕事は、これで終わりだね!」

 シホは手元の書類を整理しながらそう言った。

「はい! ……やっぱり、シホさんが戻ってきてくれて、本当に良かったです!」

 ヒカリは笑顔で話す。

「んー? ……それは、一人で受付の仕事が大変だったからってこと?」

 シホはヒカリに問いかけた。

「んまぁ、それも少しはありますけど……。やっぱり、シホさんと一緒に仕事した方が、私、楽しいです!」

 ヒカリはシホを見ながら笑顔で言った。

「本当? そっか! 嬉しい!」

 シホは少し照れて喜んでいる様子だった。

「それに、今のシホさんは、前よりもイキイキ働いているのがわかります! だから、尚更そう思うのかもしれないです! やっぱり、正社員になると気持ちが変わるんですか?」

 ヒカリは元気よく言った後、少し前のめり気味でシホに質問した。

「まぁ、正社員になれたのはすごく嬉しくて、少し自信がついたのは確かだけど。……私がイキイキ働けているのは、この仕事を含めた『今の生き方が自分のやりたいこと』なんだと、やっとわかったからなんだよ。……だから今は、すっごく生きてるなーって感じるんだよね!」

 シホは窓の外を見ながらそう話した。ヒカリはシホが生き方について、堂々と話している姿を見て、芯のある人というのは、こういう人を言うのかなとしみじみ思った。

「……シホさんは、やっぱりかっこいい先輩です」

 ヒカリは落ち着いた口調でそう言った。

「そう? ……困ったことがあれば、なーんでも頼りなさーーい! ……みたいな」

 シホはわざとらしく大げさにかっこいい先輩を表現したみたいだ。

「ふふ。それはちょっと違うような」

 ヒカリは少し変わったことをするシホが面白かった。

「ふふふ」

 シホは優しそうな表情を浮かべながら笑っていた。



 シホとの会話が途切れ、ヒカリは帰る準備をしていた。帰る準備をしながらも、頭の中では次の魔女試験のことを考えていた。自分がこれからどうしたらいいのか、何が足りなかったのか、いろいろなことが巡り巡る。そんな時、ヒカリの中で新しい考え方が生まれた。悩むならば時間を決めてしっかり悩もう。そして、終わらせよう。そう思い立ったヒカリは、エドのもとへ向かった。

「エド! ちょっといい?」

 ヒカリはエドに話しかけた。

「ん? ちょっと待ってな! もう少しでキリがいいところだから……」

 エドは手書きで報告書を書いていた。ヒカリはエドの仕事が少し落ち着くまで待つ。

「……よし、いいぞ!」

 エドがヒカリに声をかけた。

「土日のことなんだけど、いろいろ考える時間にしたいから、魔女修行をなしにさせて欲しい! この前の魔女試験で、自分に何が足りなかったのかとか、これから何をすべきなのかとか、そういうのを少し時間かけて深く考えてみたい! このままじゃ私、たぶん魔女試験に受かりっこないと思うからさ!」

 ヒカリは真剣に伝えた。

「そうか! わかった! そうやって、自分で決めて行動する。それが最大の成果を生み出す方法だからな。……俺の方も、あと一年の魔女修行で、ヒカリを絶対に魔女にしてあげたいから、いろいろ考える時間にしたかったし! お互い考える時間にするか!」

 エドはヒカリの顔を見て笑顔でそう言った。

「ありがとう」

 ヒカリはエドにそう言った。





 土曜日の朝、ヒカリは原付バイクにまたがり寮を出発した。原付バイクでの移動中、自分の中で浮かない気持ちがモヤモヤとわいてくる。

 三十分ほど走った時、とある民家の前で原付バイクを停めた。ヒカリは黙って民家を見つめていた。

「もう、誰かの家が建っているんだ……」

 ヒカリはそうつぶやいた。ここは、元々ヒカリが両親と住んでいた家があった場所だ。火事のあった日からほとんど来ることが無かった、というよりも思い出すのが嫌でずっと避けていた。

「魔女になろうと思い始めたのは、この場所から……。…………んー。…………ふう。…………」

 ヒカリは少しつぶやいた後、眉間にしわを寄せながら考え始めた。

「………………うん。……魔女試験の時、私は呪いの魔女に幻を見せられたんだよな。…………その幻というのは、自分の家が火事になった時に、両親を失ったすごく悲しい出来事について」

 ヒカリは魔女試験を思い出しながらつぶやく。

「………………いや…………違う。……違うよ」

 ヒカリは大事なことに気づいた。

「私が見た幻は、自分の心のどこかにあって、自分でも必死に見ないようにしている、大きなトラウマのことだ! ……そうか。自分の中の弱さに打ち勝てなかったから、魔女試験に落ちてしまったんだ。………………いや、落ちたんじゃない。……ギブアップだ。……うん。そういうこと」

