「……全員いるようだな。……シホの最終試験の結果だが。…………不合格だった」
 
 マリーは悔しそうな表情を浮かべながら言った。残念な結果に、誰一人として言葉が出ない。

「…………うそでしょ」

 ヒカリはつぶやいた。あれだけの二次試験を乗り越えたシホが、まさか不合格なんて信じられなかった。

「シホ、『最後に』皆に挨拶しな」

 マリーはシホにそう言った。シホは顔を下に向けたままゆっくりと一歩前に進んだ。ヒカリはマリーが言った『最後に』という言葉が気になっていた。

「これまで、約二年間、この会社で……。…………んぐ。……ん。…………うう。……魔女になりたい私の思いに……マリーさんをはじめROSEの皆さんが…………たーっくさん応援してくれて……。……んぐっ! ……魔女見習いとしても……社員としても……たくさん。…………たくさん、教えていただいて…………叱っていただいて…………時には、笑っていただいて……」

 シホは少し下を向いて涙をこらえながら話す。

「……たくさん成長することができました! ありがとうございました! そして、短い間でしたが、本当にお世話になりました!」

 シホは泣きながら頭を下げて大きな声で挨拶をした。

「……ふふ。お元気で」

 シホは泣きながら明らかに作り笑いをして、優しくそう言った。ヒカリは涙が止まらなかった。

「うわああああん! シホー! ここにいてくれよ! お前がいなくなったら、誰だって嫌に決まってるだろう! ちくしょう!」

 ROSEの誰もがシホとの別れを納得できていないようだ。マリーも下を向いたままだった。

「マリーさん! どうにかなんねえのかよ!」

 ケンタは泣きながらマリーに言い寄った。すると、マリーはシホの正面に立ち、シホの両肩に自分の両手を置いた。

「そういう契約だからなー……。あぁ、これで、契約満了だ。よく頑張ってくれた。……今まで、本当にありがとう。……元気でね」

 マリーはお互いの為だという魔女見習いの契約を守るために、皆と同じように号泣しながらも歯を食いしばりながら、誰よりも優しい口調でそう言った。

「……はい。……うう」

 シホは泣きながらうなずいた。

「ふう。……皆ありがとう! 私、皆のこと絶対に忘れないから!」

 シホは泣きながらも笑顔でそう言った。ヒカリはどうしても我慢できなかった。

「シホさん!」

 ヒカリは大声でシホの名前を叫び、近寄る。

「ヒカリちゃん、ごめんね。せっかく仲良くなったのに……」

 シホが別れの話をしてきたので、ヒカリは尚更認められない気持ちが強くなった。

「ダメです! だって、ばらソフトをずっと一緒に食べていこうって、約束したじゃないですか!」

 ヒカリは泣きながらシホに訴えかけた。すると、シホは下を向いたまま固まってしまった。

「私だって……」

 シホは歯を食いしばりながら小さな声でそうつぶやいた。

「……シホさん」

 ヒカリはシホの様子を見て、少し心配して見守った。

「ヒカリ……」

 マリーが小さな声でつぶやいたのが聞こえた。シホは下を向いたまま、歯を食いしばった状態でしばらく固まり、しばらくすると少し落ち着いたのか、歯を食いしばるのをやめた。それから、シホの荒かった呼吸も徐々に整ってきて、呼吸に合わせて動いていた肩も止まった。

「……ヒカリちゃん。私、一度いろいろ考えてみたいんだよ」

 シホは涙を流してはいるが、ヒカリの顔を見ながら落ち着いた表情でそう言った。

「え?」

 ヒカリはさっきまでと変わったシホの様子に少し戸惑った。

「魔女になれない人生になっちゃったけど……。だからこそ、魔女になれない私が、次は何を目指すのかって考えると、すっごくワクワクするんだー!」

 シホは涙を流しながらも、笑顔で楽しそうに言った。

「ここを出て、生きる場所は変わってもまた挑戦し続ける。各々がやりたいことをやる。……それがROSEの社員でしょ?」

 シホは誰がどう見ても気持ちのいい笑顔でそう言った。

「……はい」

 ヒカリはそんなシホの笑顔と言葉を受けて、別れを受け入れる以外はないと思った。

「……元気でな」

 マリーはシホにそう言った。

「……行ってきます」

 シホはそう言うと会社を去っていった。こうして、シホは魔女見習いとしての契約を満了し、退職することとなった。





 シホが退職してから二週間経ったある日の朝、ヒカリは始業前にその日の仕事の準備をしていた。

「受付大変そうだな。一人で大丈夫か?」

 ケンタは心配した様子で話しかけてきた。

「まぁ、なんとか頑張ってます! でも……。正直一人はキツいんで誰か回して欲しいです!」

 ヒカリは受付の仕事を一人でするのは大変だったので、つい本音を吐いてしまった。

「そうだよなー」

 ケンタはやはり心配した様子でそう言った。

 その後、月初めの全体朝礼が始まった。

「おはよう! 今月は仕事の量も多いから大変だけど頑張っていこう!」

 マリーは元気よくそう言うと、隣の会議室に目で合図を送っていた。なぜか隣の会議室の扉が開いていたので気になった。

「それと、新入社員を紹介する!」

 マリーは笑顔でそう言った。

「こんな時期に新入社員?」

 ヒカリはそうつぶやいた。すると、会議室から見慣れた女性がマリーの傍まで歩いてきたので、ROSEの社員一同は驚いた。それは、新入社員がまさかのシホだったからだ。

「シホー! えっ! まじかよ! なんで?」

 ROSEの皆もとにかく驚いていた。ヒカリは驚きすぎて言葉が出なかった。

「えっと、いろいろ考えた結果、魔女見習いとはいえ、魔法のことを分かっているシホなら、ROSEで働いても問題ないと思ったことと…………」

 マリーは真剣な表情でそう言った後、シホの顔をじっと見つめてから笑みを浮かべた。

「まぁ、一番の決め手は、本人のこの仕事に対する強い熱意があったことかな! ……そういうこともあり、特別の特別に人間であるシホを採用することに決めました!」

 マリーは笑顔でそう言うとROSEの皆が喜んで騒ぎ出した。

「さすが! マリーさん! よっ、社長! 美女! いじわる女!」

 ROSEの皆がマリーをたたえ、マリーも気分が良さそうだったが、エドの『いじわる女!』という発言に対しては、エドを指差し『減給』というシンプルな発言だけで、エドに致命傷を与えていた。

「もちろん、もう魔女試験を受ける権利は与えない。その代わり、なんと契約社員ではなく、正社員としての採用となります!」

 マリーは少し楽しそうにそう言った。

「まじか! おめでとう!」

 ROSEの皆もシホの正社員採用を大喜びした。

「それじゃ、シホ、改めて皆に挨拶!」

 マリーはそう言ってシホと立ち位置を交代した。

「おはようごさいます! ……私、ROSEを離れてから、ずっといろんなことを考えていました。……なんで魔女試験に不合格だったのかとか、自分が本当にやりたいことは何なのかとか。……はじめは、魔法を使えるようになりたい、という強い憧れの気持ちを持って、ROSEに入社しました。でも、ROSEで働いていくうちに、困っている人を助ける仕事がしたいという気持ちの方が、私の中で次第に強くなっていったのだと思います。自分自身でも気づかない変化だったので、ずっと魔女になりたいはずなのに、どこか違和感を感じていました。……おそらく魔女試験に落ちた理由も、魔女になりたい気持ちが百パーセントではなかったことを、見透かされたからなんだと思います。……だから私は、魔法が使えなくてもいい! 困っている人を助ける仕事こそが、自分のやりたいことなんだって、今は強く思います! ……やっぱり私は、ROSEが大好きです!」

 シホは笑顔でそう語ると、両手を口元に拡声器のように配置した。

「みんなー! ただいまー!」

 シホは笑顔で元気よく大きな声でそう言った。

「おかえりー!」

 ROSEの皆も笑顔を浮かべながら、シホに向かって大きな声で返した。

「リン! よかったな!」

 ライアンがそう言ったので見てみると、リンが泣いていた。

「……うう。はい」

 リンは泣きながら喜んでいるようだった。シホの魔法指導員兼世話役として、どんな時だって一緒に過ごしてきたのだから、シホが戻ってきて嬉しくないわけがない。本当に良かったと思う。

「ヒカリちゃん! ただいま! ごめんね、急に抜けちゃって!」

 シホはヒカリに笑顔で話しかけた。

「おかえりなさい! シホさんいなくなってから、本当に大変だったんですよ! 私にはまだシホさんが必要でーす!」

 ヒカリはシホに手を振りながら元気よく言った。

「また、一緒にがんばーろーー!」

 シホは初めてあった日と同じように、両腕を下から大きく振り上げ、V字の形に持っていく動作をしながら『頑張ろう』と笑顔で言った。

「がんばーーろーーーー!」
 
 ヒカリも笑顔で元気よく同じ動作で返した。

「ふふふ! はははは!」

 シホとヒカリはこれまた初めてあった日と同じように、お腹を抱えて笑い始めてしまった。

 こうして、シホがまたROSEの一員として帰ってきた。ヒカリはまた一緒に働ける喜びで胸の中がいっぱいになった。たとえ、シホが魔女見習いではなくなったとしても、ヒカリにとって大切な先輩に変わりはないから。