二回目の出会えた奇跡というものは

「うん、やっぱりいい。」
「本当ですか!?」
樋口先生と私は、直接よりもノートに書き込んで会話をすることの方が増えていた。それを会話と呼ぶかはわからないが。先生はそれなりに、私の小説を楽しんでくれているようだった。直接話すのが苦手な私に取っては今の状況がありがたくもあった。
今や、悪い印象は一ミリもなくて静葉と遊ぶ機会が減ったのは寂しいけれど快適な毎日を送っていた。でも、静葉は相変わらず担任が好みじゃないらしくしょっちゅう私に相談して泣きついてくる。大丈夫だろうか。
今日も、私は特に遊ぶ人も予定もないので一人読書に励もうと本を取り出す。これは、私が好きな出版社の新刊で新刊の発売日には必ず本屋に行って買うのが私の密かな楽しみだ。今日はどういうお話に会えるんだろう。
「ねぇ華ちゃん。」
誰かに呼ばれて振り向くと、そこには同じクラスの蘭々(らら)ちゃんがいた。
「何?」
「うちらと一緒に今からドッジ行かない?一緒に遊ぼうよー!」
え?どうして蘭々ちゃんが。普段話すようなこともないのに。新刊を口実に断ることもできたが折角なので誘いに乗ることにした。
「華ちゃん!今度私に勉強教えてね!私バカだから。」
「いやいや…バカじゃないよ、蘭々ちゃんは。」
「ほんとー?ありがと!」
蘭々ちゃんは微笑んだ。私なんかより友達も多いし、明るくて優しい子がどうして私を誘ってくれたんだろう。その疑問が頭から離れなかった。でも、その日のドッジは楽しかった。相変わらず、女子はボロ負けだけど。

その日から、蘭々ちゃんは毎日私に「おはよう」「一緒に遊ぼ!」「バイバイ!」と言ってくれるようになった。
それに合わせているわけじゃないけど、私も「蘭々ちゃん、また明日ね」というようになった。それから、私の生活にさらに花が咲いたように思う。本を学校で読む機会は減ったけど、その分学級の遊びに参加することが多くなってドッジでも少しづつ活躍できるようになってきた。でも、それは蘭々ちゃんを中心としてみんながボールを渡してくれるからこその活躍でみんなの中に入れたのが嬉しかった。そのドッジで、私は今日一回当たってしまった。残念と思いながら外野に行く。女子チームへのハンデとして女子チームには樋口先生が入っている。先生は毎年このようにドッジをやってきたからなのか知らないがめちゃくちゃ強かった。男子を負けじと対抗し、先生を当てたために外野にいる。外野は、私を含め五人くらい。早く内野に戻りたいところだ。
「華花さん。」
他の子がボールを投げている時に先生がこちらに近づいてきていった。
「はい?」
「後期のさ、委員長やってみない?」
「え…」
初めの頃の面談で私がリーダーをやらないと言ったけれどやってほしいと言ったところだろうか。このタイミングと内容で驚きのあまり残りの時間全然集中できず、先生が内野に戻っても私は戻れることなく休み時間が終わった。
そのあとの授業も全然集中できなかった。

私の学校は前期後期の二期制なので前期が終わってしまうともう卒業までもう少しだった。こんなにも早く時間が過ぎていたことに自分でも驚く。あれから委員長のことを考えたが明白な意思は固まらない。
「じゃあ今日はもう少しで前期が終わってしまうということで!後期のリーダー決めをします!」
「「はーい」」
小さい紙が配られ、希望のものを書いていく。委員長の欄があったが説明の際に、まだ迷っていたら迷っていると書いて貰えばいいと言っていたことを思い出し、とりあえず【迷ってます。】と書くことにした。それをみた先生は、少し笑って「やってほしいなぁ」と言った。そう言われたらもう、断ることなんてできなかった。最後だし、後悔したくないからやれることはやっておきたい。
蘭々ちゃんに、何かやるかと聞いたら班長に立候補すると言っていた。決める方法は選挙なので人気度が問われる。蘭々ちゃんなら確実になれると思う。でも、私はどうだろう。勉強も運動も平均よりはできる方だけどみんながどう思っているかはわからない。もう立候補すると決めてしまったけど本当に大丈夫だろうか。蘭々ちゃんや先生、静葉に相談したら間違いなく「大丈夫でしょ!」と言ってくれるだろう。でもいまいち自信が持てない。自分自身が一番自信を持たないといけないのに。
長い間、自学を小説にしていてだいぶ結末も終盤に近づいてきたということで今日一気に完結させることにした。ということで半ば強引に終わりの方向へ持っていく。ざっと一時間ほど経った頃、
「出来たー!」
やっと終わったのである。長い長い物語が。想像以上に長編を書くというのは大変なことだったけどその分、達成感も大きくて自分なりに良く出来たと思う。明日これを見せたら先生はなんて言ってくれるだろう。なんだかウキウキしてきた。明日になるのがすごく楽しみでならない。こう思うのはいつぶりだろう。本当に毎日が楽しい。
「華花さん!」
ノートを見終わった先生が、昼休みにわざわざ手で持ってきてくれた。
「これ、本当に最高だったよ!」
「ありがとうございます!」
自分の席に行ってノートを開く。先生は私の書きかけのノートを汚すまいと赤ペンを入れるのをやめていてくれた。そしてどこかでコメントを期待しながら最後のページまで捲る。
【もうハッピーエンドかと思いきや…ってところが感動しました。本気で小説家を目指してみてはどうですか?お疲れ様でした!  小説家、倉坂華花のファンより】
一言感想があればいいなと思っただけなのに。先生はいつも私の想像を超えてくる。しかも最後の文章なんて…もうすごい。心臓の音がうるさいけど心の叫び声も大きい。
やったぁぁぁぁぁぁぁ!
今日は特にハッピーな一日だった。
その後帰宅したが、この小説のことを話した人は他にいないのでこれは私と先生だけのこととしてあえて嬉しさを胸にしまっておいた。


翌日。昨日はあんなに嬉しいことがあったのに時間はどんどん過ぎていってしまう。すごく白熱した運動会も無事終わり、最初で最後の選手リレーにも出られてクラスにはやり切った感が漏れ出ていた。
「みんな、竹ってどうして細いのにあんなにまっすぐ立っていられるか知ってるか?」
先生の話の場面で突然そんなことを話し始めたわけだからみんなポカーンとしている。それでみんなが知らないとわかっただろう先生は話の続きを話し始めた。
「なぜかというと、節がちゃんとしてるからだよ。」
「節?」
みんなそう思っただろう。
「この『運動会』という大きな行事が終わったからこそ節目を大事にしろ!」
またしても名言。こんなことが前にもあった。
 
「みんなには炭のようになってほしい。」
「炭?」って誰もが思っただろう。これからなんの話が始まるのか。
「炭は一見もう燃え尽きてしまったかもしれないと思っても、もう一度息を吹き変えればまた激しく燃え上がるものだ!だから、一度クラスの雰囲気が下がった時でも完全に燃え尽きるな!」
一見格好付けの言葉のように思うがその中にはちゃんとした意味が込められている。それを感じ取ったのはおそらく私だけではない。それからというもの、みんなそれがグッときたのかもう一度、まさに炭が燃え上がったかのように力を振り絞っていった。やっぱり先生の存在はとても大きいものだ。

あの時私自身もグッときたことを思い出して他にはどんな言葉を教えてくれるだろうと思うくらいだった。その後、人生には大きなハードルがある。でも、そのいくつものハードルを遠回りしていてはいつまで経っても成長していかない。自分の限界を自分で決めるな!とか、楽しむことはすなわち『熱くなること』だ!とかいろんな名言が毎日のように飛び交っている。しかしそれは決して重く苦しいものではなく、先生の生き方がそのまま反映されてクラスに届いている、いわば架け橋のようなものであった。先生自身の名言なのだから、どこか知らない人が考えた名言よりも信憑性がかなりある。その根拠こそが先生自身なのだから。
今の六の一は確実に前に進んでいるだろう。
もう委員長になると決めたら、それなりのことはやっていかないといけない。何事も時間の余裕は大切だ。
「じゃ、委員長立候補の人は集まってー」
その声と一緒に私も呼ばれたところへ向かう。さっきから学級委員、班長などが集まり先生の話を聞いていた。なんの話をしているのか少し気になった。
集まったのは、この組だけで七人。二組も何人かいると思うからあとで静葉に聞いてみよう。
「えーと、まず!委員長に立候補してくれてありがとう。この中のみんなだったら誰になっても任せられるよ。」
周りの子は、明るくてクラスのムードメーカー的な存在の子から、静かだけどみんながやらないようなことを自分からやってくれる優しい子、仕切るのが得意なリーダーシップ系の子などみんな確かに任せられるような子ばかり。そんな時ふと考えた。今あげたタイプも含め、私の取り柄はなんだろう。そもそも取り柄があるのかどうか。先生が私を推薦してくれたわけは?確かに私は運動も勉強もそれなりにできるけれどもっと他の『自分だけの』個性はないのかな。自分で見つけられないんだったら人に聞いてみるのがいいかもしれない。静葉に聞いてみよう。
先生から、委員長立候補にあたっての詳細と心構えをひたすら聞かされた後、もう下校時刻だったので静葉が出てくるのを待った。
しばらく待って静葉が玄関から出てきた。でも隣には友達がいてこちらに気がついて手を振ってくれたけど止める間もないまま行ってしまった。
やっぱり静葉は明るいから友達も多いし、勉強も出来るから毎日大変なのかも。それに、今日じゃなくてもいつでも聞けるし。明日の朝また聞いてみよう。
少し残念な気持ちで家に帰った。

家に帰って諸々終わらせたところで、先に委員長の意気込みを書くことにした。リーダーを決めるのは言った通り投票なので私たちは体育館で学年全員に向かって話さなければならない。それが一番の難題だった。この性格上かなりの勇気がいる。こういう場合女子は大体声が小さいからそんな見方を変えてやりたい。私はそんな人でありたいのだ。弟は普通が一番というけれど私は逆にみんなに埋もれている『普通』があまり好きではなかった。
そして、自信を持って話すにはやはり原稿が重要になってくる。これがうまくいかないと少なくとも私は自信が持てないまま終わってしまう。自分をアピールしなくちゃ。
それから、自分だったらどういう委員長がいたら嬉しいだろうと考えたり、いかにみんなに賛成してもらえるかを考えた末に書きたいことは二つ。
一、委員会を楽しんでもらえるようにすること。
二、退屈されないように積極的に雰囲気を作っていくということ。
この二つに決まった。みんなは、「積極的に」とか「協力して」のようなことを言うだろうから自分はそれ以外にしようと思ったのだ。今までにないような原稿になると思うがこれにかけたいと思う。
勝負は明日。絶対やってやる!
緊張の朝。今度こそはと静葉を捕まえて、相談に乗ってもらった。
「ねえ、私の取り柄ってなんだと思う?できれば私だけの個性?みたいな」
「え〜華花の個性はねー。優しいとこ!あと、みんなをまとめるのが上手だし、いろんなことができる!大体の事やり遂げちゃうじゃん華花って。そういうとこじゃない?」
「ほんと?ありがと!」
それから、二組のことも尋ねてみた。
「あーうちはね、確か六人くらいいたと思うよ。」詳しく聞いたところ、二組で一番友達が多い千堂さんも立候補者の一人らしい。そういえば静葉には立候補することを言っていなくて「もっと早く教えてくれれば二組のみんなにも華花のことアピールしたのに〜」と言われて今日も相変わらずデレデレ加減は変わらないなと思った。今日だけでもアピールしとくと本気で言われたものだから全力で拒否した。
そういう所こそが静葉の取り柄だと思った。人の個性はすぐに見つけられるのに自分のこととなると途端にわからなくなってしまう。そういうものだろうか。


ついにこの、意気込み発表の時が来た。先生は選ぶ人にも責任は大きいと言った。大袈裟すぎるんじゃないかと思ったがこれもいつもと同じく先生の「熱さ」だろう。何事も熱血だ。
「ねぇ華ちゃん。めっちゃ緊張するね。」
同じく立候補してる子から声をかけられ、もっと緊張してしまう。体育館で喋るのはいつぶりだろう。家でも、両親ともに協力してもらって近所の人の配慮を忘れず大きな声を出すことを練習してきた。だから、大丈夫だろう。心だけは冷静で、私の体は心臓はうるさいわ、手は震えるわで悲惨な状況だった。
みんなが座ったことを確認して私たちは体育館、今日の舞台となる場所に入った。同時に今までのことが思い出される。先生に声をかけてもらったことがきっかけでこのことを決めたこと。初めは本当に決めてしまって良かったのか心配だったけどどんどん本気で練習するようになってきたこと。私が一人、立候補しただけで他の子が一人落ちてしまうことがあること。委員会の数、八つに対し立候補者は十三人。
「…五人が落ちる。」
そう思っただけでもう心配になってくる。できれば早く終わってほしい。静葉が見てる。蘭々ちゃんも。やるしかない!
続々と発表が終わり私の番が近づく。中には緊張で声が小さい子や原稿の内容を忘れてしまった子もいて、大変だった。
「私が委員長になったら、委員会を楽しくします。そのために自分から和やかな雰囲気を作り誰もが気軽に会話できるような環境作りをするので…投票よろしくお願いします。」
まばらな拍手が送られる。お、終わったんだ。私にとっては一瞬の出来事に過ぎなくて時間が過ぎてもなお、緊張はとけずにいた。
終わったら、静葉と蘭々ちゃんが「良かったよ!」「絶対なれてる!」と言ってくれて安堵の息を漏らした。


結果発表の翌日。朝立候補者全員が集められた。ここで結果が聞かされる。名前が呼ばれなかったら、ダメだったということだ。
「…さん。倉坂華花さん。…さん。」
あ。呼ばれた!名前だけだから早くて聞き間違いかと思ったけど本当のようだった。良かった。ここでダメだったらみんなに見せる顔がなかった。結果、一組は全員受かることができた。二組は落選者がかなり多かったぽい。でもまだ終わったわけではない。これから、担当の委員会が発表される。私たちが自分の委員会を選ぶことはできない。先生が割り振りそれに従わなければいけない。
「…さん、給食委員会。華花さん、放送委員会。」
放送委員会に決まった。放送委員会はこの性格上躊躇われるため自分では絶対に選ばない委員会の一つだった。でも、誰もが一度はあの放送器具に触ってみたいと憧れを持つはず。そういう意味では決めてもらって嬉しいと思う。
後から先生に言われたことなのだが、立候補者の中で一番私の声が大きかったらしい。だから放送委員に。たくさん練習した成果が出て良かった。
これからがどうなるか楽しみだ。

その一週間後に、初めての委員会があった。なんとか、副委員長の手を借りながらも一回目を終わらせることができた。
クラスではもう、修学旅行の準備が進められていた。私たちの学校では、昔ながらの雰囲気を感じながら食べ歩きをすることになっている。定番の京都や奈良ではなく今年は近くの食べ歩きスポットをまわることになっていた。今はグループごとにどこに行きたいかを決めている所だ。
配られたパンフレットを見てみると五平餅やおかきなど昔から伝統的に作られてきた食べ物もあれば、色鮮やかな炭酸ジュースなど今時の飲み物もあった。
私のグループは私を含め五人。班長の和人と、世話好きの夢、静かで大人しい由依とグループのムードメーカー貫太だ。
「俺五平餅食べたい!」
和人が元気にいうと、カンタも同じように賛成していた。
「由依ちゃんは?」
「私はなんでもいいよ。」
私が聞いたら由依ちゃんらしい答えが返ってきた。
「じゃあ夢は?」
「私はここのおかき屋がいいな。」
「オッケー」
私は決めたことを一枚の紙にまとめていく。今回は時間もお金も限られているから計画はしっかりしないと。
「俺、ここのアイスも食べたい。」
和人がさした店を見てみると、美味しそうなバニラ味のソフトクリームが載っていた。
「でもダメだよ。ここ、イートインしかダメなお店だもん。」
先生から、テイクアウトしか認められていないからここは断念するしかなかった。他にも行きたい店はたくさんあったが同じ理由や、営業時間の関係で断念しざるを得なかった。
「なんだよ、つまんないな」
和人と貫太はさっきから愚痴を言うばかりでまともに話を聞いてくれなくなってしまった。それじゃ困るのに。
「はい、じゃあ紙集めるよー」
結局決まったお店は五平餅屋とおかきだけだった。これじゃあ時間がだいぶ余るだろう。私は計画がちゃんとしてないと不安になるタイプだったから当日は他の四人に任せるしかない。
「集まったかなー」
樋口先生は紙を全グループ集めたことを確認して話があるからとみんなを席に座らせた。
「じゃあいつも頑張ってくれているみんなのために俺からいいお知らせがあります!」
「…なんと、夜の学校貸切で遊べることになりましたー!!」
「「えぇーーーーーー!」」
思わず後ろを向いて蘭々ちゃんと目があった。蘭々ちゃんは、「やったね!」と言わんばかりに目を輝かせていた。私も勿論嬉しい。
「それで!今日はまだ時間があるので何をするかをみんなで決めようと思って!」
「やったぜ!…なにやる?みんな〜!」
「肝試しじゃね?夜の学校と言ったら」
もうみんなで何をやるか決めている。話し合う中で一番多かったのが肝試しでこんな経験滅多にないと教室中お祭り騒ぎだった。
「肝試し平気?」
自分でも珍しいと思いながらも、蘭々ちゃんに聞いてみる。
「私は平気だよ。むしろ楽しみってくらい!」
なぜ聞いたかと言うと私が肝試しが苦手だから。心霊系はほんとに無理。しかも舞台が学校なんてかなり本格的だ…決まって欲しくなくて他の遊びも提案してみたけど最終的な多数決で肝試しをすることが決まった。
やることは肝試しと、クラスごとの学級遊び、かくれんぼ。学級遊びは、宝探しとドッジボールに決まった。
「じゃ、これで授業終わるから帰る準備しろよー」
「はーい」
修学旅行で食べ歩き以外にも何かやれることがないか先生なりに考えてくれたのだろうか。みんな「めっちゃ楽しみ!」「肝試しの時私怖いからよろしく!」とか言いながら帰る準備よりも話で盛り上がっている。
「華花ちゃん!肝試しとか、超楽しみだね!」
「あ…実は、私肝試し苦手なんだよね」
「そうなの!?ごめん!知らなくて…」
「ううん!一緒にまわれたらいいね。」
他にも、修学旅行に私服で行くかジャージで行くかをアンケートして話したりしていた。男子は、ジャージ派が多かったけど女子は私服派が圧倒的に多かった。私も私服派である。
肝試しは蘭々ちゃんとまわれたらそれが一番いいけど、グループでまわることになるんだろうなと密かに考えた。

やはり、その考えは的中した。
家に帰って、お母さんに修学旅行のことを話すともっと遠くに行けばいいのにと言っていたが私はむしろ近場の方が安心で楽しそうだなと思った。
「でさー、所持金額が三千円なんだけど…」
「えー!もっと持っていきなさいよ〜」
そう言ってお母さんは私に五千円札を手渡す。三千円欲しいからお願いと、頼んだつもりだったけど…
「え、こんな持ってったら怒られるじゃん」
「いいのよ、少しぐらいルール破るのがお母さんの頃の醍醐味だったけど」
どんな学生時代だったんだお母さんは。お母さんは私の言葉に聞く耳持たずもう家事をしに戻ってしまった。どうにかバレないようにしよう。


修学旅行当日。晴天に見舞われて修学旅行はスタートした。私は、久々の私服で登校する。
「行ってきます!」
行ってらっしゃーいと言うお母さんの声が奥から聞こえた。
いつも通りに登校して、静葉と一緒に校舎まで行く。
「今日めっちゃ楽しみ!」
「だね〜」
「小学生生活最後なんだから楽しまなくちゃね!」

学校に着くとみんな今日を心待ちにしていたからか雰囲気爆上がりで、賑やかだ。私は、ジーンズにTシャツを合わせただけだけどおしゃれな子は帽子もハットで服も靴も今時のものばかりだった。しかもそう言うカジュアルな服装が似合う子だから余計に際立って見える。服はまだしも、あのおしゃれなスニーカーは履いてみたい。
「あ、華ちゃんおっはよ〜!」
「おはよー!」
蘭々ちゃんがくるのは最後の方で、あたりを見回すともうほとんど全員揃っていた。
「後、先生だけだね!」
「どんな格好してくるんだろ」
先生は、この前「先生も勿論私服で来るから期待しとけよ!」とか言ってたからどんな感じか知りたい。普段は毎日ジャージだから見当もつかないのだ。
「あ!先生きたよ!」
誰かがそう言ってみんな同時に先生の方へ目線を向けた。
先生は、ジーンズにコートを羽織っていた。でもそれよりもみんなが注目したのは髪型だ。ワックスで髪はきっちりセットされていて、どこかのバンドでギターかドラム担当者みたいな感じの髪型だった。そういえば先生はエレキギターが少し演奏できると前話していたように思う。
「おはようございます!!」
てことでみんなの爆笑と一緒に今日が始まる。

バスで目的地まで移動した。そこには、大きな坂に沿って古びたお店が並んでいる。どれも昔からの店で和菓子などが売っている。周りは山に囲まれていて私たちが住む地域よりも空気が美味しく感じられる。
「じゃあ、これからグループ行動だから各自楽しんできこいよ!二時間後には集合するように!」
「はーい」
そう言って早速グループごとに活動し始める。店は、全て大きな坂に沿っているのでまずは坂を登るしかない。その時点でもう精神的に疲れている子もいた。
「よっしゃー!行くぞ」
和人も他の子もテンション爆上がりだ。こう言う辛い坂は一気に登った方がいいと思って早歩きで登る。気がつくと私以外の夢や貫太たちは完全に疲れてしまってる。
「待ってよ華花〜」
夢に言われて立ち止まる。
「ごめんごめん。」
「華花めっちゃはやくね?俺ついていけんわ。」
「あはは…ごめん、待つよ。」
今日はついでに日差しも強くて体力は消耗するばかりだ。
なんだかんだで進んで、一番初めの五平餅屋さんが見えてきた。ごまだれのいい香りがしてきて私だけではなくグループ全員が力を取り戻したみたいだ。
「やっとついたー!」
一本百円の五平餅を全員買う。店の外へ出て、休憩がてら食べる。今まで坂を登るのに必死すぎて周りが見えていなかったけど改めて見ると自然豊かで心地いい場所だ。標高がある程度高くなってきたからかいつも吸っている空気がいかにガスが含まれているかがわかる。
「これめっちゃうまい!」
和人がそう言って飛び上がって先生から撮影用に貸してもらっているカメラで先ほどから何度も私たち四人を撮っている。
「和人も入りなよー、今度は私が撮るから」
夢がそう言っても「大丈夫だから」と言ってカメラを手放さない。班長としての責任があるのか、それともただ単にカメラを手放したくないだけなのか。まあ、楽しめていればそれで十分だ。
「よし、じゃあ次行こっか。」
全員が食べ終わったことを確認したら私はみんなに声をかけ、次のおかき屋さんに向かって再び坂を登る。
「暑〜、もう私無理かも。」
由依がすぐ弱音を吐く。そうは言ってもさっきの五平餅屋からすぐ上にあるのでさっきくらいの体力は使わずに済む。でも、最終的には頂上にある展望台に行かなければいけない。そこで記念撮影をするのだ。上では先生が待っているらしい。
「あっ、着いた!」
見るとおかき屋さんがもうすぐそこにある。その店はすごく繁盛していて観光客の人は勿論他のグループの子達もたくさんいる。きっと今日一日で普段の倍は売れただろう。
「醤油味のおかきひとつと、」
「ざらめのおかきひとつと、」
「わさび味のおかき一つと、」
「のりのおかきひとつと、」
「濡れおかきひとつ!お願いします。」
濡れおかきは私の注文。みた時からずっと食べたいと思っていたのだ。この機会じゃなければもう食べられない気がしたから。一人だけ豪華になった気もしたがまあ後悔するよりはマシ。
優しそうなおじさんは、すぐに私たちにおかきを手渡してくれる。
「「ありがとうございます」」
店の外に出てみんな揃っていただきますと言ってそれぞれ食べ始める。
「やば、うっま!」
「ねぇー、これめっちゃ美味しい」
みんながおかきを食べる中、私も初めての濡れおかきに胸が弾む。串刺しにされた長方形のおかきは砂糖醤油に漬けられていて全然口の中がパサパサしない。
「これも、すごく美味しい。」
感激してしまった。もう来る機会もないと思っていたけどこれが食べられるならもう一度ここへ来たいくらいだ。
「じゃあ、展望台まで頑張ろう!」
今度は、食べ歩きをしながら坂を登っていく。他のグループも頂上に向かい始めていて蘭々ちゃんや静葉とも会えた。
そろそろ体力がキツくなってきたところでやっと頂上への看板が見える。
【頂上まであと少し!】
看板にはそう書いてあってこのあと少しが長かったらどうしようと不安になった。でも、案外早く着くことができて安心した。
「お疲れ様ー。」
頂上には、二組の先生が待っていた。左手にジュース、右手にはカメラを構えている。
展望台は高場にある、大きな広場のようなものでこの街全体が見渡せる。目の前には大きな緑色の山々がいくつも並んでいて、少し足が空くんだけれど下を見下ろしてみると色とりどりの家や店が立っていた。
「うわぁー、綺麗!」
ここまで頑張って登って来れて良かったなと思った。ちょうどその時、涼しい風が吹いてさらに気持ち良くなった。
「じゃあ、写真撮るよー!」
カシャッ
いい笑顔はできただろうか。後で写真を見せてもらおう。

下へ降りて、集合まで残り十分ほどあったので私たちのグループはお土産を買って行くことにした。
「結構たくさんあるね。」
「うん、そうだね。迷っちゃいそう。」
大きな土産売り場だったけどその中で前へ進むのが難しいくらい人がたくさんいた。勿論私たちの学校の人で、だ。
私は祖母と弟、いとこへ買ってきてと頼まれているためどうにかバレずにお金を払う必要がある。でもこの込み入った状況でバレずに三千円以上のお金を出すなんて不可能である。とりあえずいけるだけカゴに入れよう。
そう思ってできるだけ安いものを探しながら素早くカゴに入れていく。
「なんか、華花ちゃん多くない?!」
一人の子にそう言われて、ついに冷静さが保てなくなった私は、
「お、お母さんにいっぱい頼まれちゃって。」
と言う言い訳でどうにか過ごそうとした。実際それは本当のことなのだが。色々迷って残りは五分を切っていることに気がついた。周りの子も続々と集合場所へ集まり始めていた。焦りに焦ってようやくレジへ向かうがそこも生徒たちで大行列。仕方なく待っていた。
五、六人を待ってついに私の番になる。まだ周りには数人が並んでおりレジ付近は生徒で溢れかえっていた。
「はい、以上で四千八百二十四円になります。」
レジのモニターには、大きく4824円の文字が表示されている。
うわ…やらかした。五千円以下だからお金の心配はないが周りの視線がどうしても痛い。声に出さなくても「高くね?」「三千円以上じゃん」って言う声が聞こえてくる。時間もなくて、周りの子も後ろに並んでいたからついに冷静さを失って、「ごめん、このこと内緒にして」と近くに偶然いた友達にいう。信じてるから!
「は、払います!」
急いでお金を取り出す。走って集合場所へ戻るともう大半の子が並び終わっていた。みんなは私よりもワンサイズ小さい袋なのに私だけすごく大きい袋を持っていて恥ずかしい。
結局あの後誰からも咎められることなく学校まで移動できたのが幸いだ。


初めはこの食べ歩きがメインだったかもしれないけれど、私たちにとってはこれからがメインイベントだと思う。なんせ今から夜の学校を貸し切って遊ぶのだから。予定はこうだ。
1、学級遊び
2、学年でかくれんぼと肝試し
3、夕食を食べて解散
私たちは、初めの学級遊びに向けて早速体育館へ移動した。
「これから、学級ドッジを始めます、お願いしまーす!」
「「お願いします!」」
そう言ってそれぞれチームに分かれる。いつもとは違って私服だからジーンズが微妙に動きにくい。でもいつも通りに楽しめた。トーナメント戦で、私のグループは二位で終わった。ちょうどいい数字だ。あれから、ボロ負けだった女子も男子に勝てるくらいに強くなってきていた。これも、練習の成果かな。
次は、五つの教室に分かれて宝探しをする。クラスで器用そうな女の子が作ってきてくれた折り紙を隠す。どうせなら難しいところに隠したいので図工室の細かな部品が入れてあるカゴの中に入れることにした。近くから見ても、部品の色が折り紙の色と被っていたから見つからない自信はある。グループの夢や由依ちゃんはものの後ろや引き出しの中などに隠していた。
「じゃあ探していいよ〜」
和人が相手のグループに声をかけてはじまる。
「え〜どこにあるんだろ。」
相手の子が悩みながらも、
「あ!あった!」
そう言って見つけたのは棚に隠れていた折り紙でおそらく和人が隠したものだろう。
「あ!こっちもあったよ!」
次の子が見つけたものは、私の折り紙だった。
「え〜、見つからないと思ったのに…」
こんなに早く見つかるとは思っていなくて、少しショック…。
その後次々と見つかったが、由依ちゃんが隠した折り紙がなかなか見つけられなくて相手グループが戸惑っている。
「え〜どこー?」
だいぶ困っているようだ。本当に見つからないので由依ちゃん以外の私たち仕掛けグループも一緒に探すことにした。
「あった!」
見つけたのは、和人で「なんでお前が見つけちゃうんだよ〜」と相手の男子に言われていた。初めはそんなに期待していなかった遊びでも案外楽しいこともあるんだと思った。

今、私たちは自分の教室にいる。先生に学級遊びの時間の十分だけもらってもいいかと言われてここに集まった。すると先生の机の後ろから濃いピンク色と茶色のエレキギターが登場した。
「うわぁぁ…」
みんな初めて見るであろうエレキギターに感激している。私は、一度か二度見たことがあるけれどこんなに派手なものは初めて見たので驚いている。
「てことで、今日は少しだけ俺のギターを聞いてもらいたいと思います。」
「いぇぇぇぇい!」
男子の一人が言って空気が一気に盛り上がる。
ジャーン…
始まったのはなんか聞いたことのあるような曲で、もやっとしながら考えていると曲がサビに入った。そのおかげで思い出した。その曲は、最近SNSで話題の流行曲でこのクラス、年代なら必ず知っている名曲だった。教室でスピーカーを付けて、大音量で音を流しているため、かなり響く。他の先生が普段の学級などで時自分の得意な楽器を弾いたり、逆立ちをみんなに見せたりして楽しませてくれることはあったが、これは授業中だったら絶対に無理だ。今でも近所迷惑になっていないか心配になる。隣で学級遊び中の二組もさぞ迷惑にしていることだろう。でも、それ以上に先生のギターは格好良かった。だからこの髪型をして今日来たのかと納得する。
みんな友達同士で目を見合わせて「すごいね」と言っているかのよう。
演奏の後半からは、手拍子も加わって賑やかなまま幕を閉じた。

その後、かくれんぼもやったけれど秒で見つかってしまってあまり自分的には面白くなかった。全校の教室を借りてやったので大掛かりなものになった。
次は、肝試しということで体育館に全員集合している。まだかとまっていると突然、体育館の明かりが消えた。
「わぁ!!」
みんな驚いて怖がりの女子は泣いていた。
前に小さな灯が見えたと思ったら懐中電灯で先生の顔が下から照らされた。
「肝試しの始まりだーーー!」

ルールは簡単。グループごとに決められた校舎内のコースを回ってくるだけ。コースは二種類でグループでどちらのコースかは決められている。でも、一つミッションがあり、言った証拠として一つの教室の黒板かホワイトボードにグループ名を書かなければいけない。つまり、絶対に一つの教室の中には入らなければならないということ。ここは、班長で心霊系も怖くない和人に任せるしかない。
「じゃあ、一グループから順に初め!」
先生の呼びかけに倣って各組一グループが体育館から校舎内に入っていった。私のグループは三グループだからまだ時間がある。その間にもちゃんと、やることがある。
「よし!じゃあ待ってる子は寄せ書きしようか!」
リーダー格の一人が呼びかける。樋口先生は驚かし役だからもうここにはいない。
「オッケー」
そう、この学年でクラスごとに学級旗を作ることになっているのだ。一メートル以上もある白色の旗にみんなで寄せ書きをしていく。
【六の一最高!これからも卒業までよろしくね!】
【今までめっちゃ楽しかった!樋口先生も六の一のみんなも大好き!】
次々にいろんなメッセージが書かれていく。私も何を描こうか迷った末に
【六の一の楽しい生活が卒業まで続きますように】と書いておいた。
「じゃあ、次三グループの人きてー」
二組の先生に言われて案外早く、私たちの番がやってきた。ドキドキで心臓は大きな音で鳴り続けている。
「華花ちゃん行ってらっしゃい!」
「和人ガンバ!」
いろんな子に応援されてついにはじまる…

まず初めに校舎の中に入って階段を登ろうとしたところで、初めの仕掛けに驚かされる。階段に貼ってあったのは、血だらけのゾンビがプリントされた紙で私は思わず、「うわっ!!」と声が出てしまった。和人や貫太、夢は平気そうだけど由依ちゃんはもう号泣。夢が慰めてあげている。
そのあと幾つかのゾンビに驚かされながらも何とかミッションをクリアするための教室へたどり着く。遠くから、電話が鳴る音がする。さっきから鳴り止まないということはこれも仕掛けの一つだと考えるのが妥当だろう。こんなに本格的なものだとは思わなかったし、めちゃくちゃ怖い。電気はもちろんついていなくて唯一の明かりは非常玄関のまた外にある街灯と、転ばないようにと持たされた懐中電灯だけ。
「待って、中に誰かいる…」
ただここにいるだけで物凄く怖くて由依ちゃんも夢の腕を離さないというのに、まだこの中に誰かいるなんて。
「和人、そういうこと言わないでよ…余計に怖くなる。」
「ごめんごめん。じゃあ俺一人で行ってくるわ。」
こんな状況でも冷静な和人に全て任せて教室から少し離れたところで私たちは見守る。
「ううわわぁぁぁぁぁ!」
和人の叫び声と一緒に教室の中から、貞子が出てきた。(正確には貞子の格好をした、他学年の先生)
和人の声に驚いて、私もぎゃああああああ!と叫びながら後ろへ一気に下がる。
「ほら!やっぱなんか居た!」
少し落ち着いたところで、和人が黒板に名前を書いて退散する。協力してくれた先生にもちろんお礼を言って。
廊下を歩いていて、あの貞子の髪質がもっと良かったらさらに怖かっただろうなとバカな考えが頭をよぎるが、余計に怖くなるのでそれ以上考えるのはやめておいた。
結局その後もいくつかの仕掛けに引っかかったけど、貞子には及ばなかった。普段の落ち着きを忘れて、叫んでいたから和人に「意外とビビリなんだね」と言われたのが恥ずかしかった。

体育館へ戻ると、蘭々ちゃんに一番に心配された。
「大丈夫だった?!」
「うん…何とか」
蘭々ちゃんももう、肝試しが終わっていたから感想を聞いてみると、私たちとは別のルートだったことを知った。そっちのルートで、樋口先生が仕掛けていたらしい。だから、樋口先生とは合わなかったのかとどこか残念な気持ちになった。
その後も、静葉と学年一の秀才の岡崎君に話しかけられて怖かったということを話し尽くした。岡崎くんは私が唯一男子でよく話す子で、事前に調査されていた「心霊系が苦手な人」という質問で手を挙げていたことを思い出し、意外だと思った。何でもできるのに、そういうものには敵わないと言っていてギャップがまた面白かった。「僕、まだ順番が回ってきていないから心配なんだよね」と珍しく弱音を吐く岡崎くんに、「頑張って!」とだけ伝えておいた。
そして、静葉とはいつものようにデレっと喋った。

最後に学年全員で晩御飯を食べた。体育館で、食べたものは取り寄せのお弁当。胡麻がかかった白米と、おかずは天ぷらや唐揚げなどほとんど揚げ物だ。しかも大人用を人数分頼んだ為に量がすごく多い。
「美味しいけど、油と量がすごい…」
「だよね…」
みんなもそんな感じだった。
一方先生たちはご飯を食べている私たちの写真を撮っている。さっきからグループを一つ一つ回って、「写真撮るよー!」って言っている。
男子でノリノリに映る子もいれば「マジでやめて…」っていう子も何人かいた。そして私たちのグループにも樋口先生がきた。
「肝試し一番ビビってたの誰?」
そんなことを聞かれて、私と由依ちゃんが手を挙げる。すると先生は笑って「叫び声ちょっと聞こえてきた」と言った。めっちゃ恥ずかしかった。
ご飯を食べ終わって、簡単に帰りの会をして解散となった。もう八時を過ぎているのでみんな親の迎えが来て一緒に帰ることになっている。
「お母さーん」
外へ出るとお母さんはすぐに見つかった。こちらに向かって手を振っている。
「華花おかえり〜、楽しかった?」
「うん!…って、それどころじゃないよ。見てこれ」
そう言ってお土産袋をお母さんの顔の前に、持ってきた。それで何があったか察したらしく、苦笑いされた。
「お母さんがあんなに持たせるからじゃん」
「もう、そこをバレずにどう使うかでしょ。まあ、詳しいことは家に帰って聞くよ。」
周りが帰り始めているので私たちも早く帰ることにした。家に帰って、レジの件を話すと「一気に使うんじゃなくていろんな店で買えばよかったのに〜。バレないように使うのが楽しいんじゃん。」と言われて呆れてしまった。どっちが子供なのか…。
でも楽しいこともたくさんあって、修学旅行以降の少なくとも三日は修学旅行の話で盛り上がった。







大きな出来事が次々と終わっていって、あっという間にもう卒業式。まだ卒業式まで時間があるけれどもう準備は始められている。今は、卒業式とその前にある『卒業生を送る会』というものの、準備をしているところだ。『卒業生を送る会』というのは、卒業式に出席しない一年生から三年生が私たちに感謝を伝えるというもので、その三学年以外にも一から五年生がその会を作ってくれる。今までは自分がする側だったからこうしてやってもらう側になるのは何だか落ち着かない。私たち六年生もただみるだけではなく、全校へ向けて合唱をすることになっている。その歌をこれから決めるのだ。
候補は五つあり、その中から卒業式用も含めて二曲選ぶ。ということで、散々悩んだ結果「旅立ちの日に」という定番な曲と「春風の中で」という二曲が決まった。
「伴奏と指揮の立候補者いますかー?」
そう先生が聞いた。私を手を上げた。そう、私は「旅立ちの日に」の伴奏をしようと思っている。今までも、毎年伴奏を担当してきて最後はもちろん弾きたいと思ったから。気付いたら、進級時の憂鬱な気持ちは霧が一気にはけて行ったかのように無くなって晴々とした気持ちになっていた。こんな気持ちになるのは久々でほんとに気がついたら…というようなものだった。
他の立候補者は岡崎くんだけで岡崎くんもまた、毎年伴奏をしている。
「じゃあ、この二人で締め切るぞー」
他に誰もいないのは、毎年私たちでやってきたからだと思う。他にももしかしたらやりたい人がいるかもしれない。でも、空気的に立候補できなのかもと思う。そう思うと申し訳なくなってきたけれど、やるからには全力。それが私のモットーだから。中途半端は嫌いだ。

その授業が終わると岡崎くんに話しかけられた。
「どっちの曲にするか決めてる?」
「うーん、私は旅立ちの日ににしようかなって。岡崎くんは?」
「僕は、春風の中でにするよ。お互い頑張ろうね。」
「そうだね、ありがとう」
私は曲の好みではなく、こっちの方が比較的簡単そうだったから選んだ。私よりも岡崎くんの方が遥かにピアノが上手いから期待大だ。


「もっとここ大きく!盛り上がる感じで」
指揮者も決まってあとは練習するだけ。ソプラノとアルトに分かれて練習中。
この二曲は、発表する日が近いために同時進行している。今は「旅立ちの日に」の練習時間で私はソプラノ側についている。先生はというと、アルトの指導をするために他の教室にいる。つまり私は一人でみんなを仕切らなければいけないということ。先生に頼まれていたのだ。「華花さんがみんなを仕切って練習しておいてよ」と。こういうの苦手なのに。
そしてさっきから音程の練習をしているのだが場の雰囲気は最悪で所々沈黙が起きている。みんなも何をすればいいかわからない感じで、周りを見ているが正直ピアノ伴奏者で音痴な私が歌の指導なんでできるはずがない。こんな時、岡崎くんだったら手際良く仕切っていくんだろうなと想像する。やっぱり私と岡崎くんは全然違う。
微妙な感じでグループ分け練習が終わり、次は全員揃って合わせる。それの移動中、蘭々ちゃんとその他の女の子に応援してもらった。
「華花ちゃんなら絶対大丈夫だって!ソプラノの練習の時もすっごくピアノ上手だもん。」
「ありがとう」
そうはいうけど…と私の頭の中は嫌な想像ばかりで埋め尽くされているからもうどうしようもなかった。
その後の合わせ練習は、伴奏自体はできたものの音程練習で間違えまくりみんなに迷惑をかけた。それでも褒めてくれるみんなは優しい。でも、それが本当の気持ちなのかと少々疑った。
私はまだ一年生で入学したての頃、不登校気味だった。原因は、軽いいじめ。私は入学する前から学童保育に通っていて、そこで静葉や柚月、寧々歌とあったのだ。でもその頃同級生でもう一人女の子がいて、今では考えられないけれどその子一人対私たち四人という形式だった。初めは軽い仲間外れで、それがどんどんエスカレートしていくうちに物を何個も取られたり、遊ぶ物を制限されたりした。私たちは強制的にその子にしたがわなくちゃいけなくなってしまい状況は最悪。四人で先生に言いに行ったら、お互いに話し合って仲直りしようということになった。でもそんなんじゃ解決しなくて状況は悪くなるばかり。もうこれからの六年間最悪だと思っていた。でも、歳が上がっていくうちに自然にそのいじめは無くなった。今ではその話題は一切でなくて私たち四人は今も楽しく過ごせている。それから、私はいじめのことについて少し考える様になった。私たち以上に酷い扱いを受けている子なんていくらでもいるだろう。世間的にはいじめは無くならないと言われているけれど、正直私はなくなると思っている。勿論ちゃんとした証拠は何もないし経験も少ないから信憑生は限りなくゼロに近い。でも、何かをガラッと変えればいじめはなくなると信じている。
それより。
私たちへのいじめの加害者である蘭々ちゃんは、今どんな気持ちなんだろう______



ある日、それを確かめるべく意を決して蘭々ちゃんにそのことを尋ねた。正直とても怖かった。静葉たちは今ここにはいないから私と蘭々ちゃん二人きりだ。今まで本当に、優しくしてきてくれてもう昔のことだしとっくに許しているけれど、やはりこのようなことを話すのは緊張する。
「ねぇねぇ蘭々ちゃん。」
そう呼ぶといつもの様に「何〜?」と笑顔で来てくれる。
「なんで、私を遊びに誘ってくれたの?蘭々ちゃんには、他にもたくさん友達がいたのに」
「うーんとね…」
蘭々ちゃんは一瞬表情を変えたけど、いつも通りの笑顔で話そうとしていてくれた。でも、少し無理をしている様な気もした。
「華ちゃんが、静葉と一緒によく遊んでたときに実はちょっと二人のこと見てたんだよね。いっつも二人で遊んでてすごく楽しそうだなと思ったの。それで、、ずっと話しかけよう!って思ってたんだけどなかなか話せる機会がなくて。そんな時に、今の学年で華ちゃんが静葉とクラスが違うってことに気がついたから申し訳ないけど「チャンスだな」って思った。それで話しかけてみたらめちゃくちゃ優しい子だった。てこと。勿論昔のこと、忘れてないよ。あの時は本当にごめんなさい。」
それに、華ちゃんは中学違うんでしょ?という。そう、私は中学からみんなとは違う中学に行くことにしている。でもそんなことよりも、蘭々ちゃんの気持ちに感激してとても嬉しかったし、安心できた。聞いておいて正解だったのかも。
「蘭々ちゃん。ありがとね」
「うん!これからもずっと一緒にいようね!」
そうだね。これからも蘭々ちゃんとなら一緒にいたいと心の底から思った。
「これから卒業生を送る会を始めます。」
五年生の挨拶でこの会は始まった。これから一年生から順に発表される。
「六年生のお兄さん、お姉さん!今までありがとうございました!」
毎年聞くフレーズだけど、自分が受け手になっただけで捉え方は随分違った。その後一、二年生はメッセージでその後の三年生以上はわたしたちと同様に合唱だった。同じ合唱でも学年ごとにレベルが全然違ってこんなにも数年で変化があるのかと驚いた。
「では最後に、六年生の皆さんお願いします」
ついに私たちの番だ。それぞれ位置について指揮者とアイコンタクトをとる。途端、一気に緊張が増してきて手がぶるぶる震えてくる。
最初の音なんだっけ?
一番初めの音をど忘れしてしまったのだ。左手は何とか思い出したものの、右手が全然思い出せない。指揮者も、みんなも顔は見ていないから分からないけれど遅くないかと思っているはず。
思い出せ!お願い!
それで…思い出すことができた。
その後音を外してしまうことも、間違えることもなくて結果オーライだった。
体育館は大きな拍手で包まれ成功で終われた。
「みんな良かったぞ!今までで一番の出来だったよ」
「やったー!」
口々に、「良かった」とか「最高だったね」と言い合っている。
「華花ちゃんも上手だったよ!」
多くの子にそんなことを言われて私も最後にやれて良かったと朗らかな気持ちになった。


そんなこんなでもう、あと三日後には卒業する私たち。せめてもの思い出作りとして先生はみんなで何かしようと言ってくれた。
話し合った結果、プロフィール帳とランキングをみんなで作ろうということになった。ランキングとはいわゆる「将来芸人になっていそうな人」や「お金持ちになっていそうな人」などをクラスの中から誰が一番それにあっているかを投票で決めるというもの。それに載った人は嬉しいものだが乗らなかった人は少し残念な気持ちになってしまうものだけど一度やってみたかったもので楽しみにしている。プロフィール帳を作るというのは、その名の通り自己紹介の様な物をクラス全員分書いて残しておこうという物だ。
もうみんなで書いたから、あとは先生が印刷してくれるのを待つのみ。卒業前にこんなにいろんなことを計画してくれるなんて、すごく嬉しい。今までやってきた甲斐があった。
実は、それ以外でも先生はたくさんのことを私たちのために計画してくれていて先生得意の学活ではスライドショーの様な物を作ってくれた。今まで先生が撮ってきた写真を卒業らしいBGMと一緒に流した。自分の事故画がはいっていないか心底不安になったけどはいっていなくて安心した。先生の性格が出ていたのか時々ボケも入ってきて私も一緒に笑うつもりだった。でも、私は笑うことができなかった。なぜなら笑いの代わりに私の目からは涙が溢れていたから。BGMを聴いていたら今までのことを思い出し、この六年間の中で今年は特別で楽しかったと自信を持って言える一年だったと感じる。私の他にも泣いている子は何人かいて、スライドショーが終わるとお互いに慰め合っていた。
私は、中学からみんなと違う道を歩く。だからこそこの一年は全体に忘れないと心に誓った。
そのあとは、給食で運悪く放送当番で涙は収まっても声が治らなくて涙声になってしまったことを家に帰ったら弟に指摘された。

明日は、卒業式。
いっぱい泣いて、いっぱい笑おう。