 ヒカリは自問自答しながら、心の中を整理していく。あの幻が何を意味していたのか、ヒカリの中で理解ができた。ヒカリは再び原付バイクを走らせる。



 それから、二十分ほど原付バイクを走らせて、ひまわり公園に到着した。ベンチに座り、持ってきたおにぎりを食べながら空を見ていた。自分の心がスッキリしていないのに、天気だけはスッキリ気持ちがいいことを少し残酷に感じた。

 おにぎりを食べ終わると、気分転換に少しだけ散歩をし、遊具で遊ぶ子供達を見て癒された後、また同じベンチに座る。今まで深く考えることをあまりしたことがなかったので、よくわからなかったが、とにかく疲れる作業だと身をもって思い知った。

「魔女になること……。自分のやりたいこと……。仕事って……。生きるって……。うぅー………………。あー! もう!」

 ヒカリは今考えたいことがよくわからなくなってしまった。本気で頭を使うと、こんなにも頭が痛くなるのか。それを全く知らなかったということは、全く頭を使ってこなかったということだと気づいてしまい、尚更頭が痛くなってしまう。

 持ってきたお茶を飲みながらリフレッシュしよう。お茶を飲むと気持ちが少し落ち着いてきた。一分ほど休憩したらまた始めよう。ヒカリは目を閉じた。そして、だいたい一分が経過した時、パッと目を開けた。

「よし! ……魔女になること。正直、軽く考えていたのか。………………いやいや、そんなことはないはず。……魔女になって、誰かが大事なものを失わないで済むように助けてあげたい。……それが私のしたいことなんだ。…………うん。それは自分の本心。間違いない。…………だから、魔女になりたい。……………………じゃ、魔女になる過程で死ぬかもしれなくても挑戦するのか。………………………………」

 ヒカリは自問自答を始めて、最後の問いに対して回答が出てこなかった。

「そうだな。ここを本気で考えてこなかったんだ。……すぐ答えらんないんだもん。…………悔しいけど、やっぱり魔女になることを、軽く考えていたってことか。…………魔女になるのに、命を懸ける、か。……そうだよね。初めからマリーさんも言ってたよね。……せっかく助かった命なんだから、人間らしい普通の人生を送った方がいいんじゃないのって」

 ヒカリは魔女になるために、命を懸ける覚悟ができていなかったことに気づいた。

 それから、ヒカリは背伸びをした後、両手を顔に当てながら下を向いた。

「はぁー。やっと、わかったよー。……ホントしょぼかったなー。……あー。しょうもなかった。そりゃ、全然足んないよね。今までなんで考えてこなかったんだろう。答えなんてとっくに決まっているのにさー。……ホントバッカだなー」

 ヒカリは両手を顔から離し、目を大きく開いて顔を上げる。

「火事で全て失ったあの日から、私の生きる目的は決まっていた。……私は、誰かの大切なものを守れる立派な魔女になりたい。……なぜなら、誰かが自分と同じような辛い思いをしてほしくないから。それはなぜかというと……………………」

 ヒカリはそこで固まった後、急に涙を流し始める。

「……だって…………。本当に…………。めちゃくちゃ辛いがらざぁ…………」

 ヒカリは号泣しながら言った。誰にも言えなかったこと、誰にも頼れなかったこと、誰にも甘えられなかったこと、誰にも弱みを見せられなかったこと。大切なものを失った悲しみと辛さを押し殺し目を背け、ずっと我慢していたことに初めて気がついた。こうやって考えるだけで体が震えるほど、ずっと辛い気持ちを抱えていたのだとわかった。

 ヒカリは、突然涙を拭って勢いよく立ち上がる。

「だから私は! この人生を懸けてでも、絶対に魔女になる! よし!」

 ヒカリは泣きながら笑顔で力強くそう言った。すると、モヤモヤしていた気持ちがスッキリし、気持ちの良い空や風が、まるで語りかけてきているような気がした。只々、ヒカリは気持ちがまとまり嬉しかった。
 原付バイクにまたがり、寮に帰ろうと走り出そうとした時、ヒカリのスマートフォンが鳴った。確認してみると、高校の友人のフミからの電話だった。

「もしもし?」

 ヒカリは電話に出た。

「あ、出た!」

 間違いなくフミの声だ。

「どうしたの? 何かあったの?」

 ヒカリは電話をしてきた理由が気になった。

「何かあったの? じゃないわよ! こっちはたくさん連絡入れてるのに、全然返事しないじゃない!」

 フミは相変わらずプリプリ怒っていた。

「あ。……そうだったかなー」

 ヒカリは笑いながらごまかそうとした。

「ごまかさないでよね!」

 フミは鋭く指摘した。

「でも、何かあったの?」

 ヒカリは質問した。

「別に用が無くても連絡くらいするわよ! 友達なんだから!」

 フミは怒っているような口調でそう言った。

「そうだね」

 ヒカリは少し嬉しそうに言う。

「もし今日の夜、予定なければ、うちの居酒屋おいでよ! サービスするからさ!」

 フミは元気な声で言う。

「…………うん。……行く」

 ヒカリは少し考えた後、そう言った。

「じゃ、いろいろ話したいこともあるけど、それは会ってからにするか!」

 フミはそう言った。

「うん! じゃ、またあとで!」

 ヒカリはそう言うと電話を切った。




 
 夜になり、フミの家の居酒屋に到着した。

「こんばんは!」

 ヒカリは入り口を開けながら言った。

「あー! 来た来た!」

 フミが元気よく駆け寄ってくる。フミとは高校卒業以来の再会だった。白の三角巾を頭に付け、紺色の作務衣に白のエプロン、足元は白のタビと草履という居酒屋店員姿もすごく似合っていた。黒の短髪というのは、高校の時と変わっていないようだ。

「お! ヒカリちゃん、久しぶり! 元気?」

 フミの父は笑顔で話しかけた。白の小さなコック帽を頭にかぶり、白の作務衣に黒のエプロンを身につけ、黒のタビと草履を履いた姿は、相変わらず渋くてかっこよかった。

「ボチボチです!」

 ヒカリは笑顔でそう答えた。

「……そうか! それならよかった!」

 フミの父はヒカリの顔をじっと見た後、笑顔でそう言うとすぐに仕事に戻った。

「座敷の方が楽だから、そっちに座ってー!」

 フミはそう言うと厨房に入っていった。ヒカリは座敷の席に座り、店内を見渡した。カウンターには椅子が七つ、座敷には八人用の机が三つというこじんまりとしたお店だ。フミと仲良くなってからは、よくここでご飯を食べさせてもらった思い出がある。フミの父に対しても、少しだけ自分の父のような気持ちを抱いてしまう。この芋焼酎の香りが漂う店内は、少しだけ大人な気分にもさせてくれる。

 すると、フミが厨房からお冷とおしぼりを持ってくる。

「ふふ! なんか、久しぶりに実家に帰った気分!」

 ヒカリはフミに向かって笑顔でそう言った。

「ヒカリにとっちゃ、実家みたいなもんだよね」

 フミはお冷とおしぼりをヒカリの前に並べながら言う。

「フミは、ますますお母さん感がでてきたね!」

 ヒカリはフミを見て少しからかった口調で言った。

「うるさい!」

 フミが怒った様子で言った後、ヒカリとフミは一緒に笑い出した。その後、フミはヒカリの正面の席に座る。

「それで? 魔女にはなれたの?」

 フミは質問した。

「いやー、それが、まだなれなくて!」

 ヒカリは頭をかきながら笑顔でそう言った。

「やっぱり、結構難しいの?」

 フミは心配している様子だった。

「難しいっちゃ難しいと思うけど。……結局は、自分しだいだと思う」

 ヒカリは真剣にそう言った。

「まぁ、どこの世界もそうだよねー」

 フミは持っていたお盆をつまみながらそう言う。

「ふふふ! そういうこと!」

 ヒカリは満面の笑みを浮かべて言うと、フミはじっとヒカリの顔を見つめた後、安心したような優しい表情を見せた。

「でも、元気そうでよかった。たまには連絡してよね。心配してるんだから」

 フミは立ち上がりながら言う。

「そっか。ありがとう」

 ヒカリは落ち着いた口調でそう言った。

「ほらほら! 今日は、お代はいらないから、好きなだけ食べていって!」

 フミは元気よくそう言った。

「えっ! いいよ! 私、働いてるから少しはお金持ってるし!」

 ヒカリは申し訳ない気持ちになった。

「その気持ちだけでいいの。……私がやりたいことだから、させて」

 フミは真剣な表情で言う。その発言を受けたヒカリは、自分にご馳走したいというフミの気持ちを、受け入れなかったことに気づいた。

「……じゃ、お言葉に甘えて!」

 ヒカリは笑顔で元気よく返した。

「うん! たっくさん食べていって!」

 フミはすごく嬉しそうな笑顔でそう言うと、厨房に戻っていった。その後、ヒカリは食事のメニューを見て、何を注文するかを選んでいた。すると、店に新たな客が入ってきた。

「あれ! ヒカリ!」

 聞きなれた声が聞こえてきたので目をやると、なんとそこにいたのはエドだった。
「エド!」

 ヒカリは驚いた。

「えっ! 本当だ!」

 その声が聞こえると、さらにケンタ・ライアン・リン・シホの四人も入店してきたので、ヒカリは驚いた。

「なんでエドたちがここに?」

 ヒカリは戸惑いながら言った。

「夕方になって、こいつらが飲みに行こうって、無理矢理誘ってきたからさ」

 エドはヒカリから視線をそらしながら言った。

「何言ってんだよ! ノリノリだったじゃねえか!」

 ケンタはエドにそう言った。

「はぁ? 俺は考え事してて疲れたから、気分転換にとついてきただけだ! ノリノリじゃねえ!」

 エドはケンタに強く言い放った。

「ヒカリこそ、なんでここに?」

 ケンタはヒカリに問いかけた。

「ここは、私の友達のお店なので、今日いろいろ考え事で疲れてた時に誘われたから……気分転換にと」

 ヒカリはケンタとエドから視線をそらしながら言う。ヒカリは気まずかった。たくさん考えないといけないから、魔女修行も無しにしてもらったのに、こうやって居酒屋でゆったりとご飯を食べようとしている姿を見られたら、さぼっているようにしか見えないからだ。なんとなく、エドも気まずそうにしているのは、おそらく同じような心境なのだろう。こういう時はなんて言えばいいのだろうかと考えても、うまい言葉がみつからない。沈黙が続いてしまった。

「エドもヒカリちゃんも、今日はいっぱい頑張ったんでしょ?」

 シホはヒカリとエドの間に入り、顔を覗き込みながらそう言った。

「まぁ」

 エドは小さい声でつぶやいた。

「はい」

 ヒカリも小さい声で返事をした。すると、シホは急にヒカリとエドの頭をなで始めた。

「二人ともよく頑張りましたー!」

 シホは頭をなでながらそう言った。

「ちょっ! 恥ずかしいだろっ!」

 エドは慌ててシホから頭をなでられないように一歩下がった。

「シホさん!」

 ヒカリも少し恥ずかしい気持ちになった。シホは頭をなでるのをやめた。

「私の方がお姉さんだからいいの! 頑張った二人にご褒美のヨシヨシー! ……ねっ!」

 シホは笑顔で元気よく言った。すると、ヒカリの中にあった気まずさは、いつの間にか無くなっていた。

「じゃ、楽しく飲もう!」

 シホは右手を上に突き上げて元気よく言った。ヒカリとエドは目を合わせた後、笑顔になる。

「おう!」
「はい!」

 エドとヒカリは元気よく言った。すると、フミが現れてエドたちをヒカリと同じテーブルに案内した。ヒカリは急に騒がしくなった環境が面白くて笑ってしまう。エドたちは席に着くと、メニューを見始めた。

「えっ! シホさん、お酒飲むんですか?」

 ヒカリはシホがお酒のメニューを見ていたので、驚いて質問した。

「そう! 実は今日ね、私の二十歳の誕生日なんだよ!」

 シホは笑顔でそう言った。

「えー! そういうこと? ここに来たのもお祝いの為だったんですか! えっと……。お、おめでとうございます!」

 ヒカリは戸惑いながらもそう言った。

「ありがとう!」

 シホは笑顔で言う。そして、シホはお酒のメニューを再び見つめ始める。

「よし、決めた! 芋焼酎にしよう!」

 シホは元気よく言った。

「えっ! 芋焼酎? アルコール度数が高いけど大丈夫か?」

 リンはシホを心配している様子だ。

「やっぱり鹿児島県民なら、芋焼酎ですよ!」

 シホは笑顔でそう言った。しかし、リンはまだ心配しているようだった。



 注文が一通り終わり、しばらくすると全員分の飲み物が届いた。

「皆、グラスは行き渡ったか? それじゃ、シホの二十歳の誕生日を祝って、カンパーイ!」

 ケンタがそう言うと皆も続いて乾杯と言った。

「これで、酒飲めるな!」

 ライアンはウイスキーを片手にシホに話しかけた。

「はい!」

 シホは嬉しそうに答えた。

「あー、俺も酒飲みてぇなー」

 エドは炭酸ジュースを握りしめながらそう言った。

「お前は、来年までもう少しの辛抱だな!」

 リンはビールを一口飲んだ後、そう言った。

「エド、私と同い年だったんだ!」

 ヒカリはエドの年齢を知らなかったので、同い年だということを知り驚いた。

「そうだなー」

 エドはお酒が飲めないことを残念に思っているのだろう。少しだけ落ち込んだ表情だった。ヒカリはそんなエドに何か言葉をかけてあげたいと思った。

「エド! 来年一緒にお酒デビューしようね!」

 ヒカリはアップルジュースの入ったグラスをエドに近づけ、満面の笑みを浮かべながら言った。

「……おう! そうだな!」

 エドは笑顔になり元気そうに言うと、ヒカリのグラスにコツンと自分のグラスを当てた。

「はいはい! 鳥刺し六人前でーす!」

 フミが大きな声で鳥刺しを大量に持ってきた。

「まさか、フミちゃんがヒカリの友達だったとは、ビックリだよ!」

 ケンタはフミに話しかけた。

「私も皆さんがヒカリと同じ会社の人だったとは、驚きました。……おっちょこちょいなヒカリですが、自分が言ったことは必ず貫く強い子です。ご迷惑をお掛けしてしまうことも多いかと思いますが、温かい目で見ていただけるよう、どうぞ宜しくお願いします」

 フミはエド達全員に聞こえるように、軽く頭を下げて言った。ヒカリは自分のことを言われて恥ずかしい気持ちになったが、フミの真剣な表情と発言がとにかく嬉しくて、今回だけはツッコミを入れられなかった。



 しばらくの間、注文した食事と飲み物を堪能するひと時を過ごした。ヒカリにとっては懐かしい味であり、昔のことを思い出すようだった。すると、周りがなにやら騒がしくなってきたことに気づく。

「はははー! どんどん飲むわよー! うん! 鳥刺しがうまい!」

 シホは急に人が変わったかのように、すごく元気にはしゃぎだした。

「あぁー。俺の鳥刺しー……」

 エドはシホが食べた鳥刺しの皿を見ながらそう言った。おそらく、エドの鳥刺しをシホが食べてしまったのだろう。

「エド! なければ頼もー! お姉さーん! 鳥刺し全員分くださーい! それと、芋焼酎おかわりでー!」

 シホはエドの肩に手を添えて言った後、フミに向かって大声で元気よく注文した。

「いつもの落ち着いた雰囲気のシホは、いったいどこへ……」

 リンは戸惑った様子だった。

「シホは、酒が入ると陽気になるタイプなんだな!」

 ライアンは楽しそうな口調で言った。

「ははは! おもしれぇな! シホ、最高ー!」

 ケンタは笑いながらそう言った。

「はははは!」

 シホは楽しそうに笑っていた。

「シホさん、こんなにお酒飲むと変わるんだー! ふふ。でも、なんか楽しいな!」

 ヒカリはシホの豹変ぶりに驚いたが、場を盛り上げているシホに魅了されて、楽しくなっていった。

「あぁー。また俺の鳥刺しがー……」

 エドはまた鳥刺しをシホに取られたようだ。ヒカリにとっても、エドがシホにこんなにいじられている姿は、あまり見たことがなく新鮮だった。

「素敵な仲間ができてよかったね」

 ヒカリの耳元でフミがささやいた。

「うん! 大切な仲間だし、今の私の家族だよ!」

 ヒカリは笑顔でそう言った。すると、フミはすごく驚いた表情を見せた後、黙ったまま固まってしまう。

「……そっか。……よかった」

 フミはうっすら涙を流しながらそう言った。ヒカリは突然のフミの涙に驚いた。

「なんで? ど、どうした?」

 ヒカリは戸惑いながら問いかける。

「なんでもないわよ! ……次はオレンジジュースでいいよね!」

 フミはいつも通りプリプリと怒った後、ヒカリの空いたグラスを取り、そう言って厨房に戻っていった。ヒカリはなぜフミが涙を流したのかが不思議だった。フミの涙の理由はわからないが、他に一つだけ気がかりなことがあった。

「…………メロンソーダ」

 ヒカリはオレンジジュースではなく、メロンソーダが飲みたかったのだ。

 フミからオレンジジュースを受け取ったヒカリは、なんとなく考え始めた。一年前は、こんな仲間ができるとは思いもしなかった。ここにいる皆は、いろいろな思いを持ってROSEに入り働いている。自分もその中の一人なのだと、ヒカリはしみじみ思った。

「ちょっと! シホ!」

 リンの慌てた声が聞こえてきたので、ヒカリはリンの方を見る。すると、なんとシホがリンに抱きついていたのだった。

「りーーん……」

 シホは目を閉じながら言った。おそらく酔っぱらっているのだろう。

「ラブラブだな」

 ケンタ・ライアン・エドが口を揃えて言った。

「いや! 違う! そういうのじゃ…………寝ちゃったか」

 リンは必死に否定した後、シホを見てそう言った。

「……リンさん…………ありがとう」

 シホは起きているのか寝ぼけているのかはわからないが、小さな声でリンに感謝の気持ちを伝えていた。

「……ふう。……こちらこそ」

 リンはシホの肩に手を添え、優しい口調で静かにそう言った。ヒカリはその様子を見てしまい、少し申し訳ないような気もした。だけど、リンとシホの間にはすごく深い絆があるのだと素直に思った。



「エド。私、わかったよ」

 ヒカリはエドに話しかけた。

「ん?」

 エドは鶏の唐揚げを食べながら返事をした。

「……自分に足りなかったもの」

 ヒカリはエドにそう言った。

「おっ! そっかー! ……よかった!」

 エドは鶏の唐揚げを食べるのをやめ、嬉しそうな表情を浮かべながらそう言った。

「うん!」

 ヒカリは満面の笑みを浮かべながら言った。

 それから、ヒカリは今日わかったことを振り返り始めた。自分に足りなかったもの、それは、もちろん魔法の力や技術もそうだけど、決してそれだけじゃない。本当に自分に足りなかったものは、命を懸けてでも絶対に魔女になりたいと思う気持ちと、それを応援し支えてくれる大切な仲間を思う気持ちだ。

 この人生を懸けてでも絶対に魔女になる。応援して支えてくれる仲間がいるからこそ、尚更、絶対に魔女になってみせる。それがこれからの私。ヒカリは胸の中に強くこの思いを刻み、新しい一年をスタートさせた。
 たくさんのことを考えた週末も過ぎ、また新しい一週間が始まった。ヒカリはいつも通り出社し、先に来ていたシホに朝の挨拶をした後、更衣室で着替えを済ませて受付の席に座る。シホは仕事の準備をしているようだ。

「土曜日の誕生日会、ありがとうね! すごく楽しかったよ!」

 シホは嬉しそうな表情でそう言った。

「いえいえ! こちらこそ、すごく楽しかったです!」

 ヒカリは笑顔で返事する。すると、そこにケンタとライアンが現れた。

「誕生日会、楽しかったな!」

 ケンタはシホとヒカリに向かって言う。その後、シホはすっと立ち上がった。

「わざわざ開いてくれてありがとうございます!」

 シホはケンタに頭を下げる。

「また、いつでも飲みに行こうな!」

 ライアンは楽しそうにそう言った。

「はい!」

 シホが元気よく返事をすると、ケンタとライアンは席に戻っていった。

「シホさん、お酒飲むとめちゃくちゃ陽気になるから、すごく盛り上がってましたよ!」

 ヒカリは笑顔で言う。

「なんか自分でもビックリするくらい楽しくなっちゃって、皆に迷惑かけてないか、心配してるんだけど……」

 シホは少し下を向きながらそう言った。

「全然大丈夫ですよ! とにかく大好評でした!」

 ヒカリはシホの顔を少し覗き込むようにして言う。

「それならいいけど……。あれは?」

 シホは心配そうな表情を浮かべながら何かを指差した。シホが指差した方向を見てみると、棚に隠れながらおびえた様子で、シホを見ているエドがいた。

「なにしてんのよ!」

 ヒカリは思わずエドにツッコミを入れてしまった。

「鳥刺し、鳥刺し、鳥刺し……」

 エドは小さい声で『鳥刺し』という単語を発していた。おそらく、シホの誕生日会でエドはシホからことごとく鳥刺しを奪われていたので、きっとそれでシホに対して恐怖心を覚えたのだろう。

「やっぱり私、何かやっちゃった?」

 シホは心配そうな表情を浮かべてヒカリに問いかける。

「だ、大丈夫です! エドのあれは、えっと……。そう! 一時的に鳥刺しの霊が憑依しているだけですから!」

 ヒカリは心配しているシホを安心させたくて、なんとなくの思いつきで言ってしまった。

「それならいいけど」

 シホは安心した様子でそう言った。ただ、ヒカリとしても思いつきで言ったにしろ、そんな理由で納得していいのかと、ヒカリはシホに対して心の中で静かにツッコミを入れた。

「まぁ。それじゃ、仕事始めようか!」

 シホは気持ちの切り替えが早かった。



 お昼休みになり、ヒカリは昼ご飯を持ってシホに近づいた。

「ごめん! 今日はちょっと昼休み中に寮に戻らないといけなくて、お昼は一緒に食べられないんだ!」

 シホは申し訳なさそうに言った。

「そうなんですか。わかりました」

 ヒカリがそう答えると、シホは足早に会社を出ていった。



 その後、ヒカリはいつもお昼ご飯を食べている場所に歩いていき、お昼ご飯を食べ始めた。

「へへ! 今日はカツサンドにしたんだったー! うっわー、おいしそう! ……うまい!」

 ヒカリはカツサンドにかぶりつき、満面の笑みを浮かべる。一口、二口とカツサンドを黙々と食べていく。

「やっぱ、一人だと寂しい」

 ヒカリはふとシホがいないことを寂しく思った。こうやって一人になると、当然のように隣にいてくれるシホという存在は、自分にとってすごく大切なものだとより感じられる。

「……いつの間にか、こんな生活も当たり前になってるんだな。……魔女になるために、ここで仕事してて。……でも、仕事ってなんで必要なのかな。……魔女になるためには、仕事も大事だって言われて、わからないまま続けてきた。……それがわからないんじゃ、魔女になれない。……気がする。……いや、気がするじゃなくて、たぶんそうなんだ。マリーさんもエドも言ってるし。……んー」

 ヒカリは軽く自問自答しながらぼやいた。

「『自分の真の役割を理解して仕事したら、思いやりのある人になれるから』なんじゃないの?」

 ヒカリはすごく驚いた。突然、自分の顔の近くからそんな声が聞こえてきたからだ。驚きながらも声が聞こえた方を見てみると、そこには中腰の姿勢のシェリーがいた。

「こんにちは。隣いいかしら」

 シェリーは落ち着いた様子でそう言った。

「シェ、シェリーさん! ビックリしましたよ!」

 ヒカリはシェリーの突然の登場に、驚きすぎて動揺していた。

「あら、おどかしちゃった? ふふふ、ごめんなさい」

 シェリーは笑顔でそう言うとヒカリの隣に座った。ヒカリは動揺していた気持ちを落ち着かせようと深呼吸した。

「魔法使いの世界もやっぱり平和を望んでいるの。もし、凶悪な人間に魔法の力を与えたとしたら、それって、とっても危険なことじゃない?」

 シェリーはヒカリの顔を見ながら問いかける。

「それは、そうですね。……でも、仕事をしていたら、なんで思いやりのある人間になれるんですか?」

 ヒカリは疑問に思ったことを質問してみた。

「単に仕事していて、誰もが思いやりのある人間になれるわけじゃない。だから、『真の役割を理解して仕事をしたら』がポイントかもね」

 シェリーは笑顔でそう言った。

「真の役割……」

 ヒカリはシェリーの顔を見ながらつぶやく。

「ふふ。じゃあね」
「あっ! シェリーさん!」

 突然風が吹いたかと思ったら、シェリーは消えていた。ヒカリは座っている状態から背伸びしながら後ろに倒れた。

「不思議な人だな……。んー! 難しいなー! そりゃ、危険な魔女になるつもりはないけど。……思いやりのある人か。私ってどうなのかな。思いやりあるのかな」

 ヒカリは空を見ながらつぶやく。
 午後の仕事もひと段落し、ヒカリはシホと更衣室で少しだけ休憩時間を取ることになった。そこで、昼休みからずっと気になっている、自分が思いやりのある人なのかどうかをシホに聞いてみた。

「えっ? ヒカリちゃんに思いやりがあるかって?」

 シホは驚きながら言った。

「はい」

 ヒカリはシホからどんな回答がもらえるかわからず、緊張しながら返事する。

「どうしたの急に?」

 シホは心配そうな表情を浮かべた。

「えっと、自分のことをもっと知りたくて……」

 ヒカリは少し視線を下げながら言った。

「……なるほど。……そうね。ヒカリちゃんは思いやりがあると思う」

 シホは口に手を軽く当てて、考えているようなそぶりを見せながら、落ち着いた口調でそう言った。

「本当ですか!」

 ヒカリは自分が思いやりのある人だと言われて緊張が解け、その反動ですごく嬉しくなった。

「でも、『見えているところには』かもしれないけどね」

 シホは考えているようなそぶりをやめ、真剣な表情で言った。だが、ヒカリはシホの言葉の意味がよくわからなかった。

「見えているところには思いやりがあって、見えていないところには思いやりがない……」

 ヒカリは必死に理解しようと考える。

「まぁ、見えていないところにも、思いやりがあるかもしれないけど、それは、私にはわからないところだし。……もし、ヒカリちゃんが両方ともに思いやりがあったら、もっとイキイキと仕事ができるかもしれないね」

 シホは落ち着いた口調でそう言った。ヒカリはやはりシホが何を言っているのかが、全く分からなかった。

「ふふ。さて、休憩終わり! 仕事再開するよ!」

 シホは元気よくそう言いながら更衣室を出ていく。

「は、はい!」

 ヒカリは焦りながらシホの後を追い更衣室を出た。





 その日の夜、ヒカリは寮の部屋で布団の上に寝転がりながら考えていた。

「自分の真の役割を理解して仕事をすれば、思いやりのある人になれる。……見えていないところにも思いやりがあれば、もっとイキイキと仕事ができる。…………んー」

 ヒカリは昼間に聞いたシェリーとシホの言葉を思い出しながら、その言葉の本当の意味を理解しようと考える。昼間と違って静かな部屋で落ち着いて考えているのにも関わらず、それでも理解できずに何もわからないままの自分に嫌気がさす。それでも、魔女になるためには、わかっていないといけないことだと思うので諦めたくないし、これ以上は後回しにしたくない。時計の秒針の音がうるさく感じ始めたのは、きっと一時間以上も考えていて、もう集中が切れているからなのだろう。

「そうだ。ジュースを買いに行こう」

 ヒカリはそう言って食堂にある自販機に向かった。食堂に入って自販機を見ると、誰かが自販機の前に立っていた。頭にお団子状にまとめた髪が二つ、黄色いパジャマ姿の女の子、間違いなくベルだ。

「ベルちゃん。こんばんは」

 ヒカリは自販機をじっと見ているベルに声をかけた。

「あ。ヒカリさん。こんばんは」

 ベルはヒカリに気づくとヒカリの方を向き、頭を下げて丁寧に挨拶をした。ベルはその後すぐに自販機の方を向いて、またじっと飲み物を見つめ始めた。おそらく、ベルは買う飲み物を迷っているのだろう。誰だって迷う時はあると思うので、ヒカリはしばらく待ってみた。だが、待ってはみたものの、ベルは一向に飲み物を買う気配がない。

「あ、なかなか買う飲み物が決まらない時ってあるよね!」

 ヒカリは迷っているのであろうベルに気を遣った。

「そんなことは考えてません」

 ヒカリはベルが自販機を見たまま、きっぱりとそう言ったので、ツッコミを入れたくなるほど驚いた。ベルが自販機を前にしていったい何を考えているのか、何のためにそこにいるのかわからず、只々混乱してしまう。ヒカリがそんなことを考えているとベルは自販機の前を離れた。

「飲み物を買うならどうぞ」

 ベルはそう言って自販機の前をヒカリに譲った。

「あっ、ありがとう」

 ヒカリは自販機の前に移動して、オレンジジュースをすぐに購入した。

「それじゃ、おやすみ」

 ヒカリはオレンジジュースを片手に持ちながら、近くに立っているベルに声をかけ、食堂を出ようとした。

「その飲み物……」

 ベルはそう言った。

「えっ?」

 ヒカリはベルの発言が気になった。

「『その飲み物を作った人は、誰が飲むかもわからないのに作っている』というのは、すごいことではありません?」

 ベルはヒカリを見て、首を傾げながらそう言った。ヒカリはその言葉を聞いて、何かが引っかかり固まってしまう。

「それでは、おやすみなさい」

 ベルは頭を下げて丁寧に挨拶した後、ゆっくりと歩いて食堂を出ていった。

 ヒカリは自然と考え始めてしまう。『その飲み物を作った人は、誰が飲むかもわからないのに作っている』というのは、たしかにすごいことだと思う。そういう仕事だから当たり前。いや違う。こうやって今の自分が欲しいと思うものを作っている、自分の喉を潤すために作っている。ということは、誰が飲むかはわからないけど、誰かがきっと喜んでくれると信じて作っているのか。だから、そこに価値があるのか。ヒカリはそんなことを考えた。

「ははは! なんだ、そういうことか!」

 ヒカリは片手で目のあたりを押さえて笑いだした。それから、ヒカリは下を向いた状態で静かになる。

「私、全然見えてなかった……。受付の仕事、その先に待つ全ての人々。それを考えてみたことなんてなかった……。ただ、相談者の話を聞いて、マニュアル通りに仕事をこなしていればいいのだと思ってた。……でも、そんなの心が通ってないよね。……相談者はもちろん、その家族や友人、その人に関係する全ての人々の笑顔のための仕事だったんだ。……相談者は本気で困っていて悩んでいて、勇気を出して相談してくれていたのに。私の仕事は、ただこなしていただけ。……思いやりなんて無かった」

 ヒカリは片手で目のあたりを押さえた状態で下を向きながらそう言った。その後、ヒカリは押さえていた手を放し、正面を向くと勢いよく涙が流れ始めた。

「今までの相談者の方々に謝りたい……。……うぅ。……んぐっ」

 ヒカリは受付の仕事に関する真の役割がわかり、見えていないところの思いやりが無かったことに気づいた。何もわからずとも仕事はできる。ただ、それだと本当の意味で仕事を好きにはなれない。なぜなら、仕事とは誰かのために価値を創造することだから。きっと、その誰かを思いやる気持ちが仕事の本質なのだと、ヒカリは強く思った。





 次の日の朝、会社に着いたヒカリは、玄関の前で立ち止まっていた。

「……今日から頑張るぞ。…………よし!」

 ヒカリは勢いよく玄関を開けた。

「おはようございまーす!」

 ヒカリは満面の笑みを浮かべながら出社した。只々、やる気に満ち溢れていたから